国連ではなぜ失敗体験について聞かれるのか?ー失敗体験の「ART」と「恩恵」

国連の面接でよく聞かれる質問の中に、「最近、どんな失敗をしましたか?その体験から何を学びましたか?」という「失敗体験」について聞くというものがありました。

 

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実は、これは国連だけでなく、欧米の大学への出願しかり、国連での面接しかり、外資系での面接しかり、奨学金の面接しかり、こうした場で「失敗体験」について聞かれることはかなり定番というくらいよく聞かれる質問です。

 

例えば、「最近、どんな失敗をしましたか?その体験から何を学びましたか?」という具合です。

 

私自身、国連で採用面接官を務めたことがありますが、面接官は別にいじわるをしたいわけではありません。

 

では、なぜ面接で失敗した体験について聞かれるのでしょうか?

 

なぜなら、物事や人生とは予定通り上手く行かないことの方が多いもの。

 

 

誰も完璧な人なんていないし、人間だれでも時には失敗する。

 

大きなものから小さいものまで。

 

 

 

人間だれでも課題や挫折に直面する時があるのだから、その時にどうしたの?ということの方がその人のことが分かるという訳ですね。

 

また、「失敗体験」を話すことは、自己開示をすることで相手との距離を縮めたり、互いの共感や信頼を得るという意味でも、お互いにとって効果的な方法の一つである言われています。

 

だとすると、仮によく計算されたスピーチのようにペラペラと饒舌に話す人がいたとしても、それは必ずしも面接官が知りたいことを満たすことにはならない。

 

 

面接官が知りたいのは、

この人はどんな体験をしてきて、

そこから何を学んで、

どんなことを大切だと思っているのか?

 

 

つまりあなたってどんな人なの?という

 

「あなた」という人についてです。

 

 

あなたの知識ではありません。

 

 

ちなみに、他によく聞かれる質問には以下のようなものがあります。

 

 

◎ これまでチームとして働いた時、うまく行かなかったのはどんな時でしたか?それはどうしてですか?どう対処しましたか?

 

◎ 難しい課題に直面した時にどう対処してどう切り抜けましたか?

 

◎ 仕事上で自分の苦手分野を発見したことはありますか?それに対してあなたはどうしましたか?

 

 

こうした質問は全て同じ発想から来ています。相手が知りたいのは、チャレンジに直面した時、あなたという人はその状況から何を学びましたか?、ということです。

 

「失敗」が「失敗」で終わらず、また、「大変だったこと」やチャレンジから学んだ自分なりの結論がきちんと導き出されていればいいという訳ですね。

 

 

なんでも上手くいっている時にはそんな風には思えないかも知れませんが、人間はなんらかのチャレンジに直面してはじめて、自分のやり方を見直したり、他人の意見に耳を傾けられるようになる面もありますよね。

 

私自身、紛争地での勤務からPTSDになり、燃え尽きと無気力状態に落ちいり、苦しんだ時期がありました。

 

私の例は少し極端かも知れませんが、人生では予期せぬことも起こります。

 

でも、それは自分の方向性を見直す機会や、なんらかの能力が開く機会だったりもします。

 

そうしたことも含め、魂レベルの「計画」というものがあるのだと後で知りました。

 

 

 

人間は「課題」を通じて体験するため、成長するために転生してくるとも言われています。

 

 

そういう意味では、課題もなんのチャレンジもない人生は「息」はしていても、「生きている」人生とは言えないかも知れません。

 

そして、それに直面できる勇気や辛抱さ、智慧があるからこそ、またはそれらを身につけるために、そうした課題が生まれてくるとも言われています。

 

まあ、誰しもいろんな課題を早く解決したい、と思うものですが、同時にそのジャーニーを過程も楽しんでいけるといいですね。

新しい時代のリーダーの資質は「分からない」と言えること

 

この言葉が使われているかどうかで

その組織が

どれだけクリエイティビティーか

どれだけ失敗への寛容かが分かると言われているものがあります。

 

企業、学校、家庭、どんな組織でも当てはまるそうです。

例えば、このような言葉です。

 

*************

わかりません。

助けてほしい。

試してみたいんです。

私には重要なことです。

私はそう思いません。

それについて話してくれませんか?

とても勉強になりました。

はい、やったのは私です。

私にとって~は大切なことです。

私が感じていることは~です。

フィードバックをもらえますせんか?

これを試してもらえませんか?

やり方を教えてください。

そのことは私に責任があります。

手伝いますよ。

力になりたいんです。

次に進みましょう。

とても助かりました。

ありがとう。

*************

 

なるほど~~~

 

今振り返ると、個人的には一行目の「分かりません」がもっと早く言えたらもっと楽にできたなあ~と思います。

 

私がアメリカ政府のコンサルタントの仕事で国連のPKO活動についての講師を務めることになった時に、

講師たるもの、人の前に立つものはなんでも全て知っていなければいけない、という考えをなかなか手放せずにいました。

 

だから、一番初めの研修の時には、

2週間の研修の準備のために、

 

それこそ、国際人道法から、最近のアフリカ情勢から、国連憲章までいろんなことを詰めこみました。

 

全ては「分からない」と言うのが怖いがために~(汗)

あの準備はずい分疲れました。(笑)

 

実際にやってみると、人が講師に求めているものは知識だけじゃないってことを肌で感じたので、

二回目からは、もし分からないことがあったら「その件は分からないので調べてお答えします」と言ってもいいんだと思えるようになってずい分と楽になりました。

 

知識はもちろん必要ですが、相手が知りたいのは知識だけでもなくて、その人自身の考えだったり、体験だったりするのですよね~。

 

営業の研修でも商品やサービスなどで分からないことは、その件は分からないのですが調べてお答えします、と言う方がいいと教えられているようですね。

 

変化の激しいこれからの解のない時代。

新しいリーダーシップの定義の一つは、「分からない」と言えることだそうです。

 

ある状況で正解だったこともこれからの時代は正解であるとは限らないし、

解は一つじゃないという訳なのですね。

 

リーダーに限らず、

分からない時には

組織全体が「分からない」と言えること、

それを受け入れた上で、

その先に進める資質が求められてきそうです。