これからの時代に仕事を選んではいけない基準ー日本人の弱み克服主義と「普通じゃなきゃ幻想」を超えるとき❗️

私たちは今変化の時代を生きている、というニューヨークタイムズの記事を紹介しました。

 

「 繰り返しを必要とする仕事は、もはや機械に任せておけばいいと言う時代が始まっている。『新しい時代』が必要としているのはこれまでとは違う能力を持つ人間だ」という記事です。

 

関連記事→ 映画グレーテストショーマンの主題歌「This is Me!」はなぜ私たちの心に響くのか?時代の転換期を生きる私たちへのメッセージとは?

 

ではそのような時代を生きる私たちは何を基準にして仕事を選べばいいのでしょうか?

 

それを説明するために、今日は逆に「何を基準にしてはいけないか」、という観点からお伝えしたいと思います。

 

それは、「コンプレックスを克服すること」を基準にすることです

 

日本人は世界の中でも弱みを克服しようとする傾向が強いと言われています。

 

その理由の一つとして、例えばセンター試験が課す試験項目が象徴しているように幅広い科目の習得が求められること、また出来ている部分よりも出来ていない部分に目を向ける性質も関係していると思います。

 

イギリスの大学を卒業し、外資系のホテルで働く30代後半の女性の方の転職相談にのったことがあります。日本で当時進出し始めたばかりの外資系の5つ星ホテルでのリサーチにも関わったことのあるとても優秀な方なのですが、転職エージェントの方に「業界としてはPCスキルが低いと見なされる」と言われたことをとても気にされていました。

 

たくさんの強みを持っている方でしたが、それは本人にとっては当たり前になってしまって気付かず、逆の面で指摘された点ばかりが気になってしまったのです。

 

それでPCスキルを改善できる業界へ転職しようかと考えている、と言うのですが、私は「弱みを補う努力ももちろん必要ですが、それ自体はがんばっても平均値のちょっと上になる位で、それ自体が今後大きな武器になるとは考えられません」とお伝えしました。

 

「そしてこの場合の本当の問題はおそらく、PCスキルというよりは、自分の中のコンプレックスや自分の中の『弱み』というものとの付き合い方の問題であって、弱みというものに対する誤解だと思います」と、コンプレックスを克服することを基準をした選び方はおすすめしない、という私の考えをお伝えしました。

 

弱みというものはなくなりません。なぜなら「弱み」の存在意義があるからです。

 

もし自分がなんでもかんでも出来る人だったら、全ての分野で自分が「勝っていたら」逆に自分の「強み」が分からなくなってしまいます。

 

ある分野で「ああこの人たちにはかなわないな」、「自分はこれはあまり得意じゃないな」と思ったら、それはいいサインでもあります。なぜなら、それは、自分の「強み」を真剣に模索し認める時ですよ、というサインとも言えるからです。

 

そして、日本人は、

「普通がいい」幻想、

「普通じゃないといけない幻想」に囚われていると思います。

 

「普通」はそもそも存在しません。

「普通」とは幻想です。

 

人間誰もがコンプレックスをもっています。

(一見なんでもできて悩みのなさそうな人もです)

 

誰もが強みも弱みも持っています。

両方合わせて存在意義があるからです。

 

もちろん弱みを補う努力も必要でしょう。

 

でも、これからの機械化の時代では、機械ができることは機械が替わりにやってくれるのですから、コンプレックスを克服するよいう消去法的な選び方では自分の能力を発見することも、伸ばすこともできないので、自分の強みや秀でている点を伸ばすアプローチがより求められていくでしょう。

 

私自身、高校時代には好きな科目と嫌いな科目の差が大きいことにコンプレックスを持っていましたが、中学校から作文は比較的得意な方でした。

 

私は、大学卒業後にドイツで働いた後、イギリスのオックスフォード大学大学院へ進学し、授業料と生活費、渡航費を含む全額奨学金を授与され修士課程を終えましたが、その審査のための主な判断材料となったのは志望動機のエッセイと英語の小論文、そして面接でした。イギリスの大学院進学には筆記試験がありませんから、まさに自分の強みを活かす選択だったと思います。

 

上手くいってないことにはすぐに目がいくけれども、上手くいっているところは「当たり前」だと思っていてなかなか気づきません。

 

普段何気なくやっていること、上手くいっているところ、自分の情熱や強み、秀でているところに対してもっと目を向けていいのです (*^-^)ニコ

 

 

普通であるよりも、何か一つでいいので「これはあの人に任せよう」「これはやりたい!」「これは好き!」を持っている人になりましょう。

 

それがすぐに仕事上のスキルにならなくても、人生100年時代にきっとあなたを長く導いてくれるでしょう!

 

 

 

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集合先はスリランカの首都コロンボの某米国系ホテルー米軍太平洋司令部 (USPACOM)派遣専門家としての「働き方」

集合先はスリランカの首都コロンボの某米国系ホテル。

各自到着後、翌日何時何分にロビーにてスリランカ軍の迎えの人に合流してください。

 

米軍太平洋司令部 (USPACOM)から送られてきた書類にはそう書いてありました。

 

派遣前の手続きの一環として課された治安対策トレーニングや米軍に提出する書類はかなりの量だったのにも関わらず、当日の流れについて書かれていたのはそれだけでした。

 

他に知らされているのは、これから4人でチームを組んで、スリランカ軍に向けた訓練を実施すること、4人のうち2人は元軍人であること、研修内容と担当分野、各自の予定到着時刻だけでした。

 

私は、スリランカ軍で行われる国連の平和維持活動についての訓練で講師を務めることになっていました。

 

私は米軍の専門家という立場で、すでに国連を離れていた時期でした。

 

所属は米海軍大学院 US Naval Postgraduate School, the Center for Civil-Military Relationsというところです。

 

バングラデシュ軍やフィリピン軍、スリランカ軍で国連PKOに関する多国籍演習や国連幕僚課程(UNSOC:United Nations Staff Officer’s Course)や国連PKO教官課程(UNPKO Instructors’ Course)などを教えました。

 

さて、その時のメンバーはアメリカ人のジェフ、元カナダ軍のボブ、元マレーシア軍のデービッド、そして日本人の私の4人でした。

 

それぞれ、すでに国連も軍も離れている個人の専門家としての立場です。

 

講師チームは全員で4名で1チームをつくりました。

 

研修内容は本格的で内容も興味深いものだったのですが、私が面白いと思ったのは、こうした「働き方」でした。

 

だって、集合場所はコロンボのホテル。

メンバーは太平洋を越えて合流する人もいればフライト時間も到着時刻もそれぞれです。

 

それでいったい研修が成り立つんだろうか?

 

そんな疑問が日本で書類を受け取ったわたしの脳裏にふとよぎったのですが、十分に成り立ったのです。成り立ったどころか素晴らしいチームワークを発揮できたのです。

 

こんな働き方があるのか!とある意味わたしの仕事観さえも更新された体験でした。

 

そんな「働き方」も可能なんだというお話しを今回はしたいと思います。

 

研修で扱うテーマは、国連PKOにかんする主なテーマすべて。

武装解除・動員解除・元兵士の社会復帰(DDR)から人道支援、安保理決議や国連PKOの意思決定と組織構成について、交渉、武器使用権限、交渉、停戦後の復興について、そして演習です。

 

武力で敵を倒し、破壊するのは簡単ですが、停戦後、政府や議会などの制度を一から確立し、国の根幹をつくり、国が復興へ向かうための支援をすることは軍事的な戦略を超えた幅広い視点を要します。

 

そのため幅広い知見をカバーするために軍人と文民の両方がチームを組んで最低2週間の研修にのぞみます。

 

講師チームはたいてい4名で1チームをつくりました。

 

顔をあわせるのは前日でした。

しかもみんなフライトの到着時刻もバラバラなので、集合はホテルの朝食場所で、

そこで初顔合わせなのですが、実際は半分以上は雑談でした。

 

訓練はさっそく翌日から始まりましたが、前日に合流したとは思えないスムーズなチームワークがありました。

 

米軍のつくったカリキュラムは1日中びっしりで、

1日50分のコースが7コマもありましたが、それぞれがそれぞれの役割を果たし、

コースはスムーズに流れていきました。

 

コーヒーブレークにはジョークを言い合ったりもしました。

 

その中でも仲よくなったアメリカ人のジェフとの会話でスリランカの経験について学んでいたと思っていたのに、日本について学んでいたことに気づいたこともあります。

 

アメリカ人のジェフが言いました。

 

「戦争って『勝つ』方も本当の意味で勝利じゃないよね。

アメリカではこんなこと言う人少ないけど、原爆の投下ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ。」

 

その時点でスリランカ内戦終結からすでに3年ほどたっていましたが、シンハラ系住民にもタミル系住民の間にも、それぞれに大きな苦しみや大きな葛藤があり、かつ、

同時に、もう二度と内戦には戻りたくないという強い思いも感じる、という文脈での会話でした。

 

「まあ、僕たちの国も大きな戦争をしたけどさ、今こうやってすでに戦後生まれ2世の日本人のChikaとアメリカ人の僕がこうやって、世界の平和のため(国連PKO)のトレーニングの講師を一緒に努めているんだから、世の中少しは進んでるよね」と続ける彼に

勝手に「同志」のような繋がりを感じながら、私も大きく頷いていました。

 

そんな彼との会話も印象的でしたし研修自体も成功となりました。

 

スリランカ軍の参加者が個人的な体験を話し始めるなど、国連や外部の立ち入りや調査団を何度も拒否してきたスリランカ政府の歴史から考えても、驚くような展開もありました。

 

共振する人たちとチームを組み、そんな風にスムーズにかつ楽しくかつみんなで「いい仕事」ができるものだと私の中の「仕事観」も更新されました。

 

個人専門家が集まりプロジェクトベースでチームを組む。

 

世界単位でもそういう働き方が可能である!ということを実感したのでした。

 

欧米ではそういう働き方をする人がすでに増えていますが、さらにこうしたトレンドは進んでいくと思います。

 

だから、やっぱり英語で仕事ができる能力を身につけましょう!

 

だってそうしたら働き方も仕事の可能性もぐーーーーーーんと広がるのですから!!!

10年働いても指示待ち&自分で考えられない人 vs どんどん自信をつけていく人ーその差は普段自分はどうやって○○○しているかを意識しているかにあった!

人生を生きていると当然ながら学校から就職、引越しから結婚、転職など、いろんな局面で自分でなにかを決める必要が出てきます。

 

その選択が自分の人生の方向性や自分の価値基準に沿っているとき、いい気持ちがします。

 

先が開けていくというような、人生がいい方向に向かっているという感覚を感じるときもあります。

 

人はある程度自分の直感を含めてそうしたことを無意識にやっていますが、

 

鍵は「何を基準に決めるのか?」という自分の判断基準を持っているかどうかです。

何を選んでいるかは人それぞれ違うからです。

 

自分で決めた人は幸福度が高いという調査結果もあります。

 

ではどうやって決めたらいいのでしょうか?

 

それを教えてくれているのが

 

アメリカをはじめ累計発行部数5000万部突破!の超ベストセラーとなった1分間意思決定―決断力が身につくたった1つのルールです。

 

1分間意思決定

 

 

人生は決断の連続だとすると

こうしたことを知っているか、習ったことがあるかどうか、

自分はどうやって決めているかを意識しているかどうかでは

長い人生の質に大きな「差」がでるだろうと感じます。

 

この本によると、

 

幸せな決断ができるために大切なことは自分の優先順位や価値観を知っていることです。

 

より具体的には

自分にとって理想のライフスタイルはどういうものか?

自分にとって大切な価値観とはどういうものか?

何を大切に生きていきたいのか?

自分にとって優先順位が高いものは何か?

どんな時にやりがいを感じるのか?

という質問です。

 

 

例えば、

転職やキャリアを考えるとしたら、

自分にとって理想の働き方はどういうものか?

自分にとっての優先順位はどういうものか?

仕事に求めるもので自分にとって大切なことは何か?

といった質問です。

 

 

どんな「決断」にも「論理的な問い」と「内面的な問い」があります。

 

人は論理的にいろいろな条件やメリット・デメリット判断するだけでなく、

人それぞれの価値基準をもっているからです。

 

 

その選択が自分の価値観に沿っているときには、

いい気分がして、物事も身体も自然に動きます。

 

 

自分で決めると納得感がありますし、なにより自分で決めたという体験自体が自信になります。

 

自分の意思で決めたので多少の困難があっても、ふんばれます。

 

では自分で決めないとどうなるでしょうか?

 

「こんなはずじゃなかった。」

「そんなこと聞いてなかった」と

誰かのせいにしたくなる気持ちがでてきます。

 

自分で決めていないので

目の前の状況や自分の人生に対してどこかで他人まかせにしています。

 

指示待ち人間 & 自分で考えられない人が増えていると言われていますが、

自分で決める体験をしてこなかったことも関係していると思っています。

 

会社や組織でそれなりに仕事をこなす人でもそういう傾向はあるように感じます。

 

私は約10年国連で働き、毎回どうして自分はこのポストに最適なのか?ということを明記し応募しました。

 

そういう作業を毎回するのは確かに大変なのですが、大事な点は自分の「自己決定」と責任感が養われるということです。

 

どんな仕事にも面白いもあれば大変な面もあります。

 

そんな時、自分で応募して、なぜ自分はこの職種に就きたいかを毎回面接で訴えるわけですから、簡単に辞めることもできないし、

 

もう少しなんとかしてみようと思います。

 

この場合の「責任」というのは自分で選び決めていく覚悟とパワーとも言い換えられると思います。

 

逆に自分の力や潜在能力を奪う「決め方」は、

 

みんながやっているから自分もそうする

人から「答え」を教えてもらって、自分で決めずにそれに従う、

自分で考えず、調べず、大勢の人がやっていることにただ従う、

という決め方です。

 

 

「決める」という行為は、

 

自分を知り

自分に対する理解を深め、

自分が自分を大切にし、

自分で自分の願いに耳を傾け

自分で自分の願いを尊重し、

 

 

自分はこうしたい!

自分はこういう人間です!

自分はこういうことを大切にして生きていきたい!

ということを

 

いわば宇宙に向かって宣言をするようなもので、

 

その本質とは、

自分で自分が大切にすることを追求してもいい!

 

つまり、自分が自分を信じる=「自信」への投資とも言えるのです。

 

ぜひたくさんに人にそんな体験をして欲しいと思います!

 

https://chikaonaka.com/coaching/

20代半ば、30前、30代半ば、そして40前後に「このままでいいんだろうか?」と思った時に考えるべき一番初めの質問

これまでほんとうの意味での情報収集や意識決定をしたことがありませんでした!

あるクライアントさんの感想です。

 

ちなみに彼女はロースクール(大学院)を卒業したとても優秀な仕事のできる方です。

彼女の能力が高いのは彼女の書いたものを読んだり話しをすればすぐにわかります。

職場でも上司の信頼も厚く、入庁何年目かの人が対象になる表彰を受けたそうです。

 

これはその彼女の発言なのです。

どういう意味かというと、自分のことは自分で決めてきたつもりだけれども、

それはあくまである程度決まったレールの上での選択だった、という意味で、

ほんとうに意味で自分の生き方を決めてこなかったというのです。

 

ご本人にとっては少しショックな発見だったのですが、実はそういう感想を聞くのは珍しくありません。

 

20代半ば、30歳になる前、30代半ば、そして40歳になる前、40代超えてからも

人は特にこうした節目で「このままでいいんだろうか?」と思います。

 

そうして初めて自分の生き方や選択を考えるという人は珍しくないのです。

 

「人から答えを教えてもらって、自分で決めずにその答えに従う。

大勢の人がやっていることを自分もその通りにやる。

このように、自分で考えず、自分で決めずに人から与えられた答えに従う、

あるいはみんながやっていることを自分もやるという人が多いのです」

「これはどういう問題でしょうか?」

 

船井幸雄氏の元で経営コンサルタントを務め、教育専門家、コンサルタント・カウンセラー、瞑想指導者の鹿毛俊孝氏は問います。

「自分で世の中がどうなるか、それを考えようとしないという問題。

自分で自分自身の内面を知ろうとしない問題。

自分のことは自分で決め、 自分の人生は自分自身が構築するという根本的な生き方ができていないという問題」である、と鹿毛氏は言います。

 

なるほどと頷いてしまうのですが、

その関連として、「考える力」、とくに「意思決定」のための思考プロセスを習っていないことも挙げられると思います。

 

著書累計発行部数5000万部突破!の超ベストセラー「

1分間意思決定―決断力が身につくたった1つのルール

 

では意思決定のための質問が挙げられています。

 

これに従っていくと、次はどんな仕事がいいのかなどどんなことでも答えを自分で導きだすことができます。

 

コーチやカウンセラーをやっている人たちはある程度直感的にこうした質問をしているのだと思いますが、改めて体系的にまとめられているものを読むと理解度と納得感があがります。

 

それによると、一番初めに問う問いは

「あなたはこのことに関してどういう結果を望んでいますか?

自分にとって理想の状態は何ですか? 」なのです。

 

それなのに、日本ではそれをすっ飛ばして、または個人の望みはあまり尊重されず、

「画一化されたマス」であることの方が大切とされ、ごくごく小さい世界の狭い視野で何かを決めようとしていることがほとんどです。

 

でも、前回も引用しましたが

内田樹が語る高齢者問題――「いい年してガキ」なぜ日本の老人は幼稚なのか?

 

が言うように、

これまで日本では政策的に同質性の異様に高い集団がつくられてきたけれども、

「こういう同質性の高い集団というのは、『この道しかない』というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。

 

そのつどの変化に即応して、『プランA』がダメなら『プランB』という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせない」のです。

 

コーチングセッションでは、「この職業や業種とはこういうものだ」というものを一旦離れて、どういう体験をしたいのか、自分はそもそもどういうライフスタイルや働き方を望んでいるのか?という部分を自由に開いていくサポートをします。

 

そして、考える(意思決定の)ための10の質問に従って、その人にとって決断や行動がスムーズにいくようにサポートしていきます。

 

お気軽にご連絡ください。

 

info(at)peace blossom.com

 

atを@に変えてください。

親に初めて国連で働きたいと言った時ー今国連も米軍も経て改めて「仕事というもの」について思うこと

仕事とはそういうものだ。

仕事とは苦労して当たり前。

仕事と遊びは別のもの。

さてそれは本当でしょうか?

 

小学生の憧れの職業がYoutuberという時代なのに、まだまだ私たちの世界観は古いものの影響を受けているようです。

 

私は親に初めて国連で働きたいと思っていることを伝えた時のことを覚えています。

 

大学4年生の秋ののことでした。

当時はFacebookもなく、ネット上の情報も限られていて、

身近に実際に国連にいった人も先輩訪問というものもなければ、

いい企業に就職するのが「就職」だという雰囲気は今よりも強い時代背景の中、

大学の就職課でそんな話しができる雰囲気でもなく、

今ほど「国連」がキャリアの一つとして認識されているわけでもなく、

 

私にとっての唯一の頼りだったのは、

「明石康国連に生きる」という本と

カンボジアの選挙支援での体験を書かれた国連ボランティアの人の手記とアルク出版の「国際協力ガイド」だけでした。。。

 

今となっては、もう前世の前世のような感じさえしますが(笑)、父が早めに帰宅できる日を待って「家族会議」が開かれました。

 

周りに国連で働いてる人はいるのか?

国連という組織にはどうやって入るのか?どういう仕組みなのかなどと質問をされました。

 

当時私のわかる範囲で答えたのですが、それは両親にとって(というかその世代の人にとって)、想像のできない世界であり、想像のできない働き方だったと思います。

 

「緊急家族会議」は、双方の主張が交わらないままに結論に近づいてきました。

 

「そんな夢みたいな事を言ってないで就職しなさい」。

(≧∇≦)

 

それ以来、私と両親は、

同じ家に住みながら卒業までほぼ半年も口を聞かなくなってしまったのですが、

 

今振り返ればそれが「バネ」になって、

私はぜったいに大学院にも受かって国連に入ってやると思いました。

 

そしてそれが「原動力」になって着々と準備を進めていきました。

 

その半年の間で英語のテストのスコアが伸び、

海外就職も決まり、大学院入学も決まり、

しかも奨学金ももらえることになったのですから、よくがんばったと思います。

 

こう書いてみると、

そこで引き下がって終わっていたら私のキャリアも今の私もなかったことになるので、

当時の両親は私の覚悟を試した役割という意味で

魂の約束をしてきたかもしれないとすら思います。

 

反対されたことは当時の私にとっては「大事件」でしたが、

当時の私の両親の反応はけっして珍しいものではなくおそらくその世代の人たちの一般的な反応だったと思います。

 

社会が右肩上がりの経済成長を続けていた時代の「仕事観」と「交換(依存)関係」というものも出来上がっていました

 

終身雇用がまだ当たり前だったので、我慢する代わりに雇用の安定と定期昇給を保証するよ、という関係性と考え方です。

 

こうした時代背景では、市民ひとりひとりが成熟した個人になることによってではなく、同質性の高いマスを形成することが優先されたのです。

 

内田 樹氏いわく、「その方が確かに作業効率がいいし、組織管理もし易い。消費行動も斉一的だから、大量生産・大量流通・大量消費というビジネスモデルにとっては都合がよかった。

 

だから、国策的に同質性の異様に高い集団を作ってきた。でも、こういう同質性の高い集団というのは、「この道しかない」というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。そのつどの変化に即応して、「プランA」がダメなら「プランB」という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせないからです」

 

内田樹が語る高齢者問題――「いい年してガキ」なぜ日本の老人は幼稚なのか?

より抜粋

 

そして、20年たった今、当時には想像もつかなかったユーチューバーといった「職業」ができて、下手な企業のキャンペーンよりもずっと影響力を持つ個人が生まれています。

 

そして、「スーツケース起業家」というタイトルの「自由に旅して十分に稼ぐ新しい生き方」の指南本までています。

https://www.amazon.co.jp/スーツケース起業家-ナタリー・シッソン/dp/4883206599

 

これは日本では2016年刊行ですが、英語版はもう6年前に刊行されていて、

私自身去年の夏に西表島へいって、今年の3月に執筆を兼ねてタイ旅行に行った背景には、そういうライフスタイルが頭にあって、

 

バンコクに暮らす高校時代からの親友からも、ちかちゃんの仕事ならどこでも仕事できるよね、とも言われ続けています。

 

誰でも簡単に楽して稼げるという安易な印象を与えるつもりはありませんし、

何をするにしても一定量の労力も努力もいるのはどんな分野でも変わることはないと思いますが、

 

個人とテクノロジーの力が相乗効果をもって発揮される時、

 

仕事とは苦労するもの

苦労しないとできない

成功するのは苦労や困難が伴うものという考え自体

もはや時代的にも妥当だとは言えないのですね。

 

もっとはっきり言うと、簡単に楽しく十分に稼ぎ旅するように生活し、人の役に立ち充実した生活を送ることは可能な時代なのですね。

 

この本には著者が世界旅行をしていながらもビジネス(コーチングやセルフブランディング)が回るようにしたステップが書かれています。

 

そのためにホームページに入れるべき機能や内容、アプリの紹介なども詳しいのですが、

なによりそうしたライフスタイルをすでに実現している人のエネルギーが伝わってきて、

 

仕事は楽しくていい

楽しく稼いでいいという考え方に細胞が置き換えられていくように感じるのです。

 

メモがたくさんできました!!!

 

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Samui Island、タイ

 

 

グーグルと国連で学ぶ究極の武器ー「この人は私と同じ⭕️⭕️である」

前回、内戦をしてきた国の軍人たちがなぜ悩みを打ち明けてくるのか、というお話しをしました。

 

あるレセプションでは、たまたま会話を始めた相手が米軍のアジア・大平洋司令部付けの司令官(将校)の方で、ワイングラスを片手に彼の体験に耳を傾けたこともありました。

 

最初は、米軍でのキャリアの一番初めの海外派遣先が日本の厚木基地で、「最近は他の国に紛争の調停に行くようになったけど、僕に初めて異文化体験をさせてくれ、アメリカの田舎生まれの僕の目を世界に開かせてくれた日本に感謝してる」とおっしゃっていました。

 

そうなんですね、と話しを聞いていると、今度は話題は東日本大震災のことに及び、

 

「東日本大震災が起こった時には他人の国とは思えなくて、あの日は眠らずに指揮をとったよ」とも伝えてくれました。

 

彼は、日本を含むアジア・大平洋全域を指揮するアジア・大平洋司令部(USPACOM)司令官の一人でした(当時)。

 

レセプションという場での外交的なあいさつという面も多少はあったでしょうが、彼の口調からは当時の緊迫した状態と彼という個人として奮闘した想いが伝わってきました。

 

 

組織の上にいる人であるほど意思決定に神経を使ったり、軍隊といった組織であれば尚更立場上、実際には、口に出せない葛藤を抱えていることも少なくありません。

 

軍隊というと、強健な肉体を持ち冷静に任務を遂行していく人たちのように思われるかも知れませんが、人間ですから、時にはそんな想いをほんの少しだけ口にしたくなることもあるでしょう。

実はここに相手との距離を縮じめるヒントがあります。

社長でも頭取でも、首相でも大統領でも、ゲリラ軍の司令官でも、当たり前ながら同じ人間です。

 

生産性やクリエーティビティーが上がるとの理由でGoogle内で大人気となり、シリコンバレー発の「マインドフルネス」ムーブメントを起こすことになったマインドフルネス研修がありますが、その研修ではどんな人に対しても「この人は私と同じ人間である」という瞑想とマントラを学ぶそうです。

 

上司とは自分よりも上の立場にあるのだから自分に対してもっと気をくばるべきだ、と思ったり、日本人は一般的に、上司や上の立場に対して完璧な人物像を求める傾向が高いように思いますが、上司も部長も社長も同じ悩みを持った人間なのです。

 

その上で、相手の状態を観察する、配慮する、相手の悩みを理解しようと努める、相手のことを知ろうとするということに意識を向けて見てください。

 

例えばこのような質問です。

 

あなたの上司の方はどんな人ですか?

仕事ではどんなお悩みがありますか?

上司のお悩みの解決にあなたはどのように役立つことができますか?

週末は何をして過ごしていますか?

仕事以外ではどんなことに興味がありますか?

 

そのように理解を向けてくれる人がいて相手も心づよいと感じてくれることでしょう。

 

国連の現場で学んだ無理なく自然に会話が盛り上がっていく英語の質問術②

会議で何を言えばいいのか分からなくなってしまう、

上司や役職が上の人に対して言いたいことが言えなくなってしまう

と思う人はけっこう多いようです。

 

日本では、それぞれが自分の意見を発言をしたり、違う意見があってもそれが尊重されるような環境や体験は限られていますし、こんなことを言ってはいけないという制限が一般的に強いと思います。

 

ただ少し厳しいことを言うと、そういう人ほど自分が何を言えばいいのかばかり考えていて、肝心のコミュニケーションをする相手の興味・関心だったり、会議に参加している他の人たちや会議の目的自体がすっぽり抜けていたりします。

 

コミュニケーションはただ発信すれば終わりではありません。

発信されたものが相手に届いた、または届いてコミュニケーションは成立します。

コミュニケーションの始まりはそこからがやっと始まりとも言えます。

 

私たちはいくらでもなんらかの言葉や情報を発信することはできますが、それを受け取る人がいなければ、それは一方的な発信、または通達にすぎません。

その情報を受け取る相手がいて、はじめて「コミュニケーション」となるのですね。

 

そして、このコミュニケーションによって相手とどうなりたいのでしょうか?

 

どういう状態が理想的なゴールなのでしょうか?

 

会話の目的が、お互いに協力して仕事をスムーズに進めること、相手との距離を縮じめること、相手のことを知り、自分のことも知ってもらうことだとするならば、どんな姿勢が役立つでしょうか?

 

または最近の自分の体験を思い出してみてください。

この人と話しやすくなったなあ、

この人と距離が縮じまったなあと感じたのはどんな時でしたか?

 

いろんな面がありますが、そういう時には「わたしはあなたに関心を持ってますよ」「私はあなたを尊重しています」という姿勢があると思います。

 

では、「私はわたしはあなたに関心を持ってます」「私はあなたを尊重しています」という姿勢はどうしたら伝わるのしょうか?

 

それはまずは相手について知ろうとすることです。

 

実は私自身このテーマを書くにあたって思い出す失敗談があります。

国連PKOの仕事で、初めての任地東ティモールへ派遣された時のことです。

国連PKOの現場では100カ国以上もの同僚と、そして、国連軍という人たちと一緒に働きます。

 

ある日、ポルトガル軍のパーティーに招待され、ビールやワインを片手に会話が始まりました。

その部隊を指揮する司令官や階級の高い人たちが紹介されます。

誰が一番偉いのかはさすがに雰囲気でわかったのですが、軍隊の階級がわからず、階級の高い人に対して間違った階級を言ってしまったのです。

 

軍隊という組織は年齢が下でも階級が上ならば、その人が指揮をとるという命令の序列が非常にはっきりした、階級ありきの組織です。

 

軍隊の中ではコミュニケーションが比較的カジュアルなポルトガル軍であっても、やはり軍隊という組織ですからこの部隊では誰が司令官で誰が士官なのかその前提で会話が進んでいくのがわかって、

 

相手の家に招かれたのに相手のお名前も知らずにワインをいただいたような、相手への敬意を欠いてしまったように感じて、自分の勉強不足を恥じた思いがあります。

 

相手についての最低限の情報を調べておくことの重要性を痛感したのでした。

 

でも仮に軍の階級について覚えていたとしても、あまり馴染みのない相手だと話題を探すのには少し苦労する時もありますよね。

 

あまり馴染みのない相手だったり、話題が思いつかないなあと思う時ほど、無理にこちらが話そうとするよりも、質問をして相手に話してもらった方がいい場合は多いのです。

 

まったく知らない分野や相手だからこそ思い切ってわからないことを質問できる、という利点もありますし、自分のことを聞いてくれる人に対して人間は心を開きやすいという面はあると思います。

 

例えばこんな質問です。

こちらの部隊(会社)で大切にしている日課というのはありますか?

こちら(この部署)で生活を始めてみて驚いたことはありますか?

国連(この仕事)で実際に働いてみて感想はいかがですか?

思っていたのことと違う面はありますか?

こちら(この会社)に来て楽しかったことは何ですか?

 

これらは一例ですが、

 

会話を広げる質問には以下のような特徴があります。

① open-ended question=答えがYesかNOではなく、いろんな広がり方が持てる質問

② 対話的な質問=相手とのやり取りに正しいや間違いはなく、相手の感想や体験を知る目的で尋ねる

③ あなたに関心があります。あなたと仲良くなりたいです、という気持ちで聴く。

 

相手の反応ややり取りに正解も間違いもありません。

 

一つ一つのやり取りから、ああ、この人はそういう風に感じるんだ、そういう考え方もあるんだな、と相手という人を知る手がかりになります。