上司に相談12.7%、12.9%の人が会社を退職ー多くは仕事の悩みを安心して相談できる相手がいない という実情

Peace Blossomのコーチングサービスが取り上げられています。

http://jimococo.mag2.com/pr_feed/海外でトレーニングを受けた元国連職員が燃え尽

http://getnews.jp/archives/1837896

 

燃え尽き症候群やパワーハラスメントの相談件数が年々増えています。

 

厚生労働省が平成28年に行った「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると、

 

過去3年間でパワーハラスメントを受けたり、見た・相談を受けたという人は、およそ3人に1人となっており、前回の平成24年調査から大きく上昇しています。

 

このように、燃え尽き症候群やパワーハラスメントは誰にも起こりうることです。

 

同時にパワーハラスメントを受けた人で、上司や社内の相談窓口に相談した人は12.7%にとどまり、家族や社外の友人に相談した人が20.3%と一番多く、12.9%の人が「会社を退職した」と回答しています。

 

この調査結果からも伺えるように、働いている人の多くは仕事の悩みを安心して相談できる相手がいない という実情があります。

 

自身が紛争地での勤務を経て燃え尽き症候群になり、トラウマと感情を解放するメソッドを習い回復した体験から、似たような体験をされた方のサポートをしたいと思いコーチングを行っています。

 

 

《代表 大仲千華プロフィール》

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン、東ティモール等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事。紛争国の現場でリーダーシップや仲裁について研鑽を積む。米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

 

帰国後、燃え尽き症候群とPTSD(二次的外傷性ストレス)になり、海外でトレーニングを受け トラウマと感情を解放するメソッドを習い回復。

同じ頃、似たような体験を持つ人たちから相談を受けるようになる。

医師、医療従事者、国連職員、ビジネスパーソン、政府機関職員、地方公務員、NGO職員、通訳、カウンセラー、ソーシャルワーカー、クリエーター、学生などから支持を得ている。

 

新オープン・リニューアル日

2017年7月21日(金)URL

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問い合わせ先 メールアドレスinfo@peaceblossom.net

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人生から成功も幸せも奪う「いい人」という病──国連ニューヨーク本部で学んだ真実|大仲千華 「答えを求めない勇気」

「人から認められたい」「誰からも嫌われたくない」という思いから、ついつい「いい人」を演じてしまう人は多いのではないだろうか。だが、他人から高評価を得るためのこの行動が、実は成功や幸せを遠ざける原因になっているという。

「いい人」は損もしないが得もしない

 

「『いい人』のままでは、誰にも君のことを覚えてもらえないよ」

 

これは、私が国連のニューヨーク本部で働いていたときに当時の上司に言われた言葉です。いい人は無難な意見ばかりを口にするけれど、そんなものは国連では何の役にも立たないし、誰の記憶にも残らない。彼にそう言われて私はかなりショックを受けましたが、「確かにその通りだ」とも思いました。

 

当時、私は国連平和維持活動(PKO)に携わっていました。国連が扱う業務のなかでも最も直接的に紛争にかかわり、国際政治や人の生死にも影響を与える仕事が単なるいい人に務まらないことは、私にも本能的にわかっていました。

 

しかしながらいい人を否定することは、私にとっては大きなチャレンジでもありました。日本で生まれ育った私に、「いい人であることは悪い」という発想はまったくなかったからです。けれども上司のその一言によって、いい人でいることは、大きな損はしないけどその代わり得もしない、いわば「守りの姿勢」ではないかと考えるようになりました。

 

いい人を演じれば、自分の本当の意見や立場を明らかにする必要がないので、自分が受け入れられなかったり、批判にさらされたりする危険を避けることができます。

 

実際、国連本部で働きはじめてからまだほんの少ししかたっていないにもかかわらず、気がつけば私は発言を求められると公式見解を繰り返すようになっていました。官僚の答弁のような物言いをすることによって、私は自分が傷つく事態を懸命に防ごうとしていたのだと思います。

「いい人」ほどトランプに怒りを感じる

 

私には米国やカナダで暮らすコーチ・カウンセラー仲間が何人かいるのですが、彼らに言わせると、いい人ほどトランプ氏が米大統領選に勝利したことに失望を感じていたそうです。

 

この場合のいい人は、「自分はいい人であるべき(はず)」、または「自分は正しい」という思いが強い人を指します。たとえば、社会的な役割が多い人、仮面(ペルソナ)を何重にもかぶっている人、公的な立場と自分のアイデンティティが一体化している人などがこれに当たります。

 

特に欧米では、社会的地位の高い人ほど「ポリティカリー・コレクト」(発言やふるまいに差別や偏見がなく、道徳的)であることが求められるので、 肩書きや社会的役割と自分のアイデンティティが同一化されていく傾向が強くなります。

 

もちろん、トランプ大統領の乱暴な物言いや、移民・イスラム教徒に対する差別的な発言に、純粋に怒りや不快感を覚えた人も多いでしょうが、「自分はいい人で正しい」と思っている人ほど、トランプの傍若無人な言動が許せないと感じたそうです。

 

人間には誰でも強みと弱みがあります。自分のなかにはいい部分もあれば、嫉妬や無力感に苦しむ嫌な部分もあることをみんな理解しています。しかし、「自分はいい人で正しくなければいけない」と思い込んでいる人ほど、人間の性質をありのままに受け入れることが難しくなってしまうのです。

 

いい人でいることのもう一つの恐ろしい弊害は、いい人を演じ続けなけばいけない義務感、そしてこうすれば人から評価されるという期待感に囚われてしまうことです。

 

「いい人」ほど怒りをため込む

 

私たちは子供の頃から勉強ができるとかスポーツが得意とか、行儀がいいとか褒められた体験を通じて、「こうすれば認められる」という観念体系を学んでいきます。そしてその経験は、大人になってからも私たちを「人を喜ばせよ、有能であれ、完璧であれ」と煽りたてます。

 

そこには、「自分の価値は、残した実績に対する他人からの評価によって決まる」という思い込みがあります。内なるモチベーションよりも、他人からどう見られるかに意識が向いてしまうのです。

前回の記事で、ニューヨークで働いていたときの私は、能力も努力も常に足りない気がして焦燥感とストレスに悩まされていたと書きました。いま思うと当時の私を苦しめていたのは、「国連の本部で働く人はこうあるべき」という思い込みと、「自分をそう見せなければ」と自ら課したプレッシャーでした。

 

このように、私たちは人に認められたいあまりにヘトヘトになり、心をすり減らしてしまうのです。しかも、そんな人ほど実は心のなかで怒っているのです。

 

彼らは「自分はこんなに我慢しているのに」「自分はこんなに尽くしているのに」と思う一方で、相手からは期待するような反応や評価が返ってこないことに対し、常にイライラや不満をためているのです。自分の満足が、コントロールの及ばない他人の反応に左右される状況は、当然、人に非常に大きなストレスを与えます。

日本人特有の「受動攻撃性」とは

 

私が長年の海外生活を経て日本に帰国して驚いたのは、日本人の受動攻撃性の高さでした。

受動攻撃性とは、あからさまに怒りをぶつけて攻撃をするのではなく、無視、無関心、連続して遅刻やミスをするなどの無気力な態度で「抗議」することを指します。私は日本人特有のこの性質を、満員電車の乗り降りのときに特に強く感じました。これも恐らく普段からいい人を演じていることからくる弊害なのでしょう。

 

いい人は、自分の意見を持たない、もしくは自分よりも他人の意見や価値観を優先させることによって、自分で自分を傷つけています。我慢し過ぎて自分の希望がわからなくなったせいで、無気力に陥り、鬱を発症するケースさえあるのです。

 
また、必要以上にいい人になろうとすると、期待に応えられなかったらどうしようという不安にとりつかれ、失敗や批判が怖くてたまらなくなります。その結果、ちょっとした失敗に対しても自己嫌悪を感じる状態に陥ってしまいます。つまり、いい人でいることは、成功の妨げにもなるのです。

 

このような状況から抜け出すには、自分で自分に課しているハードル、そして、社会やメディア、学校や親から植え付けられた以下のような「理想像」に自分が無意識に囚われていることにまず気づかなければなりません。

 

男性は「弱み」を見せてはいけない。
いつもいい成績をとらなければいけない。
絶対に失敗をしてはいけない。
周囲の人に賞賛されなければいけない。
やるからには成功しならなければいけない。
誰よりも優れていなければいけない。
スマートでなければいけない。
もっと痩せなければいけない。
人気者にならなければいけない。
かっこよくなければいけない。
おしゃれでなければいけない。
女性は若くなければいけない。
母親は常に子供思いで優しくなければいけない。

 

私がこうした「いい人」の呪縛から逃れられたのは、ニューヨークでストレスのピークを体験した後にPKOで南スーダンに赴任したことがきっかけでした。

まず、灼熱の南スーダンで、私はスーツを着なくなりました。

 

そして、国連で働く人はこうあるべきだという思い込みを実現するためではなく、現地の状況に合わせて最善を尽くすことに自分の目的がシフトしたとたん、変化が起きました。このとき初めて私は、自分のエネルギーが内から外に向かうのを感じました。

 

人の評価を求めてストレスにさらされるよりも、少しでもいいから毎日自分が成長したと感じられるほうが、自分の力で人生を歩んでいる実感が得られます。南スーダンでは別の意味でのチャレンジがたくさんありましたが、これに気づいたおかげでどれだけ気持ちが楽になったかわかりません。

 

それからは、多国籍チームのリーダーに抜擢され、国連の幹部に「うちの部署で働かないか」と誘われたこともありました。南スーダン政府や南スーダン人民解放軍との会合では、私が話しはじめると白けていた人たちが耳を傾けてくれるようにもなりました。

 

当時の南スーダンは、いつ紛争が再発してもおかしくない状況でした。そんななか、「たったいま、私がここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と私なりに必死に考え、それを伝えようとしたことによって、気持ちが相手に伝わったのだと思います。

 

人は「正論」では動きません。なんらかのメッセージが人の心に届いたとしたら、それはその意見が立派だからでも正しいからでもありません。伝える人間が心の奥から湧き出るものを表現しようとするときにこそ、言葉を超えた思いが相手に伝わるのです。自分の保身のためにいい人を演じ続けていたら、言葉さえ力を失ってしまいます。

 

「どんなときでもあなたは一人しかいない。だから、あなたの表現は必ずユニークなものになる。もしそれを表現しないのならば、それは世界にとっての損失である。自信を持って踏み出しなさい」──これは、モダンダンスを開拓した米国の舞踏家マーサ・グラハムの言葉です。

 

彼女の言う通り、あなたという存在からしか伝えられないものが必ずあります。

 

私たちはもっと自分が自分であることを表現し、もっと正直にわがままに生きていいのです!

 

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《新プログラム》開始しました❗️

 

沖縄には、人がその人本来の姿でない状態を表わすのに「魂が抜けている」と言うことがあります。人は、その人の自然な想いや本当の気持ちに繋がるとき、その人本来の力と輝きを取り戻します。

 

自分の人生について改めて考えたい、前に進みたいという時に、普段の環境と切り離されることはとても役に立ちます。

 

普段無意識に感じている「こうでなければならない」という囚われや集合意識、過去の経験から物理的に離れることができるからです。
この特別プログラムでは、世界の中でも自然がピュアで、生命エネルギーが高い形で残る沖縄の西表島へ行きます。

 

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

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ビルゲイツが支援している大学でMBAも授業料完全無料!194カ国の学生とタダで一緒に勉強できるのに、なぜ日本の大学なのか❓❓❓

なぜ日本の大学なのか?

海外の大学ではなくなぜ日本の大学なのか???

日本の大学を出ると、どんなスキルが身につけることができてどう役立つのか???

 

 

これまで、海外(アメリカやイギリス)の大学を出ることことの一番のネックは学費と語学力、そして、治安(実際の治安状況というよりは親の心配)でした。

 

授業料は高いし、生活費もかかります。

 

オンラインで、アメリカの大学卒業資格が無料(試験料あり)で得られる時代になった、とお伝えしました。

 

オックスフォードやハーバードの教授たちが軒並み顧問に就いていている、University of the Peopleです。

 

ビルゲイツが、アメリカの教育費が高すぎることが問題だとして、しかもオンラインの時代にあった教育改革をしようという試みの一つとして、支援しています。

 

なぜ無料でできるかというと、ハーバードやMITなどの無料公開講座を講義コンテンツとして利用しているからです。

 

無料公開講座とは言え、質はかなり高いです。

 

しかも、名門ニューヨーク大学(NYU)とも提携をしています。

すでに、3千人以上の卒業生がいて、世界194カ国❗️以上もの学生が学んでいるそうです。

 

2009年に事業開始、卒業はアメリカの四年制大学の卒業資格として認められます。

 

入学条件は高校を卒業していること、英語で授業を受けられること。

 

面白いのは、世界194カ国から参加するクラスメ-トが20名前後でクラスを組み、
オンラインで課題を提出しながら、互いに学び合う仕組みです。

 

ビルゲイツも応援する授業料が無料の大学が開講 !

University of the Peopleに入ってみました

 

そもそも大学を出ることは必要なのか?という議論もありますが、

 

いろんな国の人たちと一緒に学ぶこと、多様性に降れることはそれだけでも十分に価値があると個人的には思います。

 

そして、この大学では科目は主に、Business Administration(MBAの大学版)とMBA、そしてプログラミングとHealth Scienceに特化しています。

 

3年前に初めて聞いた時には、MBAはありませんでしたが、MBAも始まっていました。

こちらも無料です!

 

大学ではもっと幅広い教養を身につけるべきだ、という意見もあります。

 

私個人は、大学では考える力を身につけることが大事だと思っていますが、実業に近いものを学ぶという選択は理解できます。

 

 

さて、では次の質問です。

日本の大学を出ると、どんなスキルが身につけることができてどう役立つのでしょうか❓❓❓

 

この数年、このギャップがかなり深刻な問題として認識されてきています。

 

最近もある現役女子大生の方から、大学で勉強していることと自分が知りたいことが全然違う、という声を聞きました。

 

 

もう一つ、海外の大学卒業生は日本の企業の就職に不利だと言われてきました。

 

4月一斉入社前提で大企業に雇われることを最優先としたら、10年間にはそういう面も確かにあったでしょう。

 

でも、グルーバル人材をなんとしても欲しいという企業にとってそういう人は即戦力になります。

 

ちなみに、イギリスの大学を卒業をした友人で、通常の採用プロセスを経たら倍率何十倍だったであろうところを、外国人のマネージャーとの面接たった一回で、五つ星ホテルに就職を決めた人がいます。

 

しかも、これまで日本のホテル業界の慣習だった、専門学校をでて、ベッドメイキングから修行をするというコースを、ベッドメイキングもドアベル(玄関でお迎えする人)も各一日で終え(人事がそうしてくれたそうです)、一気にそれを飛び越して、フロントを経て希望だったマーケティング部署に一気に行ってしまいました。

 

彼女は、イギリスの大学で勉強していたのですが、最終学年在籍中に、ロンドンの「ザ・サボイ」でアジア人女性初のインターンとして雇われました(ちょっと時代錯誤に聞こえますが、本当の話しです)。

 

彼女は学校から奨学金をもらい、インターン最終段階でサボイに属したまま日本へ調査に来ます。

 

当時、東京で外資系の5つ星ホテルがちょうど進出ラッシュだった時期で、「世界のホテルの中のホテル」と言われる「サボイ」ブランドの力はすごくて、どこも快く調査に協力してくれたそうです。

 

それだけでなく、5つ星ホテルの人事担当者からそれとなく採用の話しをもちかけられたそうです。

 

そして、すでにお話したように、採用されただけでなく、これまでの日本の慣行とされてきたベッドメイキングから修行をするというコースさえも一気に飛び越えていってしまいました。

 

Savoy

Reardon-Savoy

London Hotel Savoy

 

この話しをしたポイントは、「そもそもなんで?」という質問をあえて提起したかったからです。

 

そもそもなんで日本の大学なのか?

 

そもそもなんで日本の企業なのか?

 

 

日本の企業には、どこに配属されるのか分からない、そしてどんなキャリアパスがあってどんなスキルを身につけられるのか分からない、という点があります。

 

専門家よりも、その会社特有のやり方や会社人間を育てることに重点がおかれます。

 

だからこそ、入る方も目的意識をもたないといとも簡単に目的を見失ってしまいます。

 

 

いちおう大学はいこう。

とりあえず塾はいこう。

とりあえず受験勉強はした方がいいだろう。

 

 

「とりあえず」、「いちおう」ばかりに時間を費やすほど人生は長くありません。

 

 

受験勉強⇨大学⇨流企業

 

このモデルの限界をどこかで知りつつあるのに、そうでない自分にとっての幸せのモデルがわからないという面もあるのでしょう。

 

日本全国とりあえず受験勉強、いちおう大学、やっぱり一流企業という「思考停止」状態に陥っているように見えます。

 

受験勉強に向かって努力をしていれば、がんばっている感も得られるので、それ自体がそれなりの安心や満足感にもなるのでしょう。

 

 

でも、今こそ「そもそも」が大切な時代です。

 

そもそも何のために、この勉強をしているのか?

そもそも何のためにそれを目指しているのか?

そもそも、それをすると自分は幸せになれるのか?

 

 

そういう「そもそも」に一人一人が向き合う時代なのです。

国連での勤務の1年目、苦い体験を通して学んだ本当の議論のためのルール

自分がある出来事についてどう思っているかは、自分が決めればいい、というお話しをしました。

 

でも、みんながそれそれ違う意見を持ったらどうなるの?

という漠然とした疑問というか、不安を持つ人もいるようです。

 

 

それは、

日本では、

議論のルールというものを習ったことがない

議論というものをしたことがない

または、本当に違う意見を交わしてより理解が深まったという体験したことがない、

または意見はトップダウンで決められるものでただ従えばよい、

答えは「上」から与えられるもの

という権威主義的なやり方を当たり前とする文化や経験の問題だと思います。

 

 

でも、自分の意見を言わないことは、

相手を尊重していることにはならないし、

本当の関係を築くことにならないのも事実です。

 

そして自分の意見を持つことを止めるものに、いろんな誤解が理由としてあるようですが、

 

その一つは、人の意見と人格を同一視してしまうというものです。

 

 

私はその誤解を国連での勤務の1年目、苦い体験を通して学びました。

 

国連勤務の1年目初めての赴任地東ティモールでの出来事でした。

 

初めて、オーストラリアのダーウィンから初めて国連機というものに乗って東ティモールの首都、ディリに向かった日のことは今でも覚えています。

 

一緒に働くことになったのは、

チリ生まれのオーストラリア人、パキスタン人、イギリス生まれのパキスタン人、カメルーン生まれのドイツ人、オーストラリア警察から出向中のオーストラリア人の女性と日本人のわたしでした。

 

さて、チリ生まれのオーストラリア人はチリ人っぽいのか、それともオーストラリア人っぽいのか?

国籍を聞いただけではこの人たちはどんな人たちなのかさっぱり分かりません。

 

さて、始めての会議。

 

その中でチームリーダーに選ばれた一回り年上のパキスタン人の同僚の口からは、ショックな言葉が続きました。

「女は仕事ができない。」

そして、男性には挨拶をして、女性は無視するかのような態度。

 

オーストラリア警察から出向していた女性と私は顔を見合わせてまず怒りました。

そして、悩みました。

 

結論から先にいうと、そんな言動が続き、本部からヒアリングと事実確認、調停を担当する人が派遣されてきました。

 

その調停人の方は、まず双方の言い分を聞き、事実確認をするための質問をいくつかしました。

私は事前に書面で伝えていたことと同じことを伝えました。

 

そして、何回かそのようなやり取りが続きた後、

途中「だからこの人は何もわかってない!」と

私の方がカッとなってしまいました。

 

私がよく覚えているのは、その時の調停人の言葉です。

 

彼は落ち着いた口調でこう言いました。

「事実と人格を分けてください。」

「ここで聞いているのは(確認をしている)のは事実関係です。

何があったのかという「事実」だけを述べてください。

相手のパーソナリティーに言及することは慎んでください。」

 

私は、その瞬間にハッ!と気づいて本当にその通りだと思ったのです。

 

「「事実」だけを述べてください」とは、日本人の感覚からするともしかしたら冷たい印象を与えるのかも知れません。

でも、その時に私はすごく解放された気がしたのです。

 

 

この人はイスラム圏で生まれ、おそらくこれまで女性と働いたことがなかったんだろう。

そういう文化背景で、おそらくそういう考え(女性は仕事はできない)を持つようになって、

ただそれだけなのだ、と。

 

 

そういうことを平然と言い続ける人と一緒に働くのは決して心地よかったわけじゃないけど、

私個人に向けられたものではなかった、と。

 

 

私たちは、自分とまったく違う意見と持っている人に会ったり、自分の意見が否定されたりすると、あたかも自分という個人が否定された、と感じがちです。

 

相手の意見と人格をごちゃまぜにしてしまいがちです。

 

でも、その人の意見は世界の72億あるうちのたった一つの意見であって、

 

自分にとって真実でもなければ、同意する必要もないし、

その人の意見個人的に捉える必要はまったくないのです。

 

最近続けて職場でハラスメントを受けている・受けていたという相談を受けていますが、

それを聞く中でも、そこにショックや傷ついた体験がごちゃまぜになっていることが多いのを感じます。

 

まず、事実と感情を分けること、

事実と人格を分けることが大切です。

 

すると、事実関係が自然に整理されていきます。

 

 

《まとめ》

事実と感情をわける

意見と人格を分ける

事実を淡々と整理する

人の意見が自分の意見と違うからといって、それは個人的に嫌われたとか、尊重されていないとは違う

もしそういう感情や感覚があるとしたら、それは本当にそうなのか確認すること。

就活、婚活…なぜ日本人は「○○活」が好きなのか? 「答えを求めない勇気」

日本人は学歴や職種、収入などあらゆる面で格付けし合うのが好きだ。世間が認める指標で評価していれば、自分の頭で考えて判断する必要がないので楽だからだ。

 

だがその反面、唯一無二の理想を追い求めなければならず、常に満たされない感覚を味わう。日本人が自分に自信を持てない原因は、そこにあると筆者は指摘する。

 

では、どうすれば自分なりの「軸」を確立し、自信を持つことができるのか。それには、「呼吸法」などの身体を使ったアプローチが効果的だという。

なぜ日本人は「○○活」が好きなのか?

 

就活、婚活、妊活、終活……「○○活」という言葉を見るたび、どう英訳したらいいのかと悩みます。これらは日本にしかない特有の言葉だからです。

 

「○○活」という言葉には、ある1つのモデルが存在していて、それこそが正解であるというニュアンスがあります。この「唯一無二の理想がある」という考え方は、日本人のランキング好きにも関係しているように思います。たとえば、偏差値、人気企業、芸能人のランキングなどです。

 

そんな話をしていたら、テレビ番組のプロデューサーをしている友人が、芸能人が神戸牛とオージービーフの2つを目隠しして味わい、どちらが高級かを当てる日本のテレビ番組の話をしてくれました。

 

番組の説明の後に彼はこう付け加えました。

 

「おそらくあの番組は、米国では人気が出ないと思う。だって、美味しいかまずいか決めるのは自分だから。仮に安いほうを美味しいと思っても、別に誰も気にしないから」

 

私もそれには一理あるなと思いました。

 

ブラジル人の友人に、こんなことを言われたこともあります。

 

「日本ではみんな太陽をオレンジ色で描くけど、ブラジルだったらピンクや緑色で太陽を描いてもいい」

 

人間は社会的な生き物なので、米国人だってそれぞれの社会階層のカルチャーに従うでしょうし、ある社会階層では高級肉の味がわかる能力は珍重されるでしょう。

 

ただ、ランキングがある限り、1つの指標に従った上下関係が生まれます。つまり「勝者」と「敗者」が作られるのです。

 

私たちの社会がある一定の指標を前提としている限り、その構造は変わりません。ランキングがあれば、自分の頭で考えて判断しなくて済みますから、人間はある種の「秩序」というか、一見もっともらしい理由にすがって安心したいのかもしれません。

 

しかしながら、そうした指標が妥当かどうか、または自分にとって役に立っているかどうかはまったく別の話です。

常に満たされない日本人

 

日本人はよく自信がないと言われますが、それにも「○○活」好き、「ランキング」好きの国民性が深く関係していると思います。

 

なぜなら、ある1つのモデルを理想にしていると、いつも何かが「足りない」からです。

 

ある理想像のもとでは、私たちは常に「減点評価」の対象になります。すると自分の能力や努力が足りないという強迫観念に急き立てられ、いつまでたっても満たされることがありません。

 

しかも、SNSが広く普及している現代は成功者の華やかな生活が目に入りやすく、作られた理想像と自分を比較して、自信をなくしたり、焦燥感に悩まされたりしやすい環境にあると言えます。

 

また、とても残念なことに、自分に与えられた才能や経験を誰もが過小評価しがちです。理想に合わないというだけで、自分の持っている資質を強みだと思えないのです。1つの指標や理想像に価値を見出し続ける限り、その構造は続きます。

 

かくいう私も、ニューヨークの国連本部で働いていたときには、この「足りない」という感覚にずいぶんと悩まされました。ストレスと海外出張が重なり出張中の機内で倒れたこともあります。一番苦しかったのは、いくらやっても自分のなかで「これでいい」と思えなかったことでした。

 

そこから解放されるためには、他人がつくった指標や理想を追うのではなく、「自分にとっての指標」「自分はこれでいい」と思える軸を作ることです。

 

それこそ、「美味しいかまずいかは、自分で決めればよい」というスタンスは1つの方向性です。そこまで極端な言い方をしなくても、ある物事に対してどう思うかは自分が決めればいいのです。

 

では自分なりの「軸」を確立するにはどうしたらいいのでしょうか? それには、身体面からのアプローチをおすすめしたいと思います。

イチローもジョコビッチも実践!

 

すでに自分のなかでできあがった思考パターンを置き換えるには、新しい脳内の配線(シノプシス)を刺激して、より太くしていく必要があります。

 

なぜ身体からのアプローチがいいかといえば、頭であれこれ考えるよりも、身体を通じて脳に心地よい「快」情報をたくさんインプットするほうが、ネガティブな思考をポジティブなものに速く置き換えられるからです。

 

私が身体のアプローチに興味を持ったのは、トラウマケアの手法を学んでいたときでした。その過程で、一流アスリートや音楽家のトレーニング、トラウマケアにはある共通点があることを発見しました。

 

それは、身体と心は密接につながっていて、「体が変わると意識も変わる」という考え方がベースにあるということです。

 

たとえば、アスリートや音楽家は、身体を柔らかくしていつでも最大限のパフォーマンスを発揮できるように気を配っています。楽器を鳴らす前に複式呼吸をしたり、身体を動かしたり、身心がリラックスした状態であることが大切だと経験的に知っているのです。

 

シアトル・マリナーズでイチロー選手のトレーナーを務めた森本貴義氏は、著書『一流の思考法 WBCトレーナーが教える「自分力」の磨き方』(SB新書)で、イチロー選手のパフォーマンスを支えているのは一連の所作(ルーティン)だと指摘しています。

 

イチロー選手の、バッターボックスに入りユニフォームの袖をまくってバットを振る一連の所作はすっかりお馴染みですが、彼は他の選手よりも2時間早く球場に入り、誰よりも時間をかけて毎日念入りにストレッチをするそうです。

 

彼のルーティンは、バッターボックスに入る数時間前からすでに始まっているのです。こうしたルーティンを持つことによって、心身の状態をいつでも理想の状態に「起動」させることができ、最善の状態を保つことができるのです。

 

スポーツ科学や音楽家、コーチ・カウンセラーの間で知られている表現に、「筋肉に感情が宿る」というものがあります。緊張して身体が固まるのではなく、固まった筋肉が緊張を起こすという考え方です。

 

身体や筋肉に刺激を与えたり、ほぐしたりすることで、視野が広がったり、新しい気づきやひらめきを得やすくなると言われています。

 

なかでも効果が高くて実践しやすい運動が、呼吸法や気功、太極拳です。

 

テニスのノバク・ジョコビッチ選手も、世界ランキング1位になるまで太極拳やヨガ、瞑想をトレーニングに取り入れていました。

 

彼いわく、アマチュアからプロになったとき、100位になったとき、30位になったとき、そして10位になったとき、さらに5位前後から3位、そして1位を獲得したときのそれぞれの節目で大きな壁があったそうです。

 

彼はその当時をこう振り返っています。

 

「人間が起きている時間でやれることはすべて試した。専属の栄養士、コーチ、トレーナーはもちろん、マネジャーがそれこそ私のサーブ1本から飲みものの成分と分量まで、すべての動きを見守ってくれた。それでも順位が上がらなかったときがしばらく続き、役に立ちそうだと思ったものはともかく試そうと思った」

 

ジョコビッチ選手は2015年から2016年にかけて世界ランキング1位のほか、ウィンブルドンや全米オープンなど4つのグランドスラム大会を制覇。男子史上3人目となるグランドスラム4大会連続優勝の記録を達成しました。彼が偉業を成し遂げた後、ヨガや瞑想を取り入れる選手が増えたそうです。

効果絶大! 40ヵ国で支持される呼吸法

 

紛争地のトラウマケアの現場でも呼吸法や太極拳が取り入れられており、スポーツ界と同じトレンドが見られます。

 

理由はいたってシンプルで、アフガニスタンやルワンダといった緊急性が高い現場では、誰もが簡単にすぐ試すことができて、効果があるものが求められるからです。

 

そんな紛争地の最前線でいろいろなトラウマケアの手法が試された結果、手軽に出来て実際に効果があるという理由で定着していったのが、身体を使ったアプローチ、特に気功や呼吸法だったのです。

 

スポーツ科学でもトラウマケアでも、重度の緊張状態にある心身の状態をより早く効果的に整えることが求められます。「心身が一致している」という考え方や「呼吸法」は両者にとって非常に効率がよく、理にかなったものなのです。

 

そもそも人間にとって、運動は特別なことではありません。古くから人間の生活には心身を落ち着けるための動作が組み込まれていたし、踊りや儀礼を通じて共同体内のコミュニケーションを深めてきました。

 

たとえば、ヨガには「太陽礼拝」と呼ばれるポーズがあります。胸の前で合掌した後に両手を天に向かって伸ばしていくものです。そこには、「1つの礼拝ごとに煩悩を1つずつ浄化していく」という意味が込められています。

 

アスリートや音楽家たちは、この手法を使って身体と精神を整え「ゾーンに入る」状態を日常的に作り出しているのです。

 

別にポーズの意味やそのメカニズムがわからなくても、実際に身体を動かすことで不安が解消されて視野が広がるのが、身体を使ったアプローチのいいところです。

 

最後に、日常的に取り入れられるおすすめの呼吸法をご紹介します。

 

 

この呼吸法は、身体を心理学的な観点から研究するパトリシア・ケーン博士(Capacitar International代表)によって開発されたもので、太極拳や呼吸法、ヨガなどのエッセンスが15分程度の動作にまとめられています。

 

現在、日本や英国、米国など世界40ヵ国で教えられているこの呼吸法は、もともと南米エクアドルで地元の女性たちが抱える紛争のトラウマをケアするために開発されたものですが、いまではリラクゼーションや能力開発にも応用されています。

 

私はケーン博士から、直接この呼吸法を教わることができました。この呼吸法をおこなうと、モヤモヤした気持ちが晴れて気分が落ち着きます。そして前向きになり、生産性があがります。

 

なにより、「自分はこれでいい」という自分の軸が強くなっていくのを感じます。

 

頭でいくら考えても答えが出てこないときに身体を動かしていると、ふとアイディアが浮かぶことがあります。それは、私たちの身体のなかにすでにある「知恵」が、身体と連動することによって呼び覚まされるからなのでしょう。

 

スマホから少し離れて、ぜひ身体を動かす感覚に意識を向けてみてください。それが自分の軸を持つための大きな鍵です。

 

AfghanistanPeaceWorkers

⬆️ 長引く紛争の影響で、爆撃を目撃したり、友人を亡くした若者も多いアフガニスタン。学校でも部族対立がおこったり勉強に集中できないと言っていたが、対立していた部族のグループがこの呼吸法を一緒に習ってから、はじめて口をきいたという。

 

中央:パトリシアケーン博士、パレスチアからの参加者と一緒に。

 

クーリエジャポン2017年6月8日掲載

世界150カ国に赴任する国連職員はちゃんと勉強しないー日本人の働き方を変えるのに必要なのは 「ちゃんとやらなきゃ幻想」を超えること❗️

 

私はこれまで約12年間計8カ国で勉強したり、働いてきました。

 

米国、香港、イギリス、ドイツ、南スーダン、東ティモール、カザフスタン、ニュージーランドです。

 

香港では香港中文大学というところで人類学を勉強しましたが、留学生活の最後には香港人の友人と広東語でジョークを言えるようになりました。

 

香港人は広東語を話すわたしを面白しろがってくれました。

 

旧ソ連圏のカザフスタンでは、当時まだスーパーが限られていたので、市場で買い物をするためにロシア語を覚えました。

 

東ティモールでは、最後任地を離れる頃には、現地語であるテトン語で、選挙について説明できるようになりました。

 

わたしがこんな話しをするのは、自分の語学力が優れていると言いたいわけではありません。

むしろ逆です。

 

わたしは辞書を引いて真面目に勉強をするのが苦手でした。

辞書をひいてもなんだか頭に入らなかったのです。

 

でも、現地に行ったら、

たった3つの単語を並べるような語学力でも

カフェでカプチーノが注文できて

レストランで食べたいものがオーダーできたのです。

 

 

それをやらざるを得ない状況におかれた訳ですが、

たった3つの単語を並べるだけで自分の欲しいものが目の前にでてくることは

どれだけ自信になったことでしょうか。

 

Dresden

⇧ドレスデンの広場

 

こんな広場のカフェでカプチーノを飲むのが至福の楽しみでした。

 

この体験は、完璧に話せなくても、たった単語を並べてでも美味しいものが食べられる、というとても分かりやすい成功体験をわたしにもたらしてくれました。

 

 

たった一つの単語でもいいから、ともかく伝わればいいというメンタリティーを身につけさせてくれました。

 

実際、どこの国でもわたしが一番先に覚えた単語は、たいてい食べ物の名前でした。😊

 

 

広東語で一番初めに覚えたのは、「魚香茄子」(ゆーひょんけいちー)という茄子炒めでした。

 

 

初めて自分でオーダーして出てきたのが嬉しくて、香港にいた時のすっかりお気に入りの料理になりました。

 

 

ちゃんと勉強をしなくても、じっくりと読まなくても、完璧にしらなくても、知っているものから使っていけばいいのです。

 

国連職員として赴任する先は世界で150カ国にも及びます。

 

そこの国の歴史も理解しないといけない、語学も身につけないといけない、住居も探さないといけない、家具も揃えないといけない、新しい人間関係やネットワークも築かなければいけない、家族の面倒も見ないといけない。。。

 

もちろん、新しい仕事を覚えないといけません。

 

しかも、それを2~3年といったスパンで繰り返す国連職員としては、ちゃんとじっくり勉強するよりも、できるだけ簡単に、そしてできることからやるという(できるだけ簡単に楽チンに)メンタリティーを身につけることになるのです。

 

逆に、日本人は「ちゃんと、じっくり」幻想にかなり縛られていると思います。

 

 

何かを勉強するときには、ゆっくりじっくり前から順番に読み、準備するものだと思っています。

 

私たちはこれまでそうやって勉強してきたので、ある意味で安心感を感じるのだと思います。

 

ただ、生産性という視点からいうと、まったく別問題です。

 

これは、日本人の働き方ともつながっていると思います。

 

社会に出ると実際にはじっくり準備する時間はありません。

 

限られた時間の中でいかにポイントを押さえて簡単にできるかの方が大事になります。

 

 

日本人の働き方を根本的に変えるのに必要なことー

 

それは「ちゃんとやらなきゃ幻想」を超えることです!

「千と千尋の神隠し」のモデルの村に行ってきました❗️ー人間の弱さは神さまの強さ

先日、日本三大秘境のひとつに旅行をしてきたお話しをしました。

 

長野県の遠山郷、南アルプスに囲まれた標高1200mの地で日本のチロル(オーストリア)と呼ばれる下栗の里というところです。

 

高速道路を使っても、片道7時間かかりました。

 

さて、この地域は、宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」のインスピレーションを受けた地域だそうです。

 

霜月祭といって、日本中の神様を呼び出してお風呂に入れて元気にするというとても面白いお祭りがあるのです。

 

長野県南部の天竜川流域、南信濃村と天龍村に伝わる霜月祭(地域によっては違う名称で呼ばれる)というもので、宮崎駿監督はテレビでこの祭りの存在を知って強い影響を受けたのだそうです。

 

今は「かぐらの湯」として親しまれている温泉に私も行ってきました。

 

とてもお湯がよくて、お肌がツルツルになりました。

 

場所のエネルギーもとてもよくて、お湯に浸かった瞬間に疲れもふっとんで、これだけでも遠路はるばる来た甲斐があったと思いました。

 

さて、そのお祭りには、「神さまから湯を浴びて穢れを祓い、魂を清める」という儀式があるそうです。

 

冬を迎える前に無事に冬を越せること=「再生」を願う、という意味が含められています。

下栗⑤

 

 

その標高1200mの村は車があってもたどり着くのが難しい険しい山を登っていくところです。

 

少し前だったら、冬はまさに交通が遮断されたところだったのしょう。

 

 

だから、もっとも人間の力が弱くなるこの時期を、どうか無地に生きて冬を越せますように、と神々に祈ったというのです。

 

 

それを聞いて思いました。

 

人間にとって弱い時こそ、謙虚になれる時なのだ、と。

 

 

人間の弱さは神さまの強さなのだと。

 

もし、一人でなんでもできると思ったらそれは傲慢なことなのだ、と。

 

 

下栗①

 

下栗②.jpg

 

下栗④.jpg

 

そう、人間というのは自然のリズムと一緒に生きて来たのですよね。

 

秋には収穫し、豊穣を祝い、感謝して、冬に備える。

そして、冬は人間の活動もゆっくりになり、自らのエネルギーを蓄え、

そして春に活動を再開して、夏にはもっとも活動的になる。

 

 

人間にはそんなリズムがあるのですね。

 

 

都会に住んでいると、一年間をあたかも全速力で疾走するものだと思いがちですが、一年をもう少し自然のリズムと共に身体のペースを持てるといいなと思いました。