なぜ一流に触れるのがいいのか?ー身体とハートが天才性に「共振する」ということ

 

最近では「共振」(coherence)の効果が科学的にも証明されつつあります。

 

フラストレーションや不安を感じる人が感謝や慈愛を感じている人のそばにいるだけで、自分の感情もより落ち着いてくる、という実験があります。

 

上のリズムは人が不安やフラストレーションを感じている時のハートの振動やリズムをグラフ化したもので、下のリズムは感謝や慈愛を感じている人のハートの振動とリズムだそうです。

 

coherence

 

coherent-heart-graph

 

出典: ハートマスインスティテュート(heartmath institute)より

 

いわば、メトロロームのような役割です。

 

スキップができる人が二人いて、できない人がその間にはさまれてスキップの練習を始めるとできなかった人までスキップができるという実験もあるそうです。

 

まったく、同じ原理で、私たちは彼らの天才性にふれるとことで、私たちの誰の中にもある天才性を感じることができます。

 

もし、それを自覚できないと感じたとしても、人間の体は70%が水分でできているので、私たちの身体の細胞が「一流」という周波数に共振する、と考えればいいでしょう。

 

私の場合、最近では、世界的指揮者として知られるズービンメタの指揮に触れた時に身体と魂が震えるような感覚を体験しました。

 

ズービンメーターは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサート過去最多指揮の一人です。

 

「『巨匠』ってこういう人のことを言うんだ💡💡💡

 

昨年来日したウィーンフィルの公演で彼の指揮に触れた後は、私はしばらく文字通り「恍惚状態」でいました。

 

そして、彼がどうやってあの領域に至ることができたのかをどうしても知りたくなって私は数日間彼が登場するインタビュー動画を見まくりました。

 

彼の演奏に触れた一週間後、今度はあるイギリス人の指揮に触れる機会がありましたが、かえって巨匠ズービンメータの演奏がいかに「格別」だったかがより一層浮き彫りになりました。

 

 

巨匠ズービンメーターがどうやってあの領域に至ることができたのかは、まだ研究中です。

 

 

小沢征爾氏が影響を受けた一人としても知られるフランス人の指揮者シャルル・ミュンシュが書いた「指揮者という仕事」という本があります。

 

指揮者が書いた本でありながら、リーダーシップに関する本としても知られています。

 

ミュンシュは、指揮者の仕事についてこう言っています。

 

「壇上に立ち、第一拍を振り始める瞬間、あなたには無数のまなざしが向けられ、観客はそれぞれが自分の光と熱をそこから汲み取ろうとする。」

 

 

「指揮者(conductor)という言葉自体には統率するという意味も含まれていますが、大事なのは、命令を与えるというよりも、自分自身がそれを身振り、態度、そして抗じ難い放射によって、表すことです。

 

(中略)

 

ミュンシュはさらに言います。

 

「指揮者が楽曲を忠実に再現することによって、聴いている人の思考や感情が指揮者の思考や感情と同時に再創造される」と。

 

確かに、演者と会場が一体になるような演奏を体験することがあります。

 

そんな演奏に触れると、

 

何かが腑に落ちたり 

直感的に何かが突然分かったり

突然涙がでてきたり、

洞察やインスピレーションを受け取る

ことがあります。

 

 

音楽を通じて表現され創り出されるハーモニー(調和)が、私たちの誰の中にもある直感や内なる声とつながりやすくしてくれるのでしょう。

 

まったく個人的な感覚ですが、ズービンメーター指揮から醸し出される音色とベートーベンの第九からは「人類への祝福」すら感じました。

 

ジャズピアニスト、キースジャレットの演奏でも似たような体験をしたことがあります。

 

 

そうした超一流演奏者が醸し出す音楽を通じて、私たちは、より高い意識の世界・景色を垣間見せてもらうことができるのです。

 

 

そして、改めて確信したことは、それがどんな分野であろうが一流は一流の周波数を持っているということです。

 

だから、それが音楽家でも料理人でもアスリートでも、私たちが吸収するのは技術でもなければ専門知識でもありません。

 

私たちは彼らの「一流っぷり」を感じとっているのです。

 

だから、気になる人やお気に入りの人がいたら、どんどん彼らの演奏や動画、本に触れてみてください。

 

私たちは身体全体で、彼らの考え方や世界観をどんどん吸収することができます。

 

一流に触れているとにせものに触れる時「気持ちが悪い感じ」がします。

変なセールスやメッセージに騙されることもなくなります。

自分にとって必要なものかどうかも分かってきます。

 

 

 

ぜひ、たくさんの人や本に触れて、自分の心の響くものを見つけてください。😊

 

 

ps. 記事画像= ベネズエラ出身の天才指揮者 グスターボ・ドゥダメル(Gustavo Dudamel)

 

「暴力や貧困から若者を守るために音楽を教えるベネズエラのプログラム、エル・システマ(El Sistema )」で音楽を習う。ベルリンフィルやウィーンフィルを最年少で指揮するなど「100年に一人の天才指揮者」と言われている。南米のリズム感も持ち、クラシック音楽は高尚であるという既成概念を軽々と打ち破っている。

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同じ本を複数名で読むとどうなるか?ー 「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」を見つける方法

同じ本を数人で読むという読書法があります。

 

とても面白い読書法の一つで、それぞれが自分の興味のある分野で背景を調べたり、下読みをして参加したり、またはその場で一緒に読み進めて、最後に感想を伝え合う形式のものもあります。

 

 

なぜ同じ本を複数名で読むのか?

 

同じ本を複数名で読むとどうなるのか?

 

 

「自分を知る」というテーマとしても大きなヒントがあるので、トマ・ピケティーの『21世紀の資本』を数人で読んだ時の体験をお伝えしたいと思います。

 

トマ・ピケティーは、フランスの経済学者です。代表作『21世紀の資本』は、「格差の拡大の原型がはっきりと示された」として、発行された2015年には日本でも大きな話題になりました。

 

『21世紀の資本』は、2014年4月には英語訳版が発売されるやアマゾンの売上総合1位になるなど大ヒットし、アメリカでは2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなり、2015年1月現在で、世界10数カ国で累計100万部を突破したそうです。

 

定価は5500円で、608ページに及ぶ専門用語をちりばめた大著なので、気になるけど買わなかった、でも内容が知りたい、という人は多かったと思います。

 

トマ・ピケティーの『21世紀の資本』をみんなで読もう、という話しになったのも、難しそうなので、みんなの知恵を持ち寄った方がよさそうだ、と思ったからでした。

 

実際、複数人の人と一緒に同じ本を読むと、とても面白いことに気がつきます。

 

同じ本を読んでいるのですが、それぞれが関心をもった視点、気づいたこと、それを読んでどう思ったのかなど、持ち寄る視点がぜんぜん違うのです。

 

例えば、

ーなぜ彼はこのテーマを書いたのかというトマ・ピケティーのバックグラウンドに興味を持った人

ー彼の家族構成に興味を持った人

ー彼のアメリカでのレビューに興味を持った人

ー彼の著書の後に世界銀行が発表した世界の格差についてに興味をもった人

ー日本のメディアのあり方や考える力について思いが及んだ人

などでした。

 

本当にそれぞれが気づく視点や読んだ後の感想は見事に違いました。

 

しごく当然のことのように聞こえるかも知れませんが、このような体験をすると本当に人の受け取り方は人それぞれに違うのだということが腑に落ちます。

 

これも改めて考えてみるととても面白いことだと思いますが、人は同じ場所にいたり、一見同じ情報を受け取りながら、それぞれの「フィルター」や興味・関心分野に従って情報を処理していくのです。

 

私が南スーダンで働いていた時に実感したことですが、同じ国にいながら、情勢分析の結論がかなり違ったこともありました。

 

では何がその違いを生むのでしょうか?

 

例えば、その人の知識、教育、職業、経験値、考える力、価値観・興味や関心などです。

 

この場合の価値観とはどんなことを大切だと思っているか、といったものです。

 

複数で同じ本を読んでみると面白いのは、なぜその人は、「この点に興味をもったんだろう?」という点その人独自のポイントが見えてくることです。

 

 

ー彼の背景に注目した人は彼の主張や理論だけでなく、人間としてのライフストーリーに興味がある人なのかも知れません。人や社会をより深く理解する能力や洞察力に長けているかも知れません。

 

ーアメリカと日本でのレビューの違いに興味をもった人は、データやより複数の視点を取り入れる客観性を重視する人なのかも知れません。

 

ー格差の是正に注目した人は平等や公平さに興味があるかも知れません。

 

本人にあまり自覚はないかも知れませんが、「なぜか私はこういうことに興味をもつ」という視点やアングルが必ずあるのです。

 

これこそが、「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」「私たち一人一人ができる分野がある」というその人の「存在意義」といったものに近いかも知れません。

 

それは職業でもなく、それを本人が意識していてもいなくても、自然にやっているようなこと(その人がいるだけで周りが落ち着くと感じる人、周りの人を癒す人、聞き上手で人の意見を引き出す人、など)です。

 

「世界は地球上の一人一人を必要としている」という意味が単なる言葉ではなく、その意味がより腑に落ちる体験でした。

 

これは自分一人では分からないことです。

 

他者の存在を通じて、自分の立ち位置がわかるのです。

 

読書会といった形式でなくとも、会社での会議といったフォーマルな場からいったん離れて、利害関係のない、まったくプライベートな場で、自分の意見を自由に表現したり、シェアできる場を体験できることはとてもいい体験だと思います。

 

そんな体験の積み重ねが自分を知ること、そして自信につながることでしょう。

 

ぜひ試してみて下さい。

QUIET REVOLUTION 人口の半分から三分の一は内向型ー社会を変える「静かな革命」!

人口の半分から三分の一は内向型 (introvert)なタイプだそうです。最近、内向的な人の資質が注目されています。

 

有名人としては、ビルゲイツ、オバマ前米国大統領、ウォーレン・バフェット、J・K・ローリング(「ハリー・ポッター」の著者)、ジュリアロバーツ、マハトマ・ガンジー、アインシュタイン、オードリー・ヘップバーン、エイブラハム・リンカーン、などです。

 

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私自身、国際機関で働いていた時、組織の理念には共感するものの、声が強い方がいいみたいな風潮には違和感を感じていました。

 

 

国際会議では193カ国もの加盟国が次から次へと自国の主張を続けるのを何時間も聞き続けながら、

 

果たしてもこの会議はどこかへ向かっているのだろうか?

新しい視点やなんらかの合意を生み出しているだろうか?と思ったこともありました。

 

また、内向型だからこそ発揮できる能力や社会的役割があるのではないか?と感じていました。

 

アメリカでミリオンセラーになった ’Quiet ‒ The Power of Inroverts in a World That Can’t Stop Talking’ 邦題「 内向型人間の時代、社会 を変える静かな人の力」の著者であるスーザンケインは、内向型の人の強みについてこう言っています。

 

内向的な人は、

 

洞察力がある、

創造性が高い

集中力が高い

芯が強い、

聞き上手である、

周りに流されない、

思慮深い、

感受性が豊か

繊細さがある

忍耐力が高い

持続力が高い

富や名声などの誘惑に惹かれることは比較的少ない、

自分の興味のある分野に関してものすごい集中力を発揮する、

芸術分野で成功するのは内向型の人が多い、

等です。 

 

 

ビル・ゲイツは、他人の意見に動じない内向型の強さを持った人の典型だそうです。

 

ウォーレン・バフェットが経済危機の最中でも成果を上げ続けられたのは、市場が荒れ周りの人間が気が動転している時でも慎重に考えられる知的な粘り強さがあったこと、そして、世間の多数意見や社会のプレッシャーから距離をおいて自分の判断基準を持つ内向型の強みを持っていたからだ、と言われています。

 

当然ながら、内向型には内向型の強みがあります。

 

ちなみに、内向型であるというのは、内気とかシャイであるという意味ではなく、内向的か外向的かの違いは、エネルギーの取り込み方のことを言います。

 

 

「外向型」は人と話したり外からの刺激でエネルギーを得るので、より多くの刺激を受けるために広く浅く経験することを好むのに対して、「内向型」は、エネルギーをアイデアや感情など自分の内から得るために、深く感じたり経験することを好む、と言われています。

 

 

そういう私も内向型で(研修の一環で受けたテストでもそういう結果が出て、本人の自覚もあります)、国連のような組織で働きながら、私のようなタイプはどのようなリーダーシップスタイルが合うんだろう?と思ったことがありました。

 

 

そして、自分の体験を振り返ってみると、洞察力がある、創造性が高いはかなりはっきりと強みとして発揮されてきたと思います。

 

改めて腑に落ちたのは、「聞き上手でメンバーの能力を引き出す」という内向型の強みです。

 

そして、内戦をしてきた国の軍人たちが、なぜ私に悩みを打ち明けてくるのか、という私の中の「謎」が解けたような気がしました。

 

彼らは自分の国で内戦をしてきた国の軍人です。

 

それなのに、私が講師を務めた研修で私のところにやってきて、こう言い出すのです。

 

 

「『人間』らしくあることを自分に求めていいんだって思ったんです。実は、軍隊をやめようと思っていて。。。」

 

(ええっ?!この研修そういう研修だったっけ?汗)

 

 

あるレセプションでは、ワイングラスを片手に米軍の高官の一人が「実はこんなことがあってね。。。」と、彼の中の深い体験を語りだしたこともありました。彼は米軍のアジア・大平洋司令部の最高司令官(General)の一人でした。

 

 

最初は、正直私自身が驚いたものでした。

 

そもそも私自身が、外向的に振舞わなければいけない、とも、自己主張をしなければいけないとも思っていないので、誰の中にもある内向型の部分、というか、深い部分を見せてもいいと安心したのかも知れません。

 

今、思えば「聞き上手さ」ということが自然に発揮されていたんだ思います。

 

 

ただ、私自身が自分ではないスタイルで自己主張をしたり、無理に外向型にふるまったとしたら、そのような体験はしなかったかもしれません。

 

 

カルフォルニア大学で行われた実験で、外向型と内向型がお互いを高く評価した、という実験結果があります。

 

内向型は外向型に対して、話題を次から次に提供してくれたので話しやすかった、と言い、外向型は内向型との会話に対して、リラックスできて自分が抱えている問題を話しやすいと感じた、のです。

 

実際以上に元気にふるまわないといけないというプレッシャーを感じなかったからだと指摘されています。

 

 

誰の中にも内向型の部分も外向型の部分もあります。

 

どちらがいいというよりは、大切なことは、

内向型というタイプの特性を理解すること、

そして、内向型としての強みを活かす方法を考えよう、という事だと思います。

 

 

なにより内向型の人は、無理に外向型のように振る舞う必要もなく、

 

ただ自分が自分であればいい!

 

これが一番大切なことだと思います 😊

自分の才能を発見する魔法の質問ー「この仕事で自分にしかできないことは何だろう?」 「このバイトで自分にしかできないことは何だろう?」

「自分にしかできないことは何だろう?」

 

私にしか書けないことは何だろう?

 

ブログの記事で仮にたった300字でも、連載原稿だったとしても、この質問は常に私の頭の片隅にあります。

 

この質問は自分の仕事がなんであっても常に当てはまると思います。

 

「自分にしかできないことは何だろう?」

 

「このプレゼンで自分にしか言えないことは何だろう?」

 

それがたった1日のバイトでもこの質問は自分にできると思います。

 

「自分のやりたいことが分からない」、という人も多い世の中。

 

夢や天職、やりたいことは、何か「大きなもの」や「立派なもの」であるはず、というような風潮もあるように感じます。

 

大きな目標を持つようなタイプの人もいるでしょうが、誤解をおそれずに言うと、「夢は大きく持て」も、ある意味大人の言い分に「だまされている」ようにも感じます。

 

大きな目標がある人もいますが、それでもその人を本当に突き動かすことはとてもシンプルだったりします。

 

例えば、私にとってある時期、国連で働くことは一つの大きな目標でした。

 

国連というキャリアの中でも、二つの国の独立国に関わるというかなり「ドラマチック」な体験をさせていただきましたが、とはいえ、その中でも本当に好きだった瞬間というのは案外とてもシンプルで、いろんな国の同僚たちと「ああ、この人も同じ人間なんだ」と分かり合える瞬間でした。

 

そして、国連という目標を叶えてよかったと見えるかも知れませんが、

「自分にしかできないことは何だろう?」という問いに終わりはありません。

 

むしろ、毎回続きます。

 

プレゼン

発表

執筆

原稿

授業・講演。。。

 

 

この質問はある職業に就いたから終わるわけではありません。

むしろ、その質問を掘り下げさせるためにこの仕事や機会が与えられたんじゃないか?と感じるような場合もあります。

 

その質問こそが自分が自分を知ったり、自分の才能を発見させてくれるものだからです。

 

自分しかできないことは何か?

 

それは必ずしも行為とは限りません。

共感だったり、

相手を心の中で理解することかも知れません。

 

ある研究会の委員として発表を頼まれた時、私は数日間「私はいったい何を発表したらいいんだろう?」「私しか言えないことは何か?」「この会で私が言うべきことは何か?」と数日間真剣に考えて、

 

「難しいことではない『当たり前のこと』を言うこと」という結論にいたったこともありました。

 

 

その時に自分にしかできないことが少しでもわかった時、自分の中で「いなずま」が走るような「ひらめき」が起こることがあります。

 

自分が自分を発見し続けることー

 

そして、そんな体験が自信をくれます。

 

「自分にしかできないことは何だろう?」

 

せっかくなら楽しく毎日この質問に取り組みたいと思います。

自分を知ることの効果ー東京の「スペック」は変わらないのになぜ二度目のオリンピック立候補は成功したのか?

「自信」ということに対するより根本的なアプローチは、人と比べることをやめ、自分が自分を知り、自分が自分を認めること

 

という記事を書きました。

 

記事: オックスフォード大学の学生もみんな自信がないという事実ー私たちは何をしたら「自信」を感じられるのか?

 

自分が自分を認めること、というテーマもとても奥深いテーマです。

 

この原則は、個人レベルでも、国レベルでも当てはまります。

 

それが顕著に表れたのは、東京がオリンピック誘致に立候補した一度目と二度目の誘致プレゼンでした。

 

一度目の立候補は2016年オリンピックに向けて、そして、二度目はご存知の通り2020年のオリンピックでした。

 

2020 Tokyo Olympic パレード

 

オリンピックパレード

 

東京は二回続けて立候補した訳ですが、一回目と二回目で東京の「スペック」自体はほとんど変わりませんでした。

 

他の候補者だったリオデジャネイロやマドリッドなどと比べても断トツに安全で、インフラなどの都市機能も予算も世界一でした。

 

環境に留意したエコ大会、選手本位のコンパクトな会場を主張しましたが、結果としては、「南米で初」という一言に優るほどのインパクトはなく、リオデジャネイロに敗れました。

 

そして、東京は2020年のオリンピック開催国に立候補し、二度目の挑戦をします。

 

直前までは、イスタンブールが有望だと見られていて、東京の可能性は分かりませんでした。

 

IOC委員は、安全だけど「つならなそう」なトーキョーよりも、イスラム圏(イスタンブール)での初のオリンピック開催という歴史をつくる方が面白そうだと感じている、と伝えられていました。

 

では何が変わったのか?

 

その理由を、2020年度向け東京オリンピック誘致のプレゼンテーションコーチを務め、英国キャメロン首相やプーチン大統領のパーソナルコーチもつとめたマーティンニューマンさんはこう言っています。

 

「一回目の立候補の時はトーキョーは国際都市Tokyoとしての魅力を十分に伝えられなかった。だから、私たちは東京の魅力を再定義することから始めた。」

 

イスタンブールの「東西の架け橋」というストーリーは魅力だったから、それに匹敵するくらいのものが日本にも求められていた。アジア唯一の候補地だったことを利点にして、欧米とは違う「楽しさ」と「若さ」を全面に出すことにした。

 

そしたら、謙遜が美徳だっていう『日本の文化』に直面したんだ。

 

僕にしてみれば、世界の経済大国と言えばアメリカと日本。

 

それ自体大きな強みなのに2009年の第一回目の誘致プレゼン(2016年度)では、それも十分に伝えられなかった。

 

日本で「当たり前」のことが世界では「当たり前じゃない」ことを認識することは大切。

 

でも、これをプレゼンするのは日本の人たちだから、委員に伝えたい日本の魅力を本人たちに納得してもらうまでコミュニケーションを続けたんだ。」

 

あなたの強みは何ですか?

 

 

日本で「当たり前」のことが世界では「当たり前じゃないこと」を認識することは大切ー

これはそのまま個人にも当てはまりますね。

 

自分にとって「当たり前」のことが他の人にとっては「当たり前じゃないこと」を認識すること。

 

自分が自分を知り、自分を認めることー

個人から国のレベルまで、その原則は同じなのです。

オックスフォード大学の学生もみんな自信がないという事実ー私たちは何をしたら「自信」を感じられるのか?

私たちは何をしたら「自信」を感じられるようになるのでしょうか?

 

TOEICのスコアがあがる?

会議で発言する?

上司に認められる?

いい出来の資料ができる?

給料があがる?

うまくプレゼンができる?

資格をとる?

大学院へ行く?

MBAをとる?

 

人によっていろいろな体験や考えがあると思います。

 

私自信も国連で働いた時でも、長い間自信を感じられずにずい分悩んだので、「自信」というのは私にとってもとても興味深いテーマです。

 

それがなんであっても、自分で決めた目標をやり遂げる体験は、それが何であっても自信をくれる体験となると思います。

 

ただ、もし自信を「外からの評価」を求めるのならば、究極的にはキリがないとも思います。

 

私がオックスフォード大学の大学院で勉強していた時に驚いたのは、オックスフォード大学の学生さえ、あまり自信がなかったことでした。

 

オックスフォード大学といえば、日本の皇室の人たちも留学する世界の名門校。

 

2016年度の全世界の大学ランキングではハーバード大学やスタンフォード大学をおさえて堂々の2位を保っています。

 

そんな大学院で勉強する人なんだから、きっとみんなすごい優秀なんだろう、自信満々なんだろうと入学前にはずい分と緊張していました。

 

ところが中に入ってみたらー 確かに一部の天才のようなタイプの人はいるのですがー  ほとんどの学生は、優秀でありながら「誰が私の論文を読むんだろう」と悩んでいたのです。

 

それを知った時、ああ、みんな一緒なんだ、とすごく「ホッとした」のを覚えています。

 

 

そんな体験も含め、自分のその後のキャリアを振り返ってみると、

 

「自信」ということに対するより根本的なアプローチは、人と比べることをやめ、自分が自分を知り、自分が自分を認めること、だと感じます。

 

 

そのためには、モーチベーションを保つためにも、自分が自分で日々の成長を確認できる方法があるといいと思います。

 

そのためにできる簡単なノート術はこちらで紹介しています⇨

どうしたら「できる自分」になるんだろう?」と思ったらー毎日確実に自信をあげるノート術①

 

そして、自分が自分の成長を客観的に評価できる視点や基準をもっていることも大切だと思います。

 

まず日々の生活の中では、「うまくいっていないところ」だけでなく、「うまくいっていること」に目を向けることを訓練することができます。

 

これは単に「気休め」に言っているわけではありません。

 

日本人は、強みではなく、弱みを克服しようとする傾向が世界的にも最も強いことが研究からも明らかになっています。

 

自分の弱みばかりに意識が向きがちですが、「うまくいっていること」に気がつき、自分の強みを把握していることもプロフェッショナルとしてもとても大切なことなのです。

 

神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている

もしオリンピックでメダルが欲しいとしたr、足が長い選手、音感がいい選手、技術の高い選手ーさて誰を選んだらいいのか?

「それはあったらいいけど、なくても大きな問題とは言えないものばかり」と言います。

シンクロ②

リオオリンピックでメダル獲得の瞬間。

 

8回ものオリンピックでメダルをもたらしている奇跡の人、井村雅代シンクロナイズドスイミング女子監督です。

 

実際に彼女が指導した選手の中で、足がとても長い選手がいたそうです。

 

シンクロでは、足が長い方が圧倒的に見栄えがいいです。

でも、その選手は「気が弱い」という側面も持っていた。

 

それについて彼女はこうも言っています。

 

「神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている。」

 

当たり前だけど、そうなんですよね。

 

だって、足の長さや身長だけが長所となるんだったら、日本はシンクロでもメダルを取り続けることはできなかったのでしょう。

 

だったら、ロシアにはないけど日本にあるのはなんだろう?と彼女は考えます。

 

そして、彼女は、選手たちと一緒に日本しかできない演技を考え、いろんなものにヒントを求め、その分野の人たちから指導を受けます。

 

時には、

阿波踊りを見に行き、

フラメントを見に行き、

シルクドソレイユの指導も受け、

空手の先生から直伝で

武道の精神や空手の型の指導を受けます。

 

 

身体面では足りない点に目を向けたらそれはどうしようもないけれども、彼女は「日本しかないところ」に目を向けるのです。

 

シドニー五輪のチーム演技を私も見ましたが、思わず「すごい!」と叫びたくなるような渾身の演技でした。

 

Sydney Olympics+Day+9+mNe9ABejT5Il

 

 

彼女の思考の反転もさすがと思いますが、さらに「ああ、この人はほんとうに本物だ」と思ったのは、この発言。

 

「あの時は悔しかった。だって、あんな演技でメダルをとったから。」

 

どういう意味かと言うと、結果的に全部のオリンピックでメダルをもたらしたけれども、彼女はメダルを目指すと同時に、メダルをとったとしても一生懸命やってなかったことに対して「悔しい」と言うのです。

 

メダルも大切だけど、その人がその人のベストを尽くすことなのですね。

あっぱれ!