「自意識過剰」や「自己嫌悪」にとらわれているときには自分を明け渡す時ーGOOD to GREATという法則

Good to Greatという題名の全米ベストセラーの本(邦題「ビジョナリー・カンパニー 2 – 飛躍の法則」)があります。

 

Good to Great

 

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則.jpg

直訳すると、「グッドから素晴らしいへ」「よいから偉大へ」とでも訳することができるでしょうか。

 

人の真似ではなく、なんとなく周りと一緒でもなく、自分が「自分の人生」を生きることは、今の「個の時代」を生きるために土台となるスタンスだと思います。

 

同時に「自分」にばかり焦点をあてていると、「自意識過剰」になったり、「自己嫌悪」や「自己満足」になってしまったり、逆効果となる時もあります。

 

「自分」が苦悩の原因であるという表現さえあります。

 

または、そこそこまでは自分の努力や自分の力でがんばってできるけれども、グッドからその先に行くにはどうしたらいいのか?という問いにも繋がっていきます。

 

モーツアルトはたった数年の間に何百曲も素晴らしい曲を作曲をして天才音楽家と呼ばれました。

 

彼にとっては、音の塊(かたまり)がメロディーがとしてまさに彼の上に降ってきた、というような体験だったそうです。

 

作曲をすることは、もちろん彼の努力を土台にしていますが、彼の能力を超えた、彼に与えられた役割とまさにギフト(贈り物)でした。

 

わたしはクラシック音楽のコンサートに行くのが好きですが、一生懸命に努力して指揮棒を振る指揮者と、自分が導管(conduit)となってその人を通じて音楽が醸し出されていくかのようにオーケストラ全体から音色を引き出す人の両方を体験したことがあります。

 

簡単にいうと、前者の人は力が入っていて、後者の人は軽やかです。

 

前者は「Good」ですが、やはり「Great」にはたどり着けません。

Greatな演奏は、その人個人を超えたより大きな力と一体になったようなものです。

それがまさに「Great」=「偉大な」と呼ばれるゆえんだと思います。

 

「Good to Great」という本のタイトルは、まさにその違いを見事に一言で表現しているなあと思います。

 

自分を超えたより大きな力である「偉大さ」(Greatness)とつながることを意図しましょう。

 

でも、これは大きなことをするという意味ではありません。

 

仮に「大きな仕事」をしていても中途半端な気持ちで取り組んでいたら、まったく偉大さを発揮できません。

 

逆に聞こえるかも知れませんが、自分ができることの「小ささ」を認めて、大きな力に道を譲って働いてもらうのです。

 

掃除でも、料理でも、一見小さな仕事と見えるものでも、そこに自分を通じて今やっていることに「偉大さ」(Greatness)がもたらされるようにと自分を明け渡すのです。

 

そして、より大きな力に道をゆずるときに、私たちは自分を通じて働く大きな秩序を体験し、畏敬の念を感じ、心が満たされ、充足感を感じるのです。

 

心をこめて何かに取り組んでいるとき、またはその人が情熱を感じていることに取り組んでいるときには偉大さが自然に表れています。

 

だから、自分が好きなこと、情熱を感じることをやりましょう、と言われるのですね。

 

それがもし人と関わるときには、自分を通じて相手の人に対してより大きな力によって愛や慈愛、安らぎがもたらされるように意図しましょう。

 

それは自分の力でできることではありません。

 

明け渡しましょう。

 

より大きな力に働いてもらいましょう。

 

自分が努力をするというレベルでは満たすことのできない部分が私たちのDNAの中には組み込まれています。

私は私❗️ー大阪選手に学ぶ「自分の ことを決められるのは自分しかいない!」ということ

大阪選手が日本人で初めて4大大会で優勝したことが話題になりました。

 

男子では錦織選手が世界第四位になっていますが、日本人で優勝は初めてだそうです。

 

大阪選手はハイチ系アメリカ人のお父さんと日本人のお母さんから生を受け、4際以降米国で生まれ育ったので、国籍は日本であるものの、はたして彼女は「日本人」と言えるのか?という議論が一部でおきたそうです。

 

すると、そもそも「日本人」とは何か?という問いが生まれます。

そんな反応に対する大阪選手の発言に注目していました。

 

ちょっとシャイで言葉少なめな彼女ですが、彼女が言ったのは「私は私」でした。

 

短い言葉ですが、すごく核心をついていると思って、すごく共感してしまいました。

 

わたし自身、大学を卒業して以来、組織人としてのキャリアをほとんどを国際機関で働いて過ごし、英語で仕事をしてきたので、思考プロセスも文章の書き方もかなり英語脳的です。

 

国連で働く際には、「どの国の利益も代表することなく国連憲章の理念に従います」、という宣誓書に署名をしましたが、今でもそのメンタリティーは変わっていません。

 

(というか、元々そういうメンタリティーを持っていたので、国連で働くことに魅力を感じたのだと思います)

 

「日本人」というのは、だいたいこういう行動やメンタリティーを持つものだという「日本人像」が存在するのは理解していますが、個人的には彼女の発言こそが、今の時代の特徴を示してくれているような気がして面白いなあ、と思いました。

 

それは、「究極的に自分がどんな人であるのか決められるのは自分しかいない」という点です。

 

私たちは思春期のときや就職活動のときに、自分はいったいどんな人で、自分の強みはなんだろう?という問いかけに直面します。

 

エントリーシートを埋めたり、面接に通るためにとりあえずの「答え」を埋めることはなんとかできるものですが、

 

「わたしは⭕️⭕️だ」と言うのは案外難しいものです。

 

わたしは

〜の職員だ

母親だ

わたしは料理人だ

わたしは姉だ

 

というように職業や所属する組織をあげることは簡単ですが、

 

わたしは

 

自分はこういう人だ、

 

と言えるかどうかは自分について知るという時間と努力が要ります。

 

でも、もしそれが言えるようになり始めたら

 

自信というものが生まれてくるように思います。

 

 

親や学校や周りの人はそれぞれお互いのことを「あなたってこう」というようなことを言うでしょう。

 

そして、いろんな診断を受けることもできるし、

そしてもちろんある程度の客観性は必要ですが、

 

自分はどういう人間なのか

自分の長所はどういうところなのか、

自分は自分のことをどう思っているのか

 

けっきょく、

自分はこうだ!と決めることができるのは、究極のところ自分しかいないのです!

 

人の意見は人の意見。

これは客観性やデータの問題ではなく、

自分の意思やセルフイメージについてです。

 

誰がなんと言ってもそれを信じる必要はありませんし、

人の承認も意見も待つ必要はありません。

(人からの承認はもろくほんとうの自信にはなり得ません)

 

自分はどんな人間なのか、を決める権利は他の人にはありません。

 

 

私は私!

私はこういう人です。

誰がなんと言おうとも自分で決めればいいのです!

(*^-^)ニコ

「国連勤務」と「コーチング」「子育て」の共通点とは⁉️①ほんとうに強い人は自分の弱みを知っている人

山梨県の道志川に夏休みの旅行に行ってきました。

 

富士の北東に位置する「清流道志川」の水は、船乗り達に「赤道を越えても腐らない水」と言われて重宝されたそうで、山から流れてくる水はひんやりと涼を運んでくれるだけでなく、川に足をつけているだけで、豊かに注がれる川の流れに「清めらた」ように感じました。

 

さて、この夏休みに、姪っ子の自由研究の「ガイド役」の役割を与えられたわたしは、「せっかくの夏休みはのびのびと過ごしてほしい」という思いと「夏休みが残り数日のうちに自由研究を自主的にやって終わらせてほしい」という思いにしばらく葛藤していました。

 

そして、子育てと国連の勤務には大きな共通点があると思いました。

 

いまどきの学校は宿題も多くて子どもも親もストレスが多いのでのびのび過ごして欲しいな、と思っていました。

 

自由研究は旅行を題材にしようと思っていたので、けっして忘れていたわけではないのですが、同時に旅行中にある程度、自分で自分の興味のあることをみつけて欲しいとも思っていました。

 

それで、プールで大はしゃぎの姪っ子の姿を見ながらどのタイミングで宿題のことを言い出せばいいのか迷っていました。

 

押し付けてしまうことで、勉強がつまらないものと思ってしまうことも避けたい。。。

 

自由研究の一番大事なところはテーマを「自分でみつける」ことだと思うから、そうして欲しい。。。

 

まあそれが「理想」なのですが、けっきょくどうなったかと言うと、つい口出ししてしまって、ああ言いすぎてしまったと思い、やり始めたと思ったら、また言いすぎてしまって自分の口を止める、という体験を繰り返しました。

 

「やりなさい」と言うのは簡単ですが、大人がそう言ったところで子どもその通りにやるわけでもありませんし、仮に一時的にやったとしても自主的にやってもらうのはまったく別の話しです。

 

そして、大人が持っている「武器」もふだん使っている「方法」もあまりに貧しく、すぐに尽きてしまうことを改めて思いました。

 

そして、これはたった数日の体験ですが、一人の人格を持った子どもを大人になるまで育てることがいかに大仕事であるかということを改めて思いました。

 

そして、子育てとは、「相手に主体的に動いてもらうこと」を学ぶチャレンジングな「一大プロジェクト」にもなりうると思いました。

 

「コーチング」を仕事とする前から、国連勤務のときに南スーダン軍の人たちと接する中で、「国連の肩書きだけで動いてくれるわけではない相手の協力を得るためにはどうすればいいのか」、ということを考え、試行錯誤せざるを得ないことがたくさんありましたが、子育てにかんする視点も合わせて、相手に自主的に動いてもらうためのヒントを探ってみたいと思います。

 

心理学者のトマス・ゴードン博士による「叱らなくても子どもに動いてもらえる方法」を教えている「親業」と呼ばれるプログラムがあります。

 

ゴードン博士がこのプログラムを始めたのは、叱っても罰を与えても上手くいかず、怒鳴ってしまって自己嫌悪になったという自分自身の体験があったからだでそうですが、ここで紹介されている原則は、コーチやカウンセラー、講師、国連職員やNGOの人たちなどが効果的に相手を援助するためにも当てはまることです。

 

まずゴードン博士が伝えているのは、大人が子どもに対してやってしまうこと、または援助者が被援助者にやりがちなことと、その副作用です。

 

それは力で相手を従わせようとすることです。

 

ここで言う『力』とは、大人が子どもに対して持つ「賞罰を与える力」のことを指します。

 

ゴードン博士は、相手の行動を変えようとして人が典型的にとる行動を挙げています。

 

ここでは、宿題ができずに困っている生徒への教師の対応を例にあげます。

 

以下引用です。

 

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1.命令、指示

「文句ばかり言ってないで、さっさとやってしまいなさい。」

 

2.脅迫、警告

「いい成績を取りたければ、今すぐやったほうがいいと思うよ。」

 

3.義務(すべき、当然のこと、など)

「宿題はやるのが当然だよ。」

 

4.提案、助言、忠告

「もっと上手に時間を使えるように計画を立てなさい。そうすれば、宿題は全部できるだろう。」

 

5、説教・説得

「いいかい。宿題を提出するまでもう三、四日しかないよ。よく覚えておくんだね。」

 

6.批判、非難

「お前はひどい怠け者だ。さもなければグズだ。」

 

7.悪口、侮辱、はずかしめる

「来年は中学生だというのに、これじゃあ、まるで小学四年生程度ね。」

 

8.断言、思い込み

「宿題をやらずにごまかすにはどうしたらいいのか、そればっかり考えているんじゃないのか?」

 

9.尋問 

「どれだけ時間をかければすむの?」

 

10.皮肉

「誰かさんは、人にこんなに何度も言わせてまるで何様のつもりなのか」

 

ちょっと胸が痛いですね。

 

ゴードン博士の調査では、講座に参加した親や教師の90%以上がこれらの対応をしていたといいます。相手の心は閉じてしまい、問題の解決から遠ざってします。

 

とくに、6~10は「あなたはちょっと変だ」、「わたしはあなたよりも上だ」というメッセージが隠されている、とゴードン博士は言います。

 

言い方はもっと丁寧ですが、南スーダンの国連PKO活動が、南スーダン軍の人たちに接していたときに、こちらが少しでも横柄な態度を隠しもっていたり、相手を変えようとしたときには、本能的にそうした力関係を嗅ぎ取る嗅覚が優れているのか、彼らはすぐにこちらの言うことを聞かなくなってしまったことを思い出します。

 

さて、こうした態度をされた相手は次のように反応し、感じます。

 

1.これ以上話してもムダだ、と黙りこむ。

 

2.防御的、反抗的になる。

 

3.強く主張する。反抗する。

 

4.憤慨する。腹を立てる。イライラが増す。

 

5.自分はダメだ、劣っていると感じる。

 

6.自分は間違っている、悪い、罪深いと感じる。

 

7.自分をあるがままに受容されていない、と感じる。

 

8.あなたが自分を変えようとしている、と感じる。

 

9.自分の問題解決の力を、あなたが信頼していないと感じる。

 

10.自分の問題をあなたがとりあげてしまったと感じる。

 

11.自分が理解されていないと感じる。

 

12.自分の感情には正当な理由がない、と思わされる。

 

13.中断された、切り離されたと感じる。

 

14.誤解され、抑圧されたと感じる。

 

15.証言台に立たされて、反対尋問されていると感じる。

 

16.あなたは興味がなくて、問題から逃げたがっているのだ、と感じる。

 

17.子どものようにあやされている、と感じる。

 

トマス・ゴードン「親業」より引用終わり

=======

 

改めて読むとこちらも胸が痛いですね。

 

ただ、これはこんな風にしてしまいがちな自分を責めるためのものではありません。

 

立場が上にある人たちやアドバイスする立場にある人たち(親、教師、講師、コーチ、カウンセラー)により効果的な方法を伝えることが目的です。

 

実際にはこんな理論のようにうまくはいかないよ、と思う人も多いかも知れません。

 

そして、それもその通りで、親も先生もコーチやカウンセラーといった人たちも、たくさんの間違いをしたり、もっとこうすればよかったという体験を繰りかえして学んでいくのだと思います。

 

 

そして、大人側の視点で見ると、ほんとうはもっと優しくしたいし、「相手のいいところを伸ばしましょう」という本の理論も知っているのですが、つい言い過ぎてしまったり、イライラしてしまって、「自己嫌悪」を覚えてしまうことに悩んでいる人がほとんどだと思います。

 

大人といえどもまったく完璧ではないし、完璧からはほど遠いように感じることもしょっちゅうです。

 

大人の中にも子どもの部分がありますから、実際のところ、大人もサポートが必要です。

 

 

仕事ではなんとか「完璧」を装うことができても、子どもはコントロール不能なので、子どもを相手にすると自分の感情が刺激されて、いつもの行動のパターンがに振り回されることがもっと起きやすくなります。

 

自分がまったく完璧でないことや自分の弱みや心の中のコンプレックス浮き彫りになりやすくなります。

 

そんなときに、人はそれを恥ずかしいと思って、こんなんではいけないと思って、それを隠そうとしたりするのですが、そんな時に現れる「自分の弱さ」や「過去の影響」を知ってそれを宇宙に預けることができる、という

 

わたしたちに与えられている恩恵の機会であって、「効果的に援助する」、「人との関係を持つ」ためにも役に立つ、わたしたちをより根本的な解決方法に導いてくれるヒントではないかと思うのです。

 

(続く)

 

国連や海外、外資系企業で働きたい人必見❗️自分の⭕️⭕️を知ること、日本人特有の謙遜の表現を言い直すこと

先日国際学会登壇エントリー用の英訳を頼まれたのですが、それが、見事に今度シンガポールで開催される国際学会でのプレゼンテーションの一つに選ばれたという嬉しい報告をいただきました。

 

ご縁のある先生から頼まれて引き受けた件だったのすが、同じ大学の他の先生のエントリーは通らなかったのにもかかわらず、わたしが英訳したものは通ったそうです。それがこの2年半ほどで数回続いています。

 

ちょっと振り返ってみると、そのコツは、英語力でも翻訳力でもなく、論点を明確にするということ、そして「日本人的な謙遜」を超えて健全な意味で自分の仕事や研究の価値を認識し、さらに言うと、自分の「差異性」を認識するということ、だと思います。

 

これは国連に応募する人(p.11の書く人)、海外で仕事をしたい人にもすごく関係することなので、どういうことなのか、ちょっと記事に書いてみたいと思いました。

 

わたしは約10年国際機関というあまり日本人のいない環境で英語で仕事をしてきたのでテーマによっては英語で話す方が楽なのですが、翻訳に関してはとくに訓練を受けたことはありません。

 

でも、イギリスの大学院で鍛えられてすごく意識することは、とくに学会発表用の要約の場合、この論文はいったい何を言いたいのか?という論点を冒頭で端的に明確にする、ということです。

 

自動的に訳を当てはめるのではなく、発表者の方が一番言いたいことと論拠や全体の結論を理解した上で英語脳的な思考回路で全体の構成を組み立て、最適な訳を当てはめるていくことをやっていきます。

 

洗練された英文表現を考えるのは三番目くらいの優先順位で、論点をはっきりさせること、次に構成(ロジカルに結論まで展開されているか)の方が断然に大事だと思います。

 

英語では、この研究はなんで重要なのか?この研究からどんな結論が導かれるのか?が非常に重要になるからです。

 

シカゴ大学を卒業した大学時代の社会学のアメリカ人の先生はなんども「So What」? と言ってこの点を強調していました。

 

これは、英語で仕事をする人、英語でプレゼンをする人、英語で書く人にも共通する点なので、「英語脳的仕事術」もぜひ読んでいただきたいと思います。

 

関連記事⇨国連ニューヨーク本部で学んだ「英語脳的仕事術/

 

そして、次に重要なのは、日本人特有の謙遜の表現を、言い直すことです。

 

日本の方が書かれるものは、結論もタイトルも全体的に控えめなものが多いように感じます。

 

日本の社会では「わたしすごいでしょ」的な表現方法は好まれないので、ちょっと控えめな表現になるのだと思いますが、

 

ただ、あまりに控えめすぎると、英語という言語ははっきりとした結論を求める構造を持つ言語なので、この論文はいったい何を言いたんだろう?となってしまいます。

 

そして、おそらく一番大事なことは、自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を世界の文脈で捉え直して、その価値を相手にわかりやすいように表現しなおすことです。

 

2020東京オリンピック誘致コンサルタントだったニックバレリーが、東京はなぜ2016年立候補の時は都市の機能も予算も世界一だったのに落選したのか?という点で同じことを言っています。

 

僕たちは「謙遜が美徳だっていう『日本の文化』に直面したんだ。僕にしてみれば、世界の経済大国と言えばアメリカと日本。

 

それ自体大きな強みなのに2009年の第一回目の誘致プレゼン(2016年度)では、それを十分に伝えられなかった。日本で当たり前のことが世界では当たり前じゃないことを認識することは大切。

 

でも、これをプレゼンするのは日本の人たちだから、委員に伝えたい日本の魅力を本人たちに納得してもらうまでコミュニケーションを続けたんだ。」

 

これはオリンピック誘致に向けた世界の中で「トーキョー」がどう見えるのか、という点ですが、これは個人にもそのまま当てはまります。

 

あなたにとって当たり前だけど、世界から見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

世界の中の日本の強みを活かして、あなたの論文や経歴や仕事のどの部分を強調すればいいでしょうか?

 

一見違う業種だけれども仕事の本質の部分でその応募する業種との共通点はありますか?

 

例えば、国連や国際機関、外資系企業などに応募をするならば、

 

(1)相手が求めていることは何か?

 

(2)自分のやってきた仕事はそれにどう当てはまるのか?

 

(3)相手の視点からみた自分の資質や仕事、経歴の強み・競争力は何か?

 

(4)自分が一番のCandidateであることの説得力や経歴とポストとの一貫性をどう持たすことができるのか?

 

(5)それをどう表現すればいいのか?

 

という5点を改めて見直す必要があります。

 

国連に応募する方のp.11を何件か見せてもらったことがありますが、日本の文脈で自分がやってきたことの羅列に終わっているケースがほとんどです。

 

別の表現でいうと、

 

自分のやってきた仕事や、研究、作品や創作活動の価値を(一)世界の文脈で捉え直して、(二)その価値が説得力をもつように、(三)相手に伝わるように表現しなおすことがポイントいなると思います。

 

 

あなたにとって当たり前だけど、周りから見たら当たり前じゃないことは何ですか?

 

この質問を自分に問い続け自分が答えを出し続けることができたら、ほんとうの強さと自信を得ることができますね。

 

正攻法が実を結んでいくいい時代です。

 

P.11のアドバイス、

国際学会発表のためのコーチング、

プレゼンコーチングしています。

 

お気軽にご連絡ください。

 

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なぜチコちゃんが流行るのか?「ボーッと生きてんじゃねえよ❗️」と叱ってもらいたい現代人の心理

チコちゃんが人気だそうです。

 

NHK番組「チコちゃんに叱られる」のキャラクターで、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」とキレるあのチコちゃんです。

 

番組の視聴率も毎回上がっているそうです。

 

番組は日常の題材を取り上げてなんで?とクイズ方式で番組に登場する芸能人に聞きます。

 

「かんぱーいってするときにグラスをカチン、あれはなぜするの?」といった、「5才のチコちゃんが問いかける素朴な疑問」という設定ですが、

 

ほとんど考えたことのないようなものばかりで大抵は答えられず、チコちゃんに「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と叱られるのです。

 

お盆の帰省先でこの番組を見ながら、母は「チコちゃん嫌い」と一人つぶやいていましたが、わたしは単純にけっこう楽しんで番組をみました。

 

そして、このキャラがウケるのもわかるなと思いました。

 

私たちは、本能的に時代の変化や変化が当たり前の日々というのを直感的に感じています。

 

記録的大雨

観測史上初

前代未聞。。。

 

国際政治はもちろん、日々のお天気ニュースでもそんな形容詞がつくニュースが溢れています。

 

時代の変化とは一言で何かというと、

 

右肩上がりの経済を前提とした働き方や価値観がもはや今のわたしたちに当てはまるわけでもないのをわたしたちは感じているので、

 

「今までと同じではやっていけなさそう」「なにか自分も変化しないといけない」「親や世間の価値観を信じてこのまま生きていっていいんだろうか?」といった、自分にあった働き方や仕事やライフスタイルはなんだろう?という本能的な「内なる訴え」があるのだと思います。

 

とはいえ、人間というのは基本的には「変わりたくない」と思っている部分の方が強いので、惰性で日々はいとも早く過ぎていきます。

 

だからこそ、人はときに誰かにお尻をたたいて?欲しいのだと思います。

 

わたしのカウンセリングの先生はカナダ人で、世界学会でも講演し、世界各地にクライアントを持つ方ですが、彼女のセッションの通訳を務めていた時に何度か叱られたことがあります。

 

こんな風に言ったら日本人にはきつ過ぎるんじゃないか?ダイレクト過ぎるんじゃないか?と勝手に心配をして、表現をソフトにした時でした。

 

先生はそれを察知して、わたしを止めて「もう一度言葉をそのままに言い直してちょうだい」と言いました。

 

通訳をしながら、こんなことを言ってもいいんだろうか?と内心ヒヤヒヤしたことが数回あったのですが、私がその体験で学んだのは、

 

それで今の状況が変わったり、何か打開策や解決策があるのならば、もっとよい人生が開けそうだったりするのであれば、ほとんどの人は「はっきり言ってもらうことを望んでいる」ということでした。

 

一見ショックに聞こえることでも、私が立ち会ったセッションでは例外なく、最後はみなさんとてもすっきりした顔で帰られていきました。

 

逆に、日常の当たり障りのない距離感の関係であれば、人のことに踏み込むことも踏み込まれることも躊躇することも多いですし、はっきり言ってくれる人の方がまれだと思います。

 

もちろん、ただはっきり言えばいいというものではありませんが、チコちゃんと見ていると、人は今「「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と言ってもらうことを求めているんじゃないか?、と感じたりします。

 

それは、どこかで自分が変わるきっかけを求めていたり、一歩踏みさせないことがあったり、気になっていることがあるけどどうしたらいいのか分からないことが誰の中にもあるからだと思います。

 

仕事やキャリア、自分の目ざす方向性について「これからどうしたいのか?」と思っているのなら一人で悩んでいるよりも、プロのサポートを受けるのは一つの手です。

 

アメリカではコーチングを受ける人がごく身近にいました。

 

「これからどうしたいのか?」について整理するのをプロにサポートしてもらいたい方、どうぞお気軽にご相談ください。

 

コーチング⇨ https://chikaonaka.com/coaching/

 

⭕️今の仕事にギャップを感じている方

⭕️「私はこのままでいいのか?」と感じ始め、その先に進みたいと思っている方

⭕️  忙しい日々の中で、改めて自分の人生や仕事について見直したい方

⭕️ これまでの体験を整理し、「これからどうしたいのか?」について整理するのをプロにサポートしてもらいたい方

⭕️ 目的の達成のために、自信をもって前に進めるようにサポートして欲しい方

⭕️ 職場での対人関係、人間関係をより根本的に改善したい方

⭕️より効果的に人に関わり援助するスキルを身に付けたい人へ

⭕️部下を持ち、自分らしいリーダーシップスタイルを発見し、より相手を効果的にサポートできるスキルを身につけたい方

⭕️ もっと自由に自分を表現したいと思っている方

⭕️人生の転機にあると感じている方

 

プレゼンコーチングもしています。

 

あるグローバル企業でマネージャーを務める米国在住の日本人の方で、全世界の支社を集めたグローバル会議でプレゼンをするのに緊張してしまうという方がいらっしゃいましたが、コーチングで緊張の「原因」を扱った結果、緊張がずいぶん減って、グローバル会議を楽しむくらいになられて、そのプレゼンが社長にも好評でディレクター候補に昇進された方もいます。
英語脳的思考からのフィードバック、「ステージファイト」緊張を和らげることのサポートをすることができます。
わたしはプレゼンに苦手意識があって困っていましたが国連勤務でスピーチクラスを受けたり、「場数」を踏んで逆にプレゼンが得意になりました。
国連事務総長特別代表養成研修でパネリストを務めたときには、それが好評で米海軍大学院の専門家に推薦され、フィリピンやスリランカ、バングラデシュ軍で国連の平和維持活動について教える講師を務めました。

 

わたしの経歴を見ると人は勝手にいろんなことを想像したり判断するのだと思いますが、思ったよりもぜんぜん優しかったです、とよく言われます。笑

 

もし、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と言ってもらいたい方がいましたら対応いたします。

 

大丈夫です。優しいバージョンにしましょうね(笑)

 

詳細はこちらより⇨ https://chikaonaka.com/coaching/

新しいことに取り組むのがこわい、完璧主義、失敗を避けようとする人へー「ちゃんとしなきゃ」よりももっともっと大切な質問

つい昨日のことです。

 

最近参加したある勉強会の第二回目の会がありました。

 

テキストがあって、宿題をしておくことになっていました。

 

それが私だけ別のところをやってきてしまっていて、身に付けたいことがあってわざわざ時間をとって来てるのに、ちょっと「恥ずかしいな」と思いました。

 

ちょっと心を落ち着けてみると、

 

そういえば講師の方が「次回だけ順番が変わりますのでご注意くださいね」と言っていたことを思いだして、

 

ちゃんと講師の方の話を聞いていなかったなあ、と思いました。

 

そして、何か新しいことを習い始めるために大切な「謙虚さ」が足りなかったなあ、と思いました。

 

ある程度なにかの仕事をマスターしたり、なにかに成功すると人は「こうすれば上手くいくという自分のやり方」を身に付けます。

 

人が仕事で経験を積み、学んでいくことで、体験することで得ていく仕事や人間についての洞察や理解といったものがあるのだと思います。

 

それはとても有難いことで、だからこそわたしは人さまの相談にのれるのですが、

 

ただ、そうした過去の成功体験が新しいことを学ぶときには邪魔になってしまうことがあるのですね。

 

自分自身に言うつもりで言っていますが、新しいことを学ぶときにはピュアでオープンな気持ち、そして謙虚さが大切です。

 

初めてのことをやるときには間違えることもあるし、最初からできるわけじゃないし、周りの人たちに教えてもらったり、助けてもらう必要もあります。

 

日本人は「失敗」を極端に避けようとすると言われます。

 

海外に12年いた経験から言ってもそれは肌レベルで感じます。

 

どうしてなんだろう?と少し思ってみると、

 

わたしたち(日本人)は、

 

自分にできないことがあること

人に教えてもらうこと

自分が一番でないこと

完璧にできないこと

「普通に」できないこと

自分の期待していたようにできなかったことも

 

「はずかしい」(恥)と感じて、

 

それまでも「失敗」とっても呼ぶ傾向が強いんじゃないかな?と思いました。

 

新しいことに取り組むのがこわい

自分の作品を発表するのがこわい

あたり障りのない意見を言おうとする

相手にほんとうの気持ちを伝えるのがこわい

完璧主義になる

失敗を極端に避けようとするのも同じメカニズムです。

 

でも最初からなんでもできるスーパーマンのような人はいませんし、完璧な人もいませんよね。

 

これを書きながら、高校生のときに会ったブラジル人留学生の友人がどんなことがあってもあまりにも、「あっけらかん」としていて、ちゃんとがんばる日本人のカルチャーしか知らなかった私は、かなりのカルチャーショックを受けたのを思い出しました。

 

そういえば、国連の採用面接で失敗について聞かれることにも最初はびっくりしたものです。

 

「あなたが失敗したことは何ですか?そこからあなたが学んだことは何ですか?」という質問でしたが、計画してもその通りにいくことなんで稀だし、人は間違いをするし、そのときにどうするかの方が大事ですよ、という意味だと理解しました。

 

わたしたちの多くは、「ちゃんとしないといけない」と育てられるのですが、その体験から何を学んだか?という「リフレクション」(振り返り)の視点はあまりないように思います。

 

大切なのは、間違いを避けることではなく、その体験から何を学んで、次はどうしたらいいのかな?という視点なんですね。

 

昨日は帰ってきてから、さっそくその日までに出来なかった宿題を終えて、次回の分の宿題も終えました。

 

「宿題」を出されたり、宿題をやるのも二十年?かぶりですが、ピュアな気持ちで楽しめそうな予感がしています (*^-^)ニコ

 

ps. 完璧主義や失敗をさけようとするメカニズムをわかりやすく説明している本自体あまりないのですが、この本はとても面白いです。

 

ほんとうに成功している人は神さまに応援される人❗️③ー神様の視点を理解すればもっと楽にうまくいく

もし本気で人生をよくしたいと思うならば、わたしたちは作戦を根本的に変える必要があります。

 

それは神さまに応援されることです。

 

そして、「世間の視点」ではなく、「神さまの視点」を理解することです。

 

神さまは、わたしたちが心穏やかでいて、幸せでかつ人の役に立つ存在になることを望んでいます。

 

この中で一番優先順位が高いのは「心穏やかにいること」です。

 

なぜなら、幸せであることも、愛があることも、人の役に立つ存在になることもその根本には自分が「心穏やかである状態」があることからです。

 

「心おだやかであること」と言うと、すごく受動的なように聞こえるかも知れませんが、心穏やかでいられることは実はすごくパワフルなことです。

 

ある大手企業に勤められている方ですが、ある新規プロジェクトに配属されたのですが、そのプロジェクトを率いる部長さんは性格も「一癖」あって、会議もしらけていて、そのプロジェクトがいったいどうしたら進むのか想像がつかない位だった、と言います。

 

まず、会社へ行くこと自体が苦痛の日もありましたが、自分が穏やかでいられるために、会議の前にある瞑想を取り入れ、会議に参加している時の自分と参加者全体の心の状態に意識を向けることを始めました。

 

すると、なぜか会議が周り始め、部長も彼女をかってくれ、責任のあるプロジェクトを任され、それまで会社で誰もやったことのなかったことを立派にやり遂げました。

 

その成果が認められたこともあって、対外的な会議にも会社を代表する立場として出席するようになり、経営企画室に配属されました。

 

経営企画室の空気はとても重かったと言いますが、出勤する前にある瞑想を習慣づけると、経営企画室の人たちがなぜか彼女を頼り始め、社長からも声をかけ始められるようになりました。(経営企画室に何十人もの人がいる大企業の話しです)

 

神さまはときどき、「自分の向いている方向があっていること」をそのようなとても分かりやすい形で見せてくれます。

 

時には「わかりやすい方法」で神さまのサポートを見せてくれることもあるでしょうし、神さまと自分が望んでいることが一致していれば大きな「結果」を体験するかも知れません。

 

ただ、私たち人間は忘れやすいし、すぐに気移りしてしまう弱い存在なので、応援もやる氣も必要だということをわかっているかのように、「わたしはここにいますよー」とわかりやすい形で応援や結果を示してくれることもあります。

 

ただ、神さまの視点から、見ると仕事は「手段」の一つです。

 

神さまが関心を持っているのはわたしの持っている「思い」であり、「意図」(目的)であり、「原因」です。

 

わたしたちの思いが「原因」で、わたしたちが見るもの、体験するものは「結果」である、という考え方があります。

 

私たちの中の思考パターンや感情の傾向、エネルギーや過去の体験があるパターンとなって現れる、いう考え方です。

 

この見方によると、「原因」そのものがそのままだとしたら、目に見える環境や状況をいくら改善しようとしても、なぜかいつも同じような「結果」をつくってしまう、ということになります。

 

例えば、もし人は信用できない、と思っている考えがあるとすると、それを確認するような体験を繰り返すことがあります。

 

世界は理不尽だと思っていると、理不尽な体験ばかりが目に入ることがあります。

 

これは引き寄せの法則というレベルの話しではなく、自分の思い(内側)が外の世界(外側)をつくるという「創造の原則」です。

 

わたしたちは、自分のいる職場や上司や「理不尽な社会」が原因で、心の動揺や落ち込み、不安、おそれなどを感じると思っています。

 

でも、神さまの視点から見るとまったく視点がかわります。

 

神さまは、なんらかの課題や問題を体験したときに、はて?今度はどうしたらいいんだろう?自分の中にそれをつくっている原因はなんだろう?と自分の内面に目を向けることを望んでいます。

 

そのために、神さまは、それを見せてくれるような仕事や職場を与えてくれます。

自分にとっての魂の課題に取り組むのに最適な人間関係や環境をくれます。

 

自分のこころの状態、思考パターン、感情のパターン、自分を深い部分で動かしている動機、過去の未完了の体験やこころの重荷、思い込みや自分の中のブロック)に目を向けられるようになるためです。

 

とくに、頭ではこうしたいと思っていても、なにか「葛藤」があるような感じがする、なにかスッキリしない、「モヤモヤ」する、何かが「つっかえてる」と感じるときは、無理やり進めようとするのではなくて、それに気づいて、分解することが役立ちます。

 

難しいように聞こえるかも知れませんが、そこにきちんと意識を向け始めることで、目の前の状況が見る見る変わっていくのを体験するとある意味「快感」でもあります。

 

だって、外の状況(外側)を変えようとすることはすごいストレスですが、自分の内側を変えるのは自分次第だからです。

 

そして、神さまは、わたしたちがどんな体験をしたいのか?何を望んでいるのか?あなたの意思表示を待っています。

 

私たちに「問題解決」に追われる人生ではなく、もっと大胆に祝福と喜びに満ちた新しい人生を「創造」して欲しいと願っているからです。

 

日々体験することや仕事での人間関係を考えるとき、「神さまの視点」という視点から今の状況を理解するならば、より根本的な解決のための糸口が見えてくるでしょう。

 

視点をあげましょう。

 

心を開きましょう。

 

「この件を神さまの目で見させてください」

 

「神さまの耳で聞かせてください」

 

「神さまの心で感じさせてください」と、お願いましょう。(*^-^)ニコ