海外へ行く人必見!安全を創る3つの視点②

海外(その地域)でなんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

 

私たちは知らないことに対して必要以上に「不安」を覚えます。いわゆる「未知の恐れ」と呼ばれるものです。

同時に、

なんらかの危険が実際にあるのかどうか、

何に目を配り、意識を向け、

どう判断したらいいのか?

 

誰も完全に予見できる人はいないにしても、そうしたものの見方を訓練することは十分に可能です。

 

まず、リスク分析や脅威分析と呼ばれるものを紛争地での情勢の分析に応用し、安全面でのリスクレベルを脅威(threat)× 脆弱性(vulnerability)と捉える考え方を見ていきましょう。

 

まずは、脅威(threat)とは何か?です。

それぞれの国によって、明らかな「敵対勢力」がいる場合もあれば、または、個人がゆるく繋がった意図のはっきりしない組織など様々なケースがありますが、

 

ここでは、

相手にはどんな能力があるのか(能力)

相手の動機や目的は何か?(意図)

それは突発的なものなのか繰り返されそうなものなのか(機会)等の、

彼らの能力 × 意図 × 機会の3点に注目します。

 

脅威(threat)とは

◯ 能力⇒ 人員、リソース、資金源、統制能力はどうなのか?

◯ 意図⇒ こちらに危害を与える理由があるとしたら何か?動機は何か?グループ全体の目的は何か?

◯ 機会⇒ 最近の例や前例からパターンがあるか?それによると機会は増えているのか減っているか?歴史的背景は何か?

 

次に、そうした脅威に対して、相手からこちらの国籍や性別、民族、宗教といった属性はどう見られ、それはこちらにどう影響するか?という視点です。

例えば、その国では日本人であるということはどう思われているのか?ある国で選挙があって政権が交代したとして、今度はどういう人たちが政権をとり、その地域の宗教や民族の人たちにとって日本人はどう思われているのか?といった視点、または、その国や地域で女性であることの影響などです。

また、個人または組織の対応能力も含まれます。この場合の対応能力とは、安全に対する知識や住居や車両といった設備や手段を持っているかどうか、といったことであり、環境的要因は、その国の中で住んでいる地域がどこであるのか(都市の中心地なのか、空港の近くなのか、軍の設備などの近くなのか)などに関することです。

どの国籍や宗教や政治的属性がリスクになるかはその時々の政治的な情勢などによって変わりますが、今は世界のニュースが一瞬にして世界中に発信される時代なので、こうした要因もやはり刻々と変化し続けるものだと認識しておくことが役に立つでしょう。

脆弱性(vulnerability)とは

 ◯ 社会的要因⇒ 年齢、民族、宗教、政治的属性、性別、社会的地位などの影響など cf. 女性であることは活動地域においてどのように捉えられているか? 

◯ 能力⇒ 現地の政情などを含めた現地社会について理解、安全に対する意識、住居や車両といった設備面なども含めた管理体制があるか等、など

◯  政治的要因⇒ 現在の世界情勢の中において「日本人」であるということ、 「日本の組織」や日本の企業の一員であることは活動地域においてどのように捉えらているか? その地域の有力者が属する政党や民族との関係はどんな影響があるか? など

◯ 環境・地理的要因⇒ その国の中で活動している地域がどこであるのか(都市の中心地なのか、空港の近くなのか、軍の設備などの近くなのか)など

 

ここまでをまとめると、コントロールできない面はあっても、リスクは、脅威のレベルを適切に認識し、脆弱性(vulnerability)に対して対策をすることでリスクを下げることができるという考え方です。

こうした分析で見られるように、まず、二つの視点が重要になります。

① 相手はなぜこちらに危害を与えようとするのか ー 相手の意図や動機、目的は何なのか?というこちらの相手に対する理解

同時に、

②こちらが相手にどう見られているのか、という視点です。

この二つを理解することは、脅威のレベルを適切に認識することの重要な一部であると言えます。

 

ここまでは、リスクは、脅威のレベルを適切に認識し、脆弱性(vulnerability)に対して働きかけることができるという考え方を紹介しました。

ただ、こちらは脅威をできる限り避け、受身的に身を守るという対策しかできないのでしょうか?

次には、脅威のレベルを適切に認識し、それに対する脆弱性(vulnerability)を下げると同時に、③ こちらは相手にどう働きかけることができるのかー特に、どうしたら相手の動機に働きかけることができるか?という視点を見ていきたいと思います。

海外へ行く人必見!安全を創る3つの視点③

ここまでは、リスクは、脅威のレベルを適切に認識し、脆弱性(vulnerability)に対して働きかけることができるという考え方を紹介しました。

ただ、こちらは脅威に対して、こちら側の脆弱性に対して対応するという受身的な対策しかできないのでしょうか?

次には、脅威のレベルを適切に認識し、それに対する脆弱性(vulnerability)を下げると同時に、どうしたら相手の動機に働きかけることができるか?

 

別の言い方をすると、③ こちらは相手にどう働きかけることができるのかという視点を見ていきたいと思います。

 

リスクは脆弱性(vulnerability)を下げ、また相手の動機に影響力を及ぼすことによって、予防の割合をより高くすることができます。それをここでは、「仲裁的予防」と呼びます。

仲裁的予防とは、相手の関心やニーズ、心配事を含め何が相手のインセンティブになるかを全体的に捉え、能動的に働きかける考え方です。 そのための視点は以下の5つの点です。

◯ ポジション (Position)⇒ 彼らの公式な見解・ポジションは何か?

◯ 心配事 (Concern)⇒ 彼らの心配事は何か?

◯  ニーズ (Needs)⇒ 彼らのより深いレベルにおけるニーズは何か?

◯  動機 (Motivation)⇒ 相手にとっては何がインセンティブになるか?

◯  圧力 (Pressure/Disincentives)⇒ 相手にとっては何が圧力になるか?

 

これらをまとめると、脅威は脅威のレベルを適切に認識し、それに対する脆弱性(vulnerability)を下げ、相手の動機に働きかけることにより、積極的に紛争を予防することができる、ということができます。

 

ここまでをまとめると以下のようになります。

 

ある状況が本当に危険なのか?を判断するためには、

① 相手の意図や動機、目的は何なのか?を理解すること (脅威)

②こちらが相手にどう見られているのか(脆弱性)

③ こちらは相手にどう働きかけることができるのか (影響力)

の三点です。

特に、自分が思っているイメージ、または、こちらが伝えたい印象と現地の人が受けとっている印象の間にギャップ?があることがあります。例えば、このような質問が役に立ちます。(続)

ベルリン3

紛争中でも女性はおしゃれを諦めない

先週は60カ国で事業を展開する団体での講師。

 

単なる安全管理やリスク分析を超えて、影響力を発揮することによって、

どうしたら争いよりも平和の方が「得」だよと伝えられるか?

 

例えば、女性たちはよく知ってる。

紛争中でも売れたものー女性用のカラフルなドレス。

紛争後まっ先にオープンした店ーネイル店。

南スーダンの新事業の一つ=スーパーモデルの輩出。

 

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「今まで聞いたものは、安全管理やリスク分析などそこで終わってしまう受け身的なものでした。

これは、今までだったらそこで終わってしまうものを従来のアプローチを超えて、

影響力という能動的なアプローチを取り入れたもの。とても新鮮でした!」

ご感想より。

 

写真:2012年ミス南スーダンAtong Demachさん

【戦争をした国だからこそ世界に伝えられること】

南スーダンで身にしみて体感した。

戦争に勝者はいない。

みんな負け。

 

「勝者」がいるとしたら、なぜ戦争に向かったのかという課題に向き合える人。

 

緒方貞子さん(国連難民機関のトップを務めた人)は学者畑なのに世界のどんな紛争・課題にも的確に指示を出す。

 

あまり知られていないけど、彼女が博士論文で追求したのはなぜ日本は戦争に向かったか、というテーマ。

彼女の強さの一つは、戦争に向き合ったことにあるのではないか、と個人的には思っている。

 

戦後70年たった今も「日米関係」は異常。紛争国で働いてリアルに気づいた。

 

この前訪れたキャンプ座間。米軍基地にあんなにお金を払うのは日本だけ。

国連PKO以外はみんなアメリカの戦争。

 

「おーい国民はこっちだよー!」

首相が仕えるのは国民。

アメリカじゃない。

 

日本の「戦後」はまだ終わってない。

 

自分たちが体験したからこそ、似たような体験を持つ人たちに耳を傾け、争うよりも平和の方が得だよと伝えることができる。

日本人は本来こういう役割ー

特に仲裁(mediation)が世界の中でも最も得意な人たちだと思う。

 

日本には戦争をした国だからこそ世界に伝えられることがある。

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冷戦後にタイムトリップすると見えること

冷戦直後にタイムトリップした気分になりました。

「カンボジア元気日記」という本を20年ぶりに読みました。一年間のニュージーランド高校留学から帰ってきて同級生は大学に進学する中、受験勉強があまりにつまらなくてやる気をなくしていた時に、たまたま図書館で手にとったのがこの本でした。

ページを開きはじめたら最後、「そうそうワタシこういう仕事がしたいの!」と興奮して一気に読んでしまい、予備校の帰りだったかの電車の中で、「よし、わたしもこういう仕事をするぞ!」と密かに「決意」をしたのを覚えています。

その本を手にとってから、7年後に東ティモールで全く同じ選挙支援の仕事についたのですから、その時の決意が叶ったことに自分でもびっくりします。

ふと思い出して読みたくなったのは、

4年勤務した南スーダンが再び内戦状態になったり、

世界に争いが絶えなかったりと国連の活動ってなんだっんだろう?って「原点」の1つに戻りたかったのだと思います。

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南スーダンやら東ティモールやらを経て再び手にとった「カンボジア元気日記」はいまだに衝撃的でした。冷戦が終結して、戦争が国家間の「戦争」から、同じ国の人たちが争い合う「内戦」に移りはじめ、国連自身も国を再建するというはじめての大きな支援の中、どうしたらカンボジアに平和を取り戻せるのか、と文字通り一人一人が「奮闘」するのです。

当時カンボジアに派遣された方々がこうした道を切り開いてくれたことを改めて想いました。冷戦後にタイムトリップした気分になって、この20年で成し遂げられた事もたくさんあるじゃない?少しづつそう思えてきます。

平和を壊すのも人。

平和をつくるのも人。

その人を動かすのは、これまた当たり前だけど人。

どんな仕事に関わってるのか、組織とか個人とかでもなく、

一人の人として、その人が関わる人たちに影響を与えられることがあるー

著者(福永美佐さん)の方の一人の人間としての記録を通して、そんなことをしばし思い出させてもらいました。

20年経ってカンボジアが「援助する側」になる舞台

国連という現場の面白いところの一つは、「援助を受けてきた側」が「援助する側」になる「国際舞台」でもということ。

例えば、冷戦の終結後ヨーロッパではボスニアやコソボで、またアフリカではシエラレオネやリベリアという国で紛争が起きましたが、そこの国出身のスタッフがその後、例えば南スーダンなどに支援する側として派遣されるということが起きます。彼ら自身、紛争の経験者だから、その国の人のことを理解できたり、寄り添える部分もあると思うから、面白い循環だと思う。

部隊レベルでもそれが起きていて、カンボジアの例が興味深いです。

カンボジアは長年のポルポト派による支配と内戦で国が荒廃し、1993年に国連が選挙を含めた国づくりを支援した国でした。教師や医者などの層が虐殺されてしまったカンボジアで、国を担う人材の育成は長年の課題だったのですが、そのカンボジアは、20年経ってアフリカでの平和維持に貢献する側として、地雷除去を行なっています。

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ニューヨークやジュネーブ本部といった政治的な舞台でカンボジアという国が示せるプレゼンスはあまり強くないかも知れないけれども、カンボジアが自分の国での地雷除去の経験を活かしアフリカで支援する側に回っているということは象徴的な意味でも面白いと思う。

数年後には南スーダン軍が他の国の平和に貢献する側になっていることを思い描いてます。

マララちゃんに学ぶ世界中に届くお願いのし方

新年のお願いをする機会が増えるこの時期、今日のテーマは神さまへのお願い・おしゃべりのし方についてです。

マララさんは昨年17歳でノーベル平和賞をとった人ですが、彼女の手記を読むと神さまとよくおしゃべりをしていることに気づきます。

「神さま、ふたり(弟)をくださる前に、わたしに弟が欲しいかどうか、きいてくれませんでしたよね?あのふたり時々すごく迷惑なんですけど」(笑)

明日が学校の試険だという時には、「神さま、明日の試険でわたしを一番にしてください」。

「マララは自由に生きるんです。鳥のようにね。」

日常的にはこんなかわいいやり取りが行なわれていくのですが、彼女を取り巻く状況がより多くの祈りや願いを必要としていきます。

タリバンに脅されて学校が今学期で終了されるという時には、「神さま、学校に行ける残りの日々をもっと大事にできますように。」

神さま、サンジュのえんぴつをください。誰にもしゃべりませんから。戸棚の上に置いておいてください。みんなを幸せにするために使います。

*サンジュのえんぴつ=なんでも本物になってしまうという魔法のえんぴつ

ある日、ごみを捨てて来てと頼まれてごみ捨て場に行った時、ごみの山から同い年の髪はベタベタで傷だらけの女の子が出て来てショックを受けた時にも、マララちゃんは神さまに手紙を書きます。

「神さま、この世界をもっとよくするための力と勇気をください」と。

そして、手紙に自分の名前を書いて、木ぎれに結びつけ、タンポポの花を一輪のせて、小川に流します。

近所でタリバンと政府軍の砲弾が激しくなり、家族全員が無事に朝を向かえることが日々の現実的な課題になった時期にはこう祈ったそうです。

「神さま、わたしたちを祝福し、お守りください。父さんとわたしたち家族にご加護をください。」

「スワート全体にご加護を。パキスタンの国中にご加護を。いいえ、世界中にご加護をください。」

祈りの言葉が神さまのもとへ届くことを想像して、祈ったでそうです。そして、どうにか毎日みんな無事に朝を向かえることができた、と。

最初は、自分の家族だけだったのが自然とより広い世界が対象になっていく様子が描かれています。

そんな状況でよく他人のことを考えられるかとも一見思いもしますが、そのような状況におかれるからこそより多くの人の無事と幸せを祈る境地にいたるものなのかも知れません。

新年のお願いをする機会が増えるこの時期、少し意識を拡げて世界のことについてお願いしよう・お祈りしようと思いました。

トラウマケアと紛争後の和解についての講義

上智大学での講義。トラウマケアと紛争後の和解について話しました。

ずっと話したかったけど、今回ようやく話す準備ができたテーマ。

どうしたら暴力の連鎖を断ち切ることができる?和解やゆるしを促すものは何?

内戦の最前線にいながら、相手をゆるしたいと言っていたスリランカ軍の人たちなどのリアル体験談を交えて。

まだまだ探求中の大きなテーマですが、なぜ私が?からなぜ相手は?に視点が移ること、

相手が同じ「人間」として見えるようになることーがポイントの一つのように思います。

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写真の図はアメリカの大学(Eastern Mennonite University’s Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STAR)での研修で配布されたもので、その過程がまとめられてあります。

みんなとても意欲的で、こういうこと聞きたかったんです!と。

嘆いていいんですね、3.11のトラウマが軽くなりました!そんなコメントもありました。

人間には争いをやめたい深い欲求がある ー そんなことを感じた日でした。

関連記事⇒ https://chikaonaka.com/category/reconciliation/