なぜ一流に触れるのがいいのか?ー身体とハートが天才性に「共振する」ということ

 

最近では「共振」(coherence)の効果が科学的にも証明されつつあります。

 

フラストレーションや不安を感じる人が感謝や慈愛を感じている人のそばにいるだけで、自分の感情もより落ち着いてくる、という実験があります。

 

上のリズムは人が不安やフラストレーションを感じている時のハートの振動やリズムをグラフ化したもので、下のリズムは感謝や慈愛を感じている人のハートの振動とリズムだそうです。

 

coherence

 

coherent-heart-graph

 

出典: ハートマスインスティテュート(heartmath institute)より

 

いわば、メトロロームのような役割です。

 

スキップができる人が二人いて、できない人がその間にはさまれてスキップの練習を始めるとできなかった人までスキップができるという実験もあるそうです。

 

まったく、同じ原理で、私たちは彼らの天才性にふれるとことで、私たちの誰の中にもある天才性を感じることができます。

 

もし、それを自覚できないと感じたとしても、人間の体は70%が水分でできているので、私たちの身体の細胞が「一流」という周波数に共振する、と考えればいいでしょう。

 

私の場合、最近では、世界的指揮者として知られるズービンメタの指揮に触れた時に身体と魂が震えるような感覚を体験しました。

 

ズービンメーターは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサート過去最多指揮の一人です。

 

「『巨匠』ってこういう人のことを言うんだ💡💡💡

 

昨年来日したウィーンフィルの公演で彼の指揮に触れた後は、私はしばらく文字通り「恍惚状態」でいました。

 

そして、彼がどうやってあの領域に至ることができたのかをどうしても知りたくなって私は数日間彼が登場するインタビュー動画を見まくりました。

 

彼の演奏に触れた一週間後、今度はあるイギリス人の指揮に触れる機会がありましたが、かえって巨匠ズービンメータの演奏がいかに「格別」だったかがより一層浮き彫りになりました。

 

 

巨匠ズービンメーターがどうやってあの領域に至ることができたのかは、まだ研究中です。

 

 

小沢征爾氏が影響を受けた一人としても知られるフランス人の指揮者シャルル・ミュンシュが書いた「指揮者という仕事」という本があります。

 

指揮者が書いた本でありながら、リーダーシップに関する本としても知られています。

 

ミュンシュは、指揮者の仕事についてこう言っています。

 

「壇上に立ち、第一拍を振り始める瞬間、あなたには無数のまなざしが向けられ、観客はそれぞれが自分の光と熱をそこから汲み取ろうとする。」

 

 

「指揮者(conductor)という言葉自体には統率するという意味も含まれていますが、大事なのは、命令を与えるというよりも、自分自身がそれを身振り、態度、そして抗じ難い放射によって、表すことです。

 

(中略)

 

ミュンシュはさらに言います。

 

「指揮者が楽曲を忠実に再現することによって、聴いている人の思考や感情が指揮者の思考や感情と同時に再創造される」と。

 

確かに、演者と会場が一体になるような演奏を体験することがあります。

 

そんな演奏に触れると、

 

何かが腑に落ちたり 

直感的に何かが突然分かったり

突然涙がでてきたり、

洞察やインスピレーションを受け取る

ことがあります。

 

 

音楽を通じて表現され創り出されるハーモニー(調和)が、私たちの誰の中にもある直感や内なる声とつながりやすくしてくれるのでしょう。

 

まったく個人的な感覚ですが、ズービンメーター指揮から醸し出される音色とベートーベンの第九からは「人類への祝福」すら感じました。

 

ジャズピアニスト、キースジャレットの演奏でも似たような体験をしたことがあります。

 

 

そうした超一流演奏者が醸し出す音楽を通じて、私たちは、より高い意識の世界・景色を垣間見せてもらうことができるのです。

 

 

そして、改めて確信したことは、それがどんな分野であろうが一流は一流の周波数を持っているということです。

 

だから、それが音楽家でも料理人でもアスリートでも、私たちが吸収するのは技術でもなければ専門知識でもありません。

 

私たちは彼らの「一流っぷり」を感じとっているのです。

 

だから、気になる人やお気に入りの人がいたら、どんどん彼らの演奏や動画、本に触れてみてください。

 

私たちは身体全体で、彼らの考え方や世界観をどんどん吸収することができます。

 

一流に触れているとにせものに触れる時「気持ちが悪い感じ」がします。

変なセールスやメッセージに騙されることもなくなります。

自分にとって必要なものかどうかも分かってきます。

 

 

 

ぜひ、たくさんの人や本に触れて、自分の心の響くものを見つけてください。😊

 

 

ps. 記事画像= ベネズエラ出身の天才指揮者 グスターボ・ドゥダメル(Gustavo Dudamel)

 

「暴力や貧困から若者を守るために音楽を教えるベネズエラのプログラム、エル・システマ(El Sistema )」で音楽を習う。ベルリンフィルやウィーンフィルを最年少で指揮するなど「100年に一人の天才指揮者」と言われている。南米のリズム感も持ち、クラシック音楽は高尚であるという既成概念を軽々と打ち破っている。

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弱みと克服しようとする日本人vs 強みを信じるアメリカ人

強みを伸ばす or  弱みを克服するーどっちが才能を開く?

 

 

強みを伸ばす or  弱みを克服する

どっちが才能を開くのでしょうか?

 

 

 

私たちは、教育システムをはじめ、
強みよりも弱みを克服しよう
とする文化に住んでいるようです。

 

 

ギャラップ社の調査による

 

子供を持つ親ごさんに行われた質問です。

 

「国語5、社会5、理科3、算数1という
成績を子供が持って帰ってきたとしたら、

 

子供と成績を話し合う時に
どの教科に最も時間を割きますか?」

 

 

世界平均で77%の親が算数と答え、
国語の5が6%、
社会の5は1%だったそうです。

 

日本人は世界の中でも
弱みを克服しようとする
傾向が強いそうです。

 

 

強みを知ることと弱みを知ること
どちらがあなたを
成功させると思いますか?
という質問に対しては、

 

アメリカ、イギリス、フランス、

カナダ、中国、日本の中で

 

 

アメリカでは41%が「強み」と
答えているのに対し、

 

強みに対する注目度が
最も低かったのは
日本と中国でわずか24%でした。

 

 

ただ、55歳以上になると、
世界共通で強みを伸ばす方がいいとの
回答が高くなるそうで、

 

自分の弱みをなんとかするよりも
受け入れる方がいいと悟るからでは
ないかと指摘されています。

 

 

似たような例で、
うつ病に関する研究は
4万件以上あるけれども、

 

幸せや達成感に関する研究は
わずか40件だという数字もあります。

 

 

上手くいってないことには
すぐ目がいくけれども、
上手くいっているところは
「当たり前」すぎて
なかなか気づかない。

 

 

弱みを補おうという努力も
必要ではあるけれども、

 

 

上手くいっているところ、

自分の強みや

秀でているところに対して

もっと目を向けていいのです。

 

世界の悲惨なニュースに

注目することもできれば、

その中にきらっと光る
世界で起きつつある
ポジティブな変化を
みつけることもできます。

 

 

コミュニケーション、
語学
人間関係に対しても
同じことが言えますね。

 

コミュニケーションや
人間関係で得意なところ、
上手くいっているところは
どんなところですか?

 

 

***まとめ***

コミュニケーションや
人間関係で得意なところ、
上手くいっているところは
どんなところですか?

 

日々注目するものが
私たちの体験をつくる。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

「ガツガツと自己主張しなくても世界の人と通じる方法を知りたい」

「もっとのびのびと自分の言いたいことを言えるようになりたい」

「海外で働きたい!」

「会社名や職種に限らず仕事を探したい」

「世界で通じる本物のプレゼン力を身につけたい」

 

 

そんな方により自信を持って堂々と世界で活躍してもらうこと、

そして、日本の力を世界の力を共に活かし、

民族や宗教を超えて人をつなぐことのできるリーダーを育てることが

私のミッションです。

 

ここで言う「世界」とは
海外に限りません。

 

知らないことは見えない。

 

世界が広がること=

視野が広がること=

可能性が広がることの

お手伝いになったら幸いです。

 

今日もありがとうございました。

人は自分が見ると予想していることしか見えない

 

「ありのままの姿見せるのよ〜」が流行ったのは2014年。

流行りの歌や映画はその社会の集合無意識を示している、とも言われています。

 

誰でも「ありのまま」でいたいと願うように、「ありのまま」に理解されたいという欲求ももっています。

 

では、私たちは目の前の相手のことをありのままに見ているか?というと。。。

 

私たちは、自分が見ると予想していることしか見えない、のです。

 

なぜなら、私たちが目の前のことをどう理解するのかという認知プロセスが自動的に働くからです。

 

社会心理学によると、私たちが目の前の相手を理解しようとする時は3段階のプロセスを経るそうです。

 

第一段階:

私たちは、自分の目の前で起きている出来事を理解するために、脳はまず自分と相手との関係を判断しようとする。脳が相手と自分との関係を判断するために脳がとる方法は、相手を分類すること。

人間に本能的に備わった最も基本的な分類方法は、「この目の前の人は自分の敵か味方か?」という分類(カテゴリー化)。

 

第二段階:

次に脳は「カテゴリー」を使ってさらに詳しく判断しようとする。会社員、〜屋さん、〜の先生、社長、会計士といった職業から、〜に住んでる人、アメリカ人、フランス人、インド人(国籍)、性別や宗教などカテゴリーはたくさんあります。

 

 

第三段階:

「初頭効果」というものが働くため、第一印象が修正されるためには意識して努力をする必要があります。

 

つまり、私たちは言葉を発する前からたくさんの推測を瞬時にしていて、たとえ初対面でも、自分の目の前にいる人に対して、まったくゼロベースで見ていることはほとんどない、のです。

 

特別な人がステレオタイプや偏見を持っているのではなく、誰もがなにかしらのステレオタイプをもって相手を見ているのです。。ストレスが高い時にはさらにステレオタイプが強くなります。

 

ひょえ~

改めて聞くと私たちはどれだけ相手の本当の姿を見ているものかと思ってしまいます(汗)。

 

 

ではどうしたらいいのでしょうか?

 

人は自分が見ると予想していることしか見えないのだとしたら、それを逆手にとりましょう!

 

つまり〜〜〜♪♪♪

 

 

これから会う相手に対して、見ることを先に決めること、です。

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

相手の「真の美しさ」を見ると決めること、です。

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

 

① 自分の中のバイアスや判断に気づき

② 自分の中のバイアスや判断をいったん脇に置き

③ 相手の「真の美しさ」を見ると決めること

 

です。

 

 

そして面白いことに、そうした姿勢は相手に伝わります。

人は基本的に自分を理解してくれようとする人に好意をもちます。

すると、お互いの心の扉が開くのですね。

 

 

「えっ?!この人ってこんな人だったっけ???」

 

そんな驚きこそ、言葉にできない喜びです。

 

「人は自分が見ると予想していることしか見えない」なら相手の真の美しさを見ると決めましょう。

 

 

(まとめ)

・人は何かしらの思い込みで相手を見ている

・自分が見ると予想していることを相手に見る

・相手を理解するという作業のためには、見ることを先に決めること

① 自分の中のバイアスや判断に気づくこと、

② いったん脇に置くことができること、

③ 相手の「ありのままの姿」を見ると決めること

マイストーリー③就職活動で落ち込みミャンマーへ行くー私ってすっごいバカかも?!

私は恋に落ちていました。相手は大学のクラスメートの留学生でした。日本での留学を終え自分の国に帰った彼でしたが、私は学期中にアルバイトしたお金で、彼に会いにも行き、ご両親に好かれようと彼の国の言葉まで一生懸命練習しました。

「私、大学中退してここの大学に通うね!」と息まいて帰ってきたこともありました。

結局、「大学を卒業したらどこでも行っていいから大学は日本で卒業しなさい」、という親の助言に従いましたが、自分が逆の立場だったら本当に冷や汗ものです(笑))

 

そんな私も、もうすぐ大学4年生になろうとしていました。

 

さて、私は何をしたいのだろう?

 

リクルートスーツとバックといった外見はまず揃いました。

「とりあえず」エントリーシートを数十件記入し、筆記試験も受けに行き、面接も受けました。

「なぜ弊社に興味を持っていただいたのですか?」

採用の面接なら必ず聞かれるであろう質問なのに、上手く答えられなかったり、それなりに答えたと思ったのに不合格の通知を受け、さっぱり分からなくなってしまいました。。。

 

周りのクラスメートが内定をもらい始める中、日々「焦り」がつのる日々でした。

ここならと望みをかけていたJICAや協力隊にも落ち、自信はさらにガラガラと崩れ落ちていきました。。。

 

就職スーツを初めて着た時には紅葉深まる秋だったのに季節は一週しようとして、秋から冬に、桜が咲き、内定が一件もないままついに夏になりました。

 

一人取り残されたような気持ちで、日本から逃げ出し気持ちで、ミャンマーに出かけました。

ともかくどこか違うところに行きたいー心の中は泣きそうな気持ちで一杯でした。

 

行きたかったパガンというクメール遺跡の地で、美しい遺跡がポツポツと目の前にいっぱいに拡がっているのを毎日一日中ただ眺めていました。

 

一日ただ遺跡を眺めていました。

次の日もただ遺跡を眺めていました。

次の日もただ遺跡を眺めていました。

 

3日を過ぎたくらいの時に何か特別大きなことが起きたわけでもなんでもないのだけど、

ふと気づいたのです。。。

 

ああ、私国連で働きたい。。。

ただ自信がないのでそれを「封印」したまま就職活動を始めたものの、落ちてすっかり自信をなくしてしまったことを。

 

単純に思いました。

国連で働くなんてどんな確率で可能なのかさっぱり分からないけど、そんな叶うかどうかも分からないことにチャレンジしてみたい。

ハハハ、私ってすっごいバカかもしれない。

しかも、すっごい頑固。

でもなんかしょうがないな。

南国の風に助けられたからか、いい意味で「諦める」ことにしました。

 

ミャンマーから帰ってきて、すぐに親に伝えました。

国連で働きたいと思ってること、国連で働くには大学院に行く必要があるからイギリスの大学院を目指すこと、日本で就職はしないこと、ただ、国連という組織はいろいろな国の人が働いているところなので、海外で働くという体験が将来ぜったいに役に立つと思うので、大学院に入る前に海外でのインターンを探す、と。

 

緊急会議が開かれました。

周りに国連で働いてる人はいるのか?

その国連っていうのはどうやって入る仕組みがあるのか?などと質問をされました。

 

質問をされても、科学的にも理論的にも説得力ある説明ができません。

当時はFacebookもなく、ネット上の情報も限られていて、

今ほど「国連」がキャリアの一つとして認識されているわけでもなく、

大学の就職課でそんな話しができる感じでもなく、

 

私にとっての唯一の頼りだったのは、

「明石康国連に生きる」と「カンボジア元気日記」という国連ボランティアの人の手記とアルク出版の「国際協力ガイド」だけだったのです。。。

 

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「緊急家族会議」が結論に近づいてきました。

「そんな夢みたいな事を言ってないで就職しなさい」。

 

 

かくして、

娘と両親は、同じ家に住みながら卒業までほぼ半年も口を聞かなくなってしまったのでした。

 

さて、私の方は、さっそくアイセックという団体での海外インターンに申し込むことにしました。

 

アイセックとは元々ドイツで始まった学生団体で、世界中にある受け入れ企業と、世界中にいるインターンを希望する学生をマッチングさせる団体でした。

 

インターンと言っても、数ヶ月~一年以上フルタイムでその企業の一員として働き、生活費ももらえるので職種や業界によってはかなりやりがいのある仕事ができるという仕組みでした。

 

英語の試験を受け、

異文化の適応力があるかなど簡単なインタビューの要件を満たしたら、

こちら側のバックグランドや希望を伝え、

企業のオファーを待ち、

互いに希望がマッチングするかを確認するという流れです。

 

私が応募していた時期はちょうどインドのITブームが始まりかけていて、

インドのバンガロールがいいとか、IT系・技術系の人も多かったのですが、

私の目的は多国籍な環境で働くための体験だったので、

「対人的な仕事」であれば国はどこでもよい、というなんとも大雑把な希望を出しました。

 

さて、再び季節は巡って再び秋です。風が冷たくなってきたなあと思えばもう卒業まであと3ヶ月半しかありませんでした。

就職活動に落ち「退路」を断たれた状況でもあったので、私にとって、大学院入学が「最後ののぞみ」をかけた「一大プロジェクト」になりました。

 

まず、直面した現実。

今のままでは成績がギリギリなので今期はなんとしてでも成績をかなり上げる必要があること、

苦手なマクロ経済が必須科目として残っていること、

英語力(スコア)を短期で上げる必要があること、

合格するには小論文と志望動機が重要であること、です。

 

もうかっこつけてる場合じゃありません。

私は毎日大学の図書館に通い詰めました。

 

最近まで教室の後ろの方でつまらなそうに授業を受けていた人が、

突然、まるで別人のように最前列に座り質問までし始めるのです。

苦手だったマクロ経済を最優先にして必死にがんばりました。

(やればできるじゃん、と自分で自分にツッコミを入れたくなりそうです(笑))

 

大学院に行くためにモーチベーションを保つことも大切でした。

この時に考えた私の「作戦」は、面白しろそうな大学院の科目を聴講させてもらうことでした。

あるイギリス人の先生を訪ね、断られるのを覚悟で直談判に行きました。

 

「私、今度イギリスの大学院に行こうと思っています。

以前受けた先生の授業が面白しろかったので、出来たら大学院の授業を聴講させていただきたいと思っています。課題もちゃんと読んで参加します。」

 

。。。

 

一瞬間が空いた後で、「いいよ。」とのお返事。(ほっ)

 

この先生の授業は面白く、合格するかどうかも分からない大学院応募のモーチベーションを保つのにとても役立ちました。

同時に、留学生も交じりながら少人数で議論が行なわれていく空間に身を置きながら、もしかしたら私でも大学院に行けるかも。。。段々とそんな気がしてきたのでした。

 

大学院の相談にものって頂きました。

ある日、志望動機を見てもらった時のことです。

 

「なんでオックスフォードには願書を出さないの?

ロンドン大学もオックスフォードもそこまで変わらないし、受験料はタダだよ。」

 

へっ、そうなの???

オックスフォードってあの皇室の方が行くところじゃなかったっけ?

 

まず、海外の大学院に行こうと思った時に、アメリカではなくてイギリスを選んだ大きな理由は「期間」と「費用」でした。

アメリカで大学院を終了するのは2年間かかるのに対し、イギリスでは一年で終わること。授業料も生活費も一年多いだけで全然変わるので、資金面での理由でした。

そして、次の選択ポイントは学部でした。

国連で働くには、国際関係が有利なのか、経済学が有利なのか?そんなことも考えましたが、私は好きな科目と苦手な科目の成績の差が激しいタイプだったので、有利そうだけど苦手そうな科目を選ぶという選択はあまり合いそうもなく、勉強した分野は仕事には直接あまり関係ないので自分が好きで得意な科目を選べばよいというアドバイスに従い、社会学・人類学を選びました。

 

 

そして、大学院の入学のために大切な一つが志望動機でした。

ボスニアでの民族紛争やルワンダでのジェノサイドがショッキングだったこと、私の中には「民族」や文化の差が紛争になる時はどんな時で、それはどうしたら防げるのか?という関心がありました。

「民族」や「紛争」という現象について人類学・社会学的な視点から検証することはきっと必要とされると思う。そして将来、国際機関で紛争予防にかかわれる専門性を身につける事が私が大学院で勉強する目的ですーそれがそのまま志望動機になりました。

 

英語の筆記テストのスコア、英文成績表、推薦証、小論文、志望理由の一式が揃った時には、思わず封筒に向かって手を合わせました。

 

後は結果を待つだけ。

卒業まであと3ヶ月でした。

さて、大学院の通知とインターンの結果を待ちながら最後の学期の試験とレポートの季節がやってきました。

以外なところから「最後の関門」がやってきました。

15年も飼っていた愛犬が、急に体調を崩しはじめ、動物病院の先生から「もう先は長くないかも知れない」と言われたのです。

最後のレポートを提出しないといけない、それでないと卒業できないというまさにそういうタイミングで、側で見守る中亡くなりました。。。(涙)

泣きはらした顔のままなんとかかろうじて書き終えたレポートを提出して、ホッとしたのを覚えています。

 

そして、朗報とは突然やってくるようです。

 

インターンの受け入れ先として興味を持ってくださったドイツの会社の社長さんが日本に来るので面接がてら会いたいとの連絡を受けました。きさくにおしゃべりが進み、ぜひお越しくださいとのこと。採用決定です!

そして、大学院からも合格通知が届きました!

なんと「奨学金の受給候補者になったので、数日中に面接を受けてください」とのニュース付きでした。

 

全く予想外の展開でした。

 

なんで人類学を勉強したいのですか?

なんでオックスフォードで勉強したいのですか?

卒業後は何をしたいのですか?

 

就職活動の面接も無駄じゃなかったかも知れません。

今度はスムーズに応えることができました。

結果は合格。

 

あまり知られていませんが、外国人にとっては、オックスフォード大学は大学院に入る方が門戸が広くなります。世界的な大学として、多くの国からの学生が集まることを一つの大きなアピールポイントとしているため、奨学金を出して各国から留学生を集めるためです。ちなみに、2006年度で138カ国から学生が集まり、大学院では63%が外国人留学生です。

オックスフォード大学留学生比率

 

さっそくイギリス人の先生に報告をしました。

とても喜んでくれました。

 

そして、ようやく両親にも報告できました。

今なら分かります。

親は自分たちの体験や想像を超えたことは単純に分からないこと。

そして、ある意味「通過儀礼」だったと。

反対することを通じて、親はあなたはどれだけ本気なの?と私にチャレンジを課すという「役割」だったこと。

 

私はこの体験を通して、

仕事の場や機会は日本だけを見ていたら「ない」ように見える時でも、

日本の「当たり前」は世界では必ずしも「当たり前」ではないこと、

世界に目を拡げたら全く違う大きな機会が目の前に開けること

そして、

道は拓けることを体験したのでした。

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ギフテッドの特徴④: 創造性が高いー「この絵は神さまから来た」と子供が答えたら

ギフテッドの子は創造性が高いことで知られています。

そして、それを表現することにとても意欲的です。

 

新しい発想やアイデアを得ている状態は、外から見ればもの思いにふけっているような感じに見えるかも知れませんが、当の本人の体験としては、さまざまな着想が浮かんでは消え、ぼんやりとしたものが形を持ちはじめ、徐々に全体像を見渡せるようになるというような体験と言った方が近いかも知れません。

 

一旦全体像をつかんだら、

それを表現する作業に入り、

 

ある場合には文学や芸術作品として、

音楽として、

ダンスとして、

論文や科学的な理論として、

建築物として、

プロジェクトとして表現されます。

 

その形になったものが私たちの目や耳に触れることになります。

 

学校の作文かもしれないし、ブログの記事かもしれないし、大きな舞台での発表かも知れないけれども、

創造性はそれに触れる人の共感や感動を生み、私たちにひらめきや直観を与えてくれるようなものです。

 

あるギフテッドの子(インディゴ、クリスタル・チルドレン)の子はこう言ってます。

 

「何も考える必要はなくて、努力なしに描いてました。

ママがこの言葉はどこから来たの?と聞いてきました。

私は『神さまからよ』と答えました。

ある時、クラスで自分が描いた絵を見せたら、『本当にあなたが描いたの?!』とみんながびっくりしました。

誰だって自分と同じように描けると思ったのですが、もう少し大きくなってから分かったのですが、これはみんなと分かち合うために他の人に教えるために神さまが与えてくれたギフトだと分かるようになりました。

 

『インディゴ、クリスタル・チルドレン~アキアネ・クラマリック』より

 

そういう事を言う子が最近は多いようです。

 

胎内記憶で有名な池川明先生もご自身の診察での体験や調査で、そういう発言をする子供達が増えていることを言っています。

 

まず、そういう発言をする子は少なくないということ、そして、けっしておかしくないこと、(そこでお母さんが変に反応するとお子さんはしゃべらなくなってしまったり、絵を描いたり、表現することをやめてしまいます)を知って、お母さんはありのままにお子さんの言うことを受け止めてあげてください。

 

 

ギフテッドの子の特徴③: 完璧主義であるー1か100にならない方法

ギフテッドの子は人生におけるすべての分野で完璧主義である傾向が強いそうです。そのせいで、宿題をするのを先送りしたり、または逆に一つのことを完璧にしたいのですごく時間をかけたりします。

 

ギフテッドの子は、得意な分野とあまり得意ではない分野の差が大きいことが多いですが、自分があまり得意ではない分野があることが自分で気に入らないために、勉強自体を嫌いに思う、または苦手に感じる場合もあります。

 

その為に、ギフッテッドの本人自身は、自分のことを「勉強が苦手である」と思っている人も多いでしょう。

 

ただ、どれも完璧にしたいというのは、時間はかかるし、疲れきってしまいます。

 

子供ながらに、例えば、胃腸の具合が悪い、食生活のリズムが崩れる、といった症状として現れることもあるでしょう。

 

バランスで気を使う点は、ある分野がとても得意で、家での学習で学校で通う学年の3~6年上の教材を使う位に好奇心も知能もあったとしても、そのレベルの勉強を始めたとたん、難しくなって出来ない分野がでてくると「完璧にできないことは、やーめた」と思うことがあります。

 

完璧にできないなら、それには手をつけさえしない、という1か100になる傾向があります。

 

なので、学校の勉強は簡単すぎてつまらないというギフテッドの子には、ぜひ上の学年の教材を用意していただきたいのですが、

 

同時に、難しくなりすぎて、負荷がかかりすぎるよりは、「少し余裕をもった位の難しさ」がいいと思います。

 

 

大人の場合でもそのまま当てはまりますが、これが日常的にどういう風に現れるかというと

・自分が一番にならない土俵にはそもそも乗らない

・好成績がのぞめないような分野には手をださない

・自分が得意ですでに結果を出してきた分野を選ぶ傾向が強いため

新しいことにチャレンジするのを避ける

(自分的に「まあまあな」な結果は受け入れられないから)

 

 

ギフテッドに関する英語の文献によくでてきますが、

Impostor Syndromeと呼ばれるそうです。

 

 

ではどうするのがいいかと言うと、

・  一つ一つの事を終える事にフォーカスすること

・出来ていない部分ではなく出来ている部分に目を向けること

・完璧にするよりも楽しむことを学ぶこと、が役に立ちます。

 

 

より具体的には、ギフテッドの子の「完璧主義」に関わる時には、

 

・文法の細かいミスなどを細かく直さないこと

・本人にも細かいミスにこだわらなくていいと伝えること

・高学年の学校のレポートや長期にわたる宿題があったら、まず概要・全体像を掴む。

・それに取り掛かる前に、一緒にゴールを決め、どれ位の時間がかかりそうか、何ページくらいになりそうかを把握する。

・本人にとって大切な部分を見極め(本人が納得する)目標(意味)を決める。

・まず、アウトラインを書く。

・全部を完璧にこなすのではなく、どの部分に対して、フォーカスするかを一緒に考える。

 

 

本人にとって何が大切なのかは本人の感覚があると思うので、そこが一番大切かも知れませんね。

 

 

天才児の育て方- 日本にいながらギフテッドの才能を確実に育む8つのコツ

アメリアか日本かという考え方だけではなく、アイデアややり方次第では、日本にいながらでも、

そんなにお金をかけずにもまたアメリカに行かずにもギフテッドのお子さんの能力を伸ばしてあげる方法はいろいろあるように思います。

 

天才児の育て方 ー ギフテッドの才能を確実に育む8つのコツ

 

1、「学校に合わせる」のではなく「子どもの能力に合わせる」

例えば、読み書きを習うのが大好きで、小学校に入る前にともかくなんでも読み書きを吸収する子がいるとします。

「この年齢だからこの位でいいんじゃないかな」「これ以上勉強が進んだら同学年のお友達や学校に合わなくなっちゃうんじゃないか?」といった心配はよぎるかも知れません。ですが、それは彼らの能力や才能を無理やり小さな箱に押し込めているようなものです。

 

今時、学校が合わない子どもたちは沢山います。学校の本来の目的は彼らの才能を伸ばすことです。学校に合わせてしまったら本末転倒です。

 

ある意味、一番大切なのは、社会の常識や親の都合ではなく、子供にとって本当に必要なことを優先させるという姿勢です。興味のある事は、どんどん習わせてください。

 

2、学校以外の方法からその子の知的好奇心や興味を満たす方法を考える。

本やオンライン教材やサイトも含め、学校以外の幅広い分野から子供の興味や知的好奇心を満たしてあげる良質のサイトをみつけ、一緒にみる。

カーンアカデミーは、子供が学校のペースではなく自分のペースで学べるようにと始められたプログラムで、ビルゲイツが支援していることもあって、とても質がいいのに全講義無料で提供されています。学校よりも面白いとアメリアには何十万人もの学習者がいます。

例)カーンアカデミー

数学,物理,科学,経済,金融,歴史,美術など,3000本以上の教育ビデオが登録されており、初等教育から大学レベルの講義まで様々な科目を自分のペースで学べ、利用者は100万人を超える。数学の分野は日本語で提供されていて得に充実し、高水準として知られている。

例)スタンフォード大学が運営するギフテッド向けのオンラインプログラム

Education Program for Gifted Youth (EPGY)

英語が分かり、数学に並外れた興味や能力の兆しがあるのなら最適のプログラムかも知れません。ただ、そうではない場合、例えば、数学にはとても興味があるけれども、英語はあまりできないという場合、カーンアカデミーも十分に高水準なので、まずはカーンアカデミーで日本語で数学の中身を習い、その後でスタンフォードのプログラムに挑戦してもいいと思います。

 

3、お子さんが質問することに対して「誠実に」受け止める。

彼らはたくさんの質問をします。おかしな質問のように聞こえる時もあるかも知れませんが、本人は真剣に質問をしています。例えば、「なんで世界には貧困があるの?」と質問する時、それはとても大切な質問なのです。なので、まず、そうした質問をいったん受け止めてあげることが励みになります。

 

してはいけないことは、「そういう質問は『おかしい』」「子どもはそんな難しいことを考えなくていいのよ」と彼らを子供扱いすることです。彼らの大切な才能や興味の目を摘んでしまいます。

 

お子さんは完璧な答えを聞きたい訳ではないですし、そもそも、そうした質問に簡単な「答え」はありません。なので、「分からないから調べておくね。一緒に調べようね。」「そうだね、一緒に考えようね」と言って、自分でインターネットで調べたり、誰かに聞いたり、そうした題材について分かりやすく解説している本などを一緒に読むことは役に立つでしょう。

 

「答え」を早くみつけるよりも、一緒に考える過程の方が大切なので、難しく考えず、大きな謎解きをやっているような感覚で一緒に楽しめたらいいと思います。

 

4、自分が常に学ぶこと。

自分が興味のあることやお子さんの興味のあることについて自分でも調べてみたり、関心をもってみたり、そのことに対して会話を持ってみたりすることはお子さんにとって大きな励みになります。ある意味、彼らはそういう機会をくれているとも言えますね。

 

5、「量より質」で5分でもいいから子どもの言うことを「聴く」。

子どものことを聴きましょう。例えば、5分だけはこの子のことを全身で「聴く」と決めます。特に内向型の子の場合、とくに聴いてあげることが大事です。聴いてもらえることが子どもに与える安心感は、たぶん私たちが想像している以上に大きなものです。安心するとおとなしい子でも自分で話してくるようになると思います。

 

6、クリエイティブな体験・自己表現のできる機会や環境をつくる。

自由に表現できる機会をつくる。ダンス、おえかき、音楽、リトミック。。。「上手くできる」よりも、ともかく自由に表現してもいいんだ、という機会があるといいですね。

 

7、子どもが親と違う意見を持つことを早いうちに受け入れる。

子どもが親とは違う意見を主張し、仮に親の意見に同意しないことがあることがあってもそれを受け入れること(だだを捏ねるのではなく、意見を言うとき)。その時には、「子どもなんだから大人の言うことを聞くべき」という親のエゴはいったん脇に置いて、出来るだけオープンマインドで、なんでそういうことを言っているのかな、と興味を持って相手の言うことに耳を傾ける。

 

8、「子どもの身体と感情の中に大人の知能」を持っている性質を受け入れる。

英語の文献でasynchronous development と呼ばれる、直訳すると「非同期的発達」と呼ばれる特徴があります。簡単に言うと、得意分野と苦手分野の差や、いろいろな認知能力の差、知性や気質・感情年齢の差があることを言います。

 

例えば、6歳で「なんで世界に貧困があるの?」といった社会的な課題に興味を示したり、知能や読解力は高校生レベルでも、情緒レベルでは普通の6歳の女の子としてママを必要とするとか、10歳の男の子で17・18歳レベルの微分積分が出来るけれども、情緒的にはやはり普通の10歳であるといった具合です。

子供の時には当たり前ですが、ただ遊びたい時もあれば、自然の中を駆け回ったり、逆に何もしたくない時もあるかも知れません。それも含めてありのままの彼らのニーズを尊重してあげてください。非同期的発達について詳しくはこちらです⇨

子どもの身体と感情の中に大人の知能を持つギフテッド