「やめてよ」と言える子はいじめられない!パラハラは人間関係のやり直し

最近、パワハラの相談が増えています。

 

厚生労働省が2016年に行った「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間でパワハラを受けたり、見た・相談を受けたという人は、およそ3人に1人となっており、前回の平成24年調査から大きく上昇しています。

 

労働相談に寄せられる相談では2番目の「解雇」を超えて、4年間連続でパワーハラスメントが一番に挙がっています。

 

どの程度を「パワハラ」というのか、最近の子は打たれ弱いんじゃないか?という疑問を持たれる方もいるかもしれません。

 

私が相談を受ける中で感じるのは、確かにそういう面もあるかも知れないけれども、

 

社会や国全体がこれまでのやり方や価値観を抜け出せない中で、社会の「ひずみ」がそのまま会社や組織に反映され、中間管理職による「パラハラ」という形で現れているんじゃないか、と感じます。

 

じゃあ、パワハラって何がほんとうの課題なの?と考えていたら、姪っ子のお迎え先でみつけた本でこんなくだりを見つけました。

 

「『やめてよ』と言える子はいじめられない」

 

なるほど〜。

 

子育てについての本ですが、そのまま大人に当てはまるな、と思いました!

 

私たちが本能的に気づいているように、大人になってもにんげんの基本的な行動心理やパターンは変わりません。

 

にんげんは、二人以上揃えば、どっちが「上」か判断しようとしますし、序列をつくりたがります(特に男性)。

 

「いじめっこ」は弱そうな人を探します。

オドオドしてる子、自信のない感じの人、ビビる子を敏感に感じとります。

 

彼ら(いじめっこ)は、自分の「支配下」に置ける自分よりも弱い人を見つけることで、自分の「パワー」を確認したいのです。

 

私は、国連という組織で、または軍隊という組織で、または、紛争地で、国籍や人種とわずまったく同じような力学をあちこちで見てきました。

 

実は、「いじめっこ」やDVの「加害者」は、気が弱いタイプであったり、劣等感やコンプレックスを抱えていることが多いのですが、大人になると、そこに役職や契約の更新等がからみ、時に相手がもっともらしいい理屈を述べてくるのがやっかいなところです。

 

そして、会社でもみんなパワハラが起こっているのを知っていても、何をしていいかわからない、というか、声をあげたり、誰かに何かを言うような勇気もないのも残念ながら実情です。

 

派遣社員の方から、周りの人がなにもしてくれなかったことがさらにショックだった、という相談を受けたことがありますが、そういうケースが実際にあるのも残念ながら事実です。

 

そして、職場全体のモラルやモーチベーションがさらに下がるという悪循環を起こしています。

 

日本人の和を重んじる面は素晴らしい点だと思いますが、私たちはそうした時に集団ででも声をあげていくことも学ぶ必要があると思います。

 

さて、もうこんな職場辞めたい!と思うことと思います。

 

自分の健康を害してまで続ける価値のある仕事など存在しませんし、なにより、そんな仕打ちを受ける必要もありません。

 

ただ、もし一言お伝えできることがあるとしたら、仮に辞めるとしても、自分の次への成長のために「もうひとふんばり」して欲しいと思います。

 

それは、我慢するのではなく、むしろ逆で、

心の中で思い切り!「やめてください!!!」と言うことです。

おそらく、実際の心の声は、そんな礼儀正しい言い方ではなく、

ふざけんじゃねー!!!

私に指一本ふれるんじゃねー!!!

みたいな雰囲気でしょうか。

 

もちろん、職場には役職や上下関係が存在します。

 

でも、私たちにはにんげんとしての尊厳があり、人格を持つ存在としてはみんな平等です。

 

そのような仕打ちや扱いを自分に受けさせることはない!のですから、そのようにはっきりと相手に(心の中でいいので)言うことです。

 

 

不思議とこっちが腹をくくり、こちらの態度がぶれなくなると、相手の態度が変わることがあります。

 

そして「辞める前」にぜひ一回ご相談ください。

 

その上司との関係やその職場での体験が自分の中で「嫌な状態」のまま「未完了」終わると、その体験がトラウマとなって、自分では気付かなくても無意識に仕事を制限したり、やる気や集中力がなくなったりと、メンタルに影響することがあります。

 

その上司との関係や今の職場の状況について心の整理をしておくことと、次の転職や次の仕事をみつけるのがよりスムーズになります。

 

さらに言うと、その体験をきっかけに逆に人生が上向く人さえいます。

 

そんな時ほど、人間は自分のことや自分のコミュニケーションスタイルについて振り返らずをえなくなるからです。

 

パワハラをただのパワハラで終わらせたくない人へ!

 

人生には波があります。

波のてっぺんにいる時を人は成功と呼びます。

波の下がっている時にいる時のことを、人は挫折と呼びます。

 

でも、波は常に動いていて次の波が来ます。

 

下がったと思っても、方向が上向いていればいいのです。

次の波がまた先に連れていってくれるからです。

 

私はメンターの先生にこう言われたことがあります。

 

「波のてっぺんにいる時も波の底にいる時も違いはないのよ。

ただ、目の前に学ぶことがあるだけ」、と。

 

多くの人は(私も含めて)波の底にいる時にこそ謙虚に学ぼうとします。

 

なんでも物事が上手くいっている時に人は他の人に耳を傾けないからです。

 

自分の思うようにならないからこそ、理不尽なことがあって初めて自分はどうしたい?

と考えるようになるからです。

 

また、仮に職場が変わってもなぜか同じような課題に直面することがあるからです。

 

「辞める前」にぜひ一回ご相談ください。

 

もし、勇気がほしい、
そのために誰かにサポートして
ほしいと思うのなら、ぜひご連絡ください。

ご相談受け付けています。

ご連絡ください!

 

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

⭕️お申し込みの流れ⭕️⇨

https://chikaonaka.com/1729-2/コーチングお申し込みの流れ/

広告

ビルゲイツが支援している大学でMBAも授業料完全無料!194カ国の学生とタダで一緒に勉強できるのに、なぜ日本の大学なのか❓❓❓

なぜ日本の大学なのか?

海外の大学ではなくなぜ日本の大学なのか???

日本の大学を出ると、どんなスキルが身につけることができてどう役立つのか???

 

 

これまで、海外(アメリカやイギリス)の大学を出ることことの一番のネックは学費と語学力、そして、治安(実際の治安状況というよりは親の心配)でした。

 

授業料は高いし、生活費もかかります。

 

オンラインで、アメリカの大学卒業資格が無料(試験料あり)で得られる時代になった、とお伝えしました。

 

オックスフォードやハーバードの教授たちが軒並み顧問に就いていている、University of the Peopleです。

 

ビルゲイツが、アメリカの教育費が高すぎることが問題だとして、しかもオンラインの時代にあった教育改革をしようという試みの一つとして、支援しています。

 

なぜ無料でできるかというと、ハーバードやMITなどの無料公開講座を講義コンテンツとして利用しているからです。

 

無料公開講座とは言え、質はかなり高いです。

 

しかも、名門ニューヨーク大学(NYU)とも提携をしています。

すでに、3千人以上の卒業生がいて、世界194カ国❗️以上もの学生が学んでいるそうです。

 

2009年に事業開始、卒業はアメリカの四年制大学の卒業資格として認められます。

 

入学条件は高校を卒業していること、英語で授業を受けられること。

 

面白いのは、世界194カ国から参加するクラスメ-トが20名前後でクラスを組み、
オンラインで課題を提出しながら、互いに学び合う仕組みです。

 

ビルゲイツも応援する授業料が無料の大学が開講 !

University of the Peopleに入ってみました

 

そもそも大学を出ることは必要なのか?という議論もありますが、

 

いろんな国の人たちと一緒に学ぶこと、多様性に降れることはそれだけでも十分に価値があると個人的には思います。

 

そして、この大学では科目は主に、Business Administration(MBAの大学版)とMBA、そしてプログラミングとHealth Scienceに特化しています。

 

3年前に初めて聞いた時には、MBAはありませんでしたが、MBAも始まっていました。

こちらも無料です!

 

大学ではもっと幅広い教養を身につけるべきだ、という意見もあります。

 

私個人は、大学では考える力を身につけることが大事だと思っていますが、実業に近いものを学ぶという選択は理解できます。

 

 

さて、では次の質問です。

日本の大学を出ると、どんなスキルが身につけることができてどう役立つのでしょうか❓❓❓

 

この数年、このギャップがかなり深刻な問題として認識されてきています。

 

最近もある現役女子大生の方から、大学で勉強していることと自分が知りたいことが全然違う、という声を聞きました。

 

 

もう一つ、海外の大学卒業生は日本の企業の就職に不利だと言われてきました。

 

4月一斉入社前提で大企業に雇われることを最優先としたら、10年間にはそういう面も確かにあったでしょう。

 

でも、グルーバル人材をなんとしても欲しいという企業にとってそういう人は即戦力になります。

 

ちなみに、イギリスの大学を卒業をした友人で、通常の採用プロセスを経たら倍率何十倍だったであろうところを、外国人のマネージャーとの面接たった一回で、五つ星ホテルに就職を決めた人がいます。

 

しかも、これまで日本のホテル業界の慣習だった、専門学校をでて、ベッドメイキングから修行をするというコースを、ベッドメイキングもドアベル(玄関でお迎えする人)も各一日で終え(人事がそうしてくれたそうです)、一気にそれを飛び越して、フロントを経て希望だったマーケティング部署に一気に行ってしまいました。

 

彼女は、イギリスの大学で勉強していたのですが、最終学年在籍中に、ロンドンの「ザ・サボイ」でアジア人女性初のインターンとして雇われました(ちょっと時代錯誤に聞こえますが、本当の話しです)。

 

彼女は学校から奨学金をもらい、インターン最終段階でサボイに属したまま日本へ調査に来ます。

 

当時、東京で外資系の5つ星ホテルがちょうど進出ラッシュだった時期で、「世界のホテルの中のホテル」と言われる「サボイ」ブランドの力はすごくて、どこも快く調査に協力してくれたそうです。

 

それだけでなく、5つ星ホテルの人事担当者からそれとなく採用の話しをもちかけられたそうです。

 

そして、すでにお話したように、採用されただけでなく、これまでの日本の慣行とされてきたベッドメイキングから修行をするというコースさえも一気に飛び越えていってしまいました。

 

Savoy

Reardon-Savoy

London Hotel Savoy

 

この話しをしたポイントは、「そもそもなんで?」という質問をあえて提起したかったからです。

 

そもそもなんで日本の大学なのか?

 

そもそもなんで日本の企業なのか?

 

 

日本の企業には、どこに配属されるのか分からない、そしてどんなキャリアパスがあってどんなスキルを身につけられるのか分からない、という点があります。

 

専門家よりも、その会社特有のやり方や会社人間を育てることに重点がおかれます。

 

だからこそ、入る方も目的意識をもたないといとも簡単に目的を見失ってしまいます。

 

 

いちおう大学はいこう。

とりあえず塾はいこう。

とりあえず受験勉強はした方がいいだろう。

 

 

「とりあえず」、「いちおう」ばかりに時間を費やすほど人生は長くありません。

 

 

受験勉強⇨大学⇨流企業

 

このモデルの限界をどこかで知りつつあるのに、そうでない自分にとっての幸せのモデルがわからないという面もあるのでしょう。

 

日本全国とりあえず受験勉強、いちおう大学、やっぱり一流企業という「思考停止」状態に陥っているように見えます。

 

受験勉強に向かって努力をしていれば、がんばっている感も得られるので、それ自体がそれなりの安心や満足感にもなるのでしょう。

 

 

でも、今こそ「そもそも」が大切な時代です。

 

そもそも何のために、この勉強をしているのか?

そもそも何のためにそれを目指しているのか?

そもそも、それをすると自分は幸せになれるのか?

 

 

そういう「そもそも」に一人一人が向き合う時代なのです。

頭脳中心から ハート中心の文明へーメンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

メンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

今月号の特集の一つは、

「頭脳中心からハート中心の文明へ」です。

 

ハート中心の文明へ②

 

ハート中心の文明へ③

 

頭脳中心からハート中心の文明へという意味は、すごく簡単な言い方で言うと、頭で考えることからより感じることへ、という意味だと思っています。

 

または、複雑で分断された世界から、本質をつかみつながる世界へ、みたいな方向性でしょうか。

 

本当に大切なものを豊かにみんなで一緒に味わいましょう、というニュアンスだと思います。

 

以下の記事より引用です。

 

「ハートメタは施術をする人を通して、施術を受ける相手のコアな部分につながっていきます。

 

すると、自分でも気づかない奥深くにあるブロックや制限が浮上し、内なる自分の最も深い部分からいま自分に降りかかっている問題の理由や原因が伝えられるのです。

 

その人自身が、「自分の中にすでに答えがある」という感覚にたどり着くことができるので自分で自分を癒すツールと言えるでしょう。

 

また、すでに科学的にも証明されていることですが、肉体の細胞にもさまざな記憶があります。

 

これらの記憶を変容させることで、感情レベル、メンタルレベル、スピリチュアルレベル、肉体レベルの4つから根本的な変化をもたらすことも「ハートメタ」の特徴です。

 

その人の細胞レベルでの周波数を変えることができるのです。

 

 

。。。

 

中略

 

ハートメタトレーニングは日本から始まりました。

 

香港、アメリカと続いています。

 

日本から始めたのは、あるときそういうメッセージが届いたからです。

 

日本という国はピュアなエネルギーを持っているのです。

 

私は、東日本大震災の直後の2013年に初来日したのですが、その時に受け取ったメッセージは、フェニックス(不死鳥)が灰から起き上がるという内容でした。

 

このメッセージからも、日本は純粋性が高く、力強く、不屈の精神にあふれている国だとわかります。

 

そして、日本という国は感情を解放する準備ができていて、それがすでに始まっています。

 

日本では何世紀も感情というものは内側に隠されてなければいけないという美徳や教育がありました。

 

しかし、今こそさまざまな感情に気づき、外に出していくべきだと気付き始めた人、目覚め始めた人がとても増えてきています。

 

感情を解放するためにも、この「ハートメタ」のツールは非常に役立つものになるでしょう。

 

引用終わり

***

 

ハートメタセッション受付け中です!!!

 

https://chikaonaka.com/ハートインテリジェンス/

 

なぜ一流は先に目的を決めるのか?ー情報も人も運も引き寄せる脳の活かし方

 

エネルギーは意図に従う、という表現があります。

 

 

何かを検索するときに、集中している時ほど、一番初めに開いたサイトでまさに探していた情報をピンポイントでみつけることがあります。

 

 

逆になんとなくネットサーフィンをしている時には、最初何を見ていたのか忘れてしまうくらいに、気が付いたら数時間経っていたということがあります。

 

 

自分の中に目的や問いがある時、脳はそれに関連することや役立つことを常に探していると言われています。

 

 

問いや目的がはっきりしている時ほど、必要な情報や人を引き寄せやすいのです。

 

私も、連載原稿を書く時によくそういうことを体験します。

原稿を書く時、まず最初に全体のテーマを考えます。

 

内容のアイデアはあるけど、切り口や構成案はまだはっきり固まっていないなあという時があります。

 

さて、どういう切り口にしよう?とアイデアを紙に書き出したりしながら、構成案を考えます。

 

すると、

 

たまたまその時にセッションにいらしたクライアントさんからそのテーマに関して質問されたり、たまたま会った人との会話が自分が頭の中で思っていたテーマに及ぶ、ということがよくあります。

 

そしてそんな会話の中からヒントをもらったり、または、この方向でいいんだ、と確認をすることがあります。

 

そういった形でもたらされる情報やヒントは本当に多いのです。

 

 

 

どうやって国連で働くことになったのですか?と聞かれることがあります。

 

登録していたメールマガジンで募集の案内を見つけたのが、初めて募集するきっかけだったのですが、正直とくに目を凝らしてメールを見ていたわけでもありませんでした。でも、そのメールは目に入ったのです。

 

 

これを偶然といえば偶然とも言えますが、私はそうは思いません。

 

問いや目的がはっきりしている時ほど、必要な情報や人を引き寄せやすいのです。

 

 

 

私たちはすぐに解決策に飛びつきたくなりますが、そうした情報に敏感になり確実にキャッチできるようになるには、まず先に目的を持つことです。

 

 

これは大きなことだけに限りません。

私たちは日常的にこの原理を応用することができます。

 

 

今日1日の「目的」を決めます。

本を読む時に「目的」を決めます。

人と会う時に「目的」を決めます。

打ち合わせの「目的」を決めます。

ブログ記事を執筆する「目的」を決めます。

プレゼンの「目的」を決めます。

 

 

この場合というのは目的とは、目標というよりもこうだったらいいなという理想の状態です。

 

 

私が記事を書く時の目的の一つは、読者を「インスパイアーすること」です。

 

新しい視点を提供することです。

 

 

新しい人と会うときの大きな目的はその人を理解して信頼関係を築くことです。

 

 

つい先週に行った講演の目的は、広い世界の楽しさを伝えること、自分で考える楽しさを伝えることでした。

 

もっと具体的な目的がある時もありますが、このような目的を先に設定することで大きな方向性(エネルギーの流れ)を作ってくれます。

 

この差は半年後に大きな効果となって返ってきますよ。

 

エネルギーは意図に従います。

「千と千尋の神隠し」のモデルの村に行ってきました❗️ー人間の弱さは神さまの強さ

先日、日本三大秘境のひとつに旅行をしてきたお話しをしました。

 

長野県の遠山郷、南アルプスに囲まれた標高1200mの地で日本のチロル(オーストリア)と呼ばれる下栗の里というところです。

 

高速道路を使っても、片道7時間かかりました。

 

さて、この地域は、宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」のインスピレーションを受けた地域だそうです。

 

霜月祭といって、日本中の神様を呼び出してお風呂に入れて元気にするというとても面白いお祭りがあるのです。

 

長野県南部の天竜川流域、南信濃村と天龍村に伝わる霜月祭(地域によっては違う名称で呼ばれる)というもので、宮崎駿監督はテレビでこの祭りの存在を知って強い影響を受けたのだそうです。

 

今は「かぐらの湯」として親しまれている温泉に私も行ってきました。

 

とてもお湯がよくて、お肌がツルツルになりました。

 

場所のエネルギーもとてもよくて、お湯に浸かった瞬間に疲れもふっとんで、これだけでも遠路はるばる来た甲斐があったと思いました。

 

さて、そのお祭りには、「神さまから湯を浴びて穢れを祓い、魂を清める」という儀式があるそうです。

 

冬を迎える前に無事に冬を越せること=「再生」を願う、という意味が含められています。

下栗⑤

 

 

その標高1200mの村は車があってもたどり着くのが難しい険しい山を登っていくところです。

 

少し前だったら、冬はまさに交通が遮断されたところだったのしょう。

 

 

だから、もっとも人間の力が弱くなるこの時期を、どうか無地に生きて冬を越せますように、と神々に祈ったというのです。

 

 

それを聞いて思いました。

 

人間にとって弱い時こそ、謙虚になれる時なのだ、と。

 

 

人間の弱さは神さまの強さなのだと。

 

もし、一人でなんでもできると思ったらそれは傲慢なことなのだ、と。

 

 

下栗①

 

下栗②.jpg

 

下栗④.jpg

 

そう、人間というのは自然のリズムと一緒に生きて来たのですよね。

 

秋には収穫し、豊穣を祝い、感謝して、冬に備える。

そして、冬は人間の活動もゆっくりになり、自らのエネルギーを蓄え、

そして春に活動を再開して、夏にはもっとも活動的になる。

 

 

人間にはそんなリズムがあるのですね。

 

 

都会に住んでいると、一年間をあたかも全速力で疾走するものだと思いがちですが、一年をもう少し自然のリズムと共に身体のペースを持てるといいなと思いました。

いい混乱をすると頭がよくなる ー日本人に必要なのは「考える力」じゃなくて「答えがない状態」に慣れること❗️

 

混乱と聞くとどういうイメージでしょうか?

 

日本で教育を受けた私たちにとって「混乱」は、失敗と同じくらい避けるべきものだ、とされているようです。

 

ただ、いい混乱というものがあります。

 

 

 

自分の中の考えの幅が広がって、新しい発想が浮かぶとき、私たちの脳は一度混乱するからです。

 

 

それは、今までにないような考え方ややり方、価値観に触れたときに体験する頭の混乱です。

 

これまでの自分の中の常識や前提がくつがえされるような感じがするからです。

 

脳の中で今までとは違う回路(シノプシス)が刺激されている状態です。

 

今までとは、違う回線を通じた感覚なので心地が悪いのです。

 

例えるならば脳の回線が新しいOSに転換しているような状態です。

 

 

ただ、これまでの自分の中の常識や前提がいったんくつがえされるということは、思考の幅が広がるという意味でもあります。

 

 

まったく新しい考え方に触れるとき、または、まったく新しいレベルでの知識や世界観に触れるときに、私たちはこのような体験をします。

 

 

例えば、旧ソ連圏の国カザフスタンに初めて赴任した時、私はしばらく脳の中が落ち着かない感覚を感じていました。

 

 

カザフスタンに赴任した最初の数週間には、挨拶とその国を理解するために、旧ソ連時代に教職や要職に就いていた人たちに会いました。

 

 

私の中では、統制社会で表現の自由も職業の選択も限られていたソ連時代から自由になってよかっただろうと単純に思っていましたが、ソ連時代はよかったと言う人たちがけっこう多いことに最初はびっくりしました。

 

しばらく経ってから、それが不自由でも、一度慣れた秩序や安定の方が人は楽だと感じるのだろうなと理解しましたが、ソ連(共産圏)というこれまで歴史の教科書の中でしか聞いたことのなかった制度とそこで生きてきた人たちのメンタリティーに実際に触れた瞬間でした。

 

 

国連で勤務を始めた最初の数ヶ月間は、イスラム圏出身やアフリカ出身の同僚、警察官の同僚など、それまでの私の人生の体験の中であまり触れたことのない人たちと一緒に働くことになり、打ち合わせの仕方など一つとっても慣れないことが続きました。

 

難しい課題に対する答えや新しい発想を求める時、私たちはこのような「落ち着かない」状態を通ります。

 

 

少し居心地は悪いかも知れませんが、こうした体験をつうじて、文字通り経験と思考の幅が広がっているのです。

 

 

 

日本人は考えるのが苦手だと言われますが、私はそうは思いません。

 

 

考える力が苦手というよりも、答えがでる前のこのような途中の状態に耐えるのが苦手なのだと思います。

 

それは暗記や答えありきの問題を解くのが勉強だとされてきたこと、そして、電車は1分も遅れることなく到着し、注文すればなんでもすぐにでてくる世界一の便利な環境とも関係していると思います。

 

それ自体はとても有り難い感謝すべきことですが、「耐性」という点からすると私たちの能力を甘えさせている面があります。

 

自分にとって新しい課題に対して自分の答えを出そうとする時、混乱を感じることがあります。

 

 

でも、そのような混乱はけっして悪いことではないのです。

 

そして、答えのない状態も悪いわけではないのです。

 

 

大人になってから体験する問題というのはすぐに答えがでないものばかりです。

 

 

これは人間関係でも同じです。

 

同じ日本人だから理解し合えるだろう、という訳でもありません。

 

 

だからこそ、自分とは違う考え方に耳を傾けてみようと思います。

 

 

そして、自分の中の考えの幅が広がります。

 

 

新しい発想が浮かぶ前に、脳は一度こうした状態を通るのです。

 

 

頭が落ち着かない感じがしても、新しい発想が浮かぶ前の状態だと思って楽しんでみてください。

 

 

「苦労して考えないと答えは出ない」は嘘だった❗️ーオックスフォードで学んだ「答えは簡単にわかっていい」という事

私たちの中には何かについて考えるときに、それが難しい問題であるほど、一生懸命に苦労して考えなければ答えが出ないという思い込みがあります。

 

ただ、なんらかの課題に対して答えを出す時、必ずしも苦労して汗の滲むような努力をして考えないと答えが出ない、訳ではありません。

 

これは思い込みです。

 

なぜなら、問いと答えは同時に浮かぶ、と言われているからです。

 

その問いが浮かぶ時点で、その答えも同時に認識していると言われているからです。

 

問いと答えは同じ次元に存在しているという訳です。

 

 

 

 

私たちが考えることを止めてしまう理由の一つに、一生懸命に苦労をして、または何かを我慢しないと何かを成し遂げられない、という思い込みがあるように思います。

 

なにしろ、私も、苦労して一生懸命やってこそ何かを成し遂げられると思っていました。

 

それで自分が結果を出してきたので、それを疑ったことはありませんでした。

 

自分が講師を務める講義の準備をするのに何十時間もかけていました。

 

そんなことをしばらく続けて、ヘトヘトになったときに、これって本当に必要なんだろうか、と思いました。

 

そして気づきました。

 

一生懸命に時間をかけた割には本当に必要とされていた部分はその2割くらいだったということ。

 

そして、一生懸命時間をかけることこそが成功であるという過去の成功パターンが自分に染み付いている、ことでした。

 

 

一生懸命に努力をすれば、結果がでると信じて自分を安心させたかったというのが深層でした。

 

一生懸命何かに向けて努力をしている時、私たちは「自分が何かをしている」ことである種の安心感を覚えます。

 

ただ、これは一種の「思考停止状態」です。

 

もちろん準備も努力は必要ですが、私たちに時間が有り余っているわけでもありません。

 

なので、本当に必要なことをやる必要があります。

 

 

そして、その本当に必要なことのためのヒントや答えをもっと簡単にわかっていいんじゃないか、と思いました。

 

 

 

そんなことに気がついた時に、私は過去の自分の成功パターンではなく、もっと簡単で新しいやり方にオープンになってみようと思いました。

 

そう思ったら、答えがひらめくようになりました。

 

 

答えというのは我慢というよりは、リラックスしている状態のときにもたらされやすいのです。

 

一生懸命に考えた後で、シャワーを浴びてる時や、散歩をしていたらふと答えが浮かぶということがありますよね。

 

必ずしも苦労して汗の滲むような努力をして考えないと答えが出ない、というのは私の中の思い込みだったんだなと思いました。

 

「そんなすぐにわかったら苦労しないよ。」という声が聞こえてきそうです。

 

 

でも、苦労しないとわからない、という考え方自体が私たちがもっと簡単にやることを止めてしまっているのです。

 

 

もちろん、努力は必要です。

 

考え抜くことも必要です。

 

 

でも、誰がしかめっ面をして机にへばりついてしなければならないと言ったのでしょうか?

 

もっと簡単にやってもいいのです。

 

 

今すぐに答えが浮かんでもいいのです!

 

 

 

でも、楽にリラックスして答えが「わかる」こともできます。