QUIET REVOLUTION 人口の半分から三分の一は内向型ー社会を変える「静かな革命」!

人口の半分から三分の一は内向型 (introvert)なタイプだそうです。最近、内向的な人の資質が注目されています。

 

有名人としては、ビルゲイツ、オバマ前米国大統領、ウォーレン・バフェット、J・K・ローリング(「ハリー・ポッター」の著者)、ジュリアロバーツ、マハトマ・ガンジー、アインシュタイン、オードリー・ヘップバーン、エイブラハム・リンカーン、などです。

 

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私自身、国際機関で働いていた時、組織の理念には共感するものの、声が強い方がいいみたいな風潮には違和感を感じていました。

 

 

国際会議では193カ国もの加盟国が次から次へと自国の主張を続けるのを何時間も聞き続けながら、

 

果たしてもこの会議はどこかへ向かっているのだろうか?

新しい視点やなんらかの合意を生み出しているだろうか?と思ったこともありました。

 

また、内向型だからこそ発揮できる能力や社会的役割があるのではないか?と感じていました。

 

アメリカでミリオンセラーになった ’Quiet ‒ The Power of Inroverts in a World That Can’t Stop Talking’ 邦題「 内向型人間の時代、社会 を変える静かな人の力」の著者であるスーザンケインは、内向型の人の強みについてこう言っています。

 

内向的な人は、

 

洞察力がある、

創造性が高い

集中力が高い

芯が強い、

聞き上手である、

周りに流されない、

思慮深い、

感受性が豊か

繊細さがある

忍耐力が高い

持続力が高い

富や名声などの誘惑に惹かれることは比較的少ない、

自分の興味のある分野に関してものすごい集中力を発揮する、

芸術分野で成功するのは内向型の人が多い、

等です。 

 

 

ビル・ゲイツは、他人の意見に動じない内向型の強さを持った人の典型だそうです。

 

ウォーレン・バフェットが経済危機の最中でも成果を上げ続けられたのは、市場が荒れ周りの人間が気が動転している時でも慎重に考えられる知的な粘り強さがあったこと、そして、世間の多数意見や社会のプレッシャーから距離をおいて自分の判断基準を持つ内向型の強みを持っていたからだ、と言われています。

 

当然ながら、内向型には内向型の強みがあります。

 

ちなみに、内向型であるというのは、内気とかシャイであるという意味ではなく、内向的か外向的かの違いは、エネルギーの取り込み方のことを言います。

 

 

「外向型」は人と話したり外からの刺激でエネルギーを得るので、より多くの刺激を受けるために広く浅く経験することを好むのに対して、「内向型」は、エネルギーをアイデアや感情など自分の内から得るために、深く感じたり経験することを好む、と言われています。

 

 

そういう私も内向型で(研修の一環で受けたテストでもそういう結果が出て、本人の自覚もあります)、国連のような組織で働きながら、私のようなタイプはどのようなリーダーシップスタイルが合うんだろう?と思ったことがありました。

 

 

そして、自分の体験を振り返ってみると、洞察力がある、創造性が高いはかなりはっきりと強みとして発揮されてきたと思います。

 

改めて腑に落ちたのは、「聞き上手でメンバーの能力を引き出す」という内向型の強みです。

 

そして、内戦をしてきた国の軍人たちが、なぜ私に悩みを打ち明けてくるのか、という私の中の「謎」が解けたような気がしました。

 

彼らは自分の国で内戦をしてきた国の軍人です。

 

それなのに、私が講師を務めた研修で私のところにやってきて、こう言い出すのです。

 

 

「『人間』らしくあることを自分に求めていいんだって思ったんです。実は、軍隊をやめようと思っていて。。。」

 

(ええっ?!この研修そういう研修だったっけ?汗)

 

 

あるレセプションでは、ワイングラスを片手に米軍の高官の一人が「実はこんなことがあってね。。。」と、彼の中の深い体験を語りだしたこともありました。彼は米軍のアジア・大平洋司令部の最高司令官(General)の一人でした。

 

 

最初は、正直私自身が驚いたものでした。

 

そもそも私自身が、外向的に振舞わなければいけない、とも、自己主張をしなければいけないとも思っていないので、誰の中にもある内向型の部分、というか、深い部分を見せてもいいと安心したのかも知れません。

 

今、思えば「聞き上手さ」ということが自然に発揮されていたんだ思います。

 

 

ただ、私自身が自分ではないスタイルで自己主張をしたり、無理に外向型にふるまったとしたら、そのような体験はしなかったかもしれません。

 

 

カルフォルニア大学で行われた実験で、外向型と内向型がお互いを高く評価した、という実験結果があります。

 

内向型は外向型に対して、話題を次から次に提供してくれたので話しやすかった、と言い、外向型は内向型との会話に対して、リラックスできて自分が抱えている問題を話しやすいと感じた、のです。

 

実際以上に元気にふるまわないといけないというプレッシャーを感じなかったからだと指摘されています。

 

 

誰の中にも内向型の部分も外向型の部分もあります。

 

どちらがいいというよりは、大切なことは、

内向型というタイプの特性を理解すること、

そして、内向型としての強みを活かす方法を考えよう、という事だと思います。

 

 

なにより内向型の人は、無理に外向型のように振る舞う必要もなく、

 

ただ自分が自分であればいい!

 

これが一番大切なことだと思います 😊

周りの人の強みや得意分野を相手に見れるほど、自分の強みも受け入れられるようになる

どんな人にでも強みや得意な分野がある。

そこに目を向けて伸ばし、活かすことー

すべての人の強みや特性が上手く活かされたらどんなチーム・組織になるんだろう?

元司令官はそんな楽しみを私に教えてくれました。

 

そして、人の強みに目を向けることの更なる効果も感じています。

 

実は人の強みや得意分野に目を向けることによって助かるのはなにより自分じゃないか?と思うのです。

 

私たちは、うまくいっていないことや、人の間違いはいくらでも目につきます。

 

世界のニュースを開けば、毎日新しい「問題」と「危機」を耳にします。

 

いくら指摘してもきりがないほどです。

 

でも、人の強みや得意分野に目を向けることによって助かるのは実は自分だと思うのです。

 

私たちは自分で自分がやってきたことを評価することや、自分の強みを認めることにはあまり慣れていません。

 

自分に厳しいタイプの人はなおさらです。

 

日本人は世界の中でも、強みを苦手な分野を克服しようとする傾向が最も高いそうです。

 

無意識的には、私たちは周りに与えたものが自分に返ってくることを知っています。

 

そういう意味では、私たちは周りの人たちの人の強みや得意分野にも目を向けるほど、自分の強みを認めたり、自分が自分を認めることを「訓練」し許可しているのです。

 

世界65カ国以上で実践されているものに、Nonvioent Communication(NVC)=非暴力コミュニケーションというものがあります。

 

学校やコミュニティー、会社・組織でのコミュニケーションを活性化するツールとして知られています。

 

そこで教えられている原則はこう言っています。

 

「相手のどこが悪いのかに焦点を当てるのではなく、『助言する』立場にある自分に焦点を当てる」

 

私がカウンセラーとしてのトレーニングを受けた時にも、相手の「完全な姿」を見るというトレーニングを受けました。

 

私たちは誰もがなんらの課題やチャレンジを持っていますが、それはその人自身に問題があるというわけではありません。

 

仮に病気をしていたとしてもその人の回復した姿を見ることができます。

 

いまなんらかの課題を持っていてもそれを乗り越え、より強くなって姿を見ることができます。

 

自信がないと言っている人がいたとしても、私たちはその人の本来の才能や能力を見ることができます。

 

実は、震災などで被災した人のニュースを見る時、紛争の被害にあっている人のニュースを見る時にも当てはまります。

 

もし、彼らを、「かわいそうな人」と見るとしたら、私たちは彼らを「弱体化する」エネルギーを送ることになってしまいます。

 

替わりに、彼らが生活を再建し、被災した人たちがお互いを助け合い、逆行を乗り越えた勇気あるストーリーが新聞一面を飾っていることを想像することができます。

 

 

 

 

問題や大きな課題があってもその人自身は人間として欠けているわけではないのです。

 

同じ職場の人、チームの人の強みや得意分野を書き出してみましょう。

 

周りの人の強みや得意分野を相手に見れるほど、自分の強みも受け入れられるようになりますよ!

神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている

もしオリンピックでメダルが欲しいとしたr、足が長い選手、音感がいい選手、技術の高い選手ーさて誰を選んだらいいのか?

「それはあったらいいけど、なくても大きな問題とは言えないものばかり」と言います。

シンクロ②

リオオリンピックでメダル獲得の瞬間。

 

8回ものオリンピックでメダルをもたらしている奇跡の人、井村雅代シンクロナイズドスイミング女子監督です。

 

実際に彼女が指導した選手の中で、足がとても長い選手がいたそうです。

 

シンクロでは、足が長い方が圧倒的に見栄えがいいです。

でも、その選手は「気が弱い」という側面も持っていた。

 

それについて彼女はこうも言っています。

 

「神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている。」

 

当たり前だけど、そうなんですよね。

 

だって、足の長さや身長だけが長所となるんだったら、日本はシンクロでもメダルを取り続けることはできなかったのでしょう。

 

だったら、ロシアにはないけど日本にあるのはなんだろう?と彼女は考えます。

 

そして、彼女は、選手たちと一緒に日本しかできない演技を考え、いろんなものにヒントを求め、その分野の人たちから指導を受けます。

 

時には、

阿波踊りを見に行き、

フラメントを見に行き、

シルクドソレイユの指導も受け、

空手の先生から直伝で

武道の精神や空手の型の指導を受けます。

 

 

身体面では足りない点に目を向けたらそれはどうしようもないけれども、彼女は「日本しかないところ」に目を向けるのです。

 

シドニー五輪のチーム演技を私も見ましたが、思わず「すごい!」と叫びたくなるような渾身の演技でした。

 

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彼女の思考の反転もさすがと思いますが、さらに「ああ、この人はほんとうに本物だ」と思ったのは、この発言。

 

「あの時は悔しかった。だって、あんな演技でメダルをとったから。」

 

どういう意味かと言うと、結果的に全部のオリンピックでメダルをもたらしたけれども、彼女はメダルを目指すと同時に、メダルをとったとしても一生懸命やってなかったことに対して「悔しい」と言うのです。

 

メダルも大切だけど、その人がその人のベストを尽くすことなのですね。

あっぱれ!

 

2017年に「感受性」を強みとして発揮するために知っておく《5つのポイント》

2017年から「新しい流れ」が始まるようです。

 

新しい時代においては、自分の強みや才能を知っていることがより重要になってきますが、その中でも、これまではあまり「強み」として捉えられてこなかったような特性がより重宝されていくように思います。

 

 

その一つは「感受性」です。

 

このシリーズでは、「感受性の高い」人の強みとチャレンジ、そして、そういうタイプの人が自分の特性を強みとして活かすために知っておくべきポイントをお伝えしていきます。

 

私のところにセッションに来られる方の中には、「感受性」が強く、エネルギー的に繊細 (sensitive)なタイプの方が多くいらっしゃいます。

 

ここで言う「繊細な」という意味は、その人の「構造」というか「つくり」というか、特性が繊細であるという意味であって、「ナイーブ」であるとも「弱い」という意味とも違います。

 

別の言い方をすると、感じ取る能力が高い人、共感能力の高い人たちです。

 

「繊細」とだけを聞くと、「競争社会」の基準からすると「弱み」のように聞こえるかも知れませんが、これからの時代、「感受性が高い」ということは「大きな武器」となっていくことでしょう。

 

 

では、「感受性」が高いことの「強み」とは例えばどういうものでしょうか?

 

例えば、相手が伝える1の情報から、その何十倍もの情報を読み取る能力です。または、より大きな全体像をつかむ能力です。

 

これは、「洞察力」(insight)と呼ばれます。

 

例えば、この人は、言葉ではこう言っているけど、その人の本心はいったい何なんだろう?または、「このミーティングで部長はこう言っているけど、どうも他の人たちはしらけてるなあ。みんなの本心はいったい何なんだろう?

 

今、会議で起きていることやこの組織全体で起きていることは何だろう?」といったより深層の部分が「分かる」能力です。

 

 

これは、人と関わる仕事、交渉や仲裁、ファシリテーション、リーダーシップといった分野で大きな力になります。

 

または、一つのニュースからより大きな流れを読む能力です。

 

例えば、私にとっても紛争地の現場でこの力が大きな助けとなりました。

 

例えば、南スーダンのような紛争地では、この先数ヶ月、政情がどうなるのか分からないというような環境に置かれます。

 

そのような環境の中で、国連のスタッフは、いろんな人に会って情報収集をし、分析を加え、あり得るシナリオなどを考えながら、それぞれの場合どう対処したらいいかを決定していきます。

 

私は、そういう地で仕事をする人として、いろいろな人に会って生の情報(感覚)を得て、この先の流れを掴んでおくことは、決定的に大事なことだと本能的に感じていたので、できるだけそういう時間を意識的にとっていました。

 

なので、新しいニュースがあったり、政情的に何かが起こっても、「ああ、これはこれ以上『大事』にはならないな」とか「今回はちょっとヤバい」とか、ある程度流れが読めたり、予測がついたりしました。

 

私にとってはあまりに自然にやっていたことだったのですが、

 

えっ?!、みんな気づいてないの?!!!

 

と逆にびっくりしたこともあって、「ああ、これは知らせなきゃいけない」じゃないけど、正式な職務の一部であるかどうかは関係なく、分析レポートを書いて重宝されたこともありました。

 

そして、私の分析が全体像を掴んでいた、先を見越していた、ということが実際にありました。

 

同じ街にいながら、同じ国にいながら、同じ人に会いながら、同じ情報を耳にしながら、その人が導き出す結論や分析はまったく人それそれでした。

 

断片的な情報から、全体像を「掴んでいく」能力はまさに大きな才能なのです。

 

こういう場合の「分かる」能力は、ロジカルシンキング的に一生懸命考えてたどり着く結論というよりは、感覚的に「わかる」という種類のものです。

 

私の場合、この能力が、今ではどう発揮されているかと言うと、例えば、カウンセラーとしてある方の相談内容について聴いている時に、その方が言わんとしていることの全体像や課題の根っこの部分が「パッと」把握できる能力です。

 

もちろん、いくつか質問をして、課題を探ったり、それを確認してきますが、その能力は高い方だと思います。

 

また、いくつかのニュースの断片を合わせていって、大きな流れやより大きな全体像をつかめることです。

 

私はクーリエジャポンという媒体で連載記事を持っていますが、2016年8月3日付けの記事 Vol.3 大仲千華「答えを求めない勇気」で英国のEU離脱について書いたことが、今回の米国大統領選挙にもそのまま「当てはまる」ので自分でも少しびっくりしました。

 

Beautiful landscape
Beautiful landscape

 

 

また、「感受性が高い」ということは、「エネルギーを伝達できる能力」にも繋がるので、スピーチや文章を書くなどなんらかの表現をする人にとって大きな力になります。

 

その人が感動したことについて伝えようと思うと、その感動のエネルギーが文章なりを通じて相手に伝達されるからです。

 

私はずいぶん長い間スピーチが苦手だと思っていて、自分がスピーチが上手だと思ったことはなかったのですが、南スーダンの紛争地の現場にいる時、私が話し始めると、それまでしらけていた参加者が耳を傾け始めるということを体験することがありました。

 

南スーダン政府との会合で、

南スーダン人民解放軍の人たちと一緒にいる時、

スタッフミーティング等々で、

 

 

相手がこちらに耳を傾けるのが分かり、上司や他の人たちから「Chikaのスピーチすごくよかったよ」と言われることがあると、嬉しいのだけど、

 

 

「えっ??、はて、私はいつからスピーチが上手になったんだっけか??」と、当人としては「狐につままれる」ように感じたこともありました。

 

 

当時の南スーダンの状況は

(今でもそうですが)、紛争が再発する要因もいくらでもある。

独立できるかどうかも分からない状況。

 

 

 

そんな真剣勝負みたいな日々だったので、

 

「たった今私がこの場でここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と、私なりに必死に考え、何かを真剣に伝えようとしていた気持ちが相手に伝わったのだと思います。

 

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⬆️国連のスタッフデー@南スーダンにて。

民族衣装を着て来たエチオピア人の同僚と一緒に

 

多国籍チームのリーダーに抜擢されてからは、政府やNGOとのミーティングでも「国連代表」として一言求められたり、視察とか出張先で一言求められるなど、その状況もよりフォーマルになっていきましたが、

 

私はそんな体験を経て、「かっこよく話す」ことも、「国連職員とはこうあるべき」もやめて、誠意を持ってハートから話すことの方が効果的だということを学んでいったのでした。

 

最近のコミュニケーションに関する研究では、言葉や文字として伝わるのは10%以下(またはもっと低い)ということが言われています。

 

今では、文章を書く時でも、言葉を超えて全体のエネルギーとして何を伝えたいのか、ということに意識を置いています。

 

だとするならば、言葉を超えて、全体のエネルギーを伝えることができる能力とは、まさに「繊細さ」や「感じ取る能力」「感受性」の大きな強みなのです。

 

 

こうした能力が開花すると、

 

人に教えること、講師、執筆、ダンス、デザイン、演劇、絵を描く、歌を歌う、音楽、イラスト、建築、彫刻、織物、アスリートなどー

 

そういうタイプの人たちの、自分の中から「湧きでるもの」を表現する意欲、そしてそのベストを追求する「内なる意欲」はもともと強いので、それが助けとなり、それがどんな分野であっても、自分の表現や作品は自然と高い水準に達していきます。

 

 

「感受性」「繊細さ」や「感じ取る能力」を自分の強みとして成功している有名人としては、例えばこのような人たちが挙げられています。

 

スティーブン・スピルバーグ

メリル・ストリープ

アガサ・クリスティーン

アルバート・アインシュタイン

エリザベス・キュープラ・ロス

デール・カーネギー

などです。

 

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Dan Millman ‘The life you were born to live: A guide to finding your life purpose’ p.242より

邦題 ダン・ミルマン「「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか」より

 

 

ただ、どんな人にとっても、その人の強みとチャレンジは「表裏一体」であるように、そういうタイプならではチャレンジもあります。

 

では、こういうタイプの人たちが、その「感受性」「繊細さ」や「感じ取る能力」を才能として「開花」するためにはどんな事が役に立つのでしょうか?

 

次回に続く。

周りと違う生き方をしようとする時に知っておくと楽になる《5つの原則》

最近、ある大学4年生の方でもうすぐ卒業なんです、という方にお会いしました。

 

彼女いわく、自分にはやりたいことがあるんだけど、ある社長さんの一言でそれが「ぐらついた」んだそうです。

 

確かに、

周りと違う生き方をしようとする時、

周りとは違う意見や考えを言う時

新しいことを始める時、

そういうことは起こるもの。

 

いわば、自分の「感覚」を信じていられるかどうかが試される瞬間の一つでしょうか。

 

私も日本に帰ってきてから、「また海外に戻らないんですか?」と少なくとも100回以上聞かれ、なんで博士課程やらないんですか?ともよく聞かました。

 

「博士課程、興味ありません」と言ったら、相手が怒り始めたこともありました。(本当の話しです。)

 

最近よく聞かれるのは、「なんで国連を経てカウンセラーになったのですか?」という質問。

 

聞かれたら答えるものの、こっちが言わんとしていることが伝わる場合もあるし、伝わらない場合もあります。

 

はっきり言って、みんなに理解されることはないし、あり得ないと思う。

世の中にはどんなに努力しても理解しあえない人がいる。(たぶんお互いに)

全員に賛同されることもない。

 

もし全員に賛同されたら、逆におそらくかなり気持ち悪いだろうとも思います◕‿◕。

 

 

念のために一言付け加えておくと、私は職業柄として個人的な性格としても、仕事でもお互いが理解するために、実際にたくさんの人に耳を傾けてきたし、理解をするための努力はいとわない方だと思う。

 

 

 

でも、これは悲観的な意味で言っているわけではなくて、人生は有限だから、自分のことを理解してくれる人に理解をしてもらえばいいのだというシンプルな結論に私を導いてくれているのです。

 

 

みんなに理解されたい、ということがいかに労力を要することかも体験しています。

 

 

私の場合、クーリエジャポンという雑誌(媒体)で連載を始めて、この事が自分の中でさらに腑に落ちました。

 

記事を書くにはエネルギーがいる。

 

時間も労力もかけて記事を書くのだから、出来るだけたくさんの人に読んでもらいたいし、もちろん「いい記事だった」と言われたら嬉しい。

 

でも、「万人受けしたい」という考えがふとよぎったりすると、「プッツリ」と見事に筆が止まってしまったり、頭の中で思考がぐるぐるし始めて、文章さえもグルグルし始めるのです。。。

 

 

「ああ、みんなに受けよう、理解されようなんて思ったら記事なんて書けやしない!」と実感をもって体験したのでした。

 

 

とはいえ、特に自分が大切だと思っていることを書いた時には、相手が同じように感じてくれないと「ショック」に感じることはあります。

 

でも、それをパーソナルにとらえないことも同時に学んでいます。

 

そして、だからこそ、理解し合える人や気の合う人、共鳴する人がいたらなおさら嬉しいし、そういう関係があるのは、決して「当たり前」じゃないから、その価値をよりありがたいなと思うようになりました。

 

だから、自分のメンターの先生に改めてありがとうと伝えたり、友人関係でもそう表現することは多くなったように思います。

 

だって本当に「当たり前」ではないから!^^

 

私はもうすぐ卒業だという彼女に言いました。

 

「私も最近も同じような体験があったし、そういうこと (理解されないことや、自分とはまったく違う意見を持つような人と一緒になること)はいつになってもあるよ。」

 

「でも、大学四年生の時と今との違いは何かと言うとね、そんなにぐらつかなくなること。」

 

それは本当にそうなのです。

 

 

似たように感じる人は、以下にご紹介する5つの「原則」をぜひ思い出してください。

 

 

1、誰かが何かを言う時、その人はほとんどの場合相手の事というよりは、大抵自分のことを投影して発言している。

だから「ああ、自分のことを言ってるんだね」と思えばいい。

 

2、自分の価値が評価されるところへ行こう。

ある人やあるグループにその価値を認められなくても、自分のアイデアや作品の価値を評価してくれる人が必ずどこかに存在する。

 

私は最近5人くらいの編集者さんにお会いする機会をいただきましたが、回を重ねていくうちに、自分の意図と強みがより明確になっていって、最後は自分と相手の望む方向性とアングルがマッチする方にお会いすることができました。

 

イエスキリストはこういう言葉を残したと言われています。

 

Go where invited. Stay where welcomed. If you are no longer welcomed, leave the dust behind and leave immediately.

 

招かれているところへ行きなさい。歓迎されたところに留まりなさい。歓迎されなくなったらすぐに去りなさい。

 

だからこそ、自分と共鳴する人や先生、仲間と出会うことの価値もより分かりますね。

 

 

3、自分と違う意見を言われても、それをパーソナルにとらえないこと。

自分と違う意見が存在し、その意見をただそのまま受け入れられることができるのは誰もがどこかの段階で学ぶレッスンのように感じます。

 

 

4、自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になること。

自分が自分を認め、自分が自分の一番の理解者になると、他人に認めて欲しい、理解して欲しいという他人に対する欲求が少なくなってきます。

 

 

5、自分だけが自分に関する最終的な権威

究極のところ、誰が何と言おうとも自分の人生を生きるのは自分です。誰かの意見は参考にはできるけど、当然ながら、その結果を生きるのは自分です。

 

自分の内なる声に耳を澄ませ、自分の感覚を信じることを学ぶと人生に対する余裕と自信が生まれてきます。

 

テレビとスマホの電源を切って、自分の中の直感に耳をすます時間をとって、瞑想をしたり、自分の内なる声とのつながりを育む時間を持ちましょう!

 

 

 

ギフテッドの特徴①: ごまかしが嫌いー正直な大人を尊敬する

 

気性が激しい、感情の起伏が激しい、頑固、こだわりが強いなどから、母親にとって育てにくい・理解できないと感じるお子さんのタイプがいます。

その気質の多くの一つが、ごまかしが嫌いということ。

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ギフテッドの姪っ子が2歳半くらいの時、テレビに映っていたメルケル・ドイツ首相とプーチンロシア大統領の会談のワンシーンについて、テレビを指差して「今何しているの?」と聞いてきました。

ウクライナ情勢の複雑なことは話しませんでしたが、

「あのね、『一つの場所についてね、お互いに自分のものだ』って争っているんだよ」、と説明しました。

そんな説明でよかったのかは自信はなかったのですが、

そしたら

 

あっ❗️❗️❗️

 

と閃いたように、「あっ、それ保育園でもあるよ。」と言って、

おもちゃ取り合うしぐさをしてくれました。

 

「その通り!」

「一言しか言わなかったのによく分かってるなあ」と私の方が関心すると同時に、「ああ、この子には適当な事は言えないな。出来るだけ誠実に説明しよう」と思いました。

きっと、似たような体験をお持ちの方も多いと思います。

 

私もギフテッドなので、自分の体験を思い起こしてみても分かりますが、そういう子供たちは、正直な大人を尊敬します。

「正直な」という意味は、なんでも知っているという意味ではなくて、

その子が発する質問に誠実に対応してくれ、

自分なりの意見をその子にシェアしてくれることです。

 

もし聞かれたことが分からないなら「分からない」と言ってもいいし、

 

「その事についてはよく知らないから後で調べてみるね」、

「調べてみるからその時一緒に考えてみようね」、

と言うとたいてい「うん」と言って納得してくれます。

 

他にも、大人同士でも答えるのが難しいテーマについて聞かれることはよくありますが、

「そうね、これはちかちゃんの個人的な意見なんだけどね、こうじゃないかなって思う」などと、出来るだけ答えるようにしています。

 

私のカナダ人の友人に小学校の時から世界のことに興味があって、なんで「ルワンダの虐殺」が起きたのか?と、学校の先生に聞いたら、

「そういう難しいことは大人に任せて、かわい子ちゃんはさあお勉強しましょうね。」と言われて憤慨した人がいます。

その10数年後、彼女は世界各地を周りドキュメンタリーを作成し、20代後半でTEDにも登壇しています。

http://theparadigmshiftproject.org/project/

 

彼女のお母さんは幸いにそういう彼女の質問を自然に受け止めてくれたそうです。

 

子供は彼女・彼らなりにとても真剣に質問をしているので、大人がごまかしたり、適当な答えを続けていたら、その内にその子たちは失望して自分の殻に閉じこもってしまいます。

 

子供たちは大人が忘れてしまった本来なら聞かれて当たり前の質問をわざわざ投げか私たちに思い出せてくれているという「大仕事」を担っているのでしゃないか?なんて思います。

 

⭐️⭐️⭐️このブログについて⭐️⭐️⭐️

私自信が「ギフテッド」という自覚のある今、「理解できない苦しみ」と「理解されない苦しみ」が少しでも埋まったらいいなと思ってこのブログを書いています。ぜひ似たような人たちにご紹介ください。urlのリンクはこちらです。chikaonaka.com

ギフテッドチルドレン: 繊細でやさしい子にとって理想的な学校

興味を持ったことだけに深く集中するのが好きでなタイプの子供にとって、学校というところは不自然な環境です。

授業ではきまった科目を受け、課外活動での集団行動が重視され、そういう子たちが求める自分で考えたり創造性を発揮するため機会があるとは限らないからです。

そういう子たちが後で「花開いた」と聞いても驚くことではないですよね。

ギフテッドの子供たちを受け入れているミシガン州アナーバーのエマーソンスクールの前校長は、「彼らにとって必要な学習スタイルが違うのだ、と考えています」と言っています。

 

これはアメリカでの例ですが、もし学校を探せるのならば、このような学校を探しましょう、と次のように紹介されています。

 

・集団活動一辺倒ではなく生徒一人一人の興味を尊重し、自主性を強調している

・やさしさ、思いやりや共感性を重視している

・各クラスは少人数で生前としている

・「内向的」「繊細」「感受性が強い」「まじめ」といった気質を理解している

・学業、課題授業などにおいて、自分の子供が興味を持っている分野に力を入れている

・いじめ防止プログラムに力を注いでいる

・知的な子供が多いとか、スポーツの得意な子供が多いとか、わが子の個性に合った生徒が集まっている

 

少しでも参考になりましたら幸いです。

⭐️⭐️⭐️このブログについて⭐️⭐️⭐️

私自信が「ギフテッド」です。キャリアもひと回りもふた回りもしたので、ギフテッド本人の体験を伝えられることがあります。誰もがありのままで認められ、その人の持つ強みや才能を活かすお手伝いをしたい!と、このブログを書いています。ぜひ私ギフテッドかも?と悩んでいる人たちにご紹介ください。urlのリンクはこちらです。chikaonaka.com

 

⭐️⭐️⭐️

ギフテッドコーチング

⭐️⭐️⭐️

ギフテッドの子供たちは知的レベルの同じ大人と一緒に過ごすことが役立つことが知られています。自信もギフテッドの大仲千華が自分の体験をもとに丁寧に向き合います。国連での勤務より帰国後、相談に来る若い人たちがギフテッドであること、姪っ子がギフテッドであることに気づき、ギフテッドに向けた情報発信とコーチングを始める。今の子供たちや若い人たちには自分のように悩んで欲しくない、誰もがありのままで認められ、その人の持つ強みや才能を活かすお手伝いをしたい!私がコーチングを始めた理由です。⇨ギフテッドコーチングはこちら

《大仲千華プロフィール》

英国オックスフォード大学大学院より奨学金(New Century Scholar)を授与され大学院を修了(社会人類学)。ニューヨーク国連本部、スーダン、東ティモールなど国連活動の最前線において、元兵士の社会復帰支援などの平和支援に10年従事。多国籍チームのリーダーを務める。国連退職後は、国連特使にスカウトされ、米国政府(米海軍大学院)付けの専門家として、世界の閣僚経験者も講師を務める世界的なプログラムにて講師を勤める。宗教や民族の違いをこえて人と人を繋ぐことができるリーダーを育てるPeace Blossom 代表。http://peaceblossom.net