消防職員, 警察官, 教職員、被災者の方で「もっとできたんじゃないか?」と苦しまれている方へー国連や対人援助職の心のケアについて

3.11から早いものでもう丸9年が経つのですね。

 

3月7日付けの新聞記事で、東北の被災3県でのアンケート調査から、PTSDと見られる症状に当てはまると答えた人が二人に一人にものぼることが明らかになりました。

 

例えば、このような回答が寄せられています。

 

「震災のことは話さないようにしている」(20%)

「震災のことがいきなり頭に浮かぶ」(15%)

「震災についての感情は麻痺したようだ」(13%)

「ちょっとしたことでドキドキする」(13%)

「震災を夢にみる」(11%)

「震災を思い出すと汗ばみ、苦しくなる」(6%)

 

これらはいずれも、PTSD診断に使われている項目です。

 

また、5人に1人が震災が近づくと気分が落ち込むと答え、自分が生き残ったことに罪悪感を感じるという人もいるそうです。

 

その中でも、消防職員、警察官、教職員という人たちが、「私よりもつらい人がいるから」、「被災者を差し置いて、自分のような立場の人が心の問題を語るのは心苦しい」、「同じように苦しんでいる人がいるから」と考え、弱音を吐けない、また援助を求めるのにためらう傾向があることが改めて浮き彫りになりました。

 

参考文献:  朝日新聞首都圏版 3月7日朝刊 35面より

 

9年も経って、まだこうなのかと驚く方がいるかも知れませんが、「時が解決する」という一般的な考え方とは反対に、時間が経てば解決されるとは限らないと言われています。

 

私自身も国連職員として南スーダン、東ティモールといった国で援助に従事し、燃え尽き症候群(バーンアウト)になった体験があるので、こうした心理状態がよくわかります。同僚と上司を数名亡くし(過労、病気、爆破)、南スーダンを離れた後に内戦が勃発した際には、南スーダン人の友人・同僚たちからは家族を亡くしたという連絡を受け、携帯越しに銃弾の音が聞えたこともありました。また、独立を目指して整備してきた建物が破壊された様子を目の当たりにした時には大きなショックを受け、自分だけ安全な国にいていいのだろうかといった「罪悪感」(サバイバーギルト)に悩まされたこともありました。

 

国連を離れてからもしばらくは、「もっと困っている人もいるのだから、自分の悩みはとるに足らない」と自分を納得させようとしたり、「あの時はもっとこうできたんじゃないか?」という気持ちにしばらく圧倒されたこともありました。ですので、こうした気持ちは痛い程よくわかります。

 

燃え尽き症候群にかんする研究の中で、「対人援助過労」(caregiver fatigue)という言葉があります。

 

対人援助職に従事する人の中には、自分のためだけには頑張れなくても、なんらかのチャレンジに置かれても、自分の目に前の人の状況のためになんとかしたいと思うことで、大きな力を発揮するようなタイプの人たちも多いとされます。自分が人の役に立っていることに大きな意義をおき、それをさらなる原動力とモーチベーションとする人たちも多いと思います。

 

同時に、自分の目の前にいる人がなんらかの苦痛を抱えている状態に対して、自分が何もできないと感じたり、自分が思うように応えられていないと感じると大きなストレスを感じる傾向も強いと言われています。

 

また、自分の職務とアイデンティティーが同一化されてしまうと、何らかの問題に対して、自分のせいじゃないかと自分を責める傾向があったり、さらにストレスを溜め込みむ傾向や、「自分は十分にできていないのではないか?」といった失敗感を抱えることもあると言われています。

 

結果、自分に対して落胆したり、無力感を感じたり、「自分は価値がない」とも感じ、そうした無力感を補うために、必要以上にワーカホリックになることも指摘されています。

 

また、自分のケアよりも相手のケアを優先し、自分を犠牲にしてまで周囲の要求に応えようとする傾向があることも指摘されています。まさに、3.11に関する新聞記事の通りだと思いました。

 

こうした現象は、カウンセラーやソーシャルワーカー、医療従事者などの対人援助職の間で、「対人援助過労」(caregiver fatigue)と呼ばれています。

 

参考文献: 対人援助職の燃え尽きを防ぐ:個人・組織の専門性を高めるために

https://v.gd/7InGoG

 

実は、わたしが10年ほど働いていた国連でも同様の問題が指摘されてきました。

 

2013年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって行われた調査によると、47%のスタッフがなかなか寝付けない、57%の職員が空虚感を感じたことがあると回答しています。現場で人道援助に関わった人の5%~10% がなんらかの形でPTSDのリスクを抱え(30%とする指摘もある)、40%以上の人が燃え尽きのリスクに晒されているという調査結果があります。

 

リスクのある環境に長い間身をおくこと、そうした体験をした人と一緒に働くこと、または、トラウマ的な体験をした人たちの支援に関わることなどは、二次的トラウマ(secondary trauma)と呼ばれ、直接、災害や紛争を体験することと同様レベルのトラウマを体験する可能性があることも指摘されています。

 

こうした公式な統計は氷山の一角とされていて、人道援助、平和構築従事者の燃えつき症候群(バーンアウト)の課題は以前よりは少しづつ認知されつつありますが、その理解も、その防止に向けた組織的な取り組みもまだまだ限られています。日本における教職員、消防職員、警察官、自衛官、医師、医療従事者といった方々の問題も同様に、かなりの数の方がいるのではないかと推測しています。

 

そうした現象や傾向があることが知られていないと「自分が悪い」として、自分を責めてしまう傾向があるので、自分を責める必要はない、ということを一番お伝えしたいです。

 

自分を責めるのではなく、当時のつらいことを思い出す必要もなく、癒しのプロセスを一歩一歩進めていくことは可能です。私自身、「境界線」(boundary)という考え方を学んだり、たくさんの学びや解放、ヒーリングを受ける恵みに授かり、重かった身体が嘘のように元気になっているだけでなく、新しい身体と心を与えられ、前よりもさらに良くなっているという感覚をはっきりと受けとっています。

 

癒しは段階的に進んでいきましたが、その過程では、自分が責任を持つ範囲を明確にする健全な「境界線」(boundary)を持つことが大切であることを学んだり、それまで気づかなかった自分の特性について発見したり、ある段階からは、アメリカをはじめ世界各地で実践されている回復のアプローチに取り組む中で、ある時に自分の中で視点が変わったとはっきりと感じる瞬間がありました。今では、単なる回復ではなく「再生」を受けたことを、喜びと感謝とともに自覚しています。

 

自らの回復の経験から、同じような体験を持つ方々のサポートをしたいと思い、これまで、国連職員、医師、医療従事者、臨床心理士、JICA職員といった対人援助職の方などの燃え尽き症候群からの回復をサポートしてきました。

 

とくにこのような方にはご相談いただきたいと思っています。

 

⭕️ 対人援助職で身体的な疲れ以上のものを感じている方、燃え尽きた方

⭕️ 対人援助職は自分の適職、天職だと感じているが同じやり方では続けられない、別の方法を身につけたいと感じている方

⭕️ バイタリティーや活力を取り戻したい方へ

⭕️より効果的に人に関わり援助できるようになりたい方へ

⭕️ 人生の転機にあると感じている人

 

どうぞお気軽にご連絡ください。💛😊💛

カウンセリングについて⇨トラウマケア

*東北の被災3県の方には別途設定の代金でお受けしています。

 

燃え尽き症候群, PTSDとうつからどうやって回復したのか?

燃え尽き症候群とPTSDから回復したことーその体験から今同じような体験をしている方にお伝えしたいこと

究極の弱肉強食の世界でも「強いもの」がいつも「弱いもの」に勝つわけではない❗️ーケニアでみたライオンといぼいのししの勝負

ケニアに野生動物を見にいった時に

とても印象に残っているシーンがありました。

 

目の前でイボイノシシの親子たちがのどかに草をはんでいました。

イボイノシシとは、一見ぶたのようなちょっと短足なちょっと

「かわブサイク」な子です(失礼!)

 

子供たちはまだ産まれて数ヶ月なのでしょう。

母イノシシの周りで草をはんでいます。

 

そんなのどかな風景がありました。

それが一転緊張状態に!

 

数百メートル先にいたライオンが急にむくっと立ち上がり、イノシシたちに狙いを始めたのです。

 

野生の動物を見るということは、自然界のなりたちを見るということ。

 

それこそが見る価値があるということなのでしょうが、ライオンが一気にダッシュを始めた時には私は思わず一瞬息を止めてしまいました。

 

イボイノシシママはライオンのダッシュを察知するやいなや、一斉に号令を出したようでした。「散らばれ!」と。

 

子供たちは四方八方に散らばりました。

 

すると❗️

 

ライオンはイボイノシシの子供たちが四方八方に逃げていくのについていけず、「捕獲」は失敗したのです。

 

身体の大きさも足の長さも速さもすべての面で「勝っている」と思ったライオンでしたが、小回りは苦手だったのです。

 

これを「勝敗」とするならば、イボイノシシがライオンに勝ったのです。

 

究極の弱肉強食の世界でも、「強いもの」がいつも「弱いもの」に勝つわけではありません。

 

誰にもどんなものにも長所と短所の両面あります。

 

例えば、きりんは優雅に歩き、長い首のおかげで草原を遠くまで見渡し、

敵の動きをいち早く察知できますが、水を飲むのは大変です。

 

 

ライオンはライオン。シマウマはシマウマ。イノシシはイノシシ。

ライオンだけがいても自然じゃないし面白くありません。

 

ぜんぶの存在があることが「自然」。

 

人間も自然界の一部です。

 

ps. ちなみに、目の前で見る野生の象やキリン、ライオン、チーターの迫力満点です。動物園で見るのはまったく違う感動があります。

 

ドバイ経由で行くとヨーロッパに行くのとフライト時間はほぼ一緒です。

 

おすすめです!!!(*^-^)ニコ

 

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Photo: Chika Onaka

 

 

「分からない部分」が減るほど未知の不安も確実に減っていくー 国連の分析手法から学んだ不安を確実に分解していく方法

南スーダンで働いていたと言うとよく聞かれるのが、「怖くなかったですか?」という質問です。

 

もちろん日本にいる時と比べれば、気をつける点はたくさんありますし、夜の7時には無線による点呼というものが全職員に義務づけられていました。これは携帯電話の電波が使えなくなることなどを想定して、無線での連絡手段を確保しておく意味があります。

 

南スーダンでは、治安研修の一環として万が一人質にとられた時の対応についても習いました。

 

(アフガニスタン、南スーダンやソマリアなどに派遣される国連職員とNGOのスタッフが現地で受けます)

 

東ティモールでは銃が発砲された時に居合わせたこと、また、南スーダンではお金をせびる兵士に銃を向けられたことが一回だけありますが、相手はお金をせびることが目的だとすぐにわかったので、落ち着いていられました。

 

そうしたリスクは存在するので、まったく怖くないと言ったら嘘になりますが、例えば、そうした出来事が「組織的なものなのか」、または「突発的なものなのか」という点で「脅威」に対する判定は大きく変わります。

 

経験を積むにしたがって、何かしらの出来事が起こってもそうした基準に従って、「今回は報道で言われているよりも大したことないな」、「あっ、今回は注意した方がよさそうだ」、とかなり判断できるようになっていきました。

 

PKOが展開する国や地域の情勢を分析する手段として、脅威分析(threat analysis)やリスク分析(risk analysis)、シナリオ分析(senario analysis)といった分析手法があります。

 

どんな手法も完璧ではないし、どんなことであっても完璧に知ることも予測することも出来ませんが、私が国連PKOの現場で学んだのは、もし「脅威」や「怖れ」というものがあったら、それを一つ一つ分解して、対処法を考え準備することはできるということ、そして準備をすればするほど、漠然とした不安は減る、ということでした。

 

脅威分析(threat analysis)やシナリオ分析(senario analysis)といった手法についてここでは詳しい説明はしませんが、どの手法にしても、分析を始めるにあたって非常に重要となるのは、何がわかっていないのかをはっきりさせること、わかっていない点があるのならばそれについての情報収集を徹底的に行うという点でした。

 

どんな分野であれ、何かに対して結論を導こうと思ったならな当然ながら十分に情報が必要なのです。

 

そして、以下のような手順で進めていきます。

 

① 現在地の把握

今どんな情報があるか?何がわかっていて何がわかっていないのか? それはどこに行ったらわかるのか?誰に聞いたらわかるのか?

 

②情報の整理

情報とは事実と意見を集めたもの。

それに対する人々の意見。

その情報は自分で確かめたか?

その情報を得たことによって新しく分かったことは何か?

 

③選択肢の確認

今どんな選択肢があるのか?

まだ気づいていない選択肢はあるか?その情報を得てどういう選択肢があるとわかったか?選択肢を十分に考えたか?全ての選択肢を洗い出す

 

④シナリオを予測する

もしこの決断を実行に移したらどうなるのか?シナリオ1の場合、シナリオ2の場合、シナリオ3の場合、 一番おそれている結果は何か?一番最善な結果は何か? 結果をどのくらいはっきり予測しているか?

 

⑤ 対策(Course of Action:COA)を考える

ぞれぞれのシナリオで関係する部署はどこか?

それぞれのシナリオに対する対策

アクションプランをあげる

 

Course of Action:COAは軍隊発祥の用語ですが、

これらの思考プロセスは、ビジネスにおける意思決定のプロセスとも共通します。

 

人は全く自分が知らないことや体験したことのないことに対して必要以上に「不安」を覚えます。いわゆる「未知の恐れ」と呼ばれるものです。

 

こうした分析マインドや思考プロセスが私たちの日常にも当てはまると思うのは、もし不安に思うことがるとしたら、「不明な部分」「分からない部分」をどんどん減らしていくことによって、ばくぜんとした未知の不安やおそれ」は確実に減らすことができる、ということです。

 

 

 

ウィーンフィルのバイオリニストは5年間毎年東北を訪れて何を感じたのか?「東北」と「世界」が会って生まれたもの

3.11から丸7年が経ちました。

 

3.11の風化の懸念や福島の問題が未だに根本的な解決が見えないことが残念ですが、

その時の体験や心の深い部分で私たちにいろいろな意味で転換を促した感覚は、まだ確実に心の中に残っていると思います。

 

そして、3.11は「日本人」にだけ特別な意味を持つ出来事ではありません。

 

3.11では海外から合計1640億円もの支援金が寄せられ、同年緊急人道支援を受けたソマリアの713億円の2倍以上で短期間における支援額ではダントツで世界一位でした。

 

そして、支援金だけでなく、多くの人が支援に関わりましたが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ウィーンフィル)が震災後の5年間、毎年東北を訪問し続けていたことはあまり知られていません。

 

ウィーンフィルといえば、元旦に行われるニューイヤーコンサートが世界40カ国に同時中継される言わずも知れた世界最高峰のオーケストラです。

 

ウィーンフィルは、震災以降、5年間東北を訪れ、これまで計42人の団員が宮城県仙台市・岩沼市、岩手県山田 町、福島県郡山市・南相馬市で演奏活動を行い、中高生に音楽を教えてきました。

 

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岩手県の浄土ヶ浜などで、鎮魂のための献奏も行ってきました。

 

その中の一人であるバイオリニスト、ダニエル・フロシャウワーは、過密なスケジュールにもかかわらず、5年間毎年続けて東北を訪れ、中高生に音楽を教えてきました。

 

彼は東北を訪れて何を感じたのでしょうか?

彼を毎年東北に足を運ばせたのは何だったのでしょうか?

そして地元との出会いは何を生みつつあるのでしょうか?

 

私は、それをどうしても彼の口から直接聞きたいと思い、取材を申し込み、2016年10月16日東京赤坂のサントリーホールに向かいました。

 

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⬆️ 東北の学生たちに音楽指導をするウィーン・フィルのバイオリン奏者フロシャウワー(中央)(写真提供: SUNTORY HALL)

 

 

2016年10月16日、サントリーホールでは、「こどもたちのためのコンサート特別公演」が開催されていました。

 

これは被災3県の中高校生が、ウィーン・フィルと共演する夢の舞台です。

5年間の集大成の日です。

 

ウィーンフィルのメンバーを含め、その日の舞台をまとめるコンサート・ミストレスは15歳の高校一年生でした。小学校5年生のときに震災に遭いましたが、それでもバイオリンを続けたいという想いが強く、ウィーンフィルが東北を訪れるのを知ったときにはすごく嬉しかったそうです。

 

その彼女の隣には、彼女が送る合図にぴったりと意識を合わせ、あたかも全身で彼女をサポートするかのようなバイオリニストの姿がありました。

 

それがフロシャウワーでした。

 

彼の真剣な様子から、弱冠15歳のコンサート・ミストレスを一人前の奏者として、そして、共にステージを創り出す仲間として尊重しているのが客席にまで伝わってきました。震災に遭った体験を経て、すっとこの日のために音楽を練習してきた彼女を始め、今日のこの日を迎えステージに立つ中高生全員の勇気をたたえているようでした。

 

 

私はその四日前にも、ウィーンフィルの演奏を聴いていました。世界的指揮者ズービン・メータを迎えての公演は、それはそれは素晴らしいものでした。

 

同時に、私の目の前には、その日にも劣らないくらい懸命に、いや、もしかしたらそれ以上の力で演奏するフロシャウワーの姿があり、私は彼の演奏にどんどん引き込まれていきました。

 

 

演奏後、フロシャウワーにインタビューをする機会を得た私が、「四日前の記念公演とも変わらないくらい、またはそれ以上の渾身の演奏でしたね」と伝えると、即答がありました。

 

 

「当然です。世界的指揮者とでも中学生とでも、演奏家は常に全力で演奏するものです。

私は町民の半分が津波で流された町(山田町)で演奏した日のことを、いまでもはっきりと覚えています。そのとき、自分の音楽が誰かの役に立ったと感じることができたのは音楽家にとって大きな喜びでした。

 

それは、音楽家にとってとても光栄なことです。」

 

「それに」といって、彼はニコッと笑いながら最後にこう付け加えました。

 

「ウィーン・フィルは伝統を重んじるオーケストラですから、たとえばモーツアルトを演奏するとしたら、その伝統的な解釈に準じます。

 

でも、東北の中高生の奏でるモーツアルトは、『ああ、こんなモーツアルトがあるんだ』と私を新鮮な気持ちにさせてくれました。だからこれはWin-Winの関係なんですよ」

 

舞台上で見せる「神々しい音楽家」とはちょっと違う、人間としてのフロシャウワーに触れ、私は彼の言葉を理屈を超えて理解できた気がしました。

 

 

ウィーンフィルフルート奏者

⬆️ 特別公演でソロ演奏をしたフルート奏者ディータ・フルーリーに質問をする学生。「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」「自分の出したい音を想像するんだ。そしてそれを技術や呼吸、自分の持っている全部を使って表現する。その音に近づくために一生練習し続けるんだよ」

 

アフリカには、「人は人を通じて人となる」という格言があります。

 

人は誰もが誰かの役に立ちたいと願う生き物。

人は、他者の存在を通じて自分を知ります。

人の役に立ったと思ったときに、自分の想いや能力、存在意義を発見したり、再確認します。

人の才能も能力も、それを必要としてくれる人がいて成立するとも言えます。

 

私自身、南スーダンなどの紛争地で働いていた時、困難を乗り越えようとする人たちを目の前にしていたからこそ、「私もベストを尽くそう」と、自分の力を「引き出して」もらったと感じたことは何度もありました。

 

では、最後に、東北の中高生は何を感じ学んだのでしょうか?

 

ベートーベンの第九の合唱を一生懸命に練習してきたという福島の女子中学生に、今回の体験を通じて学んだことについて聞くと、こんなことを言ってもいいのかなと、一瞬周りの顔を探るように見渡した後で、こう伝えてくれました。

 

 

「合わせるのは大切だけど『自分』を出すことです」と。

 

 

「世界」との交わりは、世界という「鏡」を通じて「自分」をより浮き彫りにするのでしょう。

 

 

「世界」が東北を知り、東北も「世界」を知る。

そして「世界」を通じて自分を知る。

東北と世界との間で生まれ始めた化学反応。

 

中高生と合同でコンサートをしたのは世界の中でも東北が初めてだったというウィーンフィル。

インタビューをした団員全員が東北への訪問をそして中高生とのコンサートを「満たされる体験だった」と語ってくれました。

 

 

震災による被害や、高齢化や過疎化、人口減少などといった「課題先進国」と呼ばれる東北の問題を決して軽く捉えているわけではありません。でも、震災を経て生まれたものもあるように感じました。

 

 

東北と世界とのつながりがさらに強くより大きく広がっていって欲しいと願っています。

 

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⬆️ 特別公演後、ウィーンフィルメンバーと中高生との記念撮影。

(写真提供: SUNTORY HALL)

日本で3.11に遭遇『音楽家としての使命』を果たすことができずに日本を離れ、2年後 「やり残した仕事」を完遂したBBC交響楽団の贈り物

明日は3.11。

3.11になると思い出す「贈り物」があります。

BBCフィルが3.11の2年後、東日本大震災のための鎮魂のレクイエムを演奏です。

指揮棒が振りおろされた瞬間から涙があふれてくる素晴らしいコンサートでした。

 

それはBBCフィルにとっても特別な体験でした。

 

なぜなら、2011年3月11日、BBCフィルは日本公演のために日本を訪れていて、京都での公演を終え、次の公演地である横浜みなとみらいホールに向かってバスにのっている途中で東日本大震災に遭遇したからです。

 

津波の規模もわからず、なによりフクシマの影響や真相がわからない中で情報は交錯し、空港も封鎖される中で英国で待つ家族の間ではパニックも起きたそうです。

 

情報が交錯し、空港の再開や本国からの指示を待つ中で、同時に「こういう時だからこそ音楽を届けよう」という声も強くあがりましたが、大使館からの指示でけっきょくツアーは後半の5公演を終えることはなくキャンセルされました。

 

「『音楽家としての使命』を果たすことができずに、日本を離れることになったのは心苦しくつらい経験だった」と団員は語り、絶対に戻ってこようとみんなで誓ったそうです。

 

指揮者佐渡裕さんとピアニストの辻井信行さんともぜったいに戻っていて完結しよう、と誓ったそうです。

 

そんな体験を経ての復活ツアーが2013年4月に行われたのでした。

 

彼らの音色には、今度はぜったいに最後までやり遂げるぞという意気込みと日本への大きな愛が溢れていました。

 

指揮者佐渡裕さんとピアニスト辻井信行さんからもこの復活ツアーにかけてきた想いが伝わりました。

 

一番最初の曲は演目にはありましたが、BBCからの申し出で鎮魂のレクイエムが演奏されました。

 

そして、次にピアニストの辻井信行さんが鍵盤に触れた瞬間、隣の人もその隣の人も、会場全体が涙を流していました。

 

1200人のホールと演者全体が一体になったかのように感じられました。

 

最後は前代未聞のスタンディングオベーションでした。日本であんな反応を見るのは初めてでした。

 

BBCフィルの人たちにとっても特別なツアーになったそうです。

 

最後のリハが終わった時、普段は真っ先に食事に走るメンバーたちが、誰も席を立ち上がろうとしなかった。

 

そして、みんなが次々に佐渡さんと辻井さんに「I will miss you」と言い始めたそうです。

 

イギリス人ってシャイな人多いし、世界中のいろんな指揮者と演奏するBBCフィルは普段はそんなことを言わないんだそうです。

 

日本を代表する指揮者&ピアニスト × BBCフィルによる演奏。

 

それは、日本と世界による共同作業を象徴するコンサートでした。

グラミー賞ワールドミュージック受賞ー音楽を通じて憎悪と暴力にNOを! 喜びに溢れたアフリカを!

「アフリカは戦争だけではありません!
とてもパワフルで力強く生きる人がいます。
パワフルな音楽があります。
音楽を通じて、憎悪と暴力にノーと言おう!」
世界の歌姫アンジェリークキジョーグラミー賞ワールドミュージック受賞式にて

Angelique Kidjo SINGS with the Orchestre Philharmonique du Luxembourg wins the Grammy for Best World Music album!

 

“I want to dedicate this Grammy to all the traditional musicians in Africa, in my country, and all the young generation, the new African music, vibrant, joyful music that comes from my continent that you have to get yourself to discover.

 

Africa is on the rise. Africa is positive. Africa is joyful. Let’s get together and be one through music and say no to hate and violence through music. Thank you”


Listen to SINGS here:
https://youtu.be/pBvo9kUB6QU

 

(写真) アンジェリーク・キジョー(Angélique Kidjo)ベナン出身の歌手。現ユニセフ親善大使。アフリカンポップ、レゲージャズを織り交ぜた音楽をスタイルは国際的に高く評価され、グラミー賞(Grammy for Best World Music album)受賞。米紙ガーディアンに「世界でもっとも啓発的な女性Top100」の内の一人として取り上げられる。

日本人が得意な分野「スキルよりも『新しい価値観への適応』をサポートすることが変化の時代の大きな鍵 」ーハーバード大学ハイフェッツ教授 Adoptive Leadership適応型リーダーシップとは何か?

紛争中でも女性はおしゃれを諦めない。

紛争中でも南スーダンの女性が買い求めたものはカラフルなドレスでした。

紛争が終わった南スーダンの首都ジュバで真っ先にオープンしたお店はネールサロンでした。

お店のオーナーの名前はChikaさんでした。

 

 

女性は普段の生活に潤いをもたらしてくれるものにより敏感だから。

戦争よりもおしゃれの方が断然にいいと本能的に知っているから。

女性には子供を宿り産み育てる、本能的なセンサーが備わっているのだと思います。

 

それなのに、なんでまだあちこち紛争が続いているの?という疑問が起こります。

 

いろいろな理由が複雑に絡み合っているのですが、私が国連職員として南スーダンで元兵士の社会統合支援に関わる中で気づいたことがあります。

 

それは、社会全体の制度やあり方がガラッと変わって、価値観の転換が伴うときには、新しい価値観への「心の適応」が一つ大きな鍵となるということでした。

 

南スーダンの内戦は独立闘争だったので、兵士であることは、生存や安全、教育の機会を意味したし、さらに言うと、尊敬、誇り、帰属意識、参加、アイデンティティーなども意味しました。

 

真の変化を生み出すためには、「価値観の転換を必要とするような真の適応課題」=「Adaptive Challenges」に私たちが向き合うことができるようになることが大切だと指摘するのは、ハーバード大学ケネディースクールで長年リーダーシップを教えるロナルド・ハイフェッツ教授です。

 

私たちは問題を専門的に「テクニカル」に議論をするけれども、問題の「本質」は議論されない。解決策はいつも似たりよったりで、問題はそのまま。。。

 

「部族」(会社、政府、組織、NGO, etc.)は、「長」に忠誠を誓って「長」に依存し、

「部族」は「長」に簡単な答えを求めます。

 

追いやられたら困る「長」はニセモノの課題と答えを「部族」に示し、部族は迷走を続けます。。。

 

今度の「長」こそなんとかしてくれるだろうと期待しては失望し、かくして「長」はコロコロと変わります。

 

こうしたパターンは、人間の「部族化」(tribalism)現象と呼ばれています。

 

この数年、世界でポピュリズムやナショナリズムが激しくなってる理由 の一つは、未知の不安に向き合い、答えがすぐに出ないような複雑さや答えのない状 態に耐えるよりは、「不正確でもいいからより単純な答え」を求め、自分に安全をくれると感じられるより大きな集団に帰属感を求めるからだ、という指摘もあります。

 

そうした人間の組織における集団心理を理解した上で、

本当の適応課題に目を向けさせることは、’Adoptive Leadership’=「適応型リーダーシップ」と呼ばれています。

 

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別の言い方をすると、変化に対する不安があるならば時に人々のそうした不安に寄り添い、

人々に安心を与えること、

 

そして、「本当に大切なこと」を見分け、人々を真の成長に導くという働きが求められるということです。

 

職業訓練を行うのも、釘やネジ一つ隣国のウガンダやケニアから輸送しなければいけない南スーダンで苦労をして、元兵士の人たちに技術的な支援を提供することはできましたが、

 

本当に求められていたのは、「心の適応」に関するサポートだったということは多々ありました。

 

これが私が国連職員を経て、コーチングを始めることになった大きな体験の一つでもありました。

 

新しい生活に対する心配があるのならば、その部分に丁寧に耳を傾け、新しい方向性を示すことができます。

 

そういう意味で、紛争地や今の世界で求められている人とは、その社会の中でどんなことが起きているかを観察でき、まだ言葉にされていない部分を理解した上で、よりよい方向へ導くことのできる人と言えます。

 

これは日本人が得意な分野です。

日本の力が世界で求められています。

 

 

(写真) アンジェリーク・キジョー(Angélique Kidjo)ベナン出身の歌手。現ユニセフ親善大使。アフリカンポップ、レゲージャズを織り交ぜた音楽をスタイルは国際的に高く評価され、グラミー賞(Grammy for Best World Music album)受賞。米紙ガーディアンに「世界でもっとも啓発的な女性Top100」の内の一人として取り上げられる。

 

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「新しい時代をほんとうの自分で生きるためのガイドブック』EMPATHY IMPACTを始めました。

変わりゆく時代を生きるためのヒントや元気になる話題をお伝えしていきます。

 

では今時代はどう変わりつつあるのか?

どんなことが大切になっていくのか?

 

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ブログとはちょっと違った投稿や、経営コンサルタント瞑想指導者などの方々から一言メッセージなどありますので、覗いていただけましたら幸いです。

 

 

世界の思想家トップ100、ビジネス界のインフルエンサーThinkers50アレクサンダー アレクサンダー・ベッツ オックスフォード大学教授に会ってーこれらの時代を動かす仲介者(mediator)とは?

ちょっと興奮気味で帰ってきました。

 

アレクサンダー・ベッツオックスフォード大学教授の講演に参加してきました。

 

アレクサンダー・ベッツ教授は、世界の思想家トップ100、ビジネス界のインフルエンサーThinkers50に選出され、TEDトークの視聴者300万人を超えます。

 

今世界で求められている資質の一つは「仲介者」(mediator)だと言われますが、それをまさに実践している一人が、アレクサンダー・ベッツオックスフォード大学教授だと思います。

 

 

仲介者とは、分野や業種を超えて橋をかけられる人のことを言います。

どちらのことも分かって彼らに伝わる言葉で表現できる人です。

今の世界の課題は一つの分野で解決できるものじゃないからです。

 

 

彼は最年少でオックスフォード難民研究センターの所長に就任し、オックスフォード大学教授という「バベルの塔」の頂点にいながら、研究という世界を超えて、難民問題について積極的に関わり、世界的な課題の中心に飛び込んでいく勇気を持っている人です。

 

オックスフォードの大学院ではすごく鍛えられましたし、一流の知性に触れる機会をたくさんいただきましたが、伝統を重んじるオックスフォードでは、私がいた時には、実践的な課題に取り組むことは学問的ではない、という風潮がありました。

 

今回とても印象的だったのは、ベッツ教授が自ら握手をしながら挨拶をしに来てくれたことだけでなく、新聞社の記者からNGOの実務者、研究者などの一人一人の話しにとても「共感的」に耳を傾けていたことでした。

 

Alex Bets 3

 

テーマは、世界の難民問題。

 

決まった答えがあるわけでもないし、理論で説明できるわけでもありません。人の感情が揺さぶられ、かつ、人間の倫理が問われるテーマでもあると同時に、一段上から正義感をふるって説教しても人の心に響くわけでもありません。

 

しかも、現場の最前線にいる実務者は大きなフラストレーションを体験していることもけっして珍しくありません。そういう意味でもけっして簡単なテーマではありません。

 

今回の講演には、朝日新聞と読売新聞社の記者から実務者、研究者など様々な立場の人が参加していましたが、研究者には研究者の言葉を使って学術的な言い回しで返答し、日本の難民問題に関わる人たちは、実証的なデータを武器にいかに政策に働きかけていくか、というメンター的な立ち位置で返答されていました。

 

まさに両方のことをわかり、かつその二つを橋渡しをしながらギャップを埋めていく「仲介者」的な役割が際立っていると感じました。

 

ひと昔のオックスフォードにこのような方はおらず、学術会にも1980年生まれの彼のような新世代が登場しているのだと思いました。

 

公演後の食事の席ではブレグジットにも話題が及び、移民が一番少ない地域で移民に対する不安(離脱支持)が一番高かった点に触れて、

 

「人が移民や『グローバリゼーション』に対して不安を感じるならば、それを丁寧に理解していかないといけない」と言っていました。

 

ワインを片手に続けて彼が投げかけてくれた質問が「学術界と実務者にどうしたらクリエーティブな解決策を促すことができると思う?」とこれまた超ド直球でした。

 

思わずワインを3杯も飲んでしまったよ(笑)

 

ホンモノは「知性」をなんのためにどのように使うのか知っている❗️❗️❗️

 

彼のTEDトークオススメです!

 

 

 

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「新しい時代をほんとうの自分で生きるためのガイド』EMPATHY IMPACTに「仲介者とは?」という投稿を載せました。

https://www.facebook.com/empathyimpact/

 

与えられた問題を解こうとするのではなく、どんな問題を解くべきかを根底から考えることができる人。

複雑な事態やあいまいな状況にも耐え、急激な変化にも対応できる人。

ある時には、徹底的に人に寄り添いながら、別の場面では、誰にも遠慮せず、自らの率直な言葉を発することのできる人。

 

続く

 

すごく納得します。ぜひご覧になってください!

 

https://www.facebook.com/empathyimpact/

 

 

世界携帯普及率100%を超えてーマサイ族も難民も携帯電話を持っている時代に日本に住む私たちは何をすればいいのか?

日本だけしか知らない問題点の一つは、「イノベーション」とか「クリエーティビティー」というものがなかなか実感として感じられないことだと感じます。

 

私がもう10年近く前ケニアに行ったときには、すでにマサイ族も携帯電話を持っていたし、
南スーダンの難民が食料と寝床の次に求めたのは携帯電話でした。

 

つながりと情報はサバイバルに直結するからです。

 

2015年に世界全体の携帯電話普及率が100%を超えて、タイの農民もウガンダの難民もスマホで送金やビジネスをする時代です。

 

Mobile penetration 2015 worldbank

 

タイの農村の人たちが使っているプラットフォームを見ると日本のオンラインバンキングよりもよっぽど簡単で使いやすい時代になっています。

 

まさに、世界のイノベーションの流れを肌で感じます。

 

そんな時代に生きる私たちは、もう日本の常識だけでものを考えていたらまったく行き詰まってしまうでしょう。

 

日本という社会がいかに規制だらけかと嘆くこともできますが、反面、今は、個人が力をつければ海外でもビジネスをできる時代です。

 

だから、学生のうちに、若い時に外に出て海外にでて、そういうイノベーションの現場をどんどん見てこよう、と勧めています。

 

もちろん日本を出たら「不便」だと思うこともあるでしょう。でも、便利さを求めるばかりに、私たちはどんどん力を抑圧されている面もあるのです。

 

日本にはない活気やバイタリティー、ダイナミックな成長を肌で感じることでしょう。

 

自分の中にまだ眠っている力を感じる人もいるでしょう。

 

肌で感じて欲しいと思います!

 

 

 

medic-mobile

⬆️インドの農村で遠隔医療の研修を受ける看護師たち

 

South Sudan IDP Camp

⬆️ 南スーダンの避難民の人たちが携帯電話を充電するスポット

 

 

「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりー自分が先にあって、自分という存在から表現されるものが「存在意義」であり「価値」になる時代!じぶんに乾杯!

わたしは、いろんな国で子供たちに「将来何になりたい?」と聞いて気がついたことがあります。

 

どんな国でも、不思議なくらい答えは同じだったのです。

 

サッカー選手、エンジニア、医者、学校の先生。。。

 

そう。知ってることしか見えない。

 

私たちは、自分が知ってる事、見たことがある事、親が言うことしか知らないのです。

 

そんな「小さな自分の世界」だけで将来を決めようとしています。

 

「2011年に小学校に入学した子どもの65%は、いまはまだない職業に就くでしょう」と指摘したのは、デューク大学のキャシー・デビッドソン教授でしたが、AIの急速な進化でその意味が急に現実味を帯びてきています。

 

「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりつつあります。

 

自分はどんなライフスタイルを望んでいるのか?

自分はどんなことを大切にしたいのか?

 

「職業」が先にあるのではなく、自分が先にあって、自分という存在から表現されるもの、それこそが「存在意義」であり「価値」となる時代です。

 

それが先にあって、結果的にそれに近いものが肩書きとして使われていくのです。そして、複数の肩書きを持つ人たちが増え、既存の肩書きではおそらく表現しきれなくなっていくので、自分でタイトルをつくる人たちが増え、もっと言うと、

 

自分という存在自体が「ブランド」になっていくでしょう。

 

だから、突き抜けた人が輝いていく時代です!

 

自分が自分に戻るだけです!

 

自分が自分であること

 

自分に正直に、思いっきり自分らしくいきしょう!!!(笑)

 

自分に乾杯!

 

いえーい!