ギフテッドをやる気にさせるものはどういうもの?

「ギフテッド」なタイプをやる気にさせるのは例えばどういうものでしょうか?

 

クリエーティブなこと

インターアクティブ(双方向)で対話があるもの

答えを教えるのではなく考えさせるもの

自分の世界が広がるもの

世界の課題に対して考えたり、発表したり、関われる機会

自分の中の深みに繋がるもの

自分を表現するスキルを身につける機会

などです。

 

 

自分が「ギフテッド」のタイプに当てはまるかも、と思う人は、テストのためにではなくて、ぜひ自分のために勉強して下さい。

 

自分の興味のあることについて調べてください。自分のために調べてください。

TEDを聴くのもいいでしょう。自分の関心テーマを探してください。

 

そして、偉大な人たちの自伝を読んでください。

 

ネルソンマンデラ、ガンディー、マザーテレサ。。。

 

例えば、インドを独立に導いたガンディーはなぜ植民地主義を倒すことができたのでしょうか?

 

時間をかけて探求するに値する興味深いテーマはたくさんあります。

 

そして自分を表現する方法をみつけてください。

 

そういうタイプの人たちの中にある、自分の中の「湧きでるもの」を表現する意欲はとても強いです。

 

短くてもいいので、自分の中の疑問や発見したことを自分の言葉で綴っていく日記をつけるのもいいでしょう。ぜひお気に入りのノートを見つけてください。

 

私自身が「ギフテッド」について調べてブログに投稿し始めたのも、最初はまったく自分自身の関心からでした。自分が自分について知りたかったからです。

 

なんでこうなの?そうして?本当にそうなの?といった疑問をやめないでください。

 

自分の探究心、好奇心を大切にしてください。

 

日本人はいつからロボットのようになってしまったのか?!ー言われたことはできるけどマニュアル外のことができない人の本当の理由

ベジタリアンのカナダ人の友人と一緒に出かけた時のことです。

ベジタリアンなので、食べる場所を選ばなくてはいけません。

 

カフェメニューで、アボガドサーモン丼というものがあったので、そこからサーモンを除いていただいて、アボガドとサラダだけ出していただくことはできますか?

と聞きました。

 

ご飯の上にそれを盛るだけだから、単純にできそうだと思います。

 

こういう時、お店(店員さん)の対応は見事に二極化します。

キッチンも店員さんも、「できません」というケース。

 

なんとか考えてごめんなさいね、というのではなく、マニュアに書かれたことは出来るけど、そこをちょっとでもずれると自分で考えて対応できない、という態度がくっついています。

 

そして、「今あるものでなんとかしたいと思います」と言ってくれるケース。

 

時には、シェフの方がわざわざ出てきて、今あるのはこういうものですが、こちらは大丈夫ですか?と聞いてくれることもありました。とうぜん、こういうお店の印象はアップ。次回も寄りたいなと思います。

 

けっこう前者が多いのでびっくりします。

 

しかも、ロボットのように「できません!」と言う人が(けっこう)いることに驚きます。

 

ランチ時の忙しい時でもないし、スーパー難しいことを頼んでるわけでもないのに、何がどう「できない」のでしょうか???

 

マニュアル的な決められたことはできるけど、自分で対応できない人が増えてる、とは聞いたことがあるけど、まさにこういうことか!と思いました。

 

できない!とパニクったり、いっぱいいっぱいになってしまうのかもしれません。

 

常に携帯でググれば「答え」がでてくることに慣れてしまって、やり方が一から最後まで書いてあるのをなぞることは出来るけど、

 

自分で判断する機会があまりないのかもしれません。

 

こういう場合に求められているのは、

お客さんは何を求めているのか?ちゃんと聞く・理解すること

キッチンに伝えること

または自分がシェフだったらアボガド(または何が出せるのか判断する)を出す

ということです。

 

 

イレギュラーな件にパニクる人たちは、

極点に失敗を恐れているにも感じます。

 

自分で考える=判断する=間違うのが怖い

 

でも、そもそも、「正解」も「間違い」もないのです。

 

そして、「正しくやること」に価値があるという誤解をしています。

 

「完璧」「ちゃんと」やらないといけない、と思ってます。

 

客が求めているのはそんなことじゃないのに。

 

自分に意識が向いている典型的な守りの姿勢です。

 

お客の立場をして感じたことですが、こちらの要望・言っていることをほとんど聞いていない人さえ多いのです。

ベジタリアンだって人間なんだから、ただご飯が食べたいのに、でも困ってるんだよ、というだけなのに。

 

そのことをただ理解してくれて、もし少しでも共感してくれたなら、お店の印象がどれだけアップすることか!

 

ロボット人間じゃなくて、人間が増えてくれることを願います!

受験、就活、芸能人ランキングーなぜ日本人はランキングが好きなのか?

受験、偏差値、就活、企業ランキング、芸能人ランキング、売れ筋ランキング。。。

 

おそらく、日本という社会は世界の中でも最も「ランキング」が好きな社会の一つだと思います。

 

ランキングがあることとは、一つの指標に従って、上か下かを格付けされるということです。

 

上か下があるということは「勝者」と「敗者」がつくられます。

 

競争という土俵にいる限り、勝つ時もあれば負ける時もあります。

 

 

若いときに、相対的な競争で格付けされた経験から、それイコール自分の能力や才能だと思い込んでしまって、自由に考えたり、挑戦するのをやめてしまったんじゃないか、と感じる例を垣間見ることはたくさんあります。

 

 

「勝った」場合もそうですし、「負けた」場合にも当てはまります。

 

私がいかにある一つの価値観の中にいたのかを肌で感じたのは初めてニュージーランドに留学した時のことでした。

 

ある晩、ホストファミリーとの会話の中で、日本の教育制度に話しが及んだ時に、私が「塾に通っていた時には、夜中に塾から帰ったこともあった。」というと、こんな答えが返ってきたのです。

 

「なぜそれが必要なの?」と。

 

とても短い単純な質問ではありましたが、私はその質問自体が「ショック」でした。

 

日本では質問されることもない私が当時「当たり前」だと思っていたことが「当たり前」ではないと初めて思ったからです。

 

この体験が一つのきっかけとなって、わたしは帰国後日本の大学の受験勉強をいっさいやめて、当時日本で唯一全て英語で授業を行っている大学へ入ろうと思いました。

 

この大学はいわゆる偏差値に当てはまらない大学だったのですが、それでとても自由になったような気がしました。

 

国連時代には世間的には「エリート」と分類される人達にたくさん会ってきました。

 

「この人はほんとうにすごいな」という人もいれば、理論は詳しいのに紛争地での課題に対処できない人もいました。

 

先の米国大統領選挙でもなぜトランプに投票?といろんな分析がありましたが、私たちの社会が一つの指標を前提としている限り、つねに勝者も敗者もで続けます。

 

私たちは、ランキングがあることによって、自分の頭で考えて判断しなくても済むし、ある種の「秩序」というか、一見もっともらしい理由が存在するかのように信じて安心したいのかも知れません。

 

ただ、その「指標」が妥当かどうか、あっているかどうかはまったく別の話しです。

 

これまでの学校制度も企業も、高度成長時代を前提としてきました。

 

最近ホリエモンが、「すべての教育は『洗脳』である」という本を出していますが、そこでの前提とは、工場や企業活動をいかに効率よく運営していくかであり学校の教育も独自性やクリエイティビティーを伸ばすものではなく、「従順で効率のよい労働者」を育てるかでした。

 

ただ、このモデルの限界がますますはっきりしてきています。

 

 

では、競争がなかったら私たちは何を目指せばいいのでしょうか?

 

一人一人がその人の潜在能力を最大限に活かすことです。

 

才能、興味、能力ー才能しかり、好奇心しかり、発想力しかり、その人にしかできないことがあるのです。

 

競うべきは昨日の自分です。

 

昨日の自分よりも一ミリでもいいから自分は「成長」したと思えればいいのです。

 

 

ギフテッド=頭のいい子ではない。ギフテッドと頭のいい子の違い

ギフテッドとは単に頭がいい子という訳ではありません。まず、その特徴を理解してあげてください。

 

頭のいい子( being bright)は答えを知りたがる

ギフテッド(gifted)の子は質問したがる。

 

頭のいい子は一生懸命勉強する。

ギフテッドの子はそんなに必死の努力がなくてもいい成績がとれる。

 

頭のいい子は注目する。

ギフテッドの子は全身で集中する。

 

頭のいい子は質問に答える。

ギフテッドの子は「答え」に関して質問する。

 

頭のいい子は簡単に学ぶ。

ギフテッドの子はすでに答えを知っている。

 

頭のいい子は相手を聞く。

ギフテッドの子は強い感情や意見を示す。

 

頭のいい子は教えられた情報を取り入れる。

ギフテッドの子は受け取った情報をさらに広い視点、ユニークな方法で発展させる。

 

頭のいい子は簡潔で明確な答えを求める。

ギフテッドの子は複雑さや深みを追求するのが好き。

 

頭のいい子は最後まで終わらせたいと思う。

ギフテッドの子は結果よりも学んでいる過程が楽しいかどうかが大事。

 

頭のいい子は同級生と一緒にいたがる。

ギフテッドの子は少し上の子や大人と一緒にいたがる。

 

頭のいい子は適度に満足する。

ギフテッドの子は自分に厳しい。(完璧主義)

 

The Journey: A Handbook for Parents of Children Who Are Gifted and Talented (complete guide) p.10

Alberta Associations for Bright Children (AABC) アルバータラーニング・カナダアルバータギフテッド協会共同作成より引用

これって燃え尽き? ①燃え尽き症候群の徴候って?

 

最近、私のところに燃え尽き症候群でカウンセリングに来られる方が増えています。

実際、この数年において、燃えつき症候群(バーンアウト症候群)になる人が増えているようですね。

これから、3回にわたって、燃え尽きの症候群の徴候や対策を一緒に考えていきたいと思います。

 

燃え尽き症候群になることは恥ずべきことでも珍しいことでもありません。そうした状況で役に立つことを自分自身の体験も含めてまとめてみました。

 

 

燃えつき症候群とは?

 

燃え尽き症候群 (Burnout Syndrome)とは、それまで何かに取り組んで来た人が、過度のストレスに晒されることにより、疲労感や無力感に襲われ、あたかも燃え尽きたかのように気力を失してしまう状態のことを言います。

より具体的には、朝起きられない、意欲が湧かない、イライラが募る、集中力できない、対人関係において引きこもりがちになるなどの兆候がみられます。病気に対する抵抗力も低下するなど、うつ病に至ることもあります。

「バーンアウトシンドローム」は精神心理学者のハーバート・フロイデンバーガーによって用いられた造語で、日本語では「燃え尽き症候群」と呼ばれています。燃え尽き症候群という概念が紹介された当初は、対象者は主に医療や教育、福祉関係者などの対人援助職に従事する人とされてきましたが、現在では、スポーツ選手、ビジネスマン、研究者、エンジニアなど、他のさまざまな職種や業種にも見られるとされています。

 

燃えつき症候群の徴候

燃え尽き症候群の特徴は、単なる肉体的な疲労だけでなく、文字通り「気力が枯渇したような消耗感」が伴うことで、「長期間、感情的な負担を必要とされる状況に関わることによって生じた身体的、情緒的、精神的な消耗感」とも表現されています。いわば、エネルギーが枯渇した状態です。

では、日常的にはどのような徴候が見られるでしょうか?

  • 仕事、職場、同僚に対する不満や批判が募る

ささいなことでイライラしたり、批判的になったり、怒りっぽくなる。今までなら、問題なく適応できたようなことに対応できなかったり、仕事、職場、同僚に対する不満を覚えたり、批判的になる。

  • 人間関係が億劫になり、引きこもりがちになる。

こちら側がエネルギーを消耗させている状態であるために、相手のために気を配ったりする余裕がを持てなくなり、人間関係が億劫になってしまい、人とのかかわりを避けるようになり、引きこもりがちになる。

  • 無関心・冷めている

今まで関心のあったことや今までの自分が打ち込んでいた現象に対して、無関心になる。

  • 先延ばしが多くなる

小さな作業が大きな作業のように感じられ、圧倒される(overwhelming)感じがするために、簡単なメールさえ返信ができなくなるなど、先延ばしが多くなる。

  • 集中できない・身が入らない

目の前にやるべき事が沢山あるのは頭で分かっているのに、身体が動かない、仕事に集中できない。ミスが多くなり、仕事の質が下がりがちになる。

  • 「行き詰まり」・停滞感を覚える

自己否定しがちになり、仕事に成果があったとしても、その成果を実感できなくなり、「行き詰まり感」を感じる。

  • ストレス性の身体症状

朝起きられない、寝ても疲労が抜けずに、全身の倦怠感を覚える。仕事に行きたくないと感じる。頭痛、肩こり、食欲不振、潰瘍などのストレス性胃腸障害がある。体重が減ったり、寝つきが悪い、眠りが浅いなど、睡眠障害等の症状が出ることもあります。

 

バーンアウトを起こしやすい要因としては、以下の点が挙げられます。

燃えつき症候群を引き起こしやすい要因(続く)

 

これって燃え尽き?③ 燃え尽き症候群の間違った対処法 vs. より効果的な対処法

 

そのような状況が続いてくると、今の仕事は私にとってあまり意味がないのではないか?

報われないんじゃないかと感じ、今まで自分を支えていた仕事への情熱や自信、職業的な誇りが失われていくように感じます。

 

より根源的なレベルにおいては、燃え尽き症候群の要因は「意味の喪失」です。

 

人間とは「意味」を求める生き物であり、私たちは、日常で体験することになんらかの意味をみつけることで、日々の生活の中に秩序や安定を感じることができると思うからです。

例えば、人がストレスの大きい環境や仕事に置かれたとしても、耐えようと思うことができるのは、自分が置かれている状況になんらかの意義があると思える時です。

 

そうした「意義」には、一緒に働く同僚の人たちとの関係を築いたり、自分が関わっている仕事やコミュニティーの成果を実際に目にしたり、感じたり、価値を共有する仲間がいること、そうした人たちとのつながりを持つこと、そうした人たちのコミュニティーに属することも含まれることでしょう。

 

そうした意味において、自分が体験する状況にもはや意義を見出せなくなる時、私たちは文字通り目的や活力を失ってしまうのです。

 

燃え尽き症候群の間違った対処法 vs. より効果的な方向性

 

まず燃え尽き症候群になり始めた人は「まさか自分が」と自分がそのような状態であることを「否定」しがちです。

アルコールやなんらかの中毒的な習慣に陥ることも一時的には気を紛らわすことに役に立つように見えますが、根本的な解決にはなりません。

燃え尽き症候群になることは恥ずべきことでも珍しいことでもありません。そうした状況で役に立つことは、自分が体験している徴候に対してまず自覚を持ち、自分の時間をとり、セルフケアを優先させること、他者との健全な境界線を持つことを学ぶこと、自分がもうどうすることも出来ないと感じた出来事や体験を整理することです。

 

また、このように感じているのは一人じゃないんだ、こんな風に感じてもいいんだ、こんな経験をしてもおかしくないんだ、と感じたり、体験できるような機会や安全な場があることは、バーンアウトの予防や回復に役に立ちます。

 

自分はバーンアウトではないかと思ったら

 

今すぐに出来ること

 

  • 週に最低1日はメールやパソコンに向かわない日を設ける
  • パソコンの画面を見ながらランチを取らない(食事を味わい、休憩をとる)
  • 深夜や早朝などの時間外の業務に関して、「ノー」と言う。
  • 身体を動かす時間をつくる。(エクササイズは身体の緊張を解放します)
  • 紙に自分の体験や感じていることをなぐり書く(燃え尽きの無感覚の下には怒りがあることが多いので、怒りを解放させましょう)
  • 1日を振り返るための日記をつける(1日5分でもいいので、1日の最後に心を落ち着ける時間を持つ)
  • 自分の感情に意識を向けること。
  • 瞑想やマインドフルネスの練習など心を落ち着かせる時間を持つ。
  • 仕事とは関係ない人とおしゃべりをする。
  • セルフケアを優先すること。

 

バーンアウトから回復するために役に立つこと

  • 休むこと、自分のために使う時間を優先的に確保すること
  • 自分にバーンアウト症候群の兆候があることを受け入れること
  • 自分がいなくてもなんとかなることを受け入れること
  • 仕事と全く関係ない時間を持つこと
  • 自分に対する自己評価とプロジェクトの成果を区別すること
  • 自分が信用できると思う人に聴いてもらうこと
  • 自分の体験を吐き出し、感情的な整理をすること
  • 必要であればカウンセラーのサポートを求めること
  • 援助する側と援助される側との関係性において健全な境界線(boundary)を持つことを学ぶこと
  • 自分が出来なかったことではなく、出来たことに目を向けること
  • 人生の領域においてバランスを持つことに意識を向けること

 

 

完璧主義は向上心ではないー無気力とうつを招く守りの姿勢

完璧主義とは高みに向かって努力することではありません。健全な目標や成長への努力とも違います。むしろ守りの姿勢なのです。

 

なぜなら、完璧なように見えれば、非難や批判、恥による痛みを最小限に抑え、あるいは回避できるという思い込みであるからです。

それは、いわば、20トンの盾を引きずりながら歩いているようなものです。身を守っているつもりでも、実は真の自分の姿を見られないように防いでいるのです。

 

完璧主義とは、向上心のことでもありません。完璧主義の本質は賞賛の追求です。完璧主義者の傾向が強い人には、子供の頃から学校の成績やスポーツの成績がよく、または行儀がいいだとか、いい子だと褒められて育った子が多いのです。

その過程のどこかで、この身をすり減らす危険な信念体系を身につけ、自分の存在価値とは、何をどれだけ上手く成し遂げたかで決まる、と思っています。

それは、「人を喜ばせよ、有能であれ、完璧であれ。」とあなたを煽ります。健全な努力は、「どうすれば自分が成長できるか」と自分に目を向けることですが、完璧主義は「人からどう思われるか」と、他人に目を向けます。

 

つまり、完璧主義とは、成功の秘訣どころか成功の妨げになるのです。完璧主義は抑うつ、不安、中毒・依存、人生の無気力、チャンスを逃すこととも関係があります。

失敗や間違いをおかすことの怖れ、人の期待に応えらえないのではないかという不安、または、批判を受けることへの怖れにとりつかれると、健全な競争や真剣な努力が行われている競技場からも足が遠のいてしまいます。

 

そもそも、どんなに時間とエネルギーを注いでも、他人がどう見るかをコントロールすることなどできません。

 

完璧主義は恥や批判に敏感にさせるので、ますます恥や自己嫌悪に陥りやすくなるという悪循環を招きます。

ちょっとした批判や失敗に対しも、「私のせいだ。こう感じるのは、私に足りないところがあるからだ。」と、自分が成し遂げたことよりも、自分が完璧でなかったせいだと思い、出来なかったことに目を向け、完璧主義の論理に疑問を抱くことなくいっそう完璧主義を追求し、深みにはまっていきます。

 

そもそも完璧というものは存在しないし、絶対に手の届かない目標だからです。

完璧主義は、内なるモーチベーションよりも、他人からどう見られるかを問題にしています。

 

完璧主義にもさまざまなレベルがあり、誰でもある程度こういった傾向を持っています。ただ、完璧主義が強迫観念になっていて、身をすり減らす人もいます。

 

何千人もの人にインタビューをしたデータによると、喜びや成功を自分の完璧さのおかげだと言う人はまったく見当たりません。

むしろ、人生でもっとも価値ある大切なものを得たのは、勇気を出して弱みをさらし、完璧さを追求するのをやめ、自分を慈しむようになった時だ、と言います。

 

完璧主義から解放されるには、「人からどう見られるか」から「私はこれでよい」への旅が必要です。

この旅は自己に共感を持つこと、自分のすべてを認めることから始まります。そして、人生の不完全さの中に美を見つけること(不完全さの中の完全さ)を学ぶ必要があります。

 

ブレネー・ブラウン「本当の勇気は弱さを認めること」2013年、より

 

ブレネーブラウンのTEDでのスピーチは全TEDのスピーチ中で視聴回数ベスト4にランクインされています(日本語字幕あり)。

2016年2月19日現在、2300万(23,659,379)回視聴されています。ぜひご覧ください。