そう私に教えてくれたのは、銃をもった軍人の人たちでした。
私が国連の平和維持活動(PKO)に関わることを通じて、体験させてもらった「ユニークなこと」の一つは、軍人の人達と一緒に働くということだったかも知れません。
南スーダンなどの現場にいた時には、30カ国以上の軍人の人たちと日常的に接していました。 情報収集をしたり、計画をたてたりとお互いが必要になるからです。
そんな私ですが、正直に告白すると、最初は「軍人」という人たちに対する偏見がかなりありました。
日本で生まれ育った私にとっては、そもそも日常的に接点がないので、軍隊は未知の世界でした。
これは東ティモールの国連PKOの現場に私が初めて派遣された時の話しですが、
究極のヒエラルキー組織である軍隊を相手に、私は、そもそもどんな階級があって、どの順番に偉いのか分からず、目の前のメイジャー(major)に対して、サージェント(sergent)と呼び、一緒にいた同僚から「彼はメイジャーだよ」と耳打ちされたこともありました。
いわば、課長をヒラ社員扱いしたようなものです。😝
相手はポルトガル軍でしたが、幸いにそんな私の失礼を「ああ、日本から来た新人の女の子ね」と、ニコニコと受け入れてくれました。
軍人とは、いざという時には戦闘をするための訓練を受け、それ自体を職業にしている人たちです。
軍人と聞くと、戦車や銃など「戦闘」を思い浮かべると思いますが、国連PKOでの彼らの主な目的は役割は闘うことではありません。
国連PKOでの彼らの役割は、主に、情報収集、信頼構築、住民の保護、交渉、紛争予防です。
停戦直後だったり、ある地域の情勢が不安定だったり、暴動が起きている場合、その前線に行き情勢を確認するのは軍人の人たちです。そういう意味でも。彼らの果たす役割はとても重要です。
また、時に和平合意の内容について村人に知らせたり、その地域のニーズの聞き取り調査をすることもあります。
紛争後の国はインフラが破壊されていることが多いので、テレビや電話などの情報発信手段も通信手段も限られているからです。
私は南スーダンの現場などで。軍人の人と一緒に働く中で自然と親しくなっていきました。
中には、母国の内戦の最前線にいた人たちなどもいて、国際政治の教科書や世界のニュースを見るだけでは信じられないような彼らの「本音」に触れることも度々ありました。
そして、そんな彼らとの会話を通じて思ったことがありました。
「戦争を知っているからこそ、ある意味で普通の人たちよりもよっぽど平和を望んでいる面もあるんじゃないか?」と。
私がこの意味を本当に実感したのは、2012年に、米国政府から個人の専門家としてアジアの軍隊に派遣されて、国連PKOに関する訓練の講師を努めていた時でした。
その訓練の目的は、国連に派遣される軍としてのスキルや心構えを身につけることです。
そのトレーニングは、とても簡単でとても難しいものでした。
簡単なのは、国連PKOの現場では「敵」を倒す必要はないからです。
難しいのは、それまで「敵」だと思っていた人たちと話し合いをするという、いつもと「真逆なこと」が求められるからです。
今までは「敵を倒す」ことを訓練されてきたのに、国連の現場では「敵」は存在しない、と言われます。
相手が「武装勢力」や暴徒であっても、彼らは「敵」ではないからです。
彼らを倒すことが目的なのではなく、暴力や戦闘行為をやめさせ、なぜ彼らが暴力や紛争に及んでいるのかを理解し、どうしたらそれをやめさせることができるのか、という合意や方法を探ることが目的だからです。
なので、訓練で求められたのは次の点でした。
相手の言い分を聞くこと、
当事者双方の意見を理解すること
中立の立場を守ること
交渉すること
武器は最後の最後の手段として正当防衛にのみ使用すること、
ただし一般市民を保護する時には使ってよいこと、
女性への暴力を防ぐために積極的に行動すること、
人権を尊重すること、などです。
紛争は一度起きてしまうとその解決はとても大変です。
ですから、紛争をいかに日常的に防止(prevention)できるかが同じくらい大切となります。
そのためには、日常的な情報収集や状況判断が鍵となるので、
地域の人達から信頼されること(信頼構築)は特に重要になります。
そして、講義のテーマとして扱われたのは、安保理決議や国連PKOの意思決定、人道支援、交渉、武器使用権限、停戦後の復興などでした。
実際のシーンを再現した「演習」も行われました。
例えば、住民によるデモに遭遇した場合はどうしますか?
近くで発砲があった場合はどうしますか?
といった実際のシーンを
現地の人たちを住民役として雇って行うのです。
その演習に参加する側はシナリオを伝えられないので、デモをする住民に対峙しながら、それぞれがその場で判断し行動することが求められます。
身体が反応してしまうのか、発砲音(実弾はない音だけのもの)を聞いたら自動的に「敵」を追いかけ、住民は無防備にさらされたままということもありました。
私も気が付いたら何度か叫んでいたことがありました。
「国連軍の役割は住民を守ることであって、敵を倒すことじゃありませーん!!!」と(汗)
そして、訓練では、
住民の人達と向き合う時の姿勢、
その時の銃の位置
コミュニケーションのし方までに注意を向けました。
国連のPKOのトレーニングで使われる用語に3Ps(Presence, Posture, Profile) という言葉があります。
言葉で伝わるのは10%以下であるという観点から、非言語の部分で何を伝えているかに意識を向けましょう、という意味です。
日常的な姿勢や態度などの非言語ランゲージ領域を通じてこちら側の確固たる意図を示すこと、そしてポジティブな 影響も及ぼす、というニュアンスも含まれます。
住民の人たちから見れば、軍人だろうが、文民だろうが国連の要員としてみなされるからです。
実際に、紛争地といった現場であるほど、信頼構築の大切さは強調してもしきれない位大きいものだと思います。
3週間、ほぼ毎日「教官」としてアジア・中東7カ国の軍隊と向き合う日々。
これから先の人生でも、こんな体験はもうないかも知れません。
当時、私がいたのは、バングラデシュ軍の国際訓練研修所。
首都のダッカから車で3時間くらいのところにありました。
外は昼間は35度を超える猛暑。
ヘトヘトになって宿舎に戻ったら、アメリカ人の同僚が笑顔で迎えてくれ、「マンゴーウィスキー」を作ってくれました。
ここはイスラム教との国。
ビールが飲めません。
彼いわく、空港で買ってきたウイスキーと、ここで調達できるありとあらゆるものを割ってみた結果、「ウィスキーとマンゴーの組み合わせが、一番この土地の気候にあうんだ」と。
私は彼の言うことを信じることにしました。
かくして、私は夜はマンゴーウィスキーを飲み、次の日も次の日も、私は演習でこれから国連PKOの現場に派遣されるかもしれない人たちとの訓練を続けました。
「みなさんが軍として身につけてきたスキルを人を助けるために使う機会です」と言いながら、私の方も改めて軍人という人の立場をはじめて実感した、と思いました。
自分自身の安全を保ちながら住民を保護するという仕事は、 相当の精神力と技術的な鍛錬が求められます。
改めて、 そのプレッシャーの大きさを実感しました。
自分にとって「未知」の世界に向き合ったからでしょうか。
こちらが理解しようとした姿勢が伝わったからでしょうか。
軍人の人たちと向き合ったこの体験は、私に思わぬ「贈り物」をくれました。
「ネパール軍に戻ったらこんなこと言えないけど、僕はずっと毛派(ネパールの「反政府勢力」)ともっと対話をするべきだって思ってたんだ。」そう伝えてくれたのはネパール軍の士官でした。
別のモンゴル軍の士官の人はこう言いました。
「今まで人を倒す戦術しか習って来なかったけど、はじめて、国連の理念に触れることができた。」と伝えてくれました。
イラクに二度も派兵された米軍の同僚からはこんな発言もありました。
「僕は2回目のイラク派遣で、ようやく『敵』も人間だって気づいたんだ。
僕たちはたとえ戦闘中だって敵を人間として扱うべきなんだよ。」
バングラデシュ軍の士官の人からはこんな「告白」もありました。
「長年軍隊にいるけど、『人間』らしくあることを自分に求めていいんだってはじめて思えたんです。ところで、軍隊をやめようと思っていています。」
こちらの方が、一瞬焦りました。。。(笑)
目の前の世界がいつもとちょっと違って見えましたように感じました。
人は究極的には誰でも人の役に立ちたいという願いを持っている存在かも知れない、彼らはそんなことを私に思い出させてくれました。