字が読めないのに英語を話す人たちから学ぶ英語の覚え方ー英語を⭕️⭕️⭕️として捉えてみる

国連職員としていろいろな国を訪れる中で驚いたのが、字が読めない人の割合が9割を超える国でも(南スーダンの女性の場合)、英語を話す人がたくさんいたということです。

 

2017年の国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ)の報告書によると、南スーダンの非識字率は75%で(女性は92%)、2018世界の中でも最も非識字率が高い国だそうです。

 

非識字率とは字が読めない人の割合を意味しますが、その割合が国平均で75%、女性の間では92%なのです。

 

逆の言い方をすると、国全体で字が読める人は25%、女性の場合はたったの8%しかいないということです。

 

そんな南スーダンですが、それなのに英語を話す人がそれよりもはるかに多いのです。

 

以前「学校へ行ってから死にたい」と言った元兵士の人のお話しを書いたことがありますが、彼は小学校さえも終えていなかったのに英語をスラスラ話しました。

 

つい最近タイへ行った時も似たようなことを体験しました。道沿いのローカルな食堂を切り盛りしているタイ人のお母さん達は元気いっぱいに堂々と英語を話します。

 

タイの女性は働きもので、子どもをいい学校へ行かせるために一生懸命に働きますが、タイ南部のその世代のお母さんたちにとって学校へ行く機会は限られたと想像します。

 

なぜ識字率が世界一位の識字率をほこり、学校で英語を習う日本人が英語で苦労して、彼らは英語を話すのでしょうか?

 

一言だけ結論を先に言うと、字が読めないからこそ英語を覚えやすい面がある、ということです。

 

それは、英語をイメージとして捉えるからです。

 

第二に、⭕️⭕️⭕️が高いからです。⭕️⭕️⭕️については最後まで読んでくださいね。

 

まずは、「英語をイメージとして捉える」という意味を説明します。

 

私たちが知らない言語に初めて接する時、それをどう認識するでしょうか?

例えば、The market is over there. (市場はあっちだよ。)という文があるとします。

 

最初は文字・言葉として認識しないので、☁️☁️☁️    is  ☁️☁️☁️といったようになんらかの「音のかたまり」として聞こえます。

 

その「音の塊」が目の前のものを結びつけられるに従って、☁️☁️☁️ は🍅(tomato)となったり、🍌(banana)となって、語彙が増えていきます。

 

もし、🍅が3つになったら、three 🍅🍅🍅となって、threeという単語が新たに認識されます。

 

tomatoの複数形はtomato(es)ですが、こういう場合のストリート英語は、単数形も複数形もみんなtomatoで表現します。

 

通じること、シンプルなことが優先で、逆に正しい英語や複数形を話すと通じなくなってしまうので、たいていわざと過去形も過去完了も吹っ飛ばします(笑)

 

私たちが日本語を習得してく際に辞書を使わないように、それが言語を学ぶ自然な過程なのですが、字を介するとトマト=tomato、きゅうり=cucamberといったように、字の塊として覚えようとします。

 

すると突然イメージや日常の文脈から切り離されて、文字の変換作業、またはともかく覚える記憶術のような無味乾燥な作業になってしまうのです。

 

右脳的な作業から左脳的な作業になってしまう、という言い方もできるでしょうか。

 

私たちは字を読めるという利点も最大限に活かしながら、英語(文全体)を「イメージとして捉える」というやり方を取り入れることができます。

 

英語(文全体)を「イメージとして捉える」ということは、文字通り🍅を見たら、

 

tomato=トマトと日本語に変換するのではなく、🍅をtomato[təméɪṭoʊ]という音で覚えるということです。

 

私がカザフスタンに赴任した時に、ロシア語を覚えるのに使ったロゼッタストーンという教材では、文字通り🍅の絵がパソコンの画面に何回も現れて、トマトという意味のロシア語の音声が何度も流れました。

 

そして、やっぱり「通じるって楽しい!」という体験は大事だと思います。

 

私は大学生の頃、大学の交換留学プログラムで9ヶ月ほど香港へ留学したのですが、ハロー(你好ネイホウ)とありがとう(唔該 ムゴーイ)の次に覚えたのは、「魚香茄子」(四川料理の代表的な味付けをした茄子と挽肉の四川風煮込み)という料理の名前でした。

 

留学先の香港中文大学は香港の中でも名の知られた大学でしたが、びっくりしたのは、構内に飲茶をする立派な食堂やレストランが何件もあって、学生も週に一度は飲茶をするのです。

 

CUHK

⬆️香港中文大学 (The Chinese University of Hong Kong)

 

さすが香港。大学内のレストランでも北京ダックからロブスターまで立派なフルコースの料理が出てくるのです。

 

学生なので毎週北京ダックを食べるわけではありませんが、香港人のルームメートと寮の友人たちと毎週飲茶へ通ううちに、彼らが注文する美味しいメニューを次から次へと覚えて、私の広東語のボキャブラリーは料理の名前がトップ10を占めるようになりました(笑)

 

yamcha

 

今でも、ときどき無性に飲茶をしたくなります。(笑)

 

では最後になぜ字を読めない南スーダンや中学校しか出ていないタイ人の人たちが英語を話すのでしょうか?

 

英語を理解し話すことは、彼らの安全や生活に直結するからです。

 

別の言い方をすると優先順位が高いからです。

 

この数年内戦が続き今でもウガンダへ避難する南スーダンの人たちのおかれた状況は厳しく、けっして軽い意味で言うわけではありませんが、彼らの生き抜く力に学ぶことは多々あります。

 

それ位の潜在能力が人間にはあるのですね。

 

では、自分にとっての英語の優先順位をあげる質問です。

 

自分が大切だと思っていることややりたいと思っていることをより満たすために英語はどのように役に立つでしょうか?

 

楽しく美味しく、優先順位たかく英語を覚えていきましょう。(*^-^)ニコ

 

 

日中緊張のさなかに留学生だった私を救ってくれた「あの一言」

国連じゃないけど、世界で会った「愛あるたのもしい人」(アイタモ)。香港で留学生だった時のルームメートのメイさんです。

彼女は1970年代に中国の海南島に生まれました。両親が文化大革命で糾弾されることになり、必死の思いで12歳の時に両親と兄弟と共に香港に渡ります。

不法移民だったので、レストランでウェイトレスをしながら中学校に通います。早い段階で英語教育に触れるの同級生の中で、最初は英語ができず苦労したそうです。田舎者だと笑われたこともあったそうです。

努力家の性格が幸いし、高校と大学と奨学金をもらい、香港中文大学に入学します。そこでの最終年、今までやったことをないことをやってみようと思い、「交換留学生をルームメートにしよう」プログラムに応募して、日本人のルームメート(ワタシ)と一年間を過ごすことになります。

最初に会った時から気があって、小さい寮の部屋でよく夜遅くまでおしゃべりしました。

彼女の誕生日に彼女の両親のアパートに呼ばれたのでケーキを持参していったのですが、家にはフォークとスプーンがなくて、ぼろぼろのお箸しでケーキを食べたのを覚えています。(家でケーキというものを食べたことがなかったそうです。)

香港での生活が始まってしばらくして、尖閣諸島に日本の右翼が船を乗り付ける事件が発生します。

香港の大学生ってガリ勉タイプの子たちが多いのに、寮の周りの友だち達が全員反日デモに参加して帰ってきた日がありました。嫌がらせをうけるようなことは全くなかったけれど、突然空気がピリピリし始めました。

私は「チカ」という個人から「日本人」として見られはじめ、すごく肩身のせまい思いをした期間がありました。

とても口にだせる雰囲気じゃなかったのだけど、腑に落ちなくて、メイさんに聞きました。「ねえねえ、コニーもアンマンもみんなデモに行ったんだって。なんか今日の雰囲気ちょっとこわいよ。」

メイさんは落ち着いた口調で言いました。

「ほら、わたしの両親って文化大革命で糾弾されたでしょ。人間ってとつぜん集団的に狂気に走ったりできるのよ。

まあ、日本はその対象になりやすいわね。

国は国。チカはチカ。

あなたのことを憎いとは思ってないから安心してね。」

 

メイさんの腹のすわった落ちつきぶりに安心したものでした。

 

その後、メイさんは私のクラスメートでもあったアメリカ人の友人と結婚し、中国出身ということでグリーンカードの申請に時間がかかり、不法移民、再びウェートレスからのスタートでした。

ただ、持ち前のがんばりで働きながら大学院に通い、アメリカ国籍もとれ、何十倍という難関を突破してアメリカ連邦政府に入省。連邦政府の中でも難関と言われるUSAIDで働いています。面接では自分で道を切り開いてきたことが評価されたそうです。

プライベートでは、ワシントンDC の郊外に家を3件所有し、彼女を愛してくれるだんなさんと2歳の息子さんと幸せに暮らしています。

あなたの周りに、誰か肩身のせまい思いをしている人はいませんか?ぜひ、あなたがその人にとっての「メイさん」になってあげてくださね。