自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し②😊

前回、自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊を紹介しました。

 

今回は、そういう場をつくるために意識したこと、大切だと思うことをお伝えしたいと思います。

 

まずスピーチの課題は以下のようにしました。

 

一回目: Summary of the Ted Talk that you chose(5 mins)

 

二回目:

⑴ Summary of the Ted Talk that you chose(max. up to 2 mins)

⑵ Talk about why you chose this TED Talk, what you learned from this TED talk and your own experience related to the topic.

⑶ Conclusion – how you applied the content of the TED talk or/and what you wanted to convey to the audience.

 

三回目: 以下のCARの法則をつかって自分の体験を元にスピーチ。

 

(C)hallenge=こんなチャレンジがありました。こんなことに打ち込みました。

(A)ction=私はその状況をこう理解し、このように対処・行動をしました。

(R)esults=結果、このようになりました、それによってこのようなことを学びました。

 

チャレンジや大変だったことに直面した時、あなたという人はその状況をどう判断し、どう対処しましたか?何かに打ち込んだこと、そこから学んだことは何かを伝えることです。

 

立派なことを言う必要はなくて、身近な例でいいので、「ああ、この人は自分なりに~について学んだ体験があるんだな」という事が具体的な例と共に相手に伝わることの方が大切です。

 

CARの法則とは、そのことから体験したこと、そこから学んだことを最後に結論として導き出すためのフォーマットのようなものです。

 

TEDのいくつかのスピーチは、このCARの法則と同じ構成になっています。

 

この形式でやろうと思ったのは、この形式の質問が、欧米の大学での奨学金の面接、外資系企業、国際機関などでの採用面接などでよく聞かれるので、知っておいて練習しておいて損はないと思ったこと、それから、なによりこの方がその人の知らない部分を知れそうで面白しろそうだなと思ったからです。

 

結果としては両方の目的を果たしたように思います。

 

その際に意識した点は以下の通りです。

 

一回目スピーチ

 

TEDの要約はある学生には難しいかも知れませんが、それぞれ自分でリサーチとして面白いテーマをみつけてきましたよ。TEDの要約は、Listeningの材料にもいいし、英語の自然な表現を学べるので効果的でした。なにより学生自身が自分で興味のあるテーマをみつけて、それを聞くのは先生が紹介するよりも効果的なようでした。ただ、難しい単語もあるので、その場合には、自分の言葉となっていないままで難しい単語を使うよりは、簡単な単語に置き換えて、自分の言葉で伝えるように言いました。

 

二回目スピーチ

次のチャレンジは、半分はTEDの要約、残りの半分は自分の意見を伝えること。一回目に比較的スムーズに要約できた子でも、自分の意見を伝えるのが難しいという場合がありました。日本の教育や家庭ではほんとうに自分の意見を述べることを求められたり、自分の意見を自由に表現したり、尊重される場や体験があまりないので、ここで必要なことは、英語力というよりは、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はこのTEDを聞いてどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と、意見を言っても大丈夫という感覚、安全な場をつくることでした。だから、内容についてあまり細かく言わない方がいいかも知れません。

 

三回目スピーチ

最後の3回目のスピーチでは素晴らしいスピーチがたくさんありました!

 

カナダに留学した時の話し、バックパックでカンボジアを旅行していた時に人に助けてもらった時のこと、アルバイトで最初は無理だと思ったけど、その中に学びをみつけて続けていくうちに大きな体験があったことーどれも感動的で、この子(学生)ってこういう子だったんだあ💡と、驚くこと✨😊💌がたくさんあって、この話しを聞けて本当によかったなあと思ったのでした。

 

別の学生からは、日本人だと思っていたら、「私の母は南米の出身です」と始まるスピーチがあって、これまたよい意味での驚きと感動がたくさんありました。

 

三回目のスピーチで意識したことは、「すごいことや立派なことを言う必要はないから、自分の体験を等身大のままに話して、その体験から学んだことを自分の言葉でシェアする方がいい」と伝え、そしてそれぞれのスピーチから学んで欲しいと伝えました。

 

ペラペラ流暢に話すようなものが人の心に届くとは限らず、自分で考え、自分の言葉で自分が大切だと思ったことを伝えるようなものが感動的だったりしますね。

 

実際、感動的なスピーチは、その人が自分の言葉で伝えようとしたもので、学生はそのことを他の学生のスピーチを聞きながら実際に感じ取ったようでした。

 

最後の授業で感想をお互いにシェアしてもらったら、「すごいことを言う必要はなくて、等身大のことをありのままにシェアする方がいいと学びました」、というような発言が沢山あって、「一番楽しかったのは、他の人のスピーチを聞いて学んだことでした」という意見もたくさんあったので、そこを掴んでくれてよかったと思いました😊。

 

そして、改めて思うのは、10年位前のわたしだったら、こういうテーマを本当にはおそらく受け止めきれなかったけど、今では、自分自身も大変だったこと、たくさんの悲しみや嘆きを体験したからこそ、「チャレンジ」や「大変だったこと」というようなテーマを設定できるようになったかなあ思います。

 

人って敏感だから、なんというかセンサーみたいなものがあって、この人にならここまで打ち明けてもいい、みたいなことを無意識に感じ取ることってあるんですよね。

 

だとすると、自分の苦労も涙も無駄ではなかったと思えます。ハレルヤ😊

 

聖書にはこういう箇所があります。

 

「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」(Ⅱコリント12:9)

 

この箇所は知ってはいても、あまり受け入れられなかったのだけど、最近は少しづつ「チャレンジ」や「大変だったこと」に価値を見出せるような心の目が少しづつ開いているというか、この箇所が前よりは受け取れるようになってきた気がします。感謝✨

 

最後に一言。このクラスでの体験を同じ学部のあるアメリカ人の先生に話したら、”What did you do?’と聞かれました。

 

それは、日本の大学の学生がいかに受け身のスタイルに慣れていて、彼らが重い腰をあげるのはそんな簡単でもないよねということを知っているから、「いったい、なにをしたの?」という意味だったのですね。

 

その時にはたしかそういう風には言わなかったけど、学生の名簿を開いて祝福のお祈りをしました。時々思い出しては、彼らを祝福してください、と一言心の中で祈ります。

 

そして、ほかの人にも祝福のお祈りをしてもらいました😊 初めての人に会う時、ミーティングや会議に参加する前にもこの祝福の祈りをします。誰にでも使えます。実はこれ、とても効果的です♬💛✨

 

 

自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、英語まで上手になって、スピーチまでできるようになった!という本当のお話し①😊

後期の授業が終わりました。

 

学生が素晴らしいスピーチをしてくれました!

 

自分が思うことや感じることを自由に表現できて、安全で、自分の存在意義が受け止められるような場ができたら、気づいたら英語まで上手になって、しかもスピーチまでできるようになった!という本当のお話し😊

 

このスピーチクラスは、少人数だったので、私にとっては、直接的に学生とインターアクションできることが楽しいクラスでした。

 

ただ、留学から帰ってきたばかりの子もいれば、べつにこのクラス特別興味があるわけじゃないけどみたいに見えるような学生も混在していて、最初は一瞬どうなるかなーという思いがきたこともありました。

 

でも、けっしてできないわけでも、やる気がないわけでもなくて、なんというか、人生の方向性というか目的が見えていない時期にいるかもしれないけど、みんな十分に能力があると見えました。

 

だから、最初の数週間は、淡々と進み続けました。

 

3週目か4週目の時だったかな、ある学生が「ム ズ カ シー😅」と言うのを聞いたけど、そのまま進み続けました。(時に先生は先頭に立って、坂を登り続けないといけない時がありますね。もちろん、難しすぎるのもNGだけど)

 

そして、計3回の英語のスピーチ(英語で質疑応答にも応えないといけない)の準備に入りました。学生は計3回スピーチもするし、必ず一回は、司会(master of ceremony)としてで英語で最初から最後までスピーチの会全体を運営する役割を担います。

 

最初は内容よりも、「正解とか間違いはないからね、自由にしゃべっていいよ、自分はどんなことが大切だと思ったのか自分で考えて伝えることが大事だからね」と自分の意見を伝えることを強調しました。

 

まずはTEDの要約、次には、要約に加えて、なぜそのTEDに興味を持ったのか、そのTEDから自分は何を学んだのか、そこから自分は何が大切だと思ったのかを伝えてもらい、最後は自分の体験から学んだことをスピーチしてもらうという手順にしました。

 

毎回、よかった点を全員が紙に書いて渡して、口頭でも伝えて、もっとこうしたらいいよ、という改善点についてはその段階でのフィードバックを私から紙で伝えるようにしました。

 

各クラスの終わりには、全体のよかった点や前よりもよくなっている点を口頭で伝えました。

 

そんなことを毎回続けていたら!!!

 

最初はモジモジみんなの前に出てきて、下を向いてボソボソ話し始めるような学生もいたのに、三回目になると、みんな堂々と素晴らしいスピーチを次から次へと披露するではないですか!!!しかも英語で!

 

後ろに座って聴いていた先生は、「この子はこんな子だったんだあー✨😍💌」と嬉しいびっくりの連続でした。

 

この話しを聞かなかったらお互いを知ることもなくただ成績をつけて終わりだったけど、この話しを聞けて本当によかったと思ったのでした。

 

しかもお世辞じゃなくて、内容も洞察に溢れてい素晴らしいかった!

 

別の授業でも同じことを思ったのだけど、講義形式の一方通行の授業ではわからないけど、前で発表してもらうとキラキラとプレゼンを始める子たちがいて、「あら、こんな素敵な子たちどこにいたの?」と思うのです。

 

「今どきの若い子は~」と言うのは簡単だけど、せっかく素晴らしいものを持っているのに、なかなか自分を自由に表現する場がなかったり、受け止められて、安全に交流できて、居場所や存在意義を感じられるような場所を求めているんじゃないかな、と感じます。

 

人には自分が成長することを求める原動力が与えられている、ということを聞いたことがあります。

 

ここでの体験は、大学での授業の形式での話しだけれども、そのような場がもっとあればもっと彼らの可能性が広がるような気がします

 

個人的には、これを書きながら、どんな小さく見えることでも、今うまくいっていること、前回よりよくなっていること、相手のよい点に注目することの大切さを改めて感じました。

 

日本語では恥ずかしくて表現できなくても、英語はもっとダイレクトで人を褒めやすいという利点はありますね!

 

‘Whatever is true, whatever is noble, whatever is right, whatever is pure, whatever is lovely, whatever is admirable–if anything is excellent or praiseworthy–think about such things.’ Philippians 4:8

 

「すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。」 ピリピ4:8

 

スピーチのクラスを導くこと、または場をつくる際に意識することは以下にて紹介してます。英語の会のフオーマットは、世界143カ国に広がるスピーチクラブToast Mastersのものを少し修正したものを使っています。

 

85カ国語以上に翻訳され全世界での発行部数8000万部の桁違いのメガセラー=リック・ウォーレン著『人生を導く5つの目的』

2002年に発行されて以来、85カ国語以上の言語で翻訳され、訳本や改訂版も合わせると、発行部数は8000万部以上になるという桁違いのメガヒットセラーの著書があります。

 

以前にも紹介したことがありますが、リック・ウォーレン著『人生を導く5つの目的』( THE PURPOSE DRIVEN LIFE )という本です。

 

今、来年度の授業のシラバスを書いていて、大学での授業の参考図書にも挙げているので、再度紹介したくなりました。

 

著者は、2009年、米オバマ大統領の就任式で宣誓の祈祷を務めた牧師です。

 

この『人生を導く5つの目的』は、アメリカでは発売後1年で1000万部を越え、ニューヨーク・タイムズ紙の統計では74週連続第1位を記録するなど、その後も記録的な売れ行きを続けています。

 

日本では、3万部でベストセラーと呼ばれるので、8,000万部とは本当に桁違いです!😊

 

 

warren

 

 

さて、世界で85カ国語以上に翻訳されたこの本には、いったい何が書かれているのでしょうか?

 

人が人生で遭遇する困難や悩みについて、

それらをどう理解し、対処していけばいいのか、

また、何を目的に生きていけばいいのか?

 

といった、

 

生きていれば誰でも考えざるをえない人間にとっての普遍的な悩みや問題、または「人生の目的」が、永遠のベストセラーと言われる「聖書」に基づいた平易なことばで語られています。

 

全体が42の章に分かれており、1日1章ずつ読んでいくようになっています。

 

この本は、一度全部読んでから、またしばらくして何度も手に取りたくなる本なのですが、最近ではそれが誕生日の日でした。

 

今年の誕生日には、いつもとちょっと違う「想い」が湧いてくるのを体験していたからです。

 

私にとって誕生日は「お祝いしてもらう日」でした。もちろん「お祝いしてもらう」ことはとても嬉しくて有難いことです。でも、その日は、神様はどんな目的でわたしに生を与えてくれて、これから私に何をしてほしいと願っておられるのしょうか?とそんな想いが強く湧いてきたのです。。。

 

そして、このリック・ウォーレン『人生を導く5つの目的』を手にとりました。

 

何度も読んだはずなのに、そういう時に読むとこれが沁みるんですね。。。

 

そして、その本を通じて、神さまと一緒におしゃべりをするような時間を持ちました。

 

あのね、あれはこうだよ。これはね、こうだよ…と  ☕️ 💛   ☕️

 

それは、それは、まるでコーヒーを片手にソファーに座って一緒におしゃべりするような時間なんです💛😍💛

 

神さまいつでもすぐに私たちが望むペースで答えをくれるとは限らないけど、語ってくれるし、質問すると応えてくれます。

 

そして、実際、神様は、あれから約5週間後に、わたしにはっきりと具体的なあるアイデアとプロジェクトをくださいました!😊

 

さて、話しを本に戻すと、、、

 

アメリカに、北京とロンドンオリンピックで圧勝して何個も金メダルを獲得し、「水の怪物」と呼ばれたマイケルフェルペスという水泳選手がいました。彼は、北京とロンドンで目標だった金メダルを獲得し、それから、目標を失い、水泳を離れ、自殺を考えたり、アルコール依存になっていた時期がありました。

 

そんな時、長年の友人でNFLで活躍するレイルイス選手が、フェルペス選手にアルコールを断ち切るためのリハビリ施設に入ることを強く勧め、ある一冊の本を彼に手渡したそうです。

 

その本がこの『人生を導く5つの目的』でした。

 

purpose driven life

 

そして、フェルペス選手は、その二日後にリハビリ施設からルイス選手に電話をして、こう言ったそうです。

 

“Man this book is crazy!’

 

 

ところで、アメリカではNBA、NFLの選手は、この本の42日間の課題を与えられるそうです(この下の動画でも紹介されています)。やはり、トップクラスのパフォーマンスを支えているのは、身体のトレーニングだけではないのですね。

 

この本の合計発行部数が、全世界で8000万部以上というのを聞くと、歴史上の為政者によって権力維持のために作られた宗教上の制度や儀式にはうんざりでも、人生の問題に対して、聖書は何と言ってるんだろうと、思っている人、興味を抱く人は少なくないんだな、ということを改めて思います。

 

実際、日本ではあまり知られていませんが、今アジア諸国では、シンガポール、台湾、香港、韓国、中国といった国で、または、ヒンズー圏のインドでさえ、または、これまで圧倒的にイスラム圏だった国でも、急激にクリスチャン人口が増えています。

 

アジア地域の人口増という流れは全体としてありますが、一人当たりのGDP per capitaがイギリスよりも高いシンガポールでの増加に象徴されるように、所得の増加だけでは満たされない部分というのが人間の中にはあるのだと思います。

 

今ニュースを見ると、不安があおられるようなで出来事が溢れていますが、そんな中でも(そんな中だからこそ)、不安に対処的に対処して終わるのではなく、真理を土台とした考え方や対処法を身につけることができたら、それはこの時代に非常に大きな武器になると思います。

 

実際、わたしが聖書を手にしてびっくりしたのは、戦いの内容がたくさんあることです。そして、その中で勝つ王や国もあれば、破れる王や滅びる国があります。

 

真理や聖書というと、柔らかい優しいイメージを抱く人もいるかも知れません。もちろん、そうした面もあります。でも、人生には、望むと望まないにかかわらず、「戦い」という側面があります。

 

これは、「勝ち組」になりましょう、ともかく一番になって競争に勝ちましょう、という意味ではありません。

 

人生に「戦い」があるとしたら、戦いでは何が大事になるのかを知って、どう勝っていくのか賢く学びましょう、ということです。

 

最近、ある方にこの本と「励ます力」(これも素晴らしい本です!)を紹介したら、その本に書かれていることの重要性が腑に落ちて、「2週間で1か月分位の仕事をしました。心が安定して、良い状態でいることの重要性を実感しました。また、日々の小さな選択に迷いがなくなりました。」とのことでした。😊 ハレルヤ!✨✨✨

 

こういう時代だからこそ、この本で紹介されている不安に打ち勝つことのできる知恵と言葉がさらに光り輝やいて生きてくると思います。

 

「あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、その一日もないうちに。」詩篇 139:16

 

お勧めです!!!✨

 

 

5つの目的

 

 

⬆️ 著者のTEDもとてもよいです!

実は「このままでいいんだろうか?」という思いながら、一歩踏み出したいけど一歩踏み出せない人の中で起きていること

一歩踏み出したいけど、不安やネガティブなことばかり浮んでしまって一歩踏み出せないという声を聞きます。

 

「ライフシフト100年時代の人生戦略」が話題になったように、人生を学校→会社→引退という3つのステージで捉えてきた前提自体が変わっていくと多くの人が感じとっている、

 

だからこそ、「このままでいいんだろうか」「なにか新しい可能性に挑戦したい」という意識が社会全体的に高まっているという背景もあるようです。

 

しかし、自分の方向性を見つけていく過程は、すぐに答えが見えないので「今自分が向かっている方向はあっているんだろうか」と悩むことは尽きないし、自分の判断基準をもつこと、自分の感覚を信じることが何度も問われます。

 

「こんなに努力しているのに。。。」「どうせわたしは無理なんじゃないか」「なんか自信をもてない。。。」と自信も失っていくこともあるでしょうし、あまりにもそうした体験が続くと、自分にとって明るい展望を信じることも難しくなってきて、周りの人にも「懐疑的」になっていくこともあるかも知れません。

 

一生懸命に努力しているのになかなか成果が見えず、グルグルと回りをまわっているように感じる時は本当に辛いです。

 

途中でやめたくなることもあると思います。

 

または、幸いにずっと望んでいたような仕事についたり、ある程度やり遂げたし、成功も体験したのに、相変わらず心の奥底には、自信のなさや劣等感があるのに気づいて、がっかりしたり、または、ある程度何かに取り組んだからこそ次の壁に直面して、自分の無力感や虚無感を感じることさえあります。

 

週末はカフェにいったり、ジムに行ったり、友人とワインを飲んだりそれなりに楽しいことがあるので、そんなこと「ないふり」もできるのですが、

 

実は「このままでいいんだろうか?」という思いを感じている人は少なくないようです。

 

そして、そうした嫌な気分を埋めるためには「頑張ること」が大切だと思って、何かに対してがんばろうとします。

 

この資格がとれたら、

大学院を卒業したら

MBAをとれたら

昇進したら

転職したら

。。。

 

と考えてみるのですが、こんな思いも時々頭をかすめます。

「こういうものを表面的に埋めようとするのは無理なのかもしれない。。。」

でも、それを認めるのはこわいし、でも、どうしたらいいのか分からないから多くの人がそこで思考停止状態になってしまいます。

 

そんな時に役に立つことは、まずは、自分の中の「葛藤」に気付くことです。

 

この場合の葛藤とは、

「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像と、「ほんとうの自分」との葛藤です。

 

『ほんとうの自分』とは、「こう見せようとしているけど、実は自分ってこうなんだ」と自分で気づいている部分のことです。

 

一生懸命に鎧でおおって、埋め合わせしようとしている部分のことです。

 

たとえば、

かっこ悪い自分

みえっぱりな自分

「私ってたいしたことないな」と感じる自分。

恥ずかしがり屋な自分

批判に過度に反応してしまうジブン。

実はこわがりな自分。

本当はなまけもののワタシ。。。

実はわがままなジブン。。。

実はできないワタシ。。。

傷つきやすいワタシ

などです。

 

誰もがこうした部分を自分の中にもっています。

 

でも、私たちは、「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像を信じたいので、

こうしたありのままの自分を受け入れ、認めるのが難しくなってしまうのです。

 

「一歩踏み出せない」という人の多くは努力家で勉強熱心で、能力もスキルも高い人が多いと思います。

 

おそらく能力やスキルという観点から言うとそれぞれの分野で十分に準備ができている人は多いのではないかと思います。

 

でも、一歩踏み出すのがこわい、と言うのです。

 

やってみないとわからないし、やりながら進んでいくものだよ、と頭でわかってはいても、やっぱり「こわい」のです。

 

でも、何がほんとうに「こわい」のか?

実は本人の自覚がないことも珍しくありません。

 

もう一度聞きますね。

 

何がほんとうに「こわい」の?

「こわい」の正体はなあに?

 

 

一つの理由は、

たいしたことのない自分

思ったよりもできない自分がこわいのです。

 

そして、一生懸命にやったとしてもできない分野があること

に直面するのがこわいのです。

 

でも、そこからがほんとうの始まりなのです。

 

「一生懸命にやったとしてもできない分野があること」とは努力を否定するわけではありません。

 

人にはそれぞれの分野や役割があるということです。

 

人との競争ではなく、ほんとうの自分の強みをみつけることを求められていたり、人生の方向転換を求められてる場合もあるでしょう。

 

または、自分が努力しても人生のすべてをコントロールできるわけではない、という事実を受け入れる、という学びである場合もあるでしょう。

 

かくいう、私も国連時代も含め、とくに新しい分野に挑戦し始めたばかりの時は、まさにこれに直面しました。

 

自分の強みを知っている人

本当の自信がある人

自分の軸がある人

自分の役割・使命を知っている人、は、

 

すごいスキルを持った人でも

完璧な人でもなく

等身大の自分を知っている人です。

 

逆説的に聞こえるかもしれませんが

「ああ、この分野ではとうてい自分はかなわない」

「自分ってたいしたことないな」という事実に直面するからこそ、

 

だからこそ

 

人は死ぬ気で必死になって自分の強みや自分の方向性・使命をみつけだそうとするのです。

 

もし、自分は準備のために多くの時間を費やしてきたけど、

なんか周りをグルグルと周り続けているなあ、と感じている人へ。

 

もしそうだとしたら、前に進むために役に立つ方向性は、

 

自分を守るための「鎧」をさらに増やすのではなく、

そういう「自分」を拒否するのではなく、

そんな自分も丸ごと受け入れることです。🙆🙆🙆

 

グッドニュースは、仮に「自分ってたいしたことなくても」死ぬわけじゃないこと(笑)

 

しかも、実は周りの人はとっくに気づいているし、みんなも同じだから。

 

そして、「たいしたことのない自分」を受け入れた自分って愛らしいのです。

 

「自分はこうでなければいけない」と鎧で覆っている自分よりも「楽チン」なのです。

 

「たいしたことのない自分」ーそれでもあなたは愛されてます!💛💛💛🙆🙆🙆

 

 

前提を変えるだけでもいつでも幸せになれる

私たちはいつも「でも」「でも」「でも」と付け加えることで警戒しているようです。

例えば、こんなやり取りです。

 

「この新緑の季節って眩くっていいよね。」

「でも、すぐに梅雨になるよ。」

 

 

「あれ上手くいってよかったね。」

「でも次はわからないよ。」

 

 

まるで、「いいことはずっとは続かない」とばかりに、でも、でもが続きます。

 

まるで、「でも」と加えることで、傷つくことを先回りして回避できると思っているようです。

 

確かに、人生は上手くいくときもあるし、上手くいかない時もあれば、自分にとっていいことばかりでもないしょう。

 

でも、だからとってせっかくいいことが起きているときにわざわざ水を差すことは役に立ってるでしょうか?

 

ただ単純にもっとその瞬間をただ味ってもいいと思うのです。

 

しかも、「でも」と言うことで本当に傷つくことを避けられるのでしょうか?

 

そもそも前提がおかしいんじゃないか、と考えてみるとどうでしょうか?

 

例えば、

 

上手くいかないことは「悪いことだ」という前提。

自分の思うようにならないことは「悪い状態」という前提。

いつも上手くいくべきだ、という前提。

常に自分は完璧であるべきだ、という前提、です。

 

 

人生には波があります。

波のてっぺんにいる時を人は成功と呼びます。

波の下がっている時にいる時のことを、人は挫折と呼びます。

 

でも、波は常に動いていて次の波が来ます。

 

下がったと思っても、方向が上向いていればいいのです。

次の波がまた先に連れていってくれるからです。

 

私はメンターの先生にこう言われたことがあります。

 

「波のてっぺんにいる時も波の底にいる時も違いはないのよ。

ただ、目の前に学ぶことがあるだけ」、と。

 

多くの人は(私も含めて)波の底にいる時にこそ謙虚に学ぼうとします。

 

なぜなら、なんでも物事が上手くいっている時に人は他の人に耳を傾けないからです。

 

自分の思ったようにならないからこそ、自分の望むようにするにはどうしたらいいか?と考えるようになるからです。

 

 

まずは、「でも」をやめることから始めたいと思います。

オリンピックか予選敗退か?ー「力を弱める考え方」と 「力を強める考え方」

 

昨日は、「水の怪物」と呼ばれ金メダル23個という神業 (?!)を成し遂げたアメリカのフェルペス選手が、北京とロンドンオリンピックで圧勝した後に目標を失い、一時期は自殺も考えた時期から、どうやってその「逆境」を乗り越えることができたのかという彼のストーリーを紹介しました。

記事はこちら⇨フェルペス選手はどうやって逆境を乗り越えることができたのか?

 

 

高校野球を見ていても、一回戦で圧倒的な勝利を収めたチームが二回戦では気持ちが緩んだのか、同じチームとは思えない位ぼろ負けをすることがあります。

 

最初は、純粋に上手くなりたいと思い、練習し、挑戦することを楽しんでいた選手たちが、予選で上手くいったり、新記録を作ったりすると、期待に応えないといけないプレッシャー、または、プライドや誰かを打ち負かしたいなどの気持ちがむくむくと沸き起こってきて、彼らの調子を狂わせる。。。

スポーツではそんな様子をとても分かりやすく目の当たりにします。

では、そんな時に「人の力を弱める考え方」、または「人の力を強める考え方」とはどういうものなのでしょうか?

 

 

 

デンマーク王室から称号を授与されたデービッド・ホーキンス博士は、著書『パワーかフォースか』の中で、キネシオロジー(筋肉反射を利用したテスト)を使って、どんな考え方(意識のレベル)が私たちに力となるのか、をスポーツや芸術、政治などいろいろな分野で実験し、その結果を紹介してくれています。

 

 

例えば、実力のある選手に、相手を打ち負かすことや有名になること、たくさんのお金を稼ぐという願望を頭に思い描いてもらうと、その鍛えられた筋肉は、私たちが軽く押すだけでも下がってしまう位弱い反応をする、そうです。

 

では、「一番になること」はどうでしょうか?

 

「一番になること」という目標も弱い反応しかくれず、「一番になること」や相手を打ち負かすことは、ある時期には力になるようにな見えるものの、本当の力にはならず、必ず限界を迎えるそうです。

 

ゴルフチャンピオンのタイガーウッズは、対戦相手がパッドを打つ時にでも、「このボールが入りますように」と心の中で祈っている、と言われています。

 

彼は、自分自身のために、そういう意識のあり方の方が効果的だということを体験しているのでしょう。

 
では、逆に、力を与えてくれる考え方とはどういうものでしょうか?

 

 

愛する人に捧げること

自分が出来る限りのベストを尽くすこと

最高の努力をできる機会を持てることを喜ぶこと

チームを勝たせること

周りの人たちに希望や勇気を与えるため

 

 

等、だそうです。

 

今朝方、接戦の上で銅メダルを勝ち取った卓球女子チームは、まさに自分よりも「チームを勝たせる」というあり方が力になっていたように見えました。

 

 

オリンピックの決勝レベルになると、身体の大きさが圧倒的に有利になる一部の競技を除いて、身体能力の「差」はごく僅かで、身体能力や技術がある段階に達成すると、その先の能力を決めるのは「意識のレベル」だと言われています。

 

 

深海ダイバーとして世界一の記録を持ち、映画『グランブルー』で映画化されているフランス人のジャック・マイヨールという人がいますが、彼が潜っている時の意識というのは、瞑想をしている時と同じような意識の状態だそうです。

 

 

その瞑想のような意識の状態の中で、生理的な「変性状態」が起き、肉体の通常の限界を越えることが可能になる。。。

 

 

マイヨールの友人も彼と同じ深さに挑戦しますが、肉体の限界を超えるのに必要な意識のレベルに達していなかったために死んでしまいます。

 

 

マイヨールにとって、潜ることは、

個人的な記録への挑戦から、人類にとっての「未知の世界への挑戦」となり、

その目的は、「人間の潜在能力や偉大さを示すこと」になる。

 

 

ホーキンス博士は言います。

 

究極的に力をくれる考え方とは、

 

『自分の力は人間の能力を表す人類すべてのものである』というもの。

 

 

ちなみに、彼の映画を観ると、観る人は彼が潜水中に体験しているのと同じような変性状態になり、至福の状態で映画館を出てくるのだそうです。

 

 

武道の世界では、「動機」と「原理」が究極的に重要である、と言われています。

 

 

そういう意味では、私たちがスポーツ選手のプレーに感動し、讃えるのは、こうしたより高い原理に自らを捧げ、弱気になる自分も含め、個人的な欲望やエゴに打ち勝ったことを、彼らの内に直感的に感じ取るからなのかも知れませんね。

 

 

ビバ! Human Being!!!😊

 

金と銀の差を分けるものーフェルペス選手はどうやって逆境を乗り越えることができたのか?

連日リオデジャネイロ・オリンピックの接戦が繰り広げられていますね。

 

その中で、「水の怪物」と呼ばれているアメリカのフェルペス選手が、北京とロンドンオリンピックで圧勝した後に目標を失い、アルコール依存になったり、一時期は自殺を考えた時期から、どうやってその逆境を乗り越えることができたのかに興味をそそられました。

 

実際に彼は、北京オリンピックと、ロンドンオリンピックが終わった時点で、それぞれこう言ってます。

 

「北京のような練習をもう一度するなんて冗談じゃない。もう目標を達成したから、やるべき事なんてない。世の中にはもっと楽しいことがある。自分探しをしたい。」

 

2年ほど経ってから、ロンドン五輪を目指して再びプールに戻ってきたものの、目標は明確ではなく、練習への遅刻、無断欠席が続いたそうです。

 

「何もかもどうでも良かった」

 

「30歳になったら泳ぐのを絶対にやめるんだと自分に言い聞かせてきた。30歳の人を悪く言うわけではないけれど、それを自分にずっと言い聞かせてきた。あと3年後には30歳になる。だから、今後3年間を泳いでいきたいとは思わない。」とも言っています。

 

私たちがテレビで目にするのは華やかな舞台ですが、その影にはものすごい練習量があって、自分を支える新しい「目的」や「意味」を探しているようなニュアンスも伝わります。

 

そんな彼が、いったん目標を失った後、再び泳ぎ始めるきっかけとなったのは何だったのでしょうか?

 

フェルペス選手は、7歳の時に父親が家を出て行ってから、母子家庭で育ち、1つのことに集中できず、色々なものに注意がいってしまって落ち着きがないことからADHDと診断され、これを克服するために水泳を始めたと言われています。

 

そして、彼の才能を見抜いてくれたバウマンコーチとの運命的な出会いを経て、北京とロンドンで18個ものメダル獲得する偉業を達成。

 

ロンドンオリンピックの後には、バウマンコーチに「最高の水泳選手になることができたのは、ここまであなたと一緒にやってこれたからです。」と感謝の言葉を伝えます。

 

メディアにも「彼がしてくれたことがなければ、今僕はこの場になっていないでしょう。この15年間、クズみたいな僕にずっと我慢して面倒を見てくれた彼に心の底から感謝しているし、愛しています。文字とおり、感謝してもし尽くせません」と語っています。

 

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そんな彼ですが、ロンドンオリンピック後、アルコールとカジノに溺れ始めます。

 

「家族は母と姉2人で男は僕1人。北京、ロンドンというような節目に、これからどう生きていったらいいんだろう。そう思っても導いてくれる父親がいなかった。辛かった。」

 

家族の誇りであり続けなければならないプレッシャー。

相談する相手もいない。

またお金目当てで近づいてくる人たちにも疲れて、アルコール依存に陥った、と言われています。

(http://number.bunshun.jp/articles/-/826266より)

 

 

一時期は自殺を考えるほどになります。

 

日本ではあまり報道されていませんが、彼は米国のメディアで当時の心境を赤裸々に語っています。

 

“I was a train wreck. I was like a time bomb, waiting to go off. I had no self-esteem, no self worth. There were times where I didn’t want to be here. It was not good. I felt lost,” Phelps revealed.

 

「一時期は、自分がこの世の中からいなくなったらいいのに、とさえ思った。まったく自信をなくし、自分に価値があるとも思えなかった。」

 

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そして、一週間ほぼ何も食べず、ほとんど眠らず、自殺することを考える。。。

 

そんな時期、フェルペス選手の長年の友人で、NFLで活躍するレイルイス選手が、フェルペス選手にアルコールを断ち切るためのリハビリ施設に入ることを勧め、ある一冊の本を彼に手渡します。

 

その本とは、アメリカで発売後1年で1000万部を越え、現在では3000万部を超えるRick Warren著の、The Purpose Driven Life (邦題: 人生を導く5つの目的―自分らしく生きるための40章)でした。

 

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そして、フェルペス選手は、その二日後にリハビリ施設からルイス選手に電話をします。

 

“Man this book is crazy! The thing that’s going on…oh my gosh…my brain, I can’t thank you freaking enough, man. You saved my life,” Phelps told Lewis with excitement.

 

「この本はクレイジーだ!オーマイガッシュ。。。信じられない。君にはお礼を言っても言いきれない。君に救われたよ。」

 

 

別のインタビューでは、さらにこう答えています。

 

In a recent interview with ESPN Magazine, Phelps explained that the book “turned me into believing there is a power greater than myself and there is a purpose for me on this planet.”

 

「自分の力よりも大きな力が存在するってことを信じるようになったんだ。そして、この地球に生まれた目的があるってことを。」

 

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そして、彼はさらに、母親が離婚して以来ほとんど会ったことのなかった父親に会いに行くことを決めます。

 

“I didn’t want to have that ‘what if.’ I didn’t want to go through life without having the chance to share emotions I wanted to share with him. That’s what I missed as a kid,” Phelps said.

 

「僕の気持ちを伝える機会を一生逃したくないと思ったんだ。僕は子どもの頃から自分の父親に自分の気持ちや感情をシェアしたいってずっと思っていたから。」

 

 

そして、その3ヶ月後、彼は、長年のガールフレンドだったニコールにプロポーズをして籍を入れます。

 

そして、すぐに子どもに恵まれます。(ちなみに、子どもの名前のミドルネームにはコーチへの尊敬の念を示して、コーチの名前をつけています。)

 

愛する家族に自分のプレーを見せること、が彼の新しい原動力になり、3連覇、金メダル23個、という今回の「偉業」につながったのです。

 

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陸上やラグビ一など体が大きい方が圧倒的に有利な競技はありますが、オリンピックの決勝レベルになると、身体能力の差はごく僅かだと言われています。

 

高校野球を見ていても、一回戦で圧倒的な勝利を収めたチームが二回戦では気持ちが緩んだのか、同じチームとは思えない位ぼろ負けをすることがあります。

 

そんな時に人に「力」をくれる「考え方」とはどういうものなのでしょうか?

 

もし、身体能力にはそれほどまでの「差」がないのだとしたら、最終的に金メダルと銀メダルの「差」を決めるものは何なのでしょうか?

 

 

続く