国連や海外、外資系企業で働きたい人必見❗️自分の⭕️⭕️を知ること、日本人特有の謙遜の表現を言い直すこと

先日国際学会登壇エントリー用の英訳を頼まれたのですが、それが、見事に今度シンガポールで開催される国際学会でのプレゼンテーションの一つに選ばれたという嬉しい報告をいただきました。

 

ご縁のある先生から頼まれて引き受けた件だったのすが、同じ大学の他の先生のエントリーは通らなかったのにもかかわらず、わたしが英訳したものは通ったそうです。それがこの2年半ほどで数回続いています。

 

ちょっと振り返ってみると、そのコツは、英語力でも翻訳力でもなく、論点を明確にするということ、そして「日本人的な謙遜」を超えて健全な意味で自分の仕事や研究の価値を認識し、さらに言うと、自分の「差異性」を認識するということ、だと思います。

 

これは国連に応募する人(p.11の書く人)、海外で仕事をしたい人にもすごく関係することなので、どういうことなのか、ちょっと記事に書いてみたいと思いました。

 

わたしは約10年国際機関というあまり日本人のいない環境で英語で仕事をしてきたのでテーマによっては英語で話す方が楽なのですが、翻訳に関してはとくに訓練を受けたことはありません。

 

でも、イギリスの大学院で鍛えられてすごく意識することは、とくに学会発表用の要約の場合、この論文はいったい何を言いたいのか?という論点を冒頭で端的に明確にする、ということです。

 

自動的に訳を当てはめるのではなく、発表者の方が一番言いたいことと論拠や全体の結論を理解した上で英語脳的な思考回路で全体の構成を組み立て、最適な訳を当てはめるていくことをやっていきます。

 

洗練された英文表現を考えるのは三番目くらいの優先順位で、論点をはっきりさせること、次に構成(ロジカルに結論まで展開されているか)の方が断然に大事だと思います。

 

英語では、この研究はなんで重要なのか?この研究からどんな結論が導かれるのか?が非常に重要になるからです。

 

シカゴ大学を卒業した大学時代の社会学のアメリカ人の先生はなんども「So What」? と言ってこの点を強調していました。

 

これは、英語で仕事をする人、英語でプレゼンをする人、英語で書く人にも共通する点なので、「英語脳的仕事術」もぜひ読んでいただきたいと思います。

 

関連記事⇨国連ニューヨーク本部で学んだ「英語脳的仕事術/

 

そして、次に重要なのは、日本人特有の謙遜の表現を、言い直すことです。

 

日本の方が書かれるものは、結論もタイトルも全体的に控えめなものが多いように感じます。

 

日本の社会では「わたしすごいでしょ」的な表現方法は好まれないので、ちょっと控えめな表現になるのだと思いますが、

 

ただ、あまりに控えめすぎると、英語という言語ははっきりとした結論を求める構造を持つ言語なので、この論文はいったい何を言いたんだろう?となってしまいます。

 

そして、おそらく一番大事なことは、自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を世界の文脈で捉え直して、その価値を相手にわかりやすいように表現しなおすことです。

 

2020東京オリンピック誘致コンサルタントだったニックバレリーが、東京はなぜ2016年立候補の時は都市の機能も予算も世界一だったのに落選したのか?という点で同じことを言っています。

 

僕たちは「謙遜が美徳だっていう『日本の文化』に直面したんだ。僕にしてみれば、世界の経済大国と言えばアメリカと日本。

 

それ自体大きな強みなのに2009年の第一回目の誘致プレゼン(2016年度)では、それを十分に伝えられなかった。日本で当たり前のことが世界では当たり前じゃないことを認識することは大切。

 

でも、これをプレゼンするのは日本の人たちだから、委員に伝えたい日本の魅力を本人たちに納得してもらうまでコミュニケーションを続けたんだ。」

 

これはオリンピック誘致に向けた世界の中で「トーキョー」がどう見えるのか、という点ですが、これは個人にもそのまま当てはまります。

 

あなたにとって当たり前だけど、世界から見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

世界の中の日本の強みを活かして、あなたの論文や経歴や仕事のどの部分を強調すればいいでしょうか?

 

一見違う業種だけれども仕事の本質の部分でその応募する業種との共通点はありますか?

 

例えば、国連や国際機関、外資系企業などに応募をするならば、

 

(1)相手が求めていることは何か?

 

(2)自分のやってきた仕事はそれにどう当てはまるのか?

 

(3)相手の視点からみた自分の資質や仕事、経歴の強み・競争力は何か?

 

(4)自分が一番のCandidateであることの説得力や経歴とポストとの一貫性をどう持たすことができるのか?

 

(5)それをどう表現すればいいのか?

 

という5点を改めて見直す必要があります。

 

国連に応募する方のp.11を何件か見せてもらったことがありますが、日本の文脈で自分がやってきたことの羅列に終わっているケースがほとんどです。

 

別の表現でいうと、

 

自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を(一)世界の文脈で捉え直して、(二)その価値が説得力をもつように、(三)相手に伝わるように表現しなおすことがポイントいなると思います。

 

 

あなたにとって当たり前だけど、周りから見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

この質問を自分に問い続け自分が答えを出し続けることができたら、ほんとうの強さと自信を得ることができますね。

 

正攻法が実を結んでいくいい時代です。

 

P.11のアドバイス、

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なぜチコちゃんが流行るのか?「ボーッと生きてんじゃねえよ❗️」と叱ってもらいたい現代人の心理

チコちゃんが人気だそうです。

 

NHK番組「チコちゃんに叱られる」のキャラクターで、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」とキレるあのチコちゃんです。

 

番組の視聴率も毎回上がっているそうです。

 

番組は日常の題材を取り上げてなんで?とクイズ方式で番組に登場する芸能人に聞きます。

 

「かんぱーいってするときにグラスをカチン、あれはなぜするの?」といった、「5才のチコちゃんが問いかける素朴な疑問」という設定ですが、

 

ほとんど考えたことのないようなものばかりで大抵は答えられず、チコちゃんに「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叱られるのです。

 

お盆の帰省先でこの番組を見ながら、母は「チコちゃん嫌い」と一人つぶやいていましたが、わたしは単純にけっこう楽しんで番組をみました。

 

そして、このキャラがウケるのもわかるなと思いました。

 

私たちは、本能的に時代の変化や変化が当たり前の日々というのを直感的に感じています。

 

記録的大雨

観測史上初

前代未聞。。。

 

国際政治はもちろん、日々のお天気ニュースでもそんな形容詞がつくニュースが溢れています。

 

時代の変化とは一言で何かというと、

 

右肩上がりの経済を前提とした働き方や価値観がもはや今のわたしたちに当てはまるわけでもないのをわたしたちは感じているので、

 

「今までと同じではやっていけなさそう」「なにか自分も変化しないといけない」「親や世間の価値観を信じてこのまま生きていっていいんだろうか?」といった、自分にあった働き方や仕事やライフスタイルはなんだろう?という本能的な「内なる訴え」があるのだと思います。

 

とはいえ、人間というのは基本的には「変わりたくない」と思っている部分の方が強いので、惰性で日々はいとも早く過ぎていきます。

 

だからこそ、人はときに誰かにお尻をたたいて?欲しいのだと思います。

 

わたしのカウンセリングの先生はカナダ人で、世界学会でも講演し、世界各地にクライアントを持つ方ですが、彼女のセッションの通訳を務めていた時に何度か叱られたことがあります。

 

こんな風に言ったら日本人にはきつ過ぎるんじゃないか?ダイレクト過ぎるんじゃないか?と勝手に心配をして、表現をソフトにした時でした。

 

先生はそれを察知して、わたしを止めて「もう一度言葉をそのままに言い直してちょうだい」と言いました。

 

通訳をしながら、こんなことを言ってもいいんだろうか?と内心ヒヤヒヤしたことが数回あったのですが、私がその体験で学んだのは、

 

それで今の状況が変わったり、何か打開策や解決策があるのならば、もっとよい人生が開けそうだったりするのであれば、ほとんどの人は「はっきり言ってもらうことを望んでいる」ということでした。

 

一見ショックに聞こえることでも、私が立ち会ったセッションでは例外なく、最後はみなさんとてもすっきりした顔で帰られていきました。

 

逆に、日常の当たり障りのない距離感の関係であれば、人のことに踏み込むことも踏み込まれることも躊躇することも多いですし、はっきり言ってくれる人の方がまれだと思います。

 

もちろん、ただはっきり言えばいいというものではありませんが、チコちゃんと見ていると、人は今「「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と言ってもらうことを求めているんじゃないか?、と感じたりします。

 

それは、どこかで自分が変わるきっかけを求めていたり、一歩踏みさせないことがあったり、気になっていることがあるけどどうしたらいいのか分からないことが誰の中にもあるからだと思います。

 

仕事やキャリア、自分の目ざす方向性について「これからどうしたいのか?」と思っているのなら一人で悩んでいるよりも、プロのサポートを受けるのは一つの手です。

 

アメリカではコーチングを受ける人がごく身近にいました。

 

「これからどうしたいのか?」について整理するのをプロにサポートしてもらいたい方、どうぞお気軽にご相談ください。

 

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⭕️今の仕事にギャップを感じている方

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プレゼンコーチングもしています。

 

あるグローバル企業でマネージャーを務める米国在住の日本人の方で、全世界の支社を集めたグローバル会議でプレゼンをするのに緊張してしまうという方がいらっしゃいましたが、コーチングで緊張の「原因」を扱った結果、緊張がずいぶん減って、グローバル会議を楽しむくらいになられて、そのプレゼンが社長にも好評でディレクター候補に昇進された方もいます。
英語脳的思考からのフィードバック、「ステージファイト」緊張を和らげることのサポートをすることができます。
わたしはプレゼンに苦手意識があって困っていましたが国連勤務でスピーチクラスを受けたり、「場数」を踏んで逆にプレゼンが得意になりました。
国連事務総長特別代表養成研修でパネリストを務めたときには、それが好評で米海軍大学院の専門家に推薦され、フィリピンやスリランカ、バングラデシュ軍で国連の平和維持活動について教える講師を務めました。

 

わたしの経歴を見ると人は勝手にいろんなことを想像したり判断するのだと思いますが、思ったよりもぜんぜん優しかったです、とよく言われます。笑

 

もし、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と言ってもらいたい方がいましたら対応いたします。

 

大丈夫です。優しいバージョンにしましょうね(笑)

 

詳細はこちらより⇨ https://chikaonaka.com/coaching/

世界で一番完璧主義が強いのは日本人⁉️ ー国連で見た仕事を丁寧にすることと「完璧主義」は違うということ

日本人は世界的にも完璧主義の傾向が強いそうです。

 

わたしがそれは肌で感じたのは、国連ニューヨーク本部で行われる年に一回の国連総会で各国要人が集う様子を見ていた時でした。

 

各国の首相や大統領を総会に迎えますからその国の担当者としては大責任の大仕事だと思います。

 

その機会に合わせて会談やレセプションが行われたりすることもあります。

 

それが、ロジ(ロジスティック)計画が分刻みで事細かく計画されていて、全員がぜったいに間違ってはいけないというような緊張感に包まれている国もあれば、それで国連外交が成り立つんだ?!と言ってしまいたくなる位ゆるい感じで仕事が進められているように見えた国もありました。

 

いろんな国の当日の流れを記した計画表やロジブックを比較したことがあるわけではありませんが、日本国の仕事ぶりはあきらかに細かく(おそらく世界で一番こまかく?)、当日の流れを記した計画表は分または秒単位で作成されていると思われます。

 

日本人の仕事の丁寧さや細かさは国際機関でも重宝されますから、それはとても大事なことなのですが、仕事を丁寧にすることと「完璧主義」は別けていく必要があります。

 

「完璧主義」が仕事の進歩を邪魔してしまうからです。

 

わたしにとって完璧主義をこえていくための一つのいい訓練の機会となったのは突然通訳を務めることになったことでした。

 

直観医療に関する世界学会などでも講演する世界的なカウンセラーの方が日本で講座をすることになり、最初は一参加者として参加するはずだったのが、いろんなことがあって急遽通訳として呼ばれることになったのです。

 

わたしは約10年ほど英語で仕事をしてきたので、分野によっては英語で話す方が楽とはいえ、通訳をするというのはまったく別のスキルが必要です。

 

幸いわたしが通訳を務めた一番初めの講座の参加者は6名ほどで、知っている人がいてしかも彼女は何度も通訳をしている方だったので、初日はとくに彼女に何度も助けてもらいました。全体の意味はわかるのだけれどもとっさに言葉が出てこなことや、適切な言葉がすぐに浮かばないこともあって、次の日もやはり彼女に何度も助けてもらい、私は初の「デビュー戦」をなんとか終えることができました。

 

その後は計丸30日以上通訳を務めました。

 

なんでも一番初めが一番ドキドキしますし、緊張します。

 

わたしは完璧主義の傾向があって、必要以上にがんばろうとする面があるのでそれで疲れたこともありました。

 

でも、蓋をあけてみると、小さい間違いをしたとしても全体の意味は通じるし、小さい間違いをしないように気を使うよりも話者の意図を理解して全体の流れを切らせない方が大事だというのがわたしの体験でした。

 

正確さはもちろん大事ですし、業種やシチュエーションによってもその辺りの幅はまったく違うと思います。

 

ただ、私にとってなにより学びになったのは、「完璧にできなくても、間違っても死なない」し(笑)、人は助けてくれるし、「それでも自分は受け入れられる」という体験でした。

 

私たちは新しいことにチャレンジするのが「こわい」と思ったり、億劫になってしまいがちです。

 

それは「自分ができない」というシュチュエーションにおかれることが「こわい」のだと思います。

 

でも、最初からぜんぶ出来なくても、間違っても、周りの人が助けてくれたり、思ったよりもなんとかなりました。

 

もちろんずっと同じままではいけませんが、何か新しいことを習い始めるときや初心者のときには、自分は完璧じゃなくても、または、自分でがんばろうとするよりも、わたしは初心者なので教えてください、という姿勢の方が上手くいくのだと思います。

 

最近ある勉強会に参加し始めたので改めてこのことを感じています。

 

完璧主義は向上心ではなく「守りの姿勢」です。

 

「完璧主義」があなたの人生や仕事を邪魔させるのをやめさせましょう。

 

大丈夫。

間違っても死なないから(笑)

 

なにより、周りの人たちはあなたが思っている以上に優しいです。

 

そして、周りに人たちは、マスクを何重にかぶったあなたよりも「ありのままのあなたを見せて」と思っていたりします。

 

間違ってもぜんぜん完璧じゃないあなたでも大丈夫です。

 

そのままのあなたで愛されています。

「自分の中に答えはすでにある❗️」ー虹は変容・トランスフォメーション(transformation)のしるし

先日、都内のある有名な老舗のお米屋さんの方とおしゃべりすることがありました。

 

こちらのお米屋さんの扱うお米はとても美味しくて、引っ越した先でもわざわざ送ってもらう人も多いそうです。

 

地元でも評判のお米屋さんです。

先日、「どのお米がお勧めですか?」何気なく聞きました。

 

すると答えはこうでした。

 

「うちはね、まずお客さんに数種類のお米の値段帯のお米を試すことをお勧めしているんですよ。」

 

「これ」という銘柄(答え)はありませんでした。

 

でも、その人にとってベストな「お米」をみつけられる方法を教えてくれるのだと思います。

 

そうなんです。

 

この変化の時代の特徴の一つは、先生や専門家といった権威と呼ばれる人の言うことを一方的に聞くのではなく、

 

「自分の中の答え」をみつけることです。

 

「自分の中に答えはすでにある」と知ることです。

 

それを忘れてしまったり、いろんな事があってまったくそう思えない時には、それを邪魔しているものを取り除いたり、心の落ち着きを取り戻すサポートをして、そこに向かっていくお手伝いをセッションでしています。

 

セッションの後に、「自分の中に答えはすでにある」という言葉がずっと残っていて、そういえばあの時こんなことを思っていた、といった自分の中の情熱を思い出した、という方もいらっしゃいました。

 

「自分の中の答え」は直観と呼ばれたり、

「内なる声」「内なる智慧」と呼ばれたりしてきました。

 

それが意味するのは、自分の中にはこっちだよーと教えてくれるコンパス(内なる智慧)がそでに備わっている、ということです。

 

この数日神さまに応援される人になろう、

神さまの視点を理解すればもっと楽にうまくいく、といったことをお伝えしていますが、

 

神さまはどこか遠くにいて戒律や教典を押し付ける人のことを言うのはなく、

私たちと一緒にいて、やさしく見守り、内から語りかけ、導いてくれている存在のことを言っています。

 

わたしの内なる声は常に私たちと一緒にいて、見守り、応援してくれています。

 

つい最近、あるクライアントさんが旅行先で3重の虹を見たといって写真を見せてくれました。

 

セッションを受け始めて二回目くらいから、よくわからないけれども何かが変わりそうなこれから上向いていくような感じを感じたそうです。

 

その感覚を信じてみることにしました。

 

その彼女の意思表示を祝福して応援するように、彼女の目の前で虹が現れたのだと思いました。

 

虹は変容、トランスフォメーションの象徴です。

 

応援や祝福のしるしでもあります。

 

三重の虹というととても珍しく数年前にFACEBOOKで何万件もシェアされていたのを思い出しました。

 

昨日惜しくも甲子園の決勝戦で敗れた金足農業高校(カナノウ)の試合の後にも甲子園の上空には虹がでていたそうです。

 

祝福はすでに誰の上にも与えられています。

 

わたしたちはいつも見守られ、愛され、応援されています。

 

心を開いてうけとりましょう💛

 

4rainbow

 

quadruple rainbow

あなたの情熱と能力が活かされる機会とタイミングが必ずある!そのために自分の⭕️⭕️を知るということ

先日、これまでの猛暑が私たちに伝えてくれていること、として「私たちは人生の中でコントロールできないことを学ぶ」ということを書きました。

 

それに関連してこの数日わたしの頭に浮かんでいるのは「待つ」ということです。

 

つい1週間ちょっと前からわたしの中の創作スイッチが「オン」になってこの数日毎日よく書いています。書き始めるとまた波にのってきて、書きたいことが次から次へと浮かんできます。

 

ある人が頭に浮かんだことが瞬間に文字にできるテクノロジーがそう遠くないうちにできると言っていましたが、まだその段階にはないので、インスピレーションがのってくると、「身体の方が追いつかないよ~」と一日に文字にできる量をもどかしく感じます。(*^-^)ニコ

 

ただ、書こうと思っても書けない時もあります。

 

さすがに7月からの猛暑で疲れも感じていたので単純に疲れ気味だからちょっとのんびりしようと思ってもいたし、書けない時もあるので、今はもう少し「待つ時かな」とも漠然と思っていました。

 

幸いに書く意欲がまた波にのっています。

 

「波」というか月の満ち欠けのような「バイオリズム」というのはやはりあるのだと思います。

 

波がさがっていれば次はあがるし、またさがるし、また上がるのですね。

 

わたしの場合はまだ創作活動の波の振れ幅がけっこう大きいので、この辺はもっと小幅にコンスタントにできるように学び中なのですが、女性が子供を産み、育てていく中で学ぶ大きなレッスンの一つは「待つ」ことだと言われています。

 

子どもの行動も成長も見ていてわかるように、まったくコントロールできるものではないからです。

 

大人は「子どものことを考えて」いろんなことを言ったり、勉強をやらせようとしたりしますが、

 

姪っ子を見てても思いますが、それでもまったくやるとは限らないし、それが上手くいくとも限らないし、逆に、難しいだろうと思うようなことをケロっと簡単にやってのけて、周りの大人を驚かせることもあります。

 

わたしはコーチングを通じて人と接する仕事をさせてもらっていますが、やはり「タイミングを待つ」ことはとても大切だと感じています。

 

ずっと悩んできたことがあって、最初の数回は状況が改善しているのかわかりにくい時もあるので、辛抱もいったけれども、ある時点から驚くような展開になって本人もわたしもびっくりした、ということもあります。

 

「どうすればいいか誰か答えを教えてくれー!」と思うこともあると思います。

 

こちら側が「こうした方がいい」と言うことはいくらでも簡単なのすが、ただ、自分で一つ一つ体験していくことも、自分で自分の状況を整理することを学んでいくことも、自分自分で答えを出すことも、自分で決めることも、ときには待つこともどれもとても重要です。

 

そして、いまの状況を早く終えたい、変えたい、これが終わったら楽になるだろう、と思う心境は、よくわかります。

 

ただ、いろいろな方の相談にのる中で、わかりつつあるのは、人が人生で学ぶことの一つは「自分のタイミングを知ること」であり、「待つ」ということだということです。

 

転職活動であっても、人との関係性であっても、新しいプロジェクトの進み具合でも、自分の悩み事の展開でも、身体の具合でも、時には「待つ」ときもあるんだなと感じています。

 

ただ、これは「神様助けて〜」と口をポカンと開けて待っていればいいという意味ではありません。

 

自分の花を咲かせるための土を耕し、土から石を取り除いて、水をあげて、自分の準備を整えていて、自分にぴったりの機会やタイミングがくるのを待つという意味です。

 

 

「待つ」ということの別の表現は「信じる」ということですね。

 

コーチやカウンセラーという仕事でとてもとても大切なことの一つは、アドバイスすることでも言葉が上手なことでもありません。

 

相手を「信頼して待つ」ということです。

 

人は信頼されるとそれだけですくすくと芽を出して伸びていくことができるのですね。

 

そういうサポートを受けることができたらラッキーですし、また、「信じること」を自分に与えてあげることができます。

 

必ずあなたの情熱と能力が活かされる機会とタイミングがあります!

 

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新しいことに取り組むのがこわい、完璧主義、失敗を避けようとする人へー「ちゃんとしなきゃ」よりももっともっと大切な質問

つい昨日のことです。

 

最近参加したある勉強会の第二回目の会がありました。

 

テキストがあって、宿題をしておくことになっていました。

 

それが私だけ別のところをやってきてしまっていて、身に付けたいことがあってわざわざ時間をとって来てるのに、ちょっと「恥ずかしいな」と思いました。

 

ちょっと心を落ち着けてみると、

 

そういえば講師の方が「次回だけ順番が変わりますのでご注意くださいね」と言っていたことを思いだして、

 

ちゃんと講師の方の話を聞いていなかったなあ、と思いました。

 

そして、何か新しいことを習い始めるために大切な「謙虚さ」が足りなかったなあ、と思いました。

 

ある程度なにかの仕事をマスターしたり、なにかに成功すると人は「こうすれば上手くいくという自分のやり方」を身に付けます。

 

人が仕事で経験を積み、学んでいくことで、体験することで得ていく仕事や人間についての洞察や理解といったものがあるのだと思います。

 

それはとても有難いことで、だからこそわたしは人さまの相談にのれるのですが、

 

ただ、そうした過去の成功体験が新しいことを学ぶときには邪魔になってしまうことがあるのですね。

 

自分自身に言うつもりで言っていますが、新しいことを学ぶときにはピュアでオープンな気持ち、そして謙虚さが大切です。

 

初めてのことをやるときには間違えることもあるし、最初からできるわけじゃないし、周りの人たちに教えてもらったり、助けてもらう必要もあります。

 

日本人は「失敗」を極端に避けようとすると言われます。

 

海外に12年いた経験から言ってもそれは肌レベルで感じます。

 

どうしてなんだろう?と少し思ってみると、

 

わたしたち(日本人)は、

 

自分にできないことがあること

人に教えてもらうこと

自分が一番でないこと

完璧にできないこと

「普通に」できないこと

自分の期待していたようにできなかったことも

 

「はずかしい」(恥)と感じて、

 

それまでも「失敗」とっても呼ぶ傾向が強いんじゃないかな?と思いました。

 

新しいことに取り組むのがこわい

自分の作品を発表するのがこわい

あたり障りのない意見を言おうとする

相手にほんとうの気持ちを伝えるのがこわい

完璧主義になる

失敗を極端に避けようとするのも同じメカニズムです。

 

でも最初からなんでもできるスーパーマンのような人はいませんし、完璧な人もいませんよね。

 

これを書きながら、高校生のときに会ったブラジル人留学生の友人がどんなことがあってもあまりにも、「あっけらかん」としていて、ちゃんとがんばる日本人のカルチャーしか知らなかった私は、かなりのカルチャーショックを受けたのを思い出しました。

 

そういえば、国連の採用面接で失敗について聞かれることにも最初はびっくりしたものです。

 

「あなたが失敗したことは何ですか?そこからあなたが学んだことは何ですか?」という質問でしたが、計画してもその通りにいくことなんで稀だし、人は間違いをするし、そのときにどうするかの方が大事ですよ、という意味だと理解しました。

 

わたしたちの多くは、「ちゃんとしないといけない」と育てられるのですが、その体験から何を学んだか?という「リフレクション」(振り返り)の視点はあまりないように思います。

 

大切なのは、間違いを避けることではなく、その体験から何を学んで、次はどうしたらいいのかな?という視点なんですね。

 

昨日は帰ってきてから、さっそくその日までに出来なかった宿題を終えて、次回の分の宿題も終えました。

 

「宿題」を出されたり、宿題をやるのも二十年?かぶりですが、ピュアな気持ちで楽しめそうな予感がしています (*^-^)ニコ

 

ps. 完璧主義や失敗をさけようとするメカニズムをわかりやすく説明している本自体あまりないのですが、この本はとても面白いです。

 

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人❗️③ー神様の視点を理解すればもっと楽にうまくいく

もし本気で人生をよくしたいと思うならば、わたしたちは作戦を根本的に変える必要があります。

 

それは神さまに応援されることです。

 

そして、「世間の視点」ではなく、「神さまの視点」を理解することです。

 

神さまは、わたしたちが心穏やかでいて、幸せでかつ人の役に立つ存在になることを望んでいます。

 

この中で一番優先順位が高いのは「心穏やかにいること」です。

 

なぜなら、幸せであることも、愛があることも、人の役に立つ存在になることもその根本には自分が「心穏やかである状態」があることからです。

 

「心おだやかであること」と言うと、すごく受動的なように聞こえるかも知れませんが、心穏やかでいられることは実はすごくパワフルなことです。

 

ある大手企業に勤められている方ですが、ある新規プロジェクトに配属されたのですが、そのプロジェクトを率いる部長さんは性格も「一癖」あって、会議もしらけていて、そのプロジェクトがいったいどうしたら進むのか想像がつかない位だった、と言います。

 

まず、会社へ行くこと自体が苦痛の日もありましたが、自分が穏やかでいられるために、会議の前にある瞑想を取り入れ、会議に参加している時の自分と参加者全体の心の状態に意識を向けることを始めました。

 

すると、なぜか会議が周り始め、部長も彼女をかってくれ、責任のあるプロジェクトを任され、それまで会社で誰もやったことのなかったことを立派にやり遂げました。

 

その成果が認められたこともあって、対外的な会議にも会社を代表する立場として出席するようになり、経営企画室に配属されました。

 

経営企画室の空気はとても重かったと言いますが、出勤する前にある瞑想を習慣づけると、経営企画室の人たちがなぜか彼女を頼り始め、社長からも声をかけ始められるようになりました。(経営企画室に何十人もの人がいる大企業の話しです)

 

神さまはときどき、「自分の向いている方向があっていること」をそのようなとても分かりやすい形で見せてくれます。

 

時には「わかりやすい方法」で神さまのサポートを見せてくれることもあるでしょうし、神さまと自分が望んでいることが一致していれば大きな「結果」を体験するかも知れません。

 

ただ、私たち人間は忘れやすいし、すぐに気移りしてしまう弱い存在なので、応援もやる氣も必要だということをわかっているかのように、「わたしはここにいますよー」とわかりやすい形で応援や結果を示してくれることもあります。

 

ただ、神さまの視点から、見ると仕事は「手段」の一つです。

 

神さまが関心を持っているのはわたしの持っている「思い」であり、「意図」(目的)であり、「原因」です。

 

わたしたちの思いが「原因」で、わたしたちが見るもの、体験するものは「結果」である、という考え方があります。

 

私たちの中の思考パターンや感情の傾向、エネルギーや過去の体験があるパターンとなって現れる、いう考え方です。

 

この見方によると、「原因」そのものがそのままだとしたら、目に見える環境や状況をいくら改善しようとしても、なぜかいつも同じような「結果」をつくってしまう、ということになります。

 

例えば、もし人は信用できない、と思っている考えがあるとすると、それを確認するような体験を繰り返すことがあります。

 

世界は理不尽だと思っていると、理不尽な体験ばかりが目に入ることがあります。

 

これは引き寄せの法則というレベルの話しではなく、自分の思い(内側)が外の世界(外側)をつくるという「創造の原則」です。

 

わたしたちは、自分のいる職場や上司や「理不尽な社会」が原因で、心の動揺や落ち込み、不安、おそれなどを感じると思っています。

 

でも、神さまの視点から見るとまったく視点がかわります。

 

神さまは、なんらかの課題や問題を体験したときに、はて?今度はどうしたらいいんだろう?自分の中にそれをつくっている原因はなんだろう?と自分の内面に目を向けることを望んでいます。

 

そのために、神さまは、それを見せてくれるような仕事や職場を与えてくれます。

自分にとっての魂の課題に取り組むのに最適な人間関係や環境をくれます。

 

自分のこころの状態、思考パターン、感情のパターン、自分を深い部分で動かしている動機、過去の未完了の体験やこころの重荷、思い込みや自分の中のブロック)に目を向けられるようになるためです。

 

とくに、頭ではこうしたいと思っていても、なにか「葛藤」があるような感じがする、なにかスッキリしない、「モヤモヤ」する、何かが「つっかえてる」と感じるときは、無理やり進めようとするのではなくて、それに気づいて、分解することが役立ちます。

 

難しいように聞こえるかも知れませんが、そこにきちんと意識を向け始めることで、目の前の状況が見る見る変わっていくのを体験するとある意味「快感」でもあります。

 

だって、外の状況(外側)を変えようとすることはすごいストレスですが、自分の内側を変えるのは自分次第だからです。

 

そして、神さまは、わたしたちがどんな体験をしたいのか?何を望んでいるのか?あなたの意思表示を待っています。

 

私たちに「問題解決」に追われる人生ではなく、もっと大胆に祝福と喜びに満ちた新しい人生を「創造」して欲しいと願っているからです。

 

日々体験することや仕事での人間関係を考えるとき、「神さまの視点」という視点から今の状況を理解するならば、より根本的な解決のための糸口が見えてくるでしょう。

 

視点をあげましょう。

 

心を開きましょう。

 

「この件を神さまの目で見させてください」

 

「神さまの耳で聞かせてください」

 

「神さまの心で感じさせてください」と、お願いましょう。(*^-^)ニコ