「自分が望んでいることを本当はもう知っていると気づきました。」 会社を辞めようと思っていた人がたったの数週間で体験した「そこに向かっているという充実感と自信」

わたしは国連職員と米軍のコンサルタントを経て、コーチングを仕事とするようになりました。

 

日本ではコーチングやカウンセリングを受けに来る人は、メンタルヘルスの問題があったり、なにか「問題ある人」のように思われるかもしれません。

 

でも、アメリカでは企業の幹部の人たちがコーチをつけ、自分の課題を整理したり、スピーチを練習したり、優先順位を確認したり、次のステップをみつけるための「伴走役」としてコーチをつけることは珍しくありません。

 

ニュヨーク時代の私の同僚の中には、自分の使命やミッションステートメントを作成するためにコーチをつけていた人がいましたし、現場に派遣されている国連職員でもストレスも仕事量も大きい環境の中で自分のやるべきことに集中できるように、とコーチをつけていた人もいました。

 

そして、コーチングやカウンセリングは、何かを「解決」するために受けるもの、と思われるかも知れませんが、コーチング(カウンセリングも含む)は短期的な「対処的」な方法だけでなく、より「根源的」な解決をサポートするという目的をもっています。

 

なにが「対処的」でなにが「根源的」かというと、前者は「問題解決」というベース。

 

問題を解決するというパラダイムにいるので、一つの問題があって解決ししてもすぐ次の問題がやってくるので常に忙しいが、何が本当の問題なのか、ということは問われない。

 

根源的というのは、なにが本当の問題なのかと見極めたり、自分で問題を解決していくための力をつけること。

 

この場合の問題を解決するための力とは、自分の状態(感情、気力、身体、モーチベーションなど)を把握し、よりよい状態に保てること、事実と自分の感情を区別できること、何が取り組むべき本当の課題なのかわかるようになること、そのための対処法を自分でみつけ実際に対処でき、その出来事から学ぶことができる、などです。

 

そして、問題を解決するにしろ、人生の方向が「上向き」になっています。

 

自分が本当に望むことも段々とわかるようになっていき、そこに向かっているという充実感や自信を静かにも感じています。

 

前者がいつも雑草とりに追われているようなイメージなのに比べて、後者は土を耕したり、種を植えたり、水をやったりというイメージ。目指すところは「自分というお花」が咲くことです。

 

そして、「何がやりたかったのかわかるようになった」ということが実際におこります。

 

会社を辞めようかと思っている、という方がいらっしゃいました。

 

あるプロジェクトに配置されたのだけど、担当部長は物の言い方も進め方も「強圧的」。

 

他のメンバーもけっしてチームを尊重するやり方でもなく、ある時には「いやがらせじゃないか」と捉えられてもおかしくないような言動もあったそうです。

 

しかも、会社は合併したばかり。

 

合併後は、なんでも紙で報告を求められたり、とくに理由もないのに残業を求めらたりと「旧態依然」とした旧B社の社風が浸透していきました。

 

それもあって、旧A社と旧B社のメンバーには目に見えない「バリア」が存在して、会社の雰囲気はギスギス。。。

 

そんな環境もあってさらにやる氣もそがれ、ついには原因不明の発疹さえできて、自分でも「おかしいな」と思いはじめたそうです。

 

最初の数回のセッションは、会社のそのような状況がいかに自分にとっていかにストレスで身体に負担をかけていたのかを受けとめ、そうした体験によるショックを解放していきました。

 

最初は身体にかなり「緊張」や「怒り」があるのが伝わってきましたが、感情も解放されていくにしたがって、どんどんと顔の表情も明るくなってきました。

 

自分の心や身体にどんな影響があったのかを受けとめ、自分の状態や心境を「理解」できていくと、症状が和らぐことは珍しくありません。

 

幸いに発疹も収まり、3回くらい集中的にセッションを終えた辺りから彼女の表情はまったく変わっていました。

 

肩に力が入っていたような緊張感がなくなり、印象がとてもソフトになりました。

 

そして、彼女はこんなことを伝えてくれました。

 

「今まで何を見てたんだろうと思いました。⭕️⭕️さんがなぜああ言う言い方をするのか、ただ理解して落ち着いて見れるようになりました。こちらの見方も変わったからか、不思議と相手の私に対する対応も変わりました。」

 

それまで会社を辞めようと思うほどのストレスの元だったものが変わってしまったのです。

 

しかもそれだけではありません。

 

今年の8月の夏休みをご両親の田舎のある山のなかで過ごされたとうですが、その時間がとても心地よかったそうです。

 

自然が要らないものをそぎ落としてくれたのか、ある気持ちが自然と湧いてきたそうです。

 

「自分が本当に望んでいることを本当はもう知っている」と。

 

「ずっと長年蓋をしていたこの気持ちをただ受けとめています。」

 

そう伝えてくれた彼女は、とても「すっきり」した顔をされていました。

 

より根源な部分をほんとうに自分が理解できると、無理やり自分にムチを打って自分を駆り立てなくても、ただ「理解」ができ、やるべきことや「解決策」が見え、身体も自然と動きやすくなります。

 

いつでもそんなことが起こるとは限りませんが、

 

「もう無理」「大変」と思ったことでも、その状況になんらかの変化が起こることは十分に可能です。

 

コーチングの目的は、ある問題の解決や「メンタルヘルス」の回復だけではありません。

 

その目的は、より根源的に人間として成長、成熟することです。

 

その一つは、「自己認識力」を体得することです。

 

「自己認識力」とは、ある出来事に対して自分はどう「反応」するのか、自分がなぜこういう行動や言動をしているのか、自分の反応を客観的に観れることです。

 

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無関心や孤立、寛容性が下がる「社会的なトラウマ」 という現象ーその連鎖と国連関係者が学ぶ「どうしたら憎しみの連鎖を防げるのか」という理論

先日はトラウマとは単に「心の病」というよりは、「身体に残り外に出切れていないエネルギーである」とお伝えしました。

 

アメリカでは10人に一人がPTSDと言われるくらい、トラウマやPTSDが過剰に診断される状態があるとも指摘され、

 

すべてを「トラウマ化」する必要はない、と断っておいた上で、

 

トラウマと暴力の連鎖のメカニズムと、それを乗り越える過程を理論化したものして知られる

 

The Center for Justice and Peace-buildingの Strategies for Trauma Awareness and Resilience(STAR)より、トラウマが日常的にどういう風に現れるのかお伝えしたいと思います。

 

cycles-of-violence.jpg

⏫  The Center for Justice and Peace-building, Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STAR)より

 

一般的にはこのような状態がみられます。

 

・判断能力が低下し、何かに対する事象を恐れとして認知しやすくなる。

・コミュニケーション能力が低下し、特に共感性が下がる

・柔軟性や寛容性が下がる

・直接何かが起こったわけでもない個人との関係において緊張や対立がおこる

・無関心や孤立

・自分の被害ばかりに目がいき、他者の視点で見ることができなくなる(歴史、係争、関係性)

 

さらに、そのエネルギーが内に向けられるか(acting-in)、または外に向けられるのか(acting-out)?に分けられます。

 

内に向けられた場合には、以下のような症状が見られます。

 

内に向けられた場合:

・依存 (インターネット、薬物、買い物、セックスなど)

・過食症・拒食症

・仕事中毒

・自傷行為

・うつ

・不安

・頭痛や身体の緊張など・慢性的な痛み

・病気(身体的症状)

・自殺

 

外に向けられた場合には、以下のような症状が見られます。

 

外に向けられた場合:

・ドメスティックバイオレンス(DV)

・虐待

・犯罪行為

・リスクを犯したがる

・攻撃的な行為

・暴力行為

・戦争

 

社会的・集合レベルでは次のようなトラウマのサインを見ることができます。

 

・無関心(国の政策や政治や社会に対する無関心)

・黙る(表現の自由の抑圧、真実が語られなくなる)

・共感や寛容性のうすれ

・二元論(ゼロか100か、こちら側かあちら側か)

・ 人との繋がりが希薄になり信用できなくなる

・環境の悪化

・性の軽視や売春の増加

・薬剤の使用量の増加

 

 

トラウマはそれに苦しんでいる当事者が自分で心の痛みを癒し、その体験を完了させなければ、さまざまな 形で次の世代や社会に引き継がれると言われています。

 

最近は、トラウマと暴力の連鎖だけでなく、それを乗り越える過程も理論化されています。

 

これは、9.11をきっかけに始まった「どうしたら憎しみの連鎖を防げるのか」という研究から生まれまし た。

 

今では、「Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STARプログラム」として知られ、私も国連の研修の一環で参加したことがありますが、米政府や国連関係者、アフガニスタ ンやイラク従事者をはじめ、ドイツ、ケニア、レバノンなど世界60ヵ国から参加者が集まるプログラムとして知られています。

 

STARは、米国で起きた1995年のオクラホマシティ連邦政府爆破事件の被害者が「和解」へ向かっていた 過程などを理論化し、紛争を根本から解決するには、個人が心の傷やトラウマの体験を癒すことが重要だとしています。

 

STARに理論によると、寛容性の低下や排他主義といった排除型の暴力も、トラウマと暴力の連鎖の一つだと説明することもできます。

 

報復の「連鎖」を根本的に解決するためにも、こうした連鎖のメカニズムとそれを断ち切るのは何か?と理解することは役に立つと思います。

 

STARの理論では以下のステップが説明されています。

 

STAR 和解.001

 

(#1)身の安全

(#2)なげく・自分のストーリーを話す

(#3)Why me? ⇒ Why them?なぜ私?からなぜ相手?への視点

(#4)相手の「ストーリー」を理解する

(#5)ストーリーが書き換わる

(#6)ゆるし

(#7)正義(restorative justice)

(#7)和解

 

こちらについてはまた説明したいと思います。

 

個人的なトラウマやPTSD(援助従事者による二次受傷、セカンダリートラウマも含む)の回復プロセスについてはこちらで説明しています。

 

トラウマとまで言わなくても、人生では自分の思うようにならない時もあれば、理不尽なことも起こります。一人ではどうしたらいいのか分からなくなることもあるでしょう。

 

そんな波の中にいる時にどうしたいいのか?

 

少しでもそんなヒントになるように、トラウマやPTSDの回復理論やレジリエンスに関する研究と私自身の燃え尽き症候群やPTSDからの回復体験を質問形式にしてまとめました。

 

ここで挙げている質問は、リラックスして、まずは眺めてみて、思い浮かぶことをありのままに観察してみるというアプローチをオススメします。

 

質問を読んでもに何も思いつかなくても、ふとした瞬間に何か思い浮かぶ事もあるでしょう。

 

自分が前に進んだからこそ、意味を持ってくる質問もあるので、ぜひ定期的に眺めてみて下さいね。

 

ダウンロード・登録⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

 

目次

あ、今の自分の状態について把握する

い.自分の「ストレス反応」を知る

う.今気になっていることについて観察する

え.喪失 (後悔、自責、サバイバーズギルト)に気づく

お.自己像、自己肯定感、自己受容度に気づく

か.自分の中の「不安」を意識化・言語化する

き.自分のコーピングスタイルを知る

く.自分と相手との優先順位(境界線)と当事者レベルを知る

け.自分のストーリー(解釈・認知)に気づく

こ.回復のストーリーをみつける

さ.試練の中の「意味」について知る

し.再結合・新しい自己の創造

す.回復・再生のためのステップ 

せ.トラウマからの回復・再生のプロセスで体験しうること

そ.トラウマからの回復の三段階

 

ダウンロードは⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

 

「千と千尋の神隠し」のモデルの村に行ってきました❗️ー人間の弱さは神さまの強さ

先日、日本三大秘境のひとつに旅行をしてきたお話しをしました。

 

長野県の遠山郷、南アルプスに囲まれた標高1200mの地で日本のチロル(オーストリア)と呼ばれる下栗の里というところです。

 

高速道路を使っても、片道7時間かかりました。

 

さて、この地域は、宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」のインスピレーションを受けた地域だそうです。

 

霜月祭といって、日本中の神様を呼び出してお風呂に入れて元気にするというとても面白いお祭りがあるのです。

 

長野県南部の天竜川流域、南信濃村と天龍村に伝わる霜月祭(地域によっては違う名称で呼ばれる)というもので、宮崎駿監督はテレビでこの祭りの存在を知って強い影響を受けたのだそうです。

 

今は「かぐらの湯」として親しまれている温泉に私も行ってきました。

 

とてもお湯がよくて、お肌がツルツルになりました。

 

場所のエネルギーもとてもよくて、お湯に浸かった瞬間に疲れもふっとんで、これだけでも遠路はるばる来た甲斐があったと思いました。

 

さて、そのお祭りには、「神さまから湯を浴びて穢れを祓い、魂を清める」という儀式があるそうです。

 

冬を迎える前に無事に冬を越せること=「再生」を願う、という意味が含められています。

下栗⑤

 

 

その標高1200mの村は車があってもたどり着くのが難しい険しい山を登っていくところです。

 

少し前だったら、冬はまさに交通が遮断されたところだったのしょう。

 

 

だから、もっとも人間の力が弱くなるこの時期を、どうか無地に生きて冬を越せますように、と神々に祈ったというのです。

 

 

それを聞いて思いました。

 

人間にとって弱い時こそ、謙虚になれる時なのだ、と。

 

 

人間の弱さは神さまの強さなのだと。

 

もし、一人でなんでもできると思ったらそれは傲慢なことなのだ、と。

 

 

下栗①

 

下栗②.jpg

 

下栗④.jpg

 

そう、人間というのは自然のリズムと一緒に生きて来たのですよね。

 

秋には収穫し、豊穣を祝い、感謝して、冬に備える。

そして、冬は人間の活動もゆっくりになり、自らのエネルギーを蓄え、

そして春に活動を再開して、夏にはもっとも活動的になる。

 

 

人間にはそんなリズムがあるのですね。

 

 

都会に住んでいると、一年間をあたかも全速力で疾走するものだと思いがちですが、一年をもう少し自然のリズムと共に身体のペースを持てるといいなと思いました。

国連PKOの幹部経験者たちを突き動かす「原動力」とは?ーこっそり語ってくれた彼らの本音

イスラム圏7ヵ国からの移民の入国禁止令が出たかと思いきや、それが差し止めになったり、就任後わずか1ヵ月で安全保障補佐官が辞任したり──トランプ政権の発足後、信じられないようなニュースが相次ぎ、米国の動揺は世界に波及している。

 

当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなりつつあるいま、それに疑問を持たずに思考停止に陥るとさらなる危機が生じる──1994年に起きたルワンダ大虐殺を例にとり、筆者は警鐘を鳴らす。

 

集合場所はスリランカ最大の都市、コロンボの某米国系ホテルでした。

 

「講師の方は到着後、各自ロビーにてスリランカ軍と合流してください」

 

米軍太平洋司令部から送られてきた書類には、スリランカに到着した後の流れについてはそれしか書かれていませんでした。

 

他に知らされていたのは、これから我々講師4人でチームを組んでスリランカ軍に訓練を実施すること、4人のうち2人は元軍人であること。あとは研修の内容と担当分野ぐらいでした。

 

2012年9月、私は国連がスリランカ軍におこなう平和維持活動(PKO)の訓練で、米軍の専門家という立場で講師を務めることになっていました。

 

そのときのメンバーは米国人のJ、元カナダ軍のB、元マレーシア軍のD、そして日本人の私の4人。全員、すでに国連も軍も離れており、個人の専門家として参加していました。

 

私以外の3人には、ある共通点がありました。全員、国連要員として1994年にルワンダで起きた大虐殺を体験していたのです

 

ルワンダ虐殺のような世界を揺るがす大事件の現場にいた人たちは、いったい何を思ったのか?

 

今回の連載でこのテーマについて書きたいと思ったのは、トランプ政権がイスラム圏7ヵ国の移民入国禁止令を出したと思ったら、それがすぐに差し止めになったから。日々、予測不可能なニュースが報じられる状況に「いままで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなる時代がやってくる」と危機感を覚えたからです。

 

トランプ政権の誕生によって、私は「そもそも政府は正しいのだろうか」という疑問を持ちました。

 

政府はこれまで絶対的な存在で、権威や常識、そして私たちが「当たり前」だと思っていることの象徴でもありました。しかしその価値観が、もろくも崩れ去ろうとしています。

 

独立前の東ティモールにいたことがあります。そのときは通貨や法律、中央銀行はおろか政府が存在していませんでした。市場でトマトを買ったときに、3つの貨幣(インドネシアルピー、米ドル、豪ドル)でお釣りが返ってきて、無政府状態であることを実感しました。

 

では、「当たり前」なことが何ひとつ存在しなかったであろう、ルワンダ虐殺の現場にいた人はいったい何を感じたのでしょうか?

 

彼らの経験から、「当たり前のない時代」を生きるヒントを探ってみたいと思います。

 

ルワンダが生んだ絆

 

スリランカでおこなわれた訓練プログラムは、世界的にもよく知られたものでした。そのときの講義では、武装解除、元兵士の社会復帰(DDR)、人道支援、安保理決議や国連PKOの意思決定、演習など幅広い内容を網羅していました。

 

演習では、仮想国のシナリオに基づいて意思決定の過程をシミュレーションします。シナリオの策定には米軍もかかわっており、内容もリベリアやアフガニスタンなど世界中の事例が集約された本格的なものでした。

 

武力で敵を倒して破壊するのは簡単ですが、停戦後、政府や議会などの制度をいちから整えて国の根幹をつくり、復興を支援するためには、軍事だけではない幅広い視点を要します。私たち講師のチームに軍人と文民の両方がいたのは、そのためでした。

 

訓練は、我々講師チームがコロンボのホテルで合流した翌日から始まりました。私たち講師の間には、ずっと一緒に仕事をしてきたようなスムーズなチームワークがすぐにできあがりました。

 

「こんなに心地よく仕事ができるのは、同じ目的を共有しているからだろうか?」などと漠然と考えていましたが、実はもう少し「深い理由」があったことを後になってから知りました。

 

きっかけは、休憩中のおしゃべりでした。講義の内容が各々の過去を刺激するのか、休憩をしていると思い出話が始まることがよくありました。

 

「あのときは車が通れなくて、歩いて川を渡ったよ。もう少し流れが強かったら危なかったなあ。まあ、いま思えば懐かしいけどね」

 

たいていそんな他愛のない話をして、笑ったものです。そして、最後には、カナダ人Bが軍人っぽいちょっとシニカルなジョークを飛ばして終わるのが「定番」になっていました。

 

ある日、ルワンダ大虐殺が話題にのぼりました。誰かが、「あのときは周り一面が死体だらけだった……死体の上にさらに死体……」と言うと、周りのみんなも「そうだね」と静かに頷いていました。

 

 

えっ? みんな、あのときルワンダにいたの?

 

 

驚いていたのは私ただ1人でした。

 

国連やNGOで働いた経験を持つ者同士、それまで何をしていたのかを簡単に聞くことはあっても、長い経歴を持つ彼らに「原体験」について尋ねることはありませんでした。

 

その言葉を聞いたとき、私たちチームをまとめていたものが何なのかがわかったような気がしました。

 

ルワンダでの経験についてはそれ以上詳しくは語られなかったものの、彼ら3人からは揺るぎない決意が感じられたからです。

 

「あんなことを2度と繰り返してはいけない」と。

 

 

「壮絶な悲劇」が平和への問いかけを生んだ

 

ルワンダでは、1994年に人口の80%を占めていたフツ族によるツチ族の大虐殺が起こり、たった3ヵ月の間に50万~100万人が殺されたと言われています。一日に1万人以上が殺される日々が、3ヵ月間以上も続いたのです。

 

大学生のときに見たルワンダ虐殺の写真展のことは、よく覚えています。死体の上にいくつもの死体が重なった写真の数々を目の前にしたとき、それまで漠然と感じていた「どうして?」という疑問が、より強い形で私のなかにはっきりと跡を残しました。

 

「人間をこんなふうにさせてしまう状況はどんなものだったのだろう? 民族が違うというだけで、人はこれほど激しく争うのだろうか?」

 

このときに感じた衝撃と問いによって、私は大学院に進学し、紛争地の現場に向かうことになりました。

 

我々がスリランカで講師を務めていた訓練プログラムをいちから作り上げたのは、ある米軍士官でした。彼もこの虐殺が起きた当時ルワンダに派遣されていて、惨状を現場で目撃していたのです。

 

彼は帰国後の1995年、自ら志願してニューヨークの国連本部 にある平和維持活動局(PKO局)へ出向します。

 

そのときの心境を、次のように語っていました。

 

「とにかく、自分がやらなければならないことが山ほどあると思った。それで帰国後に迷わず国連への出向を申し出たんだ。

 

驚くかもしれないけど、僕がルワンダから戻ってきて国連PKO局に赴任した当初は研修の教材どころか、PKO参加国に対する訓練の基準もなかったんだ。

 

冷戦後、世界には問題が山積みだったのに、当時のPKO局自体がびっくりするくらい小さい部署だったんだよ。だからまず、参加国をまとめるための最低限の基準を構築するのが僕の仕事だと思ったんだ」

 

そして、彼は関係者や各国政府と協議を重ね、その仕事に邁進していきます。

 

冷戦が終結してまだ数年しか経っておらず、国連PKOに理解があったとはいえない時代背景のなかで、彼はその仕事を通じて、国連PKOに対する各国からの信頼とサポートを得ていきました。

 

こうして彼が作ったPKOに関する指針と訓練基準は、190を超える国連加盟国の総意として国連総会で採択されました。いまではこれに基づいた派遣前の訓練が各国で必ずおこなわれるようになり、10ヵ国以上の軍の士官が合同で演習をする多国籍訓練も開催されています。

 

実は、国連PKOの幹部経験者のなかで、ルワンダ、ボスニア、カンボジアなどでなんらかの「原体験」を持つ人は少なくありません。彼らがその体験を語ることはあまりありませんが、現場の惨状を知る者だけが持つ、言葉を超えた信念を感じたことは何度もありました。

 

私が国連PKO局にいたときの軍事顧問は、元オランダ軍の中将でした。彼は、1993年にカンボジアで国連の選挙担当官を務めていた日本人がポルポト派と疑われる民兵に殺害されたとき、地域治安部隊の幹部を務めていた人でした。

 

「あの事件があったからこそ、僕は仕事をやめずに続けなければいけないと思った」

 

彼は私に、そう話してくれました。

 

後に、彼が講師を務めた国連幹部研修に参加する機会がありました。彼はその研修で、これから現場の最前線に立つ人たちに役立てて欲しいと、自分が感じたジレンマも含めてありのままをシェアしていました。

 

そんな人たちと接するとき、「彼らを突き動かす原動力は何なんだろう?」とよく考えていました。突き詰めるうちに、それは使命感というよりは「探求心」に近いものではないかと思うようになりました。

 

なぜ人間は戦争を続けるのか、そして人類はどうしたらそれを防げるのか?

 

言葉にはならなくても、あるレベルにおいては誰のなかにも「人間」という存在に対する原初的な問いがあります。各自それぞれの「なぜ?」に向き合い続ければ、一生をかけてでも解き明かしたい問いや課題、そしてその答えを見つけることができるのでしょう。

 

ルワンダの虐殺から十数年を経て、沈黙し続けた生存者と加害者がはじめて当時の状況や現在の心境を語った『隣人が殺人者に変わる時 和解への道 ルワンダ・ジェノサイドの証言』(ジャン・ハッツフェルド著、かもがわ出版)のなかにこういう記述があります。

 

「俺たちは仲間にバカにされたり、非難されたりするよりも、マチェーテ(ナタ)を手に取った方が楽なことに気づいた。

 

(中略)

ある日を境に、僕は使い慣れたマチェーテを手に、隣人の虐殺を始めた。家畜を屠殺するように淡々と。

 

(中略)

 

旧政権はジェノサイドを命じ、市民はそれに従った。新政権は赦せというから、今度はそれに従っている」

 

これらの発言からは、政権の指示や同調圧力に疑問を持つのを止めると、普通の人の集団が100万人もの人を容易に殺してしまうのだということがうかがえます。

 

最近の事件でいえば、南スーダンが挙げられます。2016年12月と2017年2月に続けて、国連は同国で「大虐殺が起きる恐れがある」という警告を出しています。

 

なぜ、人間は戦争を続けるのか? まだその問いは続いているのです。

 

「当たり前」だったことがもはや当たり前でなくなりつつある時代において、自分で考えることをやめることが最も危険です。

 

 

誰が何と言おうと、自分の人生を生きるのは自分です。

 

自分に対する最終的な決定権を持つのは、自分だけなのです。

 

いまこそ、自分にとっての「なぜ?」を取り戻すときなのではないでしょうか。

 

クーリエジャポン2017年3月3日掲載

受験、就活、芸能人ランキングーなぜ日本人はランキングが好きなのか?

受験、偏差値、就活、企業ランキング、芸能人ランキング、売れ筋ランキング。。。

 

おそらく、日本という社会は世界の中でも最も「ランキング」が好きな社会の一つだと思います。

 

ランキングがあることとは、一つの指標に従って、上か下かを格付けされるということです。

 

上か下があるということは「勝者」と「敗者」がつくられます。

 

競争という土俵にいる限り、勝つ時もあれば負ける時もあります。

 

 

若いときに、相対的な競争で格付けされた経験から、それイコール自分の能力や才能だと思い込んでしまって、自由に考えたり、挑戦するのをやめてしまったんじゃないか、と感じる例を垣間見ることはたくさんあります。

 

 

「勝った」場合もそうですし、「負けた」場合にも当てはまります。

 

私がいかにある一つの価値観の中にいたのかを肌で感じたのは初めてニュージーランドに留学した時のことでした。

 

ある晩、ホストファミリーとの会話の中で、日本の教育制度に話しが及んだ時に、私が「塾に通っていた時には、夜中に塾から帰ったこともあった。」というと、こんな答えが返ってきたのです。

 

「なぜそれが必要なの?」と。

 

とても短い単純な質問ではありましたが、私はその質問自体が「ショック」でした。

 

日本では質問されることもない私が当時「当たり前」だと思っていたことが「当たり前」ではないと初めて思ったからです。

 

この体験が一つのきっかけとなって、わたしは帰国後日本の大学の受験勉強をいっさいやめて、当時日本で唯一全て英語で授業を行っている大学へ入ろうと思いました。

 

この大学はいわゆる偏差値に当てはまらない大学だったのですが、それでとても自由になったような気がしました。

 

国連時代には世間的には「エリート」と分類される人達にたくさん会ってきました。

 

「この人はほんとうにすごいな」という人もいれば、理論は詳しいのに紛争地での課題に対処できない人もいました。

 

先の米国大統領選挙でもなぜトランプに投票?といろんな分析がありましたが、私たちの社会が一つの指標を前提としている限り、つねに勝者も敗者もで続けます。

 

私たちは、ランキングがあることによって、自分の頭で考えて判断しなくても済むし、ある種の「秩序」というか、一見もっともらしい理由が存在するかのように信じて安心したいのかも知れません。

 

ただ、その「指標」が妥当かどうか、あっているかどうかはまったく別の話しです。

 

これまでの学校制度も企業も、高度成長時代を前提としてきました。

 

最近ホリエモンが、「すべての教育は『洗脳』である」という本を出していますが、そこでの前提とは、工場や企業活動をいかに効率よく運営していくかであり学校の教育も独自性やクリエイティビティーを伸ばすものではなく、「従順で効率のよい労働者」を育てるかでした。

 

ただ、このモデルの限界がますますはっきりしてきています。

 

 

では、競争がなかったら私たちは何を目指せばいいのでしょうか?

 

一人一人がその人の潜在能力を最大限に活かすことです。

 

才能、興味、能力ー才能しかり、好奇心しかり、発想力しかり、その人にしかできないことがあるのです。

 

競うべきは昨日の自分です。

 

昨日の自分よりも一ミリでもいいから自分は「成長」したと思えればいいのです。

 

 

目の前の対人関係を「クリア」し、自分が「成長」すると自然と次の展望が開ける

前回、知人の知人を介していけば、平均6人で世界の全ての人とつながることができる、という「六次の隔たり」と呼ばれる理論を紹介しました。

 

この理論のポイントは、「成功するための条件は、より多くの人と知り合うことではなく、自分にとってもっとも重要な人物と出会うことだ」、という点でした。

 

私自身、有限契約で自己志願制の組織である国連で働いてきたので、「人と出会い、人に助けられながら、人生の進路を進んでいくことが大切」との意味を実感します。

 

一つの仕事(契約)が終わったら、毎回応募書類を揃えて、志望理由を送って、面接を受けるということをしながら、それでも、私の国連におけるキャリアが拓かれていったのは、まさに沢山の方に助けていただいたからでした。

 

 

そんな組織において、その時にご縁があった仕事やその仕事を通じて出会うことになった人と「出会う確率」はいったい何パーセントなんだろう?とふと思ったことがあります。

 

今改めて、振り返ってみると、そこでの仕事と人間関係という「ご縁」をいただいたのは、対人関係を学ぶため、未完了のことを完了させるため、より自分が成長するため、だったのではないか?と感じます。

 

私たちは自分がより成長するために最適な機会や出会い、人間関係を与えられている、という観点から見るならば、その職場で与えられた人間関係で学ぶことを学んでいないと、次の職場でもなぜか同じような上司にあたったり、同じような問題に直面するようです。

 

コーチングセッションで、転職をするかどうか悩んでいますという相談を受けたことがあります。その方の現在の状況を聞いた時に、上司との関係が未完了ではないかと感じた私は、次の仕事を探すと同時に、今の上司を理解することにフォーカスしてください、そして、直接でも関節的にでもいいので上司のサポートをしてください、とお伝えしました。

 

そして、上司のことを理解しようと意識を向けるにつれ、転職活動もスムーズにいったようです。

 

そして、「新しい仕事はまだ始まったばかりですが、新しい職場は、今までもいたような居心地のよさがあります。」と嬉しい報告を送ってくださいました。

 

自分が日々体験する目の前の対人関係を「クリア」し、「成長」し、または「完了する」と、転職に限らず自然と次の展望が開けるのです。

 

逆に、何かに抵抗すればする程、抵抗している人の特徴や出来事は形を変えて続きます。これは、自然の法則(Law of Nature)で「抵抗の法則(Law of Resistance)」と呼ばれています。

 

自分がその現象やある人の資質を受け入れたり、そこからの「学び」を終えないと、人や場所を変えその現象は起き続けます。

 

そういう場合に、役に立つことの一つは、その人や現象を受け止め(同意するとは違います)、その相手を理解することです。理解できれば、必要な行動が見えてくるでしょう。

 

ちなみに、彼女に提案したもう一つの宿題がありました。

 

「会社で自分とはまったく考えが違うなという人を観察してみてください。声をかけたり、お昼に誘ってください。」

 

この人はどんな人でどういうことを大切だと思っているんだろう?この人はなぜそういう風に考えるんだろう、という視点とオープンさを持てることー

 

これは、どんな職業でもどんな業種についていようが誰もがある段階で体験する学びのように思います。

  

 

以下は、どんな仕事や職種でも、私たちがどこかの段階で直面する一般的な「対人関係の課題」についてです。

 

◎ 理解されない

◎ 理不尽な目に会う

◎ 理想と現実のギャップに直面した時(失望)

◎予定外のことが起こる時

◎イライラする上司や部下がいる

 

そんな時こそ、こちら側が成長することが求められています。

 

そのレッスンにはいろいろな側面があるかも知れませんが、

この人はなぜそういう風に振る舞うん考だろう、という理解とオープンさを持つことー

 

はいつでも役に立つ原則の一つです。

 

 

 

これは何を学ぶ機会なんだろう?

 

ぜひそのように問いかけてみてください。

「かっこいいことを言わなきゃいけない 」「自分だけ勝ちたい」を超えさせてくれる「意図」の力

私たちに力をくれる意図とは反対に私たちの力を削ぐものに、私たちの「欲」があります。

 

相手を打ち負かしたい、

相手に仕返しをしたり

自分だけ勝ちたい

かっこいいことを言わなきゃいけない

優秀そうなことを言わなきゃいけない

評価を受けたい

賞賛されたい

などです。

 

その逆に、私たちの力を引き出してくれるようなより大きな「意図」は例えばこのようなものです。

 

チーム全体を勝たせること、

相手のことを理解すること

相手とのつながりを深めること

相手に与えること

チームに貢献すること

この仕事を通じて社会・国全体に貢献すること

人類に貢献すること、

等です。

 

人間誰しもそういう思いや欲はあるものです。ただ、一流選手の持つ意味付けの力の例でもお伝えしたように、その次元にいる限り本当の力は身につくことはありません。

 

努力を重ねることはもちろん大切ですが、自分のためだけに努力を重ねるような努力には限界があります。一人でいくら時間を費やしてもそれを超えたより大きな「意図」の力には到底かなうことはできません。

 

より大きな意図を持つ時に、自分の力が引き出されたり、次のレベルに飛躍する機会も与えらえるということを私自身も体験してきました。

 

私が自分の中の欲に目を向け、本当に自分に力をくれるのはどういうアプローチなんだろう?という問いに私が向き合うことになったのは国連の仕事で南スーダンへ赴任した時でした。

 

南スーダンとは約40年間も内戦が続いた国です。紛争が起きていた国では、建物が破壊されていたり、街中に軍人や銃を持った人たちがいるなど紛争の影響をいろいろな所で感じることがありました。ただそうした面は、比較的に分かりやすい方で、私が感じたのは、「武力の文化」による影響でした。

 

「武力の文化」というのは、私の表現ですが、「偉いのは力(武力・火力)を持つもの」という社会や人間関係のあり方です。

 

分かりやすい例で言うと、軍服を着た人や銃をもった人たちが、レストランで相手に威喝を与えて、従わせるような態度です。そしてそれが当然といったような振る舞いです。

 

生まれた時から紛争があり、平和や教育、話し合いといったことを一切体験したことがないことも関係しているのでしょう、自分の思い通りに会議や話し合いが進まないと、すぐに攻撃的な態度になる人もいました。

 

そうした国全体の緊張感は、私たち国連スタッフにも大きな影響を及ぼしたようでした。事務所の同僚たちの間で、より攻撃的になったり、競争的になったりすることが起きていたのです。足の引っ張り合いもあり、お湯のシャワーも出ないなど、ただでさえストレスの高い環境で、さらに士気が下がるという悪循環が起きていました。

 

私が赴任した当時はすでに停戦が合意されていて、命の危険を感じるようなことはありませんでしたが、ストレス研究やトラウマ研究が示すように、社会全体のトラウマが、その環境にいる個人やその人の対人関係に大きな影響を及ぼすことがあります。

 

そのような環境におかれたことで、普段はなんとか隠せたような人間の欲やダークな面が、表面化したのだと思います。

 

そんな職場環境。仕事はいくらやっても終わらない位にあります。このままでは燃え尽きるのは時間の問題だと思いました。

 

しかも、外は時に40度を超える灼熱の気候。

 

ちょっと外に出るだけで体力を消耗し、寝るのも一苦労です。後に改善されましたが、お湯のシャワーも満足にないし、携帯電話もほとんど通じません (当時)。

 

国連は基本的には自動昇進も自動更新もない自己志願制の組織です。いくら、現場を体験したい、独立国の誕生に立ち会いたい、と自分で選んでニューヨーク本部から南スーダンに赴任したとはいえ、私はもしかしたらすごくバカな選択をしたのかも知れない。。。

 

さすがにそんな考えが何度か頭をよぎりました。

 

ただ、思ったよりも大変なので来週ニューヨークに戻ります、と言う訳にもいきません。

その時、私には二つの大きな選択が与えられていたように思いました。

 

1、相手に仕返しをしたり「競争」と「武力の文化」に加わること

2、まったく違う方法をみつけること

 

「武力の文化」とは、相手を打ち負かしたい、仕返しをしたり、賞賛されたい、自分だけ勝ちたいなど先に挙げたような欲(エゴ)の方法です。

 

「そんなことをしたら自分が潰れてしまう」

 

それははっきりと本能的に感じ取っていました。

ここを抜け出せる全く違う方法は何だろう?

 

私はたった一人でもいいから、本当に大切だと思うことをやろう、と思いました。

そして、人との関係を一人一人と丁寧に結んでいこうと思いました。

まず、私はオフィスの人達と「本気で」「笑顔で」「挨拶すること」を始めました。

 

ニューヨークから赴任したばかりの時には、皮肉っぽく「ニューヨーク本部の人」と言われたこともありました。

 

「正論」も「本部の理論」も、職場でも外でも通用しそうもないことも感じていました。

 

こうして、私は文字通り「必要に迫られて」、オフィスにいる同僚たちと毎日挨拶を交わしながら、一人一人の価値観や関心に意識を向けながら、この人はどうしたら動いてくれるのだろうか?ということを試行錯誤していく事になったのです。

 

まだ紛争が終わったばかりの土地です。

 

国連という組織自体、まだ信用を得ている訳ではありません。

 

土地柄、挨拶を交わすことは、文字通り、「私はあなたの敵ではありません。私はあなたを尊重しています。」ということをはっきりと示す意思表示でもありました。

 

どこの社会もそうであるように、アフリカは特に人ベースの社会です。携帯もメールも通じない環境ではその意味がさらに大きくなります。

 

私のキャリアの中でも、この時ほど、意識してオフィスで会う人たちに声をかけていた時期はなかったと思います。

 

そんな姿勢が日常的に培われたからでしょうか、私は気がついたら現役の兵士の人しかり、司令官しかり、私は彼らとの関係構築に手応えをつかみ始めていました。

 

彼らは、一度信頼を得るとお互いの関係をとても大切にするという面もあります。そして、そんな会話の中で彼らの本音を垣間みることもありました。そして、私の仕事に必要な情報を教えてくれることもありました。

 

そして、彼らの生の声に触れることは、時には、情勢報告や分析レポートといった形で活かされていきました。

 

そして、何より私自身が、現地ではこんなことが起きている、もっとこうした方がいいんじゃないか、という一番大切なところにフォーカスし続けるにつれ、自分の中のモーチベショーンも実際の成果といった面でも手応えを感じていました。

 

そして、こうした流れの中で、本当の意味で「聴く」ということの力や仲裁の力を体験し、そうした仕事が評価され多国籍チームのリーダーに抜擢されることになりました。

 

さらにその後は個人専門家として世界的なプログラムの講師を務めることになったのも、原点はこうした体験にあると思っています。

 

自分の仕事や関わりの意図をどこに「設定」するのか?

 

より大きな意図を持つ時に、自分の力が引き出されたり、次のレベルに飛躍する機会も与えらえます。