好きなことをやるのに自信はいらないーなぜ日本人は自信がないのか?

自信がないとはやっかいだ。

 

自信がないのがやっかいなのではなく、「自信がない」の本当の理由がわかっていないから。

 

「自信がない」とは不思議だ。

 

人が「自信がない」と言うと、科学的であたかももっともな理由のように聞こえるから。

 

「自信がない」現象はあまりにも漠然としていて、何をしたら自信がつくのか?本人もはっきりと分かってないから。

 

 

そういう私も3月末に突然霧がかかったように、前が見えなくなってしまって、さっぱり書けなくなってしまいました。

 

一文字も。。。。

ぜんぜん。

まったく

 

 

スランプ?という言葉が頭をよぎるものの、原因がよくわからない。。。

 

連載をしている先の編集者さんからは、「大仲さんの記事は安定的なアクセスがありますよ。どんどん書いてください」とも言っていただいたし、書くネタはたくさんあるはずなのに。

 

これはつらいです。

 

そんな状態が1ヶ月以上続いて、もうやだ!こんな状態抜け出したい!、と思った時に、ふとわかった気がしました。

 

「自分ってたいしたことないな」って認めるのが怖かったんだって。

 

なにか新しいことや新しい分野に挑戦しようとする時、私たちは無意識的にいろんな「シュミレーション」をします。

 

もしこうだったらどうしよう?

もしああだったらどうしよう?

 

という「もし~だったら」「もし~だったら」が何個もあります。

 

 

あるレベルにおいては、すでに次のステップややりたいことは先に見えているのに、それがモヤモヤとなって目の前に「きり」をかけてしまうのです。

 

でも、そんな時こそ大抵誰かと比べています。

 

というか、その分野の先駆者や成功者と比べています。

 

その人がどれだけ苦労や努力をしたのかも知らずに、

 

「私はあんな才能がない」と、

 

 

または

 

誰かと比較して、もし~だったらどうしよう?と足をすくめているのです。

 

 

日本人の選手の中にはせっかく銀メダルをとったのに、人によっては顔面蒼白に世界一の失敗者であるかのような顔をしている人がいます。

 

数年前なでしこジャパンがW杯で準優勝した時がそうでした。

 

ブラジル人はオリンピックに出るだけで、踊って大騒ぎしてお祝いします。それだけで町・村中あげてのヒーローでしょう。

 

逆に、オリンピックで計22個ものメダルを獲得する偉業を成し遂げたマイケルフェルプス選手(競泳)は、3回もオリンピックにでて何個もの金メダルをとりながら、ようやく最後(リオ五輪)で心から納得できてもう悔いはない、と言った選手もいます。

 

日本は競争や比較の意識が強い国です。

 

でも、それがオリンピックの決勝だろうが、フルマラソンだろうが、3キロランだろうが、中学生バレー大会だろうが、「負けて」悔しかったけど清々しい顔をしている人もいます。

 

もちろん、勝負はつきますが、本人の中では勝ちだったのでしょう。

 

負けたのは確かに悔しい。でも一生懸命やった。だから、悔いはない。

 

本人は納得して、晴れ晴れしています。

 

一番悔しいのは「スタートライン」に立つことさえもやめてしまった人です。

 

 

誰かの意見や他人の指標で自分の可能性や結果を判断させてはいけません。

 

自分さえ納得すればいいのです。

ずっと成長し続けられるかどうかは、プロだった自分がまた初心者から始められるかどうか

ああ、この感覚を体験するのが嫌で私たちは全力で何かに取り組んだり、自分がやりたいことを隠してしまうんだ。

 

最近、新しい分野で新しいレベルであるチャレンジをし始めてから腑に落ちたことがあります。

 

ある分野でいったん「プロ」と認めれるレベルになったら、正直その分野で勝負を続ける方が楽です。

 

新しいチャレンジや成長による充足感を感じるかどうかは別として、私が米軍の専門家として講師を務めていた分野だったら、それほど準備もなくまた仕事はできるでしょう。

 

ただ、私の場合は、この数年神さまから新しい分野であなたのこれまでの経験を統合しなさい、と促されているのを感じるので、きっと、私の国連や紛争地での体験が別の形で活かされていくのだと思います。

 

正直、新しい分野で自分が初心者というポジションになるのは「心地わるい」です。

 

その分野で先を走っている人たちとの実力の差があまりに大きくて、自分の力のなさを感じます。その差をまざまざと見せつけられます。思ったよりも出来ない自分を発見します。

 

ああ、この感覚を体験するのが嫌で私たちは全力で何かに取り組むことを避けてしまうんだ ー そう思いました。

 

そもそもその土俵に乗っていなかったら、単なる傍観者でいるならば、こんな「言い訳」もとっておけるでしょう。

 

「どうせ私参加してないし。。。」

 

「まだ本気じゃないし。。」

 

 

でもやらないままで後悔するのも嫌だ。

 

やっぱりやりたい。

 

 

私はそう思ったのでしょう。

 

この分野で先に成功している人たちを本気で研究し始めました。

 

何かに本気に取り組みたいならば、Biginner’s Mindや謙虚であること、素直さが大切だ、と言われます。

 

「わたしなんて。。。」「そんな力ありません。」という人がいます。

 

一見もっともで謙虚に聞こえるものの、その根底にあるのはプライドや守りの姿勢であって、その本質は傲慢さです。

 

 

その反対の成長する姿勢とは、今わたしがこの状況で学ぶことは何だろう?と考える姿勢です。

 

 

一ミリでもいいから前に進みたい。

 

 

ああ、思い出した!

 

 

本気になるのはやっぱり楽しい。

 

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「自信がつくのを待ってもこない。自信がつくのを待ったらこのまま一生終わってしまう」ニューヨークで発見した自信の「正体」❗️

私たちは、いったい何をして、どこまでやったら「自信」というものがつくのでしょうか?

 

私自身、ニューヨークの国連本部の花形部署で働く機会を得ながら、長い間自信を感じられずにずい分悩んだので、「自信を持つ」ためにいろんなことをしたものでした。

 

いったい何をして、どこまでやったら「自信」というものがつくのだろう?と思っていました。

 

ニューヨークという場所がらスピーチのクラスに参加したこともありました。

 

ただ、いつも自分の能力や努力が「足りない」気がして、この「足りない」という強迫観念のような私のお悩みはかなり長い間続きました。

 

 

一番苦しかったのは、何かをやっても達成した気がする訳でもなくて、いくらやっても自分の中で「これでいい」と思えなかったこと、でした。

 

私にとって精神的なストレスが一番大きかったのはおそらくこの頃で、出張とストレスが重なって、機内で倒れたこともありました。

 

自信について、いろいろな角度からの答え方があるかとは思いますが、もし自信を「外からの評価」に求めるのならば、究極的にはキリがないとも思います。

 

仮に資格を得ても、ハーバート大学やオックスフォード大学を卒業しても、自動的に自信がつく訳でもないことは私自身が知っています。

 

私自身オックスフォード大学の大学院で勉強していた時に驚いたのは、オックスフォード大学の学生さえ、自信がないと感じているという事実でした。

 

すると、ますます分からなくなります。

 

自信とはいったいどうしたらつくのだろうか?と。

 

しかし、ある頃から、チャンスが巡ってきているのに、ノーと言っているような自分に嫌気がさして来たのです。そして、気がつき始めたのです。

 

「自信がつくのを待ってもこない。自信がつくまで待ったらこのまま一生終わってしまう」、と。

 

もちろん場数を踏むというのは真実だと思います。やはり、スピーチにしろプレゼンにしろ、経験を重ねることで確実に自信は上がりました。

 

ただ、ある時に自分で一歩踏み出す勇気が必要になる時というのはあると思うのです。

 

それからのキャリアを振り返ってみても、その時の感覚はあっていたと思います。自信がつくのを一生待っていても何もできないのです。

 

そして、もう一つ自信というものの「正体」に気がつきました。

 

それは「自信をなくさせている原因」に気づいたからでした。

 

それは、自分は「こうあるべきだ」という自分が自分にかけていたプレッシャーでした。

 

自分が自分に対してもっている自分の中の理想像でした。

 

例えば、私の場合、

 

「国連の本部で働く人」はこうあるべき、

なにか「かっこいい事」を言わないといけない、

という自分の中の理想像とのたたかいでした。

 

 

ただ、そもそも完璧というものは存在しないし、自分の中の理想像は絶対に手の届かない目標です。

 

完璧であれば、失敗や批判を避けることができて、傷つく可能性も避けることができると思っています。ただ、これによって、常に私たちは周りの人たちと比較することになり、自分はそうでないと思っている部分が常に不安としてのし掛かります。

 

自分の価値は、どれだけ達成したかで決まる、という思い込みがあるのです。

 

私たちは社会やメディア、学校、親からの「こうであるべき」というプレッシャーやイメージに晒されています。

 

そして、私たちの自信がどれだけこうしたプレッシャーやイメージ、信念にネガティブに影響されているかを知るとびっくりします。

 

例えば、このような「あるべき像」です。

 

いつもよい成績をとらなければいけない。

絶対に失敗をしてはいけない。

周囲の人に賞賛されなければいけない。

やるからには有名にならなければいけない。

誰よりも優れていなければいけない。

優秀でなければいけない。

スマートでなければいけない。

お金は苦労して得るものだ。

 

 

メディアの影響もあります。

 

もっと痩せなければいけない。

人気者にならなければいけない。

優秀でなければいけない。

かっこよくなければいけない。

おしゃれでなければいけない。

女性は若くなければいけない。

 

 

そして、私たちは常に周りの人たちと比較して、自分はそうでないと思っている部分が常に不安としてのし掛かります。

 

失敗したらどうしよう。。。

間違えたらどうしよう。。。

人の期待に応えらえなかったらどうしよう。。。

こんな自分。。。

どうせ無理。。。

 

そんな不安ばかりだと誰だって足がすくんでしまいます。

 

しかも、私たちは多くの場合メディアで取り上げられる人たちの成功や華やかな部分にしか触れていないのです。

 

ベストセラー作家で、この「足りない病」(欠乏意識)についての本を書いたリン・ツイストさんは、消費カルチャーの時代を生きる私たちは常に「足りない」「足りない」「足りない」というメッセージにさらされている、と言います。

 

もっと言うと、日本が世界の中で第3位の経済大国でありながら、不安と閉塞感に覆われているのは、この「足りない病」とも関係があるのではないか?、と個人的には感じます。

 

ただそうした仕組みに気づいた私たちは、こうした自分の中の信念を再整理することができます。

 

それは本当なのでしょうか?

今の自分に役立つ信念でしょうか?

もし、これとは反対のことをしたらどうなるのでしょうか?

 

まずこうした自分の中の信念に気がつくことが改善のための大きな一歩です。大抵、こうした信念は、あまりに自分の中で自動的に発生していて、そうした影響があることすら気が付かないからです。そして、今の自分に役立つ信念に書き直すことができます。

 

 

【ワーク】

自分の中の「こうあるべきだ」を書き出しましょう。

それは本当なのでしょうか?

今の自分に役立つ信念でしょうか?

他人から褒められるよりも自分にとって大切なことは何ですか?

もし、これとは反対のことをしたらどうなるのでしょうか?

 

今の自分に役立つ信念に書き直しましょう。

もし、仮に~だとしても自分は自分を受け入れ自分の味方であることを宣言します。

 

① 自分の中の「こうあるべきだ」を書き出します。

② ハートに手をあてます。

③ 心の中で宣言します。「もし自分の中で自分は優秀じゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

例)

優秀でなければいけない⇨「もし自分の中で自分は優秀じゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

かっこよくなければいけない。⇨「もし自分の中で自分はかっこよくないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

スマートでなければいけない。⇨「もし自分の中で自分はスマートじゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

本当の自信はどこから来るの???ー◯◯のことをどう思っているか

 

先週の日曜日に、本当の自信はどこから来るの?

ー「自信(Confidence)を再発見する」というテーマのmeet upを開催しました。

 

私の先生でもあり、友人でもあり、講座の運営のお手伝いをしているサンドラ (世界的にもカウンセラーとして評判が高い)に、カナダよりスカイプで話してもらう形だったのですが、参加者の方からこんなシェアがありました。

 

誰かと誤解を生んだり、人間関係が上手くいかなかったりということが続いて、自信をなくしてしまった。。。というものでした。

 

それに対してサンドラが紹介した「実験」が面白かったので紹介したいと思います。

 

 

その実験はサンドラが来日していた時、会場近くの商店街で行われました。

 

その実験とはこういうもの。

 

 

「『最高の自分』でこの商店街で歩きなさい。」

 

 

その商店街はアーケード付きの商店街としては関東一とされるところで、長さは数百メートルあります。

 

 

私たちは『最高の自分』(自分の中の光)を意識しながらその商店街をしばらく歩きました。

 

 

すると。。。

 

 

行き交う人たちが笑顔を返してくれるのです。。。

 

えっっっ???

 

???

 

だって、私は何百回もその商店街を通ったことがあるのにそんな体験は初めてだったからです。

 

 

サンドラいわく。

 

「あなたが『本当のあなた』を周りに見せる程、周りは自然にそれを感じるのよ。」

 

 

別の言い方をすると、

 

「あなたが周りにオープンである程、周りもあなたにオープンになるの」。

 

そのことをさらに裏付ける事が起こりました。
(サンドラと一緒にいるとそういう出来事が続きます。)

 

私のマンションでいつも見かける男の子とエレベーターで一緒になりました。
いつもは怖がってるように見え一言も発しない男の子がサンドラに笑いかけるのです。

 

「そんなこと起こったことないよ〜」と言った私に、サンドラは言いました。

 

「Chika、あなた、いつも怖い顔してエレベーターに乗ってるの?」

 

(ドキっ 汗)

 

 

自信を身につけるというのにはいろいろな側面がありますが、

 

 

その中の一つの大きな要素というのは、

 

 

自分が自分のことをどう思っているのか?

 

それをどこまで周りにオープンにしているのか?

 

どこまで表現するのをゆるしているのか?

 

ということなのです。

 

 

実際、

 

小さいふりをしている自分にうんざり!

 

縮こまった体も心も大きく広げたい!

 

もっと伸び伸びと自分を表現したい!

 

と感じている人は多いようです。

 

 

とは言うけど、

それが出来るならとっくにそうしているよ!

という訳なのですが、

 

何か邪魔してるものがあるのですね。。。

 

 

では、それは何なのでしょうか???

 

次回に続く。

 

 

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最後までお読みいただき有難うございました〜⭐️

本当の自信は自分でやってきたことの価値を認めることができると「湧いてくる」

キャリアと人生の法則【⑦】本当の自信は「湧いてくる」

 

私は長い間、自信がなくて悩んでいました。

なんとか、自信をつけようと、いろいろな本を読んだり、研修を受けた時期もありました。知識を得たり、スキルを身につければ自信も上がると思ったからです。

特に、スピーチやプレゼンが苦手だと思っていたので、こうした分野には意識して時間を投資した時期もありました。そして、実際、語学力やスピーチ、プレゼンといった分野では、途中何度か上達が停滞しているような「タイムラグ」の時期はあるものの、時間と労力を投資するだけ、確実に上達するように思います。そして、こうした分野での「場数」も確実に自信をつけてくれます。

 

同時に、南スーダンから戻ってきてからは別の種類の「自信」を学びました。

それは、4年も働いて大きな苦労もしてきた南スーダンで、内戦が再発した時です。

 

内戦再発のニュースと私がついちょっと前までいた場所に避難民の人たちが押し寄せているのを見た時、また、南スーダンの親しい友人から姪っ子を亡くしたと聞いた時には、身体から力が抜けるような、今までの努力が無駄になってしまったようなショックを覚えました。

 

それは、私にとって、成果や結果に関係なく、自分がやってきた事に対して自分自身が価値を感じることができるようになるためのレッスンでした。

 

一見、周り道かのように見えるかも知れないけれども、自分がやってきたことの成果がどうであっても、自分が自分でそれを認めることができると、その一つ一つが、内から湧いてくる感覚として確実に根付いてくれます。

 

今なら、その自信の存在をはっきりと感じることができます。

 

流れを止める人は、自信とは何かをやり遂げて(学歴、資格、経歴など)得るものだと思います。

 

流れにのる人は、結果や成果に関係なく、自分が自分がやってきたことを認めているので、揺るぎない自信を持っていられます。

 

キャリアと人生の法則【ワーク⑦】

今までの自分がやってきたことで、自分が十分にその価値を自分で感じられていない部分を振り返ります。失敗したと思っているからですか?成果や結果に繋がらなかったからですか?それは他の目から見てもそうですか?他人の基準ではなく、自分の基準で自分がやってきたことに対して、自分で自分が価値を認められるようになることを学びます。

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⬆️ナイル川の源泉(ウガンダ)

 

⭐️キャリアと人生の法則【⑦】本当の自信は「湧いてくる」もの⭐️

 

⬇️   流れを止める人は、自信とは何かをやり遂げて(学歴、資格、経歴など)得るものだと思います。

 

⬆️流れにのる人は、結果や成果に関係なく、自分が自分がやってきたことを認めているので、揺るぎない自信を持っていられます。

キャリアと人生の法則【④】自分を認めることができるのは自分

前回、自分が理解されるために相手を理解しましょう、と言いました。

 

ただ、一つ重要なことを強調しておきたいと思います。

それは、「相手を理解すること」と、「相手から好かれること」は同じではない点です。

 

私たちの中には、人が好きで、ともかく人を喜ばせることに喜びを覚える、人に与えるのが好き、というタイプの人がいます。

そして、いつの間にか、人に好かれたり、人から評価を受けることが自分の価値を測る基準と一緒になってしまっている場合があります。

 

それがあると、私たちが新しいことを始めようとする時や自分の作品やアイデアを誰かに見せようとすると、とたんにハードルが高くなってしまいます。

ヒューストン大学教授で心理学者のブレネー・ブラウンさんは私たちのパターンを上手く説明してくれています。

 

1、自分の価値と作品の評価が結びつくと思うと、人に見せようとしなくなる。

見せるにしてもリスクを減らすために、独創性や斬新さをそぎ落してしまう。心のままに生み出したものを差し出すのは、あまりにも大きな賭けだから。

 

2、期待通りの反応が返ってこないと、ぺちゃんこに潰れてしまう。

独創性をそぎ落とさずに見せたとしても、作品の評価がダメなら自分もダメ。フィードバックを求めたり、再挑戦したり、一からやり直すということもなく、心を閉ざしてしまう。「だからやめとけばよかったのに」、「あなたでは無理だ」とエゴが耳元でささやく。

 

3、完璧主義にはまる。

では、周りから高く評価されればいいかと言うと、今度は「有能であれ、完璧であれ、人を喜ばせよ」という完璧主義の呪縛にはまって、自分を苦しめることになる。。。

 

この場合、内なるモーチベーションよりも、他人からどう見られるかを問題にしています。

 

人からの評価を中心にしていると、自分のために時間を使うことよりも人を喜ばせることを優先して、自分を「犠牲」にします。

 

そして、いつの間にか、自分の中になったはずの情熱やエネルギーもなくなってしまいます。

 

なにより、本来の自分の人生の目的を生きることから遠ざかってしまいます。

(なにより、私自身がこのタイプでした。)

 

そういう人は、代わりにこの質問をしてください。

 

今日、自分がやったことで、自分で誇りに思えることは何ですか?

 

小さいことでもいいので、自分で自分を承認できることを探してください。

自分で自分を認めることができたら、自分を信じていられます。

 

 

運を下げる人は、自分の評価は他人が決めるものだと感じています。

 

運を上げる人は、自分を認めることができるのは自分だと知っています。そして、自分を認めるための習慣や時間を持っています。

 

⭐️キャリアと人生の法則【④】自分を認めることができるのは自分⭐️

 

⬆️ 運を下げる人は、自分の評価は他人が決めるものだと感じています。

 

⬇️ 運を上げる人は、自分を認めることができるのは自分だと知っています。そして、自分を認めるための習慣や時間を持っています。

本当は自信がない時どうする?今世界中のエリートが切望している「◯◯の勇気」とは?

 

最近、二回続けて海外の友人からあのTEDトーク見た?と聞かれたTEDがあります。

このTED。なんと4年連続で視聴回数がベスト5内にランクインし続け、

2016年3月現在で全世界での総視聴数が23,822,770回(!)を超えています。

 

日本では、彼女の二冊の本が両方日本語に翻訳されていて、一冊目は本田健さんによる訳書でベストセラー入りしています。

 

TEDと言えば、ビルゲイツから有名ピアニストまで、肩書きを超えて、個人としての体験や洞察をただで面白くシェアしてくれるものだから、わたしも大好きでよく観ます。

 

感動的なスピーチがたくさんあるので、思わずパソコンの画面に向かって拍手を送りたくなってしまいます。

 

オックスフォードでもハーバードでも聞けないような、こんなに高品質のスピーチが無料でいつでも簡単に観れる(聞ける)なんてすごい時代だなって思います。

 

さて、その話題のテーマとは???

 

Power of Vulnerabilityです。

 

はて、Power of Vulnerabilityとは???

 

日本語にするのが少し難しい表現なのですが、

 

「生身をさらす勇気」

とか

「ありのままであることの力」

 

などと訳することができると思います。

 

 

今年に入ってから、本を執筆したり、連載向けの記事の案などを書いているのですが、

このTEDを見た時に「あ!今のわたしにぴったり!」と思いました。

 

なぜなら、ふとある「ささやき」がやって来るのを感じていたからです。。。

 

例えば。。。

 

「この記事いったい誰が読むんだだろう。。。」

「この記事面白いのかなあ。。。」

などなどです。

 

宇宙はいろいろな人を通じて今の私に必要なメッセージを伝えてくれるので本当にありがたいのですが、一冊の本を書き上げ出版した人たちの粘り強さと勇気に今さらながら改めて尊敬の念を持ちます。

 

さて、この話しと「生身をさらす勇気」がどう関係あるかと言うと、

まさにその「ささやき」こそが、私たちを小さくさせているものだからです。

 

彼女は何千人もの人をインタビューし、それまでの10年にも及ぶ研究の成果と合わせて、この「仕組み」を解明し、とても分かりやすく説明してくれています。

 

例えば、「生身をさらす時」(vulnerableに感じる時)はどういう時かと言うと、

 

・昇進したけど成功する自信がない時

・愛していると伝えたけど、相手の気持ちが分からないとき

・妻・夫・パートナーをセックスに誘うとき

・新しいことに取り組むとき

・一般受けしない意見を言うとき

・新製品に何の反応もないとき

・3度流産した後で妊娠がわかったとき

・恋に落ちたとき

・自分の作品や文章を発表するとき

・離婚後初めてデートをするとき

・批判やうわさに立ち向かうとき

・家族をなくしたばかりの友人に電話をかけるとき

 

などです。

 

うんうん。本を読みながら頷いてしまいます。

 

こういう時の、人を悩ますパターンは例えばどういうものかというと、

 

1、自分の価値と作品の評価が結びつくと思うと、人に見せようとしなくなる。

見せるにしてもリスクを減らすために、独創性や斬新さをそぎ落してしまう。心のままに生み出したものを差し出すのは、あまりにも大きな賭けだから。

2、期待通りの反応が返ってこないと、ぺちゃんこに潰れてしまう。

独創性をそぎ落とさずに見せたとしても、作品の評価がダメなら自分もダメ。フィードバックを求めたり、再挑戦したり、一からやり直すということもなく、心を閉ざしてしまう。「だからやめとけばよかったのに」、「あなたでは無理だ」とエゴが耳元でささやく。

 

では、周りから高く評価されればいいかと言うと、今度は「有能であれ、完璧であれ、人を喜ばせよ」という完璧主義の呪縛にはまって、自分を苦しめることになる。。。

完璧主義の呪縛については→ 完璧主義は向上心ではないー「人からどう見られるか」から「私はこれでよい」へ

 

でも同時に、「傷つく可能性」から扉を閉ざすことは、人生の情熱や目的や意味を遠ざけることにもなってしまうのです。

 

なるほど。。。

 

こうしたことが言語化されていて、

この悩みをもっている人が世界中にいること、

TEDをよく聞く人たちというのは、「エリート層」が多いと言われている中で、このテーマが4年連続で上位にランクインし続けているという事実に少し「ホッと」とします。

 

では、私たちはこういう時どうしたらいいのでしょう?

 

この「仕組み」を知っておけば、シナリオは大きく変わるのです。

 

 

Beautiful Young Woman over blue Sky
Beautiful Young Woman over blue Sky

 

ブレネーブラウンが、家庭、学校、企業などで「恥」または「生身をさらす勇気」がどう作用しているかを研究して、5,000人以上もの人をインタビューして分かったのは、

 

家庭、学校、企業など、「失敗」や「恥」から立ち直る文化のあるところでは、積極的にフィードバックを求め、受け入れ、取り入れる人が育つということ。

 

「失敗」や「恥」から立ち直る人は、なんらかの形で、自分がどういう時に傷つきやすいかを認識する力を育んでいること。

 

自己価値が左右されない時には、人は能力や才能をもっと大胆に発揮でき、リスクをいとわなくなることです。

 

つまり、この「生身をさらす勇気」こそが、今、世界中の企業が求めてやまない創造性やイノベーションの源泉だと言うのです。

 

 

実際、このスピーチの後、彼女のところには、アメリカ中のCEOや企業からの講演の依頼が殺到したそうです。

 

創造性とは愛のエネルギーです。

 

「傷つく可能性」を越えて「生身をさらす勇気」こそ、愛や喜び、創造性を生むのです

 

では、

その勇気を育むにはどんなことが役に立つのでしょうか?

自分がどういう時に傷つきやすいかを認識する力とは何でしょうか?

(続く)

 

ブレネーブラウンのスピーチはこちら (日本語字幕付き)