無関心や孤立、寛容性が下がる「社会的なトラウマ」 という現象ーその連鎖と国連関係者が学ぶ「どうしたら憎しみの連鎖を防げるのか」という理論

先日はトラウマとは単に「心の病」というよりは、「身体に残り外に出切れていないエネルギーである」とお伝えしました。

 

アメリカでは10人に一人がPTSDと言われるくらい、トラウマやPTSDが過剰に診断される状態があるとも指摘され、

 

すべてを「トラウマ化」する必要はない、と断っておいた上で、

 

トラウマと暴力の連鎖のメカニズムと、それを乗り越える過程を理論化したものして知られる

 

The Center for Justice and Peace-buildingの Strategies for Trauma Awareness and Resilience(STAR)より、トラウマが日常的にどういう風に現れるのかお伝えしたいと思います。

 

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⏫  The Center for Justice and Peace-building, Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STAR)より

 

一般的にはこのような状態がみられます。

 

・判断能力が低下し、何かに対する事象を恐れとして認知しやすくなる。

・コミュニケーション能力が低下し、特に共感性が下がる

・柔軟性や寛容性が下がる

・直接何かが起こったわけでもない個人との関係において緊張や対立がおこる

・無関心や孤立

・自分の被害ばかりに目がいき、他者の視点で見ることができなくなる(歴史、係争、関係性)

 

さらに、そのエネルギーが内に向けられるか(acting-in)、または外に向けられるのか(acting-out)?に分けられます。

 

内に向けられた場合には、以下のような症状が見られます。

 

内に向けられた場合:

・依存 (インターネット、薬物、買い物、セックスなど)

・過食症・拒食症

・仕事中毒

・自傷行為

・うつ

・不安

・頭痛や身体の緊張など・慢性的な痛み

・病気(身体的症状)

・自殺

 

外に向けられた場合には、以下のような症状が見られます。

 

外に向けられた場合:

・ドメスティックバイオレンス(DV)

・虐待

・犯罪行為

・リスクを犯したがる

・攻撃的な行為

・暴力行為

・戦争

 

社会的・集合レベルでは次のようなトラウマのサインを見ることができます。

 

・無関心(国の政策や政治や社会に対する無関心)

・黙る(表現の自由の抑圧、真実が語られなくなる)

・共感や寛容性のうすれ

・二元論(ゼロか100か、こちら側かあちら側か)

・ 人との繋がりが希薄になり信用できなくなる

・環境の悪化

・性の軽視や売春の増加

・薬剤の使用量の増加

 

 

トラウマはそれに苦しんでいる当事者が自分で心の痛みを癒し、その体験を完了させなければ、さまざまな 形で次の世代や社会に引き継がれると言われています。

 

最近は、トラウマと暴力の連鎖だけでなく、それを乗り越える過程も理論化されています。

 

これは、9.11をきっかけに始まった「どうしたら憎しみの連鎖を防げるのか」という研究から生まれまし た。

 

今では、「Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STARプログラム」として知られ、私も国連の研修の一環で参加したことがありますが、米政府や国連関係者、アフガニスタ ンやイラク従事者をはじめ、ドイツ、ケニア、レバノンなど世界60ヵ国から参加者が集まるプログラムとして知られています。

 

STARは、米国で起きた1995年のオクラホマシティ連邦政府爆破事件の被害者が「和解」へ向かっていた 過程などを理論化し、紛争を根本から解決するには、個人が心の傷やトラウマの体験を癒すことが重要だとしています。

 

STARに理論によると、寛容性の低下や排他主義といった排除型の暴力も、トラウマと暴力の連鎖の一つだと説明することもできます。

 

報復の「連鎖」を根本的に解決するためにも、こうした連鎖のメカニズムとそれを断ち切るのは何か?と理解することは役に立つと思います。

 

STARの理論では以下のステップが説明されています。

 

STAR 和解.001

 

(#1)身の安全

(#2)なげく・自分のストーリーを話す

(#3)Why me? ⇒ Why them?なぜ私?からなぜ相手?への視点

(#4)相手の「ストーリー」を理解する

(#5)ストーリーが書き換わる

(#6)ゆるし

(#7)正義(restorative justice)

(#7)和解

 

こちらについてはまた説明したいと思います。

 

個人的なトラウマやPTSD(援助従事者による二次受傷、セカンダリートラウマも含む)の回復プロセスについてはこちらで説明しています。

 

トラウマとまで言わなくても、人生では自分の思うようにならない時もあれば、理不尽なことも起こります。一人ではどうしたらいいのか分からなくなることもあるでしょう。

 

そんな波の中にいる時にどうしたいいのか?

 

少しでもそんなヒントになるように、トラウマやPTSDの回復理論やレジリエンスに関する研究と私自身の燃え尽き症候群やPTSDからの回復体験を質問形式にしてまとめました。

 

ここで挙げている質問は、リラックスして、まずは眺めてみて、思い浮かぶことをありのままに観察してみるというアプローチをオススメします。

 

質問を読んでもに何も思いつかなくても、ふとした瞬間に何か思い浮かぶ事もあるでしょう。

 

自分が前に進んだからこそ、意味を持ってくる質問もあるので、ぜひ定期的に眺めてみて下さいね。

 

ダウンロード・登録⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

 

目次

あ、今の自分の状態について把握する

い.自分の「ストレス反応」を知る

う.今気になっていることについて観察する

え.喪失 (後悔、自責、サバイバーズギルト)に気づく

お.自己像、自己肯定感、自己受容度に気づく

か.自分の中の「不安」を意識化・言語化する

き.自分のコーピングスタイルを知る

く.自分と相手との優先順位(境界線)と当事者レベルを知る

け.自分のストーリー(解釈・認知)に気づく

こ.回復のストーリーをみつける

さ.試練の中の「意味」について知る

し.再結合・新しい自己の創造

す.回復・再生のためのステップ 

せ.トラウマからの回復・再生のプロセスで体験しうること

そ.トラウマからの回復の三段階

 

ダウンロードは⭕️こちら⭕️よりどうぞ 

 

 

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やる気がないのはあなたのせいじゃない! 最新スポーツ科学・トラウマケアによる発見ー溜まった緊張や感情が身体を固まらせ、気力を枯渇させる❓❗️

スポーツ科学やコーチ・カウンセラーの間で知られている表現に、「筋肉に感情が宿る」というものがあります。

 

緊張して身体が固まるのではなく、溜まった緊張や感情が身体を固まらせ、気力を枯渇させるという考え方です。

 

燃え尽き症候群やパワハラ・トラウマケアにとって、身体に残ったエネルギー(感情)を解放していくことはとても大切です。

 

そうしたエネルギーが解放されるにしたがって身体は自然と軽くなっていきます。

 

私が身体のアプローチやエネルギーの解放に興味を持ったのは、トラウマケアの手法を学んでいたときでした。

 

その過程で、一流アスリートや音楽家のトレーニング、トラウマケアにはある共通点があることを発見しました。

 

「体が変わると意識も変わる」という心身一致の考え方です。

 

例えば、アスリートや音楽家は、身体を柔らかくしていつでも最大限のパフォーマンスを発揮できるように気を配っています。楽器を鳴らす前に複式呼吸をしたり、ストレッチをしたり、身心がリラックスした状態であることが大切だと経験的に知っています。

 

燃え尽き症候群やトラウマケアにとっても同じことが当てはまります。

 

緊張を強いられるような環境にいたり、なんらかの辛い出来事を体験する時、身体に緊張やトラウマのエネルギー、感情が溜まることがあります。

 

その時、私たちは「身体が重い」と感じます。本来の健康や活力を取り戻すには、なんらかの形でそうしたエネルギーを身体の外に出していく必要があるのです。

 

本来、人間の社会には、共同体での儀式やダンスなど、そうしたものを解放するなんらかの伝統儀式や習慣が存在しました。

 

例えば、気功や呼吸法、ヨガなどもそうした役割を果たしてきました。

 

なぜ身体からのアプローチ(エネルギー解放)が効果的かといえば、頭であれこれ考えるよりも、身体を通じて脳に心地よい「快」情報をたくさんインプットする方が、ネガティブな思考をポジティブなものに速く置き換えられるからです。

 

それによって、新しい脳内の配線(シノプシス)を刺激して、より太くしていくことができます。

 

この身体的なアプローチと共に、エネルギーの解放が起こる現象も、さらに詳しく解明され始めています。

 

そのキーワードは、「同期現象」または、「共鳴」(コヒアランス)です。

 

 

coherent-heart-graph

 

上の図は不安やフラストレーションを感じる人の心臓のリズムです(リズムは乱れています)。

 

左の下の図は、コヒアランスの状態にある人の心臓のリズムで、一定のリズムを保っています。

 

人がコヒアランスの状態にあると、心臓や臓器が互いに影響しあって、神経系、ホルモン系、免疫系が効率的にバランスよく機能し、肉体的・心理的・感情的システムが互いに向上していきくことが知られています。(ハートマス研究所、Heartmath Instituteより)

 

不安やフラストレーションを感じる人がいても、調和した状態にある人のそばにいると落ち着きを取り戻していくことが知られています。

 

また生物界では「同期現象」としてこのような現象が知られています。

 

●心臓をつくっている筋肉(心筋細胞)がリズムをそろえて、心拍数を一定に保つ。

●臓器が互いに影響しあって、起床や就寝時間などの体内リズムを作る。

●何万匹もの蛍がいっせいに発光を始める。

●像の群れは同じリズムで歩く。

●一緒にいる女性の生理周期が同じになる。

 

「同期現象」については、ハーバード大学のサイトでも紹介されています。

 

または、「SYNC: なぜ自然はシンクロしたがるのか (ハヤカワ文庫 NF 403 〈数理を愉しむ〉シリーズ)」をご覧ください。

 

セッションでは、「ハートメタ」メソッドを使って、この『コヒアレンス』(coherence)の状態を創ります。

 

不安やフラストレーションを感じる人がいても、調和した状態にある人のそばにいると、落ち着きを取り戻していきます。バラバラだったものが調和の状態に同期されていきます。

 

これが、コヒアランスを通じたトラウマケア・エネルギー解放の仕組みです。

 

自然治癒力や活力、調和を取り戻すことは人間の本来の本能的な力なのです。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

元国連職員でカウンセラー・セラピスト大仲千華

国連勤務を経て、海外でトレーニングを受けた信頼と実績を持つコーチが、安心と効果を直に実感できる「ハートコヒアランス」を使ったメソッドを提供します。

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

info@peaceblossom.net までお気軽にお問い合わせください。

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【メディア掲載】時代の転換期ー世界情勢の異変の背景にあるものとは?

頻発するテロ、世界的なポピュリズムの台頭、ナショナリズムー

 

いったい私たちは今何を理解することが求められているのでしょうか?

 

いま世界中で起きているこうした異変の背景には「恐怖に対する無自覚」があります。

 

いままで対峙したことのない「恐怖」に出会ったとき、我々はどう向き合うべきなのか? 

人間はチンパンジーに退化するのか?それとも??

 

 

クーリエジャポンでの連載「答えを求めない勇気」の第三回目の記事が配信されました!

 

「答えを求めない勇気」大仲千華 Vol.3 「チンパンジー化」が進む地球の上で、未知の恐怖に打ち勝つ方法

 

ご一読いただけましたら幸いです。

 

アイデアはどこからやって来るの? 本読んでないのに原稿書けるの?ー原稿を書き始めて学んだ直観力トレーニング

 

アイデアはどこからやって来るの?

本読んでないのに原稿書けるの???

 

はい、書けるんです!

 

クーリエジャポンでの連載「答えを求めない勇気」の第三回目の記事が配信されました。

 

「答えを求めない勇気」大仲千華 Vol.3 「チンパンジー化」が進む地球の上で、未知の恐怖に打ち勝つ方法

 

最近、世界情勢が激しいので、テロだとかいわゆる「第四世代の紛争」と呼ばれている現象についての洞察を体験談を交えて書きたいなと漠然と思ってました。

 

ただ大きいテーマだし、具体的にはまだ固まってなくて、さてどういう切り口にしよう???と、

アイデアが頭に浮かぶままに紙に書き出したりしながら、ゆる〜く構成案を考えていました。

 

そんな時に、私のセッションにいらしたクライアントの方がふと言いいました。

 

「あのブログの記事を読んで涙が出たんです。」

「へっ?そうだったの?」(ポカンとする私)

 

講座に参加した人が言いました。

「ミンデルの本に感化されたんです」

(紛争心理学というマイナーな本の著者)

 

ああ、コレだ!💡💡💡

 

ひらめき2

 

 

点と点が繋がって今回の記事になりました。

 

 

ところで、私の記事を読むと、沢山本を読んでいたりするような人の印象を与えるようですが、実を言うと、最近読んだ本で最初から最後までちゃんと読んだ本はあまりなくて、

最近で最後まで読んだのは窓際のトットちゃんくらい(笑)

(←これは面白かった!そして泣いた。。。)

 

だって、情報過多な時代、そんなに文字頭に入らないし、必要なところだけ読めばいいから。

 

 

書くからにはいいものを書きたい。

そのためには自分のピン!と来る感覚に感覚を澄ませる。

こうして、原稿を書くことは、直感力のトレーニングになっているようです。

 

ふと目にしたニュースや届いたメールの

一文にピン!と来たり、

本を開いたら必要なページが目にとまるとか、

そういうことがあるから。

 

だから、

自分のキャッチ能力と識別力の「精度」がより上がればいいなと思います。

 

記事も「考える」というよりは、

背景情報をある程度理解した後は、

数日寝かして、

パズルのピースが一つになるのを待ちます。

 

 

ある日

ピン!!!

💡💡💡

 

一つ一つのパズルが繋がり、

パズルが一つになった感覚(全体像)を得たら、

それを文字にしていくという作業です。

 

書くからにはいいものを書きたい。

だから自分の感覚に耳を澄ませる。

よいトレーニングになっていま~す。

 

メッセンジャーになってくださった方々ありがとうございました~ \(^o^)/

マイストーリー⑬ バングラデシュの女性たちとセックスについて語る「一人の女性としてそこにいて欲しい」

同じ一人の女性としてそこにいて欲しいの

ある日、私はバングラデシュ人の友人に連れられ、12人ほどのバングラデシュの女性達と一緒に座っていました。これから彼女達と一緒にあるテーマについてグループでシェアをする会に参加するためでした。

さて、そこで話されることになっていたテーマとは?

ーそれはセックスについてでした。

「あの・・・私セックスの専門家でもないし、

あの・・・その・・・そんな自信を持って人にシェアできるような体験があるようにも思えないんですけど。。。(モジモジ)」

すっかり小さくなりかかっていた私の肩を押すように友人は言った。

 

「Chikaいいの。私はあなたに同じ一人の女性としてその場にいて欲しいの。」

 

人間として当たり前の営みでありながら、途上国で、特にイスラム圏で母から娘に正しい知識が伝えられ、語られる機会はほとんどない。それが故に、正しい知識がないばかりに、簡単に防げるはずの感染症になったり、セックスがトラウマのような体験になっている女性が多いということを友人から聞いていた。

だからこそ、安全な知識を身につけるために女性同士でシェアできる会を持ちたいというのが友人の意図だった。

バングラデシュという男尊女卑が非常に強い社会において、それがどれだけ勇気のあることかを少しは理解していた私は、彼女の勇気を応援したいという気持ちで参加することになったのでした。

 

友人と目の前の女性たちはしばらくお互いの近況報告を交わしてから、さっそく本題に入っていきました。

 

「最近、悩んでいることなどシェアしたい人はいますか?(友人)

一人の女性が手をあげました。

「感染症になっているので性行為がとても苦痛です。」(女性)

「どれくらい感染症は続いているのですか?」(友人)

「もう何年もです。まだ小さい子供がいるのでミルク代をまかなうために生理用品は買えません。」(女性)

 

隣にいた友人は、一人一人のシェアを丁寧に聞き、受け止めながら、かつ、冷静に、身近なものを使い出来るだけ衛生的に保つ方法を彼女に丁寧に伝えていた。

そして、そのことについて旦那さんとできるだけコミュニケーションを持ちましょうと伝えていた。

こんなやりとりが何人も続いた。

ここで紹介できるのはほんの一部だけれども、私はただただその話しを聞きながら思った。

 

この目の前の彼女たちが男尊女卑の社会の中で生きることは毎日どれだけ勇気を要することなんだろう!!!

そして、そのバングラデシュの友人と一緒にダッカの博物館に行った時のことを思い出しました。

 

博物館を出る時に彼女に「トイレ行かないの?」と聞いた時のことです。ここで行っておかないと、今度はいつ行けるか分からないから位の軽い意味でした。

 

「わたしは大丈夫。 バングラデシュの女性は8時間くらいトイレに行かなくても大丈夫なように訓練されているのよ」

???
その意味がよく分からずにポカンとしている私に向かって彼女は優しく教えてくれたのです。
「ほら、バングラデシュではね、トイレがあまり整備されていないでしょ。 だからね、例えばバスに乗って地方に行く時などは、水もなるべく飲まないようにするの。」

 

!!!

知らなかった!

 

しかも、これは、その数週間前に、出張で3週間もバングラデシュに滞在した後の出来事だったのです。トレーニング中だったから、私の関心は紛争解決や平和維持に向けられていたとはいえ、しかも、バングラデシュ軍のPKO訓練センターでは女性トイレの数は限られていたけれども、(その場で女性は私を含めたったの二人だったのだけれども)女性トイレは存在していたからです!

 

ああ!すごいショック。。。。。

まがりなりにも国連で働き、この分野に少しは知っていると思っていたけど、

「知っていると思っている」事と「知っている」事とはこんなにも違う。。。

同じ景色を見ていたとしても、同じ国にいても、同じ人から同じ話しを聞きているようでも、簡単に見えることがあり、意識を払って見ようとしないと見えない事が本当に沢山ある。。。

 

私は紛争をしていた国や旧独裁政権の国などいろいろな国で働いてきたけれども、自分で言うのもなんだけれどもかなり繊細な心の持ち主。けっして強いタイプじゃない。

正直、見たくないことも聞きたくないことも山ほどあった。

でも、毎回とはけっして言えないけれども、なぜかその中になんというか、私の心の奥深い部分が満たされるような、極限の中で生まれる人間の知恵、勇気や強さに触れるような瞬間があった。

このバングラデシュの友人もその一人だった。私はそんな体験をさせてもらった事に対して彼女に感謝をした。

 

そして、南スーダンの女性のことを思い出したのです。

世界でもっとも争いの根が深いとされ、ほぼ40年間紛争が続けられていた南スーダン。

紛争が起きている状況で、最も厳しい状況におかれるのは女性と子供だと言われます。

南スーダンの女性たちにとって、銃よりも彼女たちと子供たちの命を奪ったものがありました。

産婦死亡率です。南スーダンでは、病院やなんらかのサポートを経て出産できる女性は1割にも満たず、9割をも超える女性たちはともかくどんな状況であってもなんとか自力で子供を産まざるをえない状況であり、そもそも栄養状態がよくない為、産婦死亡率は世界の一で、7人に1人は出産時に命を落とすと言われていました。紛争が続く中で、南スーダンの女性にとって文字通り命がけだったのは、出産だったのです。

 

そんな苦労の中で文字通り命がけで出産し、育てあげた子供たち。

南スーダンには320万丁もの銃が流通していると言われています。人口4人に1人が銃を持っている計算になります。

時に自分の息子が争いに巻き込まれ、または、家族や自分の身を守るために、または洗脳され、簡単に銃を手にしていきます。

彼らのほとんどは普通の男の子たちです。彼らが特に残酷だからではありません。日本だったら口論で終わることでさえ、銃がある環境であるがばかりに時に村同士の抗争になり、時に「部族間紛争」になり、時に「民族間紛争」になっていくのです。

 

南スーダンの女性たちが日々直面している困難はあまりにも大きいと言わざるをえません。

こんな状況はもう我慢できない!!!

南スーダンの女性は立ち上がり、こう言ったのです。

私たちは息子を人殺しマシーンにするために産んだんじゃない!!!

こんな争いばかり続けるならもう子供は産まない!

南スーダンの女性は、セックスをボイコットすることを宣言しました。

そしてこうも言ったのです。

「全てのにんげんは女性から生まれる。

私たちはもうこの子たちに互いを殺しあうようなことはさせたくない。

私たちにはこの子たちに争いをさせないように育てる責任がある。」

 

イスラエルペレス大統領がオバマ大統領から、「何が中東の民主主義と和平を妨げているのですか?」と質問され『争い合う男どもです』と答えたそうです。

また、アラブの女性たちとユダヤの女性たちが対話をすれば和平が実現するだろうとも言われています。

南スーダンでは紛争中でも女性はおしゃれを諦めませんでした。紛争が終わってから首都に真っ先にオープンした店の一つは美容院とネイルサロンでした。女性たちは直観的にどちらの方が楽しいかを知っているのだと感じます。

 

「女性のリーダーが増えれば戦争や不祥事は減るだろう」

世界13ヵ国で行われた調査で、65%の人が「女性のリーダーが増えれば戦争や不祥事は減るだろう」と回答しています。フランス、ドイツ、ブラジル、インド、韓国、中国、日本などで行われたこの調査では、経済危機後の世界がリーダーに求める資質としてあげられたのは、信頼や謙虚、寛容、共感、柔軟性など、どちらかと言うと女性的だと言われてきた特徴が圧倒的に上位に上げられたのです。そこで浮かび上がっているのは、感傷的ではなく賢明で静かな強さがある、プライドや権力よりも全体の理念に集中できるといったリーダー像です。

同じ調査ですが、「男性がもっと女性のような発想をしたら、世界は好ましい方向に変わるだろう」という アンケートに対して、66パーセントの男性がイエスと回答し、日本では79%、 フランスとブラジルでは76%、ドイツでは70%の男性がイエスと答えています。

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ユナイテッド航空など世界的企業のブランディングに関わってきたジョン・ガーズマという消費者行動の専門家の人が経済危機後の消費者行動の変化から導き出した「女神的リーダーシップ」(原文 The Athena Doctrine)は、ニョーヨークタイムズのベストセラーになっていたのでした。

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経済危機後の世界がリーダーに求める特徴はつながり、共感、寛容 ①

 

そう!私が現場での体験を通じて直感的に感じてきたことを裏付けるものでした!

 

今こそ、世界が求めるリーダー像は、プライドや権力よりも全体の理念に集中でき る賢明で芯の強さを持つリーダー。

だとしたら、賢明で静かな強さをたたえている日本の女性の力こそ今こそ世界に求められているものではないか?

 

紛争のような大きな問題を目にすればするほど、私たちは何か大きなことをしないといけないと思いがちです。

ただ、バングラデシュの友人が私に教えてくれたのは「同じ女性としてそこに一緒にいて欲しい」ということ。

特別なことや大きなことをやる必要もない。

私たちがその国の人の友達になること、時に一緒にいることーそれ自体、私たちが思ってる以上にすごい価値なんじゃないか?

 

バングラデシュの友人は私に大切なことを教えてくれたように思いました。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

民族や宗教の違いを超えて人を繋げるリーダーを育てること、

特に、仲裁や対話の力のよる争いの解決の方法について伝えること、

日本の女性の力を世界のために役に立てること、

日本と世界がお互いに学び合い、お互いの力を世界の課題の解決のために役にてること、

若い人たちの才能を育み、伸ばし、表現していくことをお手伝いすること(キャリアコーチング)

こうした活動を行っています。

http://peaceblossom.net

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

Anju

 

 

マイストーリー⑫ 原爆の投下ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ

どうしたら「憎しみの連鎖」を断ち切ることができるんだろう?

和解やゆるしを促すものは何か?

どうしたらその人や国の中で紛争や戦争が終わったと言えるんだろう?

 

南スーダン以来、そんな疑問がわたしの中に残っていました。

そんな中、スリランカ軍対象のトレーニングの講師を打診されました。

 

えっ?スリランカ軍?

一般市民の犠牲者を大勢だして内戦を制圧したばかりのあのスリランカ軍?!

 

スリランカ軍といえば、ちょうどその3年前に、内戦を武力で「制圧」したばかり。タミールタイガーが「人間の盾」で必死の抵抗を試みる中で、スリランカ軍は、一般市民が巻き添えになること知りながら圧倒的な武力で制圧を敢行。何万人もの死者を出したとして当時の責任を当時国連の人権委員会や各地の人権団体から追及されている「張本人」でした。

 

今度はスリランカかあ。

 

私自身、紛争中のスリランカを訪れたことがあり、私が通ったばかりの同じ幹線道路上でたった数時間後に爆破テロがあったことを知ったこともあったし(私はホテルに戻ってそのニュースを知りました)、タミールタイガーのテロによって焼かれたバスを目撃したこともありました。

 

 

さすがに数日迷ったものの、

引き受けようと思ったのは、

 

どうしたらその人や国の中で紛争や戦争が終わったと言えるんだろう?

内戦が終わった3年後のスリランカの状況はどうなんだろう?

「ゆるす」という行為はどうしたら進むんだろう?

そんな私の中の深い部分での関心でした。

 

シンガポールを超え「カレー文化圏」に入ると、女性たちの衣装が華やかになります。

私は紛争中の緊張感を覚えていたので、首都のコロンボでの紛争が終わった街と人々の「開放感」を肌で感じながら、ああ、紛争が終わるってこういうことなんだあ、と感慨深さを味わっていました。

 

もしかしたら、思っているより悪くないかも?!

首都の明るい雰囲気にわたしの気持ちは少し弾んでいました。

 

そんな雰囲気もあってか、

部屋に戻る前に、まだなんとなくブラブラしていたい気分だった私は、宿泊先のホテルの売店を覗いて帰ることにしました。

観光客向けのサファリの本が並んでいるのを見て(スリランカは野生の虎が有名です)、ああ、紛争も終わってこれからサファリに行く時代なんだな、とやはり少し感慨深い気持ちを覚えていました。

 

その隣にはスリランカの内戦について書かれた本が数冊並んでいました。

スリランカのような国では観光客向けにそういう類の本が並んでいることは珍しくありません。

 

なにげなく、パラパラとページをめくる中で私の目に飛び込んできたもの ー

 

それは、タミールタイガーに切落とされたスリランカ軍や警察の死体、一般市民が狙われたバスなどの写真の数々でした。

 

!!!ーーーーーーーーー

 

どこかにあった「淡い期待」は、

どーーーーーーーーーーーーーーーーーん!と一気に吹き飛ばされてしまいました。

 

そう、スリランカではそのようなテロが日常茶飯事だったのです。

そして、その報復にスリランカ軍や警察は、タミル系住民への迫害を強めていたとも言われていました。

 

この人達はまさにその最中にいた人たち。。。

 

私は彼らにどう向き合えばいいんだろう?

この研修で私がやることは何だろう?

私が彼ら・またはスリランカの人たちに届けられる言葉はいったい何だろう?

 

私の中で答えはでないままに、研修がはじまりました。

 

ちょうど同じ週に国連の人権委員会が現地調査に来ることも関係していたのでしょう。

彼らは、無言の、しかし、はっきりとしたメッセージを発していました。

「そのことには触れてくれるな」と。

 

たしかに。。。

 

最初の数日は、相手はこの研修のテーマ(紛争や国連の平和維持活動)といったテーマについてどう感じているんだろう、どう話せばいいんだろう?

互いに「探りあい」のような状況が続きました。

 

さて、今日で研修の前半は終わりという時、講義の最後の質疑応答の時間に彼らの一人の手があげられました。

 

「あのー。。。」

「タミル地域ではこういう事もあったんです。」

 

 

彼らの発言内容に対して同意する・しないは一旦保留しながら(事実と証拠がないので判断もできません)、まず、そうしたコメントを「受け止める」ことが大切だと思いました。

 

それは、あくまでも、彼らにとっての体験ではあるのでしょうが、彼ら自身、自分の体験を話したい・聞いてもらいたいという現れの一つだと私は解釈しました。(自分の体験を話す・聞いてもらうこと自体に大きな癒しの効果があることはよく知られています。)

 

彼らが直接言葉にはしなくても彼らの中にも大きな葛藤があるのをひしひしと感じていました。

「この内戦にはどんな意味があったのか?」

「『制圧』は正しかったのか?」

 

そして、軍隊だけでなく、

「なんで自分の家族が?」

「なんでこんな戦争を許してしまったんだろうか?」

 

シンハラ系住民にもタミル系住民の間にも、それぞれに大きな苦しみがあり、

同時に、もう二度と内戦には戻りたくないという強い思いが社会全体にあるのを感じました。

 

さて週明けは何と言ったらいいんだろう?

今スリランカで必要とされていることは何だろう?

 

9.11のテロの被害者にとっては何が役に立ったのかをまとめたアメリカの大学の研究

日本から持参した日本のB級戦犯の手記

世界の紛争地での事例。。。

 

紛争の原因や経過について分析した研究は何万とあるけれども、個人と社会全体の和解や癒しのプロセスについて体系的に書かれたものはそんなに多くない。。。

 

「答えのない問い」だけれども、いろいろな人のいろいろな角度で書かれた体験やまとめを読みながら、私は和解について考え続けていました。

 

ようやく、自分の中で「ストン!」と何かが「腑に落ちる」感覚を得て、

結局、研修の後半では、こんな話しをしました。

 

「『被害者』は加害者に事実を認めて欲しい、どんな影響があったのか理解して欲しい、謝罪して欲しい、二度と同じことを起こさないと誓って欲しいと望みます。

『加害者』は、被害者に対面するのが怖いということ、『加害者』としての苦しみや傷もあることを理解して欲しいと望みます。可能ならば受け入れられることを望みます。

両方が傷を負うという意味においては、両方ともが「被害者」であると言えます。」

 

紛争後、元兵士の社会復帰を支援するために、どんなことが重要か?あくまでも「一般的には」という文脈での話しでした。実際に言葉として伝えることができるのはほんの一部です。

 

その後、ある大佐の人が私のところにやって来て言いました。

「この内戦の中、何人もの部下を自分の目の前で殺された。腕にはその時の傷もある。それでもタミールタイガーを赦したい。自分が楽になるためにそれが必要だと思うから。」

もしかしたら、彼は外国人である私に対して、スリランカ軍はそう思っているよ、という「ジェスチャー」も含めてそう言ったのかも知れません。ただ、その時、彼の中にある苦悩に触れたのを感じた時、もしかしたらジェスチャーとも言えないかもと感じました。

 

苦しい。

この苦しみから楽になりたい。

この苦しみから楽になれる道があるとしたらそれは「ゆるす」ことしかない、と。

 

けっして、軽い意味では言えないであろう事を伝えに来てくれた彼の言葉のトーンを今でも覚えています。

そして、講師チームを一緒に組んでいた同僚のアメリカ人(ルワンダなどで人道支援にあたっていた)の人が言いました。

 

「アメリカでこんなことを言う人は少ないけど、原爆の投下ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ。」

 

スリランカの経験について学んでいたと思っていながら、これはそのまま日本に当てはまることかも知れない ー そんなことを思いました。

 

戦争に「勝者」はいない。。。

Bali 2010 637

 

紛争。

憎しみ。

ゆるし。

 

けっして簡単に向き合えるテーマではないし、

ぶっちゃけ答えも正解もない。

 

私がその時期に人権侵害の当事者であるスリランカ軍の研修を務めたことでさえ、いいかどうかなんて分からない。

 

あの時何を言えばよかったのか?

言わなかったらよかったのか?

ただ、実際に言葉として伝えることができるのはほんの一部。

 

ただ今の時点でもし何か言えることがあるとしたら、

自分なりに「答えがない問い」に向き合い続けること

 

もしかしたら、その姿勢を通して何かしら伝わるものがあるかも知れない。

 

そんなことを思ったスリランカでの体験でした。

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マイストーリー⑪ どうしたら究極の男性社会である軍隊が耳を傾けてくれたのか?

 

国連を退職して、燃え尽き、まったく働けなくなった時期を経て、

私は、米海軍大学院付け Center for Civil Military Coorperation (CCMR)の専門家として、アジアや中東の軍隊に国連平和維持活動について訓練する国際的なプログラムの講師となりました。

当時、そのプログラムで講師を務めていた人たちは元軍人のアメリカの人たちが多く、女性はそもそも数が少なく、日本人の女性としては私のみでした。

 

相手は現役の軍人。母国で内戦に関わった人たちもいる。

さて、彼らにいったい何と説明をしたら耳を傾けてくれるんだろう???

 

 

そもそもなぜ私が雇われたのか?

その理由の一つは、私が「女性」だったからでした。

 

では、なぜ女性が必要なのか?

 

国連の平和維持活動の目的は「敵」を倒すことではありません。

国連の現場では「敵」はいないと言われます。

なぜなら、たとえ 相手が「武装勢力」や暴徒であっても、彼らは話し合いをする相手だからです。

 

暴力を止めさせること、

なんとか話し合いの糸口をつかむこと、

交渉することが求められ

武器は最後の最後の手段として正当防衛にのみ使用することが許されています。

 

同時に、住民を暴力から保護する時には武器(銃)を使ってよいこと、

日常的に紛争を予防すること、

住民への被害を防ぐために積極的に行動すること、

人権を尊重することも求められます。

 

ではその肝心の「現地住民」のことを私たちはどれだけ知っているのか?

その住民の半分は当たり前ながら女性。

 

わたし自身、特に女性だからというアイデンティティーはあまり持っていないのだけれども、現地の人たちとの信頼関係を築くことが紛争の予防のための一つの鍵だとしたら、

 

実際には女性だからこそ出来る領域が存在することは事実なので、講師に女性がいるのは私自身もいいことだと思いました。

 

とは言え、それが彼らにとってどこまで説得力を持つのかはまったく別の話しです。

 

この研修では2~3週間かけて、現役の軍人に国際人道法からジェンダーから、武器使用基準から交渉までをみっちりトレーニングします。

 

究極の男性社会である軍隊に(しかも内戦をしてきた人達に)ジェンダーの話しがどこまで通じるんだろう???

いったい彼らに何と説明をしたら聞いてくれるんだろう???

内戦をしてきたかもしれない彼らに私が伝えられることは何だろう???

 

 

私は緊張したまま、バングラデシュへ出発しました。

バンコクで乗り継ぎ、首都のダッカに到着。ダッカからさらに車で3時間ほど走り、バングラデシュ軍の国連PKO訓練センターに到着しました。

研修の部屋のレイアウトを確認し、女性トイレの場所を確認し(軍の施設では女性の数が圧倒的に少ないのでこれが大切です)、次の日に備えました。

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訓練の1日目。

冷静を装っていたつもりだったけれども(多分ばれてた)内心、私の心の中は緊張でバクバクでした。

2日、3日たって、大きなバクバクが小さなバクバクになってきてよかったと、ホッとしたと思ったのもつかの間、講義の最後の方で質問がでました。

 

「とはいっても、国連は◯◯で何も出来てないじゃないか?」

 

確かに。。。

ある意味健全な反応だと思う。

だって、その中にいる私なんて、本当に本当にしょっちゅうフラストレーションを感じるているんだから!!!

実際に、国連という組織の理念が大きければ大きいほど、現実のギャップを目のあたりにする時、そういう疑問やフラストレーションもさらに大きく感じます。

 

ただ、その質問に対してはいろんな角度から応えることができると思いましたが、この場合、質問の真意は別のところにあると感じました。

 

その質問の真意とは、

「公式意見じゃなくてあなた個人の意見を聞きたい。」

 

もっと言うと、

「あなたはどういう気持ちでこの課題を捉えているんだ?」

 

もっと言うと、

「あなたっていう人はどんな人なんだ?」

 

もっと言うと、

「僕たちは実際に内戦をしてきた軍隊なんだ。単なる理想主義も理論も信じられない。どうしたらあなたの言うことを信じられるのか?」ということだったと思うのです。

 

その通りなのです!!!

ただね、こっちだって本気なんだよ!!!!!

私は経験上、こういう時にはこちらの本気度が試されていることを直感的に感じました。

 

わたしも腹をくくりました。

わたしは真っ直ぐ彼の方に向きなおし、ゆっくりとしかし一言一言はっきりと話し始めました。

「私個人の意見をお伝えします・・・」

 

正確な表現は覚えてないけど、それ以来、流れが「ガラッと」変わり始めたのをはっきりと覚えています。

 

それはいわば、お互いを理解してみようかという「はじまり」だったのです。私が彼らに半身半疑だったのと同じだったように、彼らだって私に半身半疑だったのは当たり前。

南スーダンにいたと時には、30カ国以上の軍人の人たちと日常的に接していた私でさえ、自分の中にある根強い「偏見」というか、誰かを「悪者」にしておきたいという誘惑に直面することになりました。

完全にわたしの「偏見」がなくなったとは言えなかったけれども、それは一旦脇において、ともかく目の前の訓練に集中しようと思いました。

 

 

「みなさんは国連の精神を示しに行くのです。

みなさんの行動一つ一つが国連の信頼に関わります。」

現地の住民の人達から見れば、軍人も私たちのような文民も同じ国連の要員です。実際のところ、紛争地であればある程、最後に自分の身を守るのは信頼関係です。

 

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「その判断をしたのは何でですか?」

「みなさんは地域の住民の人にとってどう映りますか?」

「紛争を予防するために何をしますか?」

 

住民の人達と向き合う時の姿勢、

情報収集のためのコミュニケーションのし方、

銃の構え方にまで注意を向けました。

 

面白いことに、こちらが相手を理解しようとするとその姿勢が相手にも伝わるのか、

訓練がもうすぐ終わろうという頃、一人一人ポツポツと私に話しかけてきてくれました。

 

「長年軍隊にいて葛藤があったけど、『人間』らしくあることを自分に求めていいんだって思えた。」(バングラデシュ軍オフィサー)

 

「僕は2回目のイラク派遣で、ようやく気付いたんだ。

『敵』も人間だってことを。

僕たちはたとえ戦闘中だって敵を人間として扱うべきなんだ。」(米軍同僚)

 

「ネパール軍に戻ったらこんなこと言えないけど、僕はずっと『反政府勢力』ともっと対話をするべきだって思ってたんだ。」(ネパール軍オフィサー)

 

「実はぼく軍隊をやめようと思っていて。。。」

 

えっ?!これそういうトレーニングだったっけ?!(汗。。。)

 

「みなさんがすでに持っているスキルを人を助けるために使うことができますよ。」

たった2週間のうちに、人が変わったように生き生きし始める瞬間を目の前で私は目撃することになったのでした。

人というのは、究極的には誰でも人の役に立ちたいという願望を持っている存在なんじゃないか?

 

たとえ相手が誰であっても、

自分の中の偏見や判断が完全になくならなかったとしても、

それを一旦保留し、一人の人間としてただ目の前の人に向き合うということー

 

この一見とても静かなアプローチにはとても大きな効果があるんじゃないか?

 

 

そんなことを体験してトレーニングは成功りに終了しました。