本当に強い人は傷つかない人じゃない

わたし自身、自分の繊細な気持ちをどう表現していいか分からなくて悩んだことが沢山あった。

国連で働きたいと言ったら「そんなバカなこと言わないの」と叱られたけど国連に入った。

自己主張の強い人たちの中で、最初は自分が言いたいことが通じなくて悔しい思いもしたけど、

国連支援の最前線だった南スーダンでは多国籍チームのリーダーに抜擢された。

その時、繊細で感じる力があるからこそ争う人たちが何を求めているのかが分かった。一番争いの根が深いと言われた南スーダンでさえ、個人レベルでは信頼関係が生まれることを体験した。

本当に強い人は傷つかない人じゃない。
本当に強い人は傷つきやすいことを受け入れられる人。

傷つきやすいから、人に優しくなれる。
傷つきやすいから、人の役に立ちたいと思う。
傷つきやすいから、少しでも優しい世界になったらいいなと思える。

 

傷つきやすいから、上手くいくこともあるよ。

大丈夫!そんなあなたを応援してるから。

http://www.sbrain.co.jp/theme/T-62931.htm

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国連って現場では何人くらい何カ国の人が働いてるの?

国連ってよく聞きけど実際には何をするの?!これは、平和維持活動の現場の話しですが、2015年1月現在、国連PKOは世界の16カ国で平和維持活動を展開して、合計で128カ国の人たちがPKOに参加しています。

さ〜て、では合計で何人の人たちが働いているでしょうか?

文民:16,961人

国際職員:5,325

現地職員:11,762

国連ボランティア:1,844人

制服要員:103,798人

部隊:89,607

警察:12,436

軍事オブザーバー:1,755

合計で122,729人もの人が働いています。12万人とは改めて調べてみるとすごい数です!

そして、128カ国の人たちが参加しています。(2014年9月30日現在)

  • Uniformed personnel: 103,798 (as of 31 December2014)
    • Troops: 89,607
    • Police: 12,436
    • Military observers: 1,755
  • Civilian personnel: 16,961 (as of 30 September 2014)
    • International: 5,325
    • Local: 11,762
  • UN Volunteers: 1,844 (as of 30 November 2014)
  • Total number of personnel serving in 16 peacekeeping operations: 122,729
  • Countries contributing uniformed personnel: 128

国連本部 PKO局ウェブサイトより http://www.un.org/en/peacekeeping/resources/statistics/factsheet.shtml

軍人と警察官の人たちの人数が圧倒的に多いのは、治安が回復されないと人道支援も何もできないから。軍事要員は治安の維持やパトロール、国連警察は相手国の警察の支援をします。

国連ボランティアという人がいますが、ボランティアといってもきちんと手当をもらい、実質的にはいわゆる国連職員と変わらない(時にはそれ以上のことも)役割をになっています。

では国連の現場ではどんな仕事をするの?⇒ https://chikaonaka.com/2015/01/12/国連の現場ってどんな仕事をするの?/

20年経ってカンボジアが「援助する側」になる舞台

国連という現場の面白いところの一つは、「援助を受けてきた側」が「援助する側」になる「国際舞台」でもということ。

例えば、冷戦の終結後ヨーロッパではボスニアやコソボで、またアフリカではシエラレオネやリベリアという国で紛争が起きましたが、そこの国出身のスタッフがその後、例えば南スーダンなどに支援する側として派遣されるということが起きます。彼ら自身、紛争の経験者だから、その国の人のことを理解できたり、寄り添える部分もあると思うから、面白い循環だと思う。

部隊レベルでもそれが起きていて、カンボジアの例が興味深いです。

カンボジアは長年のポルポト派による支配と内戦で国が荒廃し、1993年に国連が選挙を含めた国づくりを支援した国でした。教師や医者などの層が虐殺されてしまったカンボジアで、国を担う人材の育成は長年の課題だったのですが、そのカンボジアは、20年経ってアフリカでの平和維持に貢献する側として、地雷除去を行なっています。

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ニューヨークやジュネーブ本部といった政治的な舞台でカンボジアという国が示せるプレゼンスはあまり強くないかも知れないけれども、カンボジアが自分の国での地雷除去の経験を活かしアフリカで支援する側に回っているということは象徴的な意味でも面白いと思う。

数年後には南スーダン軍が他の国の平和に貢献する側になっていることを思い描いてます。

80カ国の人たちが一緒に平和を築くには?(3)インドとパキスタン人の本音

80カ国以上もの人達が世界の辺境で出会い、文化も言葉も職歴も違う人達が、ある日から「国連職員」になり、「国連軍」になり、「国連警察」と呼ばれることになります。

オンナは仕事はできないと平気で言い放つ人、

母国での30年公務員をして国連に「出稼ぎ」に来ている人、

ハーバード大学のロースクールを卒業した「エリート」も

みんな一緒のそれはそれはカオスでにぎやかな現場。

同僚のフィリピン警察の人のある日突然ボソっと言われたことがありました。「実は僕の先祖に日本軍に殺された人がいるんだ。チカに会えてよかった。ありがとう。」

私はただおしゃべりをしていただけなのだけど、彼はそう言って母国に帰って行きました。

パキスタンとインドの軍人が同じ場に居合わせることもありました。パキスタンとインドは、カシミール地方をめぐって何度も交戦を繰り返している「宿敵」同士。人によってはほとんど口を聞かないし、あからさまに不信感を表す人もいました。

こんなこともありました。

南スーダンの国連機の運営をするチームにインドとパキスタンの軍人が割り当てられ、しかも、たまたまだけど、両方とも実際にカシミールの最前線に派遣されたことがあり、実際に交戦したことがあるという人達でした。

軍人だから「敵国」であるお互いの国に渡航すること、互いに接触することも厳しく禁止されています。仮に軍人をやめても、一生インドを訪ねること、また一生パキスタンを訪ねることは出来ません。さいわい、二人ともプロ意識が高い人だったので、それは一旦棚あげして仕事に集中したのでしょう。二人はお互い助け合いながら毎日テキパキ国連機を飛ばし、何百人という国連関係者や物資を南スーダン各地に送り出していました。

軍人だからこそ分かり合えるジョークもあったと思うから、「まったく国連は〜 」とか、「まったく文民は〜」なんて笑いあっていたかも知れない。アフリカにいることで「違う点」よりも同じ言葉を話し、同じ食事をするという「同じ点」を思い出したのかもしれない。

気づけば、二人で仲良くチャパティー(インドやパキスタンでの主食)を焼きながら、よく一緒に食事をしていました。彼らは平気な顔でしれっと言います。

「ああ、カシミールは寒かった。そういえば、あの時の銃撃には驚いたよ。敵ながらあっぱれと思ったよ。ハハハー。」

「まあ、ヒンドユー語とウルドユー語なんてほとんど同じなようなものだよ。チャパティーの味だって一緒だよ。」

「戦争をあおるのは政治家さ。僕は軍人として命令されたところに行くだけさー。」

私はチャパティーをごちそうになりながら妙に納得してしまったのでした。みんながみんな彼らのような境地にいたるとは限らないけれど、戦争をしている国の現役軍人の人たちは「戦う」ことをを経験しているがゆえに「戦う」を冷静に捉えているということを。

ある人達を「敵」として接しなければいけないという苦悩を。ただ、職業柄そのようには公に口に出せないのだと。

128何カ国もの人たちが集い、生のにんげん同士が交わることで生み出される「効果」というのはけっこう大きいんじゃないかと思ってる。