「自分の軸で生きる練習ーオックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法」上梓のお知らせ

さて、この度大和書房より「自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法」を上梓させていただきましたのでお知らせさせていただきます。

 

https://www.amazon.co.jp/自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法-大仲千華-ebook/dp/B088ZR7FB8/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=自分の軸&qid=1591106362&sr=8-1

 

2016年よりクーリエジャポン(講談社)で「答えを求めない勇気」を連載をさせていただいてから、今思えば変化の時代(不確実性の高い時代)の兆候がすでに始まり、そのための考え方やメンタリティーを考え、文字にするということが当時からすでに始まっていたのだと今思い始めています。

 

当時連載させていただいたものも再構成されてこの本に再編されていますが、この時代になって全体像ができ内容がより活きていると感じています。そういう意味でも、このテーマで刊行するには今がベストタイミングだったようです。

 

個人的には、南スーダンという国を体験させてもらった者として、南スーダンでの日々から学んだことを還元する手段の一つとして、ようやく一つの形にすることができ(変な言い方かも知れませんが)、少しホッとしています。

 

今回、コロナやそれに関連することでいろいろな意味で揺さぶりが起きていますが、南スーダンという国は、私にとって(そこを訪れるほとんどの外国人にとって)まさに人を揺さぶる国でした。

 

人の生死を目の前にして(目の前で人が死んでいくという意味ではありませんが、死がより身近にある環境において)、やはりいろいろなものを突きつけられます。

 

それこそが今思えば、とても豊かな大きな恵みであったと感じています。

 

南スーダン後は、コーチングに携わり、大学で教え、若い人たちに触れることも多いので、学校や試験といった一部分での評価基準だけで自分を評価しないで欲しい、もっと全体的に自分の価値を捉えて欲しいという願いも含まれています。

 

直接的には、南スーダンについて書いているわけではありませんが、南スーダンでの熱い格闘の日々?!から得たものが、手に取る人になんらかの形で伝わるのではないか思っています。

 

「これまで生きてきたことに対する答えらしきものがみつかって一人で興奮しました。」

「本なのになぜか大仲さんのパワーが伝わってきて不思議でした。」

「清々しい読了感を感じています。」

「子どもに読ませたいです。古本屋には回せないだろうなと思っています。」等、励まされたという感想をいただいています。感謝です。

 

自分の軸で生きる練習pic

 

以下紹介です。

 

私たちは今「答えのない時代」を生きています。国際情勢から為替の変動、未知のウイルスなど、一つ一つの出来事が複雑に影響し合い、思わぬ方向に発展するような事態も発生しています。このような状況においては、すべての問題を解決できる唯一無二の答えは存在しません。

 

では、「答えのない時代」を生きる私たちにとって大切になるのはどのようなことでしょうか?その一つは、現状と課題を理解するための視点と、さらに、自分にとって必要な答えを導き出すための考えるステップ(思考プロセス)を修得し、そのためのメンタリティーを身につけることです。

 

一見複雑に見える現象や新しいテーマであっても、自ら調べ、一つ一つ分かる範囲が増えていき、自分の中での理解が深まっていくにつれ、これまでは分からなかったことが確実にわかるようになっていきます。

 

自ら答えを導き出し、「わかっていく」体験は、確実に自信となり、人生においても大きな力となってくれることでしょう。(第1章自分の頭で考えるより)

 

全ての状況が今すぐ解明、解決されるわけでもなく、仮に、動きたくても今すぐに動けるような状況ではない、というようなもどかしい状況であったとしても、⭕️⭕️⭕️の3つがわかっていれば、日々の情報や外部の状況に圧倒されることなく、より落ち着いて考え、判断をすることができるようになるはずです。(第1章自分の頭で考える p.58)

 

がんばってものすごい努力をして倍率5,000倍から10,000倍の倍率を勝ち取る道もあるのだろうけれども、⭕️⭕️によって、拓ける道があるのです。(第2章ブレない自信をつかみとる p.133-134より)

 

世の中には競争は選考というものが存在します。適材を見極めるための方法や選ぶ過程自体がまったく完璧でない場合もあります。自分が選ばれる場合もあれば選ばれない場合もあります。自分のメンタルやパフォーマンスのためにも、⭕️⭕️が自分のためになることがあります。(第2章ブレない自信をつかみとる p.143より)

 

強みや能力というと、学校教育の影響を受けた私たちの中には大きな誤解があって、学校教育や試験というたった一つの狭い指標で自分の能力を判断しがちです。

 

ただ、その人の独自性、人生の方向性、目的というのは、その人の経験や視点、感じ方など全てを含めたより全体的なものです。その中でも「資源」となるのは⭕️⭕️です。(第3章 決める力を養う p.174-175より)

 

自分の軸で生きる練習pic

 

自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法

消防職員, 警察官, 教職員、被災者の方で「もっとできたんじゃないか?」と苦しまれている方へー国連や対人援助職の心のケアについて

3.11から早いものでもう丸9年が経つのですね。

 

3月7日付けの新聞記事で、東北の被災3県でのアンケート調査から、PTSDと見られる症状に当てはまると答えた人が二人に一人にものぼることが明らかになりました。

 

例えば、このような回答が寄せられています。

 

「震災のことは話さないようにしている」(20%)

「震災のことがいきなり頭に浮かぶ」(15%)

「震災についての感情は麻痺したようだ」(13%)

「ちょっとしたことでドキドキする」(13%)

「震災を夢にみる」(11%)

「震災を思い出すと汗ばみ、苦しくなる」(6%)

 

これらはいずれも、PTSD診断に使われている項目です。

 

また、5人に1人が震災が近づくと気分が落ち込むと答え、自分が生き残ったことに罪悪感を感じるという人もいるそうです。

 

その中でも、消防職員、警察官、教職員という人たちが、「私よりもつらい人がいるから」、「被災者を差し置いて、自分のような立場の人が心の問題を語るのは心苦しい」、「同じように苦しんでいる人がいるから」と考え、弱音を吐けない、また援助を求めるのにためらう傾向があることが改めて浮き彫りになりました。

 

参考文献:  朝日新聞首都圏版 3月7日朝刊 35面より

 

9年も経って、まだこうなのかと驚く方がいるかも知れませんが、「時が解決する」という一般的な考え方とは反対に、時間が経てば解決されるとは限らないと言われています。

 

私自身も国連職員として南スーダン、東ティモールといった国で援助に従事し、燃え尽き症候群(バーンアウト)になった体験があるので、こうした心理状態がよくわかります。同僚と上司を数名亡くし(過労、病気、爆破)、南スーダンを離れた後に内戦が勃発した際には、南スーダン人の友人・同僚たちからは家族を亡くしたという連絡を受け、携帯越しに銃弾の音が聞えたこともありました。また、独立を目指して整備してきた建物が破壊された様子を目の当たりにした時には大きなショックを受け、自分だけ安全な国にいていいのだろうかといった「罪悪感」(サバイバーギルト)に悩まされたこともありました。

 

国連を離れてからもしばらくは、「もっと困っている人もいるのだから、自分の悩みはとるに足らない」と自分を納得させようとしたり、「あの時はもっとこうできたんじゃないか?」という気持ちにしばらく圧倒されたこともありました。ですので、こうした気持ちは痛い程よくわかります。

 

燃え尽き症候群にかんする研究の中で、「対人援助過労」(caregiver fatigue)という言葉があります。

 

対人援助職に従事する人の中には、自分のためだけには頑張れなくても、なんらかのチャレンジに置かれても、自分の目に前の人の状況のためになんとかしたいと思うことで、大きな力を発揮するようなタイプの人たちも多いとされます。自分が人の役に立っていることに大きな意義をおき、それをさらなる原動力とモーチベーションとする人たちも多いと思います。

 

同時に、自分の目の前にいる人がなんらかの苦痛を抱えている状態に対して、自分が何もできないと感じたり、自分が思うように応えられていないと感じると大きなストレスを感じる傾向も強いと言われています。

 

また、自分の職務とアイデンティティーが同一化されてしまうと、何らかの問題に対して、自分のせいじゃないかと自分を責める傾向があったり、さらにストレスを溜め込みむ傾向や、「自分は十分にできていないのではないか?」といった失敗感を抱えることもあると言われています。

 

結果、自分に対して落胆したり、無力感を感じたり、「自分は価値がない」とも感じ、そうした無力感を補うために、必要以上にワーカホリックになることも指摘されています。

 

また、自分のケアよりも相手のケアを優先し、自分を犠牲にしてまで周囲の要求に応えようとする傾向があることも指摘されています。まさに、3.11に関する新聞記事の通りだと思いました。

 

こうした現象は、カウンセラーやソーシャルワーカー、医療従事者などの対人援助職の間で、「対人援助過労」(caregiver fatigue)と呼ばれています。

 

参考文献: 対人援助職の燃え尽きを防ぐ:個人・組織の専門性を高めるために

https://v.gd/7InGoG

 

実は、わたしが10年ほど働いていた国連でも同様の問題が指摘されてきました。

 

2013年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって行われた調査によると、47%のスタッフがなかなか寝付けない、57%の職員が空虚感を感じたことがあると回答しています。現場で人道援助に関わった人の5%~10% がなんらかの形でPTSDのリスクを抱え(30%とする指摘もある)、40%以上の人が燃え尽きのリスクに晒されているという調査結果があります。

 

リスクのある環境に長い間身をおくこと、そうした体験をした人と一緒に働くこと、または、トラウマ的な体験をした人たちの支援に関わることなどは、二次的トラウマ(secondary trauma)と呼ばれ、直接、災害や紛争を体験することと同様レベルのトラウマを体験する可能性があることも指摘されています。

 

こうした公式な統計は氷山の一角とされていて、人道援助、平和構築従事者の燃えつき症候群(バーンアウト)の課題は以前よりは少しづつ認知されつつありますが、その理解も、その防止に向けた組織的な取り組みもまだまだ限られています。日本における教職員、消防職員、警察官、自衛官、医師、医療従事者といった方々の問題も同様に、かなりの数の方がいるのではないかと推測しています。

 

そうした現象や傾向があることが知られていないと「自分が悪い」として、自分を責めてしまう傾向があるので、自分を責める必要はない、ということを一番お伝えしたいです。

 

自分を責めるのではなく、当時のつらいことを思い出す必要もなく、癒しのプロセスを一歩一歩進めていくことは可能です。私自身、「境界線」(boundary)という考え方を学んだり、たくさんの学びや解放、ヒーリングを受ける恵みに授かり、重かった身体が嘘のように元気になっているだけでなく、新しい身体と心を与えられ、前よりもさらに良くなっているという感覚をはっきりと受けとっています。

 

癒しは段階的に進んでいきましたが、その過程では、自分が責任を持つ範囲を明確にする健全な「境界線」(boundary)を持つことが大切であることを学んだり、それまで気づかなかった自分の特性について発見したり、ある段階からは、アメリカをはじめ世界各地で実践されている回復のアプローチに取り組む中で、ある時に自分の中で視点が変わったとはっきりと感じる瞬間がありました。今では、単なる回復ではなく「再生」を受けたことを、喜びと感謝とともに自覚しています。

 

自らの回復の経験から、同じような体験を持つ方々のサポートをしたいと思い、これまで、国連職員、医師、医療従事者、臨床心理士、JICA職員といった対人援助職の方などの燃え尽き症候群からの回復をサポートしてきました。

 

とくにこのような方にはご相談いただきたいと思っています。

 

⭕️ 対人援助職で身体的な疲れ以上のものを感じている方、燃え尽きた方

⭕️ 対人援助職は自分の適職、天職だと感じているが同じやり方では続けられない、別の方法を身につけたいと感じている方

⭕️ バイタリティーや活力を取り戻したい方へ

⭕️より効果的に人に関わり援助できるようになりたい方へ

⭕️ 人生の転機にあると感じている人

 

どうぞお気軽にご連絡ください。💛😊💛

カウンセリングについて⇨トラウマケア

*東北の被災3県の方には別途設定の代金でお受けしています。

 

燃え尽き症候群, PTSDとうつからどうやって回復したのか?

燃え尽き症候群とPTSDから回復したことーその体験から今同じような体験をしている方にお伝えしたいこと

リーダーの育成としてのコーチング

最近、ある勉強会に参加して、自分のギフトや方向性について改めて発見したことがあります。

 

コーチやカウンセラー、コンサルタント、ソーシャルワーカーといった人をサポートすることに関わる人でも、人それぞれのアプローチや得意分野、ギフトやミッションが違います。

 

わたしの周りを見ていても

ある人はとても優しく受け止める人で

慰めをもたらす役割があったり、

ある人はティーンエージャー特有のお年頃のお悩みを聞くのが得意で

ある人は癒しのギフトを持っていて

ある人は論理的に整理するのが得意で、

ある人はインスピレーションを与えるタイプで

ある人はより大きな視点で方向性を示すというギフトがあります。

 

わたしは、慰めというよりは、目の前の課題をより大きな視点でとらえ直して、方向性を示してインスピレーションを与えるタイプです。

 

国連職員の中でも東ティモールと南スーダンで独立国の誕生に立ち会うという稀有な体験をさせていただきましたが、そのことを思い出して、そこには自分の中の「変革」にかんするギフトが関係していたことに気付きました。

 

そして、自分にとっての「コーチング」の意味を改めて受け取りました。

 

わたしはコーチングをリーダーの育成として取り組んできました。

 

この場合のリーダーとは、

人生をよりよくしたいと思っている人

自分が幸せで、周りの人たちの幸せを願う人、

人に勇気を与えたいと思っている人、

このままの世界に満足できない人

社会や世界の役に立ちたいと思っている人

のことを指しています。

 

 

わたしはコーチングを、課題やチャレンジを通じて(たいていそういう形で機会はやってくるからです)新たに自分の役割を発見することをガイドするものとして捉えてきました。

 

 

そして、自分の役割を自覚し生きている人が増え、そういう人たちがつながることで、新しい時代をつくっていくような価値やサービスも生まれると信じています。

 

「分からない部分」が減るほど未知の不安も確実に減っていくー 国連の分析手法から学んだ不安を確実に分解していく方法

南スーダンで働いていたと言うとよく聞かれるのが、「怖くなかったですか?」という質問です。

 

もちろん日本にいる時と比べれば、気をつける点はたくさんありますし、夜の7時には無線による点呼というものが全職員に義務づけられていました。これは携帯電話の電波が使えなくなることなどを想定して、無線での連絡手段を確保しておく意味があります。

 

南スーダンでは、治安研修の一環として万が一人質にとられた時の対応についても習いました。

 

(アフガニスタン、南スーダンやソマリアなどに派遣される国連職員とNGOのスタッフが現地で受けます)

 

東ティモールでは銃が発砲された時に居合わせたこと、また、南スーダンではお金をせびる兵士に銃を向けられたことが一回だけありますが、相手はお金をせびることが目的だとすぐにわかったので、落ち着いていられました。

 

そうしたリスクは存在するので、まったく怖くないと言ったら嘘になりますが、例えば、そうした出来事が「組織的なものなのか」、または「突発的なものなのか」という点で「脅威」に対する判定は大きく変わります。

 

経験を積むにしたがって、何かしらの出来事が起こってもそうした基準に従って、「今回は報道で言われているよりも大したことないな」、「あっ、今回は注意した方がよさそうだ」、とかなり判断できるようになっていきました。

 

PKOが展開する国や地域の情勢を分析する手段として、脅威分析(threat analysis)やリスク分析(risk analysis)、シナリオ分析(senario analysis)といった分析手法があります。

 

どんな手法も完璧ではないし、どんなことであっても完璧に知ることも予測することも出来ませんが、私が国連PKOの現場で学んだのは、もし「脅威」や「怖れ」というものがあったら、それを一つ一つ分解して、対処法を考え準備することはできるということ、そして準備をすればするほど、漠然とした不安は減る、ということでした。

 

脅威分析(threat analysis)やシナリオ分析(senario analysis)といった手法についてここでは詳しい説明はしませんが、どの手法にしても、分析を始めるにあたって非常に重要となるのは、何がわかっていないのかをはっきりさせること、わかっていない点があるのならばそれについての情報収集を徹底的に行うという点でした。

 

どんな分野であれ、何かに対して結論を導こうと思ったならな当然ながら十分に情報が必要なのです。

 

そして、以下のような手順で進めていきます。

 

① 現在地の把握

今どんな情報があるか?何がわかっていて何がわかっていないのか? それはどこに行ったらわかるのか?誰に聞いたらわかるのか?

 

②情報の整理

情報とは事実と意見を集めたもの。

それに対する人々の意見。

その情報は自分で確かめたか?

その情報を得たことによって新しく分かったことは何か?

 

③選択肢の確認

今どんな選択肢があるのか?

まだ気づいていない選択肢はあるか?その情報を得てどういう選択肢があるとわかったか?選択肢を十分に考えたか?全ての選択肢を洗い出す

 

④シナリオを予測する

もしこの決断を実行に移したらどうなるのか?シナリオ1の場合、シナリオ2の場合、シナリオ3の場合、 一番おそれている結果は何か?一番最善な結果は何か? 結果をどのくらいはっきり予測しているか?

 

⑤ 対策(Course of Action:COA)を考える

ぞれぞれのシナリオで関係する部署はどこか?

それぞれのシナリオに対する対策

アクションプランをあげる

 

Course of Action:COAは軍隊発祥の用語ですが、

これらの思考プロセスは、ビジネスにおける意思決定のプロセスとも共通します。

 

人は全く自分が知らないことや体験したことのないことに対して必要以上に「不安」を覚えます。いわゆる「未知の恐れ」と呼ばれるものです。

 

こうした分析マインドや思考プロセスが私たちの日常にも当てはまると思うのは、もし不安に思うことがるとしたら、「不明な部分」「分からない部分」をどんどん減らしていくことによって、ばくぜんとした未知の不安やおそれ」は確実に減らすことができる、ということです。

 

 

 

2020東京五輪ホスト国として知っておきたいことー1964年東京五輪から2016年リオ五輪参加国はなぜ2倍になってるのか?

1964年東京オリンピック参加国はいくつでしょうか?

なぜリオではおよそ2倍になってるのしょう❓

1964年から2016年の間に何がおこったのでしょうか?

 

国連加盟国よりもリオ五輪参加国が多いのはなぜでしょうか❓

 

東京オリンピック vs リオ五輪.001

 

まず先に答えをお伝えします。

 

1964年東京オリンピック参加国は=94

2018年国連加盟国数=193

2016年リオデジャネイロオリンピック参加国=207です。

 

リオ五輪参加国がおよそ2倍以上になっているのは、1964年当時アフリカは多くの国がまだ「植民地」だったからです。

 

まだ独立国として東京五輪に参加できていなかったからです。

 

zambia

 

「1964年10月24日、東京五輪閉会式の日、アフリカのザンビア共和国は独立した。
開会式とは違った新国旗を持って、残留したたった一人の選手が、誇りたかく入場行進してきた。満員の観覧席からは、精一杯の拍手が送られた。」 吹浦忠正(ユーラシア21研究所理事長)「新・徒然草」より

 

当時の読売新聞にはこうあります。

 

「ザンビアのプラカードと旗手が入場し、最後に開催国日本の旗手・小野喬(体操)が入場した直後、各国の選手たちが一丸となって入り混じり、互いに手を握り、肩を叩き、抱き合い、踊りながら入場してきた。そして、すぐさま追いついた、日本とザンビアの旗手を肩車にして担ぎ上げた。」

 

1964年東京五輪は、敗戦後の悔しさから日本が国際社会への復帰をアピールする機会だと捉えられました。

 

では当時参加する人たちにとって1964年東京五輪はどんな機会だったのでしょうか?

 

アメリカの選手団もほとんどが白人選手です。まだ人種差別が公然と行われていた時代でした。

 

「平和の祭典」と言っても、世界の半分も参加していないということになりますね。

 

では2020年東京五輪に参加する人たちにとって、五輪というのはどういう場なのでしょうか?2020年五輪には国籍のない人たちや「難民」と呼ばれている人たちも参加できるのでしょうか?

 

ほんとうの意味での「平和の祭典」にするには、ホスト国として「私たちの視点」だけでなく、「彼らの視点」も持ちたいものです。

 

さて、中学校の総合的な学習の時間ではそんなお話しもしました。

 

なにより、国連の現場で見て感じたことをそのまま伝えることを一番大切にしています。

 

専門用語は使わず、わかりやすく心に届くようにお話しします。

 

「世界のことをもっと知りたいです!」
「勇気をもらいました!」

 

本何十冊読んでもピンとこなかったことが、腑に落ちる、

世界の最前線の現場の生の声に触れることで、もっと知りたいと思うようになったーそのような感想をいただいています。

 

他にはこのような感想をいただいています。

 

「答えを提示するわけでもない」という言葉に触れて、「自分の考えが間違いでも答えが一つだけではないと教えてもらい、私の支えとなりました。」

 

「私が使っている教科書には、紛争が起こる原因として宗教の違いと書かれて、私もそうだとずっと思っていました。でも、大仲さんのお話しの中で、ケニアの難民キャンプでは宗教が違くても普通に暮らしていたと伺いました。それを聞いて、紛争が終わらない理由は、みんなが宗教の違いが原因だと思い込んでいるからだと思いました。」

 

「一番印象に残っているのは、『大人になったら答えのない問題に立ち向かわないといけなくなる。だから、学生のうちから答えのない問いに立ち向かっていく勇気を持つことが大切』というお話しです。これからはこのことを意識して生活していきたいと思います。」

 

「現代社会の先端を生きる大仲様の話しはとてもおもしろかったです。」(笑)

 

九段中感想①.jpg

 

詳細はこちら➡️goo.gl/stsivZ

 

どうぞご連絡ください。

たくさんの人にお話しできることを願っています!

 

国連でも必須!「聴く力」こそ世界に誇れる日本の武器だ

世界で活躍するためには、何か特別な資格や能力が必要だと考える人は多いだろう。だが、日本人が得意とする「聴く力」は国連職員の研修項目に入るほど、重宝される力なのだという。

バングラデシュ女性とセックスの話をして気づいたこと

 

ある日のこと、私はバングラデシュの首都ダッカで12人ほどの現地の女性たちと一緒に座っていました。バングラデシュ人の友人に誘われ、「あるテーマ」について話し合う会に参加するためでした。

テーマは、「セックス」です。

人間として当たり前の営みでありながら、途上国、特にイスラム圏では、セックスについて母から娘に正しい知識が伝えられることも、女性同士で語り合う機会もほとんどありません。

それゆえ、結婚年齢の早いバングラデシュでは、セックスについて人知れず悩んでいる人が多い、ということをその友人から聞いていました。

 

「だからこそ、女性同士で自由にこの話題をシェアできる会を持ちたいの。セックスは秘密でもないし、苦痛なことでもない。人間としてあたり前のことだって伝えたいの」

 

友人の熱意と意気込みをはっきりと感じました。

 

イスラム圏では、たとえ女性同士であってもセックスについて話すことには、大きな勇気が要ります。だからこそ、彼女の勇気とパイオニア精神を応援したいと思い、私は会に参加することにしました。しかし実際にその場に行くと、不慣れなテーマに、私はすっかり委縮してしまったのです。

 

「私はセックスの専門家でもないし、自信を持って人にシェアできる体験があるわけでもないんだけど……」

 

つい、そう言い訳してしまった私に、友人はきっぱりとこう言いました。

 

「あのね、チカ。私は専門家の意見を求めているわけじゃないの。私は同じ女性の一人として、あなたにそこにいて欲しいの」

 

その言葉で、ようやく私は自分に何が求められていたのかを理解しました。私は当時、国連の平和維持活動(PKO)訓練の講師を務めていました。その仕事柄、何に対してもエキスパートで答えを持っていなければならないと思い込んでいたのです。

 

友人のその言葉のおかげで気が楽になり、彼女たちの話を聞くこと、そしてなにより、言葉や文化も越えて心が通じ合える瞬間を、私は純粋に楽しむことができました。

 

女性たちも、「日本人のチカが参加してくれたことが単純に嬉しかった」と言ってくれたし、私がそばにいて「心強かった」と友人にも感謝されました。

いま求められる「聴く力」

 

世界を舞台に仕事をしたいと思ったとき、私たちは「何か大きなことをしないといけない」とか、「目に見える成果や結果がないと意味がない」と思いがちです。

でも、本当にそうなのでしょうか?

実は、私がバングラデシュで体験した「一緒にいること」こそ、いまの世界で求められている

ことであり、なおかつ日本人の得意分野でもあると思うのです。

 

この連載の第一回目では、国連職員として南スーダンで働いていたとき、「仲裁」にかかわった体験を紹介させていただきました。

仲裁とは、中立の場をつくり、それぞれの言い分を聴き、その橋渡しをすることです。

この仲裁には、とても大きな力があります。

 

世界でも最も争いの根が深いと言われている南スーダンでさえ、仲裁によって、敵同士でも個人のレベルでは信頼関係が築かれるのを目撃しました。

仲裁の立場では、基本的には助言をしません。逆に、何か言いたくなる衝動を抑える訓練を受けるくらいです。

 

アドバイスもせず、本当に解決方法が見つかるものなのでしょうか? もし本当にそうだとしたら、いったいなぜでしょう?

 

それは、「聴く力」によるものなのです。

 

話をほんとうに聴いてもらえる時人は「変わる」ことができる

 

もちろん、ここで言う「聴く」とは、ただ単に音が耳に入ってくることではなく、より能動的な聴く姿勢を指します。

 

ちなみに、国連ニューヨーク本部で職員が受ける研修では、2日間のうち丸一日を「聴く」訓練に費やします。仲裁や交渉といった専門的な研修だけでなく、全職員に推奨されていたコミュニケーションの研修でも、一日をかけて「聴く」訓練をしました。

 

聴く力は、国連という175ヵ国もの人たちが働く場におけるコミュニケーションの「核」とされているのです。

 

NASAやマイクロソフトのコンサルタントをつとめるアネット・シモンズは、『プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える』(海と月社)のなかで、「聴く力」の効果を次のように列記しています。

 

● 話を聞いてもらえる「安心感」

● なんでも自由に話してもいいと思え、相手に受け止めてもらえる体験

● 話すことで、自分が何が理解できて、かつ、理解できていないのかがはっきりする

● 話していくうちに、自分のなかの「理屈では説明できない部分」に気づき、その部分が受け止められることも含め、自分の思考や行動が整理されていく

● 話すことで、自分の話を自分で聞くことになるので、それを再検討できる

● 頭が整理・統合された結果、知恵や創造性が引き出される

 

ハーバード大学のキーガン教授は、人がほんとうに変わろうとするときは、自分が語りつづけるストーリーを自分が検討できるスペースをもてるときだ、と言っています。

 

「『敵』も人間だと気づいた」──兵士たちが漏らした本音

 

私がほんとうに「聴く力」を学べたと感じたのは、PKOの仕事で南スーダンに駐在したときでした。

 

南スーダンのようないつ紛争が再発するかわからないような国では、この先の状況がどうなるのか予測するために自分なりの価値基準や判断材料を持っていなければなりません。

 

そのためのヒントを少しでも得ようと、南スーダン政府や軍関係者に会いにいくのですが、もちろん彼らは簡単に本音を言ってはくれません。

 

そんな状況ですから、彼らの話を聴くときには発する言葉だけでなく、ちょっとしたしぐさや表情にも全身で耳を澄ませるようになりました。

 

そして、言葉では表現されない、彼らの背景やニーズ、動機を探り、「この人たちは本当に和平合意を守るつもりがあるのか?」「本音を言っているのか?」といったことに対するヒントを何とか見つけようとしていました。

 

そんな体験を重ねるにつれ、私の「聴く力」も向上し、相手に対する理解も深まり、自然と信頼関係ができあがっていきました。

 

国連PKO訓練の講師をつとめていたときには、内戦を経験した軍人たちが、本音を打ち明けてくれることがありました。

 

「国に戻ったらこんなことは言えないけど、私はずっと反政府勢力(毛派)と、もっと対話をするべきだと思っていた」(ネパール軍の士官)

 

「私は2回目のイラク派遣で『敵』も人間だと気づいた。戦争は相手を打ち負かせば終わりというわけじゃない」(米軍の同僚)

 

「長年、軍隊にいたせいでずっと葛藤していたけど、『人間』らしさを自分に求めていたんだと気づいた。実は僕、軍隊をやめようと思っているんです……」(ある国の士官)

 

「最近は他の国に紛争の調停に行くようになったけど、私に初めて異文化体験をさせてくれたのは日本の厚木だった。米国の田舎生まれの私の目を世界に開かせてくれた日本に感謝している」──そう話してくれた米軍のとある将校は、北朝鮮への対応で注目を集めるアジア・大平洋司令部ハリー・ハリス司令官の直属の部下でした(当時)。

聴く力には10段階ある

 

そうした体験を経て、私は「聴く」ことにもいろいろなレベルがあるのだと気づくようになりました。以下はこれまでの体験をもとにまとめた「聴く力の10段階」です。

1、相手の言葉を聴く
2、相手のニーズ・心配を聴く
3、相手の動機を聴く
4、相手の考えの「背景」を聴く。どんな理由があって、こう考えるようになったのだろう。
5、相手の感情を聴く
6、相手の強みや才能を聴く
7、相手の願いや望みを聴く
8、相手に対して自分はどう思っているのか、という自分の反応を聴く
9、相手との共通点を聴く
10、相手の本当の姿を聴く

ここで挙げている「聴く」対象は、言葉に表現されているものだけはありません。

まだ、表現されていない、または、本人さえ自覚していないニーズや動機、望みも含まれます。それらにも意識を向け、聴き、感じ、本人以上に理解することが大事なのです。

 

家族や親しい友人ですら、そんなふうに話を聴いてくれることはめったにありませんから、やはり聴いてもらえる体験はありがたいものです。

 

最近のMBAプログラムでは、ジャズの即興演奏を聞きにいったり、アロマの香りを試したり、ダンスをしたり、みんなで一緒に暗闇を体験したりして、「どんなときに人は安心して相手に心を開くのか」を学ぶそうです。

 

こうした取り組みには、従来のトップダウン型からチームの能力を引き出すことのできるフラット型へ、求められるリーダーシップ像が変化しているという背景があります。

 

現代のような変化の早い時代には、一人の人間がすべての答えを出せるとは限らないので、これまでのやり方にとらわれずに新しいアイデアを取り入れることが重要である、という認識が急速に広まっているのです。

 

米軍で国際治安支援部隊司令官などを務めたスタンリー・マッククリスタル氏も、近年、求められる軍人像が「強くて頼りになるリーダー」から代わってきたとTEDで語っています。

https://embed.ted.com/talks/lang/ja/stanley_mcchrystal

 

「この15年であらゆるものが変化しました。まず、地理的な活動範囲が広がり、テクノロジーが使われるようになりました。作戦も多様化して、多くの民間人がかかわるようになっています。

 

そんな変化のなかで、私が直面した大きなチャレンジは、文民や民間人も混じったチームを命令以外の方法で動かすこと。そして、まったく違う価値観やスキルを持った『ミレニアル世代』に積極的に耳を傾け、彼らのテクノロジーのスキルを活用しながら環境を整え、全員を共通の目的に向かわせることでした」

 

それを成し遂げるためにこそ、マッククリスタル氏は「聴く力」を磨いたのだと言います。

日本人の「聴く力」は突出している

 

これは米軍の例ですが、価値観が多様化するなかで、立場や世代を越えて、互いの意見にオープンに耳を傾ける姿勢の重要性はどんな業界にも当てはまるのではないでしょうか。

 

その根本に「聴く力」があるのだとしたら、世界的に見ても日本人はその能力に非常に長けています。

 

私は日本でファシリテーションや仲裁のスキルについて教えたことがありますが、国連の職員が2日間かけてようやく掴みかけるレベルの「聴く力」を多くの日本人がすでに持っているのを見て、驚きました。

 

実際、日本人は「聴く力」や「感じ取る力」を日常的に発揮しています。

 

「あの人は会議でああ言っていたけど、本当に言いたかったのはこういうことだったんじゃないか?」といった深層の部分を洞察することを、みなさんも自然にやっているのではないでしょうか?

 

日本人には当たり前のように聞こえるかも知れませんが、これは世界的にみると稀有な能力です。そして、この力こそがいま世界で求められているのです。

 

たとえば、2011年に独立した後、内戦が再発している南スーダンには、生まれたときから戦争しか知らず、教育を受ける機会もなく、話し合うことを一度も体験したことがないまま大人になった人たちが大勢います。

 

彼らは銃や武力でしか、相手を動かす方法を知りません。いくら話し合いが大事だと言われたところで、彼ら自身一度も「聞いてもらった」体験がなく、話し合うということがどんなものなのかわからないのです。

 

しかしながら、もし、彼らが武器を手に取る前に、誰かが話を聴いてくれていたら、どうでしょう。

 

人は争いを体験するほど、聞いてもらうこと、理解されることを、強く求めるのではないかと思います。生存や安全と同じくらい、人間は社会に承認されることを求める生き物だからです。

 

そもそも、世界にかかわりたい、自分が属している社会をよくしたいと思うのは人間の本能的な欲求です。それが、国連やNGOといった職種に就かないとできない、という状況も変わるべきときなのでしょう。

 

「聴く力」は世界で通用する大きな武器なのです!

 

 

 

イースタンメノナイト大学  (Eastern Mennonite University )によるトラウマのサイクル理論 ①

「暴力の連鎖のモデル」の概要:トラウマの理解と暴力の連鎖

 

どうしたら「憎しみの連鎖」を断ち切ることができるのか?どうしたらその人の中で紛争が終わったと言えるのか?ゆるしや和解を促すものは何か?ー私がそのような問いに向き合うことになったのは、独立前の南スーダン(スーダン共和国の「南スーダンと呼ばれる地域」)で国連職員として元兵士の社会統合支援に従事していた時でした。

 

当時、私が関わっていた元兵士の人たちの社会統合を支援するDDR支援(武装解除、動員解除、社会復帰プログラム=Disarmament, Demobilization and Reintegration: DDR)では、除隊兵士の人たちに、生計を立てるための新しいスキルや手段を身につけるサポートとして、職業訓練、農業支援、小規模事業支援(SME)と教育支援を行っていた。約40年続いた南北スーダン間の内戦を停戦させた「南北スーダン包括和平合意(Comprehensive Peace Agreement:CPA)」が、2005年1月9日に締結されてからすでに2年が経っていたものの、長年の内戦の影響で、道路や建物といったインフラも物資も驚くくらい限られ、職業訓練を提供すること、施設を建てることは、文字通りネジ一つから屋根まで隣国のウガンダかケニアから運んでくることを意味した。提供する側にとっても受ける側にとっても、多大な労力が求められたが、チャレンジを一つ一つ乗り越え、人々が少しづつでも前向きに前進していく様子に触れることができるのは光栄なことでした。

 

同時に、元兵士の人たちに接する中で明確に理解することに至ったのは、紛争後の復興においては、それがどんな分野であっても、紛争を肯定し、生み出した社会的背景、紛争の社会心理面における影響、人々にその自覚があるかないかにかかわらず「あの紛争はなんだったのか?」といった心の整理を求める感情面でのニーズを完全に切り離して、支援を行うことはできない、という理解でした。

 

これまでトラウマの課題は、難民や国内避難民や性的被害にあった女性(男性も含む)など、特殊のニーズを持った人々の課題であると狭義的な意味で捉えられてきた傾向があったののの、その課題やその影響が、より広義的に、その社会において紛争を生み出し、継続させる背景にある、という理解が広まってきています。また、トラウマは、個人と対象とする癒しや心理的なケア、また人を「治療」する課題というだけでなく、社会の根底に存在する構造的な課題や、また、それを正当化させ、継続させる社会文化的パターン、または質的な関係性にわたしたちの意識を向けさせてくれるものである、とも言われています。

 

そのような課題意識を元に、ここでは、世界の平和構築分野・平和支援の実務家や研究者に知られ、ソマリアの大統領等、現在に至るまで約60の国と地域からすでに8000人近くの人たちがトレーニングに参加しているSTAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)と呼ばれるモデルを紹介したいと思います。

 

STARプログラムと「暴力の連鎖のモデル」のはじまり

 

STAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)プログラムは、2001年に米国で起きた同時多発テロ事件をきっかけに生まれた。30年間にわたって中南米、アフリカ、アジア、ヨーロッパの各地で紛争の調停や助言にかかわり、当時、Eastern Mennonite UniversityのCenter for Justice and Peacebuilding Studiesの所長(創設者)であったジョン・ポール・レデラックをはじめ、この出来事を通して更なる報復と暴力が生み出されて行くことを予感した研究者の有志と3つの教会組織のトップが集い、暴力の連鎖を断ち切るためのトラウマに対する理解と方法論の確立、実践的なトレーニングの必要性を強く感じ、トレーニングが開始されました。

 

このSTAR(Strategies for Trauma Awareness and Resilience)プログラムの特徴の一つは、「暴力の連鎖を断ち切るモデル」(Breaking the Cycle of Violence)と呼ばれる、どのようにトラウマが暴力や憎しみの負の連鎖をつくっているかを示す「暴力の連鎖(cycle of violece)」と、暴力の連鎖を超え、平和へ向かっていく地域、社会・国の特徴とその過程についての見取り図を示すメカニズムと示している点です。

 

このモデルの特徴として挙げられるのは、まず第一に、紛争の影響をもつ社会におけるトラウマの影響を個人、または社会全体への影響、世代を超えた影響という観点について、脳科学、心理学、修復的司法(restrative justice)、人間の安全保障、紛争変容(conflict transformation)といった包括的な視点から解説されていること、また、第二に、トラウマについては、従来、心理的側面に焦点が当てられる傾向がありましたが、トラウマは身体的、生理的、脳の神経系統への影響を及ぼす脳科学的な現象であるという理解がされている点です。

 

第三に、このモデルの特徴として特記したいのが、暴力がさらなる暴力を生み出す負の連鎖のメカニズムが提示されている点です。トラウマ体験は私たちの内に負のエネルギーを生み出し、そのエネルギーが発散されずに温存されると、更なる暴力を生み出して行きます。これは、Acting In、Ating Outと呼ばれ、癒されず身体と心に残ったトラウマが内に向かう(Acting-in)場合と、外に向けられる(Acting-Out)場合があります。

 

内に向かう(Acting-in)場合には、アルコールや中毒、過食症・拒食症、自傷行為、受動攻撃、落ち込み、うつといった形として現れ、外に向けられる(Acting-Out)、怒り、不寛容、口論、攻撃性、犯罪、DVといった身体的暴力となって周囲の人に影響を与えます。

 

以下の図は暴力の連鎖の仕組みを体系化した図ですが、個人レベルにおけるトラウマの体験だけでなく、こうしたトラウマのサイクルが社会レベルにおいても繰り返されていることを教えてくれています。

 

 

次に、被害者サイクルと加害者サイクルの各項目を紹介していきます。

 

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元国連職員でカウンセラー・セラピスト

国連勤務を経て、海外でトレーニングを受けた信頼と実績を持つコーチが、安心と効果を直に実感できるメソッドを提供します。

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン、東ティモール等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事に従事。紛争国での体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

 

帰国後、PTSD(二次性外傷性ストレス)と燃え尽き症候群になり、起きれなくなる。リックウォーレン師などが進めるCelebrate Recoveryという再生プログラムを通じて癒しと回復、再生を体験。同じ様な体験をしている人たちをサポートしたいという思いからコーチングとヒーリングを始める。

 

医師、医療従事者、国連職員、ビジネスパーソン(製薬、銀行、製造業など)、政府機関職員、地方公務員、NGO職員、通訳、カウンセラー、ソーシャルワーカー、クリエーター、大学生、中学生など多くの人から支持される。

 

《主な資格》

在米国バージニア州 Eastern Mennonite University (EMU) The Center for Justice and Peace-buildng,  Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STARトレーニング修了。

「レジリエンス」や「逆境力」こそこれからの時代に求められる力ー人が困難な状況から再び立ち上がっていく過程にある共通点とは?

最近は人が困難な状況から再び立ち上がっていくプロセスへの注目が集まり、ある共通項があることがわかりつつあります。

 

例えば、最近では、レジリエンスという概念が注目され、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」というように訳されています。

 

また、これからの時代には、IQやEQ以上に様々な逆境に対応する力(逆境力)こそが重要であるとも言われ、ハーバードビジネススクール客員教授のポール・ストルツ(Paul G. Stoltz)博士によって、「AQ(逆境指数)」という概念も提唱されています。

 

レジリエンスという概念が生まれたのは、第二次世界大戦後でした。

 

ホロコーストで孤児となった子どもの追跡調査で、過去のトラウマから抜け出せずに不幸な暮らしをしている元孤児がいる反面、トラウマを克服して仕事や家庭が充実している元孤児もいることがわかったからでした。逆境を乗り越えられた人たちは、レジリエンス、復活力を持っているとされたのです。

 

日本で「レジリエンス」という概念が言われ始めたのは、震災からの復興や人々の再起という文脈でした。

 

また、トラウマケアの分野には「トラウマ後の成長」(post-traumatic growth)という概念があります。

 

人は単に「回復」するのではなく、文字通り「成長する」という概念です。困難は時に人の内面を根本から揺さぶるため、それによって人を生まれ変わらせる作用があるため、と説明されています。

 

もちろん、実際の体験は、単に理論や概念だけで語ることのできるものではなく、感情的な混乱や痛みなど様々なチャレンジがあります。

 

トラウマとまで言わなくても、人生では自分の思うようにならない時もあれば、理不尽なことも起こります。一人ではどうしたらいいのか分からなくなることもあるでしょう。

 

そんな波の中にいる時にどうしたいいのか?

 

少しでもそんなヒントになるように、トラウマやPTSDの回復理論やレジリエンスに関する研究と私自身の燃え尽き症候群やPTSDからの回復体験を質問形式にしてまとめました。

 

なぜ質問形式なのかと言うと、人それぞれ性格や状況や要因も違うので、「こうしましょう」という決まった一つの方法を示すことはできないからです。

 

ここで挙げている質問は、リラックスして、まずは眺めてみて、思い浮かぶことをありのままに観察してみるというアプローチをオススメします。

 

質問を読んでもに何も思いつかなくても、ふとした瞬間に何か思い浮かぶ事もあるでしょう。

 

自分が前に進んだからこそ、意味を持ってくる質問もあるので、ぜひ定期的に眺めてみて下さいね。^^

 

だからこそあなたが輝くための55の質問目次.001

ダウンロードは⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

目次

あ、今の自分の状態について把握する

い.自分の「ストレス反応」を知る

う.今気になっていることについて観察する

え.喪失(後悔、自責、サバイバーズギルト)に気づく

お.自己像、自己肯定感、自己受容度に気づく

か.自分の中の「不安」を意識化・言語化する

き.自分のコーピングスタイルを知る

く.自分と相手との優先順位(境界線)と当事者レベルを知る

け.自分のストーリー(解釈・認知)に気づく

こ.回復のストーリーをみつける

さ.試練の中の「意味」について知る

し.再結合・新しい自己の創造

す.回復・再生のためのステップ 

せ.トラウマからの回復・再生のプロセスで体験しうること

そ.トラウマからの回復の三段階

 

ダウンロードは⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

《プロカウンセラー・コーチ大仲千華》

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン等で元兵士の社会復帰支援や現地国政府の人材育成に約10年従事に従事。

南スーダンでは80人強の多国籍チームのリーダーを務め、紛争国での現場体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。

米国政府の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

帰国後、PTSDから燃え尽き症候群になり、何もやる気がない・起きれなくなる。

心理学やカウンセリングを学び始め、自分の限界やシャドーを受け入れ、統合していくことを学ぶ。海外でトラウマ解放メソッドのトレーニングを受け回復する。

同時に、直感能力とヒーリング能力が飛躍的に開花。

同じ頃、似たような体験を持つ人、社会や人の役に立ちたいという人たちから相談を受けるようになり、もっと日本で自由に生きる人を増やしたいと思いコーチング・カウンセリングを始める。

心理面だけでなく、生理学的機能や脳との関係を踏まえたトラウマエネルギーの解消、豊富な経験と実体験に基づいた職務や人間関係の課題に対するフィードバックを合わせた統合的なセッションは医師、国際機関、ビジネスパーソンなどから支持を受けている。

スリランカ政府防衛省、フィリピン政府防衛省、バングラデシュ政府防衛省、大学など講師歴多数。

クーリエジャポン(講談社)で好評連載中⇨答えを求めない勇気

大仲千華の経歴はこちら➡️ http://peaceblossom.net

大仲千華コーチングはこちら➡️ goo.gl/2b1G8s

 

どうぞお気軽にお問い合わせください。

info(at)peaceblossom.net

 

人生から成功も幸せも奪う「いい人」という病──国連ニューヨーク本部で学んだ真実|大仲千華 「答えを求めない勇気」

「人から認められたい」「誰からも嫌われたくない」という思いから、ついつい「いい人」を演じてしまう人は多いのではないだろうか。だが、他人から高評価を得るためのこの行動が、実は成功や幸せを遠ざける原因になっているという。

「いい人」は損もしないが得もしない

 

「『いい人』のままでは、誰にも君のことを覚えてもらえないよ」

 

これは、私が国連のニューヨーク本部で働いていたときに当時の上司に言われた言葉です。いい人は無難な意見ばかりを口にするけれど、そんなものは国連では何の役にも立たないし、誰の記憶にも残らない。彼にそう言われて私はかなりショックを受けましたが、「確かにその通りだ」とも思いました。

 

当時、私は国連平和維持活動(PKO)に携わっていました。国連が扱う業務のなかでも最も直接的に紛争にかかわり、国際政治や人の生死にも影響を与える仕事が単なるいい人に務まらないことは、私にも本能的にわかっていました。

 

しかしながらいい人を否定することは、私にとっては大きなチャレンジでもありました。日本で生まれ育った私に、「いい人であることは悪い」という発想はまったくなかったからです。けれども上司のその一言によって、いい人でいることは、大きな損はしないけどその代わり得もしない、いわば「守りの姿勢」ではないかと考えるようになりました。

 

いい人を演じれば、自分の本当の意見や立場を明らかにする必要がないので、自分が受け入れられなかったり、批判にさらされたりする危険を避けることができます。

 

実際、国連本部で働きはじめてからまだほんの少ししかたっていないにもかかわらず、気がつけば私は発言を求められると公式見解を繰り返すようになっていました。官僚の答弁のような物言いをすることによって、私は自分が傷つく事態を懸命に防ごうとしていたのだと思います。

「いい人」ほどトランプに怒りを感じる

 

私には米国やカナダで暮らすコーチ・カウンセラー仲間が何人かいるのですが、彼らに言わせると、いい人ほどトランプ氏が米大統領選に勝利したことに失望を感じていたそうです。

 

この場合のいい人は、「自分はいい人であるべき(はず)」、または「自分は正しい」という思いが強い人を指します。たとえば、社会的な役割が多い人、仮面(ペルソナ)を何重にもかぶっている人、公的な立場と自分のアイデンティティが一体化している人などがこれに当たります。

 

特に欧米では、社会的地位の高い人ほど「ポリティカリー・コレクト」(発言やふるまいに差別や偏見がなく、道徳的)であることが求められるので、 肩書きや社会的役割と自分のアイデンティティが同一化されていく傾向が強くなります。

 

もちろん、トランプ大統領の乱暴な物言いや、移民・イスラム教徒に対する差別的な発言に、純粋に怒りや不快感を覚えた人も多いでしょうが、「自分はいい人で正しい」と思っている人ほど、トランプの傍若無人な言動が許せないと感じたそうです。

 

人間には誰でも強みと弱みがあります。自分のなかにはいい部分もあれば、嫉妬や無力感に苦しむ嫌な部分もあることをみんな理解しています。しかし、「自分はいい人で正しくなければいけない」と思い込んでいる人ほど、人間の性質をありのままに受け入れることが難しくなってしまうのです。

 

いい人でいることのもう一つの恐ろしい弊害は、いい人を演じ続けなけばいけない義務感、そしてこうすれば人から評価されるという期待感に囚われてしまうことです。

 

「いい人」ほど怒りをため込む

 

私たちは子供の頃から勉強ができるとかスポーツが得意とか、行儀がいいとか褒められた体験を通じて、「こうすれば認められる」という観念体系を学んでいきます。そしてその経験は、大人になってからも私たちを「人を喜ばせよ、有能であれ、完璧であれ」と煽りたてます。

 

そこには、「自分の価値は、残した実績に対する他人からの評価によって決まる」という思い込みがあります。内なるモチベーションよりも、他人からどう見られるかに意識が向いてしまうのです。

前回の記事で、ニューヨークで働いていたときの私は、能力も努力も常に足りない気がして焦燥感とストレスに悩まされていたと書きました。いま思うと当時の私を苦しめていたのは、「国連の本部で働く人はこうあるべき」という思い込みと、「自分をそう見せなければ」と自ら課したプレッシャーでした。

 

このように、私たちは人に認められたいあまりにヘトヘトになり、心をすり減らしてしまうのです。しかも、そんな人ほど実は心のなかで怒っているのです。

 

彼らは「自分はこんなに我慢しているのに」「自分はこんなに尽くしているのに」と思う一方で、相手からは期待するような反応や評価が返ってこないことに対し、常にイライラや不満をためているのです。自分の満足が、コントロールの及ばない他人の反応に左右される状況は、当然、人に非常に大きなストレスを与えます。

日本人特有の「受動攻撃性」とは

 

私が長年の海外生活を経て日本に帰国して驚いたのは、日本人の受動攻撃性の高さでした。

受動攻撃性とは、あからさまに怒りをぶつけて攻撃をするのではなく、無視、無関心、連続して遅刻やミスをするなどの無気力な態度で「抗議」することを指します。私は日本人特有のこの性質を、満員電車の乗り降りのときに特に強く感じました。これも恐らく普段からいい人を演じていることからくる弊害なのでしょう。

 

いい人は、自分の意見を持たない、もしくは自分よりも他人の意見や価値観を優先させることによって、自分で自分を傷つけています。我慢し過ぎて自分の希望がわからなくなったせいで、無気力に陥り、鬱を発症するケースさえあるのです。

 
また、必要以上にいい人になろうとすると、期待に応えられなかったらどうしようという不安にとりつかれ、失敗や批判が怖くてたまらなくなります。その結果、ちょっとした失敗に対しても自己嫌悪を感じる状態に陥ってしまいます。つまり、いい人でいることは、成功の妨げにもなるのです。

 

このような状況から抜け出すには、自分で自分に課しているハードル、そして、社会やメディア、学校や親から植え付けられた以下のような「理想像」に自分が無意識に囚われていることにまず気づかなければなりません。

 

男性は「弱み」を見せてはいけない。
いつもいい成績をとらなければいけない。
絶対に失敗をしてはいけない。
周囲の人に賞賛されなければいけない。
やるからには成功しならなければいけない。
誰よりも優れていなければいけない。
スマートでなければいけない。
もっと痩せなければいけない。
人気者にならなければいけない。
かっこよくなければいけない。
おしゃれでなければいけない。
女性は若くなければいけない。
母親は常に子供思いで優しくなければいけない。

 

私がこうした「いい人」の呪縛から逃れられたのは、ニューヨークでストレスのピークを体験した後にPKOで南スーダンに赴任したことがきっかけでした。

まず、灼熱の南スーダンで、私はスーツを着なくなりました。

 

そして、国連で働く人はこうあるべきだという思い込みを実現するためではなく、現地の状況に合わせて最善を尽くすことに自分の目的がシフトしたとたん、変化が起きました。このとき初めて私は、自分のエネルギーが内から外に向かうのを感じました。

 

人の評価を求めてストレスにさらされるよりも、少しでもいいから毎日自分が成長したと感じられるほうが、自分の力で人生を歩んでいる実感が得られます。南スーダンでは別の意味でのチャレンジがたくさんありましたが、これに気づいたおかげでどれだけ気持ちが楽になったかわかりません。

 

それからは、多国籍チームのリーダーに抜擢され、国連の幹部に「うちの部署で働かないか」と誘われたこともありました。南スーダン政府や南スーダン人民解放軍との会合では、私が話しはじめると白けていた人たちが耳を傾けてくれるようにもなりました。

 

当時の南スーダンは、いつ紛争が再発してもおかしくない状況でした。そんななか、「たったいま、私がここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と私なりに必死に考え、それを伝えようとしたことによって、気持ちが相手に伝わったのだと思います。

 

人は「正論」では動きません。なんらかのメッセージが人の心に届いたとしたら、それはその意見が立派だからでも正しいからでもありません。伝える人間が心の奥から湧き出るものを表現しようとするときにこそ、言葉を超えた思いが相手に伝わるのです。自分の保身のためにいい人を演じ続けていたら、言葉さえ力を失ってしまいます。

 

「どんなときでもあなたは一人しかいない。だから、あなたの表現は必ずユニークなものになる。もしそれを表現しないのならば、それは世界にとっての損失である。自信を持って踏み出しなさい」──これは、モダンダンスを開拓した米国の舞踏家マーサ・グラハムの言葉です。

 

彼女の言う通り、あなたという存在からしか伝えられないものが必ずあります。

 

私たちはもっと自分が自分であることを表現し、もっと正直にわがままに生きていいのです!

 

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《新プログラム》開始しました❗️

 

沖縄には、人がその人本来の姿でない状態を表わすのに「魂が抜けている」と言うことがあります。人は、その人の自然な想いや本当の気持ちに繋がるとき、その人本来の力と輝きを取り戻します。

 

自分の人生について改めて考えたい、前に進みたいという時に、普段の環境と切り離されることはとても役に立ちます。

 

普段無意識に感じている「こうでなければならない」という囚われや集合意識、過去の経験から物理的に離れることができるからです。
この特別プログラムでは、世界の中でも自然がピュアで、生命エネルギーが高い形で残る沖縄の西表島へ行きます。

 

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

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国連のトップのトップ研修では答えではなく理由を聞かれる。

さて、この数日間、オックスフォード大学で行われるチュートリアルと呼ばれる一対一の個人指導の体験を例に、答えは一つではないこと、をお伝えしてきました。

 

これを読んでいるみなさんの中には、でもそれは学校という場だから成り立つんだろう、と思う人もいるかも知れません。

 

では、国連での研修を例にとって、「答えは一つではない」ということがどのように捉えられ、実践されているのかお伝えしたいと思います。

 

私は国連事務総長特別代表候補者養成研修(Senior Mission Leaders’s Training)というものに参加したことがあります。

 

これは、国連事務総長の代表として紛争地の最前線で国連のPKO活動を指揮する国連のトップのトップを養成する研修です。

 

国連事務総長特別代表とは、閣僚経験者などが任命されることも多く、この研修に参加できる人は各国から推薦された警察や軍隊のトップ、国連で働く人の中でも参加できるのはほんのわずかです。

 

そんな私が30代半ばにして参加できたのは、南スーダンなどでの経験や経歴が評価され、「オブザーバー」という正式に参加する(選抜される)権利はないけれども、研修には参加してもいいという機会をいただいたからでした。

 

さて、そんな研修ですから講師陣には経験豊富な方々が並んでいました。

 

女性で世界で初めての防衛大臣になったフィンランドの元大臣、内戦中の軍隊と交渉を担ってきたある国連特使、元国連事務総長特別代表、そして、紛争地で一万人以上の国連軍を指揮してきた元司令官など、経験豊富な方々が並んでいました。

 

参加者の人たちの多くは、国を代表している立場であり、「国連事務総長特別代表」として任命され、その国の外交プレゼンスを上げることが目的なのでかなり真剣でした。しかも、2週間も続く研修では、10センチ近い資料も渡されました。

 

私と言えば、紛争地の最前線で指揮をとってきた方々から直接体験談を聞ける機会がありながら、課題をこなしたり発言をするプレッシャーから解放されているのですから、ある意味とても理想的なシチュエーションだったかも知れません。

 

米軍が作っただけあって課題はけっこう本格的で、内容が面白かったので、正式には何の評価にもならなかったけれども、資料は読んだし、私だったら答えはこうかなあと課題にも取り組んでました。

 

さて、そんな機会に恵まれた私が興味を持ったのは、研修の内容や講師の方々の体験談もそうでしたが、この研修がいったいどのように評価されているのか?という点でした。

 

研修は、講義と演習の組み合わせで構成されていました。

 

演習では、毎日渡される課題に対して、仮想国のトップとして自分ならどう判断するのか、という意思決定の過程を学んでいくものでした。

 

その演習の策定には、米軍も関わっているというだけあって、シナリオは世界各地の事例が集約されたような本格的な内容でした。

 

事例には、例えばこのようなケースがありました。

 

ーある勢力間で武力衝突が起こる可能性が高いという情報を受け取った。国連はどう対処をするすべきか?

 

ー国の北部で部族間衝突がおきた。隣国が国境を封鎖し、避難民が足止めされることになった。国連がとる手段は何か?

 

ー国の東部と北部でそれぞれ避難民が発生した。水と食料を必要としているが、現在確保されている輸送能力と人員では全ての人に配給することはできない。次の物資補給までには少なくとも3~5日がかかる。今ある資源を何に使いどこに向けるべきか?

 

ー来週ある大規模なデモが予定されている。そのデモが国連事務所へ向かう可能性がある。国連はどう対応するべきか?

 

ー過去に民族衝突が起きたことのある地域住民から弾圧の恐れがあるという訴えを受け、保護を求められた。国連はその要請を受け入れるべきかどうか?

 

ちなみに、ここで挙げられた例は、多少形こそ違えど、私が働いてきた国でも体験してきたことでした。

 

私は、こうした課題をする必要はありませんでしたが、あまりにリアルな課題だったので、

 

その事例に触れただけで、すっかり目が覚めてしまいました。

 

私の頭は急回転し始めました。

 

さて、

 

いったい何が「答え」なんだろうか?

そもそも「答え」などあるんだろうか?

講師の人たちは何と答えるんだろう?

 

そして研修は、参加者が事例に取り組む時間が与えられた後で、講師の人たちから意見を求められたり、質問が投げかけられる、といった形で進んでいきました。

 

そして、それぞれの参加者の意見や回答に対して、そこで鍵となる点に対して、それぞれの講師の人たちから体験談やコメントがシェアされました。

 

それぞれの方の体験談自体もとても興味深かったのですが、個人的に面白いと思ったのは、たった一つの「答え」もなければ、その場にいた講師の人たち全員が用意した「共通の回答」があった訳でもなかったことでした。

 

そして、面白かったのは、参加者と講師陣との間のやり取りでした。

 

講師の人達から参加者の人たちに繰り返し投げかけられていた質問はこのようなものでした。

 

なんでそう思ったのですか?

それはどういう意味ですか?

こういう可能性についてはどう思いますか?

 

あなたは、「なぜそう考えたのか」という根拠と思考プロセスを確認するという作業でした。

 

そして、「こういう可能性についてはどう思いますか?」という議論から漏れていた視点についての問いかけがあったり、思考を広げるような別の視点が投げかけられることがありました。

 

ここでも質問されていたのは、オックスフォードのチュートリアルとまったく同じ趣旨の質問でした。

 

つまり、何か決まった「回答」がある訳ではなく、ここでも問われていたのは、あなたはなぜその結論にいたったのか?という意思決定にいたるまでの思考プロセスでした。

 

国連のトップのトップ研修が教えてくれるように、課題が難しいからこそ、決まった「答え」ではなくその考えにいたるまでのプロセスを鍛えていくのです。