議論と対話は違うーじゃあ「対話」ってなあに?ほんとうの理解や新しい発想を生みだす対話とは?②

無理にこちらが話そうとして相手にとって面白いのかわからない話題を続けるよりも、

質問をして相手に話してもらった方がいい、と言いました。

 

そして、

会話を広げる質問として、「対話的な質問」というのを挙げました。

 

では、何を「対話」と言うのでしょうか?

 

対話の特徴の一つはその前提とそのアプローチにあります。

 

私自身、南スーダンで元反政府軍の人たちと関係を築いていく中で、非常に役に立っていたと感じた「対話的な質問」がありました。

 

例えば、彼らが怒りだす時、彼らの真意がなかなか掴むめない時、表面的には同意しているようでも、何かがお互いの間で理解されていないように感じた時などです。

 

「今、あなたが仰った事はとても大切だと感じました。あなたが仰ったことを理解したいと思っているのですが、よかったら、どうしてそのように考えるようになったのか教えていただけませんか?と、聞き続けたことです。

 

別の言い方をすると、次のような意図の質問をすることです。

 

◎ どのような考えでその結論にいたったのですか?

◎ そうおっしゃるのにはどんな理由があるからですか?

◎ その考えの背景にはどんな事実や体験があるのですか?

 

これはどういうことを意図した質問かというと、

 

相手はなぜそう考えるのかということを理解する質問です。

 

その意味とは、

 

人が何かいう時、自分の意見や感想をいう時、

「人にはなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景がある」という前提に立つことです。

 

その意見そのものとは同意できないし、相容れないように思っても、

人はなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景は理解できるという考え方です。

 

そのためには聴くことにもっと意識的になることが必要です。

 

自らの意見を正当化し、議論に「勝つ」ためではなく、

自分とは違う意見や異なる視点を理解するために聞くこと。

 

相手の考えを主観的なものだと決めつけるのはなく、

相手がどのような体験を経て、

そのような考えを持つように至ったのかを理解するために聞くこと。

 

相手が間違っていると証明するためではなく、自分の理解を広げるために聞くこと。

相手に反論するためではなく、お互いの共通の理解を得るために聞くこと。

 

自分の推測に基づいて聞くのではなく、

新しい理解や可能性にオープンになるために聞くこと。

 

議論も対話も両方が必要なものですが、

お互いの理解や洞察が深まったり、新しい見方ができるようになったり、

参加者が納得するような同意が生まれる時には、

なんらかの形で対話的な要素が起こっていると言えます。

 

 

その上で、

一時的に自分の考えを保留し、人それぞれに持っている意見や価値観の背景、理由を探求し、共有できる新しい考え方を共に探っていくこと。

 

対話の力は、

変化の早いこれからの時代、

 

新しい発想や創造性を生み出す場づくりのスキルとして、

課題解決のスキル等として、

主体性を引き出す新しいリーダーシップのスキルとして、

多国籍なチームや全く違う考えを持つ人たちと会話を広げ合意を得ていくために、

対立や紛争解決(conflict resolution)の手段として、

 

これからますます大きな力となることでしょう。

広告

集合先はスリランカの首都コロンボの某米国系ホテルー米軍太平洋司令部 (USPACOM)派遣専門家としての「働き方」

集合先はスリランカの首都コロンボの某米国系ホテル。

各自到着後、翌日何時何分にロビーにてスリランカ軍の迎えの人に合流してください。

 

米軍太平洋司令部 (USPACOM)から送られてきた書類にはそう書いてありました。

 

派遣前の手続きの一環として課された治安対策トレーニングや米軍に提出する書類はかなりの量だったのにも関わらず、当日の流れについて書かれていたのはそれだけでした。

 

他に知らされているのは、これから4人でチームを組んで、スリランカ軍に向けた訓練を実施すること、4人のうち2人は元軍人であること、研修内容と担当分野、各自の予定到着時刻だけでした。

 

私は、スリランカ軍で行われる国連の平和維持活動についての訓練で講師を務めることになっていました。

 

私は米軍の専門家という立場で、すでに国連を離れていた時期でした。

 

所属は米海軍大学院 US Naval Postgraduate School, the Center for Civil-Military Relationsというところです。

 

バングラデシュ軍やフィリピン軍、スリランカ軍で国連PKOに関する多国籍演習や国連幕僚課程(UNSOC:United Nations Staff Officer’s Course)や国連PKO教官課程(UNPKO Instructors’ Course)などを教えました。

 

さて、その時のメンバーはアメリカ人のジェフ、元カナダ軍のボブ、元マレーシア軍のデービッド、そして日本人の私の4人でした。

 

それぞれ、すでに国連も軍も離れている個人の専門家としての立場です。

 

講師チームは全員で4名で1チームをつくりました。

 

研修内容は本格的で内容も興味深いものだったのですが、私が面白いと思ったのは、こうした「働き方」でした。

 

だって、集合場所はコロンボのホテル。

メンバーは太平洋を越えて合流する人もいればフライト時間も到着時刻もそれぞれです。

 

それでいったい研修が成り立つんだろうか?

 

そんな疑問が日本で書類を受け取ったわたしの脳裏にふとよぎったのですが、十分に成り立ったのです。成り立ったどころか素晴らしいチームワークを発揮できたのです。

 

こんな働き方があるのか!とある意味わたしの仕事観さえも更新された体験でした。

 

そんな「働き方」も可能なんだというお話しを今回はしたいと思います。

 

研修で扱うテーマは、国連PKOにかんする主なテーマすべて。

武装解除・動員解除・元兵士の社会復帰(DDR)から人道支援、安保理決議や国連PKOの意思決定と組織構成について、交渉、武器使用権限、交渉、停戦後の復興について、そして演習です。

 

武力で敵を倒し、破壊するのは簡単ですが、停戦後、政府や議会などの制度を一から確立し、国の根幹をつくり、国が復興へ向かうための支援をすることは軍事的な戦略を超えた幅広い視点を要します。

 

そのため幅広い知見をカバーするために軍人と文民の両方がチームを組んで最低2週間の研修にのぞみます。

 

講師チームはたいてい4名で1チームをつくりました。

 

顔をあわせるのは前日でした。

しかもみんなフライトの到着時刻もバラバラなので、集合はホテルの朝食場所で、

そこで初顔合わせなのですが、実際は半分以上は雑談でした。

 

訓練はさっそく翌日から始まりましたが、前日に合流したとは思えないスムーズなチームワークがありました。

 

米軍のつくったカリキュラムは1日中びっしりで、

1日50分のコースが7コマもありましたが、それぞれがそれぞれの役割を果たし、

コースはスムーズに流れていきました。

 

コーヒーブレークにはジョークを言い合ったりもしました。

 

その中でも仲よくなったアメリカ人のジェフとの会話でスリランカの経験について学んでいたと思っていたのに、日本について学んでいたことに気づいたこともあります。

 

アメリカ人のジェフが言いました。

 

「戦争って『勝つ』方も本当の意味で勝利じゃないよね。

アメリカではこんなこと言う人少ないけど、原爆の投下ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ。」

 

その時点でスリランカ内戦終結からすでに3年ほどたっていましたが、シンハラ系住民にもタミル系住民の間にも、それぞれに大きな苦しみや大きな葛藤があり、かつ、

同時に、もう二度と内戦には戻りたくないという強い思いも感じる、という文脈での会話でした。

 

「まあ、僕たちの国も大きな戦争をしたけどさ、今こうやってすでに戦後生まれ2世の日本人のChikaとアメリカ人の僕がこうやって、世界の平和のため(国連PKO)のトレーニングの講師を一緒に努めているんだから、世の中少しは進んでるよね」と続ける彼に

勝手に「同志」のような繋がりを感じながら、私も大きく頷いていました。

 

そんな彼との会話も印象的でしたし研修自体も成功となりました。

 

スリランカ軍の参加者が個人的な体験を話し始めるなど、国連や外部の立ち入りや調査団を何度も拒否してきたスリランカ政府の歴史から考えても、驚くような展開もありました。

 

共振する人たちとチームを組み、そんな風にスムーズにかつ楽しくかつみんなで「いい仕事」ができるものだと私の中の「仕事観」も更新されました。

 

個人専門家が集まりプロジェクトベースでチームを組む。

 

世界単位でもそういう働き方が可能である!ということを実感したのでした。

 

欧米ではそういう働き方をする人がすでに増えていますが、さらにこうしたトレンドは進んでいくと思います。

 

だから、やっぱり英語で仕事ができる能力を身につけましょう!

 

だってそうしたら働き方も仕事の可能性もぐーーーーーーんと広がるのですから!!!

10年働いても指示待ち&自分で考えられない人 vs どんどん自信をつけていく人ーその差は普段自分はどうやって○○○しているかを意識しているかにあった!

人生を生きていると当然ながら学校から就職、引越しから結婚、転職など、いろんな局面で自分でなにかを決める必要が出てきます。

 

その選択が自分の人生の方向性や自分の価値基準に沿っているとき、いい気持ちがします。

 

先が開けていくというような、人生がいい方向に向かっているという感覚を感じるときもあります。

 

人はある程度自分の直感を含めてそうしたことを無意識にやっていますが、

 

何かを決めるときには答えを導き出すための「考える順番」=「考えるための型」というのがあります。

 

例えば、

著書累計発行部数5000万部突破!の超ベストセラー

 

1分間意思決定―決断力が身につくたった1つのルール

 

1分間意思決定

 

ではそうした手順がわかりやすく詳しく紹介されています。

 

 

人生は決断の連続だとすると

こうしたことを知っているか、習ったことがあるかどうか、

自分はどうやって決めているかを意識しているかどうかでは

長い人生の質に大きな「差」がでるだろうと感じます。

 

 

 

この本によると、

 

一番はじめに考えるべき一番大切なことは

 

自分はどういう状態・結果を望んでいるのか?

自分にとって理想の状態とはどういうものか?

という質問です。

 

または、

自分にとって理想のライフスタイルはどういうものか?

自分にとって大切な価値観とはどういうものか?

何を大切に生きていきたいのか?

自分にとって優先順位が高いものは何か?

どんな時にやりがいを感じるのか?

とも言い換えられます。

 

 

例えば、

転職やキャリアを考えるとしたら、

自分にとって理想の働き方はどういうものか?

自分にとっての優先順位はどういうものか?

仕事に求めるもので自分にとって大切なことは何か?

といった質問です。

 

 

どんな「決断」にも「論理的な問い」と「内面的な問い」があります。

 

人は論理的にいろいろな条件やメリット・デメリット判断するだけでなく、

人それぞれの価値基準をもっているからです。

 

 

その選択が自分の価値観に沿っているときには、

いい気分がして、物事も身体も自然に動きます。

 

 

自分で決めると納得感がありますし、なにより自分で決めたという体験自体が自信になります。

 

自分の意思で決めたので多少の困難があっても、ふんばれます。

 

では自分で決めないとどうなるでしょうか?

 

「こんなはずじゃなかった。」

「そんなこと聞いてなかった」と

誰かのせいにしたくなる気持ちがでてきます。

 

自分で決めていないので

目の前の状況や自分の人生に対してどこかで他人まかせにしています。

 

指示待ち人間 & 自分で考えられない人が増えていると言われていますが、

自分で決める体験をしてこなかったことも関係していると思っています。

 

会社や組織でそれなりに仕事をこなす人でもそういう傾向はあるように感じます。

 

私は約10年国連のPKO活動、元兵士の社会統合支援、仲裁、現地国政府の人材育成にかかわってきましたが、国連という組織は基本的に有限契約の組織です。

自動昇級や自動更新はなく、毎回自分で職種に応募します。

 

すると「毎回職探しをしなくてはいけなくて大変でしょう」という反応を受けるのですが、

世界的にみると職種に応募する方が世界的には一般的で、終身雇用

(その前提もすでに崩れていますが)や会社が勝手に辞令を出す日本の方が特殊です。

 

そして、こうした方式のメリットがあります。

 

まず、自分がやりたくない仕事に回されることはなく、自分が行きたくない国に行かされることはありません。

 

世界150カ国以上に展開する組織において、

やはり本人が望んでいない国や文化に派遣されるのは本人にとって苦痛でしょうし、

結果、双方にとって大きな損失になるでしょうから、

この点は非常に重要だと思います。

 

なにより、こうした制度で改めて重要だと思うのは、毎回自分が職務内容を確認して、

どうして自分はこのポストに最適なのか?ということを明記し応募し、

面接で伝えるという手順を毎回繰り返すことによって、

自分の責任感が養われるということです。

 

もちろん国連の仕事に限らずどんな仕事にも面白いもあれば大変な面もあります。

 

そんな時、自分で応募して、なぜ自分はこの職種に就きたいかを毎回面接で訴えるわけですから、簡単に辞めることもできないし、

 

もう少しなんとかしてみようと思います。

 

この場合の「責任」というのは自分を力づけてくれるパワーとも言い換えられると思います。

 

自分で「決める」たびに本来の力を取り戻していくのです。

 

 

そういう意味では、仮に「上司に言われたから」であっても、完全に自分の責任を放棄してしまったら、自分にとって損失ですね。

 

同様に自分の力や潜在能力を奪う「決め方」は、

 

みんながやっているから自分もそうする

人から「答え」を教えてもらって、自分で決めずにそれに従う、

自分で考えず、調べず、大勢の人がやっていることにただ従う、

という決め方です。

 

 

「決める」という行為は、

 

自分を知り

自分に対する理解を深め、

自分が自分を大切にし、

自分で自分の願いに耳を傾け

自分で自分の願いを尊重し、

 

 

自分はこうしたい!

自分はこういう人間です!

自分はこういうことを大切にして生きていきたい!

ということを

 

いわば宇宙に向かって宣言をするようなもので、

 

その本質とは、

自分で自分が大切にすることを追求してもいい!

 

つまり、自分が自分を信じる=「自信」への投資とも言えるのです。

 

ぜひたくさんに人にそんな体験をして欲しいと思います!

 

https://chikaonaka.com/coaching/

20代半ば、30前、30代半ば、そして40前後に「このままでいいんだろうか?」と思った時に考えるべき一番初めの質問

これまでほんとうの意味での情報収集や意識決定をしたことがありませんでした!

あるクライアントさんの感想です。

 

ちなみに彼女はロースクール(大学院)を卒業したとても優秀な仕事のできる方です。

彼女の能力が高いのは彼女の書いたものを読んだり話しをすればすぐにわかります。

職場でも上司の信頼も厚く、入庁何年目かの人が対象になる表彰を受けたそうです。

 

これはその彼女の発言なのです。

どういう意味かというと、自分のことは自分で決めてきたつもりだけれども、

それはあくまである程度決まったレールの上での選択だった、という意味で、

ほんとうに意味で自分の生き方を決めてこなかったというのです。

 

ご本人にとっては少しショックな発見だったのですが、実はそういう感想を聞くのは珍しくありません。

 

20代半ば、30歳になる前、30代半ば、そして40歳になる前、40代超えてからも

人は特にこうした節目で「このままでいいんだろうか?」と思います。

 

そうして初めて自分の生き方や選択を考えるという人は珍しくないのです。

 

「人から答えを教えてもらって、自分で決めずにその答えに従う。

大勢の人がやっていることを自分もその通りにやる。

このように、自分で考えず、自分で決めずに人から与えられた答えに従う、

あるいはみんながやっていることを自分もやるという人が多いのです」

「これはどういう問題でしょうか?」

 

船井幸雄氏の元で経営コンサルタントを務め、教育専門家、コンサルタント・カウンセラー、瞑想指導者の鹿毛俊孝氏は問います。

「自分で世の中がどうなるか、それを考えようとしないという問題。

自分で自分自身の内面を知ろうとしない問題。

自分のことは自分で決め、 自分の人生は自分自身が構築するという根本的な生き方ができていないという問題」である、と鹿毛氏は言います。

 

なるほどと頷いてしまうのですが、

その関連として、「考える力」、とくに「意思決定」のための思考プロセスを習っていないことも挙げられると思います。

 

著書累計発行部数5000万部突破!の超ベストセラー「

1分間意思決定―決断力が身につくたった1つのルール

 

では意思決定のための質問が挙げられています。

 

これに従っていくと、次はどんな仕事がいいのかなどどんなことでも答えを自分で導きだすことができます。

 

コーチやカウンセラーをやっている人たちはある程度直感的にこうした質問をしているのだと思いますが、改めて体系的にまとめられているものを読むと理解度と納得感があがります。

 

それによると、一番初めに問う問いは

「あなたはこのことに関してどういう結果を望んでいますか?

自分にとって理想の状態は何ですか? 」なのです。

 

それなのに、日本ではそれをすっ飛ばして、または個人の望みはあまり尊重されず、

「画一化されたマス」であることの方が大切とされ、ごくごく小さい世界の狭い視野で何かを決めようとしていることがほとんどです。

 

でも、前回も引用しましたが

内田樹が語る高齢者問題――「いい年してガキ」なぜ日本の老人は幼稚なのか?

 

が言うように、

これまで日本では政策的に同質性の異様に高い集団がつくられてきたけれども、

「こういう同質性の高い集団というのは、『この道しかない』というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。

 

そのつどの変化に即応して、『プランA』がダメなら『プランB』という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせない」のです。

 

コーチングセッションでは、「この職業や業種とはこういうものだ」というものを一旦離れて、どういう体験をしたいのか、自分はそもそもどういうライフスタイルや働き方を望んでいるのか?という部分を自由に開いていくサポートをします。

 

そして、考える(意思決定の)ための10の質問に従って、その人にとって決断や行動がスムーズにいくようにサポートしていきます。

 

お気軽にご連絡ください。

 

info(at)peace blossom.com

 

atを@に変えてください。

親に初めて国連で働きたいと言った時ー今国連も米軍も経て改めて「仕事というもの」について思うこと

仕事とはそういうものだ。

仕事とは苦労して当たり前。

仕事と遊びは別のもの。

さてそれは本当でしょうか?

 

小学生の憧れの職業がYoutuberという時代なのに、まだまだ私たちの世界観は古いものの影響を受けているようです。

 

私は親に初めて国連で働きたいと思っていることを伝えた時のことを覚えています。

 

大学4年生の秋ののことでした。

当時はFacebookもなく、ネット上の情報も限られていて、

身近に実際に国連にいった人も先輩訪問というものもなければ、

いい企業に就職するのが「就職」だという雰囲気は今よりも強い時代背景の中、

大学の就職課でそんな話しができる雰囲気でもなく、

今ほど「国連」がキャリアの一つとして認識されているわけでもなく、

 

私にとっての唯一の頼りだったのは、

「明石康国連に生きる」という本と

カンボジアの選挙支援での体験を書かれた国連ボランティアの人の手記とアルク出版の「国際協力ガイド」だけでした。。。

 

今となっては、もう前世の前世のような感じさえしますが(笑)、父が早めに帰宅できる日を待って「家族会議」が開かれました。

 

周りに国連で働いてる人はいるのか?

国連という組織にはどうやって入るのか?どういう仕組みなのかなどと質問をされました。

 

当時私のわかる範囲で答えたのですが、それは両親にとって(というかその世代の人にとって)、想像のできない世界であり、想像のできない働き方だったと思います。

 

「緊急家族会議」は、双方の主張が交わらないままに結論に近づいてきました。

 

「そんな夢みたいな事を言ってないで就職しなさい」。

(≧∇≦)

 

それ以来、私と両親は、

同じ家に住みながら卒業までほぼ半年も口を聞かなくなってしまったのですが、

 

今振り返ればそれが「バネ」になって、

私はぜったいに大学院にも受かって国連に入ってやると思いました。

 

そしてそれが「原動力」になって着々と準備を進めていきました。

 

その半年の間で英語のテストのスコアが伸び、

海外就職も決まり、大学院入学も決まり、

しかも奨学金ももらえることになったのですから、よくがんばったと思います。

 

こう書いてみると、

そこで引き下がって終わっていたら私のキャリアも今の私もなかったことになるので、

当時の両親は私の覚悟を試した役割という意味で

魂の約束をしてきたかもしれないとすら思います。

 

反対されたことは当時の私にとっては「大事件」でしたが、

当時の私の両親の反応はけっして珍しいものではなくおそらくその世代の人たちの一般的な反応だったと思います。

 

社会が右肩上がりの経済成長を続けていた時代の「仕事観」と「交換(依存)関係」というものも出来上がっていました

 

終身雇用がまだ当たり前だったので、我慢する代わりに雇用の安定と定期昇給を保証するよ、という関係性と考え方です。

 

こうした時代背景では、市民ひとりひとりが成熟した個人になることによってではなく、同質性の高いマスを形成することが優先されたのです。

 

内田 樹氏いわく、「その方が確かに作業効率がいいし、組織管理もし易い。消費行動も斉一的だから、大量生産・大量流通・大量消費というビジネスモデルにとっては都合がよかった。

 

だから、国策的に同質性の異様に高い集団を作ってきた。でも、こういう同質性の高い集団というのは、「この道しかない」というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。そのつどの変化に即応して、「プランA」がダメなら「プランB」という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせないからです」

 

内田樹が語る高齢者問題――「いい年してガキ」なぜ日本の老人は幼稚なのか?

より抜粋

 

そして、20年たった今、当時には想像もつかなかったユーチューバーといった「職業」ができて、下手な企業のキャンペーンよりもずっと影響力を持つ個人が生まれています。

 

そして、「スーツケース起業家」というタイトルの「自由に旅して十分に稼ぐ新しい生き方」の指南本までています。

https://www.amazon.co.jp/スーツケース起業家-ナタリー・シッソン/dp/4883206599

 

これは日本では2016年刊行ですが、英語版はもう6年前に刊行されていて、

私自身去年の夏に西表島へいって、今年の3月に執筆を兼ねてタイ旅行に行った背景には、そういうライフスタイルが頭にあって、

 

バンコクに暮らす高校時代からの親友からも、ちかちゃんの仕事ならどこでも仕事できるよね、とも言われ続けています。

 

誰でも簡単に楽して稼げるという安易な印象を与えるつもりはありませんし、

何をするにしても一定量の労力も努力もいるのはどんな分野でも変わることはないと思いますが、

 

個人とテクノロジーの力が相乗効果をもって発揮される時、

 

仕事とは苦労するもの

苦労しないとできない

成功するのは苦労や困難が伴うものという考え自体

もはや時代的にも妥当だとは言えないのですね。

 

もっとはっきり言うと、簡単に楽しく十分に稼ぎ旅するように生活し、人の役に立ち充実した生活を送ることは可能な時代なのですね。

 

この本には著者が世界旅行をしていながらもビジネス(コーチングやセルフブランディング)が回るようにしたステップが書かれています。

 

そのためにホームページに入れるべき機能や内容、アプリの紹介なども詳しいのですが、

なによりそうしたライフスタイルをすでに実現している人のエネルギーが伝わってきて、

 

仕事は楽しくていい

楽しく稼いでいいという考え方に細胞が置き換えられていくように感じるのです。

 

メモがたくさんできました!!!

 

DSC_0114

 

DSC_0105

 

DSC_0116

 

シナモン Samui③.jpg

Samui Island、タイ

 

 

字が読めないのに英語を話す人たちから学ぶ英語の覚え方ー英語を⭕️⭕️⭕️として捉えてみる

国連職員としていろいろな国を訪れる中で驚いたのが、字が読めない人の割合が9割を超える国でも(南スーダンの女性の場合)、英語を話す人がたくさんいたということです。

 

2017年の国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ)の報告書によると、南スーダンの非識字率は75%で(女性は92%)、2018世界の中でも最も非識字率が高い国だそうです。

 

非識字率とは字が読めない人の割合を意味しますが、その割合が国平均で75%、女性の間では92%なのです。

 

逆の言い方をすると、国全体で字が読める人は25%、女性の場合はたったの8%しかいないということです。

 

そんな南スーダンですが、それなのに英語を話す人がそれよりもはるかに多いのです。

 

以前「学校へ行ってから死にたい」と言った元兵士の人のお話しを書いたことがありますが、彼は小学校さえも終えていなかったのに英語をスラスラ話しました。

 

つい最近タイへ行った時も似たようなことを体験しました。道沿いのローカルな食堂を切り盛りしているタイ人のお母さん達は元気いっぱいに堂々と英語を話します。

 

タイの女性は働きもので、子どもをいい学校へ行かせるために一生懸命に働きますが、タイ南部のその世代のお母さんたちにとって学校へ行く機会は限られたと想像します。

 

なぜ識字率が世界一位の識字率をほこり、学校で英語を習う日本人が英語で苦労して、彼らは英語を話すのでしょうか?

 

一言だけ結論を先に言うと、字が読めないからこそ英語を覚えやすい面がある、ということです。

 

それは、英語をイメージとして捉えるからです。

 

第二に、⭕️⭕️⭕️が高いからです。⭕️⭕️⭕️については最後まで読んでくださいね。

 

まずは、「英語をイメージとして捉える」という意味を説明します。

 

私たちが知らない言語に初めて接する時、それをどう認識するでしょうか?

例えば、The market is over there. (市場はあっちだよ。)という文があるとします。

 

最初は文字・言葉として認識しないので、☁️☁️☁️    is  ☁️☁️☁️といったようになんらかの「音のかたまり」として聞こえます。

 

その「音の塊」が目の前のものを結びつけられるに従って、☁️☁️☁️ は🍅(tomato)となったり、🍌(banana)となって、語彙が増えていきます。

 

もし、🍅が3つになったら、three 🍅🍅🍅となって、threeという単語が新たに認識されます。

 

tomatoの複数形はtomato(es)ですが、こういう場合のストリート英語は、単数形も複数形もみんなtomatoで表現します。

 

通じること、シンプルなことが優先で、逆に正しい英語や複数形を話すと通じなくなってしまうので、たいていわざと過去形も過去完了も吹っ飛ばします(笑)

 

私たちが日本語を習得してく際に辞書を使わないように、それが言語を学ぶ自然な過程なのですが、字を介するとトマト=tomato、きゅうり=cucamberといったように、字の塊として覚えようとします。

 

すると突然イメージや日常の文脈から切り離されて、文字の変換作業、またはともかく覚える記憶術のような無味乾燥な作業になってしまうのです。

 

右脳的な作業から左脳的な作業になってしまう、という言い方もできるでしょうか。

 

私たちは字を読めるという利点も最大限に活かしながら、英語(文全体)を「イメージとして捉える」というやり方を取り入れることができます。

 

英語(文全体)を「イメージとして捉える」ということは、文字通り🍅を見たら、

 

tomato=トマトと日本語に変換するのではなく、🍅をtomato[təméɪṭoʊ]という音で覚えるということです。

 

私がカザフスタンに赴任した時に、ロシア語を覚えるのに使ったロゼッタストーンという教材では、文字通り🍅の絵がパソコンの画面に何回も現れて、トマトという意味のロシア語の音声が何度も流れました。

 

そして、やっぱり「通じるって楽しい!」という体験は大事だと思います。

 

私は大学生の頃、大学の交換留学プログラムで9ヶ月ほど香港へ留学したのですが、ハロー(你好ネイホウ)とありがとう(唔該 ムゴーイ)の次に覚えたのは、「魚香茄子」(四川料理の代表的な味付けをした茄子と挽肉の四川風煮込み)という料理の名前でした。

 

留学先の香港中文大学は香港の中でも名の知られた大学でしたが、びっくりしたのは、構内に飲茶をする立派な食堂やレストランが何件もあって、学生も週に一度は飲茶をするのです。

 

CUHK

⬆️香港中文大学 (The Chinese University of Hong Kong)

 

さすが香港。大学内のレストランでも北京ダックからロブスターまで立派なフルコースの料理が出てくるのです。

 

学生なので毎週北京ダックを食べるわけではありませんが、香港人のルームメートと寮の友人たちと毎週飲茶へ通ううちに、彼らが注文する美味しいメニューを次から次へと覚えて、私の広東語のボキャブラリーは料理の名前がトップ10を占めるようになりました(笑)

 

yamcha

 

今でも、ときどき無性に飲茶をしたくなります。(笑)

 

では最後になぜ字を読めない南スーダンや中学校しか出ていないタイ人の人たちが英語を話すのでしょうか?

 

英語を理解し話すことは、彼らの安全や生活に直結するからです。

 

別の言い方をすると優先順位が高いからです。

 

この数年内戦が続き今でもウガンダへ避難する南スーダンの人たちのおかれた状況は厳しく、けっして軽い意味で言うわけではありませんが、彼らの生き抜く力に学ぶことは多々あります。

 

それ位の潜在能力が人間にはあるのですね。

 

では、自分にとっての英語の優先順位をあげる質問です。

 

自分が大切だと思っていることややりたいと思っていることをより満たすために英語はどのように役に立つでしょうか?

 

楽しく美味しく、優先順位たかく英語を覚えていきましょう。(*^-^)ニコ

 

 

自分は何もできませんという 「偽りの謙虚さ」と自分を誰かの下にする自己卑下は実は「傲慢(ごうまん)」

自分に正直になるということは
自分を小さくしないということ
自分は何もできませんという
「偽りの謙虚さ」と自分を誰かの下におく「自己卑下」は「傲慢さ」です。
あなたの人生はあなただけのものではありません。
あなたがこれまで体験した経験、あなたが感じていること、あなたに与えられた教育、日本に生まれたあなたに与えられた機会、神さまから生まれもって与えられた能力や才能はあなただけのものではありません。
偏差値や学校や社会の一つの評価軸で自分の能力を決めつけてはいけません。
自分を狭い箱の中からそっとゆっくり出してあげましょう。