今時代はどう変わりつつあるのか?変化のサイン①「ライフシフト100年時代」の意味とは?

2017年は、全く新しいサイクルの初まりの年だと言われています。

時代が変わりつつあることがよりはっきりと感じられた年でした。

ではどういう時代なのでしょうか?

どう時代が変わりつつあるのでしょうか?

 

時代がこれほどに変わっていても変わっていないように見えた時でも、後で振り返れば時代の「流れ」を教えてくれていた「サイン」があったと思うことはよくあります。

 

今の段階では、今時代がどう変わりつつあるのかに対する完全な答えは誰もまだ出せないと思いますが、この一年半の出来事から読みとれる「サイン」をいくつか挙げてみたいと思います。

 

1点目は、「「ライフシフト100年時代の人生戦略」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット、東洋経済新報社)です。

 

「100年時代のための保険」という商品もでるなど「人生100年時代」というタイトルはインパクトがありました。

 

なかには「100年も生きたいくない」と思った人もいると思いますが、

 

この本は、100年ライフの時代では、人生を学校→会社→引退という3つのステージで捉えてきた前提自体が変わり、働き方や価値観がますます多様化し、

 

自分の体験や分野を広げていく時期や、自分で仕事を生み出していくステージなどが加えられ、いくつものステージが同時平行して進んでいく「人生のマルチステージ化」が進むだろうと言っています。

 

つまり、100年生きるということは、「一つの会社に就職する」、「雇われる」という働き方だけでは、100年スパンを考えられないよ、というわけです。

 

もっと言うと、100年生きるということは、自分がほんとうに充足感を感じることをみつけられるかどうかで人生の質は大きく変わるだろう、ということなのです。

 

ただ、それはプレッシャーに感じることではなく、仕事をしながら、新しいことを学んだり、自分の体験や分野を広げていくことが大切だよ、と言っているのです。

 

これをやった結果、新しくこういうことがわかった、それで、自分はこう思った、こう感じた、だから今度はこれを学びたい、こういうことをしたい、体験を大事にしましょう、ということです。

 

そして、100年時代が示唆していることの一つは、やりたいことは人生で何度か変わってもいい、ということです。

 

それは、沢山のことをやらないといけない、という意味ではなく、やりたいことに「間違い」はないし、やりたいことをやる方法や手段もたくさんあるよ、という意味です。

 

実際、お金を稼ぐ手段とやりたいことが別の時期もあれば、徐々にやりたいことがお金を稼ぐ手段にもなっていく、ということもあるでしょう。

 

別の言い方をすると、雇われるメンタリティーから自分でつくり出す(クリエーション)のメンタリティーへのシフトです。

 

雇われるメンタリティーは、

真面目で

人を疑うことなく素直にいうことを聞いて

仕事をこなす人が重宝されます。

 

それがまともな企業ならいいのですが、残念ながら、ブラック企業にはとっては、こうした「真面目さ」が「使い勝手にいい人」になってしまいます。

 

クリエーションのメンタリティーは、全く異なります。

文字通り「つくり出す」ことです。

 

自分の体験やオリジナリティーが求められます。

他の人にはなくて、自分にしかできない・自分だから貢献できることは何だろう?という発想です。

 

それに対する答えをみつけるための問いは、

自分はほんとうは何を望んでいるのか?何が好きなのか?何をやっている時が楽しいのか?という問いかけです。

 

同じ仕事をしていたとしても、人がやりがいを感じるポイントはまったく違いますし、人は自分が好きなことをやっている時に自然に才能を発揮します。

 

生き生きと輝いている状態です。

 

私たちは輝いている人の様子を見るだけで嬉しくなるし、元気をもらいます。

 

だから、自分が好きなこと、やりたいこと、それを才能まで伸ばしている人はそれだけで周りに元気を与えていると言えます。

 

「やらなきゃいけない」という義務感や役割、または、「自分はこうあるべきだ」という自分で自分に思い込ませている理想像やマスク(ペルソナ)、または競争心で自分をがんばらせることができるのは、せいぜい5年、10年、せいぜい15年ちょっとでしょう。

 

その頃には、疲れ果てて、自分が好きなこともやりたいことを考えるどころか思い出す気力さえなくなってしまいます。

 

テレビに映る政治家に心のなかで文句を言って、かろうじて電車に乗って、金曜日の夜に安堵する冷めた、シニカルな大人になってしまいます。

 

残念ながら、今の日本には、無関心、無気力や無関心が蔓延しているように感じます。

 

100年間、なんとなく流されて冷めて生きるにはあまりにも長い時間だと感じるのは私だけではないでしょう。

 

自分のやりたいことがわかったら苦労はしないよ?

 

そんな声が聞こえてきそうですが、やりたいことをみつけるのは難しいと思っていませんか?

 

たくさんの人がいろいろな「思い込み」にはまっているように見えます。

 

自分はやりたいことをやってもいい、

まずはそう自分に言ってみませんか?

12/10(日)開催❗️答えがない時代なら、自分の答えをみつけよう!考える順番と型を学んでつける本当の力

この講座では、「自分のとっての答え」を導きだすための考えるステップを学びます。

 

なぜ「自分にとっての答え」かと言うと、今の時代においては、答えはたった一つでは ないからです。一つの答えが全員に当てはまらるとは限らないからです。

 

考えるステップには次の三つの効果があります。

 

1、考える向きを整えてくれる

2、考える順番を教えてくれる

3、考えるための質問(型)をくれる

 

 

今時代が大きく変化しています。

 

いろんな面で激動の一年でした。

時代が今までとは違うことを感じてらっしゃる方も多いかも知れません。

みなさんは最近どんな体験をされていますか?

 

 

時代が大きく変化している時に大切なことは、自分で考えて、自分で判断できることだと思います。

 

そうした力があって、本当に大切なことを大切にできると思うからです。

 

考える力というと、ロジカルシンキングを思い浮かべるかも知れませんが、この場合の「考える力」とは、何がほんとうの問題なのかを自分で理解できて、目の前の状況を整理できることです。

 

もし決められないのならどうしてなのか何について迷っているのか、など、自分の中で起きていることを理解できることです。
 

私たちはいつも何かを選んで決めています。

 

自覚がある場合もあれば、自覚がない場合もあるでしょう。

 

いつでも完全に自信を持って決められるわけでもありません。

 

自分の体験を振り返っても、南スーダンや東ティモールに行く時など、不安で胸が押しつぶされような時もありました。

 

完全に自信があるから前に進めるわけではありません。決めた後でさえ、迷いがよぎる時もあります。

 

自分を信じるということは、自分の直感や内なる声に全身で耳を傾けて、神経を研ぎ澄ませていくと同時に、

 

自分で目の前の状況を整理して、判断する力もあってこそ前に進めていけるのです。

 

そのために、何をどの順番で考えていったらいいのかを学ぶことができます。

 

「考える」には順番があります。

 

「頭がいい人」とは、考える順番を知っているだけです。

 

なんらかの課題や問題について考えようとしても、思考がそこで止まってしまう時、なんとかしなきゃいけないと焦るばかりで、何をどうしたらいいのか分からなくなっています。

 

または、なんらかの感情が考えることを邪魔をしても気づかずに、同じところをグルグルと
回っているのかも知れません。

 

自分の思いぐせや思考プロセスを理解できると、

 

よりはっきりと

わかり、

考え、

自分で答えを出すことができます💡💡💡

 

直観.jpg

 

自分で決めることができると自信が生まれます。

閃きやインスピレーションも「考える型」を知ってこそやってきます。
 

この講座では、講師の国連や紛争地での体験を通じて体験したことや、オックスフォード大学のチュートリアル(教授との一対一対話)体験を基に、「思考プロセス」と呼ばれる「考えるステップ」をより日常的に使えるようにして学んでいきます。

 

効果的に「考えるため」の順番について学びます。どんな問題にも当てはめることができ、自分のとっての答えを導きだすため「5つの質問」を学びます。

 

思考プロセスを学ぶことには、次の三つの効果があります。

1、考える順番を教えてくれる

2、考える向きを整えてくれる

3、考えるための「型」をくれる

 

 

《この講座をお勧めする人》

⭕️プレゼン力や伝える力を伸ばしたい人

⭕️ チームメンバーの意見を引き出し、お互いの強みが活かされるような場を設けたい人

⭕️コーチやカウンセラーや教える人など、人を依存させずに援助し、効果的にサポートするための力を身につけたい人

⭕️落ち込んでしまう時に、自分で元に戻れるようになりたい人

⭕️今の仕事とやりたい方向性にギャップを感じている方

⭕️やりたいことはあるけれど、自信が持てずに前に進めなくなってしまう人

⭕️自分が何をやりたいのか、落ち着いて考える時間を持ちたい人

⭕️今までそれなりに成果を出してきたが、別の発想ややり方が必要だと感じている人

⭕️これまでの体験を整理し、未来に向けた方向性を明確にしたい人

 

《講師 大仲千華 プロフィール》

国連ニューヨーク本部、東ティモール、南スーダン等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事に従事。国連の平和支援の最前線である南スーダンでは80人強の多国籍チームのリーダーを務める。紛争国での体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。

米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。帰国後、PTSDと燃え尽き症候群になり、起きれなくなり、心理学やカウンセリングを学び始める。

海外でトラウマケアのトレーニングを受け回復。直観能力とヒーリング能力が飛躍的に開花。

日本人がもっと自由に生きること、個人として生きる人を増やしたい、世界の役に立ちたい人たちをサポートしたいと思い、コーチングとカウンセリングを始める。

 

《日時》

2017年12月10日(日)9:30-12:00

 

《場所》

スクエア荏原第2会議室

アクセス➡️http://www.shinagawa-culture.or.jp/hp/page000004000/hpg000003907.htm

 

《参加費》

3,000円(税込み)

 

⭐️お申込み⭐️

定員に達しましたのでお申込みを締め切りました。

⭕️お申込み⭕️ありがとうございました!

 

「内なる声に従っている人が一人いる方が、そうでない人を何百万人も集めたよりも大きな力になる」

 

この講座は、新しい時代をつくるリーダー育成事業の一環です。

Peace Blossomが開催する講座について
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「~しなければならない」は、自分のパワーを奪う言葉ー自分が選択することが自分が体験すること❗️

このところ続けて強いインスピレーションを受け取っています。

今の世界の情勢は、私たちが同じ生き方を続けられないと知らせてくれています。

 

前回の記事で、今自分がいるところからしか始まらない、とお伝えしました。

 

別の言い方をすると、自分の選択に責任をもち直すということです。

「原因と結果」に責任をもつということです。

責任のレベルを上げるということです。

 

この場合の責任とは役職や重苦しい義務を指すわけでもありません。

 

ここで言う責任とは、自分の行動・言動(選択)に完全に受け止めるということ、誰かのせいにもしないということです。

 

それこそが自分に本当の力や勇気、インスピレーションをくれるからです。

 

「『誰かのせい』なんてしてないよ」と思うかもしれませんが、

私たちの口ぐせや意識には、会社上司のせい、政府のせいや学校のせい、無意識的には親のせい、などなど、誰かのせいにしている部分がけっこう多いのです。

 

明らかに「誰かのせい」にしてないと思う場合でも、自分の言葉に気づいてください。

 

あなたが一日でとるすべての行動に対して、あなたは100%はっきりと「したいからする」と言えますか?

 

とりあえず

した方がいい

~しなければならない

~するべき

 

これらはすべて自分からパワーを奪う言葉です。

 

会社に言われたから?

家族に言われたから?

親に言われたから?

みんながそうしているから?

これまでそうだったから?

 

確かにそういう状況はあるでしょう。

でも、そうした言い方は完全に自分の選択を認めていない、ということになります。

 

どこかで、「~に言われたから」という逃げ道と言い訳をのこしています。

 

これでは自分の本当の力も才能も発揮することができません。

受け身で、逃げ腰です。

 

責任をもっている人は、自分が選択することが自分が体験することだと知っています。

 

自分が望むことを明確にすることに時間をとり、自分が望むことを選び続け、求め、それを体験します。

 

もし自分が望まないことがあるなら、選択をし直します。

 

自分が選択することが自分が体験することなのです。

本気でパワハラを変えたいあなたへー「だからこそ」 あなたが輝くための105の質問

パワハラは何が本当の問題なのでしょうか?

 

私は初めての国連での赴任地東ティモールで、「パワハラ」・「セクハラ」に遭遇しました。

 

相手はパキスタンの出身の男性で、女性のスタッフには一切挨拶もせず、「女性に仕事はできない」と言い放つ人でした。

 

女性と男性は別々に食事をするような国ですから、もしかしたら、女性と仕事をしたことがないのかも知れません。(ちなみに、ノーベル平和賞を受賞したマララさんもパキスタンの出身です。)とは言え、平然と女性だけを無視したりする訳ですから、こちらも心穏やかではありません。

 

他の同僚の助けてもらいながら、自分がやるべきことは淡々とやりましたが、電気もお湯もないような任地で、国連の1年目分からないことだらけだったので、大きなストレスと精神的な負担になったのは言うまでもありません。

 

国連で働き始めてすぐに起こったことだったので、国連という組織のことも、国連での職場での人間関係についてもよく分からなかったのですが、そのうち、自分が「そのような扱い」を受け続ける必要はない、と思うようになりました。

 

我慢し続けるのも限界になり、上に訴え、彼は別の地域へ再配属されました。

 

数ヶ月の苦痛から解放され、ホッとしたのですが、「『この事件』は私にとっていったい何だったんだろう?」という「宿題」が私の中に残ったような気がしました。

 

その3年後、私は国連ニューヨーク本部へ移り、仲裁の研修を受けた時に、国連の職場で上司との関係や仕事の評価に関する異議申し立てが多いことを知り、再びそのことを思い出しました。

 

全世界で働く国連職員の数はおよそ8万人(secretariatとPKOミッションで働く職員)。

 

その8万人から、一年間の間で、国連のオンブズマンオフィスに約9,000件も仲裁(第三者を交えて話し合いを持つこと)の要請があるそうです(2012年度)。

 

相談内容については、圧倒的に多いのが、職場での仕事の評価について、契約体系(更新)、上司との関係についてだそうです。

 

国連という組織は、基本的には自動更新も自動昇進もない自己志願制の契約体系で成り立っていますから、評価や契約は大きな問題になりえるという事情はあります。

 

とはいえ、この数字は「氷山の一角」なのでしょう。

 

国連では、国連の職員が「職場での対立に建設的に対処する能力を身につける」ためのいろいろな研修が行われていて、私もそうした研修に参加したことがあります。

 

そして、部屋の中に、ありとあらゆる肌の色の人達がいるのを見た時に、「ああ、悩んでいたのは私だけじゃないんだ。」

 

そして、「意見の違いや対立に対処する方法を最初から分かっている人はいなくて、誰もが学んでいくものなんだ」、とある意味ホッとしたのを覚えています。

 

その後、私は部下を持つようになり、南スーダンでは多国籍チームのリーダーを務めるようになりました。上司になって新たに見えたこともありました。

 

今度はカウンセラーになって新しく見えることもあります。

 

「パワハラ」では、人間関係のくせやこれまでの「課題」が「噴出」して現れることがあります。

 

新しいステージへ上がるために、自分の課題や生き方を見直すのは大切なことです。

 

いずれにせよ、はっきり言えるのはどんなケースであれ、「その先」がある、ということです。

 

何が本当の課題なのか?

何を学ぶ機会なのか?

自分はどうしたいのか?

 

まずは、今の自分の状態や体験を落ち着いて整理することが大切です。

 

今の自分の状況を整理して、ではどうしたらいいかを考えられるように、自分の体験と相談を受ける中で気づいたことを質問形式にまとめました。

 

なぜ質問形式なのかと言うと、人それぞれ性格も違うし、会社や上司の状況とかいろんなことが違うので、「こうしましょう」という決まった一つの答えはないからです。

 

今の自分の状態や体験が整理でき、理解できると、自分の奥からほんとうの力が湧いてきます。

 

ご希望の方は、こちらからご登録ください。

 

https://www.reservestock.jp/inquiry/10874

 

少しでもお役に立てましたら幸いです。

 

無名から国連事務総長へ抜擢された「国連の坂本竜馬」ー「大衆を救うために勤勉に働くより、一人の人のために全身全霊を捧げる方が気高い。」

私がよく聞かれる質問の中に、なんで国連やめてカウンセラー・コーチなんですか?というものがあります。

 

国連=もっと大きいことができる=インパクトが大きい

それなのになぜ「小さいこと?」

 

単純に「どうして?」「この人ってどんな人なの?」とも思うと思います。

 

なので、その質問の意味はよく分かります。

 

なにより、私自身が「大きなこと」をしたいと思ってきましたし、大きいことに関われる楽しさも体験させてもらいました。

 

その意味でいうならば、私は、国連のキャリアの中でも、二つの独立国(東ティモール、南スーダン)の独立のプロセスに関わるという、その意味ではかなり「野心的」でかなり「ピンポイント」な選択をしてきました。

(国連は自己志願制の組織で勝手に派遣されることはありません。)

 

同じ国連という組織でも、紛争国の最前線に行く人も、国が独立を果たすプロセスに関わる人も、しかもそれを二回も体験する人もあまりいないので、この組み合わせはかれな「稀」です。

 

東ティモールの独立前の一年間の間は、正当性を持つ新しい政府と国の体制ができるまで、内戦でインフラが破壊され、文字通り何もなかった状態の時には、国連が「暫定政府」を務めていました。

 

その仕事は、それこそ国境の交渉から、貨幣、教育制度、行政、選挙、憲法の策定、学校の運営まで含まれました。そして、一年の間で選挙が行われ、学校の制度警察ができ、憲法ができ、学校が再開されました。

 

キャリアの最初にそんな「成功体験」を目の当たりにさせてもらったことは、私が国連でのキャリアを続けるモーチベーションになりました。

 

同時に、「全ての物事には両面がある」というのも大きな秩序の真理なのだと感じます。

 

大きな組織であるがゆえの矛盾も同じくらい存在します。

官僚主義、安保理決議と国連PKOの現場間の政治的なギャップ、ヒエラルキー組織。。。

 

つい最近も、南スーダンでの食糧危機に対する人道支援の一環として、ヘリコプターから食糧が投下されるシーンを見ました。

 

世界の格差がより大きくなっているという時代に、さて、「この支援はいったい役に立っているんだろうか?」という根本的な疑問が私の中で浮かびました。

 

こうした疑問は、この業界にかかわると、国連であれNGOであれ、いずれかの段階で思うことです。

 

その疑問はごくごく健全な疑問だと思いますが、だからと言って、全てが無駄だというのも違うと思うし、0か100かの議論になる必要もないと思います。

 

ただ、面白いのは、一人一人の「その先」だと思います。

 

それで、「あなたはどうするの?」と。

 

ちなみに、「大衆を救うために勤勉に働くより、一人の人のために全身全霊を捧げる方が気高い。」という言葉を残したのは、1953年から二代目の国連事務総長を務めたダグ・ハマーショルドでした。

 

彼は、スウェーデンの元外交官で、財務次官と外務次官を経て、第二代国連事務総長を務めました。ノーベル平和賞を授与されるなど非常に高い評価を残した人です。

 

無名から国連事務総長へ抜擢され、今の国連の基礎を作ったことから「国連の坂本竜馬のような人」という表現をしていた人がいました。

 

数々の華々しい外交の裏側の取引、各国の思惑、国益追求のどろどろのはざまで、どうしていつも平和を目指す判断が下すことが出来続けたか?

 

類まれなリーダーシップ、彼が希求した国連の未来像とはどのようなものだったのか、そして我々は今、そこから何を学ぶことができるのか?

 

その様子は、スウェーデン政府が彼の生誕100周年記念事業として編纂した評伝集から垣間見ることができます。

https://www.amazon.co.jp/世界平和への冒険旅行-ダグ・ハマーショルドと国連の未来-ブライアン・アークハート-セルゲイ・フルシチョフ/dp/479480945X

 

「大衆を救うために勤勉に働くより、一人の人のために全身全霊を捧げる方が気高い。」

 

もし彼が生きていたら、彼の言葉の意味をさらにもっと聞きたいところです。

 

国連事務総長という立場の人が残したコメントとして非常に印象に残っています。

海外へ行く人必見!ー安全を創る3つの視点①

 

誰と誰が争っていて何が原因なのか?

 

最近の世界情勢をみていると、なんだか紛争やテロが多いようだけれども、ニュースでも「ホームグランドテロ」という言葉は聞いても、断片的な情報ばかり。

 

民族が違うと人は争うのか?

いったい何が原因なのか?

私たちは何を知ったらいいのか?

 

本質的なことを知りたいと思っている人はけっこういるんじゃないか?

大学の講義での反応などを見るととても強く感じます。

 

そんなことを自分の体験を含めてただ今、執筆作業を進めていますが、その中から今日紹介したいのは、

 

このような世界情勢の中、

なんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

ということに対する視点です。

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実際、私が南スーダンで働いていたと言うと、よく危ない目にあったことはありますか?怖くないですか?と聞かれます。

もちろん、日本に比べれば直接的な被害に巻き込まれるという可能性だけでなく、医療施設の有無から病気にかかる可能性まで「リスク」レベルは格段に上がります。

 

例えば、南スーダンで働いていた時には、万が一人質にとられた時のための訓練を受けましたし(アフガニスタン、南スーダンやソマリアなどに派遣される人は現地に赴任してから受けることが義務付けられています。国連だけでなくNGOの人もこうした研修を受ける体制がとられています)、

東ティモールでは銃が発砲された場面で近距離に居合わせたこと、また、南スーダンでは兵士に直接銃を突きつけられたことが一回だけありますが、相手はお金をせびってきた兵士だったと判断できたので落ち着いて対処できました。

 

私たちは知らないことに対して必要以上に「不安」を覚えます。いわゆる「未知の恐れ」と呼ばれるものです。

 

まず、現状を確認をすることから始めたいと思います。

 

さて、質問です。

私がいた南スーダンを例にとります。南スーダンの場合の国連要員の死亡原因と割合はいったい何だったと思いますか?

 

① 病気 68%

② 事故 18 %

③   分類不明 6.65%

④   直接的原因 6.65%

(UNMIS 南スーダン国連PKO 2010年度の場合)

 

病気の原因の多くはマラリアです。病院施設が限られていること、インフラの不備で輸送手段が限られるため、状態がひどくなった時に搬送まで時間がかかる(場合によってはヘリコプターを使う)ことが理由として挙げられます。

実際、現地でのストレスレベルが日常的に高いことが認識されないまま、毎日「がんばってしまう」こと、積み重なったストレスが免疫レベルを下げてしまうこと、マラリアくらい大丈夫だと思ってしまうこと、マラリアだと気づかないこと、があります。実際、母国では実戦を経てきた頑強そうな軍人たちがマラリアで命を失くしたケースが私の周りでもありました。

二番目の原因は、交通事故です。PKOの場合は、軍事オブザーバーや文民を含め、日常的に視察やパトロールのために自分で車を運転する必要のある職種が多々ありますが、交通事故は大きな死亡原因の一つです。

南スーダン(独立前)の場合、直接的原因での死亡は6.65%ということになります。そうした出来事が組織的なものなのか、突発的なものなのかという点で「脅威」の認識は大きく変わりますが、まず、アフリカで一番長い内戦をしてきた南スーダンでされ、国連要員の人たちの一番の死亡原因が93.35%紛争ではない、と事実を確認したいと思います。

 

その上で、

なんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

という視点です。

 

その中から、例えば、リスク分析や脅威分析と呼ばれるものを、紛争地での情勢の分析に応用し、

安全面でのリスクレベルを脅威(threat)× 脆弱性(vulnerability)と捉える考え方を見ていきます。

海外へ行く人必見!安全を創る3つの視点②

海外(その地域)でなんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

 

私たちは知らないことに対して必要以上に「不安」を覚えます。いわゆる「未知の恐れ」と呼ばれるものです。

同時に、

なんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

 

誰も完全に予見できる人はいないにしても、そうしたものの見方を訓練することは十分に可能です。

 

まず、リスク分析や脅威分析と呼ばれるものを紛争地での情勢の分析に応用し、安全面でのリスクレベルを脅威(threat)× 脆弱性(vulnerability)と捉える考え方を見ていきましょう。

 

まずは、脅威(threat)とは何か?です。

それぞれの国によって、明らかな「敵対勢力」がいる場合もあれば、または、個人がゆるく繋がった意図のはっきりしない組織など様々なケースがありますが、

 

ここでは、

相手にはどんな能力があるのか(能力)

相手の動機や目的は何か?(意図)

それは突発的なものなのか繰り返されそうなものなのか(機会)等の、

彼らの能力 × 意図 × 機会の3点に注目します。

 

脅威(threat)とは

◯ 能力⇒ 人員、リソース、資金源、統制能力はどうなのか?

◯ 意図⇒ こちらに危害を与える理由があるとしたら何か?動機は何か?グループ全体の目的は何か?

◯ 機会⇒ 最近の例や前例からパターンがあるか?それによると機会は増えているのか減っているか?歴史的背景は何か?

 

次に、そうした脅威に対して、相手からこちらの国籍や性別、民族、宗教といった属性はどう見られ、それはこちらにどう影響するか?という視点です。

例えば、その国では日本人であるということはどう思われているのか?ある国で選挙があって政権が交代したとして、今度はどういう人たちが政権をとり、その地域の宗教や民族の人たちにとって日本人はどう思われているのか?といった視点、または、その国や地域で女性であることの影響などです。

また、個人または組織の対応能力も含まれます。この場合の対応能力とは、安全に対する知識や住居や車両といった設備や手段を持っているかどうか、といったことであり、環境的要因は、その国の中で住んでいる地域がどこであるのか(都市の中心地なのか、空港の近くなのか、軍の設備などの近くなのか)などに関することです。

どの国籍や宗教や政治的属性がリスクになるかはその時々の政治的な情勢などによって変わりますが、今は世界のニュースが一瞬にして世界中に発信される時代なので、こうした要因もやはり刻々と変化し続けるものだと認識しておくことが役に立つでしょう。

脆弱性(vulnerability)とは

 ◯ 社会的要因⇒ 年齢、民族、宗教、政治的属性、性別、社会的地位などの影響など cf. 女性であることは活動地域においてどのように捉えられているか? 

◯ 能力⇒ 現地の政情などを含めた現地社会について理解、安全に対する意識、住居や車両といった設備面なども含めた管理体制があるか等、など

◯  政治的要因⇒ 現在の世界情勢の中において「日本人」であるということ、 「日本の組織」や日本の企業の一員であることは活動地域においてどのように捉えらているか? その地域の有力者が属する政党や民族との関係はどんな影響があるか? など

◯ 環境・地理的要因⇒ その国の中で活動している地域がどこであるのか(都市の中心地なのか、空港の近くなのか、軍の設備などの近くなのか)など

 

ここまでをまとめると、コントロールできない面はあっても、リスクは、脅威のレベルを適切に認識し、脆弱性(vulnerability)に対して対策をすることでリスクを下げることができるという考え方です。

こうした分析で見られるように、まず、二つの視点が重要になります。

① 相手はなぜこちらに危害を与えようとするのか ー 相手の意図や動機、目的は何なのか?というこちらの相手に対する理解

同時に、

②こちらが相手にどう見られているのか、という視点です。

この二つを理解することは、脅威のレベルを適切に認識することの重要な一部であると言えます。

 

ここまでは、リスクは、脅威のレベルを適切に認識し、脆弱性(vulnerability)に対して働きかけることができるという考え方を紹介しました。

ただ、こちらは脅威をできる限り避け、受身的に身を守るという対策しかできないのでしょうか?

次には、脅威のレベルを適切に認識し、それに対する脆弱性(vulnerability)を下げると同時に、③ こちらは相手にどう働きかけることができるのかー特に、どうしたら相手の動機に働きかけることができるか?という視点を見ていきたいと思います。

スリランカのアユルベーダ 至高なひと時〜

なんだか紛争の話しが多いのですが、スリランカってとても奇麗なところなんです。

私のお勧めは仏教遺跡とアユルベーダ。アユルベーダはインドやスリランカ地方で何百年の歴史を持つハーブを使った伝統医療。インドやスリランカではアユルベーダの先生がいて、とても尊敬されています。ビーチに行って、新鮮な素材の料理をいただいて、ハーブで全身をマッサージされて。。。ハーブのデットクス効果に助けられて、至高のリラックスタイムです〜。

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⇧ すぐそこはビーチ!

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⇧ 風が気持ちいい〜

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⇧ 仏教遺跡

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⇧アユルベーダで使う薬草。大地のエネルギーたっぷりです。

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⇧ 外国人でも安心なように説明もしてくれます。

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⇧ アユルベーダの先生。毎日体調を見てその日のハーブと施術を決めてくれます。

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明けましておめでとうございます!!!

A Happy New Year!!!

みなさま明けましておめでとうございます!!!

今年もどうぞよろしくお願いします (*^o^*)

たくさんの感動や喜びをたくさんの方と分かち合っていきたいと思ってます。

新しい年が皆様にとって素晴らしい年でありますように~☆☆☆

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南スーダンからのクリスマスメッセージ

この時期にうれしいのは、あちこちにいる友人たちからクリスマスや新年のメッセージが届くこと。

ガーナやニュージーランド、バングラデシュ、スーダンなどなどからクリスマスや年始のメッセージが届きました。

中でも南スーダンの友人からのメッセージは感激深かったです。

なぜなら、その友人はちょうど一年前に勃発した南スーダンでの内戦で姪っ子を亡くし、治安の悪化で自身も強盗に襲われるという目にあい、しばらく落ち込んでいましたが、自分の国の平和は自分たちで取り戻すしかない、と最近自らNGOを立ち上げたのです。

だから、彼から送られてきたメッセージは短かったけど、

I wish you Merry Christmas and Happy New Year 2015. May you continue to prosper and your wishes granted abundantly.

Happy year year my dear!

その言葉にはそんな環境におかれていても、立ち上がって前に進み続ける南スーダンの人の強さが詰まっているように感じました。

大変なはずの彼ら・彼女たちに東京で暮らしている私は勇気をもらい、励まされる思いでした。

南スーダンに平和が戻ること、南スーダン人たちが平和に新年を迎えられていることを祈ります。