前提を変えるだけでもいつでも幸せになれる

私たちはいつも「でも」「でも」「でも」と付け加えることで警戒しているようです。

例えば、こんなやり取りです。

 

「この新緑の季節って眩くっていいよね。」

「でも、すぐに梅雨になるよ。」

 

 

「あれ上手くいってよかったね。」

「でも次はわからないよ。」

 

 

まるで、「いいことはずっとは続かない」とばかりに、でも、でもが続きます。

 

まるで、「でも」と加えることで、傷つくことを先回りして回避できると思っているようです。

 

確かに、人生は上手くいくときもあるし、上手くいかない時もあれば、自分にとっていいことばかりでもないしょう。

 

でも、だからとってせっかくいいことが起きているときにわざわざ水を差すことは役に立ってるでしょうか?

 

ただ単純にもっとその瞬間をただ味ってもいいと思うのです。

 

しかも、「でも」と言うことで本当に傷つくことを避けられるのでしょうか?

 

そもそも前提がおかしいんじゃないか、と考えてみるとどうでしょうか?

 

例えば、

 

上手くいかないことは「悪いことだ」という前提。

自分の思うようにならないことは「悪い状態」という前提。

いつも上手くいくべきだ、という前提。

常に自分は完璧であるべきだ、という前提、です。

 

 

人生には波があります。

波のてっぺんにいる時を人は成功と呼びます。

波の下がっている時にいる時のことを、人は挫折と呼びます。

 

でも、波は常に動いていて次の波が来ます。

 

下がったと思っても、方向が上向いていればいいのです。

次の波がまた先に連れていってくれるからです。

 

私はメンターの先生にこう言われたことがあります。

 

「波のてっぺんにいる時も波の底にいる時も違いはないのよ。

ただ、目の前に学ぶことがあるだけ」、と。

 

多くの人は(私も含めて)波の底にいる時にこそ謙虚に学ぼうとします。

 

なぜなら、なんでも物事が上手くいっている時に人は他の人に耳を傾けないからです。

 

自分の思ったようにならないからこそ、自分の望むようにするにはどうしたらいいか?と考えるようになるからです。

 

 

まずは、「でも」をやめることから始めたいと思います。

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「大変で楽しくない」と感じている人と「大変さも楽しさもある」と感じている人の違いはなあに?ーアスリートの練習日誌を調査したら

米国内で「天才賞」とも称されるマッカーサー賞を受賞したペンシルベニア大学で心理学教授、アンジェラ・ダックワースは、著書「やり抜く力ー人生のあらゆる成功を決める『究極の能力』を身につける」の中で、人が成功して偉業を達成するには、「才能」よりも「やり抜く力」(GRIT)が重要である、と言います。

 

「やり抜く力」は「情熱」と「粘り強さ」という要素でできていて、自分にとって最も重要と定めた目標に対して不変の興味を抱きながら粘り強く取り組む「情熱」と、困難や挫折に負けずに努力を続ける「粘り強さ」がそろっていれば、誰もが目標を成し遂げられるとダックワースは言います。

 

ダックワースは、オリンピック選手から音楽家からチェスのプレーヤーまで、一流選手がどうやって練習を続けられるのかを研究し、どうしたら練習を続けられるのかを調査しました。

 

アスリートの練習日誌を検証したり、聞き取り調査をする中である点に気づきます。

 

練習は「大変」で「楽しくない」という意見も多かった一方で、「楽しさ」も「大変さ」も両方強く感じていた人たちがいました。

 

金メダリストのローディ・ゲインズ選手は、オリンピックで金メダルを勝ち取るために自分がどれだけの猛練習を積み上げてきたかー8年間で練習のために少なくとも、32189キロ(フルマラソン766周分)を泳いだと話しました。

 

「朝の4時に起きる練習はいつも楽しいわけではありません。」ゲインズは言います。

 

ゲインズ選手のこのコメントは一流の結果を残す人たちの練習量とそれに対する正直な気持ちを代弁しているのでしょう。

 

同時にダックワースが注目したのは、多くの選手から寄せられた次のコメントでした。

 

「ただ、何も考えずにただ練習をこなすだけで進歩のない『マインドレス(目的のない)な練習』は苦痛だと思います。」

 

では、「大変で楽しくない」と感じている人と「大変さも楽しさもある」と感じている人の違いは何だろう?とダッグワースはさらに調査を続けていきました。

 

そして、練習をする時に、明確な「意図」を持って練習に臨んでいるかどうかにに注目しました。

 

その調査の結果、「やり抜く力」の強い人は、他の人よりも単に練習量が多いだけでなく、練習を「意図的」にやっている、と指摘します。

 

そして「意図を持つ」ことが「結果を生むこと」と「続けられること」の相乗効果を生むと言います。

 

練習に明確な意図をもってのぞむにつれて、次第に結果が出るようになります。努力の結果が出た時の高揚感がくせになります。結果がでると、努力が報われることを実感でき、より主体的にかかわる意欲が湧きます。やる気がでるので、努力は続けやすくなります。

 

私自身も意図をはっきりさせることを始めてから、資料の作成やプレゼン、または同僚や上司とのコミュニケーションまで、「結果」が分かりやすく出た体験を持っています。

 

私たちのほとんどはアスリートではありませんが、私たちが仕事に費やす時間を仮に「練習」としてとらえるとしたら、その時間をどんな「意図」をもって過ごすかはとても重要になるでしょう。

 

朝起きた時の最初の10分のモードがその1日の体験を決定する

今朝、朝起きた時の自分の気分を覚えてますか?

 

マインドフルネスに関する研究では、特に意識をしない限り、朝起きた時の最初の10分のモードがその1日の体験を決定する、ということが明らかになっています。

 

朝、自分のために早起きすると気持ちがいい、というのは、物理的に時間を持てるということもそうですが、自分の意思で意識的に早起きをすることによって、余裕や落ち着きを感じられ、しかも自分で人生に向き合っているという「前向き」な気持ちがつくられること、そして、その後の1日もさらに相乗効果のようにスムーズに進む、という面も大きいのではないかと思います。

 

逆に、今日は1日何をやったのか分からないまま終わってしまったと感じる時ほど、その日の意図が明確ではなかったなと私自身気づきます。

 

時間管理や手帳術では、よく最優先事項を先に決めなさい、と言われます。それが決まられていないと、重要でないことに時間を奪われる、のはいとも簡単だからです。

 

「エネルギーは意図に従う」、という表現があります。

 

細かいことを全て計画することはできませんし、全てが計画通りに進むとは限りませんが、「意図」を持って臨むかどうかで大きな違いが出ることは何度も体験しています。

 

意図の力は、打ち合わせや会議に参加する時、特に、日常での人間関係で非常に重要となります。

 

先にお伝えしたように、人間の脳は無意識のうちに他者を分類し、大抵の場合、いったん決められた先入観やステレオタイプ的な見方に従って相手のことを見ているとお伝えしました。

 

これによって、私たちはあまりにも無意識のうちに上司や同僚との関係において、いつもの反応やパターンを自動的に繰り返しているからです。

 

自分の思考と「反応」と実際の行動に意識がない限り、私たちの脳は、「この人は自分の敵か味方か」というレベルにおいて「闘争・逃避反応」(fight or flight)を繰り返しています。

 

こうしたパターンを変えたいと思ったら、その会議や打ち合わせに自分が臨む「意図」、相手との関係における「意図」を先に決めておくことです。

 

例えば、

チーム全体に貢献すること、

相手に与えること

相手のことを本当に理解すること

相手との関係を深めること

チーム全体を勝たせる、

 

といった意図を持つことができます。

 

 

そうした意図とは逆に力にならない欲求があります。

 

自分だけ勝ちたい

かっこいいことを言わなきゃいけない

優秀そうなことを言わなきゃいけない

目立ちたい

賞賛されたい

などです。

 

これらは、守りの姿勢です。

失敗すること、恥をかいて傷つくのを怖れている状態です。

エネルギーが「内」に向いている状態です。

 

 

もちろん、人間ですから誰しもそういう不安や思いはあります。ただ、先にお伝えしたように、その次元にいる限り本当の力は持てません。

 

それを超えた「意図」を持つ時に、本当の力を体験することができます。

 

意図を持つことは、それをどのようにするのか分からなくても、自分のエネルギーを外に向けること、自分が望むことの意思表示をすることになるのです。

「新年の抱負」が嫌いだった私が自分でもびっくりする位のエネルギーで一気に断捨離したくなった時 ー Before & After

私は「新年の抱負」が嫌いでした。

 

ついこの前までクリスマスソングが流れていたと思ったら、世の中が突然お正月モードになって、年が明けると、今度は突然全国一斉に「新年だから抱負くらい持っておくべき」的なムードになり、

 

実際に、目標を書いてみるものの、どこか気持ちがこもっていないというか、そんな自分にどこか「嘘っぽい」感じがしていたからです。

 

ちなみに、私は、本田健さんの言うところの、典型的な「展開型」で「目標型」ではありません。

(もう少しバランスがあってもいいいと思っていますが)

 

しかも、新年の抱負や目標と言うと、自分を律して一生懸命に取り組まなければならないようなイメージだったので、これまた続かず。。。

 

そんな続かない自分が嫌になるし、ただでさえ得体の知れない「プレッシャー」を抱えているのに、更にプレッシャーが「増量」されるようで(笑)、ぜんぜん楽しくなかったのです。

 

しかも、長い間、自分を限界まで「プッシュ」することしか知らなかった私は、

(自分にムチを打つイメージです😅)

 

「燃え尽き症候群」になり、まったく身体が動かなくなるという体験さえ持っています。

 

 

燃え尽きた後は、なおさら、そういうやり方に私の身体はまったく動いてくれなくなってしまいました。(身体はほんとうに正直です〜)

 

 

そんな、私ですが、ある時、突然「スイッチ」が入ったかのように、自分でもびっくりする位のエネルギーで一気に台所や引き出しを整理したくなって、一気に片付けをした事があります。

 

ちょうど一昨年の年末には、いつか本を書く気がしていてどうしても捨てられなかった紛争解決やら国連関係の本やら資料を何箱も捨てる「大断捨離」をしました。

 

この時も、どうしても年内にそれをやらなくては気持ち悪いくらいの「大きな衝動」を感じていました。

 

「内なる世界」が整理されると、「外なる世界」とのギャップが気持ち悪くなって、「外なる世界」を整理したくなるそうです。

 

その時の体験で、私が一番びっくりしたのは、そういう状態になると、身体が自然と動くということです。

 

なんとか納得させようとしてもどうしても動かなかった身体が、片付けをしたくてたまらなくなったのです(本当です)。

 

途中で止めようとしたら逆に怒られそうなくらいに(笑)

 

ちなみに、大量の本と資料を捨てたらどうなったかと言うと、自分の連載を持つようになりました。

(「外」の資料に頼らないで、自分の「内」に聞きなさい、という訳だったのですね)

 

 

ちょうど年末にあるクライアントさんからはこんな報告をいただきました。

 

「先日のカウンセリングは本当に気づきが大きくて、あれから頭がフル回転で働いています。

 

これまで外の世界に対して行っていた分析を自分の内に向け始めたというか、自分の思考の原点を探っている感じです。

 

とにかく断捨離したくなって、自分でも驚くほどにものすごいエネルギーで家の中の物を処分していっています」、と。

 

もしかしたら、私の大断捨離体験のエネルギーが少しは伝わったかも知れません。

 

私の先生は言います。

 

「抵抗は抵抗を生みます。もしなんらかの状況を変えたいのだとしたら、無理やりなんとかしようとするのではなく、その状況を一旦受け止めましょう。何が本当の問題なのか、その状況をいったん整理しましょう」と。

 

そして、

 

「私たちが『ハート』から何かを望んだ時、それを『苦労」して『達成』する必要はありません。」

 

 

「『Happy Heart』から何かを望む時、私たちはそれを、ハートの知恵やサポートと共に、楽に簡単に望むことを実現することができるのです」、と。

 

 

happy-heart

 

2017年をどんな年にしたいですか?

 

もしかしたら、年末からずっと忙しくて、頭や心を整理する間もないままにあっという間に新年を迎えられた方もいらっしゃるかも知れません。

 

月暦のカレンダーによると、2017年の干支のエネルギーが本格的に始まるのは2月の中旬頃のようです。

 

頭と心の整理をする時間はまだありますね。

 

ぜひ、一年の始まりのこの月に、自分のために頭と心を落ち着かせて、2017年をどんな年にしたいのかについて整理する時間を持ってくださいね〜。😊

 

 

旧暦新年の「四日目」に「⭐️2017年を恩恵の年にするための新年の瞑想会⭐️」を開催します❗️

 

中国では、新年の4日目に火の神様を祭ると言われ、私たちの意図や意識を新しい年に合わせていくのに最適な日です。

 

この「新年の瞑想会」では、頭と心をゆっくりと整理していきます。

不安や役に立たないくせを解放することができます。

頭と心が整理されると、自然に新しいスペースが生まれます。

 

 

2017年をどんな年にしたいですか?  一緒に頭と心を整理する時間を持ちませんか?

 

 

詳細はこちら⇨ goo.gl/a3zceL

 

 

🙆 特別リトリート「The Year to Shine! 」(輝く年!)@湯河原

おかげさまで、「満員」になりました❗️

海外から参加される方、通いで通われる方、近くに自分で宿をとられて通われる方もいらっしゃいます。通いでもいいので参加したいという方、どうぞご連絡ください⇨ goo.gl/bRvFRa

 

お金があっても水を手に入れることが出来ない?! 何事にも「両面」があるの法則

 

クーリエジャポン(講談社)で連載「答えを求めない勇気」を始め、第一回目の記事をご覧くださった方から感想をいただく中で、改めて思い出したことがありました。

 

記事はこちら⇨ Vol.1 紛争後の南スーダンで兵士たちから学んだ「答えのない状況に耐える力

 

一回目の記事の当時、私は自分のキャリアの中でも大きなチャレンジに置かれていました。

 

それは、プロジェクトマネージメントでも戦略立案でもなく、私はお金があっても水が手に入らないかも知れない環境におかれていたからです。

 

でも、人間って強い生き物。

そして、コミュニケーションのチャレンジは人を成長させてくれるようなのです。

 

 

私は、2007年2月、当時の国連の平和支援の最前線であった南スーダンに赴任しました。

(国連は基本的には自動昇進も自動更新もない自己志願制の組織です。)

 

ニューヨークから一旦、日本へ戻り、少し東京の実家で休んでから、(南)スーダンへ赴任しました。

成田空港から、香港とドバイを経由して、1日半かけてスーダンの首都のハルツームに到着。そして1週間くらいブリーフィングを受けてから、今度は国連機で南スーダンへ移動しました。

 

私にとって初めての南スーダン。

 

出張ではリベリアとシエラレオネには行ったことはあったものの、赴任になると気持ちがまったく違います。

チャレンジは覚悟していたものの、こればかりは実際に行ってみないと分からない。

 

まず暑い。。。

外は45度の灼熱。

 

一旦事務所を出ると電気がないから(発電機で発電するから)、ちょっと外に出るだけで体力は消耗するし、寝るのも一苦労。

お湯のシャワーはないし(後で改善されました)、携帯電話もほとんど通じない (当時)。

 

おまけに、時々、南北国境付近の妨害や雨季やらで物資の輸送が途絶えると、水が手に入らなくなる。。。(本当の話し)

 

「内陸国」という意味を実感しました。

 

ではオフィスではどうだったかと言うと。。。

 

さて、

アフリカ人の同僚たちには「正論」も「本部の理論」もまったく通用しない。

しかも、時々皮肉っぽく「ニューヨーク本部の人」とか言われる。(≧∇≦)

ああ、しかも、士気が低い。。。

 

ああ、どうしてここまで???

 

ニューヨークの本部にいることもできたのに、もしかしたら私はすご~くバカな選択をしたのかも知れない。。。

さすがの私にも、正直そんな考えが何度か頭をよぎりました。。。

 

ただ、もう南スーダンに来てしまったし、思ったより大変なので来週ニューヨークに戻ります、と言う訳にもいかない。

 

なにより、まず、自分が生き延びなければならない!

 

だって、お金があったとしても、私は水を手に入れることが出来ないかも知れないのだから。

 

人間の本能でしょうか。

 

私はオフィスの人達に笑顔で挨拶することを始めました。

 

まだ紛争が終わったばかりの土地です。

国連だってまだ信用を得ている訳ではありません。

 

土地柄、挨拶を交わすことは、文字通り、「私はあなたの敵ではありません。私はあなたを尊重しています。」ということをはっきりと示す意思表示でもありました。

 

この時ほど、意識してオフィスで会う人たちに声をかけていた時期はなかったと思います。

 

どこの社会もそうであるように、アフリカは特に人ベースの社会です。

 

携帯もメールも通じないからなお更。

「正論」も「本部の理論」も通じやしない。

頼れるのはまさに人。

 

こうして、私は文字通り「必要に迫られて」、オフィスにいる同僚たちと毎日挨拶を交わしながら、この人はどうしたら動いてくれるんだろうか~ということを試行錯誤していく事になったのです。

 

その流れの中で、傾聴の力を学び、相手の価値観や相手が本当に必要としていることに意識を向けることがあり、その中で、スーダン人民解放軍との関係づくりがあり、クーリエジャポンの記事で紹介させてもらったような「仲裁」的な仕事がありました。

 

なにより、その時に共に支え合ったオーストラリア人の友人との思い出話しは尽きません。パキスタン軍の人たちも、私と友人達をとても可愛がってくれて、よく本場の美味しいカレーを食べさせてくれました😊

 

こう書いてみると、けっして楽だとは言えない環境だったけれども、当時の状況が体験させてくれ、学ばせてくれた事は沢山あったものだと改めて気づきます〜。

 

何事にも物事には「両面」あるのですね。

 

大変だけど喜びをもたらしてくれるのも人。

成長させてくれるのも人なんですね。

 

 

日本にいると、よくも悪くも便利な分、コミュニケーションにはより意識的な努力が要るようにも感じる時もあるけれども、グッドニュースは、人間って底力と繋がれば何でもできるし、コミュニケーションという分野は、投資をするだけの価値が十分にあるということでしょうか。

 

私自身、そんな事を改めて思い出させてもらいました。

 

感想をお寄せくださったみなさま、ありがとうございました!

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

こんなことを書いて欲しい、こんなことについて聞きたい!という方はinfo@peaceblossom.netまでぜひメールをください。

 

⭐️お待ちしています~⭐️

人生とキャリアには、どんな分野であれ何かしらの「法則」がある

上手く行っている時は自分の努力と実力だと思う。

上手く行かなくなって始めて、そうじゃないかもと思う。

 

人生とキャリアには、それがどんな分野であれ、職種であれ、なにかしらの「法則」があると聞いたら驚きますか?

私の経歴を見ると、もしかしたら計画通りに着々とキャリアを積見上げていった人のように見えるかも知れません。

国連は基本的には自動昇進も終身雇用制もない、毎回面接を経る自己志願制、契約制の組織です。

正式な「試験」の倍率は一万倍近く。それには三度も落ちた私ですが、諦めの悪かった私は、いろいろな方法を探り続け、機会が拓けました。

 

結果的に、点と点が繋がって線にようになったように見える私のキャリアですが、その展開が最初から分かっていたかと言うと、もちろんそんなことはありません。

むしろ、一つの関門を超えると次の関門が現れ、ともかく目の前のことを一生懸命にやっていたら、奇跡的に道が拓けていったという表現の方が実情に近いかも知れません。

周りからは活躍しているように見えても、本人の中では、長い長いトンネルに入ったかのような気がしていた時もありました。

 

ただ、今となっては、そんな全ての体験の中に、ある「秩序」があったのはないかと思えるのです。

 

私がそんなことに思うようになったのは、南スーダンから帰国し、燃え尽き、その後、うつになり、起きれない、何もやる気がおきない、働けなかった時期のことです。

 

今までのやり方がまったく通用しなくなったのです。

 

人間、上手く行っている時は自分の努力と実力だと思います。

ただ、上手く行かなくなって始めて、そうじゃないかもと思い始めます。

 

 

そして、セラピーや心理学、自己成長や自己変容と呼ばれる分野、「自然の法則(Law of Nature)」や「宇宙の法則」と呼ばれるものから、仏教の教えなどにも触れていきました。

 

表現は違っていても、人生にはなんらかの普遍的な「法則」があるらしい、ということを学び始めていました。

 

なぜなら、私のキャリアで体験したことをみなさんにお伝えようとすればする程、自分の努力と実力を超えた領域というものが存在することに気づいていたからです。

 

 

 

別の言い方をすると、その法則に従うと、一万倍近くの倍率を努力で「勝ち取る」以外の方法が拓ける可能性もあるということです。

 

人生では自分の予想を超えた大きな課題に直面することもあります。

もし、それらの課題になんらかの「法則」があるのだとしたら、それを知ることで、その課題へのなんらかもヒントが見つかるかも知れません。

 

そんなヒントの一助になりましたら幸いです。

 

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キャリアと人生の法則【①】「もう信じらんない」時に何を学ぶのか

キャリアと人生の法則【①】受容と学びの法則

 

ある女性のお話しです。

彼女は、国連の平和支援の一環で独立前の東ティモールに赴任しました。

彼女にとって初めての国連での仕事。

 

オーストラリアのダーウィンと東ティモールの首都のディリでブリーフィングを受け、同僚と一緒に車で山の中を4時間ほど登りました。

 

これから一緒に仕事をする人たちはどんな人たちだろう?

これから住むところはどんなところだろう?

 

もうドキドキです。

同僚のメンバーはオーストラリア人、パキスタン人、イギリス人、カメルーン人、チリ人と日本人の彼女でした。

 

そこで一番年配だったパキスタン人の男性がグループリーダーという役を担うことになりました。

 

初めての国連。

はじめてのミーティングってどんなんだろう。

ドキドキ。

 

ただ、そのミーティングで、パキスタン人のチームリーダーの口から聞いた言葉に彼女は驚くことになります。

 

「これからやらなければならない仕事は山ほどあるが女には無理だな。」

 

えっ???

今、この人、みんなの目の前で「女には無理だ」って言った?!

 

彼女は、隣にいたオーストラリア人の女性の同僚の方を見ました。

国連という組織のことも、仕事内容も、東ティモールという国の事情についても分からなかった彼女は、聞き間違いじゃないかと思って(願って)、その時は黙っていました。

 

しかし、そうした彼の言動は更に続きます。男性のチームメンバーには挨拶をするのに女性の同僚には、一言も挨拶はなく、召使いに接するような「命令」口調で私たちに指示をだしてくるのです。

 

女性は医師や教師以外は補助的な業務にしかつかず、一般的に男性が先に食事をし、女性は台所で食事をするというパキスタンでは、彼は今までの人生の中で女性とはほとんど働いたことがなかったのかも知れません。

国連って女性の権利とか平等を謳ってる機関じゃないわけ?!

 

彼女はそれから、「こういう場合はいったい相手に何と言って、どうやって対処して、どうやってこの問題を正式に提示したらいいんだろう」と悩みます。

 

そんな日々を終えて戻る部屋はかろうじて屋根があって、ほのかに灯がともされるろうそくがあるだけ。

 

ニュースで聞く「国連」と現場での「国連」のギャップに大きなパンチをお見舞いされたような気分でした。

 

国連なんて理想的な職場にいたのだから「ブラック」な問題もないだろう、と、もしかしたら思う人がいるかも知れませんが、どんなことにも物事には両面があるものです。「理念」が大きい分、組織としての課題(影の部分)も大きいものです。

 

彼女はその事実にしばらくショックを受けていましたが、しばらくたって、彼女は他の同僚たちに協力を求め、仕事ができるように助けてもらい、丁寧に地元の人たちに向き合い、信頼を勝ち得ていきます。

 

そして、たくさんの失敗を重ねましたが、彼女はこの経験を通じて沢山の大切なことを学びました。

 

特に、

◎ 必要であれば「ノー」と言うことを含め、自己主張をすべき時を知ること

◎ 同僚たちに助けを求めること

◎ 事実(facts)と人(person)を分けること

 

です。

 

それから数年たって、彼女はこの時に学んだことが、その後、彼女が国連という組織でキャリアを積んでいくためにとても役立っていたという事実に気づくのです。

 

運を下げる人は、そうした状況を受けれられず「こんなこと信じられない」と文句を言います。

 

運を上げる人は、そこで留まらず、与えられた状況を一旦受け止め、その状況は何かを学ぶ機会をくれているのだと捉えます。

 

⭐️キャリアと人生の法則【①】受容と学びの法則⭐️

 

⬇️ 運を下げる人は、そうした状況を受けれられず「こんなこと信じられない」と文句を言います。

 

⬆️ 運を上げる人は、そこで留まらず、その状況を一旦受け止め、その状況は何かを学ぶ機会だと捉えます。学ぶべきことを学び、自分ができることをを探します。

 

 

⭐️現在募集中の講座⭐️

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6月19日 (日) 9:30-17:00@スクエア荏原

7月10日 (日) 9:30-17:00@スクエア荏原

7月17日 (日) 9:30-17:00@スクエア荏原