ビジョンなんてないよ、または、自分の理想を思い描けない場合の三つの原因

昨日、なぜか環境や仕事が変わっても同じようなことを経験する場合、自分の人生の方向性(ビジョン)を持つことが大切だ、と言いました。

 

ビジョンとは必ずしも大きいものである必要はなく、成長している実感が感じられる仕事、世界とのつながりを感じられる仕事、意義を感じられる仕事といったものかも知れません。

 

もちろん、大きな夢を持っている人は堂々とその夢につき進んでいってほしいと思います。

 

関連記事⇨なぜ職業に自分を合わせる時代は終わりなのか?ー人生100年時代輝く大人でいるための一つの質問

 

もし、ビジョンなんてないよ、または、自分の理想を思い描けないときと感じるとしたら、原因は主に三つ考えられます。

 

1、「がまんすること」が当たり前になっていて無意識に思い描くことを抑えている

 

「がまんすること」があまりに当たり前になっているので、自分がしたいこと、自分が望んでいることや楽しいと思っていることを抑えすぎて、わからなくなっている可能性が考えられます。

 

職場に自由なコミュニケーションがなかったり、ミスがゆるされないような雰囲気だったり、長女でがんばるタイプの人はとくにこの傾向が多いようです。

 

ある大手企業に勤務されている優秀な方で、自分だけのノートに「私は~したい」をどんなことでもいいので50個書き出してください、と言ったら、「10個ぐらいしかあげられなくて、自分をこんなにも抑えていることに気づいて愕然としました」、と伝えてくださった方がいました。

 

「自分はこういう仕事がしたい」、「自分はこういうライフスタイルがいい」も、日常の中にある「自分は~したい」、嬉しい、気持ちいい、心地いい、楽しいといった感覚の延長にあるものです。

 

⭐️アドバイス⭐️

 

もし、自分で自分を止めている部分があるなあと思ったら、「自分の望むライフスタイル」や「自分の望む働き方」といった大きいものを考える前に、もっと簡単で日常の中にある「私は~したい」を満たしてあげましょう。

 

⭐️ミニワーク⭐️

「私は~したい」を願望レベルから欲望レベルまでなんでもいいからともかく50書き出す。ともかく言語化することは意識を活性化するので、ともかく手をとめずに自分に自由に発想させてあげてください。

 

例)美味しいパンケーキを食べたい

例)コンサートに行きたい。

(例) 海に行きたい、などなど

出来るものからどんどん願いを満たしてあげましょう。

 

2、あきらめてる、自分が「失敗」したと思っている

 

人生はいつでも自分の望むような結果になるわけでもありません。一見順調のように見える人でさえ、誰でもなんらかの悩みを持っています。仮に自分では「失敗」だと思っていたとしても、もっと広い視点からみたら、それは「失敗」ではないかもしれません。

 

なにか自分の中で失敗だと思っていること、後悔していること、挫折体験、自分の思うようにいかなかったことなどがありますか?もしその出来事が自分の中で整理、完了されてなく、その事を思い出したくない、その事を聞くだけでザワザワする、または、まったく考えられない、という場合、また同じことを繰り返してしまうのではないか、という怖れから無意識に新しいことをすることを止めている可能性があります。それで、なにかを決めたり、何かをするのがとても億劫になってしまったり、諦めてしまっています。

 

国連の採用面接やハーバード大学やMBAプログラムの面接では、「失敗体験」について聞かれます。それは、誰も完璧な人なんていないし、物事はいつも順調に進むわけではないのだから、失敗をしないことよりも、その失敗からなにを学んだのかの方が大切だ、とされるからです。もし、「失敗」や「挫折」をしたと思っていることがあったら整理して、心の重荷をほどいて楽にさせてあげましょう。

 

自分でも驚くような素晴らしい仕事を見つけられた方がいますが、やはりその過程ではそれまでの自分の中の重荷や失敗だと思っていることを整理する過程がありました。

 

⭐️アドバイス⭐️

その「失敗体験」から学んだことは何ですか?「失敗」を失敗だけに終わらせず学びを刈り取る「リフレクション」(振り返り)の視点を学びましょう。

 

⭐️ミニワーク⭐️

次の3つの視点で自分の体験を振り返りましょう。

(C)hallenge=こんなチャレンジがありました。

(A)ction=私はその状況をこう理解し、このように対処・行動をしました。

(R)esults=結果、このようになりました、それによってこのようなことを学びました。

これは、CARの法則と呼ばれています。

そのチャレンジから学んだことがきちんと導き出されていることが大切です。

 

3、自分の中の優先順位や価値基準・軸があいまいなので「決断」することを避けている

 

人はなにかを決めるときに大抵なんらかのパターンを持っています。進学、就職・転職など、これまでどんな基準で決めてきたでしょうか?自分で納得して決められた人は、決めることで自信もつき、踏ん張れますが、他人まかせの選択ばかりでは一回、二回はなんとかなっても、人生の大切な場面場面で自分で決めることができません。

 

また、20代のときには仕事も人生も勢いにのって決められたけれども、30代になってからは自分の中の優先順位も変わってくるので、改めて自分の中の価値観や優先順位を軸に自分の決断のパターンについて見直すことが必要になってきます。

 

⭐️アドバイス⭐️

自分の決断の基準やパターンを振り返りましょう。

 

⭐️ミニワーク⭐️

これまで何を基準に自分の選択を決めてきたか書き出す(進学、就職・転職など人生の重要なポイント、誰かに反対された時など)

うまくいっていた決断はどうやって決めましたか?

うまくいかなかった決断はどうやって決めましたか?

自分の優先順位で見直す点はありますか?

なにを基準に決めるといいと思いますか?

 

自分でなっとくして決めたい人へ!

自分の人生を生きるためのライフ・キャリアコーチング

⇨ https://chikaonaka.com/coaching/

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マイストーリー⑤ はじめての国連面接ー電気のないところで暮らせますか?

転機は突然やってくるというのは本当らしい。

大学院を卒業して、国連で働きたいと思っていて応募はしていたものの、いつ面接に呼ばれるかも分からない中で、私は大学の先生がくれた翻訳の仕事をしながら、仕事を探していました。

 

東ティモールでの選挙支援のポストに応募してからすでに数ヶ月たち応募したのも忘れた頃、一通のeメールを受け取りました。

「厳正なる書類審査の結果、貴殿は書類審査に合格しましたので、つきましては面接を実施したく都合のよい日程をお知らせください。なお、派遣が決まった際には、数週間以内に派遣されることが求められます。」

マジーーーー!

マジ!!!私はすっごく興奮した。

さっそく東ティモールの情勢について調べることにした。

東ティモールとは、インドネシアの最南西に位置する島で、パプアニューギニアに近いところで、文化や民族的にも太平洋の影響が強いということ、

その東ティモールでは、前年に独立を問う住民投票が行なわれ、その時の争乱で国全体が壊滅的な打撃を受け、その復興と選挙の実施を含め東ティモールという国が独立するための支援を国連がしていること、

それが大まかな状況だった。

 

ふむふむ、東ティモールの情勢について少しは分かったものの、

国連の面接なんて、いったい何を聞かれるのか全く検討がつかない。

分かっているのは職務内容が選挙支援であること、派遣国は東ティモールであることだけ。

しかも初めての英語での面接。しかも電話でやるというから相手の表情が見えにくい。。。

 

不安も要素もたくさんあったけれども、

ともかく行きたいのだからその気持ちをぶつけるしかない!

そんな心境だった。

 

面接当日。面接まであと1時間、あと30分、あと5分、、、後にも先にもこんなに緊張して手に汗をかきながら面接を待ったのは初めてだったかも知れない。

Good Afternoon Ms. Onaka. My name is ◯◯. Very pleased to talk to you today.  I am calling you today to conduct an interview for a post of Civil Registration Officer with UNTAET (United Nations Transitional Administration in East Timor). Please feel relaxed.

Let us begin.

さっそく面接がはじまった。

「なぜこの仕事に応募しようと思ったのですか?

この仕事を遂行するにあたり、あなたが大切だと思うことは何ですか?

今まであなたが関わったことで大変だったことは何ですか?どうやってそれを乗り越えましたか?」

 

そこまでは想定内だった。

 

この次の質問までは。

「あなたは電気のないところで暮らせますか?」

 

「えーと。。。」

 

「小さい頃にはよくキャンプに行っていたのでテントで寝ることは慣れています。ニュージーランドでトレッキングをした時には数日間電気がない体験をしました。」

正直テントで寝るのは好きではないけどこう言うしかない、内心はそんな思いでなんとかクリアしたかと思いきや、面接官は別の質問をした後、また同じことを聞いて来ました。

「あなたは電気のないところで暮らせますか?」

しかも、最初の方に一回、真ん中で一回、最後にまた一回、計3回も(!)

なるほど、私の履歴書だけを見たら、オックスフォード大学院卒業の「エリート」の「お嬢様」に見えるかも知れないし、この人はほんとうに現場でやっていけるだろうか?と相手は確めたかったのだと思う。

今なら分かるのですが、当時の東ティモールの事情を考えたら、確かに、トレッキングの時に電気のない体験をしたことがあります、ではまったく説得力がなかったのです。

相手が聞いているのは、あなたは国連の平和維持活動の一環として東ティモールで選挙支援をしたいと言っているけれども、

本当にそれやる気あるの?

大学院で理論を習うこととも違うよ。

そういうことだったのです。

 

ありがたいことにその面接官はまたも同じことを聞いてくれました。

3回もこの質問をされた時には、さすがの私も目が覚めたのです。

 

この質問に対して相手を納得させなければこの面接は通らない!!!

私は覚悟を決めました。

 

声をやや若干低めに落とし、こちらの本気度が伝わるようにゆっくりめに一言一言話しました。

「はい、私には粘り強さがあります。一度決めたことは最後までやりとげます。」

正解を答えるというよりも、こちらの意気込みが相手に伝わったという感触をようやく得た時、初めての国連面接は終わったのでした。

後で聞いたところによると、実際に派遣されてもインフラが破壊された東ティモールでの生活に慣れず、すぐに辞めてしまう人が多かったとかで、最後まで任務を遂行できるかどうかという点が重視されていたとのことでした。

ところで、東ティモールにおける国連のプレゼンスは何ですか?という質問も聞かれ、上手く答えられなかったのだけれども、合格したので、国連に関する知識よりも意欲が伝わることの方が大切だ、ということをこの時に身を持って学んだのでした。

さて、晴れて採用通知を受け取ると、その感慨にふける暇もなく、その実感もないまま忙しく準備が始まりました。健康診断に予防注射。そして、山ほどの書類にサインをして送りました。

その書類の一つは、宣言(Declaration)というものでした。

「私は国際連合で働く者として、自国の利益ではなく国連憲章の精神を優先することを国連事務総長に誓います」

私は、当時の国連事務総長コフィー・アナンに向けて、心の中で宣言し、署名をしたのでした。この時はさすがに身が引き締まる思いでした。

カンボジア元気日記を読んでからちょうど6年ちょっとでした。

「東ティモールで緊急援助に関わるために本国を通過する許可を与えます」、というオーストラリア政府発行の緊急人道ビザを受け取り、オーストラリアのダーウィン経由で東ティモールに向けて出発したのです。

 

マイストーリー⑤-女に仕事はできない?! そんな同僚と一緒に働けるかワタシ(≧∇≦)