ほんとうに成功している人は神さまに応援される人ー神さまが味方する人の持っている18の特徴

自分のキャリアを改めて振り返ってみると、「あーよくがんばったなあ」と改めて自分を承認したいのは、国連に入ったことでも、南スーダンで働いたことでも、多国籍チームのリーダーを務めたことでもありません。

 

それは、「自分の中の感覚」を信じることができたことです。

先祖や神さまの応援を受けることができたことです。

数年に一回行われる国連に入る正式な筆記試験(と面接)というのもあって、こちらの倍率は五千倍~一万倍だと言われていました。

 

私はこの試験を20代半ば~30代前半にかけて、計3回、バンコク、ニューヨーク、アディスアベバ@エチオピアで受験をしました(当時の勤務先から一番近いところで受験。渡航費、宿泊費は本人負担)。それらの試験は合格はしなかったものの、私の国連でのキャリアは繋がれていきました。

 

前回、自分にとって100%愛の選択を求めましょう、と言いましたが、

なんの問題もない完璧な職場や仕事が与えられるわけではありません。

100%完璧な同僚や上司、職場や仕事があるわけではありません。

 

でも、この人とはご縁を感じるというような同僚がいたり、魂が満たされるような深い友情を体験したり、魂のファミリーと感じる人に会ったり、最初は大変だったけれどもすごく鍛えられたというような直感的に「ああ、ここには導かれてきたなあ」という職場のことです。

 

すぐにわかる時もあれば、後からわかるようなこともあると思います。

ただ、いつも楽なワケではありません。

 

東ティモールでは平然と女性差別をするリーダーの元でしばらく仕事をしなければいけなくて、電気のない環境でそれは大きなストレスだったのですが、

 

そこで学ばざるをえなかった「アサーティブネス」や「自己主張をするべきときを知ること」は、のちに国連という組織で働くという覚悟と強さを身につけさせてくれました。

 

一番、勇気がいったのはニューヨーク本部のある部署からポストをオファーされたのにもかかわらず、南スーダンへ行くという選択をしたときでした。

 

周りの人には本当にいいの?と何度も聞かれましたが、それでも私のハートはそれを願っていたのです。

 

実際の現場は予想どおり大変な環境で、南スーダンの大変な環境に耐えられず、実際に辞める人もいました。

 

それだけでも大変なのに、足を引っ張られたりハラスメントを受け、最初の数週間はさすがに選択をあやまったかもしれないという思いがよぎったこともありました。

 

そして、そのままふてくされることもできましたが、私は相手を同じように攻撃したら私も同じになってしまうと思いました。

 

そして、南スーダンの環境に対していくらでも文句を言うこともできましたが、私は当時の南スーダンがおかれた状況を思うと、やるべきことはいくらでもあると思ったので、正式な仕事かどうかにかかわらず、自分に与えられた以外のことでも、国や組織に必要だと思うことを淡々とやることにしました。正式な同僚とも助け合って、お互い様だから励ましあっていました。

 

当時の写真をみると、電気もない大変な環境でよくあんなにニコニコ笑っているな、と自分でびっくりします。

 

たぶん、そういう姿勢を神様が見ていてくださるのだと思います。

 

そして、関連プロジェクトのリーダーに抜擢され、上司と同僚に恵まれました。

 

そのプロジェクトが終わったときには、その南スーダンでの体験が評価され、国連特使に国連平和維持活動について教える世界的なプログラムの講師としての仕事をオファーされました。

 

どんな仕事であっても、そのときに自分に与えられた仕事を一生懸命にやるしかないのですが、その時々にさまざまな選択の局面というのが来るのだと思います。

 

その中にはここは大事!という局面もあります。

 

常々、自分がどちらに導かれているのかのサインに敏感になりましょう。

 

そして、神さまに応援される人になりましょう!

 

神さまに応援される人というのは、たとえばこういう特徴を持っていると思います。

自分にも改めて伝える意味も込めて、以下に挙げてみます。

 

ー仕事を通じて人間的に成長したいと願う人

ー自分に正直な人

ー感謝の気持ちを持っている人

ー愛のある言葉を使う人

ー自分を大切にする人

ー素直な心を持つ人

ー心をこめてする人

ー人に親切にする人

ー相手の欠点ではなくいい点をみようとする人

ー自分の情熱(神さまの声)にしたがう人

ー自分の弱さや限界を認める人

ー相手をゆるせる人

ー自分をゆるせる人

ー世間が大切だと思うことではなく神さまが大切だと思うことを大切にする人

ー自分の見方ややり方ではなく新しい見方や機会にオープンになれる人

ー神さまを求める人

ー時間をとって神さまとコミュニケーションを持とうとする人

ーお祈りする人

 

これを全てできなければ、神さまに応援されないという意味ではありません。

 

何か行き詰まっている、自分の力でがんばることなんてたかが知れている、自分を超えたより大きな力のサポートが必要だと思ったら、できるところから始めましょう。

 

神さまはあなたを応援し、祝福したがっています。

 

神さまに味方になってもらうように求めましょう。

 

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75%案件に注意❗️「転職エージェントの勧めにしたがったけれどもまったく幸せになれなかった」ケースー「なに」を選びかよりも⭕️⭕️で選ぶか

転職エージェントの勧め通りにしたがったけれども、まったく幸せになれなかったという方の相談にのったことがあります。彼女はベンチャーと大企業の両方の勤務経験を持つ転職エージェントから誰もが羨ましがるような経歴をお持ちでした。

 

別の方では、30代半ばの女性で、今は子育てに専念したいという方がいらっしゃいました。

 

仕事は好きでバリバリ働いてきましたが、今は定時通りに帰れることを優先基準にしました。

優秀な方なので、できたら自分の興味のある分野だったら嬉しいということでした。

子育てをしながらの転職活動中はたいへんだったのですが、幸い旦那さんの協力も得て、幸いすぐにいくつかの案件があがって、面接も通りました。

 

前の職場から今の職場への移動もズムーズにいったのですが、彼女が今悩まれていることは、定時通りに帰れることを基準に選んだはずなのに、帰れないことが続いているという状態です。

 

日本の会社でそんなことは当たり前だよと言い捨てるのは簡単ですが、今思えばその点についての判断がブレたかもしれない、と振り返ります。

 

数件の中から選ぶことになったのですが、「どこも定時に帰れます」という条件の中で、最終的にポイントとなった点の一つは、その会社が業界で有名だったことです。

いくつもの大会社とのコネクションを持っていることでした。

そういう場に身をおくことで、次の転職に役に立つかもしれないと思ったのです。

その判断自体は、しごくまっとうな理由だと思います。

 

ただ、だからこそ、本当に定刻通りに帰れる職場環境で上の方の理解がありそうなのか、その点について見極めるのが甘かったかもしれないと言います。

 

とくに日本人は、前ほどではないとはいえ、まだまだ大企業主義や権威主義があります。

 

わたし自身、国連をやめようかということが頭によぎってから、実際に辞めるまでに2年半もかかりました。

 

自分のことを振り返ってもよくわかりますが、人は弱いので大きな組織、有名な組織のかさの下にいることで安心したいと思います。

 

自分の中に自信のない部分があったり、なんらかの過去の体験やコンプレックスを持っていると、肩書きや組織など華やかな業界などで「そこで働いているわたし」という外のイメージでそれを埋めようとします。

 

そういう部分は誰にでもある程度あると思いますが、何か重要なことを決めるときの自分の状態に気づいていることがとても重要になるのは、それによって自分の判断がぶれることがあることです。

 

しかも、それは「75%案件」といって、一見ほぼいい案件なのです。

「ほぼいい案件」なので、それが悪いわけではけっしてありません。

 

ただ、残りの25%が思っていたよりもけっこう重要だった、ということがあります。

 

彼女の場合、苦労をして転職活動をしたにもかかわらず、まだ苦労の日々が続いています。

 

人間ですから、そういう選択をすることはあります。

 

実際に体験してみてわかることもたくさんあります。

 

そういうことも含めて、自分で選択することこそ、生きるということを学ぶことなのかも知れません。

 

ただ、なんだか同じようなことを繰り返しているなと思ったら、自分が「なんで」それを選んでいるのか気づきましょう。

 

孫子の兵法には、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉があります。

 

もちろん、 100%完璧な同僚や上司、職場や仕事があるわけではありませんし、問題もない完璧な職場や仕事が存在するわけはありません。

 

でも、この人とはご縁を感じるというような同僚がいたり、魂が満たされるような深い友情を体験したり、魂のファミリーと感じる人に会ったり、最初は大変だったけれどもすごく鍛えられたというような体験があったり、その先につながるようなスキルを身につけさせてもらっているような体験があったりと、直感的に「ああ、ここには導かれてきたなあ」という感覚のある職場のことです。

 

仕事だけではなく、日々「選択」は続きます。

 

転職、仕事、パートナー、マンション買うか買わないか、どこで買うか、どこに住むのか。。。

 

自分の選択がどこから来ているかに気づきましょう。

「愛」か「おそれ」か?

 

「愛」を選びたいですか?「おそれ」を選びたいですか?

 

愛とはワクワクする状態、広がりを感じる状態、穏やかさを感じる状態です。

 

おそれとは「ちゃんとしないといけない」といった義務感や世間像にあわせること、自分の過去やコンプレックスからその選択が生まれている状態です。

 

前者は軽やかでスムーズです。守られているような感じがします。

 

後者は重荷をかつぐような重い感じがします。

一生懸命にやらないといけないというふんばりやがんばらないといけないと感じます。

 

愛からの選択を求めましょう。

 

あなたは愛を受け取るのにふさわしい存在です!

 

愛から選ぶと決めましょう。

自分の力を超えた大きな力を味方にしたい人へ!2018年後半あなたの運を上げるために知っておくこと

先週末、ガーナから日本にやってきたばかりの友人の子どもたち二人がうちに遊びにきてくれました。

 

簡単なご飯をつくったのですが、中一と高三の男の子なので、びっくりする位にたいらげるよ!と聞いてはいたものの、わたしの用意した分があっという間になくなって、びっくりしました(!)😆

 

みごとな食べっぷりでした!

 

それを見ながら、高校二年生のときにニュージーランドに留学したときのホストファミリーを思い出して、一年間もほんとうによく毎日ご飯をつくってくれたものだと感謝の気持ちで思い出しました。

 

私が帰国した後、わたしの両親が今度はうちの番だといって、一年間フランス人の男の子を迎えホストファミリーになりました。

 

わたしが大学一年生のときで、妹とわたしは部屋を彼に渡して、和室に布団を敷いて寝たりしたのですが、彼がきっかけでうちの家族はワインとチーズにはまり始め、その後、両親は彼の家族に会いにフランスに旅行をしたりしています。

 

父はもう30年以上も毎週末ある電話当番のボランティア活動をしています。

 

ガーナの子たちの食べっぷりを見ながら、わたしは両親から「与えるのは受け取ること」という原則を教えてもらっていたなと思います。

 

母としては4人分つくるのも5人分つくるのも変わらないと思っていたのかもしれないけれども、たった一回ご飯をつくるのは簡単だけど、一年になるとまったく違いますよね。

 

日本語のわからないときには、気をつかうこともありますし、病気になったら病院に連れていったり、保護者会にも出席します。

 

でも、新しく誰かを家族として迎えるという体験、彼の家族とのフレンドシップ、その後も続いている手紙、その後妹が留学したこと、などなどすぐに思い出す思い出や恩恵だけでもたくさんあります。

 

でも、もっと感じるのは、これは直感的に感じることなのですが、それ以上に宇宙から何十倍もの恩恵が両親、そして家族全体に与えられてきたと感じることです。

 

それは、何をしたというよりも、見返りを求めないあり方に対してだったと思います。

 

一昨日から、私たちの選択には究極的には「愛」(安心・やすらぎ)か「おそれ」(不安・孤立・無力感)の二つしかありません、というお話しをしています。

 

愛がわからないと思うのなら、愛を与えましょう。

 

愛を人に求めると自分の期待通りにならないのでフラストレーションばかりたまりますが、愛を与えると自分も愛を体験します。

 

与えることは受け取ること、だからです。

 

同時に与えるとは「なにかをすること」とは限りません。

 

例えば、

誰かにあいさつをする。

笑顔をかえす。

目の前の人のいい点をみつける

相手をほめる

家族、友人、知人に思いやりのある言葉をかける

相手の健康や幸せ、成功を祈る

 

などでです。

 

4歳の姪っ子は与えるのがとても得意です。

 

近所の電気屋さんのおじさんに満面の笑顔でニコニコと笑顔をふりまきます。

 

わたしは思い立ったら「元気?暑いけど元気でね」と頭に浮かんだ人にLINEメッセージを送ります。気持ちは姪っ子のように(笑)

 

日々の生活の中に愛を増やしましょうね。

(*^-^)ニコ

 

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これからの時代に仕事を選んではいけない基準ー日本人の弱み克服主義と「普通じゃなきゃ幻想」を超えるとき❗️

私たちは今変化の時代を生きている、というニューヨークタイムズの記事を紹介しました。

 

「 繰り返しを必要とする仕事は、もはや機械に任せておけばいいと言う時代が始まっている。『新しい時代』が必要としているのはこれまでとは違う能力を持つ人間だ」という記事です。

 

関連記事→ 映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」はなぜ私たちの心に響くのか?時代の転換期を生きる私たちへのメッセージとは?

 

ではそのような時代を生きる私たちは何を基準にして仕事を選べばいいのでしょうか?

 

それを説明するために、今日は逆に「何を基準にしてはいけないか」、という観点からお伝えしたいと思います。

 

それは、「コンプレックスを克服すること」を基準にすることです

 

日本人は世界の中でも弱みを克服しようとする傾向が強いと言われています。

 

その理由の一つとして、例えばセンター試験が課す試験項目が象徴しているように幅広い科目の習得が求められること、また出来ている部分よりも出来ていない部分に目を向ける性質も関係していると思います。

 

イギリスの大学を卒業し、外資系のホテルで働く30代後半の女性の方の転職相談にのったことがあります。日本で当時進出し始めたばかりの外資系の5つ星ホテルでのリサーチにも関わったことのあるとても優秀な方なのですが、転職エージェントの方に「業界としてはPCスキルが低いと見なされる」と言われたことをとても気にされていました。

 

たくさんの強みを持っている方でしたが、それは本人にとっては当たり前になってしまって気付かず、逆の面で指摘された点ばかりが気になってしまったのです。

 

それでPCスキルを改善できる業界へ転職しようかと考えている、と言うのですが、私は「弱みを補う努力ももちろん必要ですが、それ自体はがんばっても平均値のちょっと上になる位で、それ自体が今後大きな武器になるとは考えられません」とお伝えしました。

 

「そしてこの場合の本当の問題はおそらく、PCスキルというよりは、自分の中のコンプレックスや自分の中の『弱み』というものとの付き合い方の問題であって、弱みというものに対する誤解だと思います」と、コンプレックスを克服することを基準をした選び方はおすすめしない、という私の考えをお伝えしました。

 

弱みというものはなくなりません。なぜなら「弱み」の存在意義があるからです。

 

もし自分がなんでもかんでも出来る人だったら、全ての分野で自分が「勝っていたら」逆に自分の「強み」が分からなくなってしまいます。

 

ある分野で「ああこの人たちにはかなわないな」、「自分はこれはあまり得意じゃないな」と思ったら、それはいいサインでもあります。なぜなら、それは、自分の「強み」を真剣に模索し認める時ですよ、というサインとも言えるからです。

 

そして、日本人は、

「普通がいい」幻想、

「普通じゃないといけない幻想」に囚われていると思います。

 

「普通」はそもそも存在しません。

「普通」とは幻想です。

 

人間誰もがコンプレックスをもっています。

(一見なんでもできて悩みのなさそうな人もです)

 

誰もが強みも弱みも持っています。

両方合わせて存在意義があるからです。

 

もちろん弱みを補う努力も必要でしょう。

 

でも、これからの機械化の時代では、機械ができることは機械が替わりにやってくれるのですから、コンプレックスを克服するよいう消去法的な選び方では自分の能力を発見することも、伸ばすこともできないので、自分の強みや秀でている点を伸ばすアプローチがより求められていくでしょう。

 

私自身、高校時代には好きな科目と嫌いな科目の差が大きいことにコンプレックスを持っていましたが、中学校から作文は比較的得意な方でした。

 

私は、大学卒業後にドイツで働いた後、イギリスのオックスフォード大学大学院へ進学し、授業料と生活費、渡航費を含む全額奨学金を授与され修士課程を終えましたが、その審査のための主な判断材料となったのは志望動機のエッセイと英語の小論文、そして面接でした。イギリスの大学院進学には筆記試験がありませんから、まさに自分の強みを活かす選択だったと思います。

 

上手くいってないことにはすぐに目がいくけれども、上手くいっているところは「当たり前」だと思っていてなかなか気づきません。

 

普段何気なくやっていること、上手くいっているところ、自分の情熱や強み、秀でているところに対してもっと目を向けていいのです (*^-^)ニコ

 

 

普通であるよりも、何か一つでいいので「これはあの人に任せよう」「これはやりたい!」「これは好き!」を持っている人になりましょう。

 

それがすぐに仕事上のスキルにならなくても、人生100年時代にきっとあなたを長く導いてくれるでしょう!

 

 

 

究極の弱肉強食の世界でも「強いもの」がいつも「弱いもの」に勝つわけではない❗️ーケニアでみたライオンといぼいのししの勝負

ケニアに野生動物を見にいった時に

とても印象に残っているシーンがありました。

 

目の前でイボイノシシの親子たちがのどかに草をはんでいました。

イボイノシシとは、一見ぶたのようなちょっと短足なちょっと

「かわブサイク」な子です(失礼!)

 

子供たちはまだ産まれて数ヶ月なのでしょう。

母イノシシの周りで草をはんでいます。

 

そんなのどかな風景がありました。

それが一転緊張状態に!

 

数百メートル先にいたライオンが急にむくっと立ち上がり、イノシシたちに狙いを始めたのです。

 

野生の動物を見るということは、自然界のなりたちを見るということ。

 

それこそが見る価値があるということなのでしょうが、ライオンが一気にダッシュを始めた時には私は思わず一瞬息を止めてしまいました。

 

イボイノシシママはライオンのダッシュを察知するやいなや、一斉に号令を出したようでした。「散らばれ!」と。

 

子供たちは四方八方に散らばりました。

 

すると❗️

 

ライオンはイボイノシシの子供たちが四方八方に逃げていくのについていけず、「捕獲」は失敗したのです。

 

身体の大きさも足の長さも速さもすべての面で「勝っている」と思ったライオンでしたが、小回りは苦手だったのです。

 

これを「勝敗」とするならば、イボイノシシがライオンに勝ったのです。

 

究極の弱肉強食の世界でも、「強いもの」がいつも「弱いもの」に勝つわけではありません。

 

誰にもどんなものにも長所と短所の両面あります。

 

例えば、きりんは優雅に歩き、長い首のおかげで草原を遠くまで見渡し、

敵の動きをいち早く察知できますが、水を飲むのは大変です。

 

 

ライオンはライオン。シマウマはシマウマ。イノシシはイノシシ。

ライオンだけがいても自然じゃないし面白くありません。

 

ぜんぶの存在があることが「自然」。

 

人間も自然界の一部です。

 

ps. ちなみに、目の前で見る野生の象やキリン、ライオン、チーターの迫力満点です。動物園で見るのはまったく違う感動があります。

 

ドバイ経由で行くとヨーロッパに行くのとフライト時間はほぼ一緒です。

 

おすすめです!!!(*^-^)ニコ

 

Mpata 238

 

Mpata 245

Photo: Chika Onaka

 

 

「いい面」だけが才能ではない❗️最初は自分の「強み」のネガティブな面を体験することが多いということについて

人の強みや才能に関しては、たくさんの誤解があるようです。中でも大きな誤解の一つは、「いい面」だけを才能や強みだと思うことです。

 

 

ただ、どんな資質にも両面があって、同じ資質の「いい面」もあれば「チャレンジな面」もあります。いわば、「同じコインの表と裏」のような関係です。

 

例えば、動物を例にすると、きりんは、長い首のおかげで草原を遠くまで見渡し、敵の動きをいち早く察知できます。

 

私はケニアのサファリで目の前で野生のきりんが歩くのを見たことがありますが、

長い足でリズミカルに歩くきりんの姿は優雅でとても感動しました。

 

同時に、もしキリンが人間の言葉をしゃべることがあったら、こう言ったかも知れません。

 

「あのねー、優雅に見えるかもしれまないけど水飲むのは大変なんだよー」

 

なるほど〜

 

まさに、「同じコインの表と裏」です。

 

同じように、誰にも長所と短所の両面があります。

 

そして、自分の持つ資質が幼少期から強みとしてわかりやすく開花しているのは稀で、最初は同じ資質のチャレンジの面の方を体験することの方が多いのです。

 

どういう意味なのか説明していきます。

 

例えば、高い知能、活発である、意思や信念が強い、 共感力、創造性という資質があるとします。

 

これらの資質のポジティブな側面はどんなものでしょうか?

ネガティブな側面はどんなものでしょうか?

 

高い知性=頭がいい?に越したことはないじゃないか?と思うかも知れません。

 

でも、どんな資質にも両面あるのです。

 

以下に例を挙げてみました。

 

《高い知能》

このポジティブな側面:

新しい考え方や概念を素早くつかむことができる

同じ年齢の子供たちよりも深く理解する

複雑な現象の下にあるパターンをみつけることができる

新しい考え方や概念を発見するのが好き

壮大な考えや計画に惹かれる

 

ネガティブな側面:

•すぐに飽きる

•全容がわからないと納得できない

•他の人たちが「遅い」ことに忍耐強くない。

•他人の意見に対して批判的であったり、寛容的でない。

•手が頭についていけないので、手元の作業が雑になる

・細かい数字を確認する作業は得意ではない、などです。

 

 《活発である》

ポジティブな側面:

・新しい体験をすることに意欲的

・一度にいろんなことができる

 

ネガティブな側面:

・常に刺激を必要とする

・動き回る(多動である)

・頭も体も常に忙しい

・簡単にフラストレーションを感じ、それを撒き散らしがちである

・寝付くのが難しい時がある

 

 

《意思や信念が強い》 

 

ポジティブな側面:

・自分でゴールを設定し、それを達成するための努力を厭わない

・課題に対する答えをみつようとしたり、自分の興味をさらに追求する

・粘り強い

 

ネガティブな側面:

・頑固になる

・視野が狭くなる

・自分の興味のないことを忘れたり集中するのは得意ではない

 

《共感力》

 

ポジティブな側面:

・周りの人たちが考えていること、感じていることを察し彼らの視点から理解することができる

・他人の感情に対して敏感であり、他の人たちが気づかない点に気づく

・人の感情の機微を繊細に感じとり、人がなかなか言葉にして表せられない感情的な面を表現する手助けをすることができる

・書くことやアートなどの表現、創作活動を通じて感情の力を表現の力にすることができる

 

ネガティブな側面:

・体験を個人的にとらえる傾向がある

・ある状況にたいして事前に感じたり察してしまうので、自分には対応できないのではないかと心配になる

・不安、悲しい、落ち込むといった体験をしがち

・批判されたり拒否されたりする体験をなかなか処理できない

・周りの人の感情によって自分も影響を受ける

・簡単に泣いたり興奮する

 

《創造性》 

 

ポジティブな側面:

・目の前の現象や題材を新しくユニークな方法で見る

・たくさんアイデアがある

・新しいものを創るのが好き

 

ネガティブな側面:

・ファンタジーに逃避しがち

・拡げたアイデアをまとめるのは得意ではない

・言われたことに従うよりも自分のやり方で進めることがある。

 

つまり、ここでお伝えしたいのは、どんな資質にもポジティブとネガティブの両面がある、ということです。

 

そして、あなたの強みが眠っている分野こそ、最初はチャレンジの側面を体験することが多いということです。

 

私の例で言うと、

私の大きな強みの一つは、

自分の視点と考えから一旦距離をおいて、相手はなぜあのような事を言うのか、と相手の視点で物事を見ることができることです。

 

相手の視点と立場に立ち、相手の思考のフレームワーク、価値観や感情を理解することは「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」と呼ばれます。共感力の大きな要素の一つです。

 

相手と意見が違ったとしても、同意するかは別として、相手の立場から状況を見ることができること、そこから互いの共通点を探っていくは、南スーダン軍との交渉、信頼構築などで大きな力となってくれました。

 

世界で活躍したいと願う人にとってはとくに大切な資質の一つと言えます。

 

またこの共感能力は、アジア中東の軍隊に国連PKOに関してトレーニングをする教官・講師を務めていた時も、こちらが伝えることに対して相手が何を感じているのかをその場で察しながら、同じ講義の内容であっても相手に合わせてエピソードやたとえ話を変えていく対応力になってくれました。

 

また、コーチングをする時には、相手の方が自分の状況や課題をうまく言い現すことができない時でも、その方のほんとうの想いに一緒に想いを寄せることで、目の前の状況を整理して、新しい解決策や眠っていた力を引き出すサポートをしてきました。これも共感力の資質です。

 

同時に、ここでお伝えしたいのは、こうした資質が最初から強みとして発揮されるとは限らず、最初は同じ資質のネガティブな面をより強く体験することが多い、ということです。

 

例えば、私の場合には、「体験を個人的にとらえる傾向がある」「ある状況にたいして事前に感じたり察してしまい自分には対応できないのではないかと心配になる」「不安、悲しい、落ち込むといった体験をしがち」といった共感力のネガティブな側面としてあげられた点をすべて体験しましたし、今でも体験することはあります。

 

「簡単に泣いたり興奮する」というのもほんとうにその通りで、映画を見て感動して涙を流すことはしょっちゅうなので妹からはよく笑われるほどです。

 

前はネガティブな面しかわからずなんで私はこんなに繊細なんだろう?と悩んだこともありましたが、今ではコインの両面を理解しているので、ポジティブな面を尊重しつつ、ネガティブな側面とも上手く付き合えるようになり、大きな影響を受けなくなりました。

 

自分の資質をポジティブに活かすには、自分の普段の行動を観察して、自分の資質をよく知ることです。

 

ネガティブな面ばかり体験するなと思ったら、そのネガティブと同じ分だけポジティブな資質があると考えましょう。

 

「なんで自分だけ不器用なんだろう」、「なんでなんで自分だけ普通にできないんだろう」、「なんで自分はこんなに繊細なんだろう」と思ったら、「普通がいい」という幻想から覚めましょう。

 

「普通」はつくられた幻想でしかありません。

 

これからは普通に生きようと思っても基準を「普通」に合わせていたら、普通にさえ生きることができない時代です。

 

自分の資質をネガティブにしか思えないとしたら、今生での課題の一つは、その「思い込み」からまず自由になることかもしれません。

 

そして、ポジティブな脳の配線(シナプシス)を強化することです。

 

その資質が自分にとってどう役に立つのか、ポジティブな資源として活かす方法を考えましょう。

コーチ・講師・伝える人必見❗️世界を舞台に学んだ「人を動かす伝える力」ー人は正論では動かない?!それならどんな時に動くのか?

人間はそれほど理性的ではありません。

 

例えば、「経済は感情で動く」という本では、人は何かを選ぶときに、合理的に判断しているつもりでも実際には感情といった要素の方が強く判断に大きく影響するという例がたくさん紹介されています。

 

世界累計200万部のベストセラー作家であるマルコム・グラッドウェルは、34カ国で翻訳された「『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」で、長時間考えてたどり着いた結論よりも、『最初の2秒』でもたらされた直感やひらめきの方が正しい、と言っています。

 

これまでの教育制度や従来のビジネス慣習では、感情などの主観的なものは出来る限り排除して考え、説明し、対処できることがプロフェッショナルだと思われてきました。

 

ただ、最近は商品の性能だけでなく共感といった要素が購買の基準になっていることに見られるように、「人が何かを選び、判断する理由は合理的な要素だけではない」ということ、そして、この合理的な要素でない部分の方がビジネスやプレゼン、人間関係の成功に大きく影響している、と言われています。

 

とくに、今の時代に大きな価値となるのは「信頼」です。

 

なぜなら、スマホと一緒に寝起きをするような「情報洪水の時代」を生きる私たちは常に「この情報が正しい」「これを買えば幸せになれる」「これを信じれば上手くいく」、といった無数のメッセージや広告にさらされ、大量にやってくる情報に対して守りの姿勢にあるからです。

 

相手は常にアンテナをはっていて、「あなたの情報は耳を傾けても大丈夫なのか?」「あなたの情報は信頼できるのか?」とあなたのことを判断しているのです。

 

つまり、まずあなたと相手との間にある溝に橋をかけないと、こちらが相手にとってどんなに有益な情報や商品、サービスを持っていたとしても耳を傾けてもらえないのです。

 

同時に、人は信用したいと思っています。

 

人を信じたい、善を信じたい、世界はいいところだと信じたい、なにより自分を信じたい、と思っています。

 

でも、そう思えない時もあるからこそ、人は信頼できる人や対象を常に求めています。

 

だからこそ、信頼が大きな価値となる時代なのです。

 

信頼してもらうには、あなたの人となりを知ってもらうことです。

 

聞き手があなたに求めているのは知識だけではありません。あなたの本音から生まれる言葉やあなた自身の個人的な経験です。

 

私は米軍の専門家としてスリランカ軍に派遣され、国連の平和維持活動について教えるトレーニングの教官・講師をしていた時に、ある難しい質問をされた時に、「正しく答える」をやめて、国連の公式見解も米軍の専門家という立場もすべてとっぱらって、自分がどう思うかという個人的な体験を語ったことで、逆に信頼を勝ち得たことがあります。

 

少しその時にお話しをしたいと思います。

 

スリランカ軍といえば、26年も続いたわたる内戦の当事者で、内戦終結時には制圧を断行したことで何十万人もの犠牲者を出し、国連の人権委員会などから批判を受けていた張本人でもありました。

 

研修は始まったものの、 最初の数日は、相手は紛争解決や国連PKOについてどれだけ本気なんだろうか?と、しばらくお互いに「腹の探りあい」のような状況が続きました。

 

さて、今日もそろそろ研修が終わりという時、講義の最後の最後に質問の手があがりました。

 

「とはいっても、国連はシリアで何も出来ていないじゃないか?」

 

部屋全体に緊張が走り、

部屋にいた全員の視線がいっせいにこちらに向けられたのを感じました。

 

なるほど。。。

 

この予期しなかった質問に一瞬ドキっとしましたが、同時にこの質問はしごく健全なコメントだとも思いました。

 

なぜなら、私自身を含め、全く同じようなフラストレーションを感じていましたし、もし逆の立場だったら、私もまったく同じような質問をしたかも知れなかいと思ったからです。

 

その質問に対してはいろんな角度から答えることはできましたが、この発言の真意は別のところにあると感じました。

 

その質問の真意とは、

「公式意見じゃなくてあなた個人の意見を聞きたい。」

 

もっと言うと、

「あなたはどういう意気込みでこの課題を捉えているんだ?」

 

さらに言うと、

「あんたってどんな人なんだ?」

 

そして、究極的には「僕たちは内戦をしてきた軍隊なんだ。理論も単なる理想主義も信じられない。どうしたらあなたの言うことを信じられるんだ?」ということだったと思ったのです。

 

経験上、こちらの本気度が試されていることを直感的に感じとった私は、腹をくくりました。

 

私は真っ直ぐ彼の方に向きなおし、ゆっくりと一言一言はっきりと話し始めました。

 

「私個人の意見をお話しします。。。」

 

その瞬間から、流れが一気にガラッと変わったのをはっきりと覚えています。

 

私は驚くような解決策を提示したわけでもなければ、誰もがはっとするような意見を述べた訳でもありません。

 

ただ、その地球的な課題に対して今自分がどう考えているのか、何がほんとうの問題だと思うのか、どんなことが必要で大切だと思うのか、を自分の言葉ではっきりと伝えました。

 

何を言ったのかは正直もう覚えていません。

 

でも、そこから「じゃあ、あなたの言うことに耳を傾けてみようか」という相互プロセスが確かに始まったのです。

 

その日以来研修は順調に進み、スリランカ軍の参加者が個人的な体験を打ち明けることもありました。国連や外部の調査団の立ち入りを何度も拒否してきた歴史を考えると、まったく私の予想を超えた展開でした。

 

この件以来、私は正直に自分の考えや体験を伝えることで信頼を得ることができることを体験して、とても楽になりました。

 

そして、人が話し手や講師、リーダーに求めているのは知識だけでなく、その人の体験やそこから生まれたその人自身の考え方であること、そして、人は「信じられるもの」があると目の前の問題さえ克服していく力を取り戻すことができることを、この体験から学びました。

 

人は知らない人を信頼しません。

 

でも、人は信じたいのです。

 

データや分析、数字だけでなく、あなたの言葉でなぜこれがいいと思うのかを伝えてください。

 

人はクールで冷静なビジネスマン・ビジネスウーマンとしてのあなたではなく、人間としてのあなたを知りたいと思っています。

 

あなたという人はどんなことを大切にしているのか自分の言葉で伝えてください。

 

「完璧な人」ではなく「リアルな人間」としてのあなたはどんな人なのか相手に見せてあげてください。

 

あなたが自分に正直にオープンになれば、あなたの心と相手の心の間に言葉を超えた「橋」がかけられていきます。

 

相手にあなたを信じさせてあげてください。

 

今年 8〜9月に書籍を出版予定です。

その章の一つは「世界を舞台に学んだ人を動かす伝える力」についてです。

 

面白い内容に仕上がってきています。

 

どうぞ楽しみにしていてください!

 
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