自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し②

前回、自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊を紹介しました。

 

今回は、そういう場をつくるために意識したこと、大切だと思うことをお伝えしたいと思います。

 

まずスピーチの課題は以下のようにしました。

 

一回目: Summary of the Ted Talk that you chose(5 mins)

 

二回目:

⑴ Summary of the Ted Talk that you chose(max. up to 2 mins)

⑵ Talk about why you chose this TED Talk, what you learned from this TED talk and your own experience related to the topic.

⑶ Conclusion – how you applied the content of the TED talk or/and what you wanted to convey to the audience.

 

三回目: 以下のCARの法則をつかって自分の体験を元にスピーチ。

 

(C)hallenge=こんなチャレンジがありました。こんなことに打ち込みました。

(A)ction=私はその状況をこう理解し、このように対処・行動をしました。

(R)esults=結果、このようになりました、それによってこのようなことを学びました。

 

チャレンジや大変だったことに直面した時、あなたという人はその状況をどう判断し、どう対処しましたか?何かに打ち込んだこと、そこから学んだことは何かを伝えることです。

 

立派なことを言う必要はなくて、身近な例でいいので、「ああ、この人は自分なりに~について学んだ体験があるんだな」という事が具体的な例と共に相手に伝わることの方が大切です。

 

CARの法則とは、そのことから体験したこと、そこから学んだことを最後に結論として導き出すためのフォーマットのようなものです。

 

TEDのいくつかのスピーチは、このCARの法則と同じ構成になっています。

 

この形式でやろうと思ったのは、この形式の質問が、欧米の大学での奨学金の面接、外資系企業、国際機関などでの採用面接などでよく聞かれるので、知っておいて練習しておいて損はないと思ったこと、それから、なによりこの方がその人の知らない部分を知れそうで面白しろそうだなと思ったからです。

 

結果としては両方の目的を果たしたように思います。

 

その際に意識した点は以下の通りです。

 

一回目スピーチ

 

TEDの要約はある学生には難しいかも知れませんが、それぞれ自分でリサーチとして面白いテーマをみつけてきましたよ。TEDの要約は、Listeningの材料にもいいし、英語の自然な表現を学べるので効果的でした。なにより学生自身が自分で興味のあるテーマをみつけて、それを聞くのは先生が紹介するよりも効果的なようでした。ただ、難しい単語もあるので、その場合には、自分の言葉となっていないままで難しい単語を使うよりは、簡単な単語に置き換えて、自分の言葉で伝えるように言いました。

 

二回目スピーチ

次のチャレンジは、半分はTEDの要約、残りの半分は自分の意見を伝えること。一回目に比較的スムーズに要約できた子でも、自分の意見を伝えるのが難しいという場合がありました。日本の教育や家庭ではほんとうに自分の意見を述べることを求められたり、自分の意見を自由に表現したり、尊重される場や体験があまりないので、ここで必要なことは、英語力というよりは、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はこのTEDを聞いてどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と、意見を言っても大丈夫という感覚、安全な場をつくることでした。だから、内容についてあまり細かく言わない方がいいかも知れません。

 

三回目スピーチ

最後の3回目のスピーチでは素晴らしいスピーチがたくさんありました!

 

カナダに留学した時の話し、バックパックでカンボジアを旅行していた時に人に助けてもらった時のこと、アルバイトで最初は無理だと思ったけど、その中に学びをみつけて続けていくうちに大きな体験があったことーどれも感動的で、この子(学生)ってこういう子だったんだあ💡と、驚くこと✨😊💌がたくさんあって、この話しを聞けて本当によかったなあと思ったのでした。

 

別の学生からは、日本人だと思っていたら、「私の母は南米の出身です」と始まるスピーチがあって、これまたよい意味での驚きと感動がたくさんありました。

 

三回目のスピーチで意識したことは、「すごいことや立派なことを言う必要はないから、自分の体験を等身大のままに話して、その体験から学んだことを自分の言葉でシェアする方がいい」と伝え、そしてそれぞれのスピーチから学んで欲しいと伝えました。

 

ペラペラ流暢に話すようなものが人の心に届くとは限らず、自分で考え、自分の言葉で自分が大切だと思ったことを伝えるようなものが感動的だったりしますね。

 

実際、感動的なスピーチは、その人が自分の言葉で伝えようとしたもので、学生はそのことを他の学生のスピーチを聞きながら実際に感じ取ったようでした。

 

最後の授業で感想をお互いにシェアしてもらったら、「すごいことを言う必要はなくて、等身大のことをありのままにシェアする方がいいと学びました」、というような発言が沢山あって、「一番楽しかったのは、他の人のスピーチを聞いて学んだことでした」という意見もたくさんあったので、そこを掴んでくれてよかったと思いました😊。

 

そして、改めて思うのは、10年位前のわたしだったら、こういうテーマを本当にはおそらく受け止めきれなかったけど、今では、自分自身も大変だったこと、たくさんの悲しみや嘆きを体験したからこそ、「チャレンジ」や「大変だったこと」というようなテーマを設定できるようになったかなあ思います。

 

人って敏感だから、なんというかセンサーみたいなものがあって、この人にならここまで打ち明けてもいい、みたいなことを無意識に感じ取ることってあるんですよね。

 

だとすると、自分の苦労も涙も無駄ではなかったと思えます。ハレルヤ😊

 

聖書にはこういう箇所があります。

 

「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(Ⅱコリント12:9)

 

この箇所は知ってはいても、あまり受け入れられなかったのだけど、最近は少しづつ「チャレンジ」や「大変だったこと」に価値を見出せるような心の目が少しづつ開いているというか、この箇所が前よりは受け取れるようになってきた気がします。感謝✨

 

最後に一言。このクラスでの体験を同じ学部のあるアメリカ人の先生に話したら、”What did you do?’と聞かれました。

 

それは、日本の大学の学生がいかに受け身のスタイルに慣れていて、彼らが重い腰をあげるのはそんな簡単でもないよねということを知っているから、「いったい、なにをしたの?」という意味だったのですね。

 

その時にはたしかそういう風には言わなかったけど、学生の名簿を開いて祝福のお祈りをしました。時々思い出しては、彼らを祝福してください、と一言心の中で祈ります。

 

そして、ほかの人にも祝福のお祈りをしてもらいました😊 初めての人に会う時、ミーティングや会議に参加する前にもこの祝福の祈りをします。誰にでも使えます。実はこれ、とても効果的です♬💛✨

 

 

自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し①

後期の授業が終わりました。

 

学生が素晴らしいスピーチをしてくれました!

 

自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊

 

このスピーチクラスは、少人数だったので、私にとっては、直接的に学生とインターアクションできることが楽しいクラスでした。

 

ただ、留学から帰ってきたばかりの子もいれば、べつにこのクラス特別興味があるわけじゃないけどみたいに見えるような学生も混在していて、最初は一瞬どうなるかなーという思いがきたこともありました。

 

でも、けっしてできないわけでも、やる気がないわけでもなくて、なんというか、人生の方向性というか目的が見えていない時期にいるかもしれないけど、みんな十分に能力があると見えました。

 

だから、最初の数週間は、淡々と進み続けました。

 

3週目か4週目の時だったかな、ある学生が「ム ズ カ シー😅」と言うのを聞いたけど、そのまま進み続けました。(時に先生は先頭に立って、坂を登り続けないといけない時がありますね。もちろん、難しすぎるのもNGだけど)

 

そして、計3回の英語のスピーチ(英語で質疑応答にも応えないといけない)の準備に入りました。学生は計3回スピーチもするし、必ず一回は、司会(master of ceremony)としてで英語で最初から最後までスピーチの会全体を運営する役割を担います。

 

最初は内容よりも、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と自分の意見を伝えることを強調しました。

 

まずはTEDの要約、次には、要約に加えて、なぜそのTEDに興味を持ったのか、そのTEDから自分は何を学んだのか、そこから自分は何が大切だと思ったのかを伝えてもらい、最後は自分の体験から学んだことをスピーチしてもらうという手順にしました。

 

毎回、よかった点を全員が紙に書いて渡して、口頭でも伝えて、もっとこうしたらいいよ、という改善点についてはその段階でのフィードバックを私から紙で伝えるようにしました。

 

各クラスの終わりには、全体のよかった点や前よりもよくなっている点を口頭で伝えました。

 

そんなことを毎回続けていたら!!!

 

最初はモジモジみんなの前に出てきて、下を向いてボソボソ話し始めるような学生もいたのに、三回目になると、みんな堂々と素晴らしいスピーチを次から次へと披露するではないですか!!!しかも英語で!

 

後ろに座って聴いていた先生は、「この子はこんな子だったんだあー✨😍💌」と嬉しいびっくりの連続でした。

 

この話しを聞かなかったらお互いを知ることもなくただ成績をつけて終わりだったけど、この話しを聞けて本当によかったと思ったのでした。

 

しかもお世辞じゃなくて、内容も洞察に溢れてい素晴らしいかった!

 

別の授業でも同じことを思ったのだけど、講義形式の一方通行の授業ではわからないけど、前で発表してもらうとキラキラとプレゼンを始める子たちがいて、「あら、こんな素敵な子たちどこにいたの?」と思うのです。

 

「今どきの若い子は~」と言うのは簡単だけど、せっかく素晴らしいものを持っているのに、なかなか自分を自由に表現する場がなかったり、受け止められて、安全に交流できて、居場所や存在意義を感じられるような場所を求めているんじゃないかな、と感じます。

 

人には自分が成長することを求める原動力が与えられている、ということを聞いたことがあります。

 

ここでの体験は、大学での授業の形式での話しだけれども、そのような場がもっとあればもっと彼らの可能性が広がるような気がします

 

個人的には、これを書きながら、どんな小さく見えることでも、今うまくいっていること、前回よりよくなっていること、相手のよい点に注目することの大切さを改めて感じました。

 

日本語では恥ずかしくて表現できなくても、英語はもっとダイレクトで人を褒めやすいという利点はありますね!

 

‘Whatever is true, whatever is noble, whatever is right, whatever is pure, whatever is lovely, whatever is admirable–if anything is excellent or praiseworthy–think about such things.’ Philippians 4:8

 

「すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」 ピリピ4:8

 

スピーチのクラスを導くこと、または場をつくる際に意識することは以下にて紹介してます。英語の会のフオーマットは、世界143カ国に広がるスピーチクラブToast Mastersのものを少し修正したものを使っています。