トランプ大統領の当選を予測できなかった時代を生きる私たちが自分の「判断基準」を持つために

トランプ大統領が当選したのを知った時に真っ先に思ったこの一つは、これからは「自分で考えなきゃいけない」時代なんだなということでした。

 

なぜなら、メディアや予測もあてにならないし、誰かの意見を一方的に信じていればいいという時代が終わりつつあるのを感じたからです。

 

自分の「判断基準」がより求められる時代なのでしょう。

 

そもそも判断基準ってどうしたら養うことができるんだろう?と考えていたら、

ある人の記事でこんな「くだり」をみつけました。

 

判断基準の一つは、「自然」か「自然じゃないか」ということ。

 

それで思い出したのは、ケニアのサファリに行った時のことです。

 

なぜなら、ライオンがいつでも「勝つ」わけではないからです。

 

 

目の前で野生の象やキリン、ライオンを目の前に見れるのは本当に感動です。

遠く感じるかも知れませんが、ヨーロッパへ行くのと飛行時間がそこまで違いません。

一度は行く価値はあります。

 

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私たちの方はオリがついている専用のジープに乗ります。

相手から見たら、人間て「きゅうくつ」そうだなあと思うのかも知れません。

 

 

その時にとても印象に残っているシーンがありました。

 

目の前でイボイノシシの親子たちがのどかに草をはんでいました。

イボイノシシとは、一見ぶたのようなちょっと短足なちょっと「かわブサイク」な(失礼!)動物ちゃんです。

 

子供たちはまだ産まれて数ヶ月なのでしょうか。母イノシシの後で草をはんでいます。

 

そんなのどかな風景でした。

 

 

それが一転緊張状態に!

 

数百メートル先にいたライオンがイノシシたちに狙いを始めたのが見えたのです。

 

野生の動物を見るということは、自然界のなりたちを見るということ。

 

それも含めて、見る価値があるということなのでしょうが、ライオンが一気にダッシュを始めた時には私は思わず一瞬息を止めてしまいました。

 

イボイノシシママもライオンを察知するやいなや、一斉に号令を出したようでした。「散らばれ!」と。

 

そして、子供たちは四方八方に散らばりました。

 

すると❗️

 

ライオンはイボイノシシの子供たちが四方八方に逃げていくのについていけず、「捕獲」は失敗したのです。

 

身体の大きさも足の長さも速さもすべての面で「勝っている」と思ったライオンでしたが、小回りは苦手だったのです。

 

これを「勝敗」とするならば、イボイノシシがライオンに勝ったのです。

 

そして、さらにそこから数百メートル先のところでは、おなかいっぱいの別のライオンは昼寝をし、シマウマや別のイノシシがその周りをウロチョロしています。

 

ライオンは、おなかが一杯の時には、むやみに他の動物を襲うことはありません。

 

自分が必要な分以外は求めないのです。

 

 

たとえ弱肉強食でも、強いものがいつも弱いものに「勝つ」わけでもない。

ライオンはライオン。シマウマはシマウマ。イノシシはイノシシ。

ライオンだけがいても自然じゃないし面白くありません。

 

ぜんぶの存在があることが「自然」。

 

人間も自然界の一部です。

 

私にとって忘れられないシーンの一つです。

 

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「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」①

ハーバード・ビジネス・スクールとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団には、「ある共通点」があります。両者とも震災後の5年間、東北を訪問し続けているのです。なぜ世界最高峰の2つの組織は東北に通うのでしょうか? そして地元との出会いは何を生みつつあるのでしょうか? 

 

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⬆️ 岩手県の浄土ヶ浜で行われたウィーンフィルの団員による鎮魂のための献奏。これまで計42人のウィーン・フィルの団員が東北を訪れ、宮城県仙台市・岩沼市、岩手県山田町、福島県郡山市・南相馬市で演奏活動を行っている。招待客の数は6300人にのぼる。(写真提供) SUNTORY HALL

 

「ハーバードで教わった事がまったく当てはまらない。」

「自分たちが予想した回答とは違う答えが返ってくる。。。」

 

学生は混乱し、焦りをつのらせるが、この体験をハーバードビジネススクール(HBS)の学生は、最高の学びだったと言い、5年間で計150人もの学生たちが東北を訪れ、HBSで反響を呼ぶ授業として成長しているのです。彼らは東北で何を体験するのでしょうか?

 

 

ハーバード・ビジネススクール(HBS)が東北を訪れることになった背景には、HBSが100周年を契機に行った「深い反省」があるそうです。

 

それは、世界金融危機の震源地となったウォール・ストリートに多くの卒業生を輩出してきたことに関してでした。

 

そして、そこから生まれた「HBSは、果たして世界をよりよい方向に導くリーダーを育成できていたのか?もしできていたら、そもそもあの危機は起こらなかったのではないか?自分たちの教育がむしろ原因を作ってしまったのではないか?」という問いかけでした。

 

ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか?」(山崎繭加著、ダイヤモンド社)によると、その反省から導かれた結論の一つが、現場での実践と体験、そして自己理解を重視する「フィールド・メソッド」への変換でした。

 

HBSが、創立以来100年にわたって続けてきた伝統的な教授法である、ある組織が抱える課題を教室で議論し学んでいく「ケース・メソッド」の見直しでもありました。

 

そして、「フィールド・メソッド」が初めて導入されたのは、折しも日本で東日本大震災が起きた2011年。

 

この授業を初めて履修した22名のHBSの学生たちは、震災の10ヶ月後に東北を訪れます。

 

渡航前には、靴を脱ぐ習慣、お辞儀や名刺交換の仕方など、日本文化とビジネス慣行にかんする特訓を受け、真冬の東北では、仮設住宅建設のために木や瓦礫を除去する手伝いに参加し、文字通り「教室では味わえない体験」しました。

 

 

そして、福島の高校生からは、本来なら応援団員以外には門外不出だという100年の伝統を持つ「秘伝の演舞」の直伝を受け、宮城県の中学生からは、彼女・彼らの考える女川の将来についての発表を聞きました。

 

「今まで映像やデータで震災を理解していた気になっていたけれども、中学生の言葉を聞いた時に、彼らにとって震災が何だったのか初めて理解できた気がした」

 

「高校生と会う前は、自分はどれだけロールモデルでいられるのか、とばかり考えていました。でも実際は、彼らの方が私たちにはるかに多くのことを教えてくれました。あれだけ大変なこと(震災)があったのに、高校生が夢や希望を持って語る姿はものすごくパワフルで、衝撃を受けた。」HBSの学生からは、そんな感想が続きます。

 

 

そして、彼らにとってなにより最高の「学び」となったのは、現地での「混乱」だったそうです。彼らは、現地で事業を行っている人たちと議論をし、何らかの提案を行うという課題を担っていました。

 

ただ、なにかが腑に落ちない。。。

 

この商店は全ての営業所を失くし、まったくゼロからの出発なのに、なぜこの事業を再開したい、海外展開をしたいと言うのか?ー収益性や規模の経済という観点から質問しても納得できる答えが返ってこない。。。

 

このままでは役立つ提案もできないと、もう一度だけお話しを聞かせて下さいとお願いして、相手の方が伝えてくれたのがこんな話しだったそうです。

 

 

「東北は昔から山の幸、海の幸に恵まれてきました。ただ、産業という点では、それを仕入れ、商品化している人たちのほうが成功をおさめている。東北の人は東北出身ということに誇りを持てず、むしろ恥ずかしいと思っている人もいました。

 

そこに震災が起き、若者の東北離れがさらに進むのではないかと心配しました。東北の若者が誇りを持てるものを作りたいのです」

 

それを聞いて、学生たちはようやく「腑に落ちた」と感じます。

 

学生の一人はその時の体験を通じて、「自分たちが習った方法とは相当に違った方法があること、自分が正しいと思っているやり方が必ずしも正しい訳ではないことを学んだ」と語っています。

 

東北の人にとってもHBSとの交流は、自分たちの取り組みを確認する機会にもなります。

 

 

彼らの多くは、津波で自宅を失い、当初は避難所で暮らし、今でも仮設住宅での生活を続けている人たちです。

 

それでも、地域のために何かをしたいと事業を立ち上げ、ただ目の前のことに向き合い、地道にやってきた。

 

すると、その事実が、HBSの学生の進路に影響する位に感銘を与えることを発見し、それらの事業が『小規模ながら個性と想いのつまった事業』と高く評価されることを知るのです。

 

最初は「ハーバード」という名前を聞くだけで遠慮しがちだった人たちが、徐々に自分たちの想いを語りだし、5年間交流を積み重ねるにつれ、東北の人自身が、町のことや自分のやっていることについて、堂々と胸をはって話せるようになっていった、そうです。

 

HBSの教授でこのプログラムを担当する竹内弘高は、

 

「世界金融危機の反省をもとにHBSで導かれた結論が、knowing(知識)からdoing(実践)being(自分であること)への移行」であり、この東北プログラムの目的は、まさにbeingを学ぶこと、特に自分を知ることだと言います。

 

beingは、リーダーシップに関する理論では、生き方や存在を通じて周りに影響を与えること、と訳されます。自分がそうである以外になろうとせず、自分が自分である、といったニュアンスも含まれます。では、beingを通じて影響を与えるとはどういうことなのでしょうか?

 

例えば、相手はあなたのことは何も知らないし、言葉も通じない。あなたは、いったい何をどうやって伝えることができるのでしょうか?

 

私は、まさにそのbeingを、5年間東北を訪れ続けたウィーン・フィルのバイオリン奏者、ダニエル・フロシャウワーに見せてもらう機会がありました。

 

「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」②に続く

周りと違う生き方をしようとする時に知っておくと楽になる《5つの原則》

最近、ある大学4年生の方でもうすぐ卒業なんです、という方にお会いしました。

 

彼女いわく、自分にはやりたいことがあるんだけど、ある社長さんの一言でそれが「ぐらついた」んだそうです。

 

確かに、

周りと違う生き方をしようとする時、

周りとは違う意見や考えを言う時

新しいことを始める時、

そういうことは起こるもの。

 

いわば、自分の「感覚」を信じていられるかどうかが試される瞬間の一つでしょうか。

 

私も日本に帰ってきてから、「また海外に戻らないんですか?」と少なくとも100回以上聞かれ、なんで博士課程やらないんですか?ともよく聞かました。

 

「博士課程、興味ありません」と言ったら、相手が怒り始めたこともありました。(本当の話しです。)

 

最近よく聞かれるのは、「なんで国連を経てカウンセラーになったのですか?」という質問。

 

聞かれたら答えるものの、こっちが言わんとしていることが伝わる場合もあるし、伝わらない場合もあります。

 

はっきり言って、みんなに理解されることはないし、あり得ないと思う。

世の中にはどんなに努力しても理解しあえない人がいる。(たぶんお互いに)

全員に賛同されることもない。

 

もし全員に賛同されたら、逆におそらくかなり気持ち悪いだろうとも思います◕‿◕。

 

 

念のために一言付け加えておくと、私は職業柄として個人的な性格としても、仕事でもお互いが理解するために、実際にたくさんの人に耳を傾けてきたし、理解をするための努力はいとわない方だと思う。

 

 

 

でも、これは悲観的な意味で言っているわけではなくて、人生は有限だから、自分のことを理解してくれる人に理解をしてもらえばいいのだというシンプルな結論に私を導いてくれているのです。

 

 

みんなに理解されたい、ということがいかに労力を要することかも体験しています。

 

 

私の場合、クーリエジャポンという雑誌(媒体)で連載を始めて、この事が自分の中でさらに腑に落ちました。

 

記事を書くにはエネルギーがいる。

 

時間も労力もかけて記事を書くのだから、出来るだけたくさんの人に読んでもらいたいし、もちろん「いい記事だった」と言われたら嬉しい。

 

でも、「万人受けしたい」という考えがふとよぎったりすると、「プッツリ」と見事に筆が止まってしまったり、頭の中で思考がぐるぐるし始めて、文章さえもグルグルし始めるのです。。。

 

 

「ああ、みんなに受けよう、理解されようなんて思ったら記事なんて書けやしない!」と実感をもって体験したのでした。

 

 

とはいえ、特に自分が大切だと思っていることを書いた時には、相手が同じように感じてくれないと「ショック」に感じることはあります。

 

でも、それをパーソナルにとらえないことも同時に学んでいます。

 

そして、だからこそ、理解し合える人や気の合う人、共鳴する人がいたらなおさら嬉しいし、そういう関係があるのは、決して「当たり前」じゃないから、その価値をよりありがたいなと思うようになりました。

 

だから、自分のメンターの先生に改めてありがとうと伝えたり、友人関係でもそう表現することは多くなったように思います。

 

だって本当に「当たり前」ではないから!^^

 

私はもうすぐ卒業だという彼女に言いました。

 

「私も最近も同じような体験があったし、そういうこと (理解されないことや、自分とはまったく違う意見を持つような人と一緒になること)はいつになってもあるよ。」

 

「でも、大学四年生の時と今との違いは何かと言うとね、そんなにぐらつかなくなること。」

 

それは本当にそうなのです。

 

 

似たように感じる人は、以下にご紹介する5つの「原則」をぜひ思い出してください。

 

 

1、誰かが何かを言う時、その人はほとんどの場合相手の事というよりは、大抵自分のことを投影して発言している。

だから「ああ、自分のことを言ってるんだね」と思えばいい。

 

2、自分の価値が評価されるところへ行こう。

ある人やあるグループにその価値を認められなくても、自分のアイデアや作品の価値を評価してくれる人が必ずどこかに存在する。

 

私は最近5人くらいの編集者さんにお会いする機会をいただきましたが、回を重ねていくうちに、自分の意図と強みがより明確になっていって、最後は自分と相手の望む方向性とアングルがマッチする方にお会いすることができました。

 

イエスキリストはこういう言葉を残したと言われています。

 

Go where invited. Stay where welcomed. If you are no longer welcomed, leave the dust behind and leave immediately.

 

招かれているところへ行きなさい。歓迎されたところに留まりなさい。歓迎されなくなったらすぐに去りなさい。

 

だからこそ、自分と共鳴する人や先生、仲間と出会うことの価値もより分かりますね。

 

 

3、自分と違う意見を言われても、それをパーソナルにとらえないこと。

自分と違う意見が存在し、その意見をただそのまま受け入れられることができるのは誰もがどこかの段階で学ぶレッスンのように感じます。

 

 

4、自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になること。

自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になると、他人に認めて欲しい、理解して欲しいという他人に対する欲求が少なくなってきます。

 

 

5、自分だけが自分に関する最終的な権威

究極のところ、誰が何と言おうとも自分の人生を生きるのは自分です。誰かの意見は参考にはできるけど、当然ながら、その結果を生きるのは自分です。

 

自分の内なる声に耳を澄ませ、自分の感覚を信じることを学ぶと人生に対する余裕と自信が生まれてきます。

 

テレビとスマホの電源を切って、自分の中の直感に耳をすます時間をとって、瞑想をしたり、自分の内なる声とのつながりを育む時間を持ちましょう!

 

 

 

コミュニケーションが苦手? 通じない人、理解できない人がいてもいい!

 

最近、シェア会に参加された方で、
自分はコミュニケーションが苦手だと思っている、という方がいました。

 

ただ、私には、その人がコミュニケーションが
苦手なようには見えなかったのです。

 

もう少し話しを聞いてみて気づいたのは、

その方の悩みとは、
自分の言いたいこと・
伝えたいことが
思うように相手に通じない
「もどかしさ」のように感じました。

 

 

私がその方に伝えたのはこんなことでした。

 

たとえ、

自分がどれだけ饒舌なスピーチができたとしても

自分がどれだけ完璧な英語を話したとしても

スマートな社交術を身につけていたとしても

通じない人はいるし

全員に通じなくてもいい。

 

逆説的なようですが、

もっとのびのびと自分に言いたいことを言いたい、

コミュニケーションスキルを上達させたい、

世界の人と通じたいと思えば

 

通じない人もいるという、

ことを受け入れることです。

 

 

もちろん

人間誰でも

理解されたいし

理解したい、

 

でも、

時には

どう頑張っても

 

理解できない人もいるし

好きになれない人もいるし、

同意できない人もいます。

 

 

別にそれでいいのです。

 

もしコミュニケーションが
苦手だと思っていたら
実は「逆」かも知れません。
もしかしたら、
もっと理解し合いたい
という意欲の表れかも知れませんね。

 

*今日のポイント*

通じない人、
理解できない人、
好きになれない人、
同意できない人もいる。

 

別にそれでいい。

 

それを受け入れると、
「理解しないとけない」から解放されて
「理解できたら楽しい」ドアが開く。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

175カ国の人と一緒に働いて学んだ
ガツガツと自己主張しなくても
世界の人と通じる8つのヒントを
お伝えしています。

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

国際機関で働いていた時、
組織の理念には共感するけれども、
我先に自己主張をしたり、
声が強い方がいい、
みたいな風潮に違和感を感じていました。

 

英語をしゃべる=「アメリカ人」になることじゃないし、英語は世界の人と通じるための言語として学ぶのだから、必ずしも「アメリカ人のような感じ」で話さないといけないっていうのもなんだか違和感がある。。。

 

そんな私の実体験などから生まれたヒントが満載です。

次回のシェア会は3月26日(土)16:00~18:00@恵比寿で開催します。

ご興味のある方は、こちらにご登録ください。→ 大仲千華メルマガ登録

最初混乱した学生は、最初から理解していた学生よりもいい成績をとるーネガティブな感情の効果

新しいことに挑戦するのが億劫。

すぐにイライラしちゃう。

面倒なことはいや。。。

どうやら世界的な現象のようです。

 

快適さへの欲望が満たされれば満たされるほど、私たちの経験の幅は狭まり、人生の困難を切り抜ける練習の機会を失っている、という指摘があります。

生活は確かに便利になったものの、何もかも便利になれば、面倒なことはしなくなり、列に並んで順番を待つことも、渋滞でなかなか進めないことにも耐えられない。。。

渋滞で前に進めないイライラや割り込みされた不快さに対する耐性は減っているそうです。

ただネガティブな感情が悪いわけでもなく、人は直感的に感情の効果を知ってるそうです。

例えば、習ったことがすぐに分からなくても、最初の混乱した状態を脱した学生は、最初から理解していた学生よりも、その後のテストで高い成績をとるそうです。

 

「ポジティブ」だけでは私たちは本当の意味でポジティブに感じられないこと、本当に心が落ち着いて感じられる時というのは、ポジティブもネガティブも両方の体験を受け入れている時だとも言われています。

 

当たり前ながら、人生には順調な時もあればそうでない時もあります。

親を失くす、離婚する、期待していた成果が上げられなかった、などなど。。。

そして、誰でも挫折、自信喪失、倦怠感などを体験します。

だとしたら、ポジティブもネガティブも含めた両方を受け入れる能力を身につけて、人生の出来事に効果的に対応することを学ぶ方がよっぽど効果的なのではないか?

だとしたら、本当の意味での適応能力というのは、ネガティブ感情を受け止められる事と、そこからポジティブ感情に移る努力がバランスよくできることなんじゃないか?

自分の人生におけるポジティブとネガティブの両方の感情を受け止められる時、人はその後順調に気分が回復していくそうです。

例えば、流産で子供を亡くしたばかりの夫婦の人たちがこんなことを言っています。

「この2週間はとても辛い気持ちでした。妻は妊娠9週目だったのですが、経過も順調だと言われて夫婦で喜んだのもつかの間、流産してしまったのです。私は失業中で、仕事がなかなかみつかりません。おまけに妻の祖母が余命わずかなので妻のことを思うと悲しくなります。不幸はもうたくさんだという気持ちです。それでも、私はそれなりに自信もあり、幸せも感じています。気持ちは確かに沈んでいますが、妻といい関係になるなど、恵まれている点に感謝しています。」

参考:「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」(ロバート・ビスワス=ディーナートッド・カシュダン 著)

 

人間は感情の生き物。感情はなくならないのだから、上手くおつきあいする方法を習いたいものです。

 

これまで無視したり、否定してきた自分のネガティブな部分も認め、心を開いて受け入れることー

明るい部分と暗い部分、

強さと弱さ、

成功と失敗

闇と光

を受け入れてこそ、

才能も

可能性も

より開いてくるんじゃないか?

 

そんなことが自分の体験としても最近腑に落ちつつあります。

 

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人はネガティブな感情の「効果」を直観的に理解している①:ネガティブ感情のポジティブな効果

うつが珍しくない今の時代、私たちはネガティブな感情とどうお付き合いをすればいいでしょう?

本当の適応能力というのはどういうものでしょう?

 

アメリカ人の3人に一人は自分が「不安障害」なんじゃないかと思っていて、うつと診断される人はアメリカでも日本でも毎年急増中だそうです。アメリカでは路上での暴力、日本ではネットでの暴力が増えているそうです。

 

なんで?

 

いろいろな角度からの説明ができるとは思いますが、

 

「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」(ロバート・ビスワス=ディーナートッド・カシュダン 著)で指摘される「快適中毒」という点になるほど、と思いました。

 

1970年代にはエアコンを必需品と答えた日人は25%だったけれども、1990年代には50%の人が必須と答え、

 

同時に、

 

「生活が便利になればなる程、不都合だと思われる出来事に対してこらえ性がなくなる」とあり、

物質的な快適さが、新しい環境や予期しない困難に耐えうる心理的適応力を損なっている、という指摘です。

 

統計はないけれども、インターネットが必須と答える人は40代以降だったら多分ほぼ100%に近くなると思います。

 

生活は確かに便利になったものの、何もかも便利になれば、面倒なことはしなくなり、列に並んで順番を待つことも、渋滞でなかなか進めないことにも耐えられない。渋滞で前に進めないイライラや割り込みされた不快さに対する耐性は減っているそうです。

 

「快適さへの欲望が満たされれば満たされるほど、私たちの経験の幅は狭まり、人生の困難を切り抜ける練習の機会を失っている」うーん、なるほどです。

 

別の言い方をすると、いろいろなことが避けられるようになり、その中でも、避けられているのは、不安、不確定さ、自信のなさ、退屈などのネガティブな感情だそうです。

 

足首をねんさした人ができるだけその足を使わないようにするのと同じように、友人や恋人に傷つけられたと感じている人は、人付き合いを避けようとする、という訳です。

 

ポジティブ思考は行き過ぎだと、ポジティブ心理学の研究者さえもが指摘していて、「ポジティブ」だけでは私たちは本当の意味でポジティブに感じられないこと、心理的な不快さを避けようとする時にこそそれが苦痛になること、本当に心が落ち着いて感じられる時というのは、ポジティブもネガティブも両方の体験を受け入れている時だと言われています。

例えば、流産で子供を亡くしたばかりの夫婦のケースです。

権力やヒエラルキーが通用しない若者たちー新世代を活かすためにリーダーが知っておくこと ②

権力やヒエラルキーが通用しない若者たちー「ゆとり世代」は全世界的な現象であるのをご存知でしょうか?

 

日本ではゆとり教育やバブル崩壊と「失われた20年」がよく要因として挙げられますが、

 

先進国における少子化、生まれた時から十分にものがある世代、環境や世界の課題に対する危機感、新興国なども含めたデジタル化・グローバル化、FacebookやYoutubeなどで世界中の情報を見ることができる「インスタント情報化」なども世界の若者世代の価値観を共通の方向に導きつつあることがこの数年で明らかになっていきています。

 

ちょうど今彼らの世代の上司を務める世代の人たちが、「今どきの若いものは。。。」と語りたがるのはよく聞くところですが、今月の12月9日、ニューヨークの国連安全保障理事会ではじめて若者に関する決議が採択されるなど、今全世界的な若者の動向が注目され、若者の声を届けようという動きが活発になっています。

 

なぜ平和と安全に関する国連安全保障理事会で若者に関する決議があったのか、については、若者の間で原理主義思想が広がっていることへの世界的な懸念があって、ようやく若者の声を聞こう、という流れになっているからです。

 

日本だけ見ると少子化ですが、全世界的に見ると、2025年までには、全世界の労働人口の75%は若者たちになると言われています。この若者たちは、世界の変化の激しい中、スマホやSNSと共に大人になっている今まで人類が体験したことのない世代でもあるのです。

 

さて、世界100カ国、18-25歳の42,257人の調査より若者の本音を伝えた興味深いレポートがあります。

参考: 2015 Youth Speak Survey Millennials Insight Report

 

ミレニアル世代の力を活かすためにその上の世代やリーダーが知っておくこととは何でしょうか?

 

 

1、ミレニアル世代は複雑性に対する準備ができている

この世代にとってにとって「世界」は生まれた時から「世界は複雑で変化の激しいところ」でした。アジア金融危機、アメリカでの同時多発テロ、その後のテロとの戦い、リーマンショックなどです。だから、複雑性の準備ができているというよりも複雑性しか知らないとも言えます。なので、伝統的な「終身雇用」のは想定はそもそも薄いと言えます。

 

2、ミレニアム世代の忠誠心はより広義の意義に向かう

ミレニアム世代は「自分は世界をよくするために働いているのだ」と感じられることに大きな価値をおきます。それは、自分が自分であることを表現することとほぼ同義語です。個人や組織、社会全体の発展がなければ成功などありえない、と信じています。組織に対する忠誠心を持たせようとするよりも、仕事の先にある目的や意義を明確にすることが求められます。

 

3、ミレニアル世代は自分を成長させてくれる機会に貪欲

ミレニアル世代は、収入や福利厚生よりも自分を成長させてくれる機会を重視します。自分を表現し、成長させる機会として学校卒業5年以内に起業を考えている割合も今までの世代に比べ、断トツに高いのです。

彼らにとっては、10年経たないと責任も持てないし、大きな仕事をやらせてもらえない、というコースはとても長く感じます。プロジェクト志願制など彼らの才能と意欲を活かす方法を取り入れる工夫が求められるでしょう。

旧態依然とした考え方に距離をおくことで、他の世代が考えたこともないような事業機会をミレニアル世代が見出すことができるなど彼らの才能をクリエイティブに活かすことができるかどうか、組織・企業の力量が問われるでしょう。

 

4、権力やヒエラルキーは通用しない

ミレニアル世代は、たとえ権威を持つ相手であっても、賛同できなければ従いません。「やれと言ってるんだからやれ」は通用しません。リーダーは、あなたや組織が、なぜそれに取り組んでいるのかについてミレニアムに理解させる必要があります。リーダーにとってはそれが試練になりえますが、ミレニアルを鼓舞(インスパイアー)できるリーダーとして自らを高める機会に出来るか、リーダーにとっても企業にとっても成長の機会として捉えることが出来るかどうかが問われるでしょう。

 

5、「必要だが退屈な作業」が不得意である。

どんな業界でもどんな仕事でも、専門性と知恵を形成するには、地道な仕事の積み重ねは欠かせません。忍耐力を培うことも含め、ミレニアル世代に接するリーダーは、そうしたことを丁寧に示し、なぜ目の前の仕事に熱心に取り組むことが大切なのかを理解させてあげることが大切です。

前回紹介したように、ミレニアル世代のリーダーに対する期待は、「同じ目的に向かって『パートナー』として共に歩んで欲しい」なので、説教口調ではなく、どうして、それが本人のために役に立つのかを理解させる言葉を持つことが鍵になるでしょう。