先日、日本三大秘境のひとつに旅行をしてきました。
長野県の遠山郷、南アルプスに囲まれた標高1200mの地で日本のチロル(オーストリア)と呼ばれる下栗の里というところです。
高速道路を使っても、片道7時間かかりました。
飛行機に乗ったら、沖縄の石垣島でも3時間で着いてしまう時代に、片道7時間。
しかも文字通り細~い山道を登っていく道中はけっこうびっくりしました。
でも、だからこそ「秘境」と呼ばれる地が残っているのですね。
そこまで行ったかいがあって、標高1200mの地の空気は澄んでいてとてもリフレッシュできました。
芝生の上に裸足になって寝っ転がっているだけで、身体が南アルプスのエネルギーに満たされるようでした。
さて、観光客にとってはそんな有り難い村でしたが、その村も人口減少の例外ではなく、今の小学校の人数は9名だそうです。
先生の数の方が多いそうです。
7名になると廃校になってしまうらしいので、村の存続のためにも喫緊の課題です。
人口減少と地方衰退という日本の問題がそこでもはっきりと現れていたのですが、
その帰り道の東名高速(第二東名)で寄ったサービスエリアでは、その構図の続きである大企業主義(癒着体質)をさらに目の当たりにしました。
南アルプルの山道を2時間ほど超えて、長野県の山中から静岡県の太平洋側に降りてきました。
浜名湖の近くで高速に乗ったので、ランチはうなぎにしよう、という話しになりました。
しばらく走ってから、サービスエリアに入りました。
うなぎがないどころか、地域の名産もほとんどなく、お店の9割は東京で見るチェーン店ばかりでした。
旅行者としては地域の名産が食べたいのになあ、と思いながら、今度はトイレに入って唖然としました。
ドアにはピンクと青に光るランプ、そして豪華パウダールームです。
これって必要なわけ???
癒着と天下り体質が即座に頭に浮かびました。
私は海外で10年以上暮らしていたので、日本の高速代金が世界で一番高いことを知っています。
こんなに高い国はありません。
アメリカでも10分の1以下です。
高速道路財団のビルが目に入りました。
そんなものを他の国で見たことはありません。
こんなの要らないから、高速代もっと安くしておくれー、と単純に思いました。
そして、日本の携帯料金がやはり世界で一番高いことともまったく同じ構図だと思いました。
海外ではもう10年以上も前から現地でSIMカードを調達して、端末にSIMを入れて使うのが当たり前でした。
私は国連で働いてきましたが、あちこちの国を出張する国連職員はいろんな国のSIMカードをいくつも持っていました。
そして、けっこう通話しても携帯の代金は3千円を超えることはほとんどありませんでした。
なので、日本の携帯電話料金がいかに高いか、ということは常に感じていました。
2年たたないと解約料をとられる制度も日本だけです。
ようやく日本でもSIMフリーが始まりましたが、もし東京オリンピックがなかったら、そんな体制をもっとゆるしていたんじゃないかと思うと、ゾっとします。
これは、電気代、ガス代、電車料金にも当てはまります。
決められたままの料金を疑うこともなく、私たちは「そういうものだ」と支払い続けているのです。
スウェーデンでは電力会社も選べます。
自然発電かどうかといった電気の発電方法にしたがって電力会社を選べます。
日本でもようやく電力の自由化解禁になりましたが、各社似たり寄ったりのサービスで、肝心の電気の発電方法にかんする情報もがまったく十分ではありません。
私たちはもっと単純な疑問をぶつけてもいいと思うのです。
そもそも電気代って最近高くない?
これってどういうこと?
どうしてそれしか選択肢がないの?
このサービスって必要なわけ???
「そういうものだ」というのも思考停止状態なのですよね。
だって、私たちが「そういうもの」と思っているものは、ほとんどが「そうじゃない」ってことが、日本の外に出ればすぐにわかるから。
考える力を持つことーこれは私たちの日常生活の質をつくっている、と痛感します。
どうして?ーやっぱり疑問を持つことをやめてはいけません!