国連や海外、外資系企業で働きたい人必見❗️自分の⭕️⭕️を知ること、日本人特有の謙遜の表現を言い直すこと

先日国際学会登壇エントリー用の英訳を頼まれたのですが、それが、見事に今度シンガポールで開催される国際学会でのプレゼンテーションの一つに選ばれたという嬉しい報告をいただきました。

 

ご縁のある先生から頼まれて引き受けた件だったのすが、同じ大学の他の先生のエントリーは通らなかったのにもかかわらず、わたしが英訳したものは通ったそうです。それがこの2年半ほどで数回続いています。

 

ちょっと振り返ってみると、そのコツは、英語力でも翻訳力でもなく、論点を明確にするということ、そして「日本人的な謙遜」を超えて健全な意味で自分の仕事や研究の価値を認識し、さらに言うと、自分の「差異性」を認識するということ、だと思います。

 

これは国連に応募する人(p.11の書く人)、海外で仕事をしたい人にもすごく関係することなので、どういうことなのか、ちょっと記事に書いてみたいと思いました。

 

わたしは約10年国際機関というあまり日本人のいない環境で英語で仕事をしてきたのでテーマによっては英語で話す方が楽なのですが、翻訳に関してはとくに訓練を受けたことはありません。

 

でも、イギリスの大学院で鍛えられてすごく意識することは、とくに学会発表用の要約の場合、この論文はいったい何を言いたいのか?という論点を冒頭で端的に明確にする、ということです。

 

自動的に訳を当てはめるのではなく、発表者の方が一番言いたいことと論拠や全体の結論を理解した上で英語脳的な思考回路で全体の構成を組み立て、最適な訳を当てはめるていくことをやっていきます。

 

洗練された英文表現を考えるのは三番目くらいの優先順位で、論点をはっきりさせること、次に構成(ロジカルに結論まで展開されているか)の方が断然に大事だと思います。

 

英語では、この研究はなんで重要なのか?この研究からどんな結論が導かれるのか?が非常に重要になるからです。

 

シカゴ大学を卒業した大学時代の社会学のアメリカ人の先生はなんども「So What」? と言ってこの点を強調していました。

 

これは、英語で仕事をする人、英語でプレゼンをする人、英語で書く人にも共通する点なので、「英語脳的仕事術」もぜひ読んでいただきたいと思います。

 

関連記事⇨国連ニューヨーク本部で学んだ「英語脳的仕事術/

 

そして、次に重要なのは、日本人特有の謙遜の表現を、言い直すことです。

 

日本の方が書かれるものは、結論もタイトルも全体的に控えめなものが多いように感じます。

 

日本の社会では「わたしすごいでしょ」的な表現方法は好まれないので、ちょっと控えめな表現になるのだと思いますが、

 

ただ、あまりに控えめすぎると、英語という言語ははっきりとした結論を求める構造を持つ言語なので、この論文はいったい何を言いたんだろう?となってしまいます。

 

そして、おそらく一番大事なことは、自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を世界の文脈で捉え直して、その価値を相手にわかりやすいように表現しなおすことです。

 

2020東京オリンピック誘致コンサルタントだったニックバレリーが、東京はなぜ2016年立候補の時は都市の機能も予算も世界一だったのに落選したのか?という点で同じことを言っています。

 

僕たちは「謙遜が美徳だっていう『日本の文化』に直面したんだ。僕にしてみれば、世界の経済大国と言えばアメリカと日本。

 

それ自体大きな強みなのに2009年の第一回目の誘致プレゼン(2016年度)では、それを十分に伝えられなかった。日本で当たり前のことが世界では当たり前じゃないことを認識することは大切。

 

でも、これをプレゼンするのは日本の人たちだから、委員に伝えたい日本の魅力を本人たちに納得してもらうまでコミュニケーションを続けたんだ。」

 

これはオリンピック誘致に向けた世界の中で「トーキョー」がどう見えるのか、という点ですが、これは個人にもそのまま当てはまります。

 

あなたにとって当たり前だけど、世界から見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

世界の中の日本の強みを活かして、あなたの論文や経歴や仕事のどの部分を強調すればいいでしょうか?

 

一見違う業種だけれども仕事の本質の部分でその応募する業種との共通点はありますか?

 

例えば、国連や国際機関、外資系企業などに応募をするならば、

 

(1)相手が求めていることは何か?

 

(2)自分のやってきた仕事はそれにどう当てはまるのか?

 

(3)相手の視点からみた自分の資質や仕事、経歴の強み・競争力は何か?

 

(4)自分が一番のCandidateであることの説得力や経歴とポストとの一貫性をどう持たすことができるのか?

 

(5)それをどう表現すればいいのか?

 

という5点を改めて見直す必要があります。

 

国連に応募する方のp.11を何件か見せてもらったことがありますが、日本の文脈で自分がやってきたことの羅列に終わっているケースがほとんどです。

 

別の表現でいうと、

 

自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を(一)世界の文脈で捉え直して、(二)その価値が説得力をもつように、(三)相手に伝わるように表現しなおすことがポイントいなると思います。

 

 

あなたにとって当たり前だけど、周りから見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

この質問を自分に問い続け自分が答えを出し続けることができたら、ほんとうの強さと自信を得ることができますね。

 

正攻法が実を結んでいくいい時代です。

 

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「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」②

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⬆️ 福島県郡山市内の中高生合同オーケストラ・合唱団によるベートーベン第九の演奏。2016年10月16日東京赤坂サントリーホールにて (写真提供: SUNTORY HALL)

 

ウィーンフィルといえば、元旦に行われるニューイヤーコンサートが世界40カ国に同時中継される言わずも知れた世界最高峰のオーケストラです。

 

ウィーンフィルは、震災以降、5年間東北を訪れ、これまで計42人の団員が東北で演奏活動を行い、中高生に音楽を教えてきました。

 

その中でも、フロシャウワーは、過密なスケジュールにもかかわらず、毎年続けて東北を訪れ、津波に襲われた海岸では献奏も行っています。彼を毎年東北に足を運ばせたのは何だったのでしょうか?

 

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⬆️ 東北の学生たちに音楽指導をするウィーン・フィルのバイオリン奏者フロシャウワー(中央)
(写真提供: SUNTORY HALL)

 

 

私は、それを彼の口から直接聞きたいと思い、2016年10月16日、東京で開かれた「こどもたちのためのコンサート特別公演」に出かけました。これは被災3県の中高校生が、ウィーン・フィルと共演する夢の舞台です。そして5年間の集大成の日です。

 

 

舞台中央にひときわ人目を引く姿があります。演奏者全員をまとめるコンサート・ミストレスの15歳の高校一年生の隣で、彼女が送る合図にぴったりと意識を合わせ、あたかも全身で彼女をサポートするかのようなバイオリニスト。それがフロシャウワーでした。

 

彼の真剣な様子から、弱冠15歳のコンサート・ミストレスを一人前の奏者として、そして、共にステージを創り出す仲間として尊重しているのが客席にまで伝わってくるのです。小学校5年生のときに震災にあい、それからも音楽を続けてきたという15歳の彼女とステージに立つ中高生全員の勇気をたたえているようでもありました。

 

 

私はその四日前にも、ウィーンフィルの演奏を聴いていました。世界的指揮者ズービン・メータを迎えての公演は、それは素晴らしいものでしたが、私の目の前には、その日にも劣らないくらい懸命に、いや、もしかしたらそれ以上の力で演奏するフロシャウワーにどんどん引き込まれていきました。

 

 

そして、指揮者として言葉を超えたリーダーシップについて教えたシャルル・ミュンシュの言葉を思い出していました。ミュンシュは、その後世界的指揮者となる小沢征爾に、影響を与えたと言われる指揮者の一人です。ミュンシュは言います。

 

 

「壇上に立った瞬間、あなたには無数のまなざしが向けられる。…その瞬間、音楽の知識はほとんど役に立たない。 … 大切なのは、命令をするよりも、自分が伝えたいものを自分自身がそれを身振り、態度、そして抗じ難い放射によって表すことだ。」

 

 

演奏後、フロシャウワーにインタビューをする機会を得た私が、「四日前の記念公演とも変わらないくらい、またはそれ以上の渾身の演奏でしたね」と触れると、即答がありました。

 

 

「当然です。世界的指揮者とでも中学生とでも、演奏家は常に全力で演奏するものです。
私は町民の半分が津波で流された町で演奏した日のことを、いまでもはっきりと覚えています。

そのとき、自分の音楽が誰かの役に立ったと心から感じることができました。

これは、音楽家にとって何より光栄なことです。」

 

「それに」といって、彼はニコッと笑いながら最後にこう付け加えました。

「ウィーン・フィルは伝統を重んじるオーケストラですから、たとえばモーツアルトを演奏するとしたら、その伝統的な解釈に準じます。

 

でも、東北の中高生の奏でるモーツアルトは、『ああ、こんなモーツアルトがあるんだ』と私を新鮮な気持ちにさせてくれました。だからこれはWin-Winの関係なんですよ」

舞台上で見せる「神々しい音楽家」とはちょっと違う、人間としてのフロシャウワーに触れ、私は彼の言葉を理屈を超えて理解できた気がしました。

 

 

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⬆️ 特別公演でソロ演奏をしたフルート奏者ディータ・フルーリーに質問をする学生。「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」「自分の出したい音を想像するんだ。そしてそれを技術や呼吸、自分の持っている全部を使って表現する。その音に近づくために一生練習し続けるんだよ」写真: CHIKA ONAKA

 

アフリカには、「人は人を通じて人となる」という格言があります。

 

人間は誰もが誰かの役に立ちたいと願う生き物。人は、他者の存在を通じて自分を知ります。

他者の存在を通じて、自分の想いや能力、存在意義を発見していきます。

自分の才能も能力も、それを必要としてくれる人がいて成り立つとも言えます。

 

私自身、南スーダンなどの紛争地で働いていた時、困難を乗り越えようとする人たちを目の前にしていたからこそ、「私もベストを尽くそう」と、自分の力を「引き出して」もらったと感じたことは何度もありました。

 

では、最後に、東北の中高生は何を感じ学んだのでしょうか?

 

ベートーベンの第九の合唱を一生懸命に練習してきたという福島の女子中学生に、今回の体験を通じて学んだことについて聞くと、こんなことを言ってもいいのかなと、一瞬周りの顔を探るように見渡した後で、こう伝えてくれました。

 

 

「合わせるのは大切だけど『自分』を出すことです」と。

 

 

「世界」との交わりは、世界という「鏡」を通じて「自分」をより浮き彫りにするのかも知れません。

 

 

「世界」が東北を知り、東北も「世界」を知る。

そして「世界」を通じて自分を知る。

東北と世界との間で生まれ始めた化学反応。

 

 

震災による被害や、高齢化や過疎化、人口減少などといった「課題先進国」と呼ばれる東北の問題を決して軽く捉えているわけではありません。でも、震災があったからこそ生まれることがあるのも事実のようです。

 

 

世界とのつながりの最先端でもある東北に注目し続けていきたい、と思います。

 

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⬆️ 特別公演後、ウィーンフィルメンバーと中高生との記念撮影。インタビューをした団員全員が「満たされる体験だった」と語ってくれた。(写真提供: SUNTORY HALL)