受験、就活、芸能人ランキングーなぜ日本人はランキングが好きなのか?

受験、偏差値、就活、企業ランキング、芸能人ランキング、売れ筋ランキング。。。

 

おそらく、日本という社会は世界の中でも最も「ランキング」が好きな社会の一つだと思います。

 

ランキングがあることとは、一つの指標に従って、上か下かを格付けされるということです。

 

上か下があるということは「勝者」と「敗者」がつくられます。

 

競争という土俵にいる限り、勝つ時もあれば負ける時もあります。

 

 

若いときに、相対的な競争で格付けされた経験から、それイコール自分の能力や才能だと思い込んでしまって、自由に考えたり、挑戦するのをやめてしまったんじゃないか、と感じる例を垣間見ることはたくさんあります。

 

 

「勝った」場合もそうですし、「負けた」場合にも当てはまります。

 

私がいかにある一つの価値観の中にいたのかを肌で感じたのは初めてニュージーランドに留学した時のことでした。

 

ある晩、ホストファミリーとの会話の中で、日本の教育制度に話しが及んだ時に、私が「塾に通っていた時には、夜中に塾から帰ったこともあった。」というと、こんな答えが返ってきたのです。

 

「なぜそれが必要なの?」と。

 

とても短い単純な質問ではありましたが、私はその質問自体が「ショック」でした。

 

日本では質問されることもない私が当時「当たり前」だと思っていたことが「当たり前」ではないと初めて思ったからです。

 

この体験が一つのきっかけとなって、わたしは帰国後日本の大学の受験勉強をいっさいやめて、当時日本で唯一全て英語で授業を行っている大学へ入ろうと思いました。

 

この大学はいわゆる偏差値に当てはまらない大学だったのですが、それでとても自由になったような気がしました。

 

国連時代には世間的には「エリート」と分類される人達にたくさん会ってきました。

 

「この人はほんとうにすごいな」という人もいれば、理論は詳しいのに紛争地での課題に対処できない人もいました。

 

先の米国大統領選挙でもなぜトランプに投票?といろんな分析がありましたが、私たちの社会が一つの指標を前提としている限り、つねに勝者も敗者もで続けます。

 

私たちは、ランキングがあることによって、自分の頭で考えて判断しなくても済むし、ある種の「秩序」というか、一見もっともらしい理由が存在するかのように信じて安心したいのかも知れません。

 

ただ、その「指標」が妥当かどうか、あっているかどうかはまったく別の話しです。

 

これまでの学校制度も企業も、高度成長時代を前提としてきました。

 

最近ホリエモンが、「すべての教育は『洗脳』である」という本を出していますが、そこでの前提とは、工場や企業活動をいかに効率よく運営していくかであり学校の教育も独自性やクリエイティビティーを伸ばすものではなく、「従順で効率のよい労働者」を育てるかでした。

 

ただ、このモデルの限界がますますはっきりしてきています。

 

 

では、競争がなかったら私たちは何を目指せばいいのでしょうか?

 

一人一人がその人の潜在能力を最大限に活かすことです。

 

才能、興味、能力ー才能しかり、好奇心しかり、発想力しかり、その人にしかできないことがあるのです。

 

競うべきは昨日の自分です。

 

昨日の自分よりも一ミリでもいいから自分は「成長」したと思えればいいのです。

 

 

目の前の対人関係を「クリア」し、自分が「成長」すると自然と次の展望が開ける

前回、知人の知人を介していけば、平均6人で世界の全ての人とつながることができる、という「六次の隔たり」と呼ばれる理論を紹介しました。

 

この理論のポイントは、「成功するための条件は、より多くの人と知り合うことではなく、自分にとってもっとも重要な人物と出会うことだ」、という点でした。

 

私自身、有限契約で自己志願制の組織である国連で働いてきたので、「人と出会い、人に助けられながら、人生の進路を進んでいくことが大切」との意味を実感します。

 

一つの仕事(契約)が終わったら、毎回応募書類を揃えて、志望理由を送って、面接を受けるということをしながら、それでも、私の国連におけるキャリアが拓かれていったのは、まさに沢山の方に助けていただいたからでした。

 

 

そんな組織において、その時にご縁があった仕事やその仕事を通じて出会うことになった人と「出会う確率」はいったい何パーセントなんだろう?とふと思ったことがあります。

 

今改めて、振り返ってみると、そこでの仕事と人間関係という「ご縁」をいただいたのは、対人関係を学ぶため、未完了のことを完了させるため、より自分が成長するため、だったのではないか?と感じます。

 

私たちは自分がより成長するために最適な機会や出会い、人間関係を与えられている、という観点から見るならば、その職場で与えられた人間関係で学ぶことを学んでいないと、次の職場でもなぜか同じような上司にあたったり、同じような問題に直面するようです。

 

コーチングセッションで、転職をするかどうか悩んでいますという相談を受けたことがあります。その方の現在の状況を聞いた時に、上司との関係が未完了ではないかと感じた私は、次の仕事を探すと同時に、今の上司を理解することにフォーカスしてください、そして、直接でも関節的にでもいいので上司のサポートをしてください、とお伝えしました。

 

そして、上司のことを理解しようと意識を向けるにつれ、転職活動もスムーズにいったようです。

 

そして、「新しい仕事はまだ始まったばかりですが、新しい職場は、今までもいたような居心地のよさがあります。」と嬉しい報告を送ってくださいました。

 

自分が日々体験する目の前の対人関係を「クリア」し、「成長」し、または「完了する」と、転職に限らず自然と次の展望が開けるのです。

 

逆に、何かに抵抗すればする程、抵抗している人の特徴や出来事は形を変えて続きます。これは、自然の法則(Law of Nature)で「抵抗の法則(Law of Resistance)」と呼ばれています。

 

自分がその現象やある人の資質を受け入れたり、そこからの「学び」を終えないと、人や場所を変えその現象は起き続けます。

 

そういう場合に、役に立つことの一つは、その人や現象を受け止め(同意するとは違います)、その相手を理解することです。理解できれば、必要な行動が見えてくるでしょう。

 

ちなみに、彼女に提案したもう一つの宿題がありました。

 

「会社で自分とはまったく考えが違うなという人を観察してみてください。声をかけたり、お昼に誘ってください。」

 

この人はどんな人でどういうことを大切だと思っているんだろう?この人はなぜそういう風に考えるんだろう、という視点とオープンさを持てることー

 

これは、どんな職業でもどんな業種についていようが誰もがある段階で体験する学びのように思います。

  

 

以下は、どんな仕事や職種でも、私たちがどこかの段階で直面する一般的な「対人関係の課題」についてです。

 

◎ 理解されない

◎ 理不尽な目に会う

◎ 理想と現実のギャップに直面した時(失望)

◎予定外のことが起こる時

◎イライラする上司や部下がいる

 

そんな時こそ、こちら側が成長することが求められています。

 

そのレッスンにはいろいろな側面があるかも知れませんが、

この人はなぜそういう風に振る舞うん考だろう、という理解とオープンさを持つことー

 

はいつでも役に立つ原則の一つです。

 

 

 

これは何を学ぶ機会なんだろう?

 

ぜひそのように問いかけてみてください。

「かっこいいことを言わなきゃいけない 」「自分だけ勝ちたい」を超えさせてくれる「意図」の力

私たちに力をくれる意図とは反対に私たちの力を削ぐものに、私たちの「欲」があります。

 

相手を打ち負かしたい、

相手に仕返しをしたり

自分だけ勝ちたい

かっこいいことを言わなきゃいけない

優秀そうなことを言わなきゃいけない

評価を受けたい

賞賛されたい

などです。

 

その逆に、私たちの力を引き出してくれるようなより大きな「意図」は例えばこのようなものです。

 

チーム全体を勝たせること、

相手のことを理解すること

相手とのつながりを深めること

相手に与えること

チームに貢献すること

この仕事を通じて社会・国全体に貢献すること

人類に貢献すること、

等です。

 

人間誰しもそういう思いや欲はあるものです。ただ、一流選手の持つ意味付けの力の例でもお伝えしたように、その次元にいる限り本当の力は身につくことはありません。

 

努力を重ねることはもちろん大切ですが、自分のためだけに努力を重ねるような努力には限界があります。一人でいくら時間を費やしてもそれを超えたより大きな「意図」の力には到底かなうことはできません。

 

より大きな意図を持つ時に、自分の力が引き出されたり、次のレベルに飛躍する機会も与えらえるということを私自身も体験してきました。

 

私が自分の中の欲に目を向け、本当に自分に力をくれるのはどういうアプローチなんだろう?という問いに私が向き合うことになったのは国連の仕事で南スーダンへ赴任した時でした。

 

南スーダンとは約40年間も内戦が続いた国です。紛争が起きていた国では、建物が破壊されていたり、街中に軍人や銃を持った人たちがいるなど紛争の影響をいろいろな所で感じることがありました。ただそうした面は、比較的に分かりやすい方で、私が感じたのは、「武力の文化」による影響でした。

 

「武力の文化」というのは、私の表現ですが、「偉いのは力(武力・火力)を持つもの」という社会や人間関係のあり方です。

 

分かりやすい例で言うと、軍服を着た人や銃をもった人たちが、レストランで相手に威喝を与えて、従わせるような態度です。そしてそれが当然といったような振る舞いです。

 

生まれた時から紛争があり、平和や教育、話し合いといったことを一切体験したことがないことも関係しているのでしょう、自分の思い通りに会議や話し合いが進まないと、すぐに攻撃的な態度になる人もいました。

 

そうした国全体の緊張感は、私たち国連スタッフにも大きな影響を及ぼしたようでした。事務所の同僚たちの間で、より攻撃的になったり、競争的になったりすることが起きていたのです。足の引っ張り合いもあり、お湯のシャワーも出ないなど、ただでさえストレスの高い環境で、さらに士気が下がるという悪循環が起きていました。

 

私が赴任した当時はすでに停戦が合意されていて、命の危険を感じるようなことはありませんでしたが、ストレス研究やトラウマ研究が示すように、社会全体のトラウマが、その環境にいる個人やその人の対人関係に大きな影響を及ぼすことがあります。

 

そのような環境におかれたことで、普段はなんとか隠せたような人間の欲やダークな面が、表面化したのだと思います。

 

そんな職場環境。仕事はいくらやっても終わらない位にあります。このままでは燃え尽きるのは時間の問題だと思いました。

 

しかも、外は時に40度を超える灼熱の気候。

 

ちょっと外に出るだけで体力を消耗し、寝るのも一苦労です。後に改善されましたが、お湯のシャワーも満足にないし、携帯電話もほとんど通じません (当時)。

 

国連は基本的には自動昇進も自動更新もない自己志願制の組織です。いくら、現場を体験したい、独立国の誕生に立ち会いたい、と自分で選んでニューヨーク本部から南スーダンに赴任したとはいえ、私はもしかしたらすごくバカな選択をしたのかも知れない。。。

 

さすがにそんな考えが何度か頭をよぎりました。

 

ただ、思ったよりも大変なので来週ニューヨークに戻ります、と言う訳にもいきません。

その時、私には二つの大きな選択が与えられていたように思いました。

 

1、相手に仕返しをしたり「競争」と「武力の文化」に加わること

2、まったく違う方法をみつけること

 

「武力の文化」とは、相手を打ち負かしたい、仕返しをしたり、賞賛されたい、自分だけ勝ちたいなど先に挙げたような欲(エゴ)の方法です。

 

「そんなことをしたら自分が潰れてしまう」

 

それははっきりと本能的に感じ取っていました。

ここを抜け出せる全く違う方法は何だろう?

 

私はたった一人でもいいから、本当に大切だと思うことをやろう、と思いました。

そして、人との関係を一人一人と丁寧に結んでいこうと思いました。

まず、私はオフィスの人達と「本気で」「笑顔で」「挨拶すること」を始めました。

 

ニューヨークから赴任したばかりの時には、皮肉っぽく「ニューヨーク本部の人」と言われたこともありました。

 

「正論」も「本部の理論」も、職場でも外でも通用しそうもないことも感じていました。

 

こうして、私は文字通り「必要に迫られて」、オフィスにいる同僚たちと毎日挨拶を交わしながら、一人一人の価値観や関心に意識を向けながら、この人はどうしたら動いてくれるのだろうか?ということを試行錯誤していく事になったのです。

 

まだ紛争が終わったばかりの土地です。

 

国連という組織自体、まだ信用を得ている訳ではありません。

 

土地柄、挨拶を交わすことは、文字通り、「私はあなたの敵ではありません。私はあなたを尊重しています。」ということをはっきりと示す意思表示でもありました。

 

どこの社会もそうであるように、アフリカは特に人ベースの社会です。携帯もメールも通じない環境ではその意味がさらに大きくなります。

 

私のキャリアの中でも、この時ほど、意識してオフィスで会う人たちに声をかけていた時期はなかったと思います。

 

そんな姿勢が日常的に培われたからでしょうか、私は気がついたら現役の兵士の人しかり、司令官しかり、私は彼らとの関係構築に手応えをつかみ始めていました。

 

彼らは、一度信頼を得るとお互いの関係をとても大切にするという面もあります。そして、そんな会話の中で彼らの本音を垣間みることもありました。そして、私の仕事に必要な情報を教えてくれることもありました。

 

そして、彼らの生の声に触れることは、時には、情勢報告や分析レポートといった形で活かされていきました。

 

そして、何より私自身が、現地ではこんなことが起きている、もっとこうした方がいいんじゃないか、という一番大切なところにフォーカスし続けるにつれ、自分の中のモーチベショーンも実際の成果といった面でも手応えを感じていました。

 

そして、こうした流れの中で、本当の意味で「聴く」ということの力や仲裁の力を体験し、そうした仕事が評価され多国籍チームのリーダーに抜擢されることになりました。

 

さらにその後は個人専門家として世界的なプログラムの講師を務めることになったのも、原点はこうした体験にあると思っています。

 

自分の仕事や関わりの意図をどこに「設定」するのか?

 

より大きな意図を持つ時に、自分の力が引き出されたり、次のレベルに飛躍する機会も与えらえます。

いろんな国で子供たちに「将来何になりたい?」と聞いてみたらー私たちは「知っていることしか見えない」

いろんな国で子供たちに「将来何になりたい?」と聞いて気がついたことがあります。

 

サッカー選手、エンジニア、医者、学校の先生。。。

 

どんな国でも、不思議なくらい答えは同じだったのです。

 

そう。

 

知ってることしか見えない。

 

私たちは、自分が知ってる事、見たことがある事、親が言うことしか知らないのです。

私たちは、大抵のところ、そんな「小さな自分の世界」だけに生きて、その中の世界だけで将来を決めようとしています。

 

先日、コーチングにいらした方で、やりたいことがあるのに、身体が思うように動かないんです」、という方がいらっしゃいました。

 

私には、自分が本当にやりたいことや可能性を自由に発想する前に、今ある職業やなんらかの形態に一生懸命に自分を合わせようとしている、ように感じられました。

 

身体というのは正直です。「頭」で一生懸命考えたつもりのことでも、身体の方が真実を知っています。

やりたい時には身体は自然に動くからです。

 

そう、私たちがやりたいことや仕事について自由に考えようとしても、無意識に自分たちの選択をせばめてしまっているのは珍しくありません。

 

「2011年に小学校に入学した子どもの65%は、いまはまだない職業に就くでしょう。」こう指摘したのは、デューク大学教授のキャシー・デビッドソンの言葉です。

 

実際、AI(人口知能)と人間が共存を始める日がすでに始まっています。

 

そんな時代こそ、むしろ私たち人間のひとりひとりがが本当にやりたいことをやるチャンスなんじゃないか、と思います。

 

そして、今は、FBやYoutubeで無料で全世界に一個人がメッセージを発信できる時代です。少し前だったら大きな組織じゃないと出来なかったことが個人で出来るようになりました。

 

「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりつつあります。

 

「職業」に「自分」を合わせるのではなく、「自分」が先にあって、自分という存在からこそ生まれる価値や才能を自由に表現していくこと。

 

それこそが「付加価値」になる時代です。

 

だからこそ、自分が「自分」を知ることーこれがますます重要になっていくでしょう。

プレッシャーや緊張を感じている時はどうしたらいいですか?自信がない時は?ー8回もオリンピックメダルをもたらした人より学ぶ対処方

 

「緊張したときはどうしたらいいですか?

プレッシャーから解放される方法教えてください。」

 

8回のオリンピックでメダルをもたらしている奇跡の人、井村雅代シンクロナイズドスイミング女子監督。

 

彼女が選手との向き合い方などを書いた「教える力」という本があります。

 

その中で、プレッシャーへの対処方についてこう言っています。

 

「プレッシャーなんてとことん感じたらいいねん。

プレッシャーとか緊張は、とことん味わってそこを突き抜けないと。」

 

真正面から向き合って、プレッシャーを感じつくすと「こんなもの、何の役にも立てへん。自分の力を出すしかないやんか」という結論までいって、ようやく開き直ることができる。

 

なるほど。

 

では、「自信がない時」どうするか?

 

オリンピック選手なんだからもともと自信はあるだろう、と思う人もいるでしょうが、実際には違います。

 

2008年の北京オリンピックの決勝の前日、チームの緊張が最高になって、その72時間は何をしたのか思い出せない、というくだりがあります。

 

その前の演技で思ったような演技ができず、選手達はすごいプレッシャーと緊張を感じていて、長年のカンでこれは「やばい」と思ったそうです。

 

それで、彼女はどうしたかというと、選手たちをオリンピック選手村の一番人通りの激しいところへ連れていきます。

 

そして、そこで「ランドドリル」と言われるシンクロの振り付けを全員で練習するのです。

 

「あの時選手に必要だったのは体力の温存ではなく自信です。」

 

「そして人から見られる怖れを取り除くことでした。」

 

「そのまま練習を切り上げて、一人で部屋にこもっていたら余計なことを考えてしまう。だったら、もうクタクタになって何も考えられないほど疲れ果てて、あとはベッドに倒れこんで寝る方がいい。」

 

最後に心のよりどことになってくれるのは、「これだけやったのだから」という感覚だから。

 

そして、実際にメダルを手に入れるのです。

 

その夜、井村コーチの選手一団が宿舎に戻ってきた時の選手達のすがすがしい顔を見た他の国のコーチは心の中で「ああ、負けた」と思ったんだそうです。

 

おそらくこのレベルにいたると、身体能力の差はほとんどなくて、メンタルなのでしょう。

 

「これだけやったのだから」という感覚 ー シンプルだけど、大きな真理を教えてくれているような気がします。

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自分のストレスパターンを知る①ー爆発型?それとも内心怒ってる人の場合は?

何か勇気を出して相手に伝えなきゃいけない時、新しいことを始める時、昇進したいけど自信がない時、初めてデートをする時。。。

 

そうでなくても、ともかくストレスを感じる?!

 

現代人のストレスレベルは高いようですが、ストレスを感じる時、私たちはいつもの「行動」や「ふるまい」をほぼ意識することなく自動的に繰り返しているそうです。

 

なにか「心地悪さ」を感じる時、自分に負荷がかかっている時、私たちはどういう風に反応しているのでしょうか?

 

まずは、自分はストレスを感じた時にどう振る舞うかという自分の「ストレス反応」を知ることができます。

 

 

ストレス反応のパターンについて以下の5つの視点から一緒に見ていきたいと思います。

 

①ネチネチ型 vs 感情爆発型

② 外に出す vs. 内にこめる 

③ 向き合う vs 避ける

④自分優先 vs 相手優先

⑤ セルフエンパワーメント  vs 無力感

 

以下の質問に3段階(a)ほとんどそう、(b)ときどき、(c)まったくない、で答えて下さい。

 

①ネチネチ型 vs 感情爆発型

ーすぐにイライラする

ー一度怒り始めるとなかなか収まらない

ー誰かに怒りをぶつけてしまう・爆発してしまう

ー人や社会に対して批判的だと思う

ー政治家とか政府とか誰かを責めたくなる

ー笑顔を装いながら心の中で舌打ちしてる

ーある人やある仕事に対して、遅刻したり、ミスが増えるたり、どうしてもモーチベーションがあがらない

 

 

② 外に出す vs. 内にこめる 

ー自分がストレスを感じていることを周りの人に知られたくない。

ー本当は怒っているかも知れないけれどもそれを人に見せることはない。

ー初めての人に会ったらその人を信用できるかどうか慎重に見極める。

ーストレスを感じていても誰かにそれを伝えることはない。

ー困難なことがあっても自分の感情について表現することはない。

ー誰かと意見が違ってもそれを言うことはない。

ー誰かとの関係で傷つくような体験があると人との関係を避けて一人になる。

 

これらの質問の意図は、ストレスを感じる時、私たちはどういう風に反応しているのかという自分のパターンや、さらにストレスを増大させる自分の中の「信念」や「考え方」に気づくということですが、それぞれの点で少しだけ補足したいと思います。

 

①ネチネチ型 vs 感情爆発型

 

いかにもわかり易く、怒ったりする人もいますが、日本社会では、一見おとなくしくて礼儀正しいように見えても、朝の満員電車で、周りにぶつかって降りていくような人を見かけるように、黙ってはいても密かに「怒っている」人たちはけっこういるようです。

 

また、だらだらと歩いたり、遅刻したり、ミスが増えたりといった形で怒りを表現している、「受動攻撃」と言われるケースも多くあります。ちなみに、私の先生は、世界中にクライアントを持っていて、世界中でワークショップをやっていますが、日本人は「受動攻撃性」が強い方だと言っていました。

一般的に(とくに日本では)、怒りを持つこと自体が悪いことのように思われがちですが、怒りを誰かにそのままぶつけるのは適切ではないですが、「怒り」というエネルギー自体が悪いわけではなく、怒りがない振りをするのも、ただ抑圧するのも逆効果です。

人間誰しも、「怒り」は感じるものなので(逆に感じない方がおかしいのです)、ただ、自分が怒りを感じる時に気づくこと、そして、何に怒っているのかに気づけばいいだけです。

また、怒りは、「恥」や「絶望」よりも周波数的にはより高い(喜びに近い)エネルギーです。この怒りというエネルギーを、例えば「パッション」としてクリエイティブに表現することも学ぶことができます。

 

 

② 外に出す vs. 内にこめる 

 

私たちは、社会の中で長年積みあげられてきた「~は~べきである」といったメッセージに常にさらされています。例えば、「女性はいつかは母親になるべきだ」「いい母親というものは、髪を振り乱してあくせくせずに、スマートにいつも優しくニコニコとしているものだ」「男性とは『弱み』を見せるものではない」「男性は不安になることはゆるされない」などです。

 

そして、日本社会はよくも悪くも「空気を読むこと」「和」を重んじることを重視する社会なので、そういう意味でも、ストレスを感じていることを誰か信頼できる人に個人的にこっそり打ち明けることはたまにはあっても、「どちらかと言うとそういうことは周りに知られたくない」という感覚が強いかも知れません。

 

ちなみに日本という社会は世界的にみても「恥」という感情がとても強いそうで、「自分はもっと~であるべきだ」といった観念が強いそうです。

 

その社会(自分)が求める像と実際の自分が違う時、私たちはそういう自分に対して「がっかり」したり「失望」したり、「恥」を感じたりします。

 

そして、そのイメージと現実の自分との「ギャップ」が、ストレスになります。

 

「恥」は感情の中でもとても強い感情です。絶対失敗をしたくない、失敗する可能性があることはともかく避ける人がいますが、自覚はなくても、実は深いところで、この「恥」がある場合があります。

 

リラックスできない、いつも「焦り」っている感じがある人、いつも「自分は~しないといけない」という強迫観念に追われている感じがある人は、なんらかの形でそうした観念と感情が作用している可能性が高いでしょう。

 

私自身もこれがとても強かったのですが、何か自分が思うように事が進まなかった時、または間違えた時、「だから言ったじゃないか」「そんなこともできないのか」といった「内なる批判の声」の声が発生することに気づき、「起きたこと (事実)」と「恥 (感情)」を分けることを学んできました。

 

私たちは誰かに批判されることも嫌ですが、実際のところ、もっと私たちを困らせているのは、自分の中の内なる批判の声なのです。

 

起きた事に対して、「事実」と「感情」を分けること、その事実をまず客観的に確認できること、そして、自分の中の感情に気づき、それを生じさせている自分の中の「観念・思考・ビリーフ」に気づくことができます。

 

 

次回は、

③ 向き合う vs 避ける

④自分優先 vs 相手優先

⑤ セルフエンパワーメント  vs 無力感

 

 

というパターンについて見ていきます。

 

続く

 

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ストレスがかかる時の自分の反応を知る

私たちは自分の「行動」や「ふるまい」をほぼ意識することなく自動的に繰り返しているそうです。

 

私たちは、とても論理的にロジカルに考えて動いているつもりでも、人間は「感情の生き物」なので、実際には「傷つきたいくない」や「恥をかきたくない」といった動機の方が強く影響するからです。

 

そうしたパターンがより顕著になるのは、ストレスがかかった時です。

 

とくに、「生身をさらすように (vulnerable)」感じる時です。

 

例えば、

・昇進したけど成功する自信がない時

・初めてデートをするとき

・新しいビジネスを始める時

・新製品に何の反応もないとき

・批判やうわさに立ち向かうとき

・自分の作品や文章を発表するとき

・愛していると伝えたけど、相手の気持ちが分からないとき

・妻・夫・パートナーをセックスに誘うとき

・3度流産した後で妊娠がわかったとき

・恋に落ちたとき

・新しいことに取り組むとき

・一般受けしない意見を言うとき

・家族をなくしたばかりの友人に電話をかけるとき

などです。

 

なんというか、このような状況って必ずしも「心地いい」ものではありませんよね。

 

できたら避けたいなあ。。。

なーんて、思いますよね。

 

だから私たちは、こういう「心地悪さ」や「ストレス」を感じた時に、ほぼ自動的に自分を守る体制に入るするそうです。

 

例えば、

何も感じないように自分の心を麻痺させる。。。

完璧主義になる。。。

クールを装ってみる。。。

先手を打って誰かを攻撃したり批判したりする。。。

何も問題がないふりをする。

などなど。

 

こういう風にすれば、傷つかなくて済むと思っているのです。

一種の「精神的な武装」と云えます。

 

でも、本当の意味では自分の課題を解決したとはまったく言えないですね。

 

こういう反応は、ほぼ自動的にしているので、まずは、自分はストレスを感じた時にどう振る舞いがちかという自分の「ストレス反応」を知ることが大切です。

 

自分の反応のパターンを知っておくことによって、負荷がかかった時の自分の状態や反応を客観的に見れるようになるからです。

 

自分の反応を客観的に見えるようになれば、より落ち着いて目の前の状況を理解できるようになる「スペース」を持てるようになりますね。

 

そうした観点から、よくあるストレス反応のパターンについて一緒に見ていきたいと思います。

 

表現する vs. 内にこもる

感情をコントロールできる vs 感情爆発型

向き合う vs 避ける

自分には出来ることがある vs 自分には何もできない

自分優先 vs 相手優先

 

続く