ほんとうに成功している人は神さまに応援される人②ーこれまで上手くいったこと、がんばっても上手くいかないと感じたら⭕️⭕️を知るとき

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人ー神さまが味方する人の持っている18の特徴

 

という記事を書きました。

 

関連記事→https://goo.gl/K2Rzei

 

仮に「神さま」という言葉が今の自分の日常生活には馴染みのない場合でも、わたしたちはある部分では自分を超えた大きな存在があるということを本能的にわかっています。

 

マザーテレサは、愛の力でもって、世の中のどんな成功したビジネスマンよりも世界中からお金を集め(亡くなられた今でも続いています)、インド、カルカッタにある「マザーハウス」はその場にある愛とインスピレーションの力で今でも毎日世界中の人を引き寄せています。

 

人は行き詰まったとき、生きる指針をみつけたい時、そんな自分を救ってくれるものとして「自分を超えた大きな力」や「愛」を求めるのだと思います。

 

それなのに、私たちの中には、素直に大きな力のサポートを受け取れなくさせてしまう態度や誤解があることがあります。

 

例えば、こういうものです。

 

ー教えられたくない、従いたくない

ーすべてをコントロールしたくなる

ーリーダーに対して批判的になりがち

ー自分に頼る

ー神さまに対して誤解した見方を持っている

ー苦労してやっと報われると思っている

ーお金、物質、他人からの賞賛が安全をくれると思っている

ー人にめいわくをかけてはいけないと思っている

ー人に頼れない

 

こうした態度や誤解は、たいていの場合「拒絶の傷」とかんけいしていて、拒絶の傷が生まれた原因としては例えば以下のようなものが挙げられます。

 

ー親や先生から厳しいしつけ・指導があった

ー両親からのコントロールが強かった

ー勉強や宿題、お手伝いができたから褒められる環境だった(条件付きの愛)

ー学校で批判されたり、誤解されたことがある

ー家庭内に依存症があって恥やおそれを感じた

ーえこひいきがあった

ー成功や一番を目指さないといけないという圧力

ー家庭内でよろこびがない

 

または自覚がなくても胎児期に、予想外だったために母親が「どうやってこの子を養おう?」と思ったことなども含まれることがあります。

 

これらが日常的にどういう風に現れるかというと、以下のようなものがあります。

 

ー自分は人から必要とされていないと思ってしまう

ー自分が悪いと思ってしまう

ー自分を好きになれない

ー自信を持てない

ー失敗することをおそれ、なんとしてでも避けようとする

ーなんでも自分でやらないといけないと感じる

ー親や先生、上司といった人から責められるように感じる

ー劣等感

ー羞恥心

ーあせり

ー罪悪感

ー人に気をつかいすぎる(嫌われなくないから)

 

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そして、もう一つの特徴は拒絶されるのをぜったいに避けたいと思うがばかりに、自己防衛のシステムをつくってしまうことです。

 

自己防衛のシステムとは例えばこういうものです。

 

 

ー競争心

ー自己顕示欲

ー完璧主義

ー目標・成果主義

ー嫉妬

ー人を判断してしまう

ー自己顕示欲

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ー恥ずかしがり

 

こうしたものの中には先祖から受け継いだものもあります。

 

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私たちは、親の世代(先祖)から引き継いだ「おそれから生まれた人生観」を乗り超えて、「愛から生まれた人生観」に書き換えるという平和のための大仕事が与えられている、と書きましたが、拒絶の傷を癒すことはまさにその根幹の一つと言えます。

 

大変な作業のように聞こえるかも知れませんが、一人が癒されると一人が癒されると32代にも渡ってその癒しが届くとも言われています。ですから、それを癒そうとするならば、そのための大きなサポートも与えられます。

 

そして、自分の傷が癒されると、仕事や人間関係の成果として現れます。

 

一生懸命にがんばっても改善されなかったことが、自分の中の内面の傷が癒されたことで大きく変わったことは私自身の体験でもたくさんあります。

 

癒しはプロセスです。

 

ある程度の時間も必要です。

 

なにより癒されるライフスタイルを身につけることが大切です。例えばこういうものです。

 

ーなんらかの課題や問題があるとき、それは自分の中の何を癒す機会なのかに意識を向けましょう

 

ー自分でもう役立っていない態度や習慣に気づいたならば、その背後にどんな心の傷があるのかに目を向けましょう

 

ー完璧でない、傷ついた自分を共感をもって抱きしめましょう

 

ー受け入れること(受容すること)を学びましょう

 

ーゆるすことを学びましょう

 

ー大きな力に癒しとサポートを求めましょう

 

ーゆるすことを学びましょう

 

人生は旅です。

 

傷があってもまったく完璧な自分じゃなくても、今の瞬間を楽しむことができます。

 

瞬間瞬間、幸せを選択することができます。

 

少しづつでもそんな瞬間を増やしていきましょう。

 

Empathy 4

 

人間に対する激怒も絶望も原理主義も受け入れた境地で体験中のブレークスルー

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丸5年たって一つの「ブレークスルー」に達したように感じます。

年末に、ある大学に呼ばれて、130人のクラスで講義をした時の感想をいただきました。

 

 

「南スーダンの紛争は、一見、自分たちの生活からは離れたものに思いました。けれど、特別な支援が必要という訳ではなく、当たり前の日常をおくれるように人間的な部分に寄り添っていく姿勢が大事だと改めて思いました。」

 

 

「今日の授業を受けて『人としてそこにいること』という言葉にすごく重みを感じました。当たり前のことを当たり前に行い、中立の立場であることの重要さを強く考えさせられました。自分の視野をもっと広げて物事を見ていく必要があると感じました。」

 

今年で5年目(5回目)。私の中でも一つの「手ごたえ」がありました。

 

自分で言うのもなんですが、内容は自分の体験してきたことが中心なので、それなりに面白いと思います。

 

有難いことに、学生さんのアンケートでも「一番印象に残った授業」に何度かあげられたそうです。

 

ただ、自分でも覚えていますが、たった一年前の授業は「ぜっ不調」でした。

 

実際の体験を交えてお話しください、ということなので、私の場合、南スーダンを事例として話すことになるのですが、ちょうどその頃、私の南スーダンでのトラウマ・PTSDの「未完了」が浮上していたのだと思います。

 

無意識的に、表面的な話しで終わらそうとするのです。

 

こんなことを話したら相手の「絶望」や「トラウマ」を刺激するんじゃないか?と。

 

相手は大学二年生。中学3年生のもうすぐ卒業という時に、3.11を体験して、卒業式をすることもなく大学に入学した人もたくさんいたそうです。

 

そして今私が話そうとするのは南スーダンという国のことについて。

 

南スーダンは、世界の中でも、シリア内戦で伝えられるようなことに近い人間による蛮行が現在進行形で起きている国の一つです。

 

だからといって、その惨状について、いかにひどいことが起きているかを話すことが求められていた訳でもありません。

 

そして、個人的にもそれがいい方法だとも思わないけれども、

 

とはいえ、「希望的エンディング」で無理やり終わらせようとしている自分がいました。

 

 

無意識的にですが、きっと自分の奥深い部分にあった「絶望」に触れるのを避けていたのでしょう(確かに南スーダンでも、簡単な解決策は見えていませんが)

 

 

それ以来、数ヶ月が経ち、一見「平穏」のようだったのですが、私を「揺さぶる」出来事が続きました。

 

昨年の初夏にバングラデシュで日本人が亡くなるテロ事件が起こった時、私の知人が現場に呼ばれ、

 

同じ頃、南スーダンでは再び内戦が勃発し、銃弾が飛び交う中「たった今も銃弾の音が聞こえる」と南スーダン人の友人からメッセンジャーが送られてきました。

 

今度は、バングラデシュ人の友人から「テロ事件にショックを受けている」と相談が来ました。

 

 

 

 

まあ、なんとも「世界」はほんとうに小さいです 😅

 

 

こうして、私は、自分の中の「未完了」に向き合わざるをえなくなりました。

 

ただ、たった今、心から安堵を感じるのは、そんなこんなさえも含めて、私は「谷」の「向こう側」に到達することができたという事です。

 

人間に対する激怒も絶望も原理主義も紛争もいったん受け入れることにしたのです。

 

これは賛同するとも、諦めるという意味でもなくて、人間の強さも弱さも美しさも醜さも含め、人間という存在を受け入れた、自分が変えられないことに対して闘うことをやめた、というニュアンスの方が近いでしょうか。

 

 

モラル的に正しいからという意味でもなくて、それが私にとって楽になる方法だったからです。

 

そして、人を「インスパイアー」したいのなら、自分が「インスパイアー」されていよう、と。

 

 

今回の講義では、南スーダンでの仲裁についての私の体験談を中心にお話ししましたが、

 

言葉を超えて伝わったのは、そんな私の心境だったかも知れません。

 

「実際に紛争を見てきた人の話しを聞いたことで、戦争をする人への見方が変わりました。その人が子どもの時から紛争が起きていて隣に銃があって、紛争が起きているのだとしたら、それが当たり前になってしまって、解決策が分からなくなってしまうのだと思いました。」

 

「紛争地域でのお話は一つ一つがとても印象的だった。争っている人たちは、その生活が当たり前となっていて、ただ話しをきくだけでいい、それだけで心は変わるという言葉にとても感銘を受けた。」

 

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そんなことも受け入れると(今の私でできる範囲ですが)、逆にそこから伝わるものがあるということ ー これは今回体験した大きな発見でした。

 

私の目的の一つは、悲惨さを伝えるのでもなく、残虐さを伝えるものでもなく、人間として感じてそれぞれ考えて欲しいということだったので、そういう意味では私にとっては大成功でした。

 

 

そして、この「ブレークスルーな境地」をまだまだ体験中です。◕‿◕。

 

映画監督のスティーブン・スピルバーグは、「戦争は人間を極限の状態に置き、人間の選択を問う」と言いました。

 

「人間は悲しみも苦しみも受け入れるほど、喜びを受け取る器も大きくなる。」という賢人の言葉もあります。

 

 

世界はあいからず激動のようですが、自分の中にそれと同調するものがなければ、そうしたことに心乱されることはありません。

 

自分がコントロールできないことを変えることはできないのだとしたら、自分の中で穏やかでいる方法をみつけたいものです。◕‿◕。