国連の平和維持活動に関わることのユニークな体験の一つは、軍人の人達と一緒に働くということだったかも知れません。南スーダンにいた時には、30カ国以上の軍人の人達と日常的に接していました。一緒に情報収集をしたり、計画をたてたりとお互いが必要になるのです。
そんな私ですが、最初は「軍人」に対する偏見がかなりありました。究極のヒエラルキー組織である軍隊を相手に、最初はどの階級がどの順番に偉いのかさっぱり分かりませんでした。。。
彼らと一緒に働く中で「軍人」という人に対する偏見はかなり溶けたものの、軍人という人たちをようやく少し理解できたと思えたのは、個人専門家としてアジアや中東の国の軍隊に対して国連PKOに関するトレーニングの講師を努めていた時でした。
「みなさんは国連の精神を示しに行くのです。みなさんの行動一つ一つが国連の信頼に関わります。」国連要員としての心構えを教えることが大きな目標の一つでした。住民の人たちから見れば、軍人の人達も私たちのような文民も同じ国連の要員だからです。
それには、今までとは「真逆なこと」を実践するということも含まれました。
例えば、今までは「敵を倒す」ことを訓練されてきたのに、国連PKOの現場では「敵」は存在しない、と言われます。
相手が「武装勢力」や暴徒であっても、彼らは敵ではなく話し合いをする相手だからです。
まず交渉すること、
武器は最後の最後の手段として正当防衛にのみ使用すること、
ただし一般住民を保護する時には使ってよいこと、
住民への暴力を防ぐために積極的に行動すること、
人権を尊重することなどが、求められます。
住民役の人たちを雇って、具体的なシーンを再現した本格的な演習も行いました。身体が反応してしまうのか、発砲音を聞いたら自動的に「敵」を追いかけてしまうということもありました。
「その判断をしたのは何でですか?」
「みなさんは地域の住民の人にとってどう映りますか?」
「紛争を『予防』するために何をしますか?」
「みなさんは軍隊のスキルを人を助けるために使うことができます」
住民の人達と向き合う時の姿勢、情報収集のためのコミュニケーションのし方、紛争を「予防」するというあり方にまで注意を向けました。
内容が内容なだけに全員が必死です。
この経験は、私にとって軍人という人たちの視点や体験を理解する貴重な機会になりました。自分自身の安全を保ちながら住民を保護するという仕事は、相当な精神力と技術的な鍛錬が求められるということ、そのプレッシャーの大きさを実感しました。面白いことに、こちらが相手を理解し始めると、それが相手にも伝わるのか、トレーニング中にいろんな人が私に話しかけてきてくれました。
「今まで人を倒す戦術しか習って来なかった。初めて国連の理念に触れることができて嬉しい。」(モンゴル軍オフィサー)
「僕は2回目のイラク派遣で、ようやく『敵』も人間だって気づいたんだ負傷したイラク兵を病院に運んだよ。僕たちはたとえ戦闘中だって敵を人間として扱うべきなんだ。」と米軍の同僚がバングラデシュ軍を相手に語り始めました。
「ネパール軍に戻ったらこんなこと言えないけど、僕はずっと『反政府勢力』ともっと対話をするべきだって思ってたんだ。」(オフィサー)
「軍隊にいて長年葛藤があったけど、『人間』らしくあることを自分に求めていいんだって思えた。」(バングラデシュ軍オフィサー)
実際、軍人の人たちがそのスキルを人を助けるために使える場があると発見する時、人が変わったように生き生きし始める瞬間を現場でたくさん見てきました。私が彼らのことを知りもせず、見たいように見ていたら、そんな会話は成り立たなかったかも知れない。。。人間というのはその人がどんな職業をしていたとしても人にどう思われていようとも、究極的には誰でも人の役に立ちたいと思ってる、彼らはそんなことを教えてくれたように思います。