時代が大きく変化している時こそ「自分で決める力」ー自分で考え、決めるための10の質問

今、時代が大きく変化しています。

 

時代が大きく変化している時に大切なことの一つは、自分で考えて、自分で決めて、自分で判断できることだと思います。

 

とくに何かを決めるときに、そのステップを知っていることは大きな武器です。

 

何をどの順番で考えていったらいいのかというのは、意思決定(decision-making process)と呼ばれ、誰でも学び身に付けることができます。

 

 

何かを決める際に、何をどう考えていけばいいのかについては、効果的に「考えるため」の型と順番があります。

 

今度、大学で意思決定について教えることになったので、ここでも紹介させていただきたいと思いました。

 

 

クラスでは、累計発行部数5000万部突破のスペンサー・ジョンソンが「1分間意思決定」で紹介しているシンプルで、本質的な「決断の技術」をを分かりやすくまとめ、質問形式で実習を含めて伝えていきます。

 

1分間意思決定

 

 

1分間意思決定」には、次のような課題意識が書かれています。

 

・事実を見ようとしていない中での判断は危険。

・幻想を捨て、現実を認識すること。

・早く真実と向き合うことで、早く判断を下すことができる。

・冷静に頭を働かせれば必要な事がわかり自分に正直になればより良い判断が下せるようになる。

・自分のしたいことが優先で本当に必要なことがおざなりにされている。

 

具体的には、以下の通りです。

 

1、どういう結果を望んでいるか?ゴール、自分にとって理想の状態は何か

2、その結果・状態を実現するためには、どんな選択肢がありえるのか?

3、今どんな情報があるか?何がわかっていて何がわかっていないのか?

4、それはどこに行ったらわかるのか?誰に聞いたらわかるのか?

5、もしこの決断を実行に移したらどうなるのか?選択肢①②③…の場合

6、一番おそれている結果は何か?一番最善な結果は何か?

7、自分に正直になっているか?それは本当のこころの声か?

8、直観を信じているか?決めるときにどんな気分がしているか?

9、本当に大切なことに応えているか?

10、自分の価値を信じているか?信じていたら何をするか?

 

ここでの一つの特徴は、「実際的な質問」と「内面の質問」を両方持つ必要があるとされていることです。

 

これまで何度も「もう駄目か」という時期を体験してきながらも乗り越えてきたある女性経営者の方のお話しを聞いたことがあります。その「どん底」の時期をどうやって乗り越えたのですか?という質問に対して、彼女の答えは、ともかくできること、可能なことを全部書き出して、一つ一つに対して不安や心配に思っていることをノートにともかく書き出した、というものでした。そうしたノートはもう何冊にもなるそうです。

 

彼女は、こうした意思決定のための質問を「がむしゃら」の中で自然とやっていたようですが、彼女のお話しからも、上記の2の「その結果・状態を実現するためには、どんな選択肢がありえるのか?」ということを徹底的にやってきたということ、そしてそれが大切だということがわかります。

 

これら全ては、シンプルに聞こえますが、非常にパワフルな質問です。

 

 

自分で考えて決めるための考える意思決定のステップー①向きを整え②型があり③考える順番がある

「考える」には順番があります。

 

考えるステップには次の三つの効果があります。

 

1、考える向きを整えてくれる

2、考える順番を教えてくれる

3、考えるための質問(型)をくれる

 

 

今、時代が大きく変化しています。

 

時代が大きく変化している時に大切なことの一つは、自分で考えて、自分で決めて、自分で判断できることだと思います。

 

 

とくに何かを決めるときに、そのステップを知っていることは大きな武器です。

 

何をどの順番で考えていったらいいのかというのは、意思決定(decision-making process)と呼ばれ、学ぶことができます。

 

自分で決めることができると自信が生まれます。

 

今度、大学で意思決定について教えることになったので、ここでも紹介させていただきたいと思いました。このコースでは、何かを決める際に、どの順番で何を考えていけばいいのかについて効果的に「考えるため」の型と順番について学びます。

 

《Coure Descriptions》

 

Understanding and knowing the ways and steps to collect and analyze the information and be able to make sound judgement and responsible decisions has become such an important skill and asset in academic life, work-settings and our life in today’s complex, uncertain and fast-changing world.

 

The overall aim of this course is to equip students with the abilities to make informed and thoughtful decisions by utilizing and examining the information made available by media critically and productively.

 

By using Spencer Johnson’s book ’Yes or No The Guide to Better Decisions’, students will learn the steps of an effective decision-making process, namely collecting and gathering information; identifying the options or alternatives; checking the assumptions and evidence; examining possible scenarios for each option; discerning what matters; choosing and taking actions; and making an objective reflection.

 

 

Some of the questions we will look at to improve our decision- making processes are: do I have enough information in order to make an informed and effective decision? Where do I go to obtain the missing information? What alternatives or options does this piece of new information imply or tell us?

 

This course will also look at the ‘ten instincts’ (Factfulness by Hans Rosling) that tend to distort our perspectives of the world and prevent us from seeing how actually it is.

 

Participants will practice, examine and apply those concepts, frameworks and steps through in-class exercises and assignments in a form of pair work, group work, reports and presentations.

 

Due to the experiential and participatory nature of the course, the course requires participants’ engagement to create and nurture a respectful learning environment.

 

 

《Goals》

 

By the end of this course, participants will:

 

(1) Understand the importance of examining and making the effective use of the information in order to make sound judgement and informed decisions;

(2) Have better understanding of an effective decision-making process;

(3) Develop awareness of possible biases and instincts to affect our perspectives.

 

 

 

《Schedule》

【1】Introduction to the Course and Learning Guides: Learning how to ‘learn’

【2】 How ‘fact-ful’ are we?- Examining instincts and biases that influence our perspectives

【3】Tools to Express Opinions(circle process)1: Procedure, process and practice

【4】 Tools to Express Opinions(circle process)2: Procedure, process and practice

【5】 Decision-making process1: Collecting and Analyzing Information

【6】Decision-making process2: Questioning and Reviewing Information

【7】Decision-making process3: Questioning and Reviewing Options and Assumptions

【8】 Decision-making process4: Understanding Values and Needs

【9】Decision-making process5: Creative Questioning and Reflection

【10】 Empathy and Perspective-taking: Interviewing

【11】Presentations(1)

【12】Presentations(2)

【13】Presentations(3)

【14】Presentations(4)

【15】Reflections on the Course and Summary

 

 

《Text Book》

 

Spencer Johnson(1993) Yes or No: The Guide to Better Decisions, William Morrow Paperbacks.

 

 

《Reference Books》

Pranis, Key(2015). Little Book of Circle Processes: A New/Old Approach To Peacemaking , Good Books.

Rosling,Hans(2018). Factfulness: Ten Reasons We’re Wrong About The World – And Why Things Are Better Than You Think, Sceptre. Schirch, Lisa and Campt (2015).

The Little Book of Dialogue for Difficult Subjects, Good Books.

リック ウォレン(2015) 『人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための42章』パーパスドリブンジャパン

スペンサー ジョンソン(2015)『1分間意思決定 ― 決断力が身につくた った1つのルール』ダイヤモンド社

ハンス&オーラ・ロスリング(2019)『FACTFULNESS(ファクトフルネ ス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』 日経BP社

 

自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し②

前回、自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊を紹介しました。

 

今回は、そういう場をつくるために意識したこと、大切だと思うことをお伝えしたいと思います。

 

まずスピーチの課題は以下のようにしました。

 

一回目: Summary of the Ted Talk that you chose(5 mins)

 

二回目:

⑴ Summary of the Ted Talk that you chose(max. up to 2 mins)

⑵ Talk about why you chose this TED Talk, what you learned from this TED talk and your own experience related to the topic.

⑶ Conclusion – how you applied the content of the TED talk or/and what you wanted to convey to the audience.

 

三回目: 以下のCARの法則をつかって自分の体験を元にスピーチ。

 

(C)hallenge=こんなチャレンジがありました。こんなことに打ち込みました。

(A)ction=私はその状況をこう理解し、このように対処・行動をしました。

(R)esults=結果、このようになりました、それによってこのようなことを学びました。

 

チャレンジや大変だったことに直面した時、あなたという人はその状況をどう判断し、どう対処しましたか?何かに打ち込んだこと、そこから学んだことは何かを伝えることです。

 

立派なことを言う必要はなくて、身近な例でいいので、「ああ、この人は自分なりに~について学んだ体験があるんだな」という事が具体的な例と共に相手に伝わることの方が大切です。

 

CARの法則とは、そのことから体験したこと、そこから学んだことを最後に結論として導き出すためのフォーマットのようなものです。

 

TEDのいくつかのスピーチは、このCARの法則と同じ構成になっています。

 

この形式でやろうと思ったのは、この形式の質問が、欧米の大学での奨学金の面接、外資系企業、国際機関などでの採用面接などでよく聞かれるので、知っておいて練習しておいて損はないと思ったこと、それから、なによりこの方がその人の知らない部分を知れそうで面白しろそうだなと思ったからです。

 

結果としては両方の目的を果たしたように思います。

 

その際に意識した点は以下の通りです。

 

一回目スピーチ

 

TEDの要約はある学生には難しいかも知れませんが、それぞれ自分でリサーチとして面白いテーマをみつけてきましたよ。TEDの要約は、Listeningの材料にもいいし、英語の自然な表現を学べるので効果的でした。なにより学生自身が自分で興味のあるテーマをみつけて、それを聞くのは先生が紹介するよりも効果的なようでした。ただ、難しい単語もあるので、その場合には、自分の言葉となっていないままで難しい単語を使うよりは、簡単な単語に置き換えて、自分の言葉で伝えるように言いました。

 

二回目スピーチ

次のチャレンジは、半分はTEDの要約、残りの半分は自分の意見を伝えること。一回目に比較的スムーズに要約できた子でも、自分の意見を伝えるのが難しいという場合がありました。日本の教育や家庭ではほんとうに自分の意見を述べることを求められたり、自分の意見を自由に表現したり、尊重される場や体験があまりないので、ここで必要なことは、英語力というよりは、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はこのTEDを聞いてどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と、意見を言っても大丈夫という感覚、安全な場をつくることでした。だから、内容についてあまり細かく言わない方がいいかも知れません。

 

三回目スピーチ

最後の3回目のスピーチでは素晴らしいスピーチがたくさんありました!

 

カナダに留学した時の話し、バックパックでカンボジアを旅行していた時に人に助けてもらった時のこと、アルバイトで最初は無理だと思ったけど、その中に学びをみつけて続けていくうちに大きな体験があったことーどれも感動的で、この子(学生)ってこういう子だったんだあ💡と、驚くこと✨😊💌がたくさんあって、この話しを聞けて本当によかったなあと思ったのでした。

 

別の学生からは、日本人だと思っていたら、「私の母は南米の出身です」と始まるスピーチがあって、これまたよい意味での驚きと感動がたくさんありました。

 

三回目のスピーチで意識したことは、「すごいことや立派なことを言う必要はないから、自分の体験を等身大のままに話して、その体験から学んだことを自分の言葉でシェアする方がいい」と伝え、そしてそれぞれのスピーチから学んで欲しいと伝えました。

 

ペラペラ流暢に話すようなものが人の心に届くとは限らず、自分で考え、自分の言葉で自分が大切だと思ったことを伝えるようなものが感動的だったりしますね。

 

実際、感動的なスピーチは、その人が自分の言葉で伝えようとしたもので、学生はそのことを他の学生のスピーチを聞きながら実際に感じ取ったようでした。

 

最後の授業で感想をお互いにシェアしてもらったら、「すごいことを言う必要はなくて、等身大のことをありのままにシェアする方がいいと学びました」、というような発言が沢山あって、「一番楽しかったのは、他の人のスピーチを聞いて学んだことでした」という意見もたくさんあったので、そこを掴んでくれてよかったと思いました😊。

 

そして、改めて思うのは、10年位前のわたしだったら、こういうテーマを本当にはおそらく受け止めきれなかったけど、今では、自分自身も大変だったこと、たくさんの悲しみや嘆きを体験したからこそ、「チャレンジ」や「大変だったこと」というようなテーマを設定できるようになったかなあ思います。

 

人って敏感だから、なんというかセンサーみたいなものがあって、この人にならここまで打ち明けてもいい、みたいなことを無意識に感じ取ることってあるんですよね。

 

だとすると、自分の苦労も涙も無駄ではなかったと思えます。ハレルヤ😊

 

聖書にはこういう箇所があります。

 

「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(Ⅱコリント12:9)

 

この箇所は知ってはいても、あまり受け入れられなかったのだけど、最近は少しづつ「チャレンジ」や「大変だったこと」に価値を見出せるような心の目が少しづつ開いているというか、この箇所が前よりは受け取れるようになってきた気がします。感謝✨

 

最後に一言。このクラスでの体験を同じ学部のあるアメリカ人の先生に話したら、”What did you do?’と聞かれました。

 

それは、日本の大学の学生がいかに受け身のスタイルに慣れていて、彼らが重い腰をあげるのはそんな簡単でもないよねということを知っているから、「いったい、なにをしたの?」という意味だったのですね。

 

その時にはたしかそういう風には言わなかったけど、学生の名簿を開いて祝福のお祈りをしました。時々思い出しては、彼らを祝福してください、と一言心の中で祈ります。

 

そして、ほかの人にも祝福のお祈りをしてもらいました😊 初めての人に会う時、ミーティングや会議に参加する前にもこの祝福の祈りをします。誰にでも使えます。実はこれ、とても効果的です♬💛✨

 

 

自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し①

後期の授業が終わりました。

 

学生が素晴らしいスピーチをしてくれました!

 

自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊

 

このスピーチクラスは、少人数だったので、私にとっては、直接的に学生とインターアクションできることが楽しいクラスでした。

 

ただ、留学から帰ってきたばかりの子もいれば、べつにこのクラス特別興味があるわけじゃないけどみたいに見えるような学生も混在していて、最初は一瞬どうなるかなーという思いがきたこともありました。

 

でも、けっしてできないわけでも、やる気がないわけでもなくて、なんというか、人生の方向性というか目的が見えていない時期にいるかもしれないけど、みんな十分に能力があると見えました。

 

だから、最初の数週間は、淡々と進み続けました。

 

3週目か4週目の時だったかな、ある学生が「ム ズ カ シー😅」と言うのを聞いたけど、そのまま進み続けました。(時に先生は先頭に立って、坂を登り続けないといけない時がありますね。もちろん、難しすぎるのもNGだけど)

 

そして、計3回の英語のスピーチ(英語で質疑応答にも応えないといけない)の準備に入りました。学生は計3回スピーチもするし、必ず一回は、司会(master of ceremony)としてで英語で最初から最後までスピーチの会全体を運営する役割を担います。

 

最初は内容よりも、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と自分の意見を伝えることを強調しました。

 

まずはTEDの要約、次には、要約に加えて、なぜそのTEDに興味を持ったのか、そのTEDから自分は何を学んだのか、そこから自分は何が大切だと思ったのかを伝えてもらい、最後は自分の体験から学んだことをスピーチしてもらうという手順にしました。

 

毎回、よかった点を全員が紙に書いて渡して、口頭でも伝えて、もっとこうしたらいいよ、という改善点についてはその段階でのフィードバックを私から紙で伝えるようにしました。

 

各クラスの終わりには、全体のよかった点や前よりもよくなっている点を口頭で伝えました。

 

そんなことを毎回続けていたら!!!

 

最初はモジモジみんなの前に出てきて、下を向いてボソボソ話し始めるような学生もいたのに、三回目になると、みんな堂々と素晴らしいスピーチを次から次へと披露するではないですか!!!しかも英語で!

 

後ろに座って聴いていた先生は、「この子はこんな子だったんだあー✨😍💌」と嬉しいびっくりの連続でした。

 

この話しを聞かなかったらお互いを知ることもなくただ成績をつけて終わりだったけど、この話しを聞けて本当によかったと思ったのでした。

 

しかもお世辞じゃなくて、内容も洞察に溢れてい素晴らしいかった!

 

別の授業でも同じことを思ったのだけど、講義形式の一方通行の授業ではわからないけど、前で発表してもらうとキラキラとプレゼンを始める子たちがいて、「あら、こんな素敵な子たちどこにいたの?」と思うのです。

 

「今どきの若い子は~」と言うのは簡単だけど、せっかく素晴らしいものを持っているのに、なかなか自分を自由に表現する場がなかったり、受け止められて、安全に交流できて、居場所や存在意義を感じられるような場所を求めているんじゃないかな、と感じます。

 

人には自分が成長することを求める原動力が与えられている、ということを聞いたことがあります。

 

ここでの体験は、大学での授業の形式での話しだけれども、そのような場がもっとあればもっと彼らの可能性が広がるような気がします

 

個人的には、これを書きながら、どんな小さく見えることでも、今うまくいっていること、前回よりよくなっていること、相手のよい点に注目することの大切さを改めて感じました。

 

日本語では恥ずかしくて表現できなくても、英語はもっとダイレクトで人を褒めやすいという利点はありますね!

 

‘Whatever is true, whatever is noble, whatever is right, whatever is pure, whatever is lovely, whatever is admirable–if anything is excellent or praiseworthy–think about such things.’ Philippians 4:8

 

「すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」 ピリピ4:8

 

スピーチのクラスを導くこと、または場をつくる際に意識することは以下にて紹介してます。英語の会のフオーマットは、世界143カ国に広がるスピーチクラブToast Mastersのものを少し修正したものを使っています。

 

「謝ったりしないこれが私だから!」映画Greatest Showman主題歌 THIS IS MEが明かす無意識の「真実」ー私たちがほんとうに自由になる時!

同じ映画の話題が続いて恐縮ですが、

映画グレーテストショーマンの主題歌「THIS IS ME」では、

「I make no apologies, this is me」ー

「謝ったりしない。これが私だから」というセリフが出てきます。

 

I know that there’s a place for us
誰にだって居場所がある
I am who I’m meant to be, this is me
これが私のあるべき姿なの これが私よ
I’m not scared to be seen
見られることなんか怖くない
I make no apologies, this is me
謝ったりしない これが私だから

 

のメインのサビの部分ですね。

 

別に気にしなかった人もいるかと思いますが、

きっとあるレベルではそのメッセージも私たちの無意識にドンピシャだったので、

この映画や歌やメッセージが心に響くのではないかと感じます。

 

(映画を見てない人ごめんなさい。ぜひ見てください(*^-^)ニコ )

 

ではそもそもどうして「謝ったりしない」というセリフが出てくるのでしょうか?

自分であることとはどう関係するのでしょうか?

 

 

前回は、私たちは生まれてから社会で生きていく上で、周りから受け入れられるためにはどうあるべきかというイメージを作り上げ、『自分はこうあるべきだ』という理想のイメージをつくり上げると言いました。

 

同時に、この観点から自分を見たとき、誰も決して完璧にはなれないのですが、完璧ではないために自分を否定するという「自己否定のパターン」が生まれる、と言いました。

 

関連記事→ 世界的ヒット映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」の深いメッセージとは?ほんとうのTHIS IS ME!とは?

 

「四つの約束」はこうして、心の中に「裁判官」が生まれると言っています。

 

自分たちを縛りつけるものから解放されて、もっと自由に生きるヒントを、

 

世界各国で翻訳され500万部以上の大ベストセラー『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、

七年以上のベストセラーを誇る 「四つの約束」 より続けて探ってみたいと思います。

 

 

以下引用

=======

私たちの心の中には「裁判官」と同時に「犠牲者」が住んでいる。

 

この心の中の裁判官は、私たちのすること、しないこと、考えること、考えないこと、感じること、感じないこと全てを裁こうとする。この裁判官は私たちに毎日有罪を宣告する。

 

それが毎日、何度も起き、それが連日、私たちの人生の全てにわたっておこなわれる。

 

そして、私たちの心の中にはその偽りの判決を信じてしまう「犠牲者」が住んでいる。

 

「犠牲者」は、責め、罪、恥を背負っている。その部分は言う。

 

「かわいそうな私。私は善人でもない。頭もそれほど良くない。魅力もない。私には愛される価値がない。なんてかわいそうなんだろう。」

 

こうして、私たちは自分を隠そうとし、自分でないもののふりをする。

 

何をやっても偽物のような気持ちになり、他の人にそのことを気づかれまいとして、社会的な仮面をかぶる。

 

ティーンエイジャーが自分を傷つけようとするのは、ふりをしている自分が本当の自分ではないからである。

 

彼らはふりをしている自分と本当の自分が一致していることを望むが、そうはなれないので、恥を感じ、罪の意識を抱く。

 

こうしたこと全ては、私たちが選んだ訳ではない間違った信念システムに基づいて行われる。

 

地球の夢では、人間が苦しむこと、不安の中で生きること、感情的なドラマを創り出すのはもはや当たり前になっている。

 

戦争の夢、恐怖の夢、不正義の夢。。。

それはあまりにも生きることが困難な夢である。

 

しかし、心の中の「裁判官」は間違っている。

「裁判官」の「法の書」(基準と規則)が間違っているからである。

 

私たちが見ている地球の夢は間違った「法」に基づいているのである。

 

私たちは霧の中で生きているが、その霧さえ存在していないのである。

 

この霧は、あなたが信じていること、自分について持っている概念、他の人たちと交わした「合意」から成り立っている夢である。

 

私たちは悪夢を見る必要はない。心地よい、楽しい夢を見ることも可能なのだ。

 

=====

 

数日前に参加した振り付けのないクリエーティブダンスで、女性性を癒すというワークをしました。

 

「女性」が「男性」に対して持っている怒りや社会から植えつけられてきた女性であることの罪悪感や恥 ー 個人的なもの、先祖から引きついだもの、家系的なもの、集合的なものーを手放し、女性が立ち上がり、本当の自分を表現する、というものがありました。

 

私自身、バングラデシュで女性の集まりに参加したり、南スーダンなどの女性の状況なども直に見てきて、文字通り国によっては女性が女性であることだけで罪(恥)を感じさせるような文化も見てきたことや、家系的に沖縄の伝統(戦争の歴史、女性の苦労、神事・祭事の伝統やギフトも含め)を引き継いでいることも自覚しているので、

 

女性が立ち上がるというワークでは、そんなことがあたかも自分のことのようにリアルに感じられる瞬間もありました。

 

かりに自覚がなくても、誰でも個人の体験はもちろん、家系や集合的なものさえもが身体(細胞)に記憶されていると言われています。

 

そんなことをリアルに感じていたら、

「顔を上げて、上を向いて」というファシリテーターの方の声が聞こえました。

 

20世紀は戦争や武力など力に支配されてきた時代でした。

 

私自身、そのばかばかしさを散々南スーダンで自分の目で見てきました。

 

それでも、それでも、それでも、

仮にそういう歴史が過去にあったとしても、

苦しみや悲しみが山ほどあったとしても

 

だからといっていつまでも女性の怒りや悲しみを抱えておくことも望んでいません。

(ちなみに男性でも同じように感じている人もたくさんいます)

 

女性たち(自分も)をしばりつけている「呪縛」から自由になって、

私の世代でそれらを終わらせて、

その先の世界を見たい!

と思いました。

 

「美しい満開の花が咲きほこるイメージ」が見えました。

 

湧き出るような女性の底力を感じました。

 

私自身、「女性」として癒すこと、手放すことはまだあります。

 

でも、その度に手放して女性性の力を取り戻していけると信じています。

 

武器を手に取ることは簡単だけど、ほんとうの力はそこにはない。

 

武器にお花を。

 

顔を上げて、堂々と自分に与えられたギフトを表現していきたいーそう思っています。

 

 

本当の自分を思いっきり表現したい!

受け身な人生はもう嫌だ!

自分の人生を生きたい!

 

自己表現のブロックを破りたい人

自分の人生を生きたい人

人生の方向性、自分の強みを知りたい人

 

ご連絡ください。

https://chikaonaka.com/coaching/

震災の時神戸に行って、紛争の南スーダンを経て、23年ぶりに神戸の街を歩いてみて感じたこと

神戸の街を歩きました。

 

神戸は仕事が目的でしたが、阪神淡路大震災から丸22年経って「日本の目覚め」はどうなったのか?

 

私たちは何を学んだのか?何が変わったのか?変わらなかったのか、を自分の目で見て感じたいと思ったからでした。

 

1995年は「ボランティア元年」と呼ばれました。

 

私も救援物資を集める活動に参加して、1日中鳴りやまない電話の受付けをしたり、神戸へ行って、集まった洗濯機や自転車を配布しました。

 

ボランティアスタッフの移動と物資の運搬のためにトヨタ自動車が無償で大型バスを提供してくれたり、運輸省(当時)の人も一緒に来てくれたりと、「何か今までとは違うことが起きている」という感覚がはっきりとありました。

 

1日中鳴り続ける電話をとり続けて、人の中には「自分も役に立ちたい」という気持ちがあるものなんだ、と感じたり、みんなが一つになることによる「人間の底力」も「より大きな力」も感じました。

 

神戸東遊園地①

 

神戸東遊園地②

⬆️三宮駅 神戸市役所すぐ側の慰霊が行われる東遊園公園。

 

「シンドラーのリスト」など、数々の名作を世に送り出したスティーブン・スピルバーグ監督が「なぜ戦争をテーマとした映画をつくるのでか?」と聞かれて、こう答えています。

 

「戦争は人間を極限におき、人間の選択を問うからだ」と。

 

大変な時こそ、人と社会の真価が問われるという面があるのですね。

 

神戸で読んだ新聞の震災後23年の特集にはこうありました。

 

「震災がなかったら起業なんて考えなかった。でも一生懸命に生きることが生き残った人の使命だから」

 

震災がきっかけで奮起された方が人知れずたくさんいらっしゃるのだと思いました。

 

神戸新聞.jpg

 

国や社会全体がどう変わって、変わっていないのかは、改めてもっと詳しく書きたいと思いますが、

 

「復興」という時、私たちは元と同じように戻ることといった漠然としたイメージを思い浮かべますが、これだけの震災・災害が起きた後で、当然ながら街が単に元どおりに戻るわけではありません。

 

戦後の経済復興を経て、大きいもの・ハコモノが幅をきかす、それまでの延長ではなく、21世紀に向けて日本はどんな社会をつくりたいのか?どんな価値を新たに生み出し、世界に発信していきたいのか?という私たちの「再生」と「持続可能な社会」のビジョンが求められていたのだと思います。

 

その宿題は、東日本大震災へ持ち越され、そして少子化、人口減少が急速に進む中で、現在進行形で今でも続いています。

 

日本人は決められたレールを真面目に懸命に取り組むのは得意ですが、これからは新しい発想や価値を生み出すことにもっと重きをおくことができます。

 

それから、南スーダンなどにいた体験から感じたのは、それぞれの方の個人レベルでの「傷ついた体験」は23年経ってもまだ癒されていない面が大きいのではないか?ということでした。

 

南スーダンにしろ、いわゆる「トラウマ」の影響というのは、時間が経てば自然に解消するものではありません。

 

そうした影響は「世代間トラウマ」と呼ばれ、数十年、大きな戦争になると100年(4世代〜5世代)単位で影響があるとも言われています。

 

神戸生まれ・神戸育ちで、自らも被災して、避難所暮らしを送ったという友人に区役所や公園を案内してもらいましたが、被災して住宅をなくして以来、大阪や東京へ引っ越して「神戸はこわい」とそれ以来ほとんど戻ってきていない人も実はけっこういるということでした。

 

東日本大震災のときに始めて、「ああ自分は当時の影響がまだ残っているかもしれない」と気づく人も多かったそうです。

 

東日本大震災でこそ、心のケアや傾聴ボランティアがより一般的に認知されましたが、1995年当時はPTSDやトラウマケアという言葉もほとんど知られていませんでした。

 

また、ベトナム戦争やアフガンとイラク帰還兵がごく身近に存在して、PTSDが一般的な社会問題として認識されているアメリカと違い(逆になんでもPTSDというレッテルを張り過ぎる傾向もありますが)、また、日本人の気質からそうしたことを話したり、認めることは「恥」であるという感覚はまだ強いように感じます。

 

ただ、最近では、トラウマケアは「心の傷」というよりは、全身体的な課題であって、PTG (post-traumatic growth=トラウマ後の成長)という概念があるように、新しい自分に生まる「再統合」の機会としても認識されています。

 

人間は危機を体験すると、本能的に「闘争/逃走反応」 (fight or flight)として知られる「戦う」、または「逃げる」行動をとります。

 

戦うことも逃げることもできなかった時には、身体は文字通り身体はフリーズし、竜巻のようなエネルギーが外へ解放されず身体の中に溜まることになります。

 

そのエネルギーが数週間のうちに解放されるか統合されないと、いわゆる「トラウマ」の状態を引き起こすことになります。

 

危険を察知し身体全体に信号を送る「扁桃体」は、まだ「非常事態」が続いていると認識するため、「交感神経」が 優位になり、副交感神経系が機能できません。

 

結果、常に身体に緊張や凝りがあったり、眠りが浅い、リラックスできなかったり、不安や怖れが深い部分で残っていたりします。

 

鹿などの小動物がライオンやチーターなどの肉食動物に追われてうまく逃げられた時、 追われた動物は、「ぶるっぶるっ」と体を震わせて生体に留まっていたエネルギーや恐怖をふるい落とします。

 

動物ぶるぶる②

人間の場合、動物のようにエネルギーの解放ができるわけではないので、人間は身体に残っているトラウマのエネルギーを意識的に外に出す(解放する)必要があります。

 

 

南スーダン勤務による二次受傷(PTSD)からの回復した自身の体験を基に、丁寧に向き合います。

 

どうぞお気軽にご連絡ください。

 

info(at)peaceblossom.net

 

 

身体はトラウマを記憶する

 

 

イースタンメノナイト大学  (Eastern Mennonite University )によるトラウマのサイクル理論 ①

「暴力の連鎖のモデル」の概要:トラウマの理解と暴力の連鎖

 

どうしたら「憎しみの連鎖」を断ち切ることができるのか?どうしたらその人の中で紛争が終わったと言えるのか?ゆるしや和解を促すものは何か?ー私がそのような問いに向き合うことになったのは、独立前の南スーダン(スーダン共和国の「南スーダンと呼ばれる地域」)で国連職員として元兵士の社会統合支援に従事していた時でした。

 

当時、私が関わっていた元兵士の人たちの社会統合を支援するDDR支援(武装解除、動員解除、社会復帰プログラム=Disarmament, Demobilization and Reintegration: DDR)では、除隊兵士の人たちに、生計を立てるための新しいスキルや手段を身につけるサポートとして、職業訓練、農業支援、小規模事業支援(SME)と教育支援を行っていた。約40年続いた南北スーダン間の内戦を停戦させた「南北スーダン包括和平合意(Comprehensive Peace Agreement:CPA)」が、2005年1月9日に締結されてからすでに2年が経っていたものの、長年の内戦の影響で、道路や建物といったインフラも物資も驚くくらい限られ、職業訓練を提供すること、施設を建てることは、文字通りネジ一つから屋根まで隣国のウガンダかケニアから運んでくることを意味した。提供する側にとっても受ける側にとっても、多大な労力が求められたが、チャレンジを一つ一つ乗り越え、人々が少しづつでも前向きに前進していく様子に触れることができるのは光栄なことでした。

 

同時に、元兵士の人たちに接する中で明確に理解することに至ったのは、紛争後の復興においては、それがどんな分野であっても、紛争を肯定し、生み出した社会的背景、紛争の社会心理面における影響、人々にその自覚があるかないかにかかわらず「あの紛争はなんだったのか?」といった心の整理を求める感情面でのニーズを完全に切り離して、支援を行うことはできない、という理解でした。

 

これまでトラウマの課題は、難民や国内避難民や性的被害にあった女性(男性も含む)など、特殊のニーズを持った人々の課題であると狭義的な意味で捉えられてきた傾向があったののの、その課題やその影響が、より広義的に、その社会において紛争を生み出し、継続させる背景にある、という理解が広まってきています。また、トラウマは、個人と対象とする癒しや心理的なケア、また人を「治療」する課題というだけでなく、社会の根底に存在する構造的な課題や、また、それを正当化させ、継続させる社会文化的パターン、または質的な関係性にわたしたちの意識を向けさせてくれるものである、とも言われています。

 

そのような課題意識を元に、ここでは、世界の平和構築分野・平和支援の実務家や研究者に知られ、ソマリアの大統領等、現在に至るまで約60の国と地域からすでに8000人近くの人たちがトレーニングに参加しているSTAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)と呼ばれるモデルを紹介したいと思います。

 

STARプログラムと「暴力の連鎖のモデル」のはじまり

 

STAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)プログラムは、2001年に米国で起きた同時多発テロ事件をきっかけに生まれた。30年間にわたって中南米、アフリカ、アジア、ヨーロッパの各地で紛争の調停や助言にかかわり、当時、Eastern Mennonite UniversityのCenter for Justice and Peacebuilding Studiesの所長(創設者)であったジョン・ポール・レデラックをはじめ、この出来事を通して更なる報復と暴力が生み出されて行くことを予感した研究者の有志と3つの教会組織のトップが集い、暴力の連鎖を断ち切るためのトラウマに対する理解と方法論の確立、実践的なトレーニングの必要性を強く感じ、トレーニングが開始されました。

 

このSTAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)プログラムの特徴の一つは、「暴力の連鎖を断ち切るモデル」(Breaking the Cycle of Violence)と呼ばれる、どのようにトラウマが暴力や憎しみの負の連鎖をつくっているかを示す「暴力の連鎖(cycle of violece)」と、暴力の連鎖を超え、平和へ向かっていく地域、社会・国の特徴とその過程についての見取り図を示すメカニズムと示している点です。

 

このモデルの特徴として挙げられるのは、まず第一に、紛争の影響をもつ社会におけるトラウマの影響を個人、または社会全体への影響、世代を超えた影響という観点について、脳科学、心理学、修復的司法(restrative justice)、人間の安全保障、紛争変容(conflict transformation)といった包括的な視点から解説されていること、また、第二に、トラウマについては、従来、心理的側面に焦点が当てられる傾向がありましたが、トラウマは身体的、生理的、脳の神経系統への影響を及ぼす脳科学的な現象であるという理解がされている点です。

 

第三に、このモデルの特徴として特記したいのが、暴力がさらなる暴力を生み出す負の連鎖のメカニズムが提示されている点です。トラウマ体験は私たちの内に負のエネルギーを生み出し、そのエネルギーが発散されずに温存されると、更なる暴力を生み出して行きます。これは、Acting In、Ating Outと呼ばれ、癒されず身体と心に残ったトラウマが内に向かう(Acting-in)場合と、外に向けられる(Acting-Out)場合があります。

 

内に向かう(Acting-in)場合には、アルコールや中毒、過食症・拒食症、自傷行為、受動攻撃、落ち込み、うつといった形として現れ、外に向けられる(Acting-Out)、怒り、不寛容、口論、攻撃性、犯罪、DVといった身体的暴力となって周囲の人に影響を与えます。

 

以下の図は暴力の連鎖の仕組みを体系化した図ですが、個人レベルにおけるトラウマの体験だけでなく、こうしたトラウマのサイクルが社会レベルにおいても繰り返されていることを教えてくれています。

 

 

次に、被害者サイクルと加害者サイクルの各項目を紹介していきます。

 

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元国連職員でカウンセラー・セラピスト

国連勤務を経て、海外でトレーニングを受けた信頼と実績を持つコーチが、安心と効果を直に実感できるメソッドを提供します。

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン、東ティモール等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事に従事。紛争国での体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

 

帰国後、PTSD(二次性外傷性ストレス)と燃え尽き症候群になり、起きれなくなる。リックウォーレン師などが進めるCelebrate Recoveryという再生プログラムを通じて癒しと回復、再生を体験。同じ様な体験をしている人たちをサポートしたいという思いからコーチングとヒーリングを始める。

 

医師、医療従事者、国連職員、ビジネスパーソン(製薬、銀行、製造業など)、政府機関職員、地方公務員、NGO職員、通訳、カウンセラー、ソーシャルワーカー、クリエーター、大学生、中学生など多くの人から支持される。

 

《主な資格》

在米国バージニア州 Eastern Mennonite University (EMU) The Center for Justice and Peace-buildng,  Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STARトレーニング修了。

Facebookの最高責任者サンドバーグさんが突然夫を亡くしてから言ったこと「人はどんなことを成し遂げたことだけでなく、(逆境を)どう乗り越えたかで判断される」

「レジリエンス」「逆境力」

 

人が困難な状況から再び立ち上がっていくプロセスに注目が集まっています。

 

例えば、レジリエンスという概念が注目され、「精神的回復力」、「復元力」
などと訳されています。

 

Facebookの最高執行責任者のサンドバーグ氏が、「どうしたら女性が仕事で成功できるか」を書いた前作「LEAN IN」発表後、突然の事故で最愛の夫を失い、いかに逆境に向き合いそれを乗り越えるか「レジリエンス」について学ぶことになった、と語っています。

 

その時の体験については今年5月にカリフォルニア大学バークレー校の卒業式のスピーチで、初めて公けに彼女の体験や心境について語っています。
その中で、彼女は「人はどんなことを成し遂げたことだけでなく、(悲劇的な状況を)
どう乗り越えたかで判断される」という言葉を残しています。

 

また、全世界でもっとも視聴されたTEDベスト5にランクインし続けるブレネーブラウンの最新刊「立て直す力」も、人はどうしたらそんな状況から立ち上がれるのか?まさに似たようなことをテーマにしています。

 

立て直す力.jpg

 

逆境力、レジリエンス、回復力、立て直す力、トラウマ後の成長(post-traumatic growth) ー 言葉こそ違えど、そんな人たちの体験やPTSDからの回復に関する研究からは、ある共通項があることがわかりつつあります。

 

そうした過程にある共通点の一つは、自分のストーリーの再構築です。

 

自分の人生のストーリーを紡ぎ直すことです。

 

同じ場にいて、同じ人の話しを聞いていても、人それぞれ印象も覚えているところも違うことを体験したことがありますか?

 

私も南スーダンで分析の仕事をしていた時、同じ国にいて同じ人から同じ話しを聞いても人によって視点がまったく違ってびっくりしたことがあります。

 

そう。「現実世界」は一つしかないように見えても、感じ方・読み取り方は人それぞれ本当に違います。

 

社会認知に関する研究が示すとおり、私たちは人それぞれの「認知」や「観念」「レンズ」を通じて、身の回りの出来事や世の中を見ています。

 

つまり、自分が「事実」だと思っていることと、自分の「解釈」や「物語」とは同じとは限らない、ということです。

 

人間は「意味」を求める生き物なので、人は日々目にすること、耳にすること、体験することを自分なりの視点で判断し、「意味付け」しながら生きています。

 

そうして日々意味付けされたものの連続が、その人の「人生の物語」をつくっている、と言えます。

 

もっと言うと、自分の「解釈」や「物語」こそが、日々の「体験」をつくっている、とも言えます。

 

場所や職場、関わる人が変わっても、似たような体験をすることがあるのはこのためです。

 

「逆境」は、自分の「解釈」や「人生の物語」を含め、それまで自分が考えも疑いもしなかったことを見直す機会をくれます。

 

じゃあ、今度は、自分はどんな物語を紡ぎたいのか、どんなことを体験したいのか?

 

まったく新しくフレッシュに自分の「ストーリー」「物語」「体験」を始める機会を持てるのです。

 

「人生ってどうせこんなもの」?

「人生は苦労するもの」?

 

「人生は奇跡と喜びに溢れている✨✨✨」

 

せっかくなら、そんな物語がいいなと、私自身これを書きながら改めて思っているところです!

 

 

トラウマとまで言わなくても、人生では自分の思うようにならない時もあれば、理不尽なことも起こります。一人ではどうしたらいいのか分からなくなることもあるでしょう。

 

そんな波の中にいる時にどうしたいいのか?

 

少しでもそんなヒントになるように、トラウマやPTSDの回復理論やレジリエンスに関する研究と私自身の燃え尽き症候群やPTSDからの回復体験を質問形式にしてまとめました。

 

ここで挙げている質問は、リラックスして、まずは眺めてみて、思い浮かぶことをありのままに観察してみるというアプローチをオススメします。

 

質問を読んでもに何も思いつかなくても、ふとした瞬間に何か思い浮かぶ事もあるでしょう。

 

自分が前に進んだからこそ、意味を持ってくる質問もあるので、ぜひ定期的に眺めてみて下さいね。

 

ダウンロード・登録⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

だからこそあなたが輝くための55の質問目次.001

 

目次

あ、今の自分の状態について把握する

い.自分の「ストレス反応」を知る

う.今気になっていることについて観察する

え.喪失 (後悔、自責、サバイバーズギルト)に気づく

お.自己像、自己肯定感、自己受容度に気づく

か.自分の中の「不安」を意識化・言語化する

き.自分のコーピングスタイルを知る

く.自分と相手との優先順位(境界線)と当事者レベルを知る

け.自分のストーリー(解釈・認知)に気づく

こ.回復のストーリーをみつける

さ.試練の中の「意味」について知る

し.再結合・新しい自己の創造

す.回復・再生のためのステップ 

せ.トラウマからの回復・再生のプロセスで体験しうること

そ.トラウマからの回復の三段階

 

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「レジリエンス」や「逆境力」こそこれからの時代に求められる力ー人が困難な状況から再び立ち上がっていく過程にある共通点とは?

最近は人が困難な状況から再び立ち上がっていくプロセスへの注目が集まり、ある共通項があることがわかりつつあります。

 

例えば、最近では、レジリエンスという概念が注目され、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」というように訳されています。

 

また、これからの時代には、IQやEQ以上に様々な逆境に対応する力(逆境力)こそが重要であるとも言われ、ハーバードビジネススクール客員教授のポール・ストルツ(Paul G. Stoltz)博士によって、「AQ(逆境指数)」という概念も提唱されています。

 

レジリエンスという概念が生まれたのは、第二次世界大戦後でした。

 

ホロコーストで孤児となった子どもの追跡調査で、過去のトラウマから抜け出せずに不幸な暮らしをしている元孤児がいる反面、トラウマを克服して仕事や家庭が充実している元孤児もいることがわかったからでした。逆境を乗り越えられた人たちは、レジリエンス、復活力を持っているとされたのです。

 

日本で「レジリエンス」という概念が言われ始めたのは、震災からの復興や人々の再起という文脈でした。

 

また、トラウマケアの分野には「トラウマ後の成長」(post-traumatic growth)という概念があります。

 

人は単に「回復」するのではなく、文字通り「成長する」という概念です。困難は時に人の内面を根本から揺さぶるため、それによって人を生まれ変わらせる作用があるため、と説明されています。

 

もちろん、実際の体験は、単に理論や概念だけで語ることのできるものではなく、感情的な混乱や痛みなど様々なチャレンジがあります。

 

トラウマとまで言わなくても、人生では自分の思うようにならない時もあれば、理不尽なことも起こります。一人ではどうしたらいいのか分からなくなることもあるでしょう。

 

そんな波の中にいる時にどうしたいいのか?

 

少しでもそんなヒントになるように、トラウマやPTSDの回復理論やレジリエンスに関する研究と私自身の燃え尽き症候群やPTSDからの回復体験を質問形式にしてまとめました。

 

なぜ質問形式なのかと言うと、人それぞれ性格や状況や要因も違うので、「こうしましょう」という決まった一つの方法を示すことはできないからです。

 

ここで挙げている質問は、リラックスして、まずは眺めてみて、思い浮かぶことをありのままに観察してみるというアプローチをオススメします。

 

質問を読んでもに何も思いつかなくても、ふとした瞬間に何か思い浮かぶ事もあるでしょう。

 

自分が前に進んだからこそ、意味を持ってくる質問もあるので、ぜひ定期的に眺めてみて下さいね。^^

 

だからこそあなたが輝くための55の質問目次.001

ダウンロードは⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

目次

あ、今の自分の状態について把握する

い.自分の「ストレス反応」を知る

う.今気になっていることについて観察する

え.喪失(後悔、自責、サバイバーズギルト)に気づく

お.自己像、自己肯定感、自己受容度に気づく

か.自分の中の「不安」を意識化・言語化する

き.自分のコーピングスタイルを知る

く.自分と相手との優先順位(境界線)と当事者レベルを知る

け.自分のストーリー(解釈・認知)に気づく

こ.回復のストーリーをみつける

さ.試練の中の「意味」について知る

し.再結合・新しい自己の創造

す.回復・再生のためのステップ 

せ.トラウマからの回復・再生のプロセスで体験しうること

そ.トラウマからの回復の三段階

 

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《プロカウンセラー・コーチ大仲千華》

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン等で元兵士の社会復帰支援や現地国政府の人材育成に約10年従事に従事。

南スーダンでは80人強の多国籍チームのリーダーを務め、紛争国での現場体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。

米国政府の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

帰国後、PTSDから燃え尽き症候群になり、何もやる気がない・起きれなくなる。

心理学やカウンセリングを学び始め、自分の限界やシャドーを受け入れ、統合していくことを学ぶ。海外でトラウマ解放メソッドのトレーニングを受け回復する。

同時に、直感能力とヒーリング能力が飛躍的に開花。

同じ頃、似たような体験を持つ人、社会や人の役に立ちたいという人たちから相談を受けるようになり、もっと日本で自由に生きる人を増やしたいと思いコーチング・カウンセリングを始める。

心理面だけでなく、生理学的機能や脳との関係を踏まえたトラウマエネルギーの解消、豊富な経験と実体験に基づいた職務や人間関係の課題に対するフィードバックを合わせた統合的なセッションは医師、国際機関、ビジネスパーソンなどから支持を受けている。

スリランカ政府防衛省、フィリピン政府防衛省、バングラデシュ政府防衛省、大学など講師歴多数。

クーリエジャポン(講談社)で好評連載中⇨答えを求めない勇気

大仲千華の経歴はこちら➡️ http://peaceblossom.net

大仲千華コーチングはこちら➡️ goo.gl/2b1G8s

 

どうぞお気軽にお問い合わせください。

info(at)peaceblossom.net

 

私って考えすぎ?と思う人、パワハラにあっている人、人間関係で悩んでいる人へ ー絵本こそ人間と感情についての学びの宝庫

今日は、私ってちょっと考えすぎなタイプかなと思う方、パワハラにあっている人、人生このままでいいんだろうか?という問いがよぎり始めた方にオススメしたいことがあります。

 

「絵本を読むこと」です。

 

この数日、姪っ子と一図書館へ行って一緒に絵本を読む機会があったのですが、絵本には、人間社会の普遍的なテーマを物語形式で伝えてくれ、かつ、疑似体験させてくれる本質的な力があることを実感しました。

 

絵本というとかわいい絵があってハッピーエンドで終わるものというイメージを持つ人がいるかも知れませんが、実はけっこう残虐だったり、人が死んだりと「喜怒哀楽」と「ストーリー性」がはっきりしているものが多くあります。

 

一見子供向きの形をとりながら、大人向けの聞き心地のいいことだけが書かれた本よりも、むしろ絵本の方が、人間社会のより本質的なテーマをまっ正面から教えてくれます。

 

善と悪、共生と対立、生と死、生きる意味、勇気、幸福、人間愛などです。

 

例えば、絵本の中でも有名なものに、「スーホの白い馬」があります。教科書にも載せられていますし、皇室の美智子さまも好きな絵本として挙げられています。

 

ただ、内容としては、ハッピーエンドどころか、権力者の不条理な対応に打ちのめされる羊飼いの悲しいせつないストーリーです。

 

設定は、モンゴルの草原で馬を育てる羊飼いですが、

そこには、「人間」と「権力」という普遍的なテーマが描かれています。

 

スーホー

 

そもそも、人間が生きるところには、部族の集まりがあって、部族長だのなんらかの「制度」が生まれた。部族の知恵が伝承される集団もあれば、王政をつくった社会もあり。。。

 

圧倒的な力の差が存在する時、人はどうするのか?

人は「性善説」か「性悪説」か?

 

そもそも私たちが生きる社会には、わからないこと、不条理なこと、人間の弱さゆえに、善と悪の視点だけでは片付けることのできない問題がたくさんあります。

 

人間は弱く、どんな時代にも大人社会での「いじめ」もなんらかの形で存在しました。

人生で起きることも体験することも決していいことばかりではありません。

怒り、嫉妬、もどかしさ、悔しさ、無念さ、理不尽さ、などなど。。。

 

だからこそ、読み手は主人公とともに、さまざまな「喜怒哀楽」を感じながら、それを自分自身に投影させて、それを乗り越える快感を体験していくことができるのです。

 

時に、悲しいお話しに涙したり、時に怒ったり、不条理な出来事にやりきれない思いを感じたり、そんな自分の内面が揺れ動くことや「感情」というものを知りながら、かつ上手に好きあう術を学んでいくのです。時には自分の中の感情そのもののが「浄化」されることもあるでしょう。

 

本を読むことは、「実生活の『シミュレーション』である」、と言っているのは、子供の能力を伸ばす学習で有名な高濱正伸さんです。

 

私自身も数年前に「スーホの白い馬」を読んだ時には、涙がポロポロと溢れ出てきてびっくりしました。

 

この本を読んで泣いてしまう人はけっこう多いようです。

 

会社や組織での「理不尽な」対応ややり方がいいとは言いません。

 

ただ、絵本を読んでいると、人間の社会に「理不尽さ」はつきもの、とさえ感じられてくるのです。

 

昨日からお休みという方も多いかも知れません。

 

お休みでない方も組織で働く方ならのんびりモードな時期ですよね。

 

そんな時間がある時だからこそ、ぜひこの夏休みには、少し視点を広げて、ぜひ絵本に浸る時間を自分に贈ってあげてください。