今大きな変化が世界で起こる中で必要なものー「知恵を捨てるな。それがあなたを守る」

今大きな変化が世界で起こる中、これまでの自分にとっての快適ゾーンを出て、新しく道を切り開いていくような力も必要になってくるように感じます。

 

中国でのサプライチェーンの再構築も時間はいるでしょうし、これまでとは同じようにいかない時には、これまでとは違うようなことをやったり、知恵が必要とされるような状況におかれることもあるでしょう。

 

自分がすでに持っているものの価値に気づいたり、または自分の中でまだ発揮されていない力を発見するかもしれません。

 

今のキーワードの一つとしては、知恵、レジリエンス、信じる、ビジョン、再生といったものが思い浮ばれます。

 

そんな時、思い出すのは南スーダンで出会ったホテルオーナーです。

 

約40年も続いた内戦の影響でインフラがほぼ破壊されていた南スーダンで、職業訓練センターを建てるにも、文字通り釘やネジ一つを隣国のウガンダやケニアから輸送しなければいけない中で、ホテルを建てていた人がいたのです。コンゴ民主共和國(DRC)の国境に近いヤンビオという街でのことした。

 

彼は、みんながなんとか生き延びていたような内戦の時に、ホテルだけでなく、トラックを何台も持っていて、日本(名古屋)へ行き、日本車(トラック)を輸入していました。

 

しかも、それは川で魚を釣って、それを売ったことからすべてが始まったそうです。

 

彼の経験談は、ないと思われるような環境で、自分に与えられたものを忠実にそして知恵を持って扱うこと、私たちにとっては信じられないような状況でも道は拓かれることを教えてくれるように思うので、シェアさせていただきたいと思います。

 

さて、彼に会ったのは、南スーダンのコンゴ民主共和國(DRC)の国境に近いヤンビオという街でした。

 

すでに、40年続いた内戦を終結させた和平合意が署名されてから5年経っていましたが、首都のジュバでさえ道路が塗装され始められたばかりで、地方へ続く道路は雨季にはまったく通れなくなるような悪路でした。

 

首都と地方への移動・輸送は国連が平和維持と人道支援の目的に運営する国連機にほぼ頼っているような状況で、視察で降りた先でそのホテルを見つけた時にわたしは少しびっくりして、大きな興味をそそられました。

 

ホテルといっても、もちろん日本のきれいなホテルとは比べることはできませんが、シャワーがあって、数時間だけど発電機で発電されたクーラーもありました!

 

テラスに座って、アメリカ人の同僚と少しのんびりしていると、このホテルのオーナーらしき人がやってきました。

 

30歳後半くらいに見える南スーダン人のオーナーでした。

あちらも初めての客に興味があったのでしょう。

挨拶を交わし、会話が弾みました。

 

何をやるにも日本の何十倍ものお金がかかるだけでなく、仮にお金があっても何をやるのも大変な環境。ここにホテルを建てられるこの人、いったいどんな人なんだろう?

 

タイミングを見計らって聞きかかったことを聞いてみました。

 

「どういう経緯でここにホテルを建てることになったのですか?」

 

好奇心半分で聞いた質問だったのですが、そこで聞いた彼の「答え」は私の想像をはるかに超えたものでした。

 

人間の持つ底力と、何もないような状況でも知恵によって道を切り開いていくたくましさを彼に教えてもらったと思います。

 

「それはね。。。」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

彼が生まれた時、南スーダンは紛争の最中でした。

紛争が激化し、学校も中断されてしまう中で彼は思ったそうです。

「このままではただ戦争から逃げ回るだけの毎日になってしまう。自分で生きる『つて』を持たないといけない。」

 

ともかく、「元手」(もとで)を貯めないといけないと思い、お兄さんと一緒に毎日毎日川に釣りに行くようになりました。

 

毎日毎日川で魚を釣っては魚を市場に運び、それを売りました。

ともかく、何日も何日も毎日それを続けました。

彼が13歳の時でした。

 

車はおろか自転車もなかった時です。

 

毎日それを続け、一年たった頃、二人で貯めたスーダンポンドが100ドル程になったのを確認しました。

 

それをより安全な外国のお金に替えた方がいいと思った彼は外国人を探しました。

 

紛争は激しくなっていましたが、すぐには見つからず、自分の稼いだスーダンポンドを家の近くの土の中に埋めました。

 

それからしばらくして、ようやく外国人を見つけました。宣教の目的で来ていたシスターでした。スーダンポンドを彼女とアメリカドルに交換して、生まれて始めて100米ドルを手にしました。

 

その100ドルを大切にしまい、歩いてコンゴ民主共和国へ渡りました。

 

丸3日歩き続けたそうです。当時、紛争で物資が限られていた南スーダンとは違い、コンゴ民主共和国 (DRC)はなんでも揃う夢のような場所でした。

 

彼は考えました。

 

この100ドルで買えるもので、

南スーダンにはなくて

人々が必要としているもので

売れそうなものは何だろう?

彼が思いついたのは女性のドレスでした。

 

「あのね、女性っていうのは紛争中でもおしゃれしていたいものなんだよ。」

 

(ああ、たしかに!!!私は紛争が終わってしばらくしてから首都のジュバで女性向けのネイルサロンがオープンしたのを思い出しました。)

 

「ほら、コンゴのドレスってカラフルできれいでしょ。南スーダンに持って帰ったら飛ぶように売れたんだ。それでね、最初の100ドルが何倍ものお金になったんだ。

 

それでね、またコンゴ民主共和国に行って、またドレスをどっさり仕入れてくるんだ。

しばらくそれを続けたよ。」

 

「次は自転車を仕入れたんだ。当時は車もバイクもなくてね、何度もコンゴ民主共和国に行くようになったんだけど、歩くと丸3日かかるんだ。自転車があったらもっと早くいけるのになあって思って、友人から自転車を借りたのがきっかけさ。」(たしかに!)

 

「これも『読み』が当たって、自転車を欲しがる人が殺到したんだ。最後の方はコンテナ一台分丸ごと運んで来たんだよ。」

 

それからね、発電機の部品を売ることにしたんだ。

ほら、南スーダンって電気がないでしょ。だからNGOとかいろんなところが発電機を調達してくるんだけど、一旦故障すると修理する部品が手に入らないもんだから放っぽらかされる発電機がほんとうに多かったんだ。

 

たしかに!今でもそうです!✨💡💡💡✨

 

これもみごとに「当たったんだ。」

そして、街中の発電機が復活したんだ。

 

次はね。。。

 

(その頃には、私はすっかり前のめりで彼の体験に聞き入っていました。ここからホテルまでどう「たどり着く」んだろう?)

 

「今度はね、貸しトラックを始めたんだ。ほら、発電機にしろ何にしろコンゴとかジュバ(首都)から、物資を運びたいよね。自分で車は持てないけど、1日なら借りたい人は多いと思ったんだ。」

 

これまた納得!そ、そ、そして?

 

「中古の日本車を輸入しに名古屋港に行ったよ。それでね、SUSHIってものが美味しいって読んだから食べたんだけど、うーん、あれだけは、悪いけど、今でも苦手だよ。」

 

彼はちょっと困ったような顔をして、でもこれはゆるしてね、といったような表情を見せました。それからね、、、そして最初のホテルに繋がってきました。

 

「貸しトラックを始めたら、資材を運ぶ人が多いことに気づいたんだ。資材はたいてい家とか施設とかの資材。紛争が終わって安全になると、ようやく壊される心配なく家を建てることができると、貸しトラックの需要が一気に増えたんだ。トラックは何台もあったよ。

 

それでね、人の移動もさらに活発になってきたから、次はホテルが必要になると思ったんだ。

(確かに!!!)

 

と、ここまでが「魚釣り」から「ホテルオーナー」になった経緯でした。

 

自転車にしろ「輸送力」はサバイバルに直結するもの。歩いて何度も国境を越えた体験がそういう発想を生むんだろうなあ、私は彼の発想と、それを紛争の最中のわたしには想像も超えるような環境で実行し、成し遂げたのであろう彼の行動力に感嘆したのでした。

 

「途中、大変なことも多かったんじゃないですか?」

 

「うーん、そうだね。紛争が激しかった時には、国境の途中でよくSPLA(南スーダン人民解放戦線=現在の南スーダン政府の母体)の兵士に止められたよ。お前は何のためにコンゴに行くんだって?聞かれて『商売のためだ』って行ったら、南スーダンの独立のためにみんなが闘っている時に、なんて『愛国心のないやつだ』って言われたんだ。」

 

「それでそうしたんですか?」

「『物資も経済の発展も国のために必要だとみんなが知る時がくる。これが僕にとっての南スーダンに対する貢献だ。通せ!』って言い続けたんだ。」

 

あくまでも「さらっと」話していた彼でしたが、紛争という状況下で、しかも銃を持っている兵士を相手に、それがどれだけ大変なことだったのか、それは決して簡単なことではなかったと思います。しかも、電気も電話もインターネットもない時代と環境の中で。。。

 

今、このような書いてしまえば、なにか筋の通った話のようにもしかしたら聞こえるかもしれません。けれども、このすべてのステップは決してその時には先がわかっていたわけでもなく、その時に置かれた状況と環境の中でベストを尽くし、その時に与えられていたすべての資源(わたしたちには「何もない」ように見える)、を忠実に扱い、最大限に活かして、その一つ一つの道を切り開き続けた「結果」で、そこまで歩み続けた、彼の行動力と遂行力に感嘆したのでした。

 

どんな環境でも、人は可能性を切り開くことができるー

 

彼の体験は少し特別かも知れませんが、戦火から逃れ、生き延びてきた南スーダンの人たちから教えてもらったのは、人間の底力と七転び八起きの精神でした。

 

無邪気な笑顔をたたえながらも、全体と見通すような知恵の雰囲気を兼ね備えた彼。

私は彼に丁寧にお礼を言って別れたのでした。

 

ビジネスに知恵を求める欧米のビジネスマンが読む聖書の箴言(Proverbs)には、こうあります。

 

勤勉な者の手は人を富ます。(箴言10:4)

知恵を捨てるな。それがあなたを守る。(箴言4:6)

知恵はへりくだる者とともにある(箴言11:2)

「神と人の前に好意を得、聡明であれ。」(箴言3:4)

 

「渇いたのどと干上がった地をうるおす水を、 ふんだんに与えよう。 あなたの子どもたちには、 わたしの霊と祝福とを注ごう。」(イザヤ44:3)

 

彼から聞いた話しは文字にはずいぶんと前に書き留めてはあったのですが、今回改めてまとめてみて、励まされると同時に、背筋がシャンと伸びる思いです。

 

忠実な人は多くの祝福を得る。しかし富を得ようとあせる者は罰を免れない。(箴言28:19)

 

 

このような時代だからこそ、淡々とよい行いを行っていきたい思います。

 

このウイルスが速やかに収束して、経済への影響が全世界において最低限に済むように祈ります。ウイルスから守られ、仕事や経済が守られますように。そして、私たちの一人一人が心静まって謙虚になり、一番大切なものを大切にできますように。

 

「道を切り拓くもの」(way maker)

こちらの曲もおすすめです!

 

 

 

新型ウイルスで試される「栄える人、滅びる人」ーオイルショックで何もなかった時にあえて原価で提供して今では六本木ヒルズにコンクリートを卸す業界ナンバーワンになった会長のお話し②

新型ウイルス騒ぎでマスクが高値になって、今度は消毒液までも高値になっているとのことです。

 

その自衛策についてはこちらで書きました。

 

ウイルス予防の消毒対策ーアルコール消毒製品が品薄の時に改めて注目されるヒバ精油

 

また、2020年2月25日東北医科薬科大学病院発行しているハンドブックがとてもわかりやすいです。

 

8ページ目にあるように、感染症にかからない、うつさないためには、「咳エチケット」「 手洗い・手指消毒」「 環境消毒」「 換気」の 複数対策を組み合わせて、一つ一つの対策を確実に行うことで、「できるだけ感染のリスクを下げていく」 という説明がとても分かりやすくていいです!

 

リンク⇨「新型コロナウイルス感染症 市⺠向け感染予防ハンドブック

 

さて、今日お伝えしたいのは、こういう時期というのは、わたしたちはこれから先にも真に「栄える人」になるか、または「滅びる人」になるのか、ということを私たちが試されている時とも言えるのではないか?ということです。

 

オイルショックの時、トイレットペーパーが店の棚から消えた時に、コンクリートまでなくなって、かたや「ぼったくり」商売をする人がでてきたにもかかわらず、自身はそんな時にもかかわらず、コンクリートをほぼ原価で提供することを続け、「あの時お世話になったから」と、その時の「恩」とつながりで、今では六本木ヒルズにも虎ノ門ヒルズなどから、コンクリートはここの会社のコンクリートしか使わないと名指しされ、業界ナンバーワンを保っているという実話があります。

 

株式会社タカボシの創業者、石山伊佐夫会長のお話しです。実は、同じお話しを2月10日にアップしているのですが、このウイルス騒動で、とても大事なことだと思ったので、少し視点を変えて、再度掲載させていただくこととしました。

 

さて、そのご本人、株式会社タカボシの創業者、石山伊佐夫会長のお話しを直接聞く機会がありました。

 

どのようにして、業界ナンバーワンの会社となったのか?

 

その最初の転機が、今のマスクの件ともとても似ているオイルショックの時でした。

 

トイレットペーパーが店頭から消えたのは有名な話しですが、なんとコンクリートまでもが消えてしまったのです。

 

当時、足立区に小さな事務所を構える会社だったそうですが、その石山会長(当時社長)のところにも、おたくにコンクリートはないかね?という問い合わせの電話が全国各地からかかってきたそうです。

 

通常のルートでは石山会長の手元にもコンクリートは手にはいらなかったのですが、でもこの全国からかかってくる電話に対してなんとかしないといけないと思いました。

 

そこで、トラック運転手のお兄ちゃんたちをしきっている親分に会いに行って、直接交渉し、何台ものトラックで幸い、滋賀県のある地からコンクリートの元となる砂利を運んでもらえることになりました。

 

運転手にはきちんと手厚く報酬を払い、せっかく入手したコンクリートをほぼ原価に近い価格で、問い合わせを受けた業者に供給し続けたそうです。

 

苦労して入手たにもかかわらず、なぜほぼ原価で卸しようと思ったかというと、「当時自分の会社は足立区の小さい会社だったけれども、今回を通じてタカボシを知ってもらえたら、ぜったいにお客さんは戻ってきてくれる」という確信があったからだったそうです。

 

ほぼ原価で提供する石山会長に対して、トラック運転手のお兄ちゃん達は「あんたバカか」と言ったそうですが、協力を続けてくれ、その時代にもかかわらず、コンクリートを提供し続けることができたそうです。

 

そして、いったんオイルショックの騒ぎが終わった時、会長の思いの通り、「あの時にあんたのところにはお世話になったから」と言って、ほとんどのお客さんが戻ってきてくれたそうです。そして、今でもその時の人たちと取引きが続いているそうです。

 

やはり、目先のことばかりを考えてはいけないと改めて思います。

 

 

聖書にはこういう言葉があります。

 

わが子よ。罪人たちがあなたを惑わしても、彼らに従ってはならない。」(箴言1:10)

 

「正しい者の光は輝き、悪者のともしびは消える。」(箴言13:9)

 

「不正を蒔く者はわざわいを刈り取る。」(箴言22:8)

 

この箴言とは、ダビデ王の息子のソロモンが書いた「知恵の書」と言われる部分です。富も名声もすべてを手にして、人生のすべてを見て悟ったことを記した知恵に詰まった「知恵の泉」とも言われています。

 

欧米では、経済とビジネスで知恵が欲しかったら、聖書の箴言を開けと言われる部分なんですね。

 

聖書には神の愛が溢れていますが、同時に、神の摂理の厳しさ(それも愛)もはっきりと示されています。

 

「むさぼる」という言葉も出てきます。

 

網を張るのは無駄なこと。すべて翼あるものの目の前では。彼らが待ち伏せしているのは自分の血を流すため、隠れ狙っているのは自らのたましい。

 

不正な利得を貪る者の道はみな、このようなもの。それを得るものたちはたましいを取り去られる。(箴言1:17-19)

 

「鳥がみな見ているところで、網をはっても、むだなことだ」とは、罪人たちのすることは徒労に終わるということを、また、不当な形で利益を得ようとする者の末路は、自分のいのちを失うことになることが示されています。

 

参考サイト:

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?箴言の標語と教訓%281%29

 

こんな時だからこそ、普遍の真理、神の摂理というものを改めて思いおこしたいと思いました。

 

そして、グッドニュースは、「正しい者の光は輝き、悪者のともしびは消える。」(箴言13:9)

 

つまり、オイルショックの時は大変だったけれども、その時にこそ、知恵を働かせて、正しい道を選んで、「あの時にあんたのところにはお世話になったから」と言われて、今でも業界ナンバーワンの会社を保っているわけですね。😊

 

こういう時にこそ、真価が問われるという意識を持って、よい行いを淡々としていきたいです!✨

 

前回の記事はこちらからどうぞ。

 

マスクをなぜ高値で売ってはいけないか?ー六本木ヒルズにコンクリートを卸す業界ナンバーワン企業の会長から学ぶ知恵

 

会話を深め、相手との関係を深めてくれる魔法の質問ー対話の力

私たちはもっとお互いに突っ込みあっていいと思います。

 

どんな時に私たちは相手のことを理解したと感じて、自分のことを理解したと感じるのでしょうか?

 

よく多様性がイノベーションを生むと言われますが、仮にいろいろなバックグラウンドを持った人たちが100人集まってもこの人たちが、相互作用を及ばさなかったら、何の化学反応も新しいことも生みません。

 

例えば、こういう例です。

 

Aさんがある映画が楽しかったと言ったとします。

Bさんはそれを聞いて、「私はね、あの映画が好き」と言います。

 

AさんもBさんも「ふーん」と思って、その会話は終わります。

 

Aさんはあの映画が好き。Bさんは別の映画が好き。

 

この会話に何も間違ありませんが、それ以上二人の会話は深まりません。

 

二人の場合でも、仮に100人いても千人いても、

それぞれが自分の意見をただ一方的に表明するだけなら、何の相互作用も起こりません。

 

私は国連ニューヨーク本部での軍縮国際会議で、193もの加盟国が主張をし続けるのを聞き続けながら、この会議はいったいどこかへ向かっているんだろうか、何かを生み出しているのだろうか?と感じたこともあります。

 

最近は傾聴の力がよく言われていますが、日本では逆に会話の「その先」があまりないと感じます。

 

175カ国の人たちと一緒に働いてきた感覚からすると、突っ込みが足りないと思います。

 

では、どんな時に私たちは会話が深まり、相手のことを理解したと感じるのでしょうか?

 

例えばこういう質問です。

 

どうしてそう思ったの?

それってどういう意味?

なんでそう考えるの?

 

つまり、相手がそのような考えをもつに至った理由や背景まで踏み込むことです。

 

実際、そうした質問は相手との関係性を深めるのに役立ちます。こうした質問は、相手へのより深い関心と興味を示すことでもあるからです。

 

自分の考えについて聞かれることで、相手は理解されたと感じるでしょうし、少なくとも相手が理解しようとしていると感じます。

 

時にはあなたの質問自体が思わぬ気づきを相手にもたらすこともあります。

 

なぜなら、本人もなんでか考えたことがないかも知れないからです。

 

そして、信頼関係の構築にもつながります。

 

私がこうした質問を意識するようになったのは南スーダンで兵士の人たちとの関係構築のために彼らに会いに通っていた時でした。

 

私は彼らと一緒に仕事をする上で、まず彼らを理解しないといけないと思っていました。

 

わたしはこんな質問をしていました。

 

「今、あなたが仰った事はとても大切だと感じました。あなたが仰ったことを理解したいと思っているのですが、よかったら、どうしてそのように考えるようになったのか教えていただけませんか?

 

こう質問をすると、彼らは喜んでいろんなことを話してくれました。

 

他にはこういう質問です。

◎ どのような考えでその結論にいたったのですか?

◎ そうおっしゃるののはどんな理由があるからですか?

◎ 今のあなたの意見に関係することで私が知っておくべき歴史や体験がありますか?

 

つまり、彼らがなんでそう考えるのか、というその理由や背景を聞き続けたのでした。

 

これは「対話」と呼ばれるアプローチです。

 

当時はそんなことは知りませんでしたが、まったく違うバックグランドの人たちを理解しようする中で、本能的にたどり着いた方法だったと思います。

 

対話の聞く目的とは、

 

自分の理解を広げるために聞くこと

自分とは違う意見や異なる視点を理解するために聞くこと

相手がどのような体験を経て、そのような考えを持つように至ったのか聞くこと

自分の推測に基づいて聞くのではなく、新しい理解や可能性にオープンになるために聞くことです。

 

 

 

これとは逆なのが「伝達」か「議論」です。

私たちが触れるほとんどの情報発信は、このどちらかです。

 

伝達とは、情報のA地点からB地点への移動(ほとんどの情報発信、通達はここに分類さ れる) であり、

議論(discussion)は、自分の意見の優位性を主張し、相手を説得する(どちらかが正しい、どちらかが「勝つ」)のが目的です。

 

議論も対話も必要な場合はありますが、お互いの理解が深まったり、新しい見方ができるようになったり、同意が生まれる時には、なんらかの形で対話的な要素が必要となってきます。

 

私たちは日常的にもっと突っ込んでいいと思うのです。^^

マニキュアと口紅は全員レッド。164カ国の同僚たちーもしあなたがCAになったら?

機内にはバーラウンジがあって、

席はベッド付きの個室で

バスタブ付きのシャワー室まで用意。

『セックス・アンド・ザ・シティ2』の映画の中で、ケリー、ミランダ、サマンサとシャーロットの4人はアブダビ行きの超豪華旅行に招待されます。その4人が揃って飛行機に乗るところから映画は進んでいくのですが、その飛行機は「えっ?!これ本当に機内?!」とびっくりするくらいの豪華仕様なのです。

airplane sam carrie

私は飛行機萌えの「空美ちゃん」なので、そんな機内を見るだけでテンションが上がります ⬆️⬆️⬆️(小さい頃は成田空港に行っただけで大興奮でした(*^-^)ニコ(笑))

 

 

さて、あの映画で使われたエアラインは、どこかと一部のファンの間で話題になりました。

 

ドバイを拠点とするエミレーツ航空です。

エミレーツ航空は、ドバイを本拠地とするエアラインで、2013年には「ワールド・ベスト・エアライン」を受賞。世界150都市に就航するなど、最近最も存在感を増している航空会社です。

2014年バンクーバーでのサッカーワールドカップを覚えている方も多いと思いますが、優勝表彰式で赤い帽子の制服姿でメダルを持って並んでいたのはエミレーツ航空のクルーで、他には、ACミランなどのサッカーチームのユニフォームや競技場でもEmiratesの広告をたくさん見かけます。

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私がスーダンで働いている時、お世話になっていたのがまさにこのエミレーツ航空で、スーダンの空港でエミレーツの機内に足を踏み入れた途端、緊張から解放された私はいつも安心して深い眠りに落ちてしまうのでした。

 

エミレーツ航空がここまで存在感を増した理由は、豪華な設備と洗練されたサービスだけでなく、世界の中継地(ハブ)としてのポジションです。アジアとヨーロッパ、アフリカと中東、アメリカをつなげる場所がまさにドバイなのです。

 

エミレーツやドバイの誇る「豪華さ」には個人的にはちょっと「わ~!石油王国っ」(笑)と感じる事もありますが、UAEを拠点とする他のエアラインと比べてもそのブランド力は圧倒的です。

エミレーツ航空はどの写真にも、白人、アジア人、中東系、ブラウン系の人などなど写真には必ず幅広い顔立ちの人たちを揃えています。

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2016年3月現在で、なんと164カ国もの(!)クルーが乗務しているそうです。

 

エミレーツ航空に乗ると、他のエアラインではほとんど聞かれない機内アナウンスが流れます。

 

「この便には、◯◯カ国のクルーが乗務しております。クルーが話す言語は英語の他、日本語、中国語、タガログ語、フランス語、ハンガリー語、アラビア語、ヒンディーです。ご要望の最にはどうぞご遠慮なくお申しつけください。」などなど、その便によって国籍はほんとにいろいろです。

 

 ここまではっきりと「多様性」を武器にしているエアラインを他に知りません。

 

「Diversity」(ダイバーシティー)は、エミレーツ航空のブランド力の大きな核なのです。

 

さて、このエミレーツ航空は、世界150都市に就航しているだけあって、世界中からクルーを募集しています。

 

ドバイには家具付きのマンションが用意され(写真を見せてもらいましたが豪華でした~)、家賃も医療費も会社負担で税金もかからない上に、フライト先では5つ星ホテルに宿泊しながら世界中を旅することができるということで、その倍率は100倍を超えることも少なくないそうです。

 

今でも世界中からクルーを募集しているらしいのですが、

一般常識と英語力を問う筆記試験とグループディスカッションに続いて最終面接のステップがあるのだそうです。

 

その中でも特に「エミレーツらしい」のがグループディスカッションで、

例えば、国籍や年齢、性別も異なる架空の6人を、2人1組のルームメイトにするにはどんな組み合わせがいいと思いますか?というお題がだされ、『なぜあなたはその組み合わせにしたのですか』と理由を求められるのだそうです。

その人物の中にはムスリムもいればクリスチャンもいて、そのお題を通じて、世界的なバックグラウンドを理解しているか、判断力や観察力、チームワークがとれそうかどうかが判断されるのだそうです。

 

というのも、

毎回一緒に働くクルーや路線が変わるため、多国籍な人たちとチームワークをとりながら一緒に働く能力が特に重視されているからです。

 

そして世界の中継地としてのエアラインであるという事は、エミレーツ航空のお客さん自身も世界中から乗ってくる人たちです。

 

しかも、

あの二階立ての巨大なエアバス380を世界で一番多く所有していて

豪華エアラインというブランドイメージを固めているのだから、

高水準のサービスを期待してくるお客さんも沢山いそうです。

 

そんなエアラインの印象を決めるのは実際に接するクルーの人たち。

 

さて、

この164カ国もの人たちにエミレーツ航空はどうやって「サービス」についてトレーニングしているのでしょう?

何十カ国もの文化やサービスの方法を覚えないといけないのでしょうか?

それとも、なんらかの統一されたサービスの基準やマニュアルがあるのでしょうか?

 

エミレーツに乗るたびに、よくそんなことを思っていたのですが、

 

最近、そのエミレーツ航空でベテランのパーサーを務め、今はまさにその164カ国出身のクルー達をドバイでトレーニングする立場にある友人が急遽羽田に来ることになって、再会する機会が最近あったのです。

 

さて、その「究極のトレーニング方法」とは???

続き→ エミレーツCAトレーニングと国連トレーニングの意外な共通点とは?

創造性が高いのはどっち?ーコミュニケーションが多い or オープンな組織?!

 

2015年度で国連で働いている職員の出身国は、合計で175カ国だそうです。

加盟国数は全部で193カ国ですが、UAE、カタール、アンゴラ、ツバル、ナウル、バヌアツなど、一人も職員がいない国が若干数あって175という数字になっています。

 

国連は、いわば、世界の中で最も「多様性」の実践に対して、お金も時間も労力もかけることがゆるされ、正当化されている組織と言ってもいいと思います。

 

では、これだけたくさんの国の人達と一緒に働くことは大変なことなのでしょうか?

 

私の体験としては、単純に簡単だとは決して言えるわけではないという意味では「イエス」であり、「人間二人以上が集まれば、意見の不一致や相違はありえるもの」という前提で考えると同時に「ノー」です。

 

私自身、一番初めの国連の赴任地の東ティモールで、

「女が仕事をするのは無理だ」と全員の前で言い放ち、お手伝いさんに命令をするかのような口調で女性に命令をする、一周り以上年上のパキスタン人の男性のグループリーダーと一緒に働くことになった事がありました。

 

女性は医師や教師以外は補助的な業務にしかつかず、一般的に男性が先に食事をし、女性は台所で食事をするというパキスタンでは、その人は今までの人生の中で女性とはほとんど働いたことがなかったのかも知れません。

 

頭ではそう分かるものの、人間は感情の生き物。

「国連って人種とか女性の平等をうたってる機関じゃないわけ?!」と最初は大いに憤り、

同時に、「こういう場合はいったい相手に何と言って、どうやって対処して、どうやってこの問題を正式に提示したらいいんだろう」と、大いに悩み、だからと言って口を聞かないわけにもいかず、たくさんの失敗を重ねたものでした。

 

今思えば、175カ国もの人たちが一緒に集まって働くことを成り立たせるにはどうしたらいいのか、というリアルな現場への「イニシエーション」であり、

◎ 相手の考え方や文化背景を知ること、

◎ 自己主張をしないといけない時を知ること、

◎「アサーティブ」であること (必要であれば「ノー」と言うことを含め、自分の意見をはっきり持ちつつも、一方的に主張するだけではなく、相手に伝わるように話すこと)、

◎ 事実(facts)と人(person)を分けること、

◎ ハラスメントなどがある時は事実関係を記録することなども含め周りの人に協力してもらうこと

 

など、いろいろな国籍もの人たち、バックグラウンドも文化背景も違う人達が一緒に集まって働くことを成り立たせるにはどうしたらいいのか、という点で大事なことを本格的に意識し、学び始めることになったのはこの「事件」がきっかけでした。

 

国連スタッフデー

⬆️ 国連スタッフデー。自分の国のドレスや民族衣装を着て来る人もいる。スコットランド人の軍人の同僚が着ているのは「キルト」と呼ばれるスコットランドの民族衣装。@ニューヨーク本部にて

 

私のケースは少し極端な例ですが、国連のワークカルチャーは基本的には「アングロサクソン文化」寄りでありながら、同時に、例えば、自分の上司や同僚がアフリカや太平洋の島の出身の人であることなどもあり得ることを考えると、相手の考え方や文化背景を知るなどの努力が数倍以上に求められるという面は確かにあります。

 

そうした環境も関係してか、

国連では職場での人間関係、上司と部下の関係、自分の仕事に対する評価などについての意見の相違、または、ハラスメントに対する異議申し立てがそれなりの数であること、

それが時には、国籍や人種にからめられて捉えられることが多い事、

そうした背景から、国連の人事部が年間を通じて「効果的なフィードバックの仕方」や「仲裁」に関する研修を実施している事を知ったのでした。

 

「フィードバックの仕方を学ぶのに丸二日も研修に費やすものなんだ」(!)と少しびっくりすると同時に、

 

私自身もそうした研修に参加する機会を得て、部屋の中に、ありとあらゆる肌の色の人達がいるのを見た時に、

 

「ああ、悩んでいるのは私だけじゃないんだ」

 

そして、

「意見の違いや対立に対処する方法を最初から分かっている人はいなくて、誰もが学んでいくものなんだ」、とある意味「ホッ」としたのを覚えています。

 

実際、そうした研修は、「急がば回れ」じゃないけれども、長期的な視点で言うと、時間も労力もかける価値が十分あったと思いますし、組織としても投資し続ける価値があるものだと思います。

 

「職場における意見の相違や対立は自体は、人間の自然の営みの一部であって、組織が学び、進化をする呼びかけである」としつつ、「私たちは職場での対立に建設的に対処する能力を身につけなければならない」と、国連には2002年にオンブズマンオフィスというものが設けられました。

 

国連のオンブズマンオフィスは、非公式に職員間の仲裁(mediation)を行うことも含め、職員が職場での対立に対処する能力をあげることを目的にしています。

 

最近ではさらに進んで、「職場での懸念や対立を効果的に提示する方法についてのガイダンスやコーチングを秘密厳守で提供します」、とまで、書かれているのを見ると、こうしたサービスがより身近に気軽に申し込めるようになったという印象があります。

 

アメリカ政府で働く友人に、「連邦政府マネージャーハンドブック」という物を見せてもらったことがありますが、こちらにも、何十ページにも渡ってオフィスでの意見の相違や対立の扱い方に関するコーチングのコツが書かれていたのが印象的でした。(アメリカ政府の職員もいろいろな国の出身の移民の集まりです。)

 

職場での意見の相違や対立は出来れば避けたいのが本音だけれども、意見の相違や不一致自体は人間の営みの自然な一部なのだとしたら、

 

個人的な体験としては、

 

まったくそうした会話が持てないような雰囲気の環境よりは、

意見の相違や対立はありえるものとする雰囲気は、

ある意味大きな安心感をくれたように思います。

 

ハーバード・ビジネススクールのデイビッド・ガービン教授は、

組織が創造的に機能するためには、

「コミュニケーションの回数が多いことよりもむしろ批判的なコミュニケーションをオープンに行えるかどうかが重要である」と指摘し、以下の3点を創造的な職場環境を支える要因として挙げています。

 

 

1. 精神的な安全 (思ったことを自由に発言できる、自分の意見に対して批判されたり、報復されない等) 

2. 違いの尊重 (意見や考えの食い違いが起きても建設的な対話ができる等) 

3. アイディアの許容度 (新しいアイディアや変わった?発想も尊重される) 

 

異なる意見や対立を扱う能力と創造性には相関関係があるという訳です。

 

意見の不一致や相違が、調整や新しい選択やアイデアのための機会でもあるとしたら、

 

これからますます不確実性の高まる解のない時代、

意見の不一致や対立を避けるのでもなく、

単に「解消する」ものでもなく、

新しい発想を生み出す機会として活かすことのできる知恵を身につけたいものです。