日本人は自分だけが儲かればいいだけではがんばれない民族。世界のために果たすべき意義があってこそ日本本来の力が発揮される

日本人は元々自分たちだけがよければいい、儲かればいい、というようなレベルではがんばれない民族だと思います。日本人という人たちには、より根源的なレベルで自らを奮い立たすことのできる「存在意義」が必要なんじゃないか?

 

8月になって戦争関連のテレビ番組や新聞記事に触れながら、そんな想いを強くしています。

 

そして、この数日である問いが私の頭に浮かび続け、ある種のインスピレーションを受け取っています。

 

それは、なぜ日本はあんな焼け野原から世界第3位の経済大国になるまでの奇跡的な復興を成し遂げることができたのか?という問いです。

 

そして、その問いこそに、この閉塞感で行き詰まりの今の日本を抜けさせてくれるヒントがあるんじゃないか、ということを感じるのです。

 

日本の戦後の復興がいかに奇跡的であるかは、国連で紛争後の復興に関わった時改めて痛感しました。

 

例えば、東ティモールと南スーダンにおいては、国連は紛争の停戦だけでなく、その後の国の独立そして「国づくり」にまで関わりました。

 

特に南スーダンは、アフリカ(世界)最長の紛争からの独立だけあって、独立後の国づくりには、国連だけでなくEUや世界中の学者や政策アドバイザーが、それこそ復興のための最善の政策を考え、国連の活動の中でも特段大きな予算も注目もつけられました。

 

そうした外部の支援があっても、一番肝心なのは当事者たちの意思(特に新しく国づくりを担う国のリーダーたち)であるのは改めて指摘するまでもないのですが、南スーダンでは復興が進んでいないどころか、残念ながら内戦が再発し、以前よりもひどい状態になっています。

 

では、自然災害からの復興はどうでしょうか?

 

2006年12月に発生したスマトラ沖地震の津波で壊滅的な被害を受けたスリランカやインドネシアのアチェを例にとっても、その復興は日本の戦後の復興とはまったく程度が違います。

 

東日本大震災の後に、フィリピンやバングラデシュ、スリランカに出張した際には、「戦後の焼け野原から復興を遂げた日本は私たちにとっての希望。だから復興を応援している」という声をたくさん聞きました。

 

東日本大震災の時に日本が受け取った支援額の総額は個人と組織からの寄付を含め、ソマリアやスーダンの支援額を3倍も超え世界一位でしたが(2011年度)、そこには日本の支援(ODA)に対するお礼だけでなく、戦後の奇跡的な復興への「敬意」とさらなる発展に対する希望という意味合いもあると感じました。

 

日本の戦後の復興の要因としては、高い教育水準(識字率)とモラル、朝鮮戦争による特需や冷戦時代に米軍の傘の下に入りながら経済発展に邁進したこと(軍事・政治面での米国依存に引き換えという構図と引き換えに)などが一般的に挙げられてきましたが、果たしてそれだけで説明になっているのか?という指摘は根強くありました。

 

東日本大震災の時にも、今回の震災からの復興を見ることで(もしそれが再現されたなら)、日本の戦後復興の本質がより明らかになるだろう、と指摘した海外の大学教授の声もありました。

 

官僚主導による東日本大震災の復興は残念ながら成功とは言えませんが、それが逆に日本の閉塞状況を象徴するかのようで、同時に、戦後の復興の「特異性」を改めて際立たせることになったとも言えます。

 

そこで冒頭の質問に戻りますが、あらためて、なにが戦後の日本の奇跡的な復興の原動力となったのでしょうか?

 

今、改めてそこに想いをはせるとき、このような見方もできるのではないかと思うのです。

 

より根源的な原動力としては、なぜあのような戦争をゆるしてしまったのか?という悔しさと戦争・敗戦の屈辱を越えて誇りと尊厳を取り戻したいという大きな想いがあったということ、

 

だからこそ、軍事とはまったく違う力で(日本の場合、経済の力で)世界に尊敬される国として地位を再び確立したい、戦争をしたからこそ今度は平和に貢献できる国になりたい、という想いが根底にあったのではないか?と思うのです。

 

バブル崩壊以降、日本の企業や社会は、ますます内向きになり減っていくばかりの内需(人口)のパイを奪いあっています。

 

それは本当に幸せの道なのか?と確信を持てない人たち、これから何を目指したらいいのか?と違うものを求める人たち産みだしています。

 

日本人は元々自分たちだけがよければいい、もうかればいい、というようなレベルでは立ち動けない・がんばれない民族だと思います。日本人という人たちには、世界の平和というより根源的なレベルの「存在意義」があってこそ、本来の日本の力が引き出され、発揮されるのではないか?と思うのです。

 

もっと言うと、「戦争をしたからこそできる日本の貢献分野」があると思うのです。

 

これまでは、戦争をしたからこそ世界で目立ってはいけないという力学が無意識レベルで作用していたようにも感じます。

 

それが、昨年5月末のオバマ元米国大統領による広島訪問と、謝罪を求めないという広島のそれぞれの決断により、両者の和解と「日本の戦後」が大きく一歩前に進みました。

 

オバマ元米国大統領が広島を訪問して以来、日本での戦争に関する記事やテレビ番組も視点が国内だけでなくより世界へ視野が広がったような印象を受けています。

 

戦争をしたからこそできる日本の貢献分野は何か?

 

日本の強みや弱みは改めて何か?

 

そして、自分の役割は何か?

 

このお盆休みには、あえて視点を広げてそんな大きな問いかけをしてみてもいいんじゃないかな?と思います。

 

素敵なお盆休みを!

国連PKOの幹部経験者たちを突き動かす「原動力」とは?ーこっそり語ってくれた彼らの本音

イスラム圏7ヵ国からの移民の入国禁止令が出たかと思いきや、それが差し止めになったり、就任後わずか1ヵ月で安全保障補佐官が辞任したり──トランプ政権の発足後、信じられないようなニュースが相次ぎ、米国の動揺は世界に波及している。

 

当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなりつつあるいま、それに疑問を持たずに思考停止に陥るとさらなる危機が生じる──1994年に起きたルワンダ大虐殺を例にとり、筆者は警鐘を鳴らす。

 

集合場所はスリランカ最大の都市、コロンボの某米国系ホテルでした。

 

「講師の方は到着後、各自ロビーにてスリランカ軍と合流してください」

 

米軍太平洋司令部から送られてきた書類には、スリランカに到着した後の流れについてはそれしか書かれていませんでした。

 

他に知らされていたのは、これから我々講師4人でチームを組んでスリランカ軍に訓練を実施すること、4人のうち2人は元軍人であること。あとは研修の内容と担当分野ぐらいでした。

 

2012年9月、私は国連がスリランカ軍におこなう平和維持活動(PKO)の訓練で、米軍の専門家という立場で講師を務めることになっていました。

 

そのときのメンバーは米国人のJ、元カナダ軍のB、元マレーシア軍のD、そして日本人の私の4人。全員、すでに国連も軍も離れており、個人の専門家として参加していました。

 

私以外の3人には、ある共通点がありました。全員、国連要員として1994年にルワンダで起きた大虐殺を体験していたのです

 

ルワンダ虐殺のような世界を揺るがす大事件の現場にいた人たちは、いったい何を思ったのか?

 

今回の連載でこのテーマについて書きたいと思ったのは、トランプ政権がイスラム圏7ヵ国の移民入国禁止令を出したと思ったら、それがすぐに差し止めになったから。日々、予測不可能なニュースが報じられる状況に「いままで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなる時代がやってくる」と危機感を覚えたからです。

 

トランプ政権の誕生によって、私は「そもそも政府は正しいのだろうか」という疑問を持ちました。

 

政府はこれまで絶対的な存在で、権威や常識、そして私たちが「当たり前」だと思っていることの象徴でもありました。しかしその価値観が、もろくも崩れ去ろうとしています。

 

独立前の東ティモールにいたことがあります。そのときは通貨や法律、中央銀行はおろか政府が存在していませんでした。市場でトマトを買ったときに、3つの貨幣(インドネシアルピー、米ドル、豪ドル)でお釣りが返ってきて、無政府状態であることを実感しました。

 

では、「当たり前」なことが何ひとつ存在しなかったであろう、ルワンダ虐殺の現場にいた人はいったい何を感じたのでしょうか?

 

彼らの経験から、「当たり前のない時代」を生きるヒントを探ってみたいと思います。

 

ルワンダが生んだ絆

 

スリランカでおこなわれた訓練プログラムは、世界的にもよく知られたものでした。そのときの講義では、武装解除、元兵士の社会復帰(DDR)、人道支援、安保理決議や国連PKOの意思決定、演習など幅広い内容を網羅していました。

 

演習では、仮想国のシナリオに基づいて意思決定の過程をシミュレーションします。シナリオの策定には米軍もかかわっており、内容もリベリアやアフガニスタンなど世界中の事例が集約された本格的なものでした。

 

武力で敵を倒して破壊するのは簡単ですが、停戦後、政府や議会などの制度をいちから整えて国の根幹をつくり、復興を支援するためには、軍事だけではない幅広い視点を要します。私たち講師のチームに軍人と文民の両方がいたのは、そのためでした。

 

訓練は、我々講師チームがコロンボのホテルで合流した翌日から始まりました。私たち講師の間には、ずっと一緒に仕事をしてきたようなスムーズなチームワークがすぐにできあがりました。

 

「こんなに心地よく仕事ができるのは、同じ目的を共有しているからだろうか?」などと漠然と考えていましたが、実はもう少し「深い理由」があったことを後になってから知りました。

 

きっかけは、休憩中のおしゃべりでした。講義の内容が各々の過去を刺激するのか、休憩をしていると思い出話が始まることがよくありました。

 

「あのときは車が通れなくて、歩いて川を渡ったよ。もう少し流れが強かったら危なかったなあ。まあ、いま思えば懐かしいけどね」

 

たいていそんな他愛のない話をして、笑ったものです。そして、最後には、カナダ人Bが軍人っぽいちょっとシニカルなジョークを飛ばして終わるのが「定番」になっていました。

 

ある日、ルワンダ大虐殺が話題にのぼりました。誰かが、「あのときは周り一面が死体だらけだった……死体の上にさらに死体……」と言うと、周りのみんなも「そうだね」と静かに頷いていました。

 

 

えっ? みんな、あのときルワンダにいたの?

 

 

驚いていたのは私ただ1人でした。

 

国連やNGOで働いた経験を持つ者同士、それまで何をしていたのかを簡単に聞くことはあっても、長い経歴を持つ彼らに「原体験」について尋ねることはありませんでした。

 

その言葉を聞いたとき、私たちチームをまとめていたものが何なのかがわかったような気がしました。

 

ルワンダでの経験についてはそれ以上詳しくは語られなかったものの、彼ら3人からは揺るぎない決意が感じられたからです。

 

「あんなことを2度と繰り返してはいけない」と。

 

 

「壮絶な悲劇」が平和への問いかけを生んだ

 

ルワンダでは、1994年に人口の80%を占めていたフツ族によるツチ族の大虐殺が起こり、たった3ヵ月の間に50万~100万人が殺されたと言われています。一日に1万人以上が殺される日々が、3ヵ月間以上も続いたのです。

 

大学生のときに見たルワンダ虐殺の写真展のことは、よく覚えています。死体の上にいくつもの死体が重なった写真の数々を目の前にしたとき、それまで漠然と感じていた「どうして?」という疑問が、より強い形で私のなかにはっきりと跡を残しました。

 

「人間をこんなふうにさせてしまう状況はどんなものだったのだろう? 民族が違うというだけで、人はこれほど激しく争うのだろうか?」

 

このときに感じた衝撃と問いによって、私は大学院に進学し、紛争地の現場に向かうことになりました。

 

我々がスリランカで講師を務めていた訓練プログラムをいちから作り上げたのは、ある米軍士官でした。彼もこの虐殺が起きた当時ルワンダに派遣されていて、惨状を現場で目撃していたのです。

 

彼は帰国後の1995年、自ら志願してニューヨークの国連本部 にある平和維持活動局(PKO局)へ出向します。

 

そのときの心境を、次のように語っていました。

 

「とにかく、自分がやらなければならないことが山ほどあると思った。それで帰国後に迷わず国連への出向を申し出たんだ。

 

驚くかもしれないけど、僕がルワンダから戻ってきて国連PKO局に赴任した当初は研修の教材どころか、PKO参加国に対する訓練の基準もなかったんだ。

 

冷戦後、世界には問題が山積みだったのに、当時のPKO局自体がびっくりするくらい小さい部署だったんだよ。だからまず、参加国をまとめるための最低限の基準を構築するのが僕の仕事だと思ったんだ」

 

そして、彼は関係者や各国政府と協議を重ね、その仕事に邁進していきます。

 

冷戦が終結してまだ数年しか経っておらず、国連PKOに理解があったとはいえない時代背景のなかで、彼はその仕事を通じて、国連PKOに対する各国からの信頼とサポートを得ていきました。

 

こうして彼が作ったPKOに関する指針と訓練基準は、190を超える国連加盟国の総意として国連総会で採択されました。いまではこれに基づいた派遣前の訓練が各国で必ずおこなわれるようになり、10ヵ国以上の軍の士官が合同で演習をする多国籍訓練も開催されています。

 

実は、国連PKOの幹部経験者のなかで、ルワンダ、ボスニア、カンボジアなどでなんらかの「原体験」を持つ人は少なくありません。彼らがその体験を語ることはあまりありませんが、現場の惨状を知る者だけが持つ、言葉を超えた信念を感じたことは何度もありました。

 

私が国連PKO局にいたときの軍事顧問は、元オランダ軍の中将でした。彼は、1993年にカンボジアで国連の選挙担当官を務めていた日本人がポルポト派と疑われる民兵に殺害されたとき、地域治安部隊の幹部を務めていた人でした。

 

「あの事件があったからこそ、僕は仕事をやめずに続けなければいけないと思った」

 

彼は私に、そう話してくれました。

 

後に、彼が講師を務めた国連幹部研修に参加する機会がありました。彼はその研修で、これから現場の最前線に立つ人たちに役立てて欲しいと、自分が感じたジレンマも含めてありのままをシェアしていました。

 

そんな人たちと接するとき、「彼らを突き動かす原動力は何なんだろう?」とよく考えていました。突き詰めるうちに、それは使命感というよりは「探求心」に近いものではないかと思うようになりました。

 

なぜ人間は戦争を続けるのか、そして人類はどうしたらそれを防げるのか?

 

言葉にはならなくても、あるレベルにおいては誰のなかにも「人間」という存在に対する原初的な問いがあります。各自それぞれの「なぜ?」に向き合い続ければ、一生をかけてでも解き明かしたい問いや課題、そしてその答えを見つけることができるのでしょう。

 

ルワンダの虐殺から十数年を経て、沈黙し続けた生存者と加害者がはじめて当時の状況や現在の心境を語った『隣人が殺人者に変わる時 和解への道 ルワンダ・ジェノサイドの証言』(ジャン・ハッツフェルド著、かもがわ出版)のなかにこういう記述があります。

 

「俺たちは仲間にバカにされたり、非難されたりするよりも、マチェーテ(ナタ)を手に取った方が楽なことに気づいた。

 

(中略)

ある日を境に、僕は使い慣れたマチェーテを手に、隣人の虐殺を始めた。家畜を屠殺するように淡々と。

 

(中略)

 

旧政権はジェノサイドを命じ、市民はそれに従った。新政権は赦せというから、今度はそれに従っている」

 

これらの発言からは、政権の指示や同調圧力に疑問を持つのを止めると、普通の人の集団が100万人もの人を容易に殺してしまうのだということがうかがえます。

 

最近の事件でいえば、南スーダンが挙げられます。2016年12月と2017年2月に続けて、国連は同国で「大虐殺が起きる恐れがある」という警告を出しています。

 

なぜ、人間は戦争を続けるのか? まだその問いは続いているのです。

 

「当たり前」だったことがもはや当たり前でなくなりつつある時代において、自分で考えることをやめることが最も危険です。

 

 

誰が何と言おうと、自分の人生を生きるのは自分です。

 

自分に対する最終的な決定権を持つのは、自分だけなのです。

 

いまこそ、自分にとっての「なぜ?」を取り戻すときなのではないでしょうか。

 

クーリエジャポン2017年3月3日掲載

グーグルと国連で求められる究極の「訓練」①

彼のグーグルでの肩書きを聞くとみんな同じことを思うそうです。

「グーグルで『陽気な善人』というのは、いったいどんな仕事なんだろう?

しかも『それは誰にも否定しようがない』という注釈まで付いている。。。」

 

彼はグーグル初期の検索アルゴリズムを作った天才エンジニアらしい。

でも、何かコードを書いている訳でもなさそうだ。彼の仕事とはいったい???

 

実は、彼こそが、グーグルで受講待ちが絶えず、廊下まで人が溢れるほどの自己開発プログラムを開発し、この数年でシリコンバレー発の「マインドフルネス」ムーブメントを起こしている「火付け役」なのです。

彼の名前は、チャディー・メン・タン。グーグルの創設期のエンジニアだった彼は、組織の中核でバリバリと活躍していたものの、「職場で過ごす時間はもっと楽しくていいはず」と思い、それを可能にする研修プログラムを作りたいと思います。

メン(グーグルでの呼び名)は、職場で穏やかでいながら創造的であるための能力を育むツールとして瞑想に注目し、「仕事の時間の20%は自分が好きなことを学ぶ時間として使ってよい」というグーグルの制度を利用して、有志のグループと一緒に瞑想を始めます。

グーグルにはさまざまな自主学習のグループが存在し、メンの取り組みも、当初はその一つだったそうです。それが、徐々に社内で大きな話題になり、彼は、正式に研修プログラムの開発を担うことになります。

「エンジニアに平穏さを育む研修プログラムを作らせるなんて、なんて会社だろう!」と自分でもジョークにしている通り、メンは、グーグルのエンジニアらしく、瞑想の効果を、脳科学や医学における臨床結果を含め、科学的に証明されている最先端の研究結果を踏まえて検証していきます。

さらに、ダライ・ラマにも会いに行き、その分野における第一人者やリーダー達の知見を集めます。ダライ・ラマの意向にも沿う形で、メンは次々と協力者を得ていきます。

「これは、頭を丸め僧衣をまとった人たちのものではなく、実社会で暮らし、実業界で高いストレスを体験をしている人に向けたもの」とメンが言うように、EQや瞑想、マインドフルネスと呼ばれているものがどう仕事に役に立つのかを分析し、その上で「この方がエンジニアには説明がしやすい」と再構築され、まとめられたのが「サーチ・インサイド・ユアセルフ(SIY)」です。

SIYは、正式に開講されるやいなや、グーグル内で熱狂的に支持されます。グーグルに正式に導入されてからは、「仕事が楽しく創造的になり、かつ生産性を上げる」として有名企業によって次々と導入され、ザッポスのCEOトニー・シェイからも賛辞が送られています。

 

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⬆️ 世界26カ国で翻訳・出版! New York Times ベストセラー

 

「最も働きがいのある企業」の第1位にも輝き、自由だと言われるグーグルでさえ、職場で同僚たちと一緒に過ごす時間を含め、仕事を楽しいと思えるには努力がいるという事実を知って、思わず共感してしまいます。

 

SIYの内容については、同タイトルの『サーチ・インサイド・ユアセルフ』(英治出版)でも紹介されているのですが、SIYの中でも重要な要素として挙げられているのが、「認知の力」を鍛えることです。

 

ここで言う認知の力とは、次のような能力を指します。

(1)ある出来事に対する自分の反応と見方を理解する自己認識力

(2)他人が関わっているとしたら、同じ状況を相手はどう見ているのか、そして、どういう選択肢があるのかを客観的に眺められるようになる能力

 

では、認知の力を鍛えるとはどういうことなのでしょうか?それを理解する鍵の一つは私たちの脳の機能にあります。

 

脳科学の研究が指摘するように、人間の脳はポジティブなものよりもネガティブな情報や出来事に対してずっと強く反応するという特性を持っています。

この事は、私たちが目の前の人をどう認識するのか、という認知プロセスに関する理論からも説明することができます。

私たちが目の前の人を認識するには、次のようなステップを経ます。

 

1、二分化

脳は、目の前で起きている出来事を理解するために、自分と相手との関係を判断しようとする。この際に脳がとる思考法は、人間に本能的に備わった最も基本的な分類。「この人は自分の敵か味方か?」脳は目の前にいる人が自分の敵でないことが判明するまでは、基本的に相手のことを「敵」だと認識します。

 

2、確証バイアス

同時に、私たちの頭の中に瞬時に浮かぶのが、職業、性別、社会的階層、人種、民族、宗教などの「カテゴリー」であり、私たちは「○○の人は~だろう」という、それぞれのカテゴリーに関する解釈や推測を瞬時に行う。

 

3、対応バイアス

そして、そのカテゴリーに関する自分の中の解釈にしたがって、自分が見ると予想していることを相手に見る。

 

ストレスが高い時にはこうしたバイアスやステレオタイプがさらにが強化される傾向があるそうです。

つまり、特別な人がステレオタイプや偏見を持っているのではなく、この認知プロセスに関する理論によると、私たちは本当に相手のことを見ているというよりも、自分の好きなように相手のことを見ている、という事になります。

 

しかも、一度自分の中で決められた第一印象は自動的に修正されることはなく、その印象が変わるためには、その印象を覆すだけの脳への刺激が必要とされます。(初頭効果)

 

例えば、自分の上司が微笑みかけた瞬間はすぐに忘れてしまっても、上司が大きなため息をついたのを聞いたがばかり、そのことが気になってしょうがなくなる、ということもありえる訳です。

 

心理学者のバーバラ・フレドリックソンは、すでにあるネガティブな印象を変えるなら、少なくともその3倍以上のポジティブな印象をインプットする「変換作業」が必要だと言います。

 

私たちを突き動かしているものは、事実というよりも認知なのです。

 

認知の力を鍛える方法の1つは….グーグルと国連で求められる究極の「訓練」②に続く

【メディア掲載】時代の転換期ー世界情勢の異変の背景にあるものとは?

頻発するテロ、世界的なポピュリズムの台頭、ナショナリズムー

 

いったい私たちは今何を理解することが求められているのでしょうか?

 

いま世界中で起きているこうした異変の背景には「恐怖に対する無自覚」があります。

 

いままで対峙したことのない「恐怖」に出会ったとき、我々はどう向き合うべきなのか? 

人間はチンパンジーに退化するのか?それとも??

 

 

クーリエジャポンでの連載「答えを求めない勇気」の第三回目の記事が配信されました!

 

「答えを求めない勇気」大仲千華 Vol.3 「チンパンジー化」が進む地球の上で、未知の恐怖に打ち勝つ方法

 

ご一読いただけましたら幸いです。

 

アイデアはどこからやって来るの? 本読んでないのに原稿書けるの?ー原稿を書き始めて学んだ直観力トレーニング

 

アイデアはどこからやって来るの?

本読んでないのに原稿書けるの???

 

はい、書けるんです!

 

クーリエジャポンでの連載「答えを求めない勇気」の第三回目の記事が配信されました。

 

「答えを求めない勇気」大仲千華 Vol.3 「チンパンジー化」が進む地球の上で、未知の恐怖に打ち勝つ方法

 

最近、世界情勢が激しいので、テロだとかいわゆる「第四世代の紛争」と呼ばれている現象についての洞察を体験談を交えて書きたいなと漠然と思ってました。

 

ただ大きいテーマだし、具体的にはまだ固まってなくて、さてどういう切り口にしよう???と、

アイデアが頭に浮かぶままに紙に書き出したりしながら、ゆる〜く構成案を考えていました。

 

そんな時に、私のセッションにいらしたクライアントの方がふと言いいました。

 

「あのブログの記事を読んで涙が出たんです。」

「へっ?そうだったの?」(ポカンとする私)

 

講座に参加した人が言いました。

「ミンデルの本に感化されたんです」

(紛争心理学というマイナーな本の著者)

 

ああ、コレだ!💡💡💡

 

ひらめき2

 

 

点と点が繋がって今回の記事になりました。

 

 

ところで、私の記事を読むと、沢山本を読んでいたりするような人の印象を与えるようですが、実を言うと、最近読んだ本で最初から最後までちゃんと読んだ本はあまりなくて、

最近で最後まで読んだのは窓際のトットちゃんくらい(笑)

(←これは面白かった!そして泣いた。。。)

 

だって、情報過多な時代、そんなに文字頭に入らないし、必要なところだけ読めばいいから。

 

 

書くからにはいいものを書きたい。

そのためには自分のピン!と来る感覚に感覚を澄ませる。

こうして、原稿を書くことは、直感力のトレーニングになっているようです。

 

ふと目にしたニュースや届いたメールの

一文にピン!と来たり、

本を開いたら必要なページが目にとまるとか、

そういうことがあるから。

 

だから、

自分のキャッチ能力と識別力の「精度」がより上がればいいなと思います。

 

記事も「考える」というよりは、

背景情報をある程度理解した後は、

数日寝かして、

パズルのピースが一つになるのを待ちます。

 

 

ある日

ピン!!!

💡💡💡

 

一つ一つのパズルが繋がり、

パズルが一つになった感覚(全体像)を得たら、

それを文字にしていくという作業です。

 

書くからにはいいものを書きたい。

だから自分の感覚に耳を澄ませる。

よいトレーニングになっていま~す。

 

メッセンジャーになってくださった方々ありがとうございました~ \(^o^)/

内戦をしてきた軍隊の前に立つことになったら?①「パースペクティブテイキング」の威力

目の前には迷彩服の軍人の人たちがずらり。

彼らは内戦をしてきた国の軍人たち。

内戦の前線から戻ってきたばかりの人もいる。

 

私は彼らの講師を務める立場。

私に軍人経験はないし、

重い装備など10分も担げない。

彼らはある事で頭がいっぱい。。。

 

さて、どうするワタシ???

 

自分の視点や価値観を押し付けずに、いったん相手の意見を受け止め、なぜ相手はあのような事を言うのか、と相手の視点で物事を見ること。

 

自分の視点と考えから一旦距離をおいて、相手の視点と立場に立ち、相手の相手の思考のフレームワーク、価値観や感情を理解すること。

 

相手と見ている全体像が違ったとしても、同意するかは別として、相手の立場から同じ状況を見て、そこから互いの共通点を探っていくこと。

 

これは、「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」と呼ばれます。

相手の視点と立場から物事を見て、相手の考え方や感情を理解する力です。

 

シンプルに聞こえながら、このパースペクティブ・テイキングは、私が南スーダンで兵士の人達と接している時や、内戦をしている軍隊の人たちに講師を勤めた時にも、大きな力を発揮してくれたのでした。

 

これは、相手のことを理解するのは大切です、というモラルの話しではありません。

 

この「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」こそ、

多様な意見や人をまとめる立場にある人はもちろん、

これからますます多様なバックグラウンドを持つ人たちと接することになるであろう私達を助けてくれる一つの鍵でもあろうと思うのです。

 

では、相手の視点や考え方を理解すると、どんなことが可能になるのでしょうか?

パースペクティブ・テイキングの力とはどのようなものなのでしょうか?

どんな時にそれが力になるのでしょうか?

 

それを説明するためには、逆に、私たちは普段、目の前の人のことを10%も理解していないらしいという事実に簡単に触れたいと思います。

社会心理学が教えてくれる認知プロセスというものによると、私たちが相手を理解する際にはいくつかのステップを経るそうです。

1、二分化

まず、目の前で起きている出来事を理解するために、脳は自分と相手との関係を判断しようとします。この際に脳がとる思考法は、相手を分類することであり、人間に本能的に備わった最も基本的な分類方法は、「この人は自分の敵か味方か?」という分類です(二分化)。

 

2、確証バイアス

そして、脳がそれを判断するのと同時に、私たちの頭の中に瞬時に浮かぶのが、職業、性別、社会的階層、人種、民族、宗教などの「カテゴリー」です。

私たちは、ポジティブなものもネガティブなものも含め「○○の人は~だろう」という、それぞれのカテゴリーに関する解釈やバイアスを持っています(確証バイアス)。

 

3、対応バイアス

そして、そのカテゴリーに関する自分の中の解釈にしたがって、自分が見ると予想していることを相手に見ます(対応バイアス)。

この理論によると、私たちは相手のことを本当に見ているというよりは、自分が思うように相手のことを見ている、という事になります。私たちは言葉を交わす前から瞬時に沢山の推測をしているからです。

しかも、「初頭効果」というものが働くために、一度自分の中で決められた第一印象は、自動的に修正されることはなく、その印象が変わるためには意識的な努力を要すること、また、ストレスが高い時にはステレオタイプがさらにが強化される傾向がある事が指摘されています。

つまり、特別な人がステレオタイプや偏見を持っているのではなく、誰もがなんらかのステレオタイプを持って相手のことを見ているという訳です。そういう意味では、私たちは目の前の人の事をほとんど見ていないのかも知れません。

改めて聞くとちょっとびっくりです(汗)。。。

 

では、これは日常レベルではいったい何を意味するのでしょうか?

まず、人は自分のことを客観的に見てくれているだろうという観測(期待)を見直すこと、同様に、こちら側も周りの人のことを理解しているだろうという「思い込み」を見直す必要があるということです。

例えば、一生懸命にやっていれば、人は自分のことを分かってくれるだろうという訳ではなく、理解するのにも理解されるのにも自ら積極的に働きかける必要があるのです。

人を理解し、人に理解されるということは意識的な努力を必要とする作業であるという認識を持つことです。

 

私自身、この他者認知のプロセスに興味を持つようになったのは、ボスニアの内戦やルワンダでの虐殺といった「民族紛争」と呼ばれていた現象について、疑問に思ったことがあったからでした。

 

民族が異なるだけで本当に人は争うんだろうか???

もし、民族の「違い」が紛争になる時があるとしたら、

それはどんな時で、それはどうしたら防げるのか?

 

私の大学院での研究や国連の現場での実務にはそんな関心がありました。

 

実際、このような他者(社会)認知のプロセスは、集団や国レベルでも同じ様に働きます。歴史的にも、ナショナリズムやポピュリズムが高まり、紛争や戦争が起こる過程では大抵、こうしたステレオタイプがなんらかかの形で煽られていく様子が見られます。

 

1、同一化

今まで安定をもたらしてきてくれたと思われる「秩序」や 「アイデンティティー」が脅かされているという不安、または、なんらかの形で傷つけられたと感じる時、自分に安全をくれそうだと感じられるより大きな集団にグループアイデンティ ティーや帰属感を求める。

 

2、優越化と序列化

こうした過程では、まず、自分の集団の価値の方が優れていると思いたい優位性保持のメカニズムが働き、自らの価値を中心に、他者は劣るものとして、他集団を序列化する(優越化と序列化)。

 

3、自己正当化

そして、自分の方ではなく、相手側の責任や課題に焦点が当てられ、こちらが「正しく」、相手が「間違っている」と決着をつけようとする。

 

4、「悪」と「善」の二元化

さらに、私たちの平和を破壊する悪(evil)に対し、正義は勝たなければならないとする、「悪」をやつけるための「善」が生み出される。(悪と善の二元化)

 

5、非人間化(de-humanization)プロセス

このプロセスがさらに激化して行くと、相手は気の狂った野蛮な「悪魔」や「動物」となり、「人間でない存在」として、武力行使や報復が正当化される (「非人間化(de-humanization)」)。

 

例えば、独立後の南スーダンで「部族闘争」が再発する過程においても、日本とアメリカが戦争に突入していく過程において、または、スリランカでシンハラ系住民とタミール系住民との内戦が激しくなっていった過程においても、このようなプロセスを見ることができます。

 

では、どうしたらこうしたプロセスを防ぐことができるのでしょうか?

または、一旦起きてしまったこのプロセスを元に戻す過程とはいったいどういうものなのでしょうか?

 

私自身、武装勢力との内戦を展開中のフィリピン軍で、研修の講師を務めることになった時に、正にこのパースペクティブ・テイキングの力を実感したのです。

内戦をしてきた軍隊の前に立つことになったら?②「パースペクティブテイキング」の威力