コミュニケーションが苦手? 通じない人、理解できない人がいてもいい!

 

最近、シェア会に参加された方で、
自分はコミュニケーションが苦手だと思っている、という方がいました。

 

ただ、私には、その人がコミュニケーションが
苦手なようには見えなかったのです。

 

もう少し話しを聞いてみて気づいたのは、

その方の悩みとは、
自分の言いたいこと・
伝えたいことが
思うように相手に通じない
「もどかしさ」のように感じました。

 

 

私がその方に伝えたのはこんなことでした。

 

たとえ、

自分がどれだけ饒舌なスピーチができたとしても

自分がどれだけ完璧な英語を話したとしても

スマートな社交術を身につけていたとしても

通じない人はいるし

全員に通じなくてもいい。

 

逆説的なようですが、

もっとのびのびと自分に言いたいことを言いたい、

コミュニケーションスキルを上達させたい、

世界の人と通じたいと思えば

 

通じない人もいるという、

ことを受け入れることです。

 

 

もちろん

人間誰でも

理解されたいし

理解したい、

 

でも、

時には

どう頑張っても

 

理解できない人もいるし

好きになれない人もいるし、

同意できない人もいます。

 

 

別にそれでいいのです。

 

もしコミュニケーションが
苦手だと思っていたら
実は「逆」かも知れません。
もしかしたら、
もっと理解し合いたい
という意欲の表れかも知れませんね。

 

*今日のポイント*

通じない人、
理解できない人、
好きになれない人、
同意できない人もいる。

 

別にそれでいい。

 

それを受け入れると、
「理解しないとけない」から解放されて
「理解できたら楽しい」ドアが開く。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

175カ国の人と一緒に働いて学んだ
ガツガツと自己主張しなくても
世界の人と通じる8つのヒントを
お伝えしています。

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

国際機関で働いていた時、
組織の理念には共感するけれども、
我先に自己主張をしたり、
声が強い方がいい、
みたいな風潮に違和感を感じていました。

 

英語をしゃべる=「アメリカ人」になることじゃないし、英語は世界の人と通じるための言語として学ぶのだから、必ずしも「アメリカ人のような感じ」で話さないといけないっていうのもなんだか違和感がある。。。

 

そんな私の実体験などから生まれたヒントが満載です。

次回のシェア会は3月26日(土)16:00~18:00@恵比寿で開催します。

ご興味のある方は、こちらにご登録ください。→ 大仲千華メルマガ登録

完璧主義は向上心ではないー無気力とうつを招く守りの姿勢

完璧主義とは高みに向かって努力することではありません。健全な目標や成長への努力とも違います。むしろ守りの姿勢なのです。

 

なぜなら、完璧なように見えれば、非難や批判、恥による痛みを最小限に抑え、あるいは回避できるという思い込みであるからです。

それは、いわば、20トンの盾を引きずりながら歩いているようなものです。身を守っているつもりでも、実は真の自分の姿を見られないように防いでいるのです。

 

完璧主義とは、向上心のことでもありません。完璧主義の本質は賞賛の追求です。完璧主義者の傾向が強い人には、子供の頃から学校の成績やスポーツの成績がよく、または行儀がいいだとか、いい子だと褒められて育った子が多いのです。

その過程のどこかで、この身をすり減らす危険な信念体系を身につけ、自分の存在価値とは、何をどれだけ上手く成し遂げたかで決まる、と思っています。

それは、「人を喜ばせよ、有能であれ、完璧であれ。」とあなたを煽ります。健全な努力は、「どうすれば自分が成長できるか」と自分に目を向けることですが、完璧主義は「人からどう思われるか」と、他人に目を向けます。

 

つまり、完璧主義とは、成功の秘訣どころか成功の妨げになるのです。完璧主義は抑うつ、不安、中毒・依存、人生の無気力、チャンスを逃すこととも関係があります。

失敗や間違いをおかすことの怖れ、人の期待に応えらえないのではないかという不安、または、批判を受けることへの怖れにとりつかれると、健全な競争や真剣な努力が行われている競技場からも足が遠のいてしまいます。

 

そもそも、どんなに時間とエネルギーを注いでも、他人がどう見るかをコントロールすることなどできません。

 

完璧主義は恥や批判に敏感にさせるので、ますます恥や自己嫌悪に陥りやすくなるという悪循環を招きます。

ちょっとした批判や失敗に対しも、「私のせいだ。こう感じるのは、私に足りないところがあるからだ。」と、自分が成し遂げたことよりも、自分が完璧でなかったせいだと思い、出来なかったことに目を向け、完璧主義の論理に疑問を抱くことなくいっそう完璧主義を追求し、深みにはまっていきます。

 

そもそも完璧というものは存在しないし、絶対に手の届かない目標だからです。

完璧主義は、内なるモーチベーションよりも、他人からどう見られるかを問題にしています。

 

完璧主義にもさまざまなレベルがあり、誰でもある程度こういった傾向を持っています。ただ、完璧主義が強迫観念になっていて、身をすり減らす人もいます。

 

何千人もの人にインタビューをしたデータによると、喜びや成功を自分の完璧さのおかげだと言う人はまったく見当たりません。

むしろ、人生でもっとも価値ある大切なものを得たのは、勇気を出して弱みをさらし、完璧さを追求するのをやめ、自分を慈しむようになった時だ、と言います。

 

完璧主義から解放されるには、「人からどう見られるか」から「私はこれでよい」への旅が必要です。

この旅は自己に共感を持つこと、自分のすべてを認めることから始まります。そして、人生の不完全さの中に美を見つけること(不完全さの中の完全さ)を学ぶ必要があります。

 

ブレネー・ブラウン「本当の勇気は弱さを認めること」2013年、より

 

ブレネーブラウンのTEDでのスピーチは全TEDのスピーチ中で視聴回数ベスト4にランクインされています(日本語字幕あり)。

2016年2月19日現在、2300万(23,659,379)回視聴されています。ぜひご覧ください。

 

マイストーリー⑩ 「本当の勇気は弱さを認めること」

3.11の朝、私は早朝の便で成田空港に帰国する便に乗っていました。私が南スーダンから帰国してちょうど1ヶ月くらいたった頃でした。

 

乗っていた便は定刻とおりに到着し、荷物を引き取り、首都高を経由してバスで自宅に向かっていました。ああ、無事に着いてよかった。ああ、春も近いなあ、とぽかぽかする春の日差しをはっきりと覚えています。

 

のんびりするのもつかの間、それから1時間後に家が揺れたのです。

幸い私自身も家族も全員無事で、親戚や友人にも直接的に被害にあった人もいませんでした。

 

しかし、私の中で何かが起きたように感じました。

この時の地震で、私の中の「箱」が開いたのです。

震災が、私が南スーダンにいる間に無感覚になっていた部分の箱を開けたのです。

 

もしかしたら、何か少しおかしいんじゃないか?と感じたのは、満開の桜の花びらの下に立っていた時でした。

それまで海外生活の長かった私にとって生の満開の桜を見ることはとても楽しみにしていたことでした。

それなのに、その桜を目の前にしながら、私はきれいだとも美しいともうんともすんとも感じられなかったのです。

 

どうしたんだろう。。。

きっと疲れているからに違いない。しばらく寝て休んだら元に戻るよ。自分に言い聞かせるように思いました。

それからしばらく朝起きれない、という状態が続きました。

身体が空っぽになってしまったかのように、身体にまったく気力が入らないのです。

1日のルーティンといえば、ゆっくり起きて近くを散歩するのがやっと。何もやる氣がしない。誰かに会う気力さえないし、誰にも見られたくもない。。。

 

まさか自分が。。。

それまでバリバリを仕事をこなしていただけに、この自分の状態を受け入れることにはしばらく時間がかかりました。

そして、紛争や世界のニュースに関することをまったく聞きたくなくなり、テレビのニュースを見ることもほとんどなくなりました。

 

トラウマケアに関する研修を受けた時の資料にこう書いてあります。

 

「私たちの安全を脅かすような出来事に会ったり、極度の緊張状態が続いている時、それは脳の神経系統に影響を及ぼします。

 

それは、竜巻のようなエネルギーが身体の中に溜まっている状態です。そのエネルギーが数週間のうちに解放されるか統合されないと、いわゆるトラウマの状態を後に引き起こすことがあります。」

 

記憶は断片的になり、思い出すことができる時もあれば思い出せない時もある。感情を抑圧し無感覚状態(numbness)になります。自然災害や似たような出来事に遭遇することによって抑圧された部分が思い出される時、それは癒しの機会である。

 

時には激怒や不安、鬱や絶望としても現れる。こうした体験は同時に私たちの人生の『意味』も崩壊させることがある。」

 

「そうした環境に長い間身を置くこと、または、そうした影響を強く受けた人たちに関わることによって似たような症状を受けることがあり、それは『二次トラウマ』(secondary trauma)と呼ばれる。」

 

ああ、これだ!と知ったのは随分、後のことでした。

そして、無感覚な状態は、傷に鈍感になるだけでなく、

創造性、愛や喜びにも鈍感になってしまう、ことを知りました。

 

私は、自分の体験がここまで抑圧されていたとはまったく気づかなかったのですが、

 

こうした現象は、紛争地でなくとも、カウンセラーや看護師といった対人援助職に就く人にも多く見られることを知りました。

 

 

そして、

同時に、

これは、

 

私にとって、

少し大げさに聞こえるかも知れませんが、

生きる意味を再発見していくプロセスでした。

 

なぜなら、私がすっかり疲れきってしまっていたからです。

 

身体的な疲れもそうですが、それは気力、もっと言うとこれから何を目標にしたらいいのか?という「精神的な燃え尽き」でした。

 

それまでバリバリを仕事をこなしていた人が急に何もできなくなるのです。

私は強烈な劣等感に襲われました。

罪悪感にも襲われました。

強烈な「無力感」に襲われました。

 

 

時計の針が「真逆」に触れた気がしました。

 

 

こうした感情・感覚は実は私の中にもともとあったものだったのでしょう。

 

 

私はこうした感覚との付き合い方を学ぶ必要があったのです。

 

 

この時の私の心境をとても上手に表現してくれている本があります。

 

ブレネー・ブラウン「本当の勇気は弱さを認めること」2013年です。

 

 

 

人間は誰でも悩み、自分の無力さを感じることを知ること

 

弱みや不完全さを認めず、あるべき姿にそぐわない部分を切り捨て、認められるためにヘトヘトになるのでもなく、それも含めてありのままの自分を受け入れること

 

 

そのために役に立つことは、

・心の痛みを無視したり、自分を批判するのではなく、自分自身の温かい理解者になること

・否定的な感情を抑えすぎず誇張もせず受け入れること。

(痛みを無視したら痛みに共感することはできないから)

・否定的な感情や思考と「一体化しすぎない」こと、です。

 

著者のTEDでのスピーチは全世界総視聴回数ベスト3にランクインしています。

 

本当の勇気は「弱さ」を認めること-ブレネー-ブラウン-ebook/dp/B00GTAV3P6

Brene Brown

 

ああ、これだ。

 

決して、簡単には聞こえなかったけれども、解決の方向が分かった気がして、安堵を覚えました。

 

私は少しづつ、

自分の弱さを受け入れること、

 

を学び始めました。

 

 

「本当の勇気は弱さを認めること」は続けます。

 

一生懸命にがんばることで目の前の課題を解決し、乗り越え、キャリアを築いてきた私にとって、自分の「弱さ」を受け入れることは決して簡単なことではありませんでしたが、

 

がんばる以外のやり方がある。。。

 

それは直感的にそうだろう、と感じていました。

 

そして、「弱さ」を受け入れることは、

 

自分がどんな人間で、どんな体験をし、何が大切なのかを再発見していくことでもあったのです。

 

 

 

最初混乱した学生は、最初から理解していた学生よりもいい成績をとるーネガティブな感情の効果

新しいことに挑戦するのが億劫。

すぐにイライラしちゃう。

面倒なことはいや。。。

どうやら世界的な現象のようです。

 

快適さへの欲望が満たされれば満たされるほど、私たちの経験の幅は狭まり、人生の困難を切り抜ける練習の機会を失っている、という指摘があります。

生活は確かに便利になったものの、何もかも便利になれば、面倒なことはしなくなり、列に並んで順番を待つことも、渋滞でなかなか進めないことにも耐えられない。。。

渋滞で前に進めないイライラや割り込みされた不快さに対する耐性は減っているそうです。

ただネガティブな感情が悪いわけでもなく、人は直感的に感情の効果を知ってるそうです。

例えば、習ったことがすぐに分からなくても、最初の混乱した状態を脱した学生は、最初から理解していた学生よりも、その後のテストで高い成績をとるそうです。

 

「ポジティブ」だけでは私たちは本当の意味でポジティブに感じられないこと、本当に心が落ち着いて感じられる時というのは、ポジティブもネガティブも両方の体験を受け入れている時だとも言われています。

 

当たり前ながら、人生には順調な時もあればそうでない時もあります。

親を失くす、離婚する、期待していた成果が上げられなかった、などなど。。。

そして、誰でも挫折、自信喪失、倦怠感などを体験します。

だとしたら、ポジティブもネガティブも含めた両方を受け入れる能力を身につけて、人生の出来事に効果的に対応することを学ぶ方がよっぽど効果的なのではないか?

だとしたら、本当の意味での適応能力というのは、ネガティブ感情を受け止められる事と、そこからポジティブ感情に移る努力がバランスよくできることなんじゃないか?

自分の人生におけるポジティブとネガティブの両方の感情を受け止められる時、人はその後順調に気分が回復していくそうです。

例えば、流産で子供を亡くしたばかりの夫婦の人たちがこんなことを言っています。

「この2週間はとても辛い気持ちでした。妻は妊娠9週目だったのですが、経過も順調だと言われて夫婦で喜んだのもつかの間、流産してしまったのです。私は失業中で、仕事がなかなかみつかりません。おまけに妻の祖母が余命わずかなので妻のことを思うと悲しくなります。不幸はもうたくさんだという気持ちです。それでも、私はそれなりに自信もあり、幸せも感じています。気持ちは確かに沈んでいますが、妻といい関係になるなど、恵まれている点に感謝しています。」

参考:「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」(ロバート・ビスワス=ディーナートッド・カシュダン 著)

 

人間は感情の生き物。感情はなくならないのだから、上手くおつきあいする方法を習いたいものです。

 

これまで無視したり、否定してきた自分のネガティブな部分も認め、心を開いて受け入れることー

明るい部分と暗い部分、

強さと弱さ、

成功と失敗

闇と光

を受け入れてこそ、

才能も

可能性も

より開いてくるんじゃないか?

 

そんなことが自分の体験としても最近腑に落ちつつあります。

 

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ポジティブ心理学の研究者が「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」の本を書いた訳

 

「ポジティビティーバイアス」という言葉があります。

ポジティブ心理学の研究者自身が、ポジティブ思考は行き過ぎだと指摘しています。

しかも、ポジティブ心理学の研究者が「ネガティブな感情が成功を呼ぶ」という本を書いてます。⇦組み合わせがちょっと笑っちゃう(笑)

 

例えば、

ーポジティブな感情ばかり強調する人は、予想外の出来事が起きた時に対処できにくい(ネガティブなことに対する免疫力が下がる)

ーネガティブではいけないという思い込みを強化している

ーネガティブ感情が資源や才能になることを見逃している

からだそうです。

 

例えば、アメリカでの心理学の実験で、幸せの利点をほめそやすニセ記事を読んだ人はより強い孤独感を覚えるという結果があるそうです。

人はネガティブな感情の「効果」を直観的に理解しているという指摘もあります。

本当に心が平安な人が書いた記事ならば、もう少し反応は違うかも知れませんが、私自身、「ポジティブじゃなきゃ」では疲れるタイプなので、「ポジテイビティーバイアス」という指摘に触れてホッとするところがあります。

もちろん、もっと簡単に切り替えができたらいいな、もっとバランスがもてたらいいなと思いますが、そうできない時もあるからです。

 

当たり前だけど、人間は誰でもポジティブな感情もネガティブな感情の両方を持ってますよね。

同じように、人生は上手くいく時もあれば、思うようにいかないこともあります。

誰でも挫折、自信喪失、倦怠感も体験します。

そうでなくても日常的に感じるストレスやイライラは避けられない。

 

だったら、もっと役に立つアプローチっていうのは、ネガティブ感情を避けるのではなく、ネガティブも含めた広い状態を受け入れ、バランスを取り戻せる能力じゃないか?

これまで無視したり、見下したりしていた自分のネガティブな部分も認め、心を開いて受け入れることー

 

 

明るい部分と暗い部分、

強さと弱さ、成功と失敗

闇と光

などを

受け入れてこそ、

 

ホールネス(wholeness)によって

 

才能も

可能性も

より開いてくるのではないか?

 

そんなことが最近腑に落ちつつあります。

特に才能という点について興味をもってリサーチ中なので、またシェアしていきますね。

 

最後に、このテーマを深めるのにぴったりの機会があります。

 

2015年9月19日

ありのままの自分で輝くーネガティブをあなたの最高の武器にする

 

このような方にお勧めです。

◎ やりたいことがあるが一歩踏み出せない

◎ ネガティブな感情に対処するのが苦手

◎ 思う存分自分の才能とパワーを発揮したい

http://peatix.com/event/113556

 

最後までお読みいただき有難うございました。

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