人生から成功も幸せも奪う「いい人」という病──国連ニューヨーク本部で学んだ真実|大仲千華 「答えを求めない勇気」

「人から認められたい」「誰からも嫌われたくない」という思いから、ついつい「いい人」を演じてしまう人は多いのではないだろうか。だが、他人から高評価を得るためのこの行動が、実は成功や幸せを遠ざける原因になっているという。

「いい人」は損もしないが得もしない

 

「『いい人』のままでは、誰にも君のことを覚えてもらえないよ」

 

これは、私が国連のニューヨーク本部で働いていたときに当時の上司に言われた言葉です。いい人は無難な意見ばかりを口にするけれど、そんなものは国連では何の役にも立たないし、誰の記憶にも残らない。彼にそう言われて私はかなりショックを受けましたが、「確かにその通りだ」とも思いました。

 

当時、私は国連平和維持活動(PKO)に携わっていました。国連が扱う業務のなかでも最も直接的に紛争にかかわり、国際政治や人の生死にも影響を与える仕事が単なるいい人に務まらないことは、私にも本能的にわかっていました。

 

しかしながらいい人を否定することは、私にとっては大きなチャレンジでもありました。日本で生まれ育った私に、「いい人であることは悪い」という発想はまったくなかったからです。けれども上司のその一言によって、いい人でいることは、大きな損はしないけどその代わり得もしない、いわば「守りの姿勢」ではないかと考えるようになりました。

 

いい人を演じれば、自分の本当の意見や立場を明らかにする必要がないので、自分が受け入れられなかったり、批判にさらされたりする危険を避けることができます。

 

実際、国連本部で働きはじめてからまだほんの少ししかたっていないにもかかわらず、気がつけば私は発言を求められると公式見解を繰り返すようになっていました。官僚の答弁のような物言いをすることによって、私は自分が傷つく事態を懸命に防ごうとしていたのだと思います。

「いい人」ほどトランプに怒りを感じる

 

私には米国やカナダで暮らすコーチ・カウンセラー仲間が何人かいるのですが、彼らに言わせると、いい人ほどトランプ氏が米大統領選に勝利したことに失望を感じていたそうです。

 

この場合のいい人は、「自分はいい人であるべき(はず)」、または「自分は正しい」という思いが強い人を指します。たとえば、社会的な役割が多い人、仮面(ペルソナ)を何重にもかぶっている人、公的な立場と自分のアイデンティティが一体化している人などがこれに当たります。

 

特に欧米では、社会的地位の高い人ほど「ポリティカリー・コレクト」(発言やふるまいに差別や偏見がなく、道徳的)であることが求められるので、 肩書きや社会的役割と自分のアイデンティティが同一化されていく傾向が強くなります。

 

もちろん、トランプ大統領の乱暴な物言いや、移民・イスラム教徒に対する差別的な発言に、純粋に怒りや不快感を覚えた人も多いでしょうが、「自分はいい人で正しい」と思っている人ほど、トランプの傍若無人な言動が許せないと感じたそうです。

 

人間には誰でも強みと弱みがあります。自分のなかにはいい部分もあれば、嫉妬や無力感に苦しむ嫌な部分もあることをみんな理解しています。しかし、「自分はいい人で正しくなければいけない」と思い込んでいる人ほど、人間の性質をありのままに受け入れることが難しくなってしまうのです。

 

いい人でいることのもう一つの恐ろしい弊害は、いい人を演じ続けなけばいけない義務感、そしてこうすれば人から評価されるという期待感に囚われてしまうことです。

 

「いい人」ほど怒りをため込む

 

私たちは子供の頃から勉強ができるとかスポーツが得意とか、行儀がいいとか褒められた体験を通じて、「こうすれば認められる」という観念体系を学んでいきます。そしてその経験は、大人になってからも私たちを「人を喜ばせよ、有能であれ、完璧であれ」と煽りたてます。

 

そこには、「自分の価値は、残した実績に対する他人からの評価によって決まる」という思い込みがあります。内なるモチベーションよりも、他人からどう見られるかに意識が向いてしまうのです。

前回の記事で、ニューヨークで働いていたときの私は、能力も努力も常に足りない気がして焦燥感とストレスに悩まされていたと書きました。いま思うと当時の私を苦しめていたのは、「国連の本部で働く人はこうあるべき」という思い込みと、「自分をそう見せなければ」と自ら課したプレッシャーでした。

 

このように、私たちは人に認められたいあまりにヘトヘトになり、心をすり減らしてしまうのです。しかも、そんな人ほど実は心のなかで怒っているのです。

 

彼らは「自分はこんなに我慢しているのに」「自分はこんなに尽くしているのに」と思う一方で、相手からは期待するような反応や評価が返ってこないことに対し、常にイライラや不満をためているのです。自分の満足が、コントロールの及ばない他人の反応に左右される状況は、当然、人に非常に大きなストレスを与えます。

日本人特有の「受動攻撃性」とは

 

私が長年の海外生活を経て日本に帰国して驚いたのは、日本人の受動攻撃性の高さでした。

受動攻撃性とは、あからさまに怒りをぶつけて攻撃をするのではなく、無視、無関心、連続して遅刻やミスをするなどの無気力な態度で「抗議」することを指します。私は日本人特有のこの性質を、満員電車の乗り降りのときに特に強く感じました。これも恐らく普段からいい人を演じていることからくる弊害なのでしょう。

 

いい人は、自分の意見を持たない、もしくは自分よりも他人の意見や価値観を優先させることによって、自分で自分を傷つけています。我慢し過ぎて自分の希望がわからなくなったせいで、無気力に陥り、鬱を発症するケースさえあるのです。

 
また、必要以上にいい人になろうとすると、期待に応えられなかったらどうしようという不安にとりつかれ、失敗や批判が怖くてたまらなくなります。その結果、ちょっとした失敗に対しても自己嫌悪を感じる状態に陥ってしまいます。つまり、いい人でいることは、成功の妨げにもなるのです。

 

このような状況から抜け出すには、自分で自分に課しているハードル、そして、社会やメディア、学校や親から植え付けられた以下のような「理想像」に自分が無意識に囚われていることにまず気づかなければなりません。

 

男性は「弱み」を見せてはいけない。
いつもいい成績をとらなければいけない。
絶対に失敗をしてはいけない。
周囲の人に賞賛されなければいけない。
やるからには成功しならなければいけない。
誰よりも優れていなければいけない。
スマートでなければいけない。
もっと痩せなければいけない。
人気者にならなければいけない。
かっこよくなければいけない。
おしゃれでなければいけない。
女性は若くなければいけない。
母親は常に子供思いで優しくなければいけない。

 

私がこうした「いい人」の呪縛から逃れられたのは、ニューヨークでストレスのピークを体験した後にPKOで南スーダンに赴任したことがきっかけでした。

まず、灼熱の南スーダンで、私はスーツを着なくなりました。

 

そして、国連で働く人はこうあるべきだという思い込みを実現するためではなく、現地の状況に合わせて最善を尽くすことに自分の目的がシフトしたとたん、変化が起きました。このとき初めて私は、自分のエネルギーが内から外に向かうのを感じました。

 

人の評価を求めてストレスにさらされるよりも、少しでもいいから毎日自分が成長したと感じられるほうが、自分の力で人生を歩んでいる実感が得られます。南スーダンでは別の意味でのチャレンジがたくさんありましたが、これに気づいたおかげでどれだけ気持ちが楽になったかわかりません。

 

それからは、多国籍チームのリーダーに抜擢され、国連の幹部に「うちの部署で働かないか」と誘われたこともありました。南スーダン政府や南スーダン人民解放軍との会合では、私が話しはじめると白けていた人たちが耳を傾けてくれるようにもなりました。

 

当時の南スーダンは、いつ紛争が再発してもおかしくない状況でした。そんななか、「たったいま、私がここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と私なりに必死に考え、それを伝えようとしたことによって、気持ちが相手に伝わったのだと思います。

 

人は「正論」では動きません。なんらかのメッセージが人の心に届いたとしたら、それはその意見が立派だからでも正しいからでもありません。伝える人間が心の奥から湧き出るものを表現しようとするときにこそ、言葉を超えた思いが相手に伝わるのです。自分の保身のためにいい人を演じ続けていたら、言葉さえ力を失ってしまいます。

 

「どんなときでもあなたは一人しかいない。だから、あなたの表現は必ずユニークなものになる。もしそれを表現しないのならば、それは世界にとっての損失である。自信を持って踏み出しなさい」──これは、モダンダンスを開拓した米国の舞踏家マーサ・グラハムの言葉です。

 

彼女の言う通り、あなたという存在からしか伝えられないものが必ずあります。

 

私たちはもっと自分が自分であることを表現し、もっと正直にわがままに生きていいのです!

 

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《新プログラム》開始しました❗️

 

沖縄には、人がその人本来の姿でない状態を表わすのに「魂が抜けている」と言うことがあります。人は、その人の自然な想いや本当の気持ちに繋がるとき、その人本来の力と輝きを取り戻します。

 

自分の人生について改めて考えたい、前に進みたいという時に、普段の環境と切り離されることはとても役に立ちます。

 

普段無意識に感じている「こうでなければならない」という囚われや集合意識、過去の経験から物理的に離れることができるからです。
この特別プログラムでは、世界の中でも自然がピュアで、生命エネルギーが高い形で残る沖縄の西表島へ行きます。

 

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

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脳中心からハート中心の文明への「心臓に脳と知性があった!」記事が面白しろかったのでまとめてみたよ

メンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されています。

⇨ 頭脳中心から ハート中心の文明へーメンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

 

「脳中心の文明からハート中心の文明へ」特集の一つです。

 

ハートの効果についての研究が急速に進んでいて、その中で紹介されているハートマス研究所(heartmath institute)の発見がとても面白いので内容をまとめてみました。

 

何が面白いかというと、心臓にも、脳と同じような、学習し、記憶し、決定する能力があることが解明されてきたからです。

 

これまで身体への指令は脳が担っているとされてきましたが、心臓にも脳とは別の指令系統があることが分かってきたのは、革命的です。

 

 

例えば、身体がなんらかの危機を感じると、心臓は脳の指令を受けずとも心拍や血圧を上げて対応します。

 

そして、臓器としての心臓と心のあり方としてのハートが密接にかかわっていることも分かってきました。

 

例えば、ハートのコヒアランス(心が調和の状態にあること)は、他の臓器の心拍リズムを同期させ、若返らせ、さらには、脳の機能(生産性)も高まります。

 

ハートのコヒアランスは、愛情ホルモン、絆ホルモンと言われる授乳中に出ると言われるオキシトシンを分泌させると言われています。

 

 

コヒアランス②

 

脳の知性はいわゆるIQと呼ばれるもの。

 

ハートの知性は、EQ(感情知能)、SQ(精神的知能)、HQ(人間性知能)に近いものです。

ハートは、個人を超えた普遍的な知恵、宇宙の叡智を直感的として受信する入り口(ポータル)と言えます。

 

例えば、いわゆるシンクロ現象や未来を予知する直感は、実際に出来事が起こる4.8秒前に心臓が感知します。

 

その1.5秒後に心臓から脳へ伝わることが心拍変動の実験によって確かめられているのです。

 

それから、心臓から電磁場を通して脳へ送られる情報量は、脳が心臓へ送る情報量よりも1000倍多いのです。

 

電場は脳の60倍、磁場に至っては、100倍も強いのです。

 

その電磁エネルギーは、身体の周り2.5メートルも広がっているそうです。

 

 

「ハートコヒアレンス」(heart coherence)とハートマス研究所については、昨年8月に「ハートメタ」認定プラクティショナーのトレーニングを受けた時に聞いていました。

 

そして、表現が少し違いますが「同期現象」については、先月クーリエジャポンでの記事に書いたところでした。

 

Vol.12 内なる「才能」を呼び覚ましたいなら一流との「同期現象」を活用せよ!|大仲千華 「答えを求めない勇気」

 

 

例えば、上の記事の中で、

・心臓をつくっている筋肉(心筋細胞)がリズムをそろえて、心拍数を一定に保つこと

・臓器が互いに影響しあって、起床や就寝時間などの体内リズムを作ること、

 

そして、

最初はバラバラに動いているのに、全体がなぜかそろってしまう「同期現象」とメトロロームの実験を紹介しました。

 

 

その前後に、ナチュラルスピリット(雑誌 STAR PEOPLEや書籍アナスタシアなどを刊行)の今井社長にお会いすることがあって、「今度の特集ではハートコヒアランスについても紹介しますよ」と聞いてはいました。

 

そして雑誌が届きました。

 

今回の記事を読んで初めて、 IQじゃなくてHQというものがあることも知りました。

 

ハートのコヒアランスによってオキシトシンが分泌されるなど、なんとなく直感的に感じていることが解明され、言語化されていくのを見るのは面白いです。

 

なにより。ハートコヒアランスについては、日本語で紹介されたものは初めてだったので、それだけでも意義深いと思いました。

 

ハートの効果はこれからますます科学的に解明されていくように思います。

 

これからも楽しみです!!!🌟🌟🌟

頭脳中心から ハート中心の文明へーメンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

メンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

今月号の特集の一つは、

「頭脳中心からハート中心の文明へ」です。

 

ハート中心の文明へ②

 

ハート中心の文明へ③

 

頭脳中心からハート中心の文明へという意味は、すごく簡単な言い方で言うと、頭で考えることからより感じることへ、という意味だと思っています。

 

または、複雑で分断された世界から、本質をつかみつながる世界へ、みたいな方向性でしょうか。

 

本当に大切なものを豊かにみんなで一緒に味わいましょう、というニュアンスだと思います。

 

以下の記事より引用です。

 

「ハートメタは施術をする人を通して、施術を受ける相手のコアな部分につながっていきます。

 

すると、自分でも気づかない奥深くにあるブロックや制限が浮上し、内なる自分の最も深い部分からいま自分に降りかかっている問題の理由や原因が伝えられるのです。

 

その人自身が、「自分の中にすでに答えがある」という感覚にたどり着くことができるので自分で自分を癒すツールと言えるでしょう。

 

また、すでに科学的にも証明されていることですが、肉体の細胞にもさまざな記憶があります。

 

これらの記憶を変容させることで、感情レベル、メンタルレベル、スピリチュアルレベル、肉体レベルの4つから根本的な変化をもたらすことも「ハートメタ」の特徴です。

 

その人の細胞レベルでの周波数を変えることができるのです。

 

 

。。。

 

中略

 

ハートメタトレーニングは日本から始まりました。

 

香港、アメリカと続いています。

 

日本から始めたのは、あるときそういうメッセージが届いたからです。

 

日本という国はピュアなエネルギーを持っているのです。

 

私は、東日本大震災の直後の2013年に初来日したのですが、その時に受け取ったメッセージは、フェニックス(不死鳥)が灰から起き上がるという内容でした。

 

このメッセージからも、日本は純粋性が高く、力強く、不屈の精神にあふれている国だとわかります。

 

そして、日本という国は感情を解放する準備ができていて、それがすでに始まっています。

 

日本では何世紀も感情というものは内側に隠されてなければいけないという美徳や教育がありました。

 

しかし、今こそさまざまな感情に気づき、外に出していくべきだと気付き始めた人、目覚め始めた人がとても増えてきています。

 

感情を解放するためにも、この「ハートメタ」のツールは非常に役立つものになるでしょう。

 

引用終わり

***

 

ハートメタセッション受付け中です!!!

 

https://chikaonaka.com/ハートインテリジェンス/

 

思考法と思考の整理 ー なぜ「考えられない人」が増えているのか?

最近、考え方について教えて欲しいと言われました。

 

確かに、考える方法についての本がたくさん出ています。

私はある会員制のライブラリーの会員ですぐに話題の新刊に触れるので、けっこう敏感です。

 

 

この写真は、この2週間だけで目にした「考える系」の書籍です!(びっくり)

 

 

確かに、考えられない人が増えている、とよく聞きます。

なんでも、ググッてなんらかの情報が得られるからでしょうか。

 

AI(人工知能)の時代が始まっているのをリアルに感じ始めてるからでしょうか?

今の教育と社会や企業のニーズがあってないとも聞きます。

 

詰め込み式の暗記教育は今の問題を解決できない、とも言われなす。

今の問題は複雑すぎて、今までの知識の延長で答えがでるわけじゃないからです。

 

 

しかも、問題が複雑になればばるほど知識の価値は下がる、という公式があります。

それは本当にその通りだと思います。

 

世界が複雑になると知識の価値は落ちる

 

⏫ Q思考より

 

では、「考える」ってどういうことをいうのでしょうか?

 

それに答えるために、そもそも「考えてない」と言われる現象はどういうことなのかを見てみたいと思います。

 

ー今までと同じことしか出てこない

ー頭がからっぽになる

ーモヤモヤしたままで思考停止状態になってしまう

ー会議で意見を求められても無難なことを言ってしまう

ーここではこういう意見が求められているだろうと思われていることを言う

ー答えはこうだろう、先生はこういう答えを欲しているだろう、という意見を言う

ー思っていることが口に出せない

ーこんなこと言ってもいいんだろうか、と自分の意見を引っ込めてしまう

ーどうせ私の意見は大したことないし、と思ってしまう。

ーマニュアルじゃないことは答えられない

 

 

さらに、それを掘り下げてみます。

それってどういうことでしょうか?

 

ー視野が狭い(同じ延長しか考えられない)

ー教えられたとおりにしかできない(自分で判断できない)

ー自分の意見を表現する自信がない

ー自分の意見を否定されるのがこわい

ー自分の意見が大したことないと言われるのがこわい

ー感情がモヤモヤとなって見えなくさせている

ーさめてる

ー諦めてる

ーどうでもいいと思ってる

ー不安でいっぱい

ー失敗するのがこわい

ーこうであるべきだという自分の中の理想像や完璧主義で自分を縛っている

ー対立や摩擦がきらい

ー他人に合わせているので自分の意見がわからない

 

 

その原因は?

ーいつもこうやるべきだというやり方を教えられてきた

ーピラミッド型の組織で自分の判断を求められることがない

ー自分の意見が本当に尊重された体験がない

ーただいろんな意見があってもいいという場を体験したことがない

ー自由にみんなが意見を出してそれが一つのより大きな答えを生み出す体験をしたことがない

ー正解があると思っている

ーお手本がどこかにあると思っているから考えるのをやめてしまう

 

思いついたことをブレスト的にリストアップしてみました。

 

ではどうしたら自分で考えられるようになれるか?

 

なかなか深いテーマですが、続けて書いていきたいと思います。

これって「燃え尽き症候群ですか?」ー仕事や人間関係、人生を次のステージにあげてくれるもの

「燃え尽き症候群」の特徴は単に身体的に単に疲れているだけではない、ということです。

 

 

自分は燃え尽き気味なのでしょうか?

これは燃え尽き症候群と言うんでしょうか?

 

 

となんらかの自覚症状としてあげられるのは例えば以下のような症状です。

 

ーやる気・意欲が湧かない

ー身体に力が入らない

ーこのままでいいんだろうかと憂鬱になる

ー突然感情的に不安定になる

ー急にとても寂しくなる

ーむなしい。。。

 

 

特に、こうした体験や感情が積み重なった場合です。

 

・これって本当に私がやりたかったことなんだろうか?(失望)

・私が求めていたのはこんなもの?(失望)

・なんでこんな扱いを受けなければいけないのだろう?(人間関係における不当な評価や扱い)

・これって意味があるんだろうか?(無意味感)

・本当に自分がやりたいことってなんなんだろう?(焦り、虚無感)

・この状況をどうすることもできない(無力感)

・どこまでやっても終わりがない(圧倒感)

 

・でも、自分の悩みはとるに足らない。(対人援助疲労)

・「自分がいなければならない」「もっと〜べきだった」(〜べき)

・「あの時はもっとこうできたんじゃないか?」「なんであの時はああしなかったんだろう?」(後悔)

 

 

もう一つの大きな特徴は、「頭」では「もう大丈夫。もう十分休んだはず」と理解しているつもりでも「身体」が思うように動かない、という点です。

 

 

これは、部活から就活まで、または、「もうキャリアも15年以上を超えるけどなぜか最近身体に力が入らない」というケースまで程度の差はなんであれ、いつでも起こりえます。

 

こうした兆候を必ずしも「燃え尽き症候群」と呼ぶ必要もありませんが、ポイントはこの時点では一見「周り道」のようにみえることが、人生の次のステージに持ち上げてくれるための鍵だ、ということです。

 

 

そういう意味で、私自身は、「燃え尽き症候群」自体は必ずしも「悪い」こととは思っていません。ただ、人生のフォーカスやルールが変わってきます。

 

 

キーワードとしては、

 

セルフケア

バランス

感情

関係性(人間関係)

受容

ゆるし

でしょうか。

 

 

人生のゲームのルールが変わってくるという意味は、

 

⇨「がんばる」だけでなく自分の限界や弱い部分も「受け入れる」ことを学ぶ

⇨「感情」は排除したりコントロールしたりするものではなく、魂からのメッセージであると捉え、その本当のメッセージに耳を傾けること

⇨他人を喜ばすことから自分を喜ばすことに焦点を向けること

などです。

 

 

この段階では、それまで溜められていた感情的な体験や傷が噴出することがあります。

そうした感情面での「未完了」を「完了」することが大切です。

 

 

 

特にこれまでの職場での人間関係や、これまでの人生におけるバランス(バランスが欠けている部分)がよりハイライトされてくることがあります。

 

 

私たちは、こうした感情を扱うことを私たちは習っていないので、なんとか「ないこと」にしようとしたり、排除しようとしたり、大抵「ワーカホリック」になってこうした体験や感情を押し殺そうとします。

 

 

ただ、私たちは人間なのでそれを無視し続けることは健康的ではありませんし、心と身体は繋がっているので、それが気の流れを邪魔してのちに「身体の不調」として体験する人もいます。

 

 

また、感情を押し込めることは情熱や喜びまでも押し殺してしまうことになります。ますます、「やりたいことが分からなく」なってしまいます。

 

 

ネガティブな感情もポジティブな感情も両方合わせて受け入れることを学ぶことができます。

 

 

 

身体が空っぽで朝起きれなかった私が復活したまで

「今のあなたの『自信』の大きさはさくらんぼ位。」

 

ちょうど3年前位に初めてわたしの先生であるサンドラに会って数ヶ月後経った頃に言われたことです。

 

私がPTSDから燃え尽き症候群になって、気力が枯渇してまだ気力も体力も復活していなかった頃でした。

 

がびーん!!!

 

でも正にその通りだったのです。

 

燃え尽きると、自信もなくすし、引きこもりがちになります。

 

朝起きられない、何のやる気もしない時期も続き、ますます自信をなくすという悪循環にはまります。。。

 

 

身体が空っぽになってしまったかのように、身体にまったく気力が入らず、

 

1日のルーティンといえば、ゆっくり起きて近くを散歩するのがやっと。

 

何もやる氣がしない。誰かに会う気力もないし、こんな姿を人に見られたくない。。。

 

 

少しよくなったと思ったのに、また起きられない。。。

 

ともかく身体が「重い」のです。

 

 

わたし自身がこの症状に当てはまることを知ったのはもう少し後のことだったのですが、私は、二次的外傷性ストレス、またはセカンダリートラウマと呼ばれる(secondary trauma)と呼ばれる症状を受けてました。

 

 

国連時代に受講した「トラウマケア」に関する研修を受けた時の資料にこう書いてあります。

 

 

「安全を脅かすような出来事に会ったり、極度の緊張状態が続いている時、それは脳の神経系統に影響を及ぼします。

 

それは、竜巻のようなエネルギーが身体の中に溜まっている状態で、そのエネルギーが数週間のうちに解放されるか統合されないと、いわゆる『トラウマ』の状態を引き起こします。」

 

 

記憶は断片的になり、思い出すことができる時もあれば思い出せない時もあり、感情を抑圧し無感覚状態(numbness)になります。時には激怒や不安、鬱や絶望として現れます。

 

 

そうした環境に長い間身を置くこと、または、そうした影響を強く受けた人たちに関わることによって似たような症状を受けることがあり、それは「二次的外傷性ストレス」(secondary trauma)と呼ばれる。」

 

こうした症状から回復するには、身体からトラウマのエネルギーを解放することが必要だと言われていました。

 

アフリカには伝統的にこうしたことに対処するための踊りや儀式が存在しました。

 

いわゆるセラピーやカウンセリングでは、やはりいろいろなメソッドが存在しますが、少し前のセラピーでは、追体験をしたり、感情を感じ切るというアプローチが使われていました。

 

 

今回、再生をしたことをきっかけにPTSDの回復の過程についてまとめてみたくて、図書館で15冊くらいPTSDやトラウマと名のついたものを借りてみましたが、やはりそうしたアプローチが中心でした。

 

 

ただ、この過程を通ってきた人の立場から言うと、感情を感じ切るのは正直しんどいです。

 

それを聞くだけもう無理。。。と思ってしまいます。。。

 

グッドニュースは、最近のメソッドは感情を感じ切る必要はないですし、追体験する必要もないということです。

 

特にエネルギー的に繊細なタイプの人にとってこれはとても大きな点です。

 

 

この前、私のセッションにいらしゃった方で、エネルギー的に繊細なタイプで「燃え尽き症候群」の方がいらっしゃいました。

 

彼女がちょっと不安そうに、「あのー、感情は感じきらないといけないのでしょうか?」と聞くので、

 

「いいえ。感じ切る必要もないし、追体験する必要もないですよ。ただその重いエネルギーを解放すればいいだけです。それが簡単にできるメソッドがありますよ。」と言ったら、すごくホッとしてました。

 

私自身も「ハートメタワークショップ」で、私の中のトラウマ体験やら「重い」エネルギーが解放され、気力も体力も戻って来るのを感じ、ようやくよくなる兆しが見えた時には大きな安堵を感じました。

 

 

私の場合、一回だけでなく数回必要だったけれども、毎回確実に身体が軽くなっていったので、気持ちも前向きになり始めました。

 

そして、その瞬間を今でも覚えているのですが、特に何も理由がないのに、幸せと穏やかさを感じられた時には「ああ、私特に何もなくてもハッピー!」ってスキップしたくなったのを覚えています。

 

ハートメタワークショップを受けた次の日の朝に顔を洗った時、肌がすべすべになって、顔が文字通り明るくなった時もありました。

 

 

今回、PTSDに関する本を15冊くらい読んで知ったことですが、アメリカではベトナム戦争からの帰還兵に対処するためにPTSDに関する研究とケアが始まり、9.11とアフガンとイラク帰還兵のPTSDに対処するために、トラウマケアに関する研究がさらに進んだのですが、それでも人によっては10年以上、もしくは、20年も30年もまたはそれ以上もPTSDに苦しんでいる人がいるとのことです。

 

そう考えると、今私が完全に復活し、しかも直感力もヒーリング能力も開花し、新しい自分に「生まれ変わる」ことができたのは、「奇跡」のようにも感じます。

 

トラウマケアの世界で知られている概念に「トラウマ後の成長」(post-traumatic growth)というものがあります。

 

それは、大きな人生の危機や惨事にあった時、人は「回復」するのではなく、文字通り、「成長し」「生まれ変わる」という概念です。

 

 

 

ぜひたくさんの方に受けていただきたいと思ってます。

 

 

⭕️ 人生の転換期にあると感じている人、

⭕️ この激動の時代に地球に生まれてきたなんらかの意味があるはず、と感じている人、

⭕️ 思いっきり自分を表現したい人へ

 

 

ハートメタワークショップ⇨goo.gl/w6jTRJ

2017年をフレッシュにスタートしたい人のための楽しく実行できる「新年の意図」のやり方

 

2017年はどんな年にしたいですか?

 

 

「新年の抱負」というと、今年こそは~するぞ!というようなイメージですか?

 

効果的な新年の抱負の立て方とは、「やるべきこと」とやめて、先に「想像すること」「感じること」だと聞いたら驚きますか?

 

 

だって、最初の数日は意気込めても、新年の抱負が「やりたいこと」よりも「やるべきこと」になってしまったり、「To do list」のようになってしまったら、楽しくないですね。

 

 

3日間、または一月の終わり位まではなんとか頑張れても、やはり楽しくないと続けるのは限界がありますね。。。

 

 

では、どういう方法が役に立つでしょうか?

 

このヒントをくれるのが音楽家や表現する人たちの体験です。(^^)ニコ

 

さっきまで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを見ていて、昨年、ウィーンフィルのフルート奏者の人と交わした会話が効果的な「新年の意図」の持ち方にも当てはまるなと思ったので、その方法をお伝えしていきたいと思います。

 

Rehearsal of Vienna Philharmonic New Year's Concert 2015
epa04542861 Indian conductor Zubin Mehta (C)attends the rehearsal of the Vienna Philharmonic New Year’s Concert 2015 at the Musikverein concert hall in Vienna, Austria, 30 December 2014. The traditional concert is staged every year on 01 January. EPA/HANS PUNZ

⬆️ ウィーンフィルニューイヤーコンサート最多指揮者の一人

「世界的巨匠」スービンメタ@2015年コンサートより

 

 

ウィーンフィルと言えばいわずも知れた世界最高峰のオーケストラ。

そのニューイヤーコンサートは世界40ヵ国以上に生中継されるそうです。

 

 

昨年の2016年10月の来日公演で来日した団員の何人かに取材・インタビューする機会に恵まれました。

 

取材記事はこちら➡️

「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」②

 

 

何人かの人とはおしゃべりもしたので、テレビの画面を見ながら、

「ああ!フロシャウワーさんだ!」「ブラーデラーさんだ!」などと思わず声が出てしまいました。

 

 

実際に言葉を交わすととても気さくな人たちですが、さすがに観客も最高に着飾ったニューイヤーコンサートという華やかな舞台での演奏を見ると改めて、

 

 

「ああ、あの人たちは本当に第一線で活躍する超一流の演奏者なんだなあ〜」と思いました。

(ハハハ、当たり前ですね)

 

 

ところで、そのインタビューで印象に残った会話の一つは、来日公演でソロ演奏もしたフルート奏者のディータ・フルーリーさんに中学生から向けられたこんな質問でした。

 

 

「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」

 

私はたまたまその場にいたので、「通訳をしますよ」と申し出て、その会話に立ち会うことになったのですが、それに対する彼の答えはこうでした。

 

 

「自分の出したい音を想像するんだよ。」

 

「そしてそれを技術や呼吸、自分の持っている全てを使って表現するんだ。」

 

「その音に近づくために一生練習し続けるんだよ」

 

 

ここでのお伝えしたいポイントは、「自分の出したい音を想像するんだ。」という部分です。

 

 

彼は「Imagine!」 と言っていました。

 

 

つまり、先にイメージが見えている・感じられているという訳です。

 

 

私は彼の言葉を通訳をしながら、彼の中には先に音が聞こえているんだな・見えているんだなと感じたのを覚えています。

 

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⬆️ フルーリーさんに質問をする学生

 

そして、それを聞きながら、私自身も「やっぱりそうなんだ!」と腑に落ちたのは、私も原稿を書く時にまったく同じような過程を体験することです。

 

何かを書きたいと思った時には、これとこれを繋げようみたいな全体像が先に見えています。

 

 

あなたかも大きなエネルギーの塊が頭の斜め上(松果体のあたり)にある感じがします。

 

たぶん、実際にそんな感じなんでしょう。

 

そして、それを言語化するという作業に入る訳ですが、内容(エネルギー)の密度が濃い時には少し時間がかかる時がありますが、集中していればある塊の部分は大抵一気にできます。

 

 

この「インスピレーション」が強い時には、逆にそれを「外に」「出さないと」(表現しないと)気持ち悪いくらいです。

 

 

 

そして、フルーリーさんに、「私は楽器は演奏しませんが、『書く』時にまったく同じようなことを体験します。」と言ったら、彼は「ああ、そっかあ!」と言って、互いに通じ合じあった瞬間がありました。

 

 

絵を描く人、フラワーアレンジメントをする人からも似たような体験を聞いたことがあります。

 

 

表現方法はそれぞれ違えど、「創造性」・「クリエーティビティー」を表現する過程というのは、誰でも似たような体験を経るようです。

 

 

では、これは新年の抱負とどう関係するのでしょうか?

 

この話しのポイントは、人間はこれは頭(思考)で「考えること」は考えたままで終わってしまうことは多いけれども、「感じること」を人間は覚えているということ、その積み重ねが日々の体験を作っていくということ、

 

そして、「決めること」を体験していくということです。

 

 

2013年に2020年オリンピックの誘致プレゼンのコーチを務めたMartin Newmanさん(キャメロン首相やプーチン大統領のコーチもつとめた人)が話していたことですが、

 

 

プレゼンの構成や練習をする前に一番初めに決めたことは、「どんな印象を残したいか」を決めることだったと言っています。

 

 

そして、滝川クリスタルさんを初めとするプレゼンチームは、チーム全体の印象を『Shining』(輝いていること)に決め、イスタンブールやマドリッドを抑えて「TOKYO 2020」を勝ち取ったという訳です。

 

 

さて、2017年どんな体験をしたいですか?

 

 

フレッシュな

自由な

活力溢れる

充実した

輝く

躍動感ある

慈愛あふれる

受け入れている

安らぎのある

平和な

 

???

 

まっさらなキャンパスに一から絵を描いていくような楽しみがありますね。

 

(^_^)ニコニコ

 

 

 

2017年がみなさまにとって素晴らしい年でありますように願っています!!!