自分の視点や価値観を押し付けずに、いったん相手の意見を受け止め、なぜ相手はあのような事を言うのか、と相手の視点で物事を見ることー
自分の視点と考えから一旦距離をおいて、相手の視点と立場に立ち、相手の相手の思考のフレームワーク、価値観や感情を理解すること。
これは、「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」と呼ばれます。
では、相手の視点や考え方を理解すると、どんなことが可能になるのでしょうか?
パースペクティブ・テイキングの力とはどのようなものなのでしょうか?
どんな時にそれが力になるのでしょうか?
私自身、武装勢力との内戦を展開中のフィリピン軍で、研修の講師を務めることになった時に、正にこのパースペクティブ・テイキングの力を実感したのです。
それは、フィリピンで軍を対象に行っていた国連平和維持活動(PKO)に関するトレーニングの講師を務めていた時のことです。
国連のPKOに関するトレーニングには国連が設定した基準があり、国際人道法から交渉、住民の保護、武器使用基準(基本的には自己防衛と住民の保護でのみ武器の使用がゆるされる)など、国連要員として派遣されるための知識とマインドセットを学び、シナリオを使った仮想国での演習を行います。
研修は、2週間半ほどのStaff Offier(軍参謀)候補者向けのトレーニングで、決して簡単な内容でもなかったのですが、2日、3日経ってもなぜか受ける人達が集中していないように感じました。
出てくる質問も、国連PKOが主に展開しているアフリカや国連の活動とは違った質問が続きました。
さて、いったい何が起きているんだろう???
質問を受けたり、話しを聞きながら、彼らの状況を探ってみると、彼らの中にはつい最近まで、フィリピン軍と武装勢力が内戦中のフィリピン南部のミンダナオから戻ってきたばかりの人も多くいた事が分かってきました。
彼らにとってはミンダナオの状況こそが緊急の関心であって、これは国連の平和維持活動に関する研修だとは分かっていたとしても、一向に良くなる気配のない南部の状況を思い出しては、フラストレーションを感じていたらしいのです。
口に出さずとも、その時の彼らの心境を訳するとこんな感じだったのかも知れませんー
「正直、僕たちは遠くのアフリカの問題よりも、ミンダナオのことで困ってるんだよね。。。」
ふーーーむ、なるほど。。。
いくら職務の一環として研修に参加しているとは言え、彼らのおかれた状況を考えると、それはある意味当然の反応だったのかも知れません。
しかし、米軍の専門家として、国連の平和維持活動に関するトレーニングの講師を務めるという立場でフィリピン軍(政府)に招かれている私(たち)が、現在進行形で軍が「作戦」を展開している内戦に関して直接的に言及するのは職務外であるばかりか、政治的にもとても賢いやり方とは言えません。
さて、ミンダナオという名前に触れることなく、
それでも、彼らの状況に何かしらの洞察やヒントを伝えることができて、
しかも、同時に彼らの意識を国連の平和維持活動に向けてもらう方法とはいったい何だろう???
その時の彼らの心境に心を馳せながら、
しばらく考えてから、考えたのは、こんなエクササイズでした。
まず、紛争が終わったばかりの国が復興へ向かうために鍵となるものは何か?という講義 (DDRについて)の中で、そうした国で元兵士の人たちが直面することになる状況やチャレンジについて触れました。
彼らと基本的な理解を共有するためです。
私の働いていた南スーダンでの事例を交えながら、「兵士」をやめ、新しい生活を築いていくという事とはどういうことなのか?ー
その人がどちら側 (政府軍、または反政府軍、またはゲリラ兵)であれ、「兵士」をやめ、新しい生活を築いていくという事とは、生計を立てるという経済的な側面はもちろん、大きなメンタリティーのシフトを求められるという意味においても、その人にとって非常に大きな「人生の転換期」となることを伝えました。
そして、
南スーダンの写真を含めながら、公式なレポートや統計を読むだけでは分からない
「生の人間の声」をなるべくリアルに伝えようと思いました。
その上で、
「あなたが国連要員として派遣され『反政府勢力』の元兵士の人たちを支援することになったら?」という設定で、彼らのおかれた状況を分析してもらった上で、より具体的な支援案を考えてもらうことにしました。
彼ら自身も軍人なので、兵士の人たちの心境というのは想像しやすいのかも知れません。
除隊させられる(武装解除)というシナリオに思わず共感したのかも知れません。
南スーダンの写真がよかったのかも知れません。
エクササイズとは言え、「国連」という役回りとして、いつもの立場から離れることができたのもよかったのかも知れません。
第三国というちょっと離れたコンテクストがよかったのかも知れません。
口に出さずも、私自身も彼らの心境を受け止めていたのがあるレベルで彼らに伝わったのかも知れません。。。
いずれにせよ、気がつけば、議論は盛り上がり、彼らの口からでてきた「反政府軍」の人たちへの支援案は、非常にリアリティーに溢れたものになりました。
なによりそこには彼らの「反政府軍」への洞察と理解がはっきりと示されていたのです。
その後、トレーニングは順調に進み、彼らは国連のPKOという「第三のコンテクスト」を通じて、自然と自分の国の状況に対しても多くのヒントを得たようでした。
これこそが、正に「パースペクティブ・テイキング」の力です。
あまりにも利害関係やお互いへの影響(感情)が大き過ぎて、直接的にはその状況そのものを扱えない場合でも、「第三のコンテクスト」を使うこと、または、同じ状況を相手の側から見るという機会を得ることによって、初めて見えてくるアイデアや発想、相手との共通点というものが存在するのです。
ネイティブインディアンの格言には、「相手のモカシンを履いて1マイル歩いてみるまでは相手のことを批判してはいけない」(Never criticize a man until you’ve walked a mile in his moccasins.)というものがあります。
人間は、自分が理解されたと感じる時、または、少なくとも相手は自分のことを理解しようとしているようだと感じられる時、その人に対してオープンに耳を傾けることができます。
私自身、日々パースペクティブテイキングの力を発見する毎日です。