コーチ・講師・伝える人必見❗️世界を舞台に学んだ「人を動かす伝える力」ー人は正論では動かない?!それならどんな時に動くのか?

人間はそれほど理性的ではありません。

 

例えば、「経済は感情で動く」という本では、人は何かを選ぶときに、合理的に判断しているつもりでも実際には感情といった要素の方が強く判断に大きく影響するという例がたくさん紹介されています。

 

世界累計200万部のベストセラー作家であるマルコム・グラッドウェルは、34カ国で翻訳された「『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」で、長時間考えてたどり着いた結論よりも、『最初の2秒』でもたらされた直感やひらめきの方が正しい、と言っています。

 

これまでの教育制度や従来のビジネス慣習では、感情などの主観的なものは出来る限り排除して考え、説明し、対処できることがプロフェッショナルだと思われてきました。

 

ただ、最近は商品の性能だけでなく共感といった要素が購買の基準になっていることに見られるように、「人が何かを選び、判断する理由は合理的な要素だけではない」ということ、そして、この合理的な要素でない部分の方がビジネスやプレゼン、人間関係の成功に大きく影響している、と言われています。

 

とくに、今の時代に大きな価値となるのは「信頼」です。

 

なぜなら、スマホと一緒に寝起きをするような「情報洪水の時代」を生きる私たちは常に「この情報が正しい」「これを買えば幸せになれる」「これを信じれば上手くいく」、といった無数のメッセージや広告にさらされ、大量にやってくる情報に対して守りの姿勢にあるからです。

 

相手は常にアンテナをはっていて、「あなたの情報は耳を傾けても大丈夫なのか?」「あなたの情報は信頼できるのか?」とあなたのことを判断しているのです。

 

つまり、まずあなたと相手との間にある溝に橋をかけないと、こちらが相手にとってどんなに有益な情報や商品、サービスを持っていたとしても耳を傾けてもらえないのです。

 

同時に、人は信用したいと思っています。

 

人を信じたい、善を信じたい、世界はいいところだと信じたい、なにより自分を信じたい、と思っています。

 

でも、そう思えない時もあるからこそ、人は信頼できる人や対象を常に求めています。

 

だからこそ、信頼が大きな価値となる時代なのです。

 

信頼してもらうには、あなたの人となりを知ってもらうことです。

 

聞き手があなたに求めているのは知識だけではありません。あなたの本音から生まれる言葉やあなた自身の個人的な経験です。

 

私は米軍の専門家としてスリランカ軍に派遣され、国連の平和維持活動について教えるトレーニングの教官・講師をしていた時に、ある難しい質問をされた時に、「正しく答える」をやめて、国連の公式見解も米軍の専門家という立場もすべてとっぱらって、自分がどう思うかという個人的な体験を語ったことで、逆に信頼を勝ち得たことがあります。

 

少しその時にお話しをしたいと思います。

 

スリランカ軍といえば、26年も続いたわたる内戦の当事者で、内戦終結時には制圧を断行したことで何十万人もの犠牲者を出し、国連の人権委員会などから批判を受けていた張本人でもありました。

 

研修は始まったものの、 最初の数日は、相手は紛争解決や国連PKOについてどれだけ本気なんだろうか?と、しばらくお互いに「腹の探りあい」のような状況が続きました。

 

さて、今日もそろそろ研修が終わりという時、講義の最後の最後に質問の手があがりました。

 

「とはいっても、国連はシリアで何も出来ていないじゃないか?」

 

部屋全体に緊張が走り、

部屋にいた全員の視線がいっせいにこちらに向けられたのを感じました。

 

なるほど。。。

 

この予期しなかった質問に一瞬ドキっとしましたが、同時にこの質問はしごく健全なコメントだとも思いました。

 

なぜなら、私自身を含め、全く同じようなフラストレーションを感じていましたし、もし逆の立場だったら、私もまったく同じような質問をしたかも知れなかいと思ったからです。

 

その質問に対してはいろんな角度から答えることはできましたが、この発言の真意は別のところにあると感じました。

 

その質問の真意とは、

「公式意見じゃなくてあなた個人の意見を聞きたい。」

 

もっと言うと、

「あなたはどういう意気込みでこの課題を捉えているんだ?」

 

さらに言うと、

「あんたってどんな人なんだ?」

 

そして、究極的には「僕たちは内戦をしてきた軍隊なんだ。理論も単なる理想主義も信じられない。どうしたらあなたの言うことを信じられるんだ?」ということだったと思ったのです。

 

経験上、こちらの本気度が試されていることを直感的に感じとった私は、腹をくくりました。

 

私は真っ直ぐ彼の方に向きなおし、ゆっくりと一言一言はっきりと話し始めました。

 

「私個人の意見をお話しします。。。」

 

その瞬間から、流れが一気にガラッと変わったのをはっきりと覚えています。

 

私は驚くような解決策を提示したわけでもなければ、誰もがはっとするような意見を述べた訳でもありません。

 

ただ、その地球的な課題に対して今自分がどう考えているのか、何がほんとうの問題だと思うのか、どんなことが必要で大切だと思うのか、を自分の言葉ではっきりと伝えました。

 

何を言ったのかは正直もう覚えていません。

 

でも、そこから「じゃあ、あなたの言うことに耳を傾けてみようか」という相互プロセスが確かに始まったのです。

 

その日以来研修は順調に進み、スリランカ軍の参加者が個人的な体験を打ち明けることもありました。国連や外部の調査団の立ち入りを何度も拒否してきた歴史を考えると、まったく私の予想を超えた展開でした。

 

この件以来、私は正直に自分の考えや体験を伝えることで信頼を得ることができることを体験して、とても楽になりました。

 

そして、人が話し手や講師、リーダーに求めているのは知識だけでなく、その人の体験やそこから生まれたその人自身の考え方であること、そして、人は「信じられるもの」があると目の前の問題さえ克服していく力を取り戻すことができることを、この体験から学びました。

 

人は知らない人を信頼しません。

 

でも、人は信じたいのです。

 

データや分析、数字だけでなく、あなたの言葉でなぜこれがいいと思うのかを伝えてください。

 

人はクールで冷静なビジネスマン・ビジネスウーマンとしてのあなたではなく、人間としてのあなたを知りたいと思っています。

 

あなたという人はどんなことを大切にしているのか自分の言葉で伝えてください。

 

「完璧な人」ではなく「リアルな人間」としてのあなたはどんな人なのか相手に見せてあげてください。

 

あなたが自分に正直にオープンになれば、あなたの心と相手の心の間に言葉を超えた「橋」がかけられていきます。

 

相手にあなたを信じさせてあげてください。

 

今年 8〜9月に書籍を出版予定です。

その章の一つは「世界を舞台に学んだ人を動かす伝える力」についてです。

 

面白い内容に仕上がってきています。

 

どうぞ楽しみにしていてください!

 
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内心怒って満員電車でぶつかる人が多いのは、自分で決めてないからー義務とほんとうの責任の二つの違いをまなぶ時

自分で「決める」たびに本来の力を取り戻していく体験をお話ししました。

 

その選択が自分の価値観に沿っているときには、

いい気分がして、物事も身体も自然に動きます。

 

自分で決めると納得感がありますし、なにより自分で決めたという体験自体が自信になります。

 

自分の意思で決めたので多少の困難があっても、ふんばれます。

 

関連記事⇨10年働いても指示待ち&自分で考えられない人 vs どんどん自信をつけていく人ーその差は普段自分はどうやって○○○しているかを意識しているかにあった!

 

 

では自分で決めないとどうなるでしょうか?

 

「こんなはずじゃなかった。」

「そんなこと聞いてなかった」と

誰かのせいにしたくなる気持ちがでてきます。

 

この数年「アンガーマネージメント」が注目されていますが、内心怒っている人が増えているのは実は自分で考えて決めていないことに対する不満が無意識でたまっているからじゃないか、と私は思っています。

 

深層の部分では自分で決めていない、自分で自分の人生の責任をとっていないことを自分で知っているので、自分が自分に怒っている、という訳です。

 

 

「決める」の別の表現として「意思決定」、英語ではdecision-makingという言葉があります。

 

では、decision-makingの「反対」は何でしょうか?

 

ちなみに、英語を英語のニュアンスで覚え身につけていく英語脳的学習法の一つに、新しく覚える単語を英語の類義語(synonyms)と反対語(Antonyms)と関連させて覚えていくという方法があります。

日本語よりも英語の方がよりダイレクトな言語なので、「決めないこと」「決めること」のニュアンスが、反対語と類義語を引用することでより伝わるなかと思い、それぞれ辞書を引いてみました。

 

⭕️decision-makingの「反対語」は

 

untrustworthy=信頼できない

immature=成熟していない

immune=逃れている

exempt=外れている(免除された)

excused=言い訳的な

 

⭕️decision-makingの「類義語」は

 

responsible=対処能力のある

accountable=責任を持つ

in charge=仕切っている

engaged=関わっている

in control=主導権を握っている、制している、掌握している

 

です。

 

こうやっていざ並べてみるとそのニュアンスがよりはっきりすると思います。

 

とくにダイレクトな意味である

immune=逃れている、と

exempt=外れている(免除された)で、

 

自分で判断して決めないというのは、「人生から逃れている、自分で自分の人生から外れている」ということと同じだよ、とはっきりと伝えてくれています。

 

 

ところで、英語で「責任」というと「Responsible」を思い浮かべるとおもいますが、

Responsibleの本来の意味は、日本語の責任という言葉が持つ「重荷」のニュアンスとはまったく違います。

 

「Responsible」の意味は、

Response (対処)+ Able(能力がある)= 対処できる、

という直訳で、「自分の本来のパワー」というニュアンスを伝えてくれています。

 

対処できる、というのは、目の前にある状況や結果を引き受け、所有すること、その中で出来うる最善を尽くす、という意味です。

 

もし、責任という言葉に対して重荷を感じるとしたらそれは「義務」とごちゃ混ぜになっています。

 

義務は自由ではありませんが、自分で選んだ選択や状況にたいして自分で責任をとっていくという意味での責任は、大人で成熟した態度ですし、自由や解放といったニュアンスも含みます。

 

なにより、私たちにはそもそもこんなに選べることがあると改めて気づかせてくれます。

 

ちなみに私が働いていた南スーダンといった国では紛争があったり、職業が限られていたり、いろいろな意味で選択が制限されています。

 

アイスクリームショップで今日はどの味にしようかなと、色とりどりのアイスを眺めながら少し迷ってみるのも楽しみの一つだけれども、

 

ただ、私たちが決めることはほんとうはおそらくとてもシンプルです。

 

他人の人生を生きるか

自分の人生を生きるか

 

そして、心の内では答えは知っているのです。

 

大丈夫。🐱

 

勇気をもって進みましょう。

なぜ職業に自分を合わせる時代は終わりなのか?ー人生100年時代輝く大人でいるための一つの質問

職業に自分を合わせる時代は終わりだと言いました。

 

それには二つの意味があります。

 

一つ目は、自分を殺して働かないといけないような働き方では自分の才能や可能性に気付くこともできないし、活かすことも自分のほんとうの価値も能力もみつけることはできない、ということ、

 

二つ目は、自分でなくても出来る仕事はこれからAIがとって変わってくれること、

 

三つ目は、自分が望むことをほんとうにしようと思った時には、それは既存の職業のリストにあるとは限らず、肩書きを複数持つこともフツーで、あくまでも自分という存在が先にあって、それを活かすのに最適な機会が与えられて、それを表現するのに一番近い職業や肩書きがその時々に選ばれ、つくられていく、という意味です。

 

「自分が望むような仕事は既存の職業のリストにあるとは限らないけれども、それを叶えるベストな機会が与えられた」、というのは私が米軍の専門家になった時に実感したことでした。

 

わたしは国連で勤務し、国連PKOに約10年ほどかかわった後、米軍の専門家として、スリランカやフィリピンなどの軍に派遣され、訓練の教官・講師を務めました。

 

その時には、

世界を舞台に

個人として

多国籍な同僚たちと一緒に働き

オープンマインドで尊敬できる人たちをチームを組み

自分の好きな

「教えること」と

「平和支援に関わる」ことにかかわり

人にインスピレーションを与えることが

全て叶ったと感じました。

 

国連で働いていた最後の2年間ほどは、ある大きなプロジェクトのリーダーを任されていたので、プレゼンをしたり、国連代表として南スーダン軍とのやり取りをすることも多かったのですが、そうした中で私はプレゼンをしたり、教えることが好きだ、ということを発見していました。

 

逆にあまり好きでなかったことは、

誰が読むのかわからないような分厚い報告書の作成にかかわること

予算管理(画面上で数字の管理をすること)

南スーダンにいながら簡単なものをウガンダから調達するためにニューヨークで決められた規則に合わせるだけのために何十枚もの書類を準備すること

予算の執行や進捗状況などを正当化するためだけの理由を考える立派な文章を並べること、などでした。

時差ぼけがあること

でした。

 

もちろん、どんな仕事でもそういった面はありますし、そうした仕事を体験したからこそ分かることもあります。

 

でも、一旦ゼロベースで自分がやりがいを感じるもの、望む働き方を明確をすることはあなたの能力や才能を引き出し、活かせる新しい可能性を引き寄せるための重要なベースです。

 

わたしの場合、そうした基準が自分の中で先にあったからこそ、米軍の専門家という働き方に巡り遭えたと思うのです。

 

そして、アジア・中東約400人の軍人の人たちと接する中で、彼らが軍人としてのスキルを人と助けるためにも使えると知って、息が吹き込まれるように目を輝かせる姿をみた時、

 

わたしは人の肩書きや表面的な姿を越えて、その人の中にあるほんとうの想いや願いを引き出すことに大きな価値を感じる、ということを思い出し、

 

教えることや人をサポートをする中でも自分が目指すもののさらにその本質がわかり、人のほんとうの願いや才能をみつけ活かすサポートをするコーチングをしよう、と思ったのでした。

 

私の大学卒業後の一番はじめの仕事(大学院へ行く前)はドイツの旅行会社での仕事でした。

 

ちょうどインドのITブームが始まりかけていた時期でインドのバンガロールでの仕事も選ぶことができた中でドイツの企業を選んだ目的は、テクノロジーよりも

 

国連で働くための「多国籍な環境で働くための資質」を身につけることだったので、「対人的な仕事」を優先順位としていたからです。

 

対人的な面に価値をおくのは、大学卒業当初から今でもあまり変わっていませんが、私にとってのプレゼンのように働き始めてある程度たってからリストに上がってくるものもあります

(長い間苦手意識の方が強くて自分がやりたいこととは意識にあがっていませんでした)。

 

このように体験を積む中で、そして、人生のライフステージごとに変わっていくものもあります。

 

また、ある段階をクリアしたからこそ見えてくるものもあります。

 

ですから、最初からわかろうとするのではなく、経験を積む中でその時々でわかるものがあるのが普通だと思っておいてください。

 

リストは常にアップデートし続けるものと考えればいいと思います。

 

こんな仕事できたらいいなと思うこと、理想の働き方、あなたが仕事に求めるもの、やりがいを感じるもの、価値をおくもの、こんな職場があったら最高だなと思うことは何ですか?

こんなの無理とか、そんな仕事がいったいあるの?と頭に浮かぶかもしれませんが、まずは自由に発想してみましょう🎵

 

でも自分が望むことを自分で明確にしなければ、そのチャンスを引き寄せることもないし、その世界をみることはありません。

 

あなたが自分が望む体験を自由に発想するのはあなたの権利です❗️

楽しくやっていきましょう🎵

 

世界を飛び回ること

世界各国のひとたちと一緒に働くこと

人に希望を与えること

人に勇気を与えること

世界にかかわっていると感じられること

自分が成長している実感を感じられること

意義を感じられる仕事

誰かの役に立っていると感じられること

自分である程度進められる裁量があること

お互いに尊重があってコミュニケーションがある職場

助け合うような人間関係がある職場

みんなで一緒にやり遂げるチームワークを感じられること

自分の能力をかってくれる上司のもとで思い切り働けること

正直まだよくわからないけど、自分の能力が活かせるところ

早く出世できるところ

ステータスの高い仕事

お金を稼げるところ

早く帰れて家族との時間を優先できるところ

スーツを着なくてもいい仕事

スーツを着る職場

語学力を活かせる仕事

おしゃれな人たちを一緒に働けること

デザインや感性を活かせる会社

クリエイティブな会社

勢いのある会社

自由な雰囲気があるところ

ものづくりに関われるところ

フレキシブルなスケジュールで働けるところ

企画力を発揮できるところ

プログラミングにかかわれること

新しいアプリを開発できること

 

さて、あなたの感覚に近いものはありますか?

 

自分が望むことを明確にすることこそが大切なスタートの一歩です。

 

自由に楽しく発想し続けてくださいね (*^-^)ニコ

自信がない人は自分に非現実的な期待をしすぎー 他人と自分にたいする「期待」をやめたら人生とても楽になる!

他人にも自分にも期待はしない方がいいです。

 

なんでそんな「夢のないこと言うの?」と思う人がいるかもしれないですが、

 

自分を信じるという意味でのfaith(信じる)と、他人は自分はこうあるべきだというニュアンスを含む(期待する)はまったく意味が違います。

 

私たちは現実的でない期待と幻想をして、他人がその欲求をを叶えてくれないことにイライラして、または、自分に過度な期待をかけて落胆をして自信をなくしていることがあまりに多いからです。

 

そうは言っても、人間は「期待」をしてしまうので、自分に「現実的な」期待をしよう、という言い方にしました。

 

始める前はすごくテンション高くワードプレスやる!とかブログやる!と言ってたのに、思うように反応がないのでそれで止まっている、という方がいました。

 

これはどういう問題でしょうか?

能力の問題なのでしょうか?

 

一度でも書いた人はわかると思いますが、今の情報過多の時代にブログを書いても最初は検索エンジンに認識すらされませんし、ましてや人が検索してくれて、それで問い合わせや申込みがくる、までにはそれなりの継続と情報量の積み上げがいります。

 

これは、書くスキルの問題ではありません。

 

まず、今の情報過多の時代でサイトやブログを立ち上げるということに対する現実的な事実の把握が欠けている、という問題です。

 

そして、自分にたいする期待の問題です。

 

もしかしたら、すべてに気付いていなくても自分はこうでありたい、自分はこうであるべきだ、という自分に対する「期待」が心の中ではたくさんあるかも知れませんが、私たちは「スーパーマン・スーパーウーマン」ではありません。

 

語学力にしろ、スキルが身についたり、何かの成果が生まれるまでにはある一定量の時間もエネルギーもいります。これは単純に物理の法則です。

 

もし自分はいつもどこかで自信がないな、と感じる人は、「自分はスーパーマン・スーパーウーマンだ」という「期待」をやめましょう。

 

期待には、事実をありのままに確認して判断してその中で考えられる最善の対策をとる、というよりも、幻想や妄想(~だったらいいな、これがあれば幸せになれるだろう、こうあるべきだ)を含むニュアンスがあります。

 

事実関係や現実をありのままに見ているというよりは、自分の独特のレンズで目の前の出来事を判断して、自分のパターンで結論をだしている、という可能性がある、と考えてみましょう。

 

そして今やっていることを楽しみましょう。

 

何か大きなことを達成したから喜ぶのではなくて、今日自分がベストを尽くしたこと、今日新しい体験をしたこと、今日新しく発見したこと、学んだこと、今日はじめて作ってみた料理を喜びましょう。

 

その中で、昨日できなかったことをもし今日できるようになったらそれはとてもラッキーです。

 

ほんとうにそうだと思います。

 

楽しいことは続けられますから、気づいたらその延長で語学が伸びているかも知れませんし、何かが出来るようになっているかも知れません。

 

イチロー選手は毎日一ミリ足の位置を調整して自分のベストな打ち方を毎日一ミリでも研究して、改善することをおこたらなかったそうですが、イチロー選手にとっては一つ一つの行為自体が「喜び」だったのでしょう。

 

誰にも自分にも期待しないで、ありのままの自分と付き合う方がよっぽど楽で生産的なのです。

 

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議論と対話は違うーじゃあ「対話」ってなあに?ほんとうの理解や新しい発想を生みだす対話とは?②

無理にこちらが話そうとして相手にとって面白いのかわからない話題を続けるよりも、

質問をして相手に話してもらった方がいい、と言いました。

 

そして、

会話を広げる質問として、「対話的な質問」というのを挙げました。

 

では、何を「対話」と言うのでしょうか?

 

対話の特徴の一つはその前提とそのアプローチにあります。

 

私自身、南スーダンで元反政府軍の人たちと関係を築いていく中で、非常に役に立っていたと感じた「対話的な質問」がありました。

 

例えば、彼らが怒りだす時、彼らの真意がなかなか掴むめない時、表面的には同意しているようでも、何かがお互いの間で理解されていないように感じた時などです。

 

「今、あなたが仰った事はとても大切だと感じました。あなたが仰ったことを理解したいと思っているのですが、よかったら、どうしてそのように考えるようになったのか教えていただけませんか?と、聞き続けたことです。

 

別の言い方をすると、次のような意図の質問をすることです。

 

◎ どのような考えでその結論にいたったのですか?

◎ そうおっしゃるのにはどんな理由があるからですか?

◎ その考えの背景にはどんな事実や体験があるのですか?

 

これはどういうことを意図した質問かというと、

 

相手はなぜそう考えるのかということを理解する質問です。

 

その意味とは、

 

人が何かいう時、自分の意見や感想をいう時、

「人にはなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景がある」という前提に立つことです。

 

その意見そのものとは同意できないし、相容れないように思っても、

人はなぜそう考えるのかというそれぞれの体験や背景は理解できるという考え方です。

 

そのためには聴くことにもっと意識的になることが必要です。

 

自らの意見を正当化し、議論に「勝つ」ためではなく、

自分とは違う意見や異なる視点を理解するために聞くこと。

 

相手の考えを主観的なものだと決めつけるのはなく、

相手がどのような体験を経て、

そのような考えを持つように至ったのかを理解するために聞くこと。

 

相手が間違っていると証明するためではなく、自分の理解を広げるために聞くこと。

相手に反論するためではなく、お互いの共通の理解を得るために聞くこと。

 

自分の推測に基づいて聞くのではなく、

新しい理解や可能性にオープンになるために聞くこと。

 

議論も対話も両方が必要なものですが、

お互いの理解や洞察が深まったり、新しい見方ができるようになったり、

参加者が納得するような同意が生まれる時には、

なんらかの形で対話的な要素が起こっていると言えます。

 

 

その上で、

一時的に自分の考えを保留し、人それぞれに持っている意見や価値観の背景、理由を探求し、共有できる新しい考え方を共に探っていくこと。

 

対話の力は、

変化の早いこれからの時代、

 

新しい発想や創造性を生み出す場づくりのスキルとして、

課題解決のスキル等として、

主体性を引き出す新しいリーダーシップのスキルとして、

多国籍なチームや全く違う考えを持つ人たちと会話を広げ合意を得ていくために、

対立や紛争解決(conflict resolution)の手段として、

 

これからますます大きな力となることでしょう。

議論と対話は違うーじゃあ「対話」ってなあに?ほんとうの理解や新しい発想を生みだす対話とは?

前回、無理にこちらが話そうとして相手にとって面白いのかわからない話題を続けるよりも、質問をして相手に話してもらった方がいい、と言いました。

 

そして、

会話を広げる質問として、「対話的な質問」というのを挙げました。

今回はこの対話的質問というものもっと詳しく取り上げたいと思います。

 

対話は大事ということを反対する人はほとんどいないと思いますが、でも対話が何かということを理解していたり、実際の会話の中で「対話」をしている人はあまり多くないようにと思います。

 

ここで言う「対話的な質問」とは、相手に対するほんとうの理解や相互理解に基づいた会話、新しい発想を生むための土台とも言えます。

 

まず対話的な質問をするための「対話的メンタリティー」について触れたいと思います。

 

「対話的メンタリティー」とはどういうものでしょうか?

 

それは、

 

自分の視点や価値観を押し付けずに、いったん相手の意見を受け止め、なぜ相手はあのような事を言うのかと相手の視点で物事を見ること

 

自分の視点と考えから一旦距離をおいて、

 

相手の視点と立場に立ち、相手の相手の思考のフレームワーク、価値観や感情を理解する姿勢を持つこと

 

相手と見ている全体像が違ったとしても、同意するかは別として、相手の立場から状況を捉えていくこと

 

相手の視点と立場から物事を見て、相手の考え方や感情を理解しようとする姿勢です。

 

ここで言う理解するとは同意するとは違います。同意する必要はありません。

でもこの人はこういう発想をしてこう考える人なんだ、という理解をする、という意味です。

 

時にはこの人のことさっぱりわからない!

と言いたくなる人も人生においては何人かはいるでしょう。

実際、どうがんばってもこの人とは分かり合えないという人も存在しますが、

わかり合う必要もないので、相手の視点を理解してみようという姿勢です。

 

 

コミュニケーションの種類: 議論(discussion)と対話(dialogue)

 

では、対話(dialogue)は、議論やディベートとはどう違うのでしょうか?

コミュニケーションは大きく3つの種類に分類されます。

 

① 伝達 = 情報のA地点からB地点への移動(ほとんどの情報発信、通達はここに分類される)

 

② 議論(discussion)=互いに自説の優位性を主張し、相手を説得する。すでにある選択肢の中から、問題解決のためにどの意見が優れているかを検討し、最も妥当性の高い結論を導きだす。提示されている選択肢が適切であれば、適切な答えが導きだされるが、基本的にはその範囲内で、説得と譲歩を繰り返しながらなんらかの結論が導き出される。

 

③ 対話(dialogue)=選択肢として挙げられている考えそのものの前提や評価の基準を再吟味する。誰も一人では理解を深めることは出来ないという前提の上で、意見を交わし、自らの理解と発想をオープンにすることによって生まれる創造的な相互作用のプロセス。

 

ここにおいて、コミュニケーションの種類を大きく分けるのは、話し手が発したものが最終地点の受け手にどう伝わり、どのような結果や行動を生んだのか、そして、発し手と受け手の双方にどんな結果を生んだのか?の点です。

 

コミュニケーションの種類と創造性 (creativity)

 

ではこうしたコミュニケーションは組織や創造性にはどう影響するのでしょうか?組織においては、コミュニケーションが一方的であればある程、通達スタイルであればある程、受け手は上司や強力なリーダーが「何をすべきか」を「指示」、または「命令」してくれるように依存する傾向が高くなります。別の言い方をすると、メンバーはより受け身になります。

 

対話は、それぞれの参加者は、それぞれが互いに補完し合うものという前提を持つので、コミュニケーションスタイルが対話型になればなる程、メンバーの向上心と自主性が高まり、それぞれが自ら課題を発見していくことに繋がります。

 

結果、対話的な会議や話し合いでは、リーダーは「答えを持った人」というよりも全体のプロセスの世話人としての役割を担うようになります。

 

いわゆる一対一の「コーチング」では、答えは相手の中にすでにあるという前提で、それを引き出すような質問をなげかけていきます。

 

ハーバード・ビジネススクールのデイビッド・ガービン教授は、組織がより創造的に機能するためには、「コミュニケーションの回数が多いよりも、むしろコミュニケーションがオープンに行えるかどうかが重要である」と指摘し、以下の三点を創造的な組織を支える要因として挙げています。

 

1.精神的な安全(思ったことを自由に発言できる)

2.違いの尊重(意見や考えの食い違いが起きても建設的な対話ができる等)

3.新しいアイディアの許容度(新しいアイディアが尊重される)

コミュニケーションの種類と創造性には相関関係があるのです。

 

対話が注目される背景とは?

こうした点から、対話が注目される背景には以下のような点が挙げられます。

  • 環境の変化が早く、組織が抱える問題はより複雑化し、リーダー一人だけでは解決できない
  • 今までとは違う考え方やアイデア、多様性が必要とされている
  • 成果を上げるチームを迅速に育成するニーズ
  • 新しいリーダーシップのスキルと能力の必要性
  • 学びを促し、継続させるスキル、場と組織文化の育成

 

では、何を対話と言うのでしょうか?次にそれを見ていきます。

自分は何もできませんという 「偽りの謙虚さ」と自分を誰かの下にする自己卑下は実は「傲慢(ごうまん)」

自分に正直になるということは
自分を小さくしないということ
自分は何もできませんという
「偽りの謙虚さ」と自分を誰かの下におく「自己卑下」は「傲慢さ」です。
あなたの人生はあなただけのものではありません。
あなたがこれまで体験した経験、あなたが感じていること、あなたに与えられた教育、日本に生まれたあなたに与えられた機会、神さまから生まれもって与えられた能力や才能はあなただけのものではありません。
偏差値や学校や社会の一つの評価軸で自分の能力を決めつけてはいけません。
自分を狭い箱の中からそっとゆっくり出してあげましょう。