周りと違う生き方をしようとする時に知っておくと楽になる《5つの原則》

最近、ある大学4年生の方でもうすぐ卒業なんです、という方にお会いしました。

 

彼女いわく、自分にはやりたいことがあるんだけど、ある社長さんの一言でそれが「ぐらついた」んだそうです。

 

確かに、

周りと違う生き方をしようとする時、

周りとは違う意見や考えを言う時

新しいことを始める時、

そういうことは起こるもの。

 

いわば、自分の「感覚」を信じていられるかどうかが試される瞬間の一つでしょうか。

 

私も日本に帰ってきてから、「また海外に戻らないんですか?」と少なくとも100回以上聞かれ、なんで博士課程やらないんですか?ともよく聞かました。

 

「博士課程、興味ありません」と言ったら、相手が怒り始めたこともありました。(本当の話しです。)

 

最近よく聞かれるのは、「なんで国連を経てカウンセラーになったのですか?」という質問。

 

聞かれたら答えるものの、こっちが言わんとしていることが伝わる場合もあるし、伝わらない場合もあります。

 

はっきり言って、みんなに理解されることはないし、あり得ないと思う。

世の中にはどんなに努力しても理解しあえない人がいる。(たぶんお互いに)

全員に賛同されることもない。

 

もし全員に賛同されたら、逆におそらくかなり気持ち悪いだろうとも思います◕‿◕。

 

 

念のために一言付け加えておくと、私は職業柄として個人的な性格としても、仕事でもお互いが理解するために、実際にたくさんの人に耳を傾けてきたし、理解をするための努力はいとわない方だと思う。

 

 

 

でも、これは悲観的な意味で言っているわけではなくて、人生は有限だから、自分のことを理解してくれる人に理解をしてもらえばいいのだというシンプルな結論に私を導いてくれているのです。

 

 

みんなに理解されたい、ということがいかに労力を要することかも体験しています。

 

 

私の場合、クーリエジャポンという雑誌(媒体)で連載を始めて、この事が自分の中でさらに腑に落ちました。

 

記事を書くにはエネルギーがいる。

 

時間も労力もかけて記事を書くのだから、出来るだけたくさんの人に読んでもらいたいし、もちろん「いい記事だった」と言われたら嬉しい。

 

でも、「万人受けしたい」という考えがふとよぎったりすると、「プッツリ」と見事に筆が止まってしまったり、頭の中で思考がぐるぐるし始めて、文章さえもグルグルし始めるのです。。。

 

 

「ああ、みんなに受けよう、理解されようなんて思ったら記事なんて書けやしない!」と実感をもって体験したのでした。

 

 

とはいえ、特に自分が大切だと思っていることを書いた時には、相手が同じように感じてくれないと「ショック」に感じることはあります。

 

でも、それをパーソナルにとらえないことも同時に学んでいます。

 

そして、だからこそ、理解し合える人や気の合う人、共鳴する人がいたらなおさら嬉しいし、そういう関係があるのは、決して「当たり前」じゃないから、その価値をよりありがたいなと思うようになりました。

 

だから、自分のメンターの先生に改めてありがとうと伝えたり、友人関係でもそう表現することは多くなったように思います。

 

だって本当に「当たり前」ではないから!^^

 

私はもうすぐ卒業だという彼女に言いました。

 

「私も最近も同じような体験があったし、そういうこと (理解されないことや、自分とはまったく違う意見を持つような人と一緒になること)はいつになってもあるよ。」

 

「でも、大学四年生の時と今との違いは何かと言うとね、そんなにぐらつかなくなること。」

 

それは本当にそうなのです。

 

 

似たように感じる人は、以下にご紹介する5つの「原則」をぜひ思い出してください。

 

 

1、誰かが何かを言う時、その人はほとんどの場合相手の事というよりは、大抵自分のことを投影して発言している。

だから「ああ、自分のことを言ってるんだね」と思えばいい。

 

2、自分の価値が評価されるところへ行こう。

ある人やあるグループにその価値を認められなくても、自分のアイデアや作品の価値を評価してくれる人が必ずどこかに存在する。

 

私は最近5人くらいの編集者さんにお会いする機会をいただきましたが、回を重ねていくうちに、自分の意図と強みがより明確になっていって、最後は自分と相手の望む方向性とアングルがマッチする方にお会いすることができました。

 

イエスキリストはこういう言葉を残したと言われています。

 

Go where invited. Stay where welcomed. If you are no longer welcomed, leave the dust behind and leave immediately.

 

招かれているところへ行きなさい。歓迎されたところに留まりなさい。歓迎されなくなったらすぐに去りなさい。

 

だからこそ、自分と共鳴する人や先生、仲間と出会うことの価値もより分かりますね。

 

 

3、自分と違う意見を言われても、それをパーソナルにとらえないこと。

自分と違う意見が存在し、その意見をただそのまま受け入れられることができるのは誰もがどこかの段階で学ぶレッスンのように感じます。

 

 

4、自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になること。

自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になると、他人に認めて欲しい、理解して欲しいという他人に対する欲求が少なくなってきます。

 

 

5、自分だけが自分に関する最終的な権威

究極のところ、誰が何と言おうとも自分の人生を生きるのは自分です。誰かの意見は参考にはできるけど、当然ながら、その結果を生きるのは自分です。

 

自分の内なる声に耳を澄ませ、自分の感覚を信じることを学ぶと人生に対する余裕と自信が生まれてきます。

 

テレビとスマホの電源を切って、自分の中の直感に耳をすます時間をとって、瞑想をしたり、自分の内なる声とのつながりを育む時間を持ちましょう!

 

 

 

ギフテッドの特徴①: ごまかしが嫌いー正直な大人を尊敬する

 

気性が激しい、感情の起伏が激しい、頑固、こだわりが強いなどから、母親にとって育てにくい・理解できないと感じるお子さんのタイプがいます。

その気質の多くの一つが、ごまかしが嫌いということ。

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ギフテッドの姪っ子が2歳半くらいの時、テレビに映っていたメルケル・ドイツ首相とプーチンロシア大統領の会談のワンシーンについて、テレビを指差して「今何しているの?」と聞いてきました。

ウクライナ情勢の複雑なことは話しませんでしたが、

「あのね、『一つの場所についてね、お互いに自分のものだ』って争っているんだよ」、と説明しました。

そんな説明でよかったのかは自信はなかったのですが、

そしたら

 

あっ❗️❗️❗️

 

と閃いたように、「あっ、それ保育園でもあるよ。」と言って、

おもちゃ取り合うしぐさをしてくれました。

 

「その通り!」

「一言しか言わなかったのによく分かってるなあ」と私の方が関心すると同時に、「ああ、この子には適当な事は言えないな。出来るだけ誠実に説明しよう」と思いました。

きっと、似たような体験をお持ちの方も多いと思います。

 

私もギフテッドなので、自分の体験を思い起こしてみても分かりますが、そういう子供たちは、正直な大人を尊敬します。

「正直な」という意味は、なんでも知っているという意味ではなくて、

その子が発する質問に誠実に対応してくれ、

自分なりの意見をその子にシェアしてくれることです。

 

もし聞かれたことが分からないなら「分からない」と言ってもいいし、

 

「その事についてはよく知らないから後で調べてみるね」、

「調べてみるからその時一緒に考えてみようね」、

と言うとたいてい「うん」と言って納得してくれます。

 

他にも、大人同士でも答えるのが難しいテーマについて聞かれることはよくありますが、

「そうね、これはちかちゃんの個人的な意見なんだけどね、こうじゃないかなって思う」などと、出来るだけ答えるようにしています。

 

私のカナダ人の友人に小学校の時から世界のことに興味があって、なんで「ルワンダの虐殺」が起きたのか?と、学校の先生に聞いたら、

「そういう難しいことは大人に任せて、かわい子ちゃんはさあお勉強しましょうね。」と言われて憤慨した人がいます。

その10数年後、彼女は世界各地を周りドキュメンタリーを作成し、20代後半でTEDにも登壇しています。

http://theparadigmshiftproject.org/project/

 

彼女のお母さんは幸いにそういう彼女の質問を自然に受け止めてくれたそうです。

 

子供は彼女・彼らなりにとても真剣に質問をしているので、大人がごまかしたり、適当な答えを続けていたら、その内にその子たちは失望して自分の殻に閉じこもってしまいます。

 

子供たちは大人が忘れてしまった本来なら聞かれて当たり前の質問をわざわざ投げか私たちに思い出せてくれているという「大仕事」を担っているのでしゃないか?なんて思います。

 

⭐️⭐️⭐️このブログについて⭐️⭐️⭐️

私自信が「ギフテッド」という自覚のある今、「理解できない苦しみ」と「理解されない苦しみ」が少しでも埋まったらいいなと思ってこのブログを書いています。ぜひ似たような人たちにご紹介ください。urlのリンクはこちらです。chikaonaka.com

もしあなたの子供がギフテッドまたは内向型だったら?

もしあなたの子供がギフテッドの内向型だったら?

 

ギフテッドの子たちは圧倒的に内向型が多いと言われています。とても感受性が高く繊細なタイプの子もいます。

 

 

crystalchildren
Group of children running together

 

(1) 情報や刺激を処理する時間を与える

多くのギフテッドや内向型は概して知的レベルが高く、繊細で敏感な「センサー」を持っています。ギフテッドの子供たちは私たちが理解するよりも、はるかに多くの情報を受け取り、感じ考えています。その情報量は自分や親が自覚するよりも数十・百倍にもなることもあるでしょう。

 

そのセンサーのお陰で、彼ら・彼女たちは1の情報から10(100)の情報を得たり、創造性をふくらませたり、抽象的な概念を掴んだりするわけですが、同時に、彼らのセンサーはとても敏感なため、それらの情報を感情レベル、意識・無意識レベルで処理しないといけません。

 

このプロセスが途中の時には、説明を求められても言葉にならないことも多く、また多くの説明を求められることが負担になることもあります。はたから見るとこの過程は、「ゆっくり考えている」ように見える訳ですが、「考えている」というよりは、大量の「情報を処理している」という方が適切かも知れません。こうしたことが理解されないと、「怠けている」ように見えるかも知れません。

 

でも、こうした時間がないと、彼らの思考や感情は処理されず満杯のままで、脳がからっぽになったような感じがしてしまいます、そして、創造性として刺激され、表現される機会を失ってしまいます。

 

その処理の最中の時には、すぐには答えがでないかも知れません。その時には、「きっと頭が整理されれば自然に答えがでてくると思うわよ」と、彼らを「混乱」と「恥かしさ」から救ってあげてください。

 

(2) 休息をとってもいい

「休息」をとってもいいよ伝えてあげてください。

 

もしかしたら、子供が突然機嫌が悪くなったり、「ばく発」したり、癇癪をおこす場合、自分が疲れている・エネルギーが枯渇してきたことが分からずにそのように反応をするのかも知れません。

 

学校では、元気な子、活発な子がいいと思われがちですが、繊細で感受性が強い子の中には頭を整理するために一人の時間を必要としたり、エネルギー的に疲れやすい子もいます。だから、少しゆっくりしたり、一人で遊ぶことは「おかしいこと」でも「恥ずかしいこと」でもないと伝えてあげてください。5分も休んだら、また元気に走り回るかも知れないですから。

 

(3) 一人で遊ぶ・「観察する」ことは内気とは違う

内向型の子はまずグループの子たちの行動やグループ全体の反応をみてから、自分も参加する「観察する」タイプの子がいます。

学校の制度は基本的に外向型の基準を元に作られています(先生も外向型が多いそうです)が、すぐに参加しないこと・加わらないこと、一人で遊びたがることは必ずしも「内気」や「シャイ」とイコールではありません。

 

内向型の子に無理やり大勢の前で話しをさせたり、大勢の中に加わるように強制しないでください。どんな遊びや習い事、スポーツをしたいのか、出来るだけ本人に選ばせましょう。(なんでそれをしたいのかなど親が聞き出し、大変な面なども含めてどう取り組めるのか一緒に考える)

 

気の合う友達が数多くはいないかも知れませんが、一人でも二人でもいいので気の合う友達を見つけましょう。年上のお姉さんでもお兄さんでも大人でもいいのです。そういった人たちの存在は彼らの大きな安心感を与えてくれます。