今の時代はどういう時代か?ー⭕️⭕️の人には「待ちに待った時代」vs「普通に周りと同じように生きていきたい人」には⭕️⭕️な時代

 

私は長い間自分で自分をもて余していました。

 

勉強は好きだけれども、好きな科目と苦手の科目の差が激しくて、なんでバランスよくできないのだろう?とよく思っていました。

 

中学生の時から世界情勢などに興味を持ち始め、なぜ人は民族が違うからといって争うんだろう?ーそんなことに興味を持っていました。

 

かなり早い時期から、将来は国際機関で働きたいと思うようになりました。

 

粘り強さのおかげか、幸いたくさんの方のサポートを経て、国連という組織で働く機会に恵まれました。

 

大組織の官僚主義に直面したり、その国の状況に落ち込んだりしながらも、わたしの原動力となったのは、現地の状況を見るにつけ、もっとこうしたらいい!と思いでした。

 

他の人たちが気づかない課題に鋭く気づく分析力や洞察力を発揮し、持ち前の共感力で南スーダン軍や南スーダン政府との信頼関係を築き、当時の国連の平和支援の最前線だった南スーダンにおいて、80人強のチームリーダーを任せられるようにもなりました。

 

やりきったと思い、帰国ししばらくのんびりするつもりだった私は、これまで駆け巡った日々やこれまでの自分のステップを整理したいと思いました。

 

ニューヨーク本部や東ティモールでの勤務を経ての南スーダンでの日々は毎日が真剣勝負のような日ではありましたが、私はけっして自信があったタイプではありませんでした。スピーチも苦手で、学生の頃はスピーチの授業の日には朝から咳が出始めるほどでした。

 

世界の出来事に自分でも驚くくらいに落ち込んで、こんな繊細な私っておかしいんじゃないか?と思ったこともありました。

 

そんな思いが拭えなかった中で、ある日私にとって文字通り「レボリューション」が起こりました。

 

「ギフテッド」という概念に出会ったのです。

 

または、スターチルドレン、インディゴチルドレンなどの概念です。

 

例えばこのような特質

 

・エンパシー能力(他人の感情などが分かる能力)が高い
・興味のある物事に対しては周囲が見えなくなるほど没頭する
・興味のない物事に対してはあまり関心を持たない
・嘘や不正を見抜く能力に長けている
・感受性、直観力に優れている

・メッセンジャーとしての役割を持っている

・古いやり方に新しい風をもたらす役割を持っている

 

などです。

 

こうした人には彼ら独特の課題と能力があります。

 

能力は課題と表裏の関係にあるからです。

 

例えば、怒りとパッションは同じエネルギーであること、それを怒りとしても感じることもできるし、クリエイティブに使う事もできる、と学んでいきました。

 

また、私が現場で試行錯誤しながら学んで行ったリーダーシップのスタイルや自分の強みが私の中ではっきりと輪郭を表すようになりました。

 

それは、正に、頭の中でライトがパっ💡💡💡!!!と光り、まるでオセロの駒が一気に白にひっくり返っていった瞬間でした。

 

自分の中で弱みと思っていたものが正に「クルっ」と強みになり、パズルのピースが埋まっていくようでした。

 

ちょうど同じ頃、私の元にはあるタイプの人たちが相談に訪れるようになりました。

 

本人の自覚があるかどうかに関わらず、彼ら・彼女たちもギフテッドだったのです。

そして、私のギフテッドとしての体験が今の彼らを助けることができると気付きました。

 

今なら、はっきりと自覚することができます。

 

彼らの想いや悩みこそが彼らの才能の源泉であり、その全てが「自分自身である」ことを表現する事をほぼ同義語なんだと。

 

もう一度言います。彼らの想いや悩みこそが彼らの才能の源泉であり、その全てが「自分自身である」ことを表現する事をほぼ同義語なんだと。

 

 

合わせられないから、劣っているのではなく、その感性こそが今の社会の閉塞感を打ち破るのに求められているものである

 

誰もがそのままの姿で認められ、もっと自由に生きられる社会。

 

本当に大切なものが大切にされる世界を創りたい。

 

 

私がコーチングを始めた理由です。

 

これを改めて読むと、今、時代の流れは、「普通に周りと同じように生きていきたい人」には困難な流れになっていますが、「自分が大切にしていることを大切に生きたい人たち」にとってはいいように流れていることを感じます。

 

2017年から時代の流れはさらに動いています。

 

スターチルドレンの人たちの特質こそが、まさに「強み」になっていく時代です。

 

スターチルドレンにとって「待ちに待った時代」でもあります。

 

時代はよき方向へ流れています。

 

この新しい時代を一緒に堂々と生きていきましょう。

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人のやる気やモーチベーションを科学するー人間は⭕️⭕️の時にやる気になる

3週間前にとつぜんやってきた「ひらめき」。

 

そのきっかけは、あるパンフレットにあった「特別⭕️⭕️」の文字。

 

クーリエジャポンで連載を持たせていただいてから、私の脳が「作家脳」になっていて、「面白しろそう」なもの(原稿のネタになりそうなもの)を常に探しているので、本を見たり、ニュースを見たりしていると、前よりも敏感に「作家脳アンテナ」が反応します。

 

その日も「それ」は突然はじまったのです。

 

これはいける!

インタビューしたい!

 

💡💡💡

 

その感覚だけ募るものの、インタビューしたい相手は世界最高峰の⭕️⭕️。

 

私は新聞記者でも、大手出版社の編集者でもないし、本業はコーチ・カウンセラー。

 

唯一思いたった「つて」に連絡するも、

「ごめんなさ~い。今、長野にいて手元に情報がないんです。」

 

「がびーん(≧∇≦)。。。」

 

どうするワタシ???

しかも、今日私はジーンズにパーカーという格好。

週末だから名刺も持ってない。

 

でも、そんなことを考える暇もなく、足は動いている。

だって、このイベントは明日なのだから、

 

私は赤坂アークヒルズカラヤン広場でやっているイベントへ直行しました。

 

「あのわたくし、クーリエジャポンで記事を連載しているもので、明日の⭕️⭕️について取材をさせていただきたいのですが。。。」

 

広報部に直談判。

 

「少々お待ち下さい。」

そして、「あなたいったい誰?」という顔をされるが、それでもここで引き下がってはいけない。

 

次の人がでてきて、また同じ自己紹介を繰り返します。

そして、また一瞬「あなたいったい誰?」という顔をされます。

 

「少々お待ち下さい」、と何度言われても笑顔で。

エクササイズをやるみたいに口角をあげよう(笑)

秋の冷え込みでちょっと肌寒くても、

まだまだここで引き下がってはいけない。

 

だってインタビューしたいから!

 

ついに、

5回目の「少々お待ち下さい。」を待っていると。。。

 

ついに❗️

 

「広報の者を呼んできます」

広報部に直談判する機会がやってきました!

 

「記事にしていただけるとの理解でいいでしょうか?」

取材許可がおりました❗️❗️❗️

 

そして、いよいよ特別公演&取材当日。

 

全国紙の記者の方もいて、みなさん立派なカメラを持っていらっしゃいました。

 

(しまった。

今のiphoneは変なカメラよりもよっぽど性能がいいけれども、

父から譲り受けた型落ちの一眼レフでもいいから首からかけて「それっぽく」しておくんだった(≧∇≦))

 

見かけは大事です。みなさんはぜひそうして下さい!笑

 

(これだけ記者がいたら、相手に聞くことができる質問の数も限られてる。

うまく相手の言葉を引き出せるのか???)

 

(でもやっぱりそれでひるんではいけない。

資料も読んだし、相手のバックグラウンドも調べた。

なにより確固たるインスピレーションがある。

がんばれワタシ。)

 

私の心の中の「ひとり言」はしばらく続きます (笑)

 

結果、記事は、クーリエジャポンでも最も読まれた記事にランクインもされ、サントリーホールの広報の方にとても喜んでもらえて、サントリーグループ全社員にも配信されました。

 

こうして、私の「初取材」は許可され、世界最高峰のオーケストラ、ウィーンフィルの取材が終わったのでした。

 

と、まあ当時のことをちょっと思い出すと、今ではネタになるのですが、

 

何が言いたかったかというと、

 

自分にとって価値の高いものに対しては、そんなパワーも意欲もエネルギーも出てくる、

ということです。

 

人間のやる気、モーチベーションのメカニズムとは突き詰めると単純なものです。

 

やる気が感じられないときは、その対象に対して意義を感じられない、自分を突き動かす位の価値が感じられない、のです。

 

自分にとって価値の高いもの、心から望んでいることに対しては身体は自然に動きます。

 

だから、何かに対してやる気になれないとしたら、それもまたあなたにとって大切なサインです。

 

それ(そのような働き方、仕事のやり方、そのような業界の慣習等)はあなたが本当に望むことではない、と身体が教えてくれているのです。

 

やる気を感じながら、何かに取り組みたいと思ったら、二つの方法があります。

 

一番目は、目の前の作業や仕事、英語の勉強などが自分にとって大切なことにどう役に立つのかを納得するまでリストアップする

 

別の言い方をすると、これがどう役に立つのかという自分にとってより「大きな意味」をみつけることです。

 

二番目は、自分の大切なことの順番を変えること

ただ、これは理論としてはありえますが、あまり実践的ではありません。

人はけっこう頑固というか自覚があってもなくても自分の大切なこと、価値基準の順番通りにすでに人生を進めてきているからです

 

仕事が大切な人は仕事の比重が大きいし、子供や家族に価値を置く人はそうしたライフスタイルをおおかれ少なかれすでに送っています。今自分が持っているものが自分が価値をおいているものです。

 

自分のやる気を再確認したり、やる気を上げたかったら、

 

自分が価値をおいていることの順番を再確認してみましょう。

「謝ったりしないこれが私だから!」映画Greatest Showman主題歌 THIS IS MEが明かす無意識の「真実」ー私たちがほんとうに自由になる時!

同じ映画の話題が続いて恐縮ですが、

映画グレーテストショーマンの主題歌「THIS IS ME」では、

「I make no apologies, this is me」ー

「謝ったりしない。これが私だから」というセリフが出てきます。

 

I know that there’s a place for us
誰にだって居場所がある
I am who I’m meant to be, this is me
これが私のあるべき姿なの これが私よ
I’m not scared to be seen
見られることなんか怖くない
I make no apologies, this is me
謝ったりしない これが私だから

 

のメインのサビの部分ですね。

 

別に気にしなかった人もいるかと思いますが、

きっとあるレベルではそのメッセージも私たちの無意識にドンピシャだったので、

この映画や歌やメッセージが心に響くのではないかと感じます。

 

(映画を見てない人ごめんなさい。ぜひ見てください(*^-^)ニコ )

 

ではそもそもどうして「謝ったりしない」というセリフが出てくるのでしょうか?

自分であることとはどう関係するのでしょうか?

 

 

前回は、私たちは生まれてから社会で生きていく上で、周りから受け入れられるためにはどうあるべきかというイメージを作り上げ、『自分はこうあるべきだ』という理想のイメージをつくり上げると言いました。

 

同時に、この観点から自分を見たとき、誰も決して完璧にはなれないのですが、完璧ではないために自分を否定するという「自己否定のパターン」が生まれる、と言いました。

 

関連記事→ 世界的ヒット映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」の深いメッセージとは?ほんとうのTHIS IS ME!とは?

 

「四つの約束」はこうして、心の中に「裁判官」が生まれると言っています。

 

自分たちを縛りつけるものから解放されて、もっと自由に生きるヒントを、

 

世界各国で翻訳され500万部以上の大ベストセラー『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、

七年以上のベストセラーを誇る 「四つの約束」 より続けて探ってみたいと思います。

 

 

以下引用

=======

私たちの心の中には「裁判官」と同時に「犠牲者」が住んでいる。

 

この心の中の裁判官は、私たちのすること、しないこと、考えること、考えないこと、感じること、感じないこと全てを裁こうとする。この裁判官は私たちに毎日有罪を宣告する。

 

それが毎日、何度も起き、それが連日、私たちの人生の全てにわたっておこなわれる。

 

そして、私たちの心の中にはその偽りの判決を信じてしまう「犠牲者」が住んでいる。

 

「犠牲者」は、責め、罪、恥を背負っている。その部分は言う。

 

「かわいそうな私。私は善人でもない。頭もそれほど良くない。魅力もない。私には愛される価値がない。なんてかわいそうなんだろう。」

 

こうして、私たちは自分を隠そうとし、自分でないもののふりをする。

 

何をやっても偽物のような気持ちになり、他の人にそのことを気づかれまいとして、社会的な仮面をかぶる。

 

ティーンエイジャーが自分を傷つけようとするのは、ふりをしている自分が本当の自分ではないからである。

 

彼らはふりをしている自分と本当の自分が一致していることを望むが、そうはなれないので、恥を感じ、罪の意識を抱く。

 

こうしたこと全ては、私たちが選んだ訳ではない間違った信念システムに基づいて行われる。

 

地球の夢では、人間が苦しむこと、不安の中で生きること、感情的なドラマを創り出すのはもはや当たり前になっている。

 

戦争の夢、恐怖の夢、不正義の夢。。。

それはあまりにも生きることが困難な夢である。

 

しかし、心の中の「裁判官」は間違っている。

「裁判官」の「法の書」(基準と規則)が間違っているからである。

 

私たちが見ている地球の夢は間違った「法」に基づいているのである。

 

私たちは霧の中で生きているが、その霧さえ存在していないのである。

 

この霧は、あなたが信じていること、自分について持っている概念、他の人たちと交わした「合意」から成り立っている夢である。

 

私たちは悪夢を見る必要はない。心地よい、楽しい夢を見ることも可能なのだ。

 

=====

 

数日前に参加した振り付けのないクリエーティブダンスで、女性性を癒すというワークをしました。

 

「女性」が「男性」に対して持っている怒りや社会から植えつけられてきた女性であることの罪悪感や恥 ー 個人的なもの、先祖から引きついだもの、家系的なもの、集合的なものーを手放し、女性が立ち上がり、本当の自分を表現する、というものがありました。

 

私自身、バングラデシュで女性の集まりに参加したり、南スーダンなどの女性の状況なども直に見てきて、文字通り国によっては女性が女性であることだけで罪(恥)を感じさせるような文化も見てきたことや、家系的に沖縄の伝統(戦争の歴史、女性の苦労、神事・祭事の伝統やギフトも含め)を引き継いでいることも自覚しているので、

 

女性が立ち上がるというワークでは、そんなことがあたかも自分のことのようにリアルに感じられる瞬間もありました。

 

かりに自覚がなくても、誰でも個人の体験はもちろん、家系や集合的なものさえもが身体(細胞)に記憶されていると言われています。

 

そんなことをリアルに感じていたら、

「顔を上げて、上を向いて」というファシリテーターの方の声が聞こえました。

 

20世紀は戦争や武力など力に支配されてきた時代でした。

 

私自身、そのばかばかしさを散々南スーダンで自分の目で見てきました。

 

それでも、それでも、それでも、

仮にそういう歴史が過去にあったとしても、

苦しみや悲しみが山ほどあったとしても

 

だからといっていつまでも女性の怒りや悲しみを抱えておくことも望んでいません。

(ちなみに男性でも同じように感じている人もたくさんいます)

 

女性たち(自分も)をしばりつけている「呪縛」から自由になって、

私の世代でそれらを終わらせて、

その先の世界を見たい!

と思いました。

 

「美しい満開の花が咲きほこるイメージ」が見えました。

 

湧き出るような女性の底力を感じました。

 

私自身、「女性」として癒すこと、手放すことはまだあります。

 

でも、その度に手放して女性性の力を取り戻していけると信じています。

 

武器を手に取ることは簡単だけど、ほんとうの力はそこにはない。

 

武器にお花を。

 

顔を上げて、堂々と自分に与えられたギフトを表現していきたいーそう思っています。

 

 

本当の自分を思いっきり表現したい!

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映画グレーテストショーマン見て感動した人、思いっきり自分を表現したくなった人へー本来のあなた(who I am meant to be)の姿とは?

この変化の時代、私たちは無意識にも自分の人生にも変化を求めています。

 

そのためには、

考え方を変えることが重要、

感じ方を変えることが重要、

習慣を変えることが重要、

行動が重要などなど、

食事を変えることが重要などと言われます。

 

卵と鶏の関係で、どこかが変われば一緒に変わっていくので、

自分にとってやりやすい方法ならなんでもいいと思うのですが、

 

情報(思考)過多の現代人にとっては、

一つの切り口として身体からアプローチするのは効果的だと思います。

 

スポーツ科学や音楽家、コーチ・カウンセラーの間で知られている表現に「筋肉に感情が宿る」というものがあります。

 

緊張して身体が固まるのではなく、固まった筋肉が緊張を起こすという考え方です。

 

身体や筋肉に刺激を与えたり、ほぐすことで、視野が広がったり、新しい気づきやひらめきを得やすくなるとされています。

 

一流アスリートのトレーニング、音楽家のトレーニング、トラウマケアにはある共通点があります。

 

それは、身体と心の状態は密接につながっているという「心身一致」を前提に、「身体に働きかけることで意識は変わる」という観点です。

 

例えば、音楽家は腹筋を鍛え、呼吸を意識し、かつ身体を柔らかくしていつでも最高のパフォーマンスができるように気を配っています。

 

イチロー選手は、他の選手よりも2時間早く球場に入り、念入りにストレッチをして誰よりも時間をかけて毎日準備をすると言われます。

 

そして、それを一連の所作(ルーティン)にすることで、心を安定させることができるという効果をを知っています。

 

いわば身体面に働きかけることで、心の状態を理想の状態に「起動」させることができるのです。

 

エイミーカディーのTED 「ボディーランゲージが人をつくる」、が話題になりましたが、

 

彼女のTEDは全世界で最も視聴されているベスト2にランクインし、彼女はハーバード大学ビジネススクールでも同じことを教えているそうですから、ビジネス界でも「緊張をほぐす方法」の需要がいかに高いかがわかります。

 

私も久しぶりに参加したダンスで身体を動かすことがいかにダイレクトに意識に作用するかを実感しました。

 

映画グレーテストショーマン見たらすごく踊りたくなって、

決まった振り付けのない自由なクリエーティブダンスへ行ったのですが、

身体が求めるままに踊るのはほんとうに気持ちよくて開放的でした。

 

踊っている内に自分の内側から湧き上がるエネルギーを感じました。

 

このクリエーティブダンスというのは、

文字通りクリエーティブである、クリエートするという意味を実感させてくれます。

 

クリエートするとは、

誰かの言うことをしかも無自覚に取り入れて真似て繰り返すのではなく、

一つ一つの動作を意識するということ、人生とは毎瞬選択があって、一瞬一瞬創り出すものだということを思い出させてくれます。

 

それがどういう意味なのかを一緒に感じてもらいたいので、

いったん「ダンス」という言葉を忘れてもらって、

自分が普段どのように歩いているかを思い出してもらいたいと思います。

 

 

walking corss road

 

 

そんなことを思い出せないくらい信号器が青になるのを急いでいる?

駅まで眉間にしわを寄せて走っている?

それとも。猫背になって、疲れ果てて歩いている?

 

いやいや、顔をまっすぐ上げて、最高の笑顔で足の底に力を感じならが力づよく足を踏み出している?

 

最高の自分を外に表現しながら歩いている?

 

surrender2

 

 

クリエーティブダンスの時間では、

「背筋をピンと伸ばして素敵にかっこよく歩く」、

「最高の自分を表現しながら歩く」、

「自分の内なる力を思いっきり表現する」などをしました。

 

ここでの「歩く」とは、

一つ一つのことを音楽に合わせて、

自由に身体が感じるままに(踊るように)動かすことを意味しますが、

 

改めて身体に意識を向ける時間を持つと、

そんな一つ一つが、自分を表現し、人生をクリエート(創造)する瞬間だと感じられます。

 

「自分はこういう人間です」「自分はこういうことを大切にしたい!と、

宇宙に向かって宣言している表現するような感覚です。

 

ダンスなんかしたことないと思っても、

私たちは毎日歩いています。何かをしてます。

 

そういう意味では私たちは毎瞬毎瞬「自分が何者か」をクリエートし、表現しているのです。

 

大きな感情や過去のなんらかのネガティブな体験などは癒すことは大切です。

 

でもその次には、

その空いたスペースに新しくどんなエネルギーを招き入れたいのか、

「その先」に意識がなければ、

永遠に「問題解決」のパラダイムの延長戦をずっと続けることになってしまいます。

 

自分はどういう人間だと表現していますか?

 

どんな自分になりたいのか?

自分はどんな人生を望んでいるのか?

どんな人生をクリエートしたいのか?

 

それを頭で考えようとすると、急にわからなくなってしまったり、

「言葉」という枠にはまってしまって広がりが感じられないと感じるかもしれません。

 

そんな時こそ、音楽とともに身体を動かしながら、感じるのはいいと思います。

 

私は身体を動かし始めたら、久しぶりのダンスに「思いっきり自分を表現したい!」という大きな衝動を感じて、身体は勝手に動いて、

 

自分の中のギフトや才能がどんどん開いて大きな満開のお花が咲くのを感じました

 

お花はそれ自体が美と調和の象徴です。

それはとても美しいので、花は何もする必要がなく、

その存在だけでどんな人の心も開いてしまいます。

 

誰もが満開のお花です。

お花という比喩がありえるとしたら、

それこそが人の本来の姿(who I am meant to be)なのです。

 

そんな内なる美や内なる力、情熱を感じて、

それを身体と音楽でさらに表現し、

クリエートできるのは、ダンスの大きな恵みです。

 

体感覚派の人にはとくにオススメです。

 

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米国カルフォルニア州在住 M.S.さん

これまでの7年間を考えたら奇跡です!

無事にグローバル会議が終わりました。

プレゼンは大成功でした。 自分の中で世界観がぐるっと変わるような体験でした。

 

一回目は緊張はしていましたが、その理由が分かるようになったので、その覚悟ができている、という感覚でした。

 

そのさらに半年後のグローバル会議では、多少の緊張はあったものの、最後はアメリカ人グループに、ジョークを言えるほど楽しむことができました。

 

一番の大きな違いは、私自身が聞いている人たちを温かく、優しく見れたことです。

 

私は、観客が私を常にジャッジする審査員のような、敵のようなとても怖い存在に思っていました。まともに目を見ることもできなかったし、どんどんと自分が萎縮していました。

 

今回は逆でした。

 

相手の人を包み込むような愛情のような感覚を持てました。

 

私が尊敬している社長もハグしてくれて、あたたくて伝わるプレゼンで良かった!と言ってもらえまし た。

 

この体験はプレゼンだけではなく、全ての周りの人とのコミュニケーションを変えました。
その日に、シニアマネージャーとしてのオファーをいただきました。次のディレクター候補に挙がる待遇です。
プレゼンで罵声を浴びせられて以来、身体が固まるような緊張で苦しんでいた7年間は本当に苦しく、何度も諦めそうになりました。
こんな体験は、これまでの7年間を考えたら奇跡としか思えません。

 

本当にありがとうございました!

 

このコーチングが沢山の人に届くように願っています。

 

米国カルフォルニア州在住 グローバルブランドシニアマネージャー

世界的ヒット映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」の深いメッセージとは?ほんとうのTHIS IS ME!とは?

たった一人の意見や基準であなたの能力を決めてはいけない!

あなたが評価される場所へ行こう、という記事を先日書きました。

 

関連記事→

たった一人の意見や基準であなたの能力を決めてはいけない!あなたが評価される場所へ行こう

 

それもその通りなのですが、同時にその根底に、

自分は十分に評価されていない、

評価されなければいけない、

または自分が自分を評価していない(だから他人の評価を求める)、

 

であるのならば、「苦しみの構造」に気付く必要があります。

 

その構造が変わらなければ、一生評価を求めて不満足な気持ちを抱えたまま生きていくことになってしまいます。

 

「苦しみを生む構造」として、

 

「私はこうあるべき」、「私たちは完璧であるべき」というぜったいに叶うことのない理想像、そして、「自分はこうである」という幻想があるかもしれません。

 

私たちは自分と他人と社会と両親と神とパートナーと子供たちと何千と言う「合意」を結んでいます。

 

その中でも最も重要なのは、「私はこうだ」という自分に関する合意です。

 

今世界各地でヒット中の映画「グレーテストショーマン」のメッセージは

「THIS IS ME!!!」です。

 

「合意」とはどういう意味でしょうか?

自分に対する合意とは何でしょうか?

 

自分に何かほんとうの「This is me」なのでしょうか?

 

その質問へのヒントを探るために、

世界各国で翻訳され500万部以上の大ベストセラー(『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、七年以上のベストセラーを誇る)ドン・ミゲル・ルイスの著書The Four Agreements (邦題:「4つの約束」)を引用します。

 

とくに、”人間の飼い慣らし”のプロセスについて分かりやすく書かれています。

表現は一見簡単でシンプルなのですが、ページを開く度に発見があります。

 

以下引用です

(一部編集あり)

 

=====

人間は常に夢を見ている。

人間は「社会の夢」、「地球の夢」とも呼べる大きな夢を外側につくり出している。

地球の夢とは、社会の信念、法律、宗教、文化、常識的あり方、政府、学校、国民の行事、祝日などで成り立っている。

 

外側の夢にはたくさんの規則があるので、大人は子供の心にそうした規則を教え込む。

何が受け入れられ何が受け入れられないのか何が良いことであり何が悪いことなのかを学ぶ。

 

外側の夢は私たちの注意を引きつける。

どんな情報でも合意に基づいて蓄積される。

 

しかし、もしそれに合意しなければ、その情報が蓄積されることはなかったはずである。

私たちが合意した瞬間、私たちは、それを信じるようになる。

それを私たちは「信念」と呼んでいる。

 

こうして私たちは他の人たちを喜ばせるため、「いい子」であるために本当の自分以外の者のふりをする。

ママやパパを喜ばせようとする。学校の先生を喜ばせようとする。

私たちが本当の自分でないもののふりをするのは見放されるのが怖いからである。

やがて私たちは自分でないものになっていく。

 

こうした飼い馴らしのプロセスの中で私たちは立派なお利口さんでやろうとして完璧性と言うイメージを作り上げる。

私たちは皆から受け入れられるためにはどうあるべきかというイメージを作り上げる。

でも、私たちは決してこのイメージにはフィットしない。

なぜならこのイメージはリアルなものでは無いからである。

この観点から自分を見たとき、誰も決して完璧にはなれない

 

 

完璧ではないために私たちは自分を否定する。

飼い馴らしの後では、もはや誰も、どんな人に対しても十分にお利口ではありえない。

自分に対しても満足できない。

なぜなら「自分はこうあるべきだ」という理想のイメージに合格しないからだ。

 

 

私たちは自分がこうあるべきだと思ったことなれなったことに対して、自分を許せないのである。

 

私たちは自分と他人と社会と両親と神とパートナーと子供たちと何千と言う合意を結んでいる。

最も重要なのは、自分に関する合意である。

その合意であなたはこう言う。

 

私は何者である。

これが私である。

これが私の信じることである。

私はこれこれができる。

これは可能である。

これは不可能である、

などなど。

 

たったひとつの合意ならば別に問題ではない。

しかし私たちは、自分自身を苦しめ、失敗させるような実に多くの合意を結んでいる。

 

もし喜びと充足に満ちた人生を望むならば、恐れを基礎にした合意を破らなければいけない。

恐怖から発する合意は多くのエネルギーを使う。

私たちは誰もが一定の力を持って生まれてくるが、残念なことに私たちはその力をこうした合意を結ぶこと、合意を守ることに費やしている。

私たちのエネルギー力は散乱してしまい、その結果、私たちは無力感にとらわれてしまう。

 

こうした合意を一つ打ち破るごとに、それを作るのに費やしたすべてのエネルギーが戻って来る。

愛から発する合意は私たちのエネルギーを保ち、さらに多くのエネルギーを得ることができる。

自分と新しい合意を結ぶことができる。

地獄の夢で生きるかわりに、あなたは新しい夢を創りはじめる。

 

あなたの天国の夢を。

 

===

 

Four Agreements ドンミゲルルイス

 

古代メキシコの「トルテック」の智恵にもとづいた、我々を覚醒させ、人生をすみやかに変え、真の自由と幸福をもたらすことができる力強い教え。苦しみを生む自縛的信念から逃れる方法を説く「四つの約束」

 

https://www.amazon.co.jp/四つの約束-ドン・ミゲル-ルイス

 

コーチング受け付けています!

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映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」はなぜ私たちの心に響くのか?時代の転換期を生きる私たちへのメッセージとは?

映画グレーテストショーマンを見てきました。

 

ストーリーは実在の人物を基にしていますが、レビューにもあるようにかなり単純化されています。

 

それでも映画を際立たせているのは、歌とミュージカルです。

 

とくにこの映画でブレークしたというキアラセトルさんの歌「This is Me!」が迫力満点です。

 

「これが私!」というまさにメッセージそのものが心にズンズンきます。

 

私たちの心の奥底にある自分をただありのままの自分を思いっきり表現したい!という気持ちを思いださせてくれます。

 

この映画はジワジワと口コミで広がっているようで、私が見たのは朝9:20開始のショーだったのにもかかわらず8割くらい席が埋まっていてびっくりしました。

 

この映画の雰囲気をお伝えするために、歌詞のメインのところだけを少し紹介します。

 

“This is Me” – Keala Settle

 

I’m not a stranger to the dark

暗闇には慣れているわ

Hide away, they say

隠れてろって人々は言うの

‘Cause we don’t want your broken parts

壊れた部品はいらないって

I’ve learned to be ashamed of all my scars

自分の傷は恥しいものだと思ってきた

Run away, they say

彼らは言う 「失せろ」

No one will love you as you are

ありのままのお前を愛すひとなんかいないって

But I won’t let them break me down to dust

でもあいつらに私をゴミ扱いなんてさせない

I know that there’s a place for us

誰にだって居場所がある

For we are glorious

私たちが輝ける場所

I am who I’m meant to be, this is me

これがほんとうの私。 これが私よ

I’m not scared to be seen

見られることなんか怖くない

I make no apologies, this is me

謝ったりしない これが私だから

This is me

これが私。私は私でいい!

 

「This is me!」

 

まさに、今の時代の流れを一言で言い表していると感じました。

 

そして、この映画から感じたメッセージがありました。

 

それは、

 

この時代の変わり目で必要とされているのは、これまで「主流」とされた能力とはちょっと違うものだということ。

 

自分の考えは求められずただ言われたことだけをやっていればいいという時代は終わりを告げ、今までとは違う特質や能力が強みになっていく時代であるということです。

 

 

今年初めのニューヨークタイムズのアショカ財団のビ ル・ドレイトン(Bill Drayton)氏のインタビュー記事を思い出しました。

 

ニューヨークタイムズの有名コラムニストDavid Brooksが、この変化の時代の方向性を示してくれる人は誰かいないだろうか?と出向いたのが、世界93カ国3500名以上のソーシャルアントレプレナーの支援に取り組み、“社会起業家の父”と呼ばれるビ ル・ドレイトン(Bill Drayton)氏でした。

 

経営コンサルタント会社を経て、カーター政権下の環境保護庁(EPA)行政補佐官として、排出権取引の仕組みを立ち上げるなど多くの社会的変革に従事した後1980年社会起業家を支援するアショカ財団を設立。ビ ル・ドレイトン氏は物静かな雰囲気の奥に、強い意志と情熱を感じさせる人物という評判を持ちます。

 

2018年2月9日付の記事にはこうあります。

 

以下引用

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ドレイトンによれば私たちは今歴史的転換点を生きているのだと言う。…

 

人々は商売やらなんだかのスキルを習得するために学校へ通った。そして習得したスキルを使って労働力に加わり、収入を得て、豊かな生活を手にすると言う構図が出来上がった。習得したスキルを一生の間ずっと繰り返すと言うパターンだ。

 

しかしながら繰り返しを必要とする仕事は、もはや機械に任せておけばいいと言う時代が始まっている。『新しい時代』が必要としているのはこれまでとは違う能力を持つ人間だ。

 

ドレイトンは、この「新しい時代が必要とする別の能力を持つ人間」を「チェンジメーカー」と呼ぶ。

 

「チェンジメーカー」とは、

それは、周りの社会に存在する「パターン」を見抜く目を持つ人間。

どんな状況でも目に見えないそんな問題の存在を見る目を持つ人間。

 

そして、解決法を生み出し、その問題を解決しようと自然に集まってくる人々をまとめ、

流れる水のように柔軟性に富むチームを作り、皆が協力してアクションを起こすよう導き、

状況の変化に合わせて自分自身も柔軟に変わっていく、

そういった人間のことを指す。

 

=====

ここでドレイトン氏があげている中で、まず大切なのは「問題に気付く」という部分だと思います。

 

もし、あなたが周りや行った先々の状況や問題にすぐ気付くタイプだとしたら、それは大きな能力です。

なんの問題がなければ、新しいアイデアも解決策も考えようとしません。

歴史上の偉大な発明やイノベーションは必要性があって生まれています。

 

疑問を持つ人が一人もいなければその組織はさっさと共倒れしてしまうでしょう。

 

大量生産&画一化の時代には、同質的な集団をつくって、『この道しかない』というという一斉行動を取ればなんとか生きていけたのですが、未知の状況や課題が次々と到来する今のような時代には同じやり方ではもはや対応できません。

 

人とはちょっと違う視点、今まで「当たり前」とされていたことに疑問を持てる人、他の人が気づかないことに気付く人ー

 

多様な才能、多様な素質をもった個人が突破口を開いてくれるのです。

 

もし自分を殺してしか生きていく方法がないと感じるとしたら、どちらが「まとも」で「変わっている」かは、ほんとうは簡単にわかるはずです。

 

そうした価値基準が完全に逆転していく時代が始まっています。

 

本来のあるべき姿に自分が戻る。

素の自分に戻る。

自分が自分であることが価値となる時代です。

 

 

I am who I’m meant to be, this is me

これがほんとうの私。 これが私よ

 

THIS IS ME!!!

これが私!

 

 

まずはぜひこちらの動画を見てください!

 

映画オススメです。

 

 

 

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たった一人の意見や基準であなたの能力を決めてはいけない!あなたが評価される場所へ行こう

私はいい音楽に触れると、文(書きたいこと)が浮かぶことがあります。

食べ物を口にしてそのような感覚を受けたことがありました。

ミシュラン三ツ星レストラン、ピエール・ガニェールさんでの体験でした。

 

あんまり感動したので、どうしてもシェフの方に一言だけお話しを聞かせてください、

とお願いしたことがあります。

 

そうしてピエール・ガニェールから厚い信頼を受け、ピエール・ガニェールの冠をつくレストランを全面的に任されている赤坂洋介シェフにお会いしたのですが、そのお話しの中で印象に残っていることがあります。

 

「料理人には突き詰めることを得意とする人もいます。伝統を重んじるタイプの方もいます。でも、僕は新しいものを創り出すのが好きなタイプです」と強調されていた点です。

 

言ってみればたったそれだけなのですが、

自分が戦う土俵を見極めよ、という原則をよく教えてくれていると思いました。

 

料理人の世界が保守的なのはよく知られています。

 

ミシュラン三ツ星レストラン、ピエール・ガニェールさんが入っている同じホテルの別の階には懐石料理の立派なお店もありました。

 

そうした世界では、創造性よりも伝統の味をできるだけ性格に再現することの方に価値がおかれるのでしょう。

 

もちろん、ピエール・ガニェールや彼の料理が「革新的」、「斬新」「芸術的」などと表現されても、

そこにもしっかりとした料理の基礎や土台や目に見えない部分での努力があるのは間違いありません。

 

実際、赤坂シェフは、毎シーズン、新メニューを決めるまで何十回も何百回も試食を重ねるだけでなく、私が驚いたのは、

 

「1日たりとも前日と全く同じ料理を出したことはありません。僕も進化し続けているので、自分が生み出すものは毎回変わります。

その時に自分が出せる最高のものを出したいと思っています。」と話し、実際その日に改良した点を教えてくれました。

 

「1日たりとも同じ料理を出したことがない」には(❗️)本当にびっくりしました。

 

関連記事→ ミシュラン三ツ星シェフピエール・ガニェールに学ぶ「創造性」とは?ー新しいものを生みだすヒント

 

改めて思うのは、技術はもちろん「毎日違うものを出したい」という彼の資質と

実際に彼が腕を思いっきりふるえる場(ピエール・ガニェール)がぴったりと合っているのだな、ということでした。

 

いくら彼が腕のいい努力家の一流の料理人であったとしても、これが懐石料理(あくまでも例の一つです)だったら、そうはならなかったでしょう。

 

私はニューヨーク本部や南スーダンなどで約10年間元兵士の社会統合支援や仲裁、人材育成などにかかわりましたが、国連を意識し始めた理由の一つは、まだまだ終身雇用や大企業主義が強かった時代に日本企業で女性が思いっきり活躍できそうには感じられず、それなら厳しいだろうけど能力主義の国際機関の方が思いっきり働けそうだ、と思ったからでした。

 

 

イエスキリストはこういう言葉を残したと言われています。

 

Go where invited. Stay where welcomed. If you are no longer welcomed, leave the dust behind and leave immediately.

 

招かれているところへ行きなさい。歓迎されたところに留まりなさい。

歓迎されなくなったらすぐに去りなさい。

 

 

たった一つの価値観や基準(偏差値や一流企業への就職)であなたの可能性や能力を決めつけないでください。

 

たった一人の意見や誰かに評価されなかったからといって諦めないで下さい。

 

自分の価値が評価されるところへ行きましょう。

 

あなたを評価してくれる人が必ずいます