日本で3.11に遭遇『音楽家としての使命』を果たすために、2年後 「やり残した仕事」を完遂したBBC交響楽団の贈り物

ホールにいた全員が一丸となって聴き入っていました。

 

指揮棒が振りおろされる瞬間から目には涙があふれてきました。

 

BBCフィルが3.11の2年後、東日本大震災のための鎮魂のレクイエムを演奏してくれた時です。

 

それはBBCフィルのメンバーにとっても特別な体験でした。

 

なぜなら、2011年3月11日、公演で日本を訪れていたBBCフィルは、京都での公演を終え、次の公演地である横浜みなとみらいホールに向かっていたバスの中でで東日本大震災に遭遇したからです。

 

順調に走っていたバスが横浜ベイブリッジに差しかかった時、急に動きがおかしくなり、停まりました。バスの車体が揺れたので、最初はみんなサスペンションに何か問題が起きたのかと思ったそうです。

 

しかし徐々に、これが地震であり、そして橋の上で足止めをくらっている自分たちが、深刻な危機に直面しているということに気づき始めました。

 

街灯が左右に大きく揺れ、ビルからは煙が立ち昇っていました。港に向かって航行していたいくつもの小船が、沖へ戻っていくのが見えました。

 

オーケストラのメンバーは、バス内に設置されたテレビを通じて、日本で起きているこの未曾有の災害の実態を徐々に理解していきました。

 

バスはみなとみらいホールに一旦到着し、練習をしましたが、メンバーは緊張を解くことができず、楽器を弾くだけで精一杯の状態でした。

 

客は来場できないとの判断から公演は中止され、結局、35kmほどの距離を9時間かけて、都内のホテルに戻り、メンバーが部屋に着いたのは夜中の3時でした。

 

メンバーは慣れない体験に疲労困憊でしたが、この危機的状況への日本人の冷静で落ち着いた対応に感銘を受けたと言います。

 

ひどい渋滞で車は全く動いていませんでしたが、それでもクラクションが鳴ることもなく、歩道は都心から郊外へ黙々と歩く人々で埋め尽くされていました。

 

「深刻な状況ではあったが同時に自分たちが日本人に守られているという感覚があった」と、トビー・トラマズア(ヴァイオリン)は言います。

 

それでも、地震から一夜明けた時点では残りのツアーを最後まで続けるつもりでいました。こういう時にこそ音楽を届けることこそが、自分たちの使命だと感じていたからです。

 

しかし、地震翌日、福島の原子力発電所の危機的状況が明らかになると、雲行きは怪しくなってきました。

 

フクシマの影響や真相がわからない中で情報は交錯し、空港も封鎖される中で英国で待つ家族の間ではパニックも起きたそうです。

 

けっきょく、BBC本部からの指示でけっきょくツアーは後半の5公演を終えることなくキャンセルされることが決まりました。

 

「空港に向かうバスに乗ったときは、無事にイギリスへ帰れることになった安心感もありましたが、なんだか心が落ち着かない状態でした。出発の際、ホテルの全スタッフが笑顔で我々に手を振ってくれました。嫉妬している様子も、イライラしている様子も、不安に思っている様子も全く見せず、ただただいつもと同じように笑顔でふるまっていました。この光景はずっと忘れられず、よく覚えています」とクレア・ディクソンは言います。

 

英国に戻り、数ヶ月経つと、多くのメンバーにとって、再び日本へ行くことが重要な意味を持つようになってきました。

 

それは決して、ツアー半ばで帰らなければならなかったことへの負い目ではなく、音楽家として「やり残した仕事」を最後までやり遂げるため、として、日本への敬意を示すため、でした。

 

スティーヴ・ヒルトン(舞台監督)は言います。

 

「私達は大変な状況を経験しましたが、日本の人が体験したことに比べたら取るに足りません。自分達の家族よりも先に、赤の他人であるイギリス人の私達の面倒を見てくれました。彼らに会って、我々がどれだけ感謝しているか、尊敬しているかを伝えたいと思いました」

 

その想いはメンバーで共有され、震災から半年後に復活ツアーの実現が決まりました。

 

まったく同じ指揮者、ピアニストとともに。

 

音楽に対する姿勢が変わったと語る人もいます。

 

「この演奏会を、地震と津波で犠牲になった多くの方々に捧げる気持ちで臨んでいます」

 

 

そんな体験を経ての復活ツアーが2013年4月に行われました。

 

 

コンサートでは、一番最初にBBCからの申し出で公式演目にはない鎮魂のレクイエムが演奏されました。

 

彼らの音色には、今度はぜったいに最後までやり遂げるぞという意気込みと日本への大きな愛が溢れていました。

 

指揮者佐渡裕さんとピアニスト辻井信行さんからもこの復活ツアーにかけてきた想いが伝わりました。

 

次にピアニストの辻井信行さんが演奏を始めた瞬間、隣の人もその隣の人も、会場全体が涙を流し始めました。

 

観客全員と演者全体が一体になったかのようでした。

 

ホール全体にスタンディングオベーションが起こりました。日本の人たちがあんな風に拍手喝さいを送る様子を見たのは初めてでした。

 

最後のリハーサルでは、普段は練習が終わると真っ先にバーへ向かい、佐渡さんと辻井さんに駆け寄り「I will miss you.」と伝えたようです。

 

シャイなイギリス人にとってとても珍しいことだったそうです。

 

日本を代表する指揮者&ピアニスト × BBCフィルによる演奏。

 

日本と世界による共同作業を象徴するような素晴らしいコンサートでした。

 

【プログラムA】
メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」序曲 作品21
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14

2013年 4月23日(火) 東京赤坂 サントリーホールにて

 

メンバーの体験談は、BBCフィル再来日コンサートのプログラムに掲載された

「彼らの3.11遭遇・体験記」より抜粋。

 

英国放送協会(BBC)シニア・プロデューサーのマーク・リカーズが、

オーケストラのメンバーを取材して、あの時、何を体験し、

なぜ彼らは日本に戻ったのか?を記した貴重な報告

 

 

⬆️ ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18 辻井伸行BBCフィル

ハーバードで「生徒に最も影響を与えた教授」が教えるリーダーシップ(3)

【地球時代のリーダーシップ(3)】

ダライラマなどあらゆるリーダーをインタビューし、ガンジーやマンデラを研究し、松下幸之助に感銘を受け、変革とリーダーシップ(リアルリーダーシップ)には法則があると言うディーンウィリアムズ、ハーバード大学教授。

にんげんは自分の「境界」をなかなか超えられないという意味で同じ課題に直面しているらしいということが見えてきました。

ディーンいわく

「金融危機の時に指揮をとったゴードン・ブラウン元イギリス首相にもインタビューしたんだ。彼のチャレンジはまさに今の『地球時代』の課題を示唆していたよ。1つの国だけでは解決できないことが明らかだったのに、みんな(EUの首相たちは)自分の「部族」(国)しか見なかったから。。。」

一見違う現象でも、その本質に目を向けると世界で起きていることと、自分の周りで起きていることの根っこは実は同じかも知れない?!というわけです。

ディーンは言います。

「日本は黒船によって開国し、第二次世界大戦終結によって再び大きく国の枠組みが変わることになった。今回は内からそれが起こることが求められているんじゃないかな?世界が日本から学ぶために、日本が世界から学ぶために。」

リーダーシップとは、「本当に大切なこと」を見分け、真の課題に人々の関心を向けさせ、人々を真の成長に向けることだと言います。「変革」は、人々が望んでいる価値観が理解されてこそ起こるというわけです。

リーダーシップは崇高で胸湧きおこる壮大な「アート」。IBMの改革も、明治維新も、ボルネオの部族の変革にも一定の法則があり、一人一人の関わりの結果だと言います。

ディーンは最後に、「わたしの大好きな日本は必ず困難を乗り越えられると信じている」とメッセージを残してくれました。

激動の時代に人々を揺り動かして目覚めさせ、変革を導くリーダーシップモデルを描いた「アース・シェーカー(Earth Shaker)」という新しい著作が今年(2014年)の秋には出版されるそうです。

最後に。。。

世界が日本から学ぶことは何なのか?

日本が世界から学ぶことは何なのか?

そして「本当に価値あるもの」とは何なのか?

複雑な現象の中に真理を見いだし、自ら教えていることを体現しているディーン。そのような方に会えたことに感謝です。

【地球時代のリーダーシップ(了)】

ハーバード「生徒に最も影響を与えた教授」が教えるリーダーシップ(2)

【地球時代のリーダーシップ(2)】

世界には「変人」がいるものです。19歳の時に北海道に住んで日本語を話し、明治維新について研究し、パプアニューギニアの「未開の部族」と暮らし、大統領や世界的企業のCEOのアドバイザーをつとめ、時には大統領と村を回る。「MBAは問題を解決しない」と言っちゃうのに(だから?!)ハーバード大学ケネディースクールで「生徒に一番影響を与えた教授」に選ばれたディーンウィリアムズ(Dean Williams)が伝えてくれたこと。

まず問題のレベルに対する認識をはっきりさせよう、とディーンは言います。今の問題って複雑に絡み合っていて、前代未聞で、誰も答えを知らない。もはや問題は1つの会社や業界、いやいや1つの国の範疇を超えている。。。

今の「次元」では限界でより高い視点が必要だとみんな感じている。なのにやることなすこといつもの延長 (business as usual) 。。。

もしこの難局に光を求めるとしたらヒントは「部族」の限界を認め、部族の「境界」を超えることにあるんじゃないか?組織、業界、世代、カルチャー、営利、非営利、構造の「境界」を超え、互いに「橋をかける」ことこそが鍵だというわけです。

彼の表現を使うと、

bust the boundary(境界を破り)

cross the boundary(境界を超え)

connect the boundary(境界をつなげ)

transcend the boundary(境界を超越する)

ディーンはフクシマを例にあげます。事故の原因が「人為的」(man-made)だと結論されていることに触れて、「トーデンは他のセクターや他の国から事例を学ぶこと(助けを求めること)ができなかった。。。そういう意味でも『人為的』だ」と。

その昔、オーストラリアではアボリジニーの人が食事を与えてくれたのに「野蛮人」とは交流できないと言って砂漠で遭難したまま死んでいった白人が多かったのだとか。。。

ふ~

この視点で見ると、対立しているグループ同士お互いの「境界」を超えられないという意味において同じ課題に直面しているとも言えるわけです。

【地球時代のリーダーシップ(3)】に続く

ハーバード「生徒に最も影響を与えた教授」が教えるリーダーシップ(1)

【地球時代のリーダーシップ(1)】

とっても刺激的な3日間を過ごしました。彼の一流っぷりにすっかり心が揺さぶられてしまいました。一流とは学び続ける人のことを言うのですね。リーダーシップとは「境界」に関係することだった?!

ディーンウィリアムズ(Dean Williams)ハーバード大学ケネディースクール教授による3日間のGlobal Change Agentコース@アカデミーヒルズを受けました。

人はいろんなレベルで社会の変化を感じている。「未知」と「予測できない」ことが日常になってきている。でも怖いから人は自分の「部族」に縮じこまって安心を求めようとする。

「部族」(会社、政府、組織、NGO, etc.)は問題を専門的に「テクニカル」に議論したりするけど、問題の「本質」は議論されない。「部族」の見方も認識も硬直してるから解決策はいつも似たりよったりで、問題は相変わらずそのまま。。。

部族は「長」に忠誠を誓って「長」に依存する。違う部族は自分の存在を脅かす存在にしか見えない。。。

最近世界で政情不安やナショナリズムが激しくなってるのは、世界の変化に対する「部族化」を求める人間の動きも関係してるとか・・・

企業の経営でも教育でも貧困解消プロジェクトでも同じパターンが生まれる。。。この部族化現象はチンパンジーと一緒なのだとか。。。(人間は98%チンパンジーとDNAを共有しているそうです。)

「部族」は「長」に簡単な答えを求めます。今度の「長」こそなんとかしてくれるだろうと期待しては失望します。。。かくして「長」はコロコロと変わります。追いやられたら困る「長」はニセモノの課題と答えを「部族」に示し、部族は迷走を続けます。トホホ。。。

ディーンはホンモノのリーダーとは答えを示さない勇気を持てる人だと言います。なぜなら、今の問題は複雑すぎて、リーダー一人が「正しい解」を示せるわけじゃないからです。

コース中ある実験が行なわれました。企業、大学、NGOなどの32人の参加者の反応は様々でした。場をコントロールしようとする人あり、早く答えを出そうとイライラする人あり、沈黙する人あり。。。

その実験自体に答えはなく、それによる学びは何だったか?というわけです。なんで自分はその時そういう行動をとったのか?=自分の反応(パターン)を知ることでした。人は答えがないという状態にかな~り不満や動揺を示すことがすごく表れた実験でした。

だから、それに対する自分の反応を知っておこうというわけです。そして相手の感情的な反応を予期して必要なケアをしようというわけです。

ブレークスルーは「境界」に関すること?!なぜなら。。。

【地球時代のリーダーシップ(2)】に続く

日本が東日本大震災海外の時に海外から受けた支援額は世界一

改めてびっくりです!

世界に対して感謝を述べるためにまとめられた報告書が完成しました。日本が東日本大震災海外の時に海外から受けた支援額は世界一であることが報告されました。

合計額は1640億円にのぼり、2011年にソマリアが国外から緊急人道支援を受けた713億円の2倍以上で、短期間における支援額ではダントツで世界で一位。

合計174カ国もの国・地域が金銭的支援をしてくれ、うち119 ヶ国・地域が日本の ODA 対象国で35 ヶ国が最貧国と呼ばれる国。

99カ国が捜索、医療などの人的支援を提供。中国の救援隊は3月11日には日本行きを求め、12日には全隊員が集結。

この額が世界的にダントツに高いのは、日本がかつて支援した病院や学校、研修OB、留学生による支援、韓国や香港の芸能人の寄付、アート展示会を通じた募金、バイアスロンの選手による優勝金額の全額寄付など個人による支援が圧倒的に多かったからだそうです。駐日バングラデシュ大使館のように職員全員が給料一日分を寄付してくれた例もあったそうです。

一方、課題もありました。

外国政府や国際機関の支援の受け入れは政府が担ったものの、海外のNGOや企業からの支援申し入れは「想定外」だったため、国や自治体、多くの団体で受け取り体制がありませんでした。

結果、

言語を含む海外対応の壁を理由に支援を断ったり、この報告書ができるまで民間企業やNGO、個人の支援を含めた海外からの支援の記録も存在しなかったそうです。

文化的な側面もあって、ある団体が海外の支援でランドセルの購入を希望したところ、支援国の基準ではランドセルは高価だから適切ではないとされたりして、日本の文化と習慣を理解してもらうのに時間がかかったというケースもあったそうです。

支援される側になってはじめて、支援される体験が分かるという面がありますね。支援する側に時にはこの体験を活かしたいものです。

2011年、

世界ではアラブの春や経済危機の影響がありました。この額の大きさを知る時、感謝の気持ちと同時に世界から日本に寄せられた思いを改めて感じます。同じ助け合いの精神がいま世界で助けを必要としている人に届くことをお祈りします 。

Close to the 3rd anniversary of the 2011 Tsunami. The report shows that Japan was the biggest recipient of governmental financial support and individual donation for the past years. The amount offered to Japan was more than twice as much as the amount offered to Somalia. Big gratitude from Japan. May the same interdependent spirit reach all overcoming challenges!!!

報告書・Report(English & Japanese) → http://www.idcj.or.jp/activities/inhouse.html

Tokyoオリンピック誘致プレゼンに見る世界を動かすコミュニケーション(2)

東京オリンピック誘致チームは東京をどう世界にプレゼンしたのか?東京オリンピック誘致のコンサルタントチームのコメントを見ていくことで、世界を動かすコミュニケーションのコツが見えてきます。

2016年の時にTokyoの魅力を上手く伝えられなかったという反省から、Tokyoの強みとストーリーを再定義することから準備が始まったことを前回紹介しました。

ではプレゼンの練習で重要だったことは?プレゼンコーチ、Martin Newmanさん(キャメロン首相やプーチン大統領のコーチもつとめた人です)が、誘致プレゼンにとって一番大事だったことを講演で伝えてくれました。

(3)どんな印象を残したいのかを決める

人は言葉の7パーセントしか覚えていない。だから、大切なのはどんな印象を残したいかを決めること。当時のTokyoの印象は、安全だけどつならなそう。。。

「まず、東京チームは自分たちの残したい印象を『Shining』(輝いていること)に決めた。その精神は発表者全員によく浸透して、練習が上手くいかない時や迷った時には、Shiningしてるかを基準にして互いに助けあっていた。情熱を伝えることをとにかく重視した。猪瀬知事は英語が苦手で日本語でやってもいいと言ってあったんだけど、自分も輝いていることが大事だって言って一生懸命英語のスピーチを練習していたよ。」

(4)表現力を高める

「太田選手には『銀座のパレードには50万人もの人が集まりました』の感動が本当に伝わるまでそれこそ何百回も練習してもらった。佐藤選手のスピーチは感動的だったので、それが伝わるように彼女には間をとることを意識してもらった。」

(5)頭とハートを繋げる

「画像を通じてTokyoのワカモノの躍動感を伝えることを意図したように、舞台でも佐藤選手、太田選手や滝川クリステルさんといった若い才能ある人達に思いっきり彼らの魅力を表現してもらうことを心がけたよ。

こうして『安全だけどつまらなそうな東京』は『安全かつエキサイティングで行ってみたい東京』になって、IOC委員の頭とハートの両方を勝ち取ることができたと思うよ。」

なるほど。どんな印象を残したいのか?を先に決めておく。それに従ってどんな言葉回しがいいかを決めていくー。私たちはかっこいい言葉使いを考えることに時間を使ってしまいがちですが、メラニアンの法則が教えてくれているように人は言葉の7%しか覚えていないのですよね(笑)。とすると、自分が伝えようとしている内容と一環したエネルギーを放っているのか?その一点に尽きるというわけですね。納得です。

最後の言葉も印象的でした。「『日本には出る杭は打たれる」というフレーズがあるらしいけど、今回発表してくれた若い人達が見せてくれた。思いっきり出てしまえばいい。そしたら金メダルだよ!」

Tokyoオリンピック誘致プレゼンに見る世界を動かすコミュニケーション(1)

東京誘致チームはTokyoをどうプレゼンしたのか?東京オリンピック誘致のコンサルタントチームのコメントを見ていくことで、世界を動かすコミュニケーションのコツが見えてきます。

2013年5月の段階ではIOC委員は、イスラム圏(イスタンブール)での初のオリンピック開催という歴史をつくるのに名を残す方が魅力的だと感じていた。さてTokyoチームが練った作戦とは?!

(1)東京の強み、キーメッセージを再確認すること

日本が世界からどう見られていて、オーディエンスにとって何が魅力的なのか?日本が世界に与えられる価値は何か?を認識していること。

誘致チームコンサルタント、ニックバレリー氏はこう言っています。「2016年の時はトーキョーは国際都市Tokyoとしての魅力を十分に伝えられなかった。関係者は都市の機能も予算も世界一なのになんで落選??と落ち込んだと思う。当時足りなかったのはまずストーリー性だった。だから、私たちが始めに取り組んだのは、Tokyoの強みを中心にキーメッセージとストーリーを再定義することだった。」

「世界の経済大国と言えばアメリカと日本。それ自体大きな強みなのに2016年のプレゼンでは十分に伝えられなかった。日本で当たり前のことが世界では当たり前じゃないって認識することは大切だ。」

「それで安全なTokyoを全面に出すことにしたけど、『安全そうだけどなんかつまらなそう』という印象が拭いきれてなかったんだ。イスタンブールの『東西の架け橋』はエキゾチックな響きがあるからね。それに匹敵するくらいのインパクトが日本にも求められていたから、アジア唯一の候補地だったことを利点にして、欧米とは違う『エキゾチックさ』と『若さ』を全面に出すことにしたんだ。だから、画像では若者の躍動感を伝えることを意識したよ。」

(2)人間的なストーリーがあること

「それに情熱的な人間のストーリーがあることも重要だよ。佐藤選手は自身の癌と津波の経験から立ち直っていくという体験を持っていたのだけど、スポーツには周りの人達に勇気や希望を与える力があるというより大きなストーリーに繋げることで多くの共感を得たんだ。」

ただ、それだけじゃだめなんだ。一番大事なことは。。。

世界からどう見られていて何が日本の強みなのか、日本が世界に与えられる価値は何か? ー 個人から国のレベルまでそんな視点がますます必要になってくるようです 。(Tokyoオリンピック誘致プレゼンに見る世界を動かすコミュニケーション(2)に続く)

もしあなたが○○○人の軍人と一緒に働くことになったら?

国連の平和維持活動に関わってきたことで体験したユニークな点の一つは軍人の人と一緒に働くということかも知れません。南スーダンとか東ティモールなど現場にいた時にはそれこそ30カ国以上の軍人の人と日常的に接していました。一緒に情報収集をしたり計画をたてたり実際に実施するのお互いが必要になるのです。

そんな私でさえ正直「うーん、アメリカ軍って~でしょ」的な自動反応的な偏見がかなりありました。それを超えるチャンスなのか、国連の平和活動についてアジアの国の軍隊にトレーニングをする仕事の関係でアメリカ軍の人と一緒に働く機会がありました。

一緒にご飯を食べながら彼らは私にこんな話しをしてくれます。

「自分の父は太平洋戦争に従軍して自分も軍人だけど、アツギに3回ほど駐在した体験で日本人をすごく尊敬するようになったんだ。」

「日本のことを知れば知るほど日本人の底力に驚くよ。日本は本当に重要なパートナーだと思ってる。どんどん世界で活躍して欲しい。」

「311はとてもショックで真剣に自分ができることを考えたよ。」と言い、自身が指揮をとったという当時の緊急対策計画を見せてくれた人もいました。

「最近は他の国に紛争の調停に行くようになったけど、私に異文化をはじめて体験させてくれたのは日本だった。狭いアメリカを超えて世界に目を開かせてくれた日本に感謝してる」とは、米軍太平洋司令部のGeneral級のかなり偉い方でしたが、彼のみでなく、「日本」という異文化の体験が要職を担う彼らの考え方に大きな影響を与えたことは興味深い点だと思いました。

もちろん、彼らは軍人という「職業人」だから、時の政権の意向、政策、国際政治などいろいろなことが彼らの仕事に影響を与えるでしょう。でも当たり前だけど彼らも人間なんだよね。

○○○人は~だろう、あの人は○○○だから~だろう、そんなレンズを少し外してみるだけで、目の前の人がいつもと少し違ってみえる。世界はそんなに悪い場所じゃないかもね?!

マララ・ユスフザイさんスピーチ

マララ・ユスフザイさん(16才)のスピーチを紹介します。昨年アフガニスタンの国境に近いパキスタンのスワートという町で、学校に行っているという理由でタリバーンに撃たれ、英国での治療を経て奇跡的に回復してからの国連本部でのスピーチでした。

銃撃されても「自分を撃ったタリバン兵士さえ憎んではいません。」と言い切り、ただ教育の重要さを訴えています。彼女は当時16歳ですが、彼女の針の強さとその表現力には思わず感嘆してしまいます。最近の子の「感性」にびっくりすることはよくありますが、彼女のような新世代の感性をサポートできる大人でありたちと思います。

「私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは銃を見て本とペンの大切さに気づきました。1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます」by マララ・ユスフザイ

日本語字幕付きリンク→ http://www.youtube.com/watch?v=iak1X8VedW0

以下訳→

http://www.huffingtonpost.jp/2013/07/12/malala_speech_n_3588163.html

聞いてもらえていると感じるだけで成績が上がる

聞いてもらえている、理解されていると感じるだけで成績が60%も上がるという実例があるそうです。

そのメソッドを簡単に言うと、どんな科目の授業でも15%をただ生徒が自由にシェアする時間に当て、「答え」を求めるのではなくただ生徒に自由にグループ単位で話しをさせるのというもの。

これは、ハンガリー人とロマの共生教育の一環として実施された例なのですが、シェアの時間を通じて、ロマの子は「えっハンガリー人の子ってそんなことを思ってたのー?!」と知り、ハンガリー人の子も「えーロマの子ってこんなことを思ってたのー?!」とお互いを知ることになります。

ロマの子たちはロマ語しか話せない、ロマに対する偏見がある、先生たちはロマの子たちをどうやってクラスに参加させていいのか分からない。。。いろんな理由でロマの生徒の学校の中退率が異常に高いという中でこれは画期的なことでした。

同じ空間にお互いが存在していいとする「空気」と「場」があり、お互いに考えていることに耳を傾ける「姿勢」があるだけで、自然に「理解」が起きる。それだけで成績があがる。生産性も上がる。それ程にも人間にとって「理解」される、そして「尊重」されることは大切なのですね~。日本でのダイバーシティー尊重やいじめのチャレンジにもヒントになるところがありそうです。