なんでいつも同じことを繰り返してしまうのか?と思ったらーストーリーに自分を投影してお気に入りの展開と結末になるのを確認することで安心する人間の心理について

わたしたちはそれぞれ自分の人生のストーリーを持っていて、そのストーリーに従って人生を体験している、と言われています。

 

さて、あなたはどんな人生のストーリーを持っていますか?

 

一昨日から実家に来ていて、姪っ子と一緒にみた実写ハリウッド映画2015年版「シンデレラ」を見ながら、「人生のストーリー」ということについて改めて思ったことがあるのでこちらで書き記すことにしたいと思います。

 

さて、シンデレラといえば、誰でも知っている有名なお話しですが、わたしの記録の中ではシンデレラがいじめられた印象の方が強くて、あまりハッピーなストーリーとして記憶していませんでした。

 

しかも、こんなに有名なお話しなのに、12時を過ぎたらその先どうなってしまうんだったけか?とわたしの記憶はまったくあやふやでした。

 

このシンデレラはグリム童話にあるお話しの一つですが、世界各地に似たようなお話しが残っていて、古くは紀元前のエジプト神話に類型があって、また、ジャンバッティスタ・バジーレの『ペンタメローネ(五日物語)』に採録されたチェネレントラ (Cenerentola) として、日本の落窪物語や、中国にも楊貴妃がモデルと言われる掃灰娘や、民話に基づいていると思われる唐代の小説「葉限」などの類話があるなど、古くから広い地域に伝わる民間伝承である、とも言われています。

 

その世界各地ににみられるお話しのあらすじはこのようなものです。

 

  1. シンデレラは、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。
  2. あるとき、で舞踏会が開かれ、姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがなかった。
  3. 舞踏会に行きたがるシンデレラを、不可思議な力(魔法使い、仙女、ネズミ、母親の形見の木、白など)が助け、準備を整えるが、魔法は午前零時に解けるので帰ってくるようにと警告される。
  4. シンデレラは、城で王子に見初められる。
  5. 零時の鐘の音に焦ったシンデレラは階段を落としてしまう。
  6. 王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。
  7. 姉2人も含め、シンデレラの落とした靴は、シンデレラ以外の誰にも合わなかった。
  8. シンデレラは王子に見出され、妃として迎えられる。

 

子どもが絵本を大好きなのは、ストーリー性が好きなのと、そのストーリーに自分を投影して、お気に入りの展開と結末になるのを確認することで安心するからだ、と言われています。

 

実はこれは人生にも当てはまります。

 

私たちはそれぞれなんらかの自分の無意識の「人生のストーリー」を持っていて、そのストーリーに従って人生を体験している、とも言われています。

 

人生とはこういうものだ、という観念をたくさん持っています。

 

それに気づくために体験が起きていることもあります。

 

しかも、必ずしもハッピーエンドで終わるストーリーとは限りません。

 

絵本を読むとわかりますが、けっこうえげつない絵本もストーリーもたくさんあります。

 

 

例えば、「男はつらいよ」という映画は、男性がもっている「男はつらいよ」という心境とストーリーをまさに映画にして寅さんのキャラが受けて大ヒットしたと言われています。

 

自分がどんなストーリーを持っているのか、またはどんな点にフォーカスがあるのかを知るための一つのヒントは、自分はどの部分を一番覚えているか?という点です。

 

同じ映画を見ても、同じ本を読んでもみんなそれぞれ覚えていることも、お気に入りのシーンもまったく違うからです。

 

ちなみに、「イタリアの詩人シャンバティスタ・バジーレが残したとされてるシンデレラの原作と呼ばれるものの一つでは、シンデレラと王子はめでたく結ばれますが、結婚式の最中に参列した義姉2人は飛んできた鳩に目をえぐられて盲目になってしまいます。そこにフォーカスを当てれば「因果応報」を描いた作品とも読めます。

 

あなたにとって印象に残っている映画や本やお話しは何ですか?

 

それはなんでですか?

 

それはあなたの人生のどんなストーリーを表していると思いますか?

 

 

なんでいつも同じようなことを繰り返してしまうんだろう?と思ったら、自分がどんなストーリーをもっているのかに意識を向けてみてください。

 

 

もしそのストーリーを体験したくないと思ったら、別のストーリーに置き換えましょう。

 

 

ところで、実写版映画シンデレラは主役のリリー・ジェームズが美しかったです。(*^-^)ニコ

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これまでどんなにがんばっても上手くいかなかったのに自分の想像を超えた方法で物事が展開し始めるのを見る時わたしたちが知ること

昨日、ご家族の引っ越しを大きな力のサポートとともに進められた友人のお話しをしました。

 

関連時期→神さまに応援されるお願いの仕方ー「これじゃないと幸せになれない」ではなく⭕️⭕️とお願いすること

 

これまでどんなに頑張っても上手くいかなかったことが自分の想像を超えた方法で物事が展開し始めるのを見るとき、思わず手をあわせて空を見上げたくなるような瞬間があります。

 

わたしはクライアントさんに何度もそういう体験を見せてもらっていますから、とても恵まれた立場にいるのだとこれを書きながら改めて思います。

 

そういう体験を見させてもらうと、人生の一つの大きなレッスンとは「奇跡」を受け入れることなのかも知れない、と思います。

 

奇跡というとものすごいことを思い浮かべるかも知れませんが、「奇跡のコース」(A Course in Miracles)では、「奇跡」についてこう書かれています。

 

「奇跡のコース」(A Course in Miracles: ACIM)とは、過去の経験によって身についた『否定的な自己プログラミング』を解消して新しい見方(知覚)を学ぶ練習書として知られるものです。

 

以下引用です。

 

「奇跡に難しさの順序はありません。

ある奇跡が他の奇跡よりも「難しい」とか「大きい」ということはありません。

愛の表現は全て最高のものです。

 

 

奇跡は愛の表現として自然に起こります。

本当の奇跡とは、そうした奇跡を思い出させる愛そのものです。

この意味においては、愛によって生ずるあらゆるものが奇跡です。

 

 

奇跡はごく自然に起こることです。

それが起こらないときは、何かが間違っています。

奇跡は誰もが持つ権利ですが、ます清めが必要です。

 

 

祈りは奇跡の媒体です。

祈りは創造されたものと創造主のコミュニケーションの手段です。

祈りを通して愛は受け取られ、奇跡を通して愛が表現されます。」

 

奇跡なんて言葉を聞いたらすごい大きなことかと思うかも知れませんが、これが教えてくれていることは、奇跡に「大」「小」はないということです。

 

奇跡は愛の表現なので、それは自然に起こるということです。

 

あなたの生活にはどんな奇跡がありますか?

 

これまでどんな奇跡を体験しましたか?

 

あなたにすでに与えられている奇跡に気づきましょう。

 

日々の生活にある奇跡に気づきましょう。

 

「人は自分が目を向けているものを体験する」という原則があります。

 

すでにある奇跡に気づき感謝をすることでさらに奇跡を体験することが益々増えていくでしょう!

想定外の事態、記録的、 観測史上初ーそんな形容詞が日々のニュースに溢れている今思うこととわたしたちが学ぶこと

観測史上初の記録更新、もはや形容しがたい猛暑が続き、突発的な豪雨大雨が全国各地で続いています。西日本に続き、東北地方、そして北陸地方でも突発的な豪雨があったそうです。

 

今週の月曜日には東京でも突然ゲリラ豪雨があって、駅が冠水したり停電が起きたり近所の家では雷で冷蔵庫が壊れたりしました。

 

昨日まで五日連続で台風が発生してこの現象は「観測至上初」だそうです。

 

ついたった半年ちょっと前のことなのに記憶のかなたに飛んでしまいそうですが、今年1月下旬には東京で氷点下の日が6日連続で続き、埼玉県でマイナス9.6度の寒さを記録するなど、やはり「記録的な寒波」と言われました。

 

今年の冬はかなり寒かったです❄️❄️❄️。。。

 

想定外

記録的大雨

観測史上初

考えられない条件が何重にも重なって起こった現象

前代未聞。。。

 

もはやそんな形容詞が日々のニュースに溢れています。

 

気象庁は後付けのように、いかに異常が重なった結果であるかをもっともらしく科学的に説明しようとするのですが、その説明を聞けば聞くほど感じるのは、「人間がコントロールできることなどない」ということです。

 

そして、それを人類に示すことは神さまにはまったくもって簡単なことだということです。

 

それはけっして神さまが怒っているというニュアンスではなく、わたしたち人類が目覚めるためのウェークアップコールであり、愛のメッセージだと感じます。

 

3.11東日本大震災からわたしたちが学ぶことの一つは「当たり前のことは一つもない」ということでした。

 

わたしは当時計画停電を経験したので、電気のつかない暖房のきれた部屋で過ごした時間をすご~く長く感じ、「当たり前」だと思っていたものがまったく「当たり前」ではなかったことを肌で感じました。

 

わたしたちに与えられているものはまったく当たり前ではありません。

 

自分の力で生きていると思っているほど、まったく自分の力でも生きてもいません。

 

わたしは国連時代に仕事やキャリアがうまくいっている時には自分の努力の賜物だと思って思ってきましたが、物事が上手くいかなくなって始めて実はそうではないかも知れない、と真剣に思うようになりました。

 

人間が自分の力で何かをコントロールしている、またはコントロールできると思うのもかなり限界にきています。

 

その一つの表れがこの気候なのでしょう。

 

自分の力で何かをコントロールできないというのは、「弱さ」ではありません。

 

人間をはるかに超えた大きな力があるという「謙虚さ」を取り戻すときです。

国連勤務を経て自分がやってきたことが全て無駄だったような感覚に襲われて気づいた使命・ミッション・存在意義のみつけ方

昨日、ミッションについて聞かれました。

 

自分のミッション・使命・存在意義をみつけたいという人は多いです。

 

「なにをやるか」よりも「なんのために」が大事と言いましたが、自分の使命や存在意義については誤解もたくさんあります。

 

自分のミッションや存在意義が自分の中で腑に落ちると、楽にはなるし、「軸」となってくれますが、それはびっくりするようなすごい仕事という訳でもありません。

 

それはすぐにわかるわけでもないし、なによりミッションや使命は探すものではありません。

 

もちろん、それをすごく求めたくなる時はありますし、自分の意識やエネルギーがミッションや使命に向けられる時期もあります。

 

わたしの場合、国連PKOで南スーダンに関わった後、しばらくした後南スーダンで紛争が再発し、見慣れた街が一変し、避難民が溢れかえっている映像をみたときに、自分がやってきたことが全て無駄だったような感覚に襲われて、それを埋めるかのように自分の使命やミッション、人生の意味というのを探し求めた時期がありました。

 

そんな時期に始めたことの一つがブログを書くことでした。

 

最初は人に伝えるということよりも自分の体験の整理のためでした。

 

書くという作業には追体験をするという効果があります。

 

書き始めると、忘れていたいろいろなことが思い出されてきました。

 

そして、書くことで「なんとなく」として終わっていた体験を言語化することになりました。

 

「言語化」することによって、過去の体験を整理することになりました。

 

そして、その体験で学んだことは何だったのか?という過去の体験を「学び」に変えていく作業となりました。

 

書くという作業をすると「ああ、わたしはあの時こんなことを感じていたな」と、当時は感じきれなかった思いを思い出したり、「ああ、わたしはあの時こんなことを学んだな」と自然に腑に落ちる瞬間がたくさんありました。

 

そんな作業を1年以上繰り返すうちに、「点」と「点」だったと思っていたわたしのキャリアに「線」が見え始めるようになりました。

 

スティーブジョブズもスタンフォードで習ったアートのクラスでフォントのデザインについて習ったことがアップル創業ですごく役に立ったと言っていて、「点と点がつながった」という表現をしています。

 

ただ、それはびっくりするようなすごいことでもなく、振り返ってみると「自然とやってきたな」と思ったことでした。

 

できなかったことも、振り返るのが難しかった出来事も、「もっとこうすればよかったなあ」と思うことはいくらでもありますが、

 

それも含めて過去を整理して、認め、受け入れていくことで改めて自分という存在について発見し認めていくことの延長で、

 

自分のミッション・存在意義が浮かびあがったというニュアンスでした。

 

それはこういうものが使命だ、かっこいいミッションを持ちたい、自分はだめだ、もっとこうだったらいいのに、という思いではなく、そうしたものを削ぎ落として、当たり前だと思っていたことの中にすでにあったという体験でした。

 

誤解は使命やミッションを探すことです。

 

なぜなら、今の自分ではダメだからという自己否定や、

がまんや苦労があってこそ報われるという思い込みから「使命」を探そうとすると、

 

つまり心の動機が愛ではなく、おそれの状態だと

義務感やこれまで自分を駆り立ててきたものになってしまいます。

 

しかも、自分の使命やミッションが分かったからと言って「問題」がなくなるわけではありません。

 

使命やミッションとは「自分はこれでいい」と認めることから始まるのだと思います。

 

 

目の前のことに一生懸命に取り組んできて、自分に正直になって、人生を楽しむと決める日々の中で、自分のミッション・存在意義に気づいていくのだと思います。

 

使命・ミッション・存在意義を探されている方へのヒントは、

 

① まず、目の前に与えられた仕事を心を込めて一生懸命にやることです

 

人は仕事を通じて自分の得意不得意も含めて自分の特性や資質や役割を発見するからです。

 

② 人との関係で愛を学ぶことです

 

人に愛と思いやりを示すことです。愛がある人にはさらに愛を広めるために、より大きな仕事とチャンスが与えられるからです。

 

③ そして人生を楽しむことです

 

人生思い通りにならないことはたくさんあります。不機嫌な顔もできるし笑顔にもなれます。でも、運や人間関係、チャンスを引き寄せる人は楽しんでいる人です。

 

実は「楽しむ」ということがけっこう大事ではないかと思います。

 

楽しんでいると、日々の中で自分がどんな時に楽しいのか、どんなときに情熱を感じるのか、どんな時にに喜びを感じるのかに気づくからです。

 

使命はすでにあるものです

 

自分の心の目が開いたときにすでにあるものの中に気づきます。

 

自分の感覚に正直になりましょう

 

こういうの好き!

気持ちいい!

やりたい!

美味しい!

楽しい!

 

 

美味しいものをいっぱい食べましょう

 

簡単に楽にやりましょう。

 

楽しい時間を増やしましょう!(*^-^)ニコ

神さまに応援されるお願いの仕方ー「これじゃないと幸せになれない」ではなく⭕️⭕️とお願いすること

ここ数回、人生での選択は究極的にはたった二つしかないー「愛」か「おそれ」かーということについて書いています。

 

選択とは仕事だけでなく、人生のあらゆるところであります。

 

1日の中でも何十(百)回という選択の瞬間があるとも言われています。

 

日々の選択が人生の質にも直結しているとも言えます。

 

愛からの選択がどういうものかピンとこないと感じる人も多いと思うので、わたしの友人の愛の選択の例を少しお話ししたいと思います。

 

彼女にはガーナで育った二人の男の子がいます。

 

この8月から日本で一緒に暮らすことになり、東京で新しい住まいを探していました。

 

日本語を学んでいる子どもたちがアットホームに感じられる街がいい

 

日本語学校に通いやすいところがいい

 

日本語を学んでいる子たちの受け入れ体制が整っている区(市)がいい

 

職場への通勤が楽なエリアがいい

 

家族全員が暮らせる広さが欲しい

 

子どもたちの教育費がかかるので、家賃はできるだけ抑えたい

 

マンションの管理体制がしっかりしていてできればコミュニティーの雰囲気があるところがいい

 

毎日ご飯を楽しくつくれる快適なキッチンが欲しい

 

仕事から帰ってきて落ち着ける雰囲気の部屋が欲しい

 

というのが彼女の希望でした。

 

子を持つ母として、また仕事を持つ人としてごくごく当然の望みだと思います。

 

同時に、東京の家賃は高いし、ご存知のように2020東京五輪で首都圏のマンション価格は高どまりしています。

 

そんな物件はいったいどこにあるのだろうか?と、あてもないまま物件探しが始まりました。

 

気になるエリアに足を運んで街の様子を見てみたり、数件回ったのですが、ピンと来るものはなく「どうしよう」と落ち込んでいました。

 

さらに数件内見をしましたがまだみつかりませんでした。

 

すると、心配がとまらなくなってしまいました。

 

「このままみつからないんじゃないだろうか?」

「息子たちは日本の生活に慣れてくれるのだろうか?」

「いじめられたらどうしよう?」

 

そんな不安が押し寄せてきて止まらなくなった、と彼女は言います。

 

ただ、ちょっと心を落ち着けて、自分の心の状態に意識を向けてみると、彼女は自分の心の状態が「おそれ」にはまっていることに気づきました。

 

彼女は自分の心の方向を愛に向け直しました。

 

「心配に目を向けだしたらきりがないし、かといっていくら心配しても将来がよくなるわけでもない」と思って、「どうなるか分からないけれども息子たちを信頼すること」そして「全員にとっていい方向にいく」ためのサポートをお願いしました。

 

それからの展開は奇跡の連続でした。

 

評判のいい日本語学校がみつかり、見学へいくと先生たちの雰囲気もよく息子をここに通わせたい、と直感的に思ったそうです。

 

学校にも下見へ行き、評判のいい学区であることを確認しました。

 

その一点が決まると、次には考えていなかったエリアが頭に浮かびました。

 

そして、内見へいくと、とても協力的で業界に詳しい仲介の人に巡り会い、すごく親切に管理組合の様子など最終決断のためのポイントや見極め方などを教えてくれました。

 

その人のお陰で審査もスムーズに進みました。

 

首都圏で家族で暮らす住まいを探したことのある方ならわかると思いますが、「自分にとっての基準」や「優先順位」がわかっていなければいったいどこから始めていいのか途方に暮れてしまいます。

 

それこそ検討することも調べることも山のようにあります。

 

何年も引っ越しを考えながら、それこそ物件や環境など条件の比較表をつくっても、まだ気に入ったところがみつからない、決められないという人も知っています。

 

最後に決め手になったのは「ここなら家族で幸せそうに暮らせると感じた」という直感的な感覚と、この人なら任せられると思ったという仲介の人との出会いなど、大きな流れの中にいるというようなサポートを感じたことでした。

 

そして、実際に息子さんたちが来日してみると、マンションの人たちがフレンドリーでよかった、といった「あの直感はあっていた」と確認するような出来事が続いています。

 

もちろん、新しい国での生活ですからまだまだ慣れることはたくさんありますが、守られているような感覚があって、やっぱりあの直感を信じてよかったといいます。

 

これは住まい探しの例ですが、「自分に合う仕事探し」にもまったく同じことが当てはまりますね。

 

そして、彼女の件から「選択すること」についてわたしたちが学ぶことはたくさんあります。

 

① 絶対にこの物件に住まわせてください、というお願いの仕方ではなく、「全員が幸せに暮らせる場所」を願った

 

(これじゃないと幸せになれない、というのではなく、それがどこかわからないけど全員が幸せに暮らせる場所を教えてください、というお願いの仕方)

 

② 自分にとって重要な点、優先順位が明確だったこと(日本語学校に通いやすく、受け入れ体制があること)

 

③ いろんな場所に足を運んで、物件を何件も見た中で実際に自分で見て感じて場所や物件についての直感的な感覚を磨いた

 

④ 自分のライフスタイルや性格がわかっていて、これまで何度か首都圏に住んでいるので自分がどんなところに住めば幸せに感じるのかある程度わかっている

 

⑤ 大きな力のサポートを求め、お願いをした

 

⑥ 焦りや不安、心配につかまりそうになったら、それに気づいて愛を選択し続けた

 

⑦ 自分がどういう状態を望んでいるのかという状態に意識を向けてそれを感じた

 

最後の点は彼女が今回意識した点としてわざわざ教えてくれました。

 

 

こういう「いい事例」・「奇跡体験」を聞く人は、自分も同じ体験をするという原則があります。

 

そして、サポートや奇跡を体験した人は他の人にもその体験を伝えていくことができます。

 

「あなたにもできますよ」「あなたにも奇跡が与えられていますよ」と伝えていくことで、さらに多くの愛と奇跡を広げていくことができるのです。

 

「与えること」は「受け取ること」ですから、そうやってさらに愛と奇跡の循環がひろがっていくのです。

 

そういう意味では、「愛」と「奇跡」ををたくさん体験することは人の役にも立つのですね。

 

愛を選択しましょう。

 

サポートと導きを求めましょう。

 

すでにある奇跡に気づきましょう😊

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人②ーこれまで上手くいったこと、がんばっても上手くいかないと感じたら⭕️⭕️を知るとき

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人ー神さまが味方する人の持っている18の特徴

 

という記事を書きました。

 

関連記事→https://goo.gl/K2Rzei

 

仮に「神さま」という言葉が今の自分の日常生活には馴染みのない場合でも、わたしたちはある部分では自分を超えた大きな存在があるということを本能的にわかっています。

 

マザーテレサは、愛の力でもって、世の中のどんな成功したビジネスマンよりも世界中からお金を集め(亡くなられた今でも続いています)、インド、カルカッタにある「マザーハウス」はその場にある愛とインスピレーションの力で今でも毎日世界中の人を引き寄せています。

 

人は行き詰まったとき、生きる指針をみつけたい時、そんな自分を救ってくれるものとして「自分を超えた大きな力」や「愛」を求めるのだと思います。

 

それなのに、私たちの中には、素直に大きな力のサポートを受け取れなくさせてしまう態度や誤解があることがあります。

 

例えば、こういうものです。

 

ー教えられたくない、従いたくない

ーすべてをコントロールしたくなる

ーリーダーに対して批判的になりがち

ー自分に頼る

ー神さまに対して誤解した見方を持っている

ー苦労してやっと報われると思っている

ーお金、物質、他人からの賞賛が安全をくれると思っている

ー人にめいわくをかけてはいけないと思っている

ー人に頼れない

 

こうした態度や誤解は、たいていの場合「拒絶の傷」とかんけいしていて、拒絶の傷が生まれた原因としては例えば以下のようなものが挙げられます。

 

ー親や先生から厳しいしつけ・指導があった

ー両親からのコントロールが強かった

ー勉強や宿題、お手伝いができたから褒められる環境だった(条件付きの愛)

ー学校で批判されたり、誤解されたことがある

ー家庭内に依存症があって恥やおそれを感じた

ーえこひいきがあった

ー成功や一番を目指さないといけないという圧力

ー家庭内でよろこびがない

 

または自覚がなくても胎児期に、予想外だったために母親が「どうやってこの子を養おう?」と思ったことなども含まれることがあります。

 

これらが日常的にどういう風に現れるかというと、以下のようなものがあります。

 

ー自分は人から必要とされていないと思ってしまう

ー自分が悪いと思ってしまう

ー自分を好きになれない

ー自信を持てない

ー失敗することをおそれ、なんとしてでも避けようとする

ーなんでも自分でやらないといけないと感じる

ー親や先生、上司といった人から責められるように感じる

ー劣等感

ー羞恥心

ーあせり

ー罪悪感

ー人に気をつかいすぎる(嫌われなくないから)

 

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そして、もう一つの特徴は拒絶されるのをぜったいに避けたいと思うがばかりに、自己防衛のシステムをつくってしまうことです。

 

自己防衛のシステムとは例えばこういうものです。

 

 

ー競争心

ー自己顕示欲

ー完璧主義

ー目標・成果主義

ー嫉妬

ー人を判断してしまう

ー自己顕示欲

ープライド

ー恥ずかしがり

 

こうしたものの中には先祖から受け継いだものもあります。

 

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私たちは、親の世代(先祖)から引き継いだ「おそれから生まれた人生観」を乗り超えて、「愛から生まれた人生観」に書き換えるという平和のための大仕事が与えられている、と書きましたが、拒絶の傷を癒すことはまさにその根幹の一つと言えます。

 

大変な作業のように聞こえるかも知れませんが、一人が癒されると一人が癒されると32代にも渡ってその癒しが届くとも言われています。ですから、それを癒そうとするならば、そのための大きなサポートも与えられます。

 

そして、自分の傷が癒されると、仕事や人間関係の成果として現れます。

 

一生懸命にがんばっても改善されなかったことが、自分の中の内面の傷が癒されたことで大きく変わったことは私自身の体験でもたくさんあります。

 

癒しはプロセスです。

 

ある程度の時間も必要です。

 

なにより癒されるライフスタイルを身につけることが大切です。例えばこういうものです。

 

ーなんらかの課題や問題があるとき、それは自分の中の何を癒す機会なのかに意識を向けましょう

 

ー自分でもう役立っていない態度や習慣に気づいたならば、その背後にどんな心の傷があるのかに目を向けましょう

 

ー完璧でない、傷ついた自分を共感をもって抱きしめましょう

 

ー受け入れること(受容すること)を学びましょう

 

ーゆるすことを学びましょう

 

ー大きな力に癒しとサポートを求めましょう

 

ーゆるすことを学びましょう

 

人生は旅です。

 

傷があってもまったく完璧な自分じゃなくても、今の瞬間を楽しむことができます。

 

瞬間瞬間、幸せを選択することができます。

 

少しづつでもそんな瞬間を増やしていきましょう。

 

Empathy 4

 

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人①ー神さまが味方する人の持っている18の特徴

自分のキャリアを改めて振り返ってみると、「あーよくがんばったなあ」と改めて自分を承認したいのは、国連に入ったことでも、南スーダンで働いたことでも、多国籍チームのリーダーを務めたことでもありません。

 

それは、「自分の中の感覚」を信じることができたことです。

先祖や神さまの応援を受けることができたことです。

 

数年に一回行われる国連に入る正式な筆記試験(と面接)というのもあって、こちらの倍率は五千倍~一万倍だと言われていました。

 

私はこの試験を20代半ば~30代前半にかけて、計3回、バンコク、ニューヨーク、アディスアベバ@エチオピアで受験をしました(当時の勤務先から一番近いところで受験。渡航費、宿泊費は本人負担)。それらの試験は合格はしなかったものの、私の国連でのキャリアは繋がれていきました。

 

前回、愛からの選択を求めましょう、と言いました。

もちろん、なんの問題もない完璧な職場や仕事があるわけではありません。

100%完璧な同僚や上司、職場や仕事があるわけではありません。

 

でも、この人とはご縁を感じるというような同僚がいたり、魂が満たされるような深い友情を体験したり、魂のファミリーと感じる人に会ったり、最初は大変だったけれどもすごく鍛えられたというような直感的に「ああ、ここには導かれてきたなあ」という職場のことです。

 

すぐにわかる時もあれば、後からわかるようなこともあります。

ただ、いつも楽なワケではありません。

 

東ティモールでは平然と女性差別をするリーダーの元でしばらく仕事をしなければいけなくて、電気のない環境でそれは大きなストレスだったのですが、

 

そこで学ばざるをえなかった「アサーティブネス」や「自己主張をするべきときを知ること」は、のちに国連という組織で働くという覚悟と強さを身につけさせてくれました。

 

一番、勇気がいったのはニューヨーク本部のある部署からポストをオファーされたのにもかかわらず、南スーダンへ行くという選択をしたときでした。

 

周りの人には本当にいいの?と何度も聞かれましたが、それでも私のハートはそれを願っていました。

 

実際の現場は予想どおり大変な環境で、南スーダンの大変な環境に耐えられず、実際に辞める人もいました。

 

それだけでも大変なのに、足を引っ張られたりハラスメントを受け、最初の数週間はさすがに選択をあやまったかもしれないという思いがよぎったこともありました。

 

そのままふてくされることもできましたが、私は相手を同じように攻撃したら私も同じになってしまうと思いました。

 

そして、南スーダンの環境に対していくらでも文句を言うこともできましたが、私は当時の南スーダンがおかれた状況を思うと、やるべきことはいくらでもあると思ったので、正式な仕事かどうかにかかわらず、自分に与えられた以外のことでも、国や組織に必要だと思うことを淡々とやることにしました。同僚とも助け合って、お互い励ましあっていました。

 

当時の写真をみると、電気もない大変な環境でよくあんなにニコニコ笑っているな、と自分でびっくりします。

 

たぶん、そういう姿勢を神様が見ていてくださったのだと思います。

 

関連プロジェクトのリーダーに抜擢され、上司と同僚に恵まれました。

 

そのプロジェクトが終わったときには、その南スーダンでの体験が評価され、国連特使に国連の活動について教える世界的なプログラムの講師としての仕事をオファーされました。

 

どんな仕事であっても、そのときに自分に与えられた仕事を一生懸命にやるしかないのですが、その時々にさまざまな選択の局面というのが来るのだと思います。

 

その中にはここは大事!というものもあります。

 

常々、自分がどちらに導かれているのかのサインに敏感になりましょう。

 

神さまからのサポートを受け取りましょう。

 

そして、神さまに応援される人になりましょう!

 

神さまに応援される人というのは、たとえばこういう特徴を持っている人です。

自分にも改めて伝える意味も込めて、以下に挙げてみます。

 

ー仕事を通じて人間的に成長したいと願う人

ー自分に正直な人

ー感謝の気持ちを持っている人

ー愛のある言葉を使う人

ー自分を大切にする人

ー素直な心を持つ人

ー心をこめて仕事をする人

ー人に親切にする人

ー相手の欠点ではなくいい点をみようとする人

ー自分の情熱(神さまの声)にしたがう人

ー自分の弱さや限界を認める人

ー相手をゆるせる人

ー自分をゆるせる人

ー世間が大切だと思うことではなく神さまが大切だと思うことを大切にする人

ー自分の見方ややり方ではなく新しい見方や機会にオープンになれる人

ー神さまのサポートを求める人

ー時間をとって神さまの導きに耳と心を傾ける人

ー自分のためだけでなく関係者全員の幸せと成功を願う人

 

これを全てできなければ、神さまに応援されないという意味ではありません。

 

何か行き詰まっている、自分の力でがんばることなんてたかが知れている、自分を超えたより大きな力のサポートが必要だと思ったら、できるところから始めましょう。

 

神さまはあなたを応援し、祝福したがっています。

 

神さまに味方になってもらうように求めましょう。