外出禁止がほぼ一年のような環境でー危機が押し出す「和解」

前回、危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れるのではないか?ということをお伝えしました。

 

*記事⇨危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れるということ

 

また、「危機」が押し出す「和解」ということもあります。

 

今のコロナ危機の中で、もちろん大変なことは今世界中にいくらでもありますが、危機という中での光るニュースというのもあります。

 

今回は、「危機」が押し出す「和解」という視点から、先に南スーダンでの体験を、そして今のコロナ危機での「和解」についてお伝えしたいと思います。

 

175カ国の人たちが一緒に働く国連という場。この中には対戦中の国の人たちもいます。

 

ニューヨーク本部だったら、仮にその人たちが同じ部署で一緒に働くことになったとしても数時間ほど我慢すれば、いくらでもその後は自分が好きなところへ行くことができます。

 

しかし、南スーダンではそのような街もカフェもお店もありません。

 

外に出れないわけではありませんが、3分も車を走ったら、舗装の道は終わり、そもそもお店がないので、実質的には、ほぼ一年間くらい(人によっては2年〜4年くらい)、外出自粛に近い状態とも言えるでしょうか。

 

敷地内はそれなりの距離をジョギングできる程度の広さはあります。4畳くらいの広さですが、自分の部屋もあります。

 

ですから、あえて表現するならば、ある程度の広い敷地の中で、自分の家族ではなく、175カ国の同僚たちと一緒に過ごすことになった長めの外出自粛生活と表現したらいいでしょうか。

 

そのような中で、実際にこのような状況がありました。

 

インド人の軍人とパキスタン人の軍人が国連機の運営という同じ部署に配置されました。

 

軍人という職業の人たちには、防衛に直接関わる立場として、私たちが想像できない位の制約があります。

 

例えば、「敵国」であるお互いの国に渡航することはもちろん、互いに接触することも厳しく禁止されています。正式に軍人をやめても、一生インドを訪ねること、また一生パキスタンを訪ねることも許されていません。

 

ただ、国連という彼らが派遣された新しい所属先では、自分の国の立場ではなく国連の一員として仕えることになります。

 

幸い、二人ともプロ意識が高い人だったので、互いに助け合いながら毎日テキパキと国連機を飛ばし、何百人という国連関係者や物資を南スーダン各地に送り出していました。

 

二人とも家族や母国から離れる寂しさや苦労があったでしょうから、互いの「違う点」よりも、「同じ点」に目が向いたのかも知れません。

 

気づけば、二人で仲良く一緒にチャパティー(インドやパキスタンでの主食)を焼きながら、よく一緒に食事をしていました。

 

彼らは平気な顔でしれっと言っていました。

 

「ああ、カシミールは寒かった。そういえば、あの時の銃撃には驚いたよ。敵ながらあっぱれと思ったよ。ハハハー。」

 

「まあ、ヒンドユー語とウルドユー語なんてほとんど同じなようなものだよ。チャパティーの味だって一緒だよ。」

 

「戦争をあおるのは結局政治家さ。僕は軍人として命令されたところに行くだけさ。」

 

パキスタンとインドも互いに核武装をする程の敵国で、かなり緊張状態が高まったことが数回ありましたが、けっきょく、同じ言葉を話し、同じ食事をする同じ文化圏に属する人たちなのです。

 

私はチャパティーをごちそうになりながら、二人の会話をただ聞きながら、なんだか妙に納得してしまったのでした。

 

政治や人間のプライドやエゴで、人と人や国との間の分断がいかにも簡単に起きてしまうようにも見える一方で、同じくらいに人間の中には元に戻りたい(繋がりたい)というDNAのようなものがあって、危機という現象の中に現れる恵みの中で、私たちが自分の中にある純粋な気持ちや願いを取り戻し、人間のそんな姿を見せてもらうことがあると。

 

今回のコロナ危機では、イスラエルのユダヤ系の人とアラブ系の救急隊員が共に懸命に職務を行っていることを現している写真が話題になっています。

 

イスラエルでは、救急車への出動要請は通常年間6000件のところ、コロナ危機以降10万件を超える状況だそうです。そのような嵐のような忙しさの中、奇跡のようにある瞬間に要請が止み、共に祈る時間が与えられたそうです。

 

それぞれの神にその方向を向いて祈りました。そして、こう語りました。

(逆を向いている写真ですが、逆を向きながら一致しているのです!)

 

「対処すべきことがあまりにも多く、一人一人祈る時間がないので今は一緒に祈っています。… わたし(イスラム系)は家族のことを祈っています。わたし(ユダヤ系)はこの終わりを見せてくださいと祈っています。この病気では宗教も性別も関係ないです。」

 

このような状況の中で私たちは日々いろいろなことを感じています。フラストレーションを感じることもあれば、ちょっと前までは当たり前だったことに感謝が湧くような体験もしています。

 

だからこそ、このような時にこそ、「急げば回れ」ではないですが、大切なことを大切にして、そして、(家にいながら静かな時間が持てないという人も多いとは思いますが)、なんとかして、ゆっくりとした時間をとって改めて方向性・ビジョンを求めるというというのは一つの知恵であると思います。

 

神様、危機の時だけでなく、大切な目的に目を向けることができるための知恵を私たちに与えてください。そのような気持ちを保てるように私たちを支えてください。

 

私たちの中の要らないものをそぎ落とし、私たちの中の純粋な願いを取り戻させてください!

 

イスラエル

 

参考サイト:

https://mtolive.net/ガザ製マスクを買うイスラエル:コロナ効果?-2020-3-31/

⬇️ ニューヨークタイムズ記事

 

今大きな変化が世界で起こる中で必要なものー「知恵を捨てるな。それがあなたを守る」

今大きな変化が世界で起こる中、これまでの自分にとっての快適ゾーンを出て、新しく道を切り開いていくような力も必要になってくるように感じます。

 

中国でのサプライチェーンの再構築も時間はいるでしょうし、これまでとは同じようにいかない時には、これまでとは違うようなことをやったり、知恵が必要とされるような状況におかれることもあるでしょう。

 

自分がすでに持っているものの価値に気づいたり、または自分の中でまだ発揮されていない力を発見するかもしれません。

 

今のキーワードの一つとしては、知恵、レジリエンス、信じる、ビジョン、再生といったものが思い浮ばれます。

 

そんな時、思い出すのは南スーダンで出会ったホテルオーナーです。

 

約40年も続いた内戦の影響でインフラがほぼ破壊されていた南スーダンで、職業訓練センターを建てるにも、文字通り釘やネジ一つを隣国のウガンダやケニアから輸送しなければいけない中で、ホテルを建てていた人がいたのです。コンゴ民主共和國(DRC)の国境に近いヤンビオという街でのことした。

 

彼は、みんながなんとか生き延びていたような内戦の時に、ホテルだけでなく、トラックを何台も持っていて、日本(名古屋)へ行き、日本車(トラック)を輸入していました。

 

しかも、それは川で魚を釣って、それを売ったことからすべてが始まったそうです。

 

彼の経験談は、ないと思われるような環境で、自分に与えられたものを忠実にそして知恵を持って扱うこと、私たちにとっては信じられないような状況でも道は拓かれることを教えてくれるように思うので、シェアさせていただきたいと思います。

 

さて、彼に会ったのは、南スーダンのコンゴ民主共和國(DRC)の国境に近いヤンビオという街でした。

 

すでに、40年続いた内戦を終結させた和平合意が署名されてから5年経っていましたが、首都のジュバでさえ道路が塗装され始められたばかりで、地方へ続く道路は雨季にはまったく通れなくなるような悪路でした。

 

首都と地方への移動・輸送は国連が平和維持と人道支援の目的に運営する国連機にほぼ頼っているような状況で、視察で降りた先でそのホテルを見つけた時にわたしは少しびっくりして、大きな興味をそそられました。

 

ホテルといっても、もちろん日本のきれいなホテルとは比べることはできませんが、シャワーがあって、数時間だけど発電機で発電されたクーラーもありました!

 

テラスに座って、アメリカ人の同僚と少しのんびりしていると、このホテルのオーナーらしき人がやってきました。

 

30歳後半くらいに見える南スーダン人のオーナーでした。

あちらも初めての客に興味があったのでしょう。

挨拶を交わし、会話が弾みました。

 

何をやるにも日本の何十倍ものお金がかかるだけでなく、仮にお金があっても何をやるのも大変な環境。ここにホテルを建てられるこの人、いったいどんな人なんだろう?

 

タイミングを見計らって聞きかかったことを聞いてみました。

 

「どういう経緯でここにホテルを建てることになったのですか?」

 

好奇心半分で聞いた質問だったのですが、そこで聞いた彼の「答え」は私の想像をはるかに超えたものでした。

 

人間の持つ底力と、何もないような状況でも知恵によって道を切り開いていくたくましさを彼に教えてもらったと思います。

 

「それはね。。。」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

彼が生まれた時、南スーダンは紛争の最中でした。

紛争が激化し、学校も中断されてしまう中で彼は思ったそうです。

「このままではただ戦争から逃げ回るだけの毎日になってしまう。自分で生きる『つて』を持たないといけない。」

 

ともかく、「元手」(もとで)を貯めないといけないと思い、お兄さんと一緒に毎日毎日川に釣りに行くようになりました。

 

毎日毎日川で魚を釣っては魚を市場に運び、それを売りました。

ともかく、何日も何日も毎日それを続けました。

彼が13歳の時でした。

 

車はおろか自転車もなかった時です。

 

毎日それを続け、一年たった頃、二人で貯めたスーダンポンドが100ドル程になったのを確認しました。

 

それをより安全な外国のお金に替えた方がいいと思った彼は外国人を探しました。

 

紛争は激しくなっていましたが、すぐには見つからず、自分の稼いだスーダンポンドを家の近くの土の中に埋めました。

 

それからしばらくして、ようやく外国人を見つけました。宣教の目的で来ていたシスターでした。スーダンポンドを彼女とアメリカドルに交換して、生まれて始めて100米ドルを手にしました。

 

その100ドルを大切にしまい、歩いてコンゴ民主共和国へ渡りました。

 

丸3日歩き続けたそうです。当時、紛争で物資が限られていた南スーダンとは違い、コンゴ民主共和国 (DRC)はなんでも揃う夢のような場所でした。

 

彼は考えました。

 

この100ドルで買えるもので、

南スーダンにはなくて

人々が必要としているもので

売れそうなものは何だろう?

彼が思いついたのは女性のドレスでした。

 

「あのね、女性っていうのは紛争中でもおしゃれしていたいものなんだよ。」

 

(ああ、たしかに!!!私は紛争が終わってしばらくしてから首都のジュバで女性向けのネイルサロンがオープンしたのを思い出しました。)

 

「ほら、コンゴのドレスってカラフルできれいでしょ。南スーダンに持って帰ったら飛ぶように売れたんだ。それでね、最初の100ドルが何倍ものお金になったんだ。

 

それでね、またコンゴ民主共和国に行って、またドレスをどっさり仕入れてくるんだ。

しばらくそれを続けたよ。」

 

「次は自転車を仕入れたんだ。当時は車もバイクもなくてね、何度もコンゴ民主共和国に行くようになったんだけど、歩くと丸3日かかるんだ。自転車があったらもっと早くいけるのになあって思って、友人から自転車を借りたのがきっかけさ。」(たしかに!)

 

「これも『読み』が当たって、自転車を欲しがる人が殺到したんだ。最後の方はコンテナ一台分丸ごと運んで来たんだよ。」

 

それからね、発電機の部品を売ることにしたんだ。

ほら、南スーダンって電気がないでしょ。だからNGOとかいろんなところが発電機を調達してくるんだけど、一旦故障すると修理する部品が手に入らないもんだから放っぽらかされる発電機がほんとうに多かったんだ。

 

たしかに!今でもそうです!✨💡💡💡✨

 

これもみごとに「当たったんだ。」

そして、街中の発電機が復活したんだ。

 

次はね。。。

 

(その頃には、私はすっかり前のめりで彼の体験に聞き入っていました。ここからホテルまでどう「たどり着く」んだろう?)

 

「今度はね、貸しトラックを始めたんだ。ほら、発電機にしろ何にしろコンゴとかジュバ(首都)から、物資を運びたいよね。自分で車は持てないけど、1日なら借りたい人は多いと思ったんだ。」

 

これまた納得!そ、そ、そして?

 

「中古の日本車を輸入しに名古屋港に行ったよ。それでね、SUSHIってものが美味しいって読んだから食べたんだけど、うーん、あれだけは、悪いけど、今でも苦手だよ。」

 

彼はちょっと困ったような顔をして、でもこれはゆるしてね、といったような表情を見せました。それからね、、、そして最初のホテルに繋がってきました。

 

「貸しトラックを始めたら、資材を運ぶ人が多いことに気づいたんだ。資材はたいてい家とか施設とかの資材。紛争が終わって安全になると、ようやく壊される心配なく家を建てることができると、貸しトラックの需要が一気に増えたんだ。トラックは何台もあったよ。

 

それでね、人の移動もさらに活発になってきたから、次はホテルが必要になると思ったんだ。

(確かに!!!)

 

と、ここまでが「魚釣り」から「ホテルオーナー」になった経緯でした。

 

自転車にしろ「輸送力」はサバイバルに直結するもの。歩いて何度も国境を越えた体験がそういう発想を生むんだろうなあ、私は彼の発想と、それを紛争の最中のわたしには想像も超えるような環境で実行し、成し遂げたのであろう彼の行動力に感嘆したのでした。

 

「途中、大変なことも多かったんじゃないですか?」

 

「うーん、そうだね。紛争が激しかった時には、国境の途中でよくSPLA(南スーダン人民解放戦線=現在の南スーダン政府の母体)の兵士に止められたよ。お前は何のためにコンゴに行くんだって?聞かれて『商売のためだ』って行ったら、南スーダンの独立のためにみんなが闘っている時に、なんて『愛国心のないやつだ』って言われたんだ。」

 

「それでそうしたんですか?」

「『物資も経済の発展も国のために必要だとみんなが知る時がくる。これが僕にとっての南スーダンに対する貢献だ。通せ!』って言い続けたんだ。」

 

あくまでも「さらっと」話していた彼でしたが、紛争という状況下で、しかも銃を持っている兵士を相手に、それがどれだけ大変なことだったのか、それは決して簡単なことではなかったと思います。しかも、電気も電話もインターネットもない時代と環境の中で。。。

 

今、このような書いてしまえば、なにか筋の通った話のようにもしかしたら聞こえるかもしれません。けれども、このすべてのステップは決してその時には先がわかっていたわけでもなく、その時に置かれた状況と環境の中でベストを尽くし、その時に与えられていたすべての資源(わたしたちには「何もない」ように見える)、を忠実に扱い、最大限に活かして、その一つ一つの道を切り開き続けた「結果」で、そこまで歩み続けた、彼の行動力と遂行力に感嘆したのでした。

 

どんな環境でも、人は可能性を切り開くことができるー

 

彼の体験は少し特別かも知れませんが、戦火から逃れ、生き延びてきた南スーダンの人たちから教えてもらったのは、人間の底力と七転び八起きの精神でした。

 

無邪気な笑顔をたたえながらも、全体と見通すような知恵の雰囲気を兼ね備えた彼。

私は彼に丁寧にお礼を言って別れたのでした。

 

ビジネスに知恵を求める欧米のビジネスマンが読む聖書の箴言(Proverbs)には、こうあります。

 

勤勉な者の手は人を富ます。(箴言10:4)

知恵を捨てるな。それがあなたを守る。(箴言4:6)

知恵はへりくだる者とともにある(箴言11:2)

「神と人の前に好意を得、聡明であれ。」(箴言3:4)

 

「渇いたのどと干上がった地をうるおす水を、 ふんだんに与えよう。 あなたの子どもたちには、 わたしの霊と祝福とを注ごう。」(イザヤ44:3)

 

彼から聞いた話しは文字にはずいぶんと前に書き留めてはあったのですが、今回改めてまとめてみて、励まされると同時に、背筋がシャンと伸びる思いです。

 

忠実な人は多くの祝福を得る。しかし富を得ようとあせる者は罰を免れない。(箴言28:19)

 

 

このような時代だからこそ、淡々とよい行いを行っていきたい思います。

 

このウイルスが速やかに収束して、経済への影響が全世界において最低限に済むように祈ります。ウイルスから守られ、仕事や経済が守られますように。そして、私たちの一人一人が心静まって謙虚になり、一番大切なものを大切にできますように。

 

「道を切り拓くもの」(way maker)

こちらの曲もおすすめです!

 

 

 

勉強と学びは違うものー私たちは神に似せてつくられたので成長したい、良い働きをしたい

2018年、リクルートワークス研究所発行の「どうすれば人は学ぶのか ―『 社 会 人 の 学 び』を解析する ―」という報告書があります。

 

一年間の授業が終わって、教える立場で学びについて振り返っているのもあって、そのヒントのための資料としてシェアしたいと思います。

 

「どうすれば人は学ぶのか ―「 社 会 人 の 学 び 」を 解 析 す る ―」の全国就業実態パネル調査 2018( 有効回収数 50,677サンプル )によって一つ明らかになった点は、社会人になっても学びの習慣を持っている人は約16.7%ほどで、それ以外の人たちは、「時間がない」、または「忙しいから」という理由よりは、何を学んでいいのか、どうやって学んでいいのかがわからないから、という理由によって学びがあまり促進されていないということでした。

 

多くの人が、何を学んでいいのか、どうやって学んでいいのかがわからないから回答した、とありますが、日本では、「勉強」と「学び」が混合されている面があるように思います。

 

日本語だと分かりにくいのですが、それぞれ英語にして類語を書き出してみるともう少し違いが明らかになると思うので、いくつか書き出して見たいと思います。

 

まずは、勉強(study)です。

Knowledge,

information,

course

examination

exercise

inquiry

inspection

investigation

research

review

subject

survey

analyzing

cramming

lesson

memorizing

 

記憶する、調査する、課題、詰め込む、というようなニュアンスです。

 

他方、「学び」です。

 

Advancement

Research

Literature,

Intellect,

Education,

Culture,

Enlightenment,

Illumination,

Insight,

Understanding,

Wisdom

Cultivation

 

知恵(wisdom)、洞察(insight)、文化(culture)、耕す(cultivate)といった言葉が並びます。文化(culture)と耕す(cultivate)は、同じラテン語を語源としていて、文字取り耕す、文化的なものを育てるというニュアンスです。

 

 

勉強では知識や記憶記、課題といった単線のタスクですが、学びは、敢えて表現するならば球体的で重層的な成長の営みでしょうか。

 

ですので、学びというのは科目と勉強したり、資格をとったりすることとイコールではありません。

 

「私たちは神に似せて」つくられたので、私たちの中には「成長したい」「良い行い」を行いたいという強い欲求が埋め込まれています。

 

「良い行い」とは世間的に評価される立派な行い、という意味ではなく、神に似せてつくられたとあるように、本来つくられた姿に戻りたい、そのようになりたい、という、しゃけが川を一生懸命に泳いで上がってくるようなものだと思います。

 

ですから、学びとは、自分の仕事、日々の生活の中で人に愛を示すことができたり、親切にすることができたり、一見退屈そうな仕事に自分にとっての成長の意義を見つけることができたり、これまでできなかったことができるようになったり、人を助け導くことができるようになったりと、自分が成長をしていることが感じられる、「資格」や「勉強」よりも、より大きい捉え方だと思います。

 

ですから、勉強が得意ではなかった、好きではなかったからといって、新しいことを学んだり、自分が成長することをやめないでください。これは全く違うものです。

 

自分はどこに向かっているのか、

 

自分が成長しているかどうかを定期的に振り返る習慣が持てるとさらにいいと思います。

 

 

verse 2

 

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」ピリピ2:13

From 3.11 to 2020 & Beyondー神の津波と日本

人にその人しか果たすことのできない神様からの計画、目的(plan、purpose)が与えられているように、国にもまったく同様に神による計画が与えられていると言われています。

 

「神の津波 日本、そしてイスラエルへ」(Peter Tsukahira著)という本 (原著2003年出版)があります。

 

著者のピーターツカヒラ師は、アメリカ生まれの日系アメリカ人で、国務省で働いていたお父さんがライシャワー在日大使の下で働くよう日本へ派遣され、ツカヒラ氏は、1961年から家族と共に10代を東京で過ごしたというユニークな経歴を持ちます。

 

その中で、日本には神によって与えられた使命がある、と言います。

 

それは何かと言うと。。。

 

その前にちょっと、もう見た人も多いと思いますが、今回のコロナウイルスに対する各国の対応に少し触れておきたいと思います。国のビジョンということにも関係すると思うからです。

 

台湾では天才大臣と呼ばれるオードリー・タン(唐鳳)氏がプログラマーのバックグラウンドを活かして、マスクの見える化をしたり、緊急時に発生しやすいデマ情報の拡散を予期して呼びかけを発信し、人々が「本当に必要な人にマスクを譲ろう」と応答した、と伝えられています。https://v.gd/sY4VgJ

 

シンガポールでは、対策のために団結を示す姿勢として、政治家の給料1割カットが打ち出されました。この記事で注目すべきは、給料カットではなく、むしろ副首相(Heng Swee Keat, Deputy Prime Minister & Minister for Finance, the Republic of Singapore)の決意と一致のあるビジョンに満ちたメッセージでした。

 

‘ We are united in our determination to preserve and enhance jobs, as well as support businesses impacted by COVID-19. We are united in our confidence that Singaporeans come out of this outbreak stronger. As long as we stay united in resilience, trust and solidarity, and to build better lives for all in Singapore, we will get through this — together.

Our unity will set the foundation for Singaporeans to press on and write the next chapter of our Singapore story. All of this is within our reach, if we work as One Singapore. Above all, let us never stop thinking and working for tomorrow.’

 

シンガポールと言えば、27年ほど前にアメリカ人の少年が器物・公共物の損壊行為等を行ったことで鞭打ちの刑を科され、アメリカ政府は刑の執行を猶予するよう要請したものの、シンガポール政府は鞭打ち刑を実行に移し、国際的に話題になりました。

 

リー・クアンユー首相(当時)の政権は経済を力強く牽引し、安全だけど独裁的、家父長的というようなニュアンスで語られました。

 

シンガポールのIT企業で働くアメリカ人の知人からは、国といっても23区ほどの領土しかないし、安全でハイテクで全て整っているけど「退屈」という声を聞くこともあります。

 

そういう面も実際あると思いますし、実力主義の国でもありますから、単純にシンガポールが住みやすいと言えるわけでもありません。

 

また、給料1割カットを打ち出したのも、世界の投資の中心地とアジアのビジネスセンターであり続けるために、対外的に分かりやすくアピールする必要もあったのでしょう。

 

それを踏まえても、シンガポールのメッセージからは、国全体が進化し続ける、前を見据えた視点を感じました。

 

今では一人当たりのGDPは、日本よりもイギリスよりも高いシンガポールですが、1964年東京オリンピック開催の時には、まだイギリスの植民地で、シンガポールという国さえ存在していませんでした(1965年8月9日独立)。

 

シンガポールより約2年前早く独立した天然資源のマレーシアに比べ、「何もなかった」小さい島国をどう発展させたらいいのか ーリー・クアンユー首相(当時)は、不眠症で倒れることもありながら、「他の国が必要とする国になる」、「我々にあるのは戦略的な立地条件と、それを活かすことのできる国民だけだ」という考えに至り、次々と施策を具現化していきました。

 

その一つは、国民一人ひとりが自立し、社会的責任を担える健全な精神を養うことだ、ということでした。

 

シンガポールの発展については別に譲りますが、本当に「知恵」をもって発展をしてきた国なのだと思います。

 

日本も同じく島国でありながら奇跡的な経済発展を遂げてきた国です。

 

わたしは、3.11の1年後、仕事でバングラデシュにいましたが、一日の稼ぎが100円にも満たない多くの人たちが、日本の復興のためにたくさんの寄付をしてくれたことを知りました。

 

その後、同じ年にフィリピンやスリランカでも「私たちは日本の復興を願ってます。戦後の焼け野原の状態からあそこまでの経済大国になった日本は私たちの希望です」ということをたくさんの人が伝えてくれました。

 

「神の津波 日本、そしてイスラエルへ」(日本語訳2011年)の中でも、冒頭で2011年3月の東日本大震災のことが触れられています。(ちなみに、2003年出版の原書タイトルはGod’s Tsunamiです。)

 

神の津波 日本、そしてイスラエルへ

 

以下引用(p.11, p.278-p.283)。

 

「これまでの歴史で、日本は地と海からのこれほどの惨状を経験したことはなかった。この恐ろしい自然災害を通じて、神が日本に何かを語りかけておられることを、私たちが理解することが必要だ。この地震と津波はかつて起こったことがない規模で、文字通り全国民を震撼させた。この意味ははっきりしている。

 

日本が、一つの国民として変わるときが来たのだ。新しい時代に適応するために変わらなくてはいけない。昔ながらの方法や考えは、もはやこの国の繁栄を保ち、発展させていくことができない。今こそ、新しい道への勇気ある一歩を踏み出さなくてはいけない。」(p.11)

 

…(中略)…

 

「日本は今、霊的な危機の中にある。自殺者の数は近年減ってきているが、一年あたりの数で二万人を超えており、国際的にとても高い水準だ。若者たちが命を絶っているだけでなく、中年の男性の自殺数が多いのが日本の特徴だ。彼らは『サラリーマン』と呼ばれ、会社に人生を捧げ、日本の「奇跡的な」経済成長を負ってきた人たちだ。

 

今日、彼らのうちの多くは、職業的な安定感を失ったことによって、自分たちのアイデンティティーの重要な部分を失っている。

 

この危機は、経済危機とされがちだが、私はむしろビジョンの危機だと考えている。

 

日本の人々は、今も熱心に仕事をし、高品質の製品やサービスを生み出している。しかし、国の政治的な指導力に対する自信と、将来に向けての社会的な指針、方向性を失ってしまった。

 

今日の日本は、まだ見ぬ新しいビジョンを得るために、馴染みはあるが時代遅れとなってしまった過去のビジョンを手放さなければならないという苦しみの中を通っている。

 

…(中略)…

 

過去一世紀の間、二回、あと一息で世界のリーダーになるところまで来た。

 

最初は、第二次世界対戦前、軍事力によって領土を拡大していたときだ。これは軍の失敗に終わり、広島と長崎への原爆投下による悲劇で終結した。

 

二回目は、戦後、工業的・商業的に領土を拡大していったときだ。戦後の日本の経済成長は、西欧社会にとって脅威となった。

 

1980年代に、ハーバード大学教授、エズラ・ボーゲルは、著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の中で、日本が世界経済のリーダーとして、アメリカを超えつつあると書いたが、世界中がそれを感じていた。しかし、日本の時代は1990年代に「バブル経済」がはじけるとともに終わり、その後は二十年近く経済のマイナス成長と停滞が続くことになる。

 

日本は神によって創られ、使命を与えられている。世界のリーダーとなる使命だ。しかし、神はそれを、肉の力、つまり軍事力や経済力でしてはならないと命じておられる。

 

リーダーとなるためには、生ける神から国家に与えられる力強いビジョンが必要だ。」

 

以上引用終わり。

 

今回の政府の対応を目の当たりにして、政府や日本という国のこれからについて思いを寄せることになった人も多いと思います。

 

オリンピックという過去の成功物語以上のことを描くことができず、それになんとかしがみつこうとする姿は、別の言い方をするとビジョンの欠如とも言えます。

 

日本に「新しいビジョン」が必要であることに、同感です。

 

今回のウイルスによる嵐の最中の「宝」の一つは、もうとっくに機能していないのに、かろうじて成り立っているかのように見えるモデルや価値観が今や壊れていること、そして新しいビジョンの必要性がよりはっきりしたことでしょうか。

 

国の大統領や政治家、アメリカのエンターテイメント業界のスターたちのために助言や祈りの働きをするショーン・ボルツという人がいます。

 

日本ではあまり知られていませんが、国の大統領や政治家に対して祈りを取り成したり、メッセージを伝える働きというのがあります。「神の通訳者ー自分や周りの人のために神の声を聞く」という本の中で人物は「仮名」で書かれていますが、非常に面白いです!

 

彼はこう言います。

 

「人は愛していないものに対しては、権威を持てない。」

 

愛している分だけ、相手は心を開いてくれる、という意味です。

 

英語でIntercessionという単語があります。

[名]仲裁,仲介,調停,執り成し(とりなし)をすることの意味です。

とりなし、または、とりなしの祈りは、他者に代わって神に祈る行為のことを言います。

 

今回、台湾でのウイルス対策が評価されていますが、台湾の人たちは祖国のために日常的に祈っていて、今回のような緊急時を見据えて、特に2018年からは指導者へのとりなしを行っていたと言われています。

 

私も最近とりなしの力を体験しました。

 

ちょっと前に、スピーチのクラスの大学の授業で、学生たちが素晴らしいスピーチをしてくれたことをシェアさせていただきました。

 

最初はモジモジみんなの前に出てきて、下を向いてボソボソ話すような学生もいたのに、最後は素晴らしいスピーチを次から次へと披露するので、「あら、この素敵な子たちはどこに隠れていたのかしら?!」と後ろに座っていた先生がびっくりしたという話しです😲

 

たった14回ほどの授業で、しかも英語もスピーチについても教えた部分はほんのわずかだったのに、最後に学習曲線が急上昇⤴️⤴️⤴️したのは、「とりなし」の祈り(学生の祝福を祈り、そして他の人たちにも祈ってもらう)と、あわせて、「神様のまなざし」で学生たちを見てあげるということが大きな力となったのではないかと思っています。

 

わたしも、「神様のまなざし」で受けとめられる時、大きな愛に包まれ、安心感に満たされる中で、神の導きの中にある安心感、軽やかさ、将来へ開けていく感覚をはっきりと体感したことがあります。

 

そのような「神様の愛のまなざし」を、私たちは国にも向けることができるので、日本という国を「神様の愛のまなざし」で見ることができるということです。

 

ショーン・ボルツは、こう続けます。

 

「私たちは社会に欠けていることだけに焦点を当ててしまいがちです。…  でも、神が既に何をなさったのか、そして自分たちが何を達成できたかに目を向けないと、何が欠如しているかにフォーカスしてしまい、神の業の全体像を見ずに社会正義や人権のために戦おうとしまいます。

 

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアのような先駆者たちは、今ある限界を遥かに超えた全体像を見ていたのです。神のみ心にあるものを呼び起こすことが必要なのです。」

 

二人とも神様の視点というものがあるんだよ、ということを教えてくれています。

 

そして、すでに大きな流れの中で日本が位置付けられているとピーターツカヒラ師は言っています。

 

原著は2003年の出版ですが、サウジアラビアでの石油施設の攻撃や中東におけるシーア派とスンニー派の分断による二分化などが、17年も前にすでに予見され、書かれている通りに今まさに中東、世界情勢が動いていることに驚きます。

 

ただ、この本の焦点は、予見や予知というよりは、そこには神の計画という大きな全体像があるんだよ、という点にあります。

 

地上1メートル75センチくらいの視点だと、問題ばかり見えますが、もっと高い高い大きな神様の視点がある、ということです。

 

その視点を日々の中で広げ、物事を見ることができるようにただ今訓練中ですが、今回の騒動でその必要性をさらに強く感じています。

 

最後に日本の指導者のためにお祈りをしたいと思います。

 

日本で一番大切なことが一番大切にされ、必要なことが知恵をもって速やかに行われますように。そのために必要な資源と人材が最大限に活かされますように。

 

この国を愛し、この国の指導者たちを敬い、彼らのために祈れるように私たちを整え、その心を支えてください。

 

日本の指導者たちを助け、知恵を与えてください。

 

日本にあなたがくださった使命とビジョンを見せてください。

 

私たちがあなたの愛を日々溢れるほどに受け取ることができるように助けてください。私たちの心を柔らかくしてください。

 

神さま、あなたの愛がどれだけ広く、長く、高く、深いかがわかるように私たちを助けてください。

 

私たちの心が愛で満たされ、愛に留まることができるように私たちを助けてください。

 

The LORD will fulfill his purpose for me; your steadfast love, O LORD, endures forever. Do not forsake the work of your hands. (Psalm 138:8)

 

Psalm 138

新型ウイルスで試される「栄える人、滅びる人」ーオイルショックで何もなかった時にあえて原価で提供して今では六本木ヒルズにコンクリートを卸す業界ナンバーワンになった会長のお話し②

新型ウイルス騒ぎでマスクが高値になって、今度は消毒液までも高値になっているとのことです。

 

その自衛策についてはこちらで書きました。

 

ウイルス予防の消毒対策ーアルコール消毒製品が品薄の時に改めて注目されるヒバ精油

 

また、2020年2月25日東北医科薬科大学病院発行しているハンドブックがとてもわかりやすいです。

 

8ページ目にあるように、感染症にかからない、うつさないためには、「咳エチケット」「 手洗い・手指消毒」「 環境消毒」「 換気」の 複数対策を組み合わせて、一つ一つの対策を確実に行うことで、「できるだけ感染のリスクを下げていく」 という説明がとても分かりやすくていいです!

 

リンク⇨「新型コロナウイルス感染症 市⺠向け感染予防ハンドブック

 

さて、今日お伝えしたいのは、こういう時期というのは、わたしたちはこれから先にも真に「栄える人」になるか、または「滅びる人」になるのか、ということを私たちが試されている時とも言えるのではないか?ということです。

 

オイルショックの時、トイレットペーパーが店の棚から消えた時に、コンクリートまでなくなって、かたや「ぼったくり」商売をする人がでてきたにもかかわらず、自身はそんな時にもかかわらず、コンクリートをほぼ原価で提供することを続け、「あの時お世話になったから」と、その時の「恩」とつながりで、今では六本木ヒルズにも虎ノ門ヒルズなどから、コンクリートはここの会社のコンクリートしか使わないと名指しされ、業界ナンバーワンを保っているという実話があります。

 

株式会社タカボシの創業者、石山伊佐夫会長のお話しです。実は、同じお話しを2月10日にアップしているのですが、このウイルス騒動で、とても大事なことだと思ったので、少し視点を変えて、再度掲載させていただくこととしました。

 

さて、そのご本人、株式会社タカボシの創業者、石山伊佐夫会長のお話しを直接聞く機会がありました。

 

どのようにして、業界ナンバーワンの会社となったのか?

 

その最初の転機が、今のマスクの件ともとても似ているオイルショックの時でした。

 

トイレットペーパーが店頭から消えたのは有名な話しですが、なんとコンクリートまでもが消えてしまったのです。

 

当時、足立区に小さな事務所を構える会社だったそうですが、その石山会長(当時社長)のところにも、おたくにコンクリートはないかね?という問い合わせの電話が全国各地からかかってきたそうです。

 

通常のルートでは石山会長の手元にもコンクリートは手にはいらなかったのですが、でもこの全国からかかってくる電話に対してなんとかしないといけないと思いました。

 

そこで、トラック運転手のお兄ちゃんたちをしきっている親分に会いに行って、直接交渉し、何台ものトラックで幸い、滋賀県のある地からコンクリートの元となる砂利を運んでもらえることになりました。

 

運転手にはきちんと手厚く報酬を払い、せっかく入手したコンクリートをほぼ原価に近い価格で、問い合わせを受けた業者に供給し続けたそうです。

 

苦労して入手たにもかかわらず、なぜほぼ原価で卸しようと思ったかというと、「当時自分の会社は足立区の小さい会社だったけれども、今回を通じてタカボシを知ってもらえたら、ぜったいにお客さんは戻ってきてくれる」という確信があったからだったそうです。

 

ほぼ原価で提供する石山会長に対して、トラック運転手のお兄ちゃん達は「あんたバカか」と言ったそうですが、協力を続けてくれ、その時代にもかかわらず、コンクリートを提供し続けることができたそうです。

 

そして、いったんオイルショックの騒ぎが終わった時、会長の思いの通り、「あの時にあんたのところにはお世話になったから」と言って、ほとんどのお客さんが戻ってきてくれたそうです。そして、今でもその時の人たちと取引きが続いているそうです。

 

やはり、目先のことばかりを考えてはいけないと改めて思います。

 

 

聖書にはこういう言葉があります。

 

わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、彼らに従ってはならない。」(箴言1:10)

 

「正しい者の光は輝き、悪者のともしびは消える。」(箴言13:9)

 

「不正を蒔く者はわざわいを刈り取る。」(箴言22:8)

 

この箴言とは、ダビデ王の息子のソロモンが書いた「知恵の書」と言われる部分です。富も名声もすべてを手にして、人生のすべてを見て悟ったことを記した知恵に詰まった「知恵の泉」とも言われています。

 

欧米では、経済とビジネスで知恵が欲しかったら、聖書の箴言を開けと言われる部分なんですね。

 

聖書には神の愛が溢れていますが、同時に、神の摂理の厳しさ(それも愛)もはっきりと示されています。

 

「むさぼる」という言葉も出てきます。

 

網を張るのは無駄なこと。すべて翼あるものの目の前では。彼らが待ち伏せしているのは自分の血を流すため、隠れ狙っているのは自らのたましい。

 

不正な利得を貪る者の道はみな、このようなもの。それを得るものたちはたましいを取り去られる。(箴言1:17-19)

 

「鳥がみな見ているところで、網をはっても、むだなことだ」とは、罪人たちのすることは徒労に終わるということを、また、不当な形で利益を得ようとする者の末路は、自分のいのちを失うことになることが示されています。

 

参考サイト:

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?箴言の標語と教訓%281%29

 

こんな時だからこそ、普遍の真理、神の摂理というものを改めて思いおこしたいと思いました。

 

そして、グッドニュースは、「正しい者の光は輝き、悪者のともしびは消える。」(箴言13:9)

 

つまり、オイルショックの時は大変だったけれども、その時にこそ、知恵を働かせて、正しい道を選んで、「あの時にあんたのところにはお世話になったから」と言われて、今でも業界ナンバーワンの会社を保っているわけですね。😊

 

こういう時にこそ、真価が問われるという意識を持って、よい行いを淡々としていきたいです!✨

 

前回の記事はこちらからどうぞ。

 

マスクをなぜ高値で売ってはいけないか?ー六本木ヒルズにコンクリートを卸す業界ナンバーワン企業の会長から学ぶ知恵

 

マスクをなぜ高値で売ってはいけないか?ー六本木ヒルズにコンクリートを卸す業界ナンバーワン企業の会長から学ぶ知恵

マスクが高値で売られているということが伝えられていますが、そういうことはやはり上手くいかないだろうという実例があります。

 

コンクリート業界NO.1の企業で、六本木ヒルズにも虎ノ門ヒルズなどのコンクリートはここの会社のコンクリートしか使わないと名指しされる会社、株式会社タカボシの創業者、石山伊佐夫会長のお話しを聞く機会がありました。

 

どのようにして、業界ナンバーワンの会社となったのか?その最初の転機が、今のマスクの件にも関係しているように思うので紹介したいと思います。

 

まず、大きな転機はオイルショックの時でした。

 

トイレットペーパーが店頭から消えたのは有名な話しですが、なんとコンクリートまでもが消えてしまったのです。

 

当時、足立区に小さな事務所を構える会社だったそうですが、その石山会長(当時社長)のところにも、おたくにコンクリートはないかね?という問い合わせの電話が全国各地からかかってきたそうです。

 

通常のルートでは石山会長の手元にもコンクリートは手にはいらなかったのですが、でもこの全国からかかってくる電話に対してなんとかしないといけないと思いました。

 

そこで、トラック運転手のお兄ちゃんたちをしきっている親分に会いに行って、直接交渉し、何台ものトラックで幸い、滋賀県のある地からコンクリートの元となる砂利を運んでもらえることになりました。

 

運転手にはきちんと手厚く報酬を払い、せっかく入手したコンクリートをほぼ原価に近い価格で、問い合わせを受けた業者に供給し続けたそうです。

 

苦労して入手たにもかかわらず、なぜほぼ原価で卸しようと思ったかというと、「当時自分の会社は足立区の小さい会社だったけれども、今回を通じてタカボシを知ってもらえたら、ぜったいにお客さんは戻ってきてくれる」という確信があったからだったそうです。

 

ほぼ原価で提供する石山会長に対して、トラック運転手のお兄ちゃん達は「あんたバカか」と言ったそうですが、協力を続けてくれ、その時代にもかかわらず、コンクリートを提供し続けることができたそうです。

 

そして、いったんオイルショックの騒ぎが終わった時、会長の思いの通り、「あの時にあんたのところにはお世話になったから」と言って、ほとんどのお客さんが戻ってきてくれたそうです。そして、今でもその時の人たちと取引きが続いているそうです。

 

やはり、目先のことばかりを考えてはいけませんね!

聖書にはこういう言葉があります。

「正しい者の光は輝き、悪者のともしびは消える。」(箴言13:9)

 

80歳まで生きてこられたら、人生いろいろなことがあっただろうということは想像できるのですが、20年ちょと前に副社長が社員全体の三分の一を引き連れて、別会社を興したということが起きたそうです。

 

大きなショックで夜も眠れぬ日々が続いたそうです。

 

ご飯も食べず、このままでは死んでしまうと思った奥様が会長に渡したのがある聖書の一節だったそうです。

 

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」(イザヤ41:10)

 

英語訳は以下の通り。

Don’t afraid, for I am with you.

Don’t be discouraged, for I am your God.

I will help you and strengthen you.

I will raise you up high with my victorious right hand.

(Isaiah 41:10)

 

それから、会長は何度も何度もこの箇所を口に出して読み、ゴルフに行くときにも持っていき、毎日この言葉を唱えたそうです。

 

そして、見事にそのことを乗り越えられただけでなく、さらに会社の業績が上がったのです。

 

その時の経験を語られた会長は、さらにこう語りました。

 

「みなさん、裏切るよりも裏切られる方がいいですよ。」

 

組織で働くといろんなことがあるものです。その会長に言葉と姿勢にわたしも励まされました。

 

現在80歳の会長ですが、実体験の強さに基づいた心にしみることばをたくさん残してくださいました。

 

「運は神様がくださるもの」

「知識じゃなくて、知恵を求めよ」

「今が一番幸せ。過去がよかったと言ってはいけない」

「ともかく1日1日を精一杯生きる」

 

会社も社長も元気で古希を迎えることができるのは、日本全国石山会長のみだそうです。写真もいいお顔です!ぜひ見習いたいです。

 

オイルショックから、会社が発展するまで次は何があったか?

ここでは書ききれませんが、そのの後の体験もとても面白かったです😊

興味のある方はぜひ以下の動画をご覧ください。

 

感謝の奇跡ー幸せの扉を開く29のカギ

ユダヤ人の人生読本であるタムルードには、「世界で一番知恵のある人は学ぶ人であり、世界で一番幸せな人は、感謝しながら生きる人である」ということばがあるそうです。

 

最近、感謝の奇跡を体験しました。

 

お茶を飲みながらサントリーホールに向かって、「素晴らしい演奏をありがとうございました」と心の中でお礼を言っていました。

 

何度も素晴らしい演奏を味わせてもらったことがあるからです。

 

すると、なんと、その3週間後にサントリーホール主催のバックオフィスツアーにお誘いを受けることになりました。

 

なんと、指揮者や演奏者がリハーサルをしたり、待機する部屋を見れるというのです!これは音楽ファンにとってはたまりません。興奮して当日を迎えました。

 

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バブルの頃、東京に足りないものは文化だ!と言って、採算度外視で、サントリー創業者・佐治元会長がサントリーホールをつくったそうです。その佐治元会長のホールに対する想いを知り、世界的指揮者のサインコーナーではズービンメタのサインもみつけました。

 

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指揮者の部屋ではズービンメタも座っただろうソファーに座りました。

 

 

観客のいないサントリーホールで指揮台にたって、ズービンメタのような気持ちで指揮棒を持つことができました。(感動😂。。。)

 

このままでは、音楽オタクの記事のようになってしまいますが(笑)、お伝えしたかったのは「感謝をすることでさらにいい体験を呼び寄せる」という原理です。

 

サントリーホールに向かって心の中でお礼をしていたら、こんな貴重な機会に誘われる機会に恵まれました。(と本人は思っています笑)

 

「幸せの扉を開く29のカギー一生感謝」という本の中に、「幸せだから感謝するでのはなく、感謝するから幸せになる」とあります。

 

ほんとうにその通りだなあと思います。

 

「いいことがある時に感謝するのは簡単だけれども、小さいことに感謝をみつけること、そして、一見感謝するような状況じゃないことにも感謝できることは『謙遜のこころを持つ人の特権です』」という本の一節が最近こころの中をめぐっています。

 

そんな境地に向かって、一つ一つ感謝の気持ちを育てています。

 

「幸せの扉を開く29のカギー一生感謝」オススメです。

 

https://www.amazon.co.jp/一生感謝―幸せの扉を開く29のカギ-吉田英里子/dp/4904308050