西陣オーダーメードバッグができるまでー大切な祖母の着物を500円で売るわけにはいかない!

大切な祖母の着物を500円で売るわけにはいかない!

 

創業のきっかけは、亡くなった祖母が残してくれた着物でした。

 

着物好きの祖母で着物がたくさんあったのですが、試しに下取りの査定してもらったところ、すごく上質のものでもたったの500円でした。

 

その価格にショックを受け、「そんなもったいない!」と思って、それならば自分でリメイクしようと思い、祖母のお気に入りだった帯で帽子とバッグをつくりました。

 

そしてその帽子をかぶって歩いていると、「それはどこで買ったのですか?」と街を歩く人や外国人の方からたくさん声をかけられました。祖母が残してくれた帯でつくったことをお伝えすると、「うちにも帯があるのでつくって欲しい」と頼まれるようになりました。そういうことが何回もあって注文を受けるようになり、注文が一年待ちになりました。

 

そして、お客様が喜ぶ様子を見るうちに、「着物をもっと身近に感じてもらいたい」と思い、これを事業として始めたいという気持ちが強くなってきました。

 

子育てで長い間ブランクがあったので勇気がいりましたが、夫も「やりたければ応援するよ」と言ってくれたのもあって、2016年に事業届けを出しました。

 

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メールの添付のし方も知らなかった私がお店を持つことに!

 

わたしは職人気質でミシンに向かうのはまったく苦になりません。元々パタンナーとして働いていまして、芸能人の衣装も手がけたこともあるので縫製技術と品質には自信がありました。ただ、まず事業を始めてみて直面したのは、縫製だけでなく、商品説明を考えることも、接客をすることも一つ一つ覚えていかなければいけないということでした。

 

今では笑い話なのですが、最初はメールに添付をする方法も知らず、Eメールの送信の仕方も娘に一から教えてもらいました。

 

一番苦手だったのは人前で話すことでした。創業支援を受けるためには事業計画を書いたり、人前で発表しないといけなかったのですが、なんとかそれもこなして、品川区の創業支援を受けられることになり、2018年6月1日から武蔵小山にお店を出店することになりました。

 

バッグを紹介したいと思って始めたインスタのフォロワーが2000人を超えるようにもなり、娘にもその進歩ぶりを褒められています(笑)

 

その原動力はどこから来るのですか?と聞かれると、祖母の影響で着物が好きなこと、「思い出の着物を大切に残しておきたいと思っている人は私以外にもきっといるはず」と思ったこと、そして、着物の文化を継承していきたい、という想いだと思います。

 

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「おばあちゃん」のようにどんな時もそっと「見守ってくれるバッグ」

 

わたしは武蔵小山という下町文化の残る街で生まれたのですが、小さい頃には家を囲むように親戚の家があって、その家の中心には着物を着て正座をして座ってきた祖母がいました。祖母は「しゃん」としながら、太陽のようにほがらかで明るい人で、母が夕食の準備をしている間に祖母の話しを話しを聞くのが楽しみでした。

 

ちょっと嫌なことがあっても祖母の顔を見たらすぐに嫌なことも忘れてしまうほどでした。

 

いつも側にいてくれてそっと見守ってくれていた祖母の存在は、今思えばわたしに大きな安心感と勇気をくれていたと思います。

 

ですので、その方にとっての「大切な思い出」を丁寧に形にして残していくお手伝いをさせていただく気持ちでバッグをつくっています。

 

成人式の時にお母さまと一緒に選んだ着物をバッグにしたい、というお客さまがいらっしゃいましたが、そのバッグを持っていると「いつも母がそばで見守ってくれる気がする」と伝えてくださった方もいらっしゃいます。お祖母さま、お母さまの着物を大切にしたい、という方は多いです。

 

亡くなられたお祖母さま、お母さまのかたみの着物をどうしようか迷っているという方は、リメイクをした方がいいのか、そのままにしてとっておいた方がいいのか、どのように活かすのがいいのか、丁寧にお話しを聞いていきますので、捨てる前にぜひ一度ご相談にお越しいただきたいと思っています。

 

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海外でも注目が高まる西陣織ー「絹の宝石」と呼ばれる西陣織のバッグはまさに「オンリーワン」!

 

「絹の宝石」と呼ばれる西陣織のバッグは華やかさを加えてくれますから、普段のコーディネートにアクセントを求めている方やパーティー用のバッグをお探しの方にとくにお勧めです。

 

最近海外でも改めて注目が集まっている西陣織ですが、京都発祥で古都京都の華やかで色鮮やかな図柄が特徴の一つです。お店に来ていただければわかると思いますが、帯一つ一つがとても光るように色鮮やかで、とくに金色の絹糸はまさに「ゴールドの輝き」を放っています。

 

西陣織では、和紙の上に金箔を張り付けていく金糸や芯の周りを金の箔を巻き上げてつくられた糸など、金の部分にはほんものの金箔が使われています。

 

糸は全て絹(シルク)を使っていることから、わたしは「絹の宝石」と呼んでいます。

 

お店では色鮮やかな帯を揃えています。帯を実際に手にとっていただき、ご自分の指先で流れるようなシルクの感触を感じていただき、12世紀から受け注がれてきた金糸のゴールドの輝きをご覧いただけます。どうぞお気軽に覗きに来てください。

 

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「着物は高いもの」、「高いものを売りつけられるんじゃないか」ではなく、身近に親しんでもらいたい

 

実は西陣織のバッグをつくりたいと思ったは背景には、西陣織自体が数十年後にはなくなってしまうのではないか、と言われている危機感もあります。西陣織をつくるのには、いくつもの製作過程があって、それぞれに熟練の職人さんが要るのですが、職人さんたちが高齢化しているという背景があるからです。

 

例えば、西陣織が完成されるまでには、絵柄を考える職人さん(紋屋)、繭から糸をとり出して糸を製造する職人さん(原糸)、絹糸を染め上げる職人さん(糸染め)、糸を必要な長さと幅にそろえてたて糸の準備をする職人さん(整経)がいて、さらに糸をつくる職人さん等がいます。そして、最後の工程に、さまざまな種類の絹糸を組み合わせて手旗で織り上げていく(製織)職人さんがいます。まさに、熟練の技が組み合わせられてようやく完成する貴重なものなのです。

 

ただ、日常的には「着物は高いもの」というイメージや「高いものを売りつけられるんじゃないか」といった心配から、西陣織(着物)について知ることや気軽に触れることのできる機会はなかなかありません。また、一つ一つ人の手によって紡ぎだされるからこそ醸し出される味わい深さと機械には出せない質感があります。

 

 

西陣織を普段使いにできるとしてコーディネート

ですので、西陣織のよさを知ってもらいたいと思い、「着物をちゃんと着なくても、西陣織を普段使いにできるコーディネート」も合わせてお伝えしています。普段のお洋服を写した写真をスマホなどで持ってきていただけましたら、それに合うバッグの色やデザインやコーディネート案をご一緒に考えていくこともできます。

お持ちの帯をバッグにすることはもちろん、お店にある帯を使って完全オーダーメードでバッグやサンドル、アクセサリーをお作りすることができます。オーダーメードは初めてという方でも、ご要望を一つ一つ丁寧にお聞きしていきますので安心してご利用いただけます。

オリジナルなバッグをお探しの方、西陣を取り入れたい方、お着物を活かしたいと思っている方、どうぞお気軽にお越しくださいませ。

 

お店にてお目にかかれますことを楽しみにしております。

 

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「たまちゃん」とおばあちゃんにも親戚にも呼ばれていた勝間さん。今でもあだなは「たまちゃん」だそうです。お店の名前である「たまでばこ」が「いいものが生み出されていくように」という願いからつけられました。

日本の和の文化。和は調和の和。調和は英語でいうとハーモニー。

和を取り入れることは、日常的な習慣のなかにあった「全体がほどよくつりあって、ものごととものごとが互いに和合していること」という(調)和のある習慣や生活を思い出させてくれるのかも知れません。

確かな縫製技術と西陣の光沢、そしてお客様の想いが出会い、たくさんの「いいもの」が生まれています。

 

インタビュー・文責:エンパシークリエーション 大仲千華

 

 

〒142-0062 東京都品川区小山3-27-5-102

武蔵小山駅(目黒線・南北線・三田線徒歩3分)

たまてばこ お問い合わせ

 

Tel:090-5534-5784

Email: tamatebako@tamatebako.online

 

https://www.tamatebako.online

 

 

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議論と対話は違うーじゃあ「対話」ってなあに?ほんとうの理解や新しい発想を生みだす対話とは?②

無理にこちらが話そうとして相手にとって面白いのかわからない話題を続けるよりも、

質問をして相手に話してもらった方がいい、と言いました。

 

そして、

会話を広げる質問として、「対話的な質問」というのを挙げました。

 

では、何を「対話」と言うのでしょうか?

 

対話の特徴の一つはその前提とそのアプローチにあります。

 

私自身、南スーダンで元反政府軍の人たちと関係を築いていく中で、非常に役に立っていたと感じた「対話的な質問」がありました。

 

例えば、彼らが怒りだす時、彼らの真意がなかなか掴むめない時、表面的には同意しているようでも、何かがお互いの間で理解されていないように感じた時などです。

 

「今、あなたが仰った事はとても大切だと感じました。あなたが仰ったことを理解したいと思っているのですが、よかったら、どうしてそのように考えるようになったのか教えていただけませんか?と、聞き続けたことです。

 

別の言い方をすると、次のような意図の質問をすることです。

 

◎ どのような考えでその結論にいたったのですか?

◎ そうおっしゃるのにはどんな理由があるからですか?

◎ その考えの背景にはどんな事実や体験があるのですか?

 

これはどういうことを意図した質問かというと、

 

相手はなぜそう考えるのかということを理解する質問です。

 

その意味とは、

 

人が何かいう時、自分の意見や感想をいう時、

「人にはなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景がある」という前提に立つことです。

 

その意見そのものとは同意できないし、相容れないように思っても、

人はなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景は理解できるという考え方です。

 

そのためには聴くことにもっと意識的になることが必要です。

 

自らの意見を正当化し、議論に「勝つ」ためではなく、

自分とは違う意見や異なる視点を理解するために聞くこと。

 

相手の考えを主観的なものだと決めつけるのはなく、

相手がどのような体験を経て、

そのような考えを持つように至ったのかを理解するために聞くこと。

 

相手が間違っていると証明するためではなく、自分の理解を広げるために聞くこと。

相手に反論するためではなく、お互いの共通の理解を得るために聞くこと。

 

自分の推測に基づいて聞くのではなく、

新しい理解や可能性にオープンになるために聞くこと。

 

議論も対話も両方が必要なものですが、

お互いの理解や洞察が深まったり、新しい見方ができるようになったり、

参加者が納得するような同意が生まれる時には、

なんらかの形で対話的な要素が起こっていると言えます。

 

 

その上で、

一時的に自分の考えを保留し、人それぞれに持っている意見や価値観の背景、理由を探求し、共有できる新しい考え方を共に探っていくこと。

 

対話の力は、

変化の早いこれからの時代、

 

新しい発想や創造性を生み出す場づくりのスキルとして、

課題解決のスキル等として、

主体性を引き出す新しいリーダーシップのスキルとして、

多国籍なチームや全く違う考えを持つ人たちと会話を広げ合意を得ていくために、

対立や紛争解決(conflict resolution)の手段として、

 

これからますます大きな力となることでしょう。

実は「このままでいいんだろうか?」という思いながら、一歩踏み出したいけど一歩踏み出せない人の中で起きていること

一歩踏み出したいけど、不安やネガティブなことばかり浮んでしまって一歩踏み出せないという声を聞きます。

 

「ライフシフト100年時代の人生戦略」が話題になったように、人生を学校→会社→引退という3つのステージで捉えてきた前提自体が変わっていくと多くの人が感じとっている、

 

だからこそ、「このままでいいんだろうか」「なにか新しい可能性に挑戦したい」という意識が社会全体的に高まっているという背景もあるようです。

 

しかし、自分の方向性を見つけていく過程は、すぐに答えが見えないので「今自分が向かっている方向はあっているんだろうか」と悩むことは尽きないし、自分の判断基準をもつこと、自分の感覚を信じることが何度も問われます。

 

「こんなに努力しているのに。。。」「どうせわたしは無理なんじゃないか」「なんか自信をもてない。。。」と自信も失っていくこともあるでしょうし、あまりにもそうした体験が続くと、自分にとって明るい展望を信じることも難しくなってきて、周りの人にも「懐疑的」になっていくこともあるかも知れません。

 

一生懸命に努力しているのになかなか成果が見えず、グルグルと回りをまわっているように感じる時は本当に辛いです。

 

途中でやめたくなることもあると思います。

 

または、幸いにずっと望んでいたような仕事についたり、ある程度やり遂げたし、成功も体験したのに、相変わらず心の奥底には、自信のなさや劣等感があるのに気づいて、がっかりしたり、または、ある程度何かに取り組んだからこそ次の壁に直面して、自分の無力感や虚無感を感じることさえあります。

 

週末はカフェにいったり、ジムに行ったり、友人とワインを飲んだりそれなりに楽しいことがあるので、そんなこと「ないふり」もできるのですが、

 

実は「このままでいいんだろうか?」という思いを感じている人は少なくないようです。

 

そして、そうした嫌な気分を埋めるためには「頑張ること」が大切だと思って、何かに対してがんばろうとします。

 

この資格がとれたら、

大学院を卒業したら

MBAをとれたら

昇進したら

転職したら

。。。

 

と考えてみるのですが、こんな思いも時々頭をかすめます。

「こういうものを表面的に埋めようとするのは無理なのかもしれない。。。」

でも、それを認めるのはこわいし、でも、どうしたらいいのか分からないから多くの人がそこで思考停止状態になってしまいます。

 

そんな時に役に立つことは、まずは、自分の中の「葛藤」に気付くことです。

 

この場合の葛藤とは、

「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像と、「ほんとうの自分」との葛藤です。

 

『ほんとうの自分』とは、「こう見せようとしているけど、実は自分ってこうなんだ」と自分で気づいている部分のことです。

 

一生懸命に鎧でおおって、埋め合わせしようとしている部分のことです。

 

たとえば、

かっこ悪い自分

みえっぱりな自分

「私ってたいしたことないな」と感じる自分。

恥ずかしがり屋な自分

批判に過度に反応してしまうジブン。

実はこわがりな自分。

本当はなまけもののワタシ。。。

実はわがままなジブン。。。

実はできないワタシ。。。

傷つきやすいワタシ

などです。

 

誰もがこうした部分を自分の中にもっています。

 

でも、私たちは、「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像を信じたいので、

こうしたありのままの自分を受け入れ、認めるのが難しくなってしまうのです。

 

「一歩踏み出せない」という人の多くは努力家で勉強熱心で、能力もスキルも高い人が多いと思います。

 

おそらく能力やスキルという観点から言うとそれぞれの分野で十分に準備ができている人は多いのではないかと思います。

 

でも、一歩踏み出すのがこわい、と言うのです。

 

やってみないとわからないし、やりながら進んでいくものだよ、と頭でわかってはいても、やっぱり「こわい」のです。

 

でも、何がほんとうに「こわい」のか?

実は本人の自覚がないことも珍しくありません。

 

もう一度聞きますね。

 

何がほんとうに「こわい」の?

「こわい」の正体はなあに?

 

 

一つの理由は、

たいしたことのない自分

思ったよりもできない自分がこわいのです。

 

そして、一生懸命にやったとしてもできない分野があること

に直面するのがこわいのです。

 

でも、そこからがほんとうの始まりなのです。

 

「一生懸命にやったとしてもできない分野があること」とは努力を否定するわけではありません。

 

人にはそれぞれの分野や役割があるということです。

 

人との競争ではなく、ほんとうの自分の強みをみつけることを求められていたり、人生の方向転換を求められてる場合もあるでしょう。

 

または、自分が努力しても人生のすべてをコントロールできるわけではない、という事実を受け入れる、という学びである場合もあるでしょう。

 

かくいう、私も国連時代も含め、とくに新しい分野に挑戦し始めたばかりの時は、まさにこれに直面しました。

 

自分の強みを知っている人

本当の自信がある人

自分の軸がある人

自分の役割・使命を知っている人、は、

 

すごいスキルを持った人でも

完璧な人でもなく

等身大の自分を知っている人です。

 

逆説的に聞こえるかもしれませんが

「ああ、この分野ではとうてい自分はかなわない」

「自分ってたいしたことないな」という事実に直面するからこそ、

 

だからこそ

 

人は死ぬ気で必死になって自分の強みや自分の方向性・使命をみつけだそうとするのです。

 

もし、自分は準備のために多くの時間を費やしてきたけど、

なんか周りをグルグルと周り続けているなあ、と感じている人へ。

 

もしそうだとしたら、前に進むために役に立つ方向性は、

 

自分を守るための「鎧」をさらに増やすのではなく、

そういう「自分」を拒否するのではなく、

そんな自分も丸ごと受け入れることです。🙆🙆🙆

 

グッドニュースは、仮に「自分ってたいしたことなくても」死ぬわけじゃないこと(笑)

 

しかも、実は周りの人はとっくに気づいているし、みんなも同じだから。

 

そして、「たいしたことのない自分」を受け入れた自分って愛らしいのです。

 

「自分はこうでなければいけない」と鎧で覆っている自分よりも「楽チン」なのです。

 

「たいしたことのない自分」ーそれでもあなたは愛されてます!💛💛💛🙆🙆🙆

 

 

キャベツ専業農家が新宿伊勢丹で連日完売のおしゃれ発信源になるまで

「ここにあった!」私は思わず叫んでしまいました。

 

なぜなら、その店にあったのは、私がこの数ヶ月ずっと探し求めていたものだったからです。

 

大吉七菜海さんに会ったのは、東京赤坂アークヒルズ前のヒルズマルシェでした。

 

彼女がおしゃれなラッピングに包み手にしていたのは「ケール」でした。

 

ケールはミネラルが豊富で「野菜の王様」と言われます。

 

普通のスーパーではあまり売っていない希少な野菜です。

 

テニスチャンピオンのジョコビッチ選手は、世界一位になるまでには文字通り何度も「大きな壁」を乗り越える必要があって、「起きていられる時間にできることはすべてやった」と語っています。

 

その一つが食事改革で、彼が公開しているメニューの中にはほぼ毎日ケールが登場します。

 

わたしもケールを食すると執筆が進むので、実はあちこち廻って探していたのです。

 

そんな経験もあったので、彼女はどうやってケールを調達し、都会のど真ん中でたった一人で、どうしてケールを売るようになったのか?と興味を持ちました。

 

しかも彼女のお名前は大吉(だいきち)さん。

 

彼女の田舎の鹿児島県の指宿ではごくごく一般的な性で、同級生の名前もみんな大吉(だいきち)、中吉(ちゅうきち)、小吉(しょうきち)、末吉(すえきち)だったそうで、町を離れて始めてそれが珍しいことに気づいたそうです❗️

 

彼女は社会学を学ぶ大学2年生でした。

 

彼女の実家は、指宿で東京ドーム5個分の土地で農業を営むキャベツ専業の農家さんで、これまでずっとキャベツを育ててきたそうです。

 

町のほとんどの人が農家で、農家=キャベツという図式ができあがり、それになんの疑問も持たなかったある日、七菜海さんのお母さんは家族に向かってこう言ったそうです。

 

「このままキャベツだけやっていたら危ない。もし不作になったらおしまい。何か他のこともやらないといけない」と。

 

お父さんは「それなりに上手くいっているのだから『キャベツでいいじゃないか』」と言い、その時はそれで終わったそうです。

 

その一方で、お母さんは着々と準備を進めていました。

 

農業の6次産業化するサポートをする「女性農業次世代リーダー育成塾」へ通い、東京へ行くようになりました。

 

 

その地域の農家としては珍しく、野菜をおしゃれに「ラッピング」することを始め、農園の新しいロゴもつくりました。

 

七菜海さんは、当時高校二年生でしたが、お母さんと一緒にデザインを考えるようになり、実際にロゴや袋のデザインが出来上がっていく様子をずっと見てきたそうです。

 

ケールが緑なので、赤が映えるだろうとケールには赤のリボンもついています。

 

そんな日々がしばらく続き、お母さんからニュースを聞くのです。

 

新宿の伊勢丹と銀座三越で大吉農園のケールを売ることになったと。

 

お母さんは、月一回東京へ通い、その度にケールを片手に、卸売り市場で営業をしていました。

 

同時に東京の大手百貨店におかせてもらえれば、信用が付き販路も広がるだろうと機会を探っていました。

 

 

大吉農園のケールはまず週に一回新宿の伊勢丹に置かせてもらい、連日完売が続いて常設的にケールが置かれるようになったのです。

 

そして、その実績が買われ、銀座三越、日本橋三越にも大吉農園のケールが広がりました。

 

大吉農園(だいきちのうえん)の取り組みは地元でも注目され、最初は反対したお父さんもいまでは全面的に協力しているそうです。

 

 

「実はその時、お母さんがあまりに頻繁に東京に通うから『アヤシイ』って思ってたんです。今だから言えるんですけどね(笑)」

 

 

そんな経験があって、大吉農園の野菜をもっと広げたい、人生経験を広げたいと考えてアークヒルズのマルシェで出店することになりました。

 

「2016年7月に出店して、初めて「完売」した時は感慨ひとしおでした。その時の経験は大きな自信になっています」と七菜海さんは言います。

 

そして、ケールがどうしたらもっと売れるようになるのかを自然に考えるようになりました。

 

「スーパーに行くと、それまでは気にならなかったポップが目に入るようになりました。

 

そして、どうしたら商品を手に取ってもらえるか、自分がどんな接客を受けると嬉しいかと考えるようになりました。」

 

 

ケール

 

ケール②

 

 

「お客さんと話しているときが一番楽しいです。人との出会いが学校ではできない貴重な体験だと思います。もっと自分の実力をつけていきたいです。」

 

寮でケール料理を友達にふるまっているという七菜海さんは、「一時間で5品も作れるようになったんです!」とケールパスタ、スープ、サラダにバーニャカウダの美味しそうな写真を見せてくれました。

 

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「大学は先生の研究を一方的に聞くだけ。私は、このケールがどうしたらもっと売れるようになるのかをもっと学びたい」と七菜海さんは続けます。

 

きっと、これも多くの大学生や今の若者の声を代弁したものなのでしょう。

 

七菜海さんの話しを聞いていると、ビジネスとは最初から何か大きなことである必要もなく、意地はってやるようなことでもなく、起業か就職かの二者選択でもなく、

 

自分がいいと思うものをいいと言い、周りに伝え、表現し、提供する(販売する)ということは、日常生活の延長にある身近な行為で、簡単に楽しく気軽にやっていい時代なんだ、と感じます。

 

「このままではいけない」と感じ取った女性の「第六感」。

 

『ファースト・ペンギン』に反対はつきもの。

 

反対されても形にしていったお母さんの勇気が、ケールを通じて指宿と東京をつなぎ、女性に勇気を与えてくれているように感じます。

 

 

時代の変わり目では、これまでと同じことを同じようにやっているだけでは先は拓けない。

 

だから、自分で自分の道を切り開くしかない。

 

いいものを必要な人へ。

軽やかに楽しく。*^^

 

以下、大吉農園おすすめケールバニラシェイクレシピです。

 

ケール&バニラ&豆乳(お好みで)をシェイクします。

私はさらにパイナップルを加えてみました。

美味しかったです!(^^)ニコ

 

 

大吉農園

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http://www.thepicta.com/user/daikichifarm/3965071611

 

 

 

お問い合わせ先

大吉農園(だいきちのうえん)

鹿児島指宿市湯の浜6−3−21

daikichifarm@gmail.com

 

2ヶ月で10倍の資料をこなせるようになったお話しー自分の中の「基準」と「当たり前」がまったく変わること

オックスフォードの学生がチュートリアルで習得することは、自分の中の「基準」と「当たり前」がまったく変わることです。

 

「こんな量どうしたらこなせるんだ?」と感じられたことが、いつの間にか「出来そう」に変わっていくことです。

 

オックスフォードのチュートリアルで読む文献の量は、1週間で20冊~50冊位の量に及びます。

 

もちろん英文です。

しかも、難しそうに書いてあります。

 

最初は、まずこの大量の文献の量に圧倒されることになります。

 

いったいこの量をどうやって読めばいいんだろう?と途方にくれそうになります。

 

どこから手をつけていいか分からなくなって何度も泣きそうになりました。

 

しかも、読んでも簡単に分かるようなものでもありません。

 

私は、18世紀に建てられた寮の一室で、分からないのは自分だけなんじゃないか?と落ち込みました。

 

どうして学者という人たちはもったいぶったように難しく書くんだ。

もっと簡単に書いておくれー!と何度も言いたくなりました。

 

本を読む量が追いつかない。気持ちは焦るばかり。

 

それでも教授とのチュートリアルの日は刻々と迫ってきます。

 

大人数の講義だったらなんとかごまかせるだろうことでも、一対一なのでごまかせません。

 

ただ安心したのは、そのように悩んでいたのは私だけではなかったという事実でした。

 

私が当時暮らしていた寮では、ポルトガル人、インド系イギリス人、スリランカ系イギリス人、タンザニア人、中国人、イギリス人と日本人の私が一緒に住んでいました。

 

この文献の量に誰もが戸惑い、文字通り格闘していました。

 

そして、自分に問いていくのです。

 

どうしたら、これを時間内でできるのか?と。

 

そして、自分の方法をみつけていくのです。

 

なんとか最初の学期の8週間が終りました。

最初の8週間を乗り切って、心底ホッとしたのを覚えています。

 

文字通りなんとか乗り切ったという感覚で、ともかく終えられてよかった、と思いました。

 

そして、クリスマス休暇に入り、束の間の休憩を過ごしました。

 

年が明けて、再びオックスフォードのキャンパスに戻りました。

 

二学期目を迎えようとしている自分の心境の変化に気がつきました。

 

その文献の量を目の前にしても、前よりも落ち着いている自分がいたからです。

 

文献の量は相変わらず多く、課題の答えもすぐに分かりそうなものではありません。

 

 

内容に手応えをつかんだとまではいきませんでしたが、チュートリアルとはこういうものなのだ、と、思っている自分がいました。

 

「こんな量どうしたできるんだ?」と感じられたことが、この量が「当たり前」になっていたのです。

 

そして、その量が当たり前と感じられると、最初はただただ圧倒されていた量を目の前にしても、「出来そう」だと感じられたのです。

 

1983年に陸上のカール・ルイス選手が100メートル走で9秒台を出し、「10秒の壁」を破った時に彼は超人と言われました。

 

ただ、「10秒の壁」を一人が超えると、人間の身体能力自体はそれほど変わっていないはずなのに、その数年内で9秒台で走る人が続出しました。

 

「できる」ことが当たり前になってくるからです。

 

オックスフォードのチュートリアルで体験したのは、自分の基準が上がることでした。

 

私たちは自分の中で「もう無理」「もう限界」だと感じた時点で、人間としての潜在能力の2割も使っていないと言われています。

 

スポーツ競技だけでなく、そのような環境に身をおくことでそのようなことが起こります。

 

あなたの中の「もう無理」や「もう限界」は本当にそうですか?

 

ほとんどの人は、自分の能力の1割か2割も使っていないのです。

 

 

ちょっと想像してみてください。

 

今の自分の能力の10倍のことができるとしたら、どんなことができると思いますか?

 

どんなことが可能だと思いますか?

 

なんだかそっちの方が楽しそうだと思いませんか〜? ^^

 

 

一流はゲームのルールを先に知る。 優等生は「まずは」準備する。

国際機関で働きたい、国際協力にかかわる仕事がしたい、と言った相談を受けることがあります。

そのためには、まずは経験を積んでから挑戦しますと多くの方がおっしゃいます。

 

では、どんなスキルでが必要で、どんな組織・会社でどんなことをするとそのスキルは身につくのでしょうか?

 

相手は書類審査の時にどんなところを見ているのでしょうか?国連ではどうやって最初のスクリーニングをしているのでしょうか?

 

書類審査には何をどう書いたらいいのでしょうか?

 

私は国連本部にいた時に、その方面の研修も受けていますし、国連で面接官もしたことがあるので面接官や採用側の視点がわかります。

 

同じ経歴でも、履歴書の書き方によってまったく印象が変わるので、書き方一つで面接に呼ばれるかどうかが変わると言っても過言ではありません。

 

まずは、英語の勉強から始めます、と多くの人はおっしゃるのですが、それはある意味優等生的な考え方とも言えます。

 

なぜなら、先に相手が求めるものを知っておかないと、何に対して経験を積むのかが分からないし、まったく検討違いかもしれないからです。

 

別の言い方をすると、国連ではどんなスキルが求められていて、国連のいうところのコアコンピタンシーとはなにか、まず書類審査に受かるためには、どんなことを書けばいいのか、ということが見えてくると、今の職場でどんな経験ができるのか(どんなことを身に付けたいのか)により意識的になります。

 

それが分かると、仕事に対する意欲が変わるかも知れないし、直接担当する部署でなくても、自分でそれを経験するためのアイデアが浮かぶかも知れません。

 

もし、そういったことを知らないのだとしたら、あなたが400mの短距離選手になろうとしていて、100mか400mでそれぞれ作戦も変わるはずなのに、その違いも知らずに念入りにストレッチを繰り返している状態です。

 

まずは一回走ってみたら、400mを全力で走るとはどういうものなのかが全身で分かります。

そして、何が必要なのか具体的な対策を考えるでしょう。

 

「やってみないと見えない景色」があります。

 

欧米の子供たちは、「リーダーシップ」というテーマについて何が求められていて、何と答えたらいいかを小さい時から訓練されているように感じます。

 

これは、能力の問題ではありません。ゲームのルールを単に知っているということです。

 

優等生は「まずは」準備します。

一流は、まず先にゲームのルールを把握します。

同じ本を複数名で読むとどうなるか?ー 「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」を見つける方法

同じ本を数人で読むという読書法があります。

 

とても面白い読書法の一つで、それぞれが自分の興味のある分野で背景を調べたり、下読みをして参加したり、またはその場で一緒に読み進めて、最後に感想を伝え合う形式のものもあります。

 

 

なぜ同じ本を複数名で読むのか?

 

同じ本を複数名で読むとどうなるのか?

 

 

「自分を知る」というテーマとしても大きなヒントがあるので、トマ・ピケティーの『21世紀の資本』を数人で読んだ時の体験をお伝えしたいと思います。

 

トマ・ピケティーは、フランスの経済学者です。代表作『21世紀の資本』は、「格差の拡大の原型がはっきりと示された」として、発行された2015年には日本でも大きな話題になりました。

 

『21世紀の資本』は、2014年4月には英語訳版が発売されるやアマゾンの売上総合1位になるなど大ヒットし、アメリカでは2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなり、2015年1月現在で、世界10数カ国で累計100万部を突破したそうです。

 

定価は5500円で、608ページに及ぶ専門用語をちりばめた大著なので、気になるけど買わなかった、でも内容が知りたい、という人は多かったと思います。

 

トマ・ピケティーの『21世紀の資本』をみんなで読もう、という話しになったのも、難しそうなので、みんなの知恵を持ち寄った方がよさそうだ、と思ったからでした。

 

実際、複数人の人と一緒に同じ本を読むと、とても面白いことに気がつきます。

 

同じ本を読んでいるのですが、それぞれが関心をもった視点、気づいたこと、それを読んでどう思ったのかなど、持ち寄る視点がぜんぜん違うのです。

 

例えば、

ーなぜ彼はこのテーマを書いたのかというトマ・ピケティーのバックグラウンドに興味を持った人

ー彼の家族構成に興味を持った人

ー彼のアメリカでのレビューに興味を持った人

ー彼の著書の後に世界銀行が発表した世界の格差についてに興味をもった人

ー日本のメディアのあり方や考える力について思いが及んだ人

などでした。

 

本当にそれぞれが気づく視点や読んだ後の感想は見事に違いました。

 

しごく当然のことのように聞こえるかも知れませんが、このような体験をすると本当に人の受け取り方は人それぞれに違うのだということが腑に落ちます。

 

これも改めて考えてみるととても面白いことだと思いますが、人は同じ場所にいたり、一見同じ情報を受け取りながら、それぞれの「フィルター」や興味・関心分野に従って情報を処理していくのです。

 

私が南スーダンで働いていた時に実感したことですが、同じ国にいながら、情勢分析の結論がかなり違ったこともありました。

 

では何がその違いを生むのでしょうか?

 

例えば、その人の知識、教育、職業、経験値、考える力、価値観・興味や関心などです。

 

この場合の価値観とはどんなことを大切だと思っているか、といったものです。

 

複数で同じ本を読んでみると面白いのは、なぜその人は、「この点に興味をもったんだろう?」という点その人独自のポイントが見えてくることです。

 

 

ー彼の背景に注目した人は彼の主張や理論だけでなく、人間としてのライフストーリーに興味がある人なのかも知れません。人や社会をより深く理解する能力や洞察力に長けているかも知れません。

 

ーアメリカと日本でのレビューの違いに興味をもった人は、データやより複数の視点を取り入れる客観性を重視する人なのかも知れません。

 

ー格差の是正に注目した人は平等や公平さに興味があるかも知れません。

 

本人にあまり自覚はないかも知れませんが、「なぜか私はこういうことに興味をもつ」という視点やアングルが必ずあるのです。

 

これこそが、「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」「私たち一人一人ができる分野がある」というその人の「存在意義」といったものに近いかも知れません。

 

それは職業でもなく、それを本人が意識していてもいなくても、自然にやっているようなこと(その人がいるだけで周りが落ち着くと感じる人、周りの人を癒す人、聞き上手で人の意見を引き出す人、など)です。

 

「世界は地球上の一人一人を必要としている」という意味が単なる言葉ではなく、その意味がより腑に落ちる体験でした。

 

これは自分一人では分からないことです。

 

他者の存在を通じて、自分の立ち位置がわかるのです。

 

読書会といった形式でなくとも、会社での会議といったフォーマルな場からいったん離れて、利害関係のない、まったくプライベートな場で、自分の意見を自由に表現したり、シェアできる場を体験できることはとてもいい体験だと思います。

 

そんな体験の積み重ねが自分を知ること、そして自信につながることでしょう。

 

ぜひ試してみて下さい。