12/10(日)開催❗️答えがない時代なら、自分の答えをみつけよう!考える順番と型を学んでつける本当の力

この講座では、「自分のとっての答え」を導きだすための考えるステップを学びます。

 

なぜ「自分にとっての答え」かと言うと、今の時代においては、答えはたった一つでは ないからです。一つの答えが全員に当てはまらるとは限らないからです。

 

考えるステップには次の三つの効果があります。

 

1、考える向きを整えてくれる

2、考える順番を教えてくれる

3、考えるための質問(型)をくれる

 

 

今時代が大きく変化しています。

 

いろんな面で激動の一年でした。

時代が今までとは違うことを感じてらっしゃる方も多いかも知れません。

みなさんは最近どんな体験をされていますか?

 

 

時代が大きく変化している時に大切なことは、自分で考えて、自分で判断できることだと思います。

 

そうした力があって、本当に大切なことを大切にできると思うからです。

 

考える力というと、ロジカルシンキングを思い浮かべるかも知れませんが、この場合の「考える力」とは、何がほんとうの問題なのかを自分で理解できて、目の前の状況を整理できることです。

 

もし決められないのならどうしてなのか何について迷っているのか、など、自分の中で起きていることを理解できることです。
 

私たちはいつも何かを選んで決めています。

 

自覚がある場合もあれば、自覚がない場合もあるでしょう。

 

いつでも完全に自信を持って決められるわけでもありません。

 

自分の体験を振り返っても、南スーダンや東ティモールに行く時など、不安で胸が押しつぶされような時もありました。

 

完全に自信があるから前に進めるわけではありません。決めた後でさえ、迷いがよぎる時もあります。

 

自分を信じるということは、自分の直感や内なる声に全身で耳を傾けて、神経を研ぎ澄ませていくと同時に、

 

自分で目の前の状況を整理して、判断する力もあってこそ前に進めていけるのです。

 

そのために、何をどの順番で考えていったらいいのかを学ぶことができます。

 

「考える」には順番があります。

 

「頭がいい人」とは、考える順番を知っているだけです。

 

なんらかの課題や問題について考えようとしても、思考がそこで止まってしまう時、なんとかしなきゃいけないと焦るばかりで、何をどうしたらいいのか分からなくなっています。

 

または、なんらかの感情が考えることを邪魔をしても気づかずに、同じところをグルグルと
回っているのかも知れません。

 

自分の思いぐせや思考プロセスを理解できると、

 

よりはっきりと

わかり、

考え、

自分で答えを出すことができます💡💡💡

 

直観.jpg

 

自分で決めることができると自信が生まれます。

閃きやインスピレーションも「考える型」を知ってこそやってきます。
 

この講座では、講師の国連や紛争地での体験を通じて体験したことや、オックスフォード大学のチュートリアル(教授との一対一対話)体験を基に、「思考プロセス」と呼ばれる「考えるステップ」をより日常的に使えるようにして学んでいきます。

 

効果的に「考えるため」の順番について学びます。どんな問題にも当てはめることができ、自分のとっての答えを導きだすため「5つの質問」を学びます。

 

思考プロセスを学ぶことには、次の三つの効果があります。

1、考える順番を教えてくれる

2、考える向きを整えてくれる

3、考えるための「型」をくれる

 

 

《この講座をお勧めする人》

⭕️プレゼン力や伝える力を伸ばしたい人

⭕️ チームメンバーの意見を引き出し、お互いの強みが活かされるような場を設けたい人

⭕️コーチやカウンセラーや教える人など、人を依存させずに援助し、効果的にサポートするための力を身につけたい人

⭕️落ち込んでしまう時に、自分で元に戻れるようになりたい人

⭕️今の仕事とやりたい方向性にギャップを感じている方

⭕️やりたいことはあるけれど、自信が持てずに前に進めなくなってしまう人

⭕️自分が何をやりたいのか、落ち着いて考える時間を持ちたい人

⭕️今までそれなりに成果を出してきたが、別の発想ややり方が必要だと感じている人

⭕️これまでの体験を整理し、未来に向けた方向性を明確にしたい人

 

《講師 大仲千華 プロフィール》

国連ニューヨーク本部、東ティモール、南スーダン等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事に従事。国連の平和支援の最前線である南スーダンでは80人強の多国籍チームのリーダーを務める。紛争国での体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。

米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。帰国後、PTSDと燃え尽き症候群になり、起きれなくなり、心理学やカウンセリングを学び始める。

海外でトラウマケアのトレーニングを受け回復。直観能力とヒーリング能力が飛躍的に開花。

日本人がもっと自由に生きること、個人として生きる人を増やしたい、世界の役に立ちたい人たちをサポートしたいと思い、コーチングとカウンセリングを始める。

 

《日時》

2017年12月10日(日)9:30-12:00

 

《場所》

スクエア荏原第2会議室

アクセス➡️http://www.shinagawa-culture.or.jp/hp/page000004000/hpg000003907.htm

 

《参加費》

3,000円(税込み)

 

⭐️お申込み⭐️

定員に達しましたのでお申込みを締め切りました。

⭕️お申込み⭕️ありがとうございました!

 

「内なる声に従っている人が一人いる方が、そうでない人を何百万人も集めたよりも大きな力になる」

 

この講座は、新しい時代をつくるリーダー育成事業の一環です。

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12/11(月)@上智大学17:00~19:00でお話しします!対話は全身をかけた「闘い」だ

人は対話をソフトなものと言います。ほんとうの対話とは全身をかけた「内的な闘い」です。

 

不安やおそれ、相手への疑いがすぐに部屋に充満します。

 

紛争当事者がテーブルをはさんで激しいやり取りを繰り広げる中、この会合が失敗に終わりそうだと他の人たちが感じ始めても自分の落ち着きを保ち、上手くいく方向にフォーカスし続けることができるか???

 

そんな数ヶ月の「内的な闘い」を経て、争い合う個人同士でも個人レベルでは信頼が生まれるのを見ました。

 

そしてこの「闘い」は日本でもどこでもごく日常的にあることに気づきました。

 

怖れは怖れしか生みません。

 

難しいテーマである程、会議室には言葉にされなくてもすぐに不安や疑い、怒り、フラストレーション、失望が蔓延します。

 

ただ、そんな状態では、同じ意見と同じ結論しか生みません。

 

「自己認識力」と「内的な強さ」こそが、今の時代を生き抜く鍵だと思うのです。

 

 

「本当に生産的な結果を生みたかったら、私たちは内的な強さを持たないといけません。自己認識力を持ち、自覚の質が高くなるほど、結果は自然についてきた」

シーラ・エルワージー(ノーベル平和賞に3度ノミネート)

 

そんな時に新しい発想ややり方に導くことのできる「考え方」や「自己認識力」、「内的な強さ」とはどういうものでしょうか?

 

12/11(月)@上智大学17:00~19:00でお話しします。

 

シンポジウム「みんなのグローバル・キャリア」

http://www.sophia.ac.jp/jpn/info/news/2017/11/globalnews_2548/1122news2

 

日本の大学を卒業後、グローバルに活躍する女性たちをパネリストにお迎えし、ご自身のキャリアを切り拓いたきっかけやちょっとしたヒントを来場者と共有します。

日時:12月11日(月)17:00~ (予約不要、入場無料)
場所:四谷キャンパス2号館17階1702

パネリスト:
近藤明日香氏(日本経済新聞社FT事業室兼グローバル事業局)
大仲千華氏(株式会社Peace Blossom 代表・元国連PKO局武装解除社会復帰専門官)
伊藤久美氏(みずほ証券投資銀行部門)
河村愛氏(開発コンサルタント・グリーンエイト株式会社)

司会:
新井範子(経済学部経営学科教授)

ファシリテータ:
細萱伸子(経済学部経営学科准教授)

フライヤー(PDF)は  こちら

 

自分の人生の目的は?何を目指せばいいのか?を知りたい人へ「人は自分が考え注目しているものになっていく」という原理

「人は自分が最も深く考えているものになっていく」という原理があります。

 

この場合の「考えている」とは、はっきりと考えているものもあれば、なんとなく意識を向けているもの、注意を向けているものも含まれます。

 

自分は普段何を考え、何に意識を向けているのか?

自分の人生はいったいどこに向かっているのか???

 

その答えを知りたい方に質問です。

 

三日目にスマホで検索していたものは何ですか?

三日前にランチで食べたものは何ですか?

本棚やよく見る記事で多いのはどういうものですか?

それはどうしてですか?何について知りたいのですか?

最近感動した映画や本は何ですか?それはなんでですか?

 

自分が普段何を考えていて、意識を向けているか?

 

たった三日前なのに食べたものがすぐに思い出せない時もあります。

 

自分なりにすごくはっきりと意識して選んだ場合には覚えていますが、

「なんとなく」「とりあえず」選んだものは覚えていないし、

スマホを手にしたら、いつの間にか「なんとなく」時間が過ぎてしまうことなどいとも簡単です。

 

「人は自分が最も深く考えているものになっていく」ということは、

 

「なんとなく」「とりあえず」では、

 

人生の目的地もわからずコンパスもないままに、新しい時代の始まりという稀有な時代に生を受けながら、ただ大海をふらふらと漂流するだけになってしまいます。

 

いくらAIがおススメの歌やおススメの商品を教えてくれたとして、それは今の自分や今の人間の延長でしかありません。

 

AIは、たくさん消費するように教えてくれるかも知れないけど、自分にとっての「人生の目的地」は教えてくれません。

 

「人生の目的地」は、「なんとなく」ではたどり着けません。

 

同時に、スマホで人が見るものが違い、同じ本を読んでも感じることがそれぞれ違うように、そこにはが注目を向けているもの、そして、自分なりの視点や切り口があるのです。

 

なぜ自分はこれに興味があるのか?

私は何を求めているのか?

わたしはなんでこれに心を動かされたのか?

 

 

ナチスによるアウスビッツ収容所を生き延び、その後精神科医となったヴィクトール・フランクルは、こう言っています。

 

「人が本当に求めているものは、安全などではない。自分の心の深いところで鼓舞され、自分の人生の目的に向かって努力していることだ」と。

 

それが何か分からなくていいのです。

求めましょう。

探求しましょう。

 

人は、自分が目を向け、注意を向け、求め、考え、探り続けているものに向かっていくのです!

なぜ日本人は有名人が暴行や事件を起こすと騒ぎ立てるのか❓❗️その下には⭕️⭕️の自分像が隠れている

日本では、有名人が暴行や事件を起こすと大きな注目を集めることがあります。

「ほらみろ、我慢して抑えないとああなるぞ」という声が聞こえるようです。

 

日本は本音と建前の社会と呼ばれるくらい、ほんとうはみんな知っているのに口にされない、「こうであるべき」ことと「現実」の分離が大きい社会だと言えます。

 

もちろん、「間違いがない」という意味で完璧な社会も組織もそもそも存在しないのですが、そういうことを口にしたり、健全に話し合うことも習ったこともないし、そもそも人間の中には欲望や衝動などネガティブな面が存在するということをどう扱ったらいいのかわからない、という戸惑いのようなものも感じます。

 

ただ、闇の部分を否定して、抑えつけるだけでは、それらを一時的にカーペットの下に隠してしまうだけで、かえって、その問題に対処することを難しくしてしまいます。

 

なにより、誰の中にも存在するものを否定するだけでは、不寛容で生きずらい社会を作り出してしまいます。

 

 

誰の中にも「ポジティブ」な面も「ネガティブ」な面があります。

人間の中には「善人」も「悪人」もいます。

強みもあれば弱みもあります。

 

車の運転を始めると突然態度が変わる人は誰の周りにも一人や二人はいると思います。

 

最近は、心理学者によってポジティブな面ばかりを強調することの弊害が指摘され、「ポジティビティー・バイアス」と呼ばれています。

 

例えば、ポジティブな面ばかりを求める人は、

ーネガティブなことに対する免疫力が低い

ー予想外の出来事が起きた時に対処できにくい

ーネガティブはいけないという思い込みを強化している

ーネガティブな側面や感情を否定することはポジティブな感度も麻痺させる

ーネガティブな感情・側面が資源や才能になることを見逃している

ーネガティブの存在価値を無視している

ーポジティブもネガティブも両面あって全体をなすという理解がない

などです。

 

ただ、私たちは「怒ってはいけない」「感情的になってはいけない」「いじめはいけない」と言われてきたものの、自分の中の「ネガティブ」な部分や「シャドー」に対する理解もなければ、適切な対処の仕方も習ったことがありません。

 

 

これまで、私たちの「シャドー」に対する典型的な対処方法は、「批判する」、「避ける」、「真逆を繕う」でした。

 

お役所のポスターのように、「いじめをやめよう」「パワハラはいけない」「暴行はゆるせない」と言うことは簡単ですが、「いけない」というだけでは、それが無くならないことは誰でも知っています。

 

人は、自分の中のネガティブな面に触れるとすごく嫌な気持ちがするので、誰かを責めたり、批判したくなります。

 

誰かを批判すると一瞬は気分がよくなる気がするのですが、実はかえってその気持ちを「強化」してしまいます。

 

次に私たちがとる作戦は「避ける」です。

 

あの人を見るとどうしてもイライラする、ともかく嫌だ、という体験は誰にもあると思います。

 

理屈はわからないけれども、「ともかく嫌だ」と感じてしまうのです。身近な人かも知れないし、職場の人かも知れないし、テレビでみかける人やドラマの登場人物かも知れません。

 

そして、その人を避けようとするのですが、なぜか場所や場面を変えても、似たような人に出会ったり、同じような体験をすることがあります。

 

実は、これは決して珍しいことではありません。実際、わたしがコーチングで出会う方の中でも、よくよく話しを聞いてみると、似たような体験を繰り返していることがあります。

 

相手がどんな人であれ、どんな課題であれ、避け続けることは根本的な解決にはならないので、そこにはその人にとって向き合う課題があるのです。

 

そして、「真逆を繕う」という作戦です。

私たちは誰もがあるレベルにおいて、自分の中の否定的な考えや欲望、衝動の存在に気づいています。

同時に「『本当の自分』の姿がばれたら嫌われるのではないか」という潜在的な怖れを持っているので、無意識に自分を一生懸命に抑えようとしています。

 

「本当の姿」を隠すために、仮面を何重にもかぶることになります。

 

「人当たりのいい人」になる人もいれば、「冷静で頭のキレる人」になる人もいれば、「がんばり屋さん」になる人もいれば、「優秀で常に完璧にこなす人」になる人もいます。

 

あまりに隠したいので必死に仮面をかぶり続けるのですが、大抵、その下には「真逆の自分像」が隠れています。

 

例えば、このような例です。

一生懸命に「いい人」を演じている人は、自分が「わがままである」と思っている

「冷静で頭のキレる人」になる人は、「自信がなくオドオドしている自分」が嫌いだと思っている

「がんばり屋さん」な人は、自分は「不充分だ」と思っている

「優秀で常にかんぺきにこなす人」は、「完璧でないと愛されない」と思っている

 

大抵こうした「真逆の自分像」とは、小さい頃に叱られた体験や、「お前はおかしい」などと大人から言われた一言がきっかけだったりするのですが、私たちはそうした否定的なメッセージを信じ自分の意識に取り込んでしまうと、自分の一部も同時に奥深くに隠してしまいす。

 

自分のやりたいことが分からない、本当の気持ちがわからない、やる氣がわかない、冷めてる、自分をもっと思いっきり表現したいのに小さく縮じこまっている気がする…

 

という場合、その根本的な原因は「シャドー」だったりします。

 

なぜなら、「本当の自分がでてきてしまったらどうしよう?!」と自分を無意識に抑えてしまう時、シャドーだけでなくて、自分の活力や才能、創造性なども一緒に抑えてしまうからです。

 

視野も考え方も凝り固まってしまい、それ以外の見方も可能性もまったく見えなくなってしまいます。

 

世界の動きが激しい今の時代、自分の感情やシャドーを抑えようとするだけで多大なエネルギーを使いますから、才能を発揮するどころかエネルギー切れをおこしたり、行き詰まったり、無気力になってしまいます。

 

マスクからはほんとうの力も活力も湧きません。

 

「マスク」の自分がいつの間にか本当の自分だと信じきってしまって、自分の本当の気持ちも望みもわからなくなってしまいます。

 

自分はこうあるべきだという「理想的な自己像」も心の奥深くにある「真逆の自己像」も、そもそもほんとうの自分ではありません。

 

今の日本の問題の一つに、無関心や無気力があると感じますが、それにもシャドーが関係していると思います。

 

人は自分の中のネガティブな部分を認めず、「ポジティブ」なことだけを求めたり、組織や社会で表面的に「正しいこと」だけが強調されると、かえって冷めてしまうというバランスの原理があります。

 

表面的なポジティブの下には同じ位ネガティブも存在することを認識すると、物事を全体的に理解できるようになって、自分の見方も感じ方もバランスを取り戻すことができます。

 

シャドーは、「自分の中にもそういう面がありるかも知れない」というオープンさを持って、その存在を心の中で自覚し光を当てれば、自分の一部となって、才能やひらめきをもたらしてくれます。

 

創造的なイノベーションとエネルギーを生み出します。

 

才能には、鍛錬を積み開花するものと、「本当の自分でないもの」を「削ぎ落とす」ことによって開いていくものがあるのです。

 

💡💡💡💡💡💡💡💡

源(内なる声)に従っている人が一人いる方が、そうでない人を何百万人も集めたよりも大きな力になる。

コーチングセッションは、新しい時代をつくるリーダーの育成です。

詳細はこちらより⇨https://chikaonaka.com/coaching/

 

💡💡💡💡💡💡💡💡

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、きっとよくなると思っている時に気をつけるべき「ちゃぶ台返し病」

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、きっとよくなると思っている時に気をつけないといけないことがあります。

 

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、確かにいろんなことが変わりますから、確かにそういう面はあると思います。

「ここはなんか違う」「私がいるべきところじゃない」という感覚は自分でわかりますし、私

自身もそういう時期があって、その時の職場から抜け出した時には、すごくホッとしたのを覚えています。

 

同時に気をつけないといけないことがあります。

それは、ゼロか100かの思考パターンになっている時です。

すると新しい仕事でも似たような体験をするかも知れませんし、「あれ、思っていたのと違う」ということになりかねません。

 

なぜなら、自分が「問題」だと思っていることの根本は、仕事でも上司でもなく、自分の「内」にあるかもしれないからです。

 

私はある時、すごく引っ越しがしたくてたまらなくなったことがあります。

 

駅からも近いし、眺望もよくて、築浅でキッチンもバスルームも新品で綺麗だし、エントランスも心地よくて、来る人はみんな気に入ってくれる恵まれた環境にいたのですが、

 

唯一のお悩みは日当たりが悪いことで、夏は西日が暑いくらいなのですが、冬になると日当たりが欲しいなあ~と感じていました。

 

ある時、その感覚がだんだんと大きくなっていって、ついに「引っ越したい!」とさえ思いました。

 

太陽(日当たり)を求めるのはにんげんの生理学的にもごくごく自然な欲求だと思うのですが、

「日当たりが欲しい」が「もう嫌!」と嫌な方にフォーカスがいってしまって、その感覚がどんどん大きくなっていって、ついには、「これさえ変わればよくなるに違いない」というような感覚にさえなっていきました。

 

何件か物件をみたのですが、ピンと来るものがなかったので、結局引っ越しはしなかったのですが、その時は衝動のように「いやな面」がフォーカスされてそれから逃れたいというような気持ちになったのを覚えています。

 

ある時は、ある時期の仕事を思いださせるものがすべて嫌になってしまって、その時のスーツをほぼぜんぶ処分してしまった時もありました。

そして後で、「あれ〜なんでぜんぶ処分しちゃったんだろう?一つや二つはとっておいてもよかったよなあ」と思うことがありました。

 

自分でもちょっと極端だったと思うのですが、人にはそういう思考(衝動)におちいる時があります。

こういう衝動を「ちゃぶ台ひっくり返したい病」と呼んでます(笑)

実際にストレス研究では、人はストレスや不安が高い時、ゼロか100かの思考パターンになりやすいと言われています。

 

こういう場合に何が起きているかというと、自分の中の自己嫌悪などのネガティブな思いや感情が何か周りのものに投影されている(映し出される)のです。

 

そして、それがすごく「いや〜」な感じを思い出させるので、もう離れたい!と思うのです。

 

でも実際に嫌っているのは、自分の中の部分なのです。

 

これが住みか、仕事やパートナーなどに投影されてしまうと大変ですね。

 

もし、「いや〜」な感じがしているのだとしたら、周りの環境や人や出来事になんらかの投影をしている可能性が高いですね。

 

仕事でいうと、「次に進む時だな」と思う時と、もうこれ嫌!と避ける・逃げる感じはかなり違います。

 

今の仕事はいろんなことがあって大変だったけど、自分がやるべきことはやりきった、この仕事で学ぶべきことは学んだ、といった感じがあるか、または次にやりたい仕事への思いがすごくあるかなど、といった感覚があります。

 

グッドニュースは、人や住まいを変えるのは大変だけど自分の中の感覚はいつでも変えられることです!

(‘-‘*)フフ

「コントロールする側はコントロールされる側におびやかされ、いつ反乱されないかという不安と猜疑心に悩まされる」心理学者が指摘する力の行使の限界

この数日国連総会で北朝鮮が話題の中心になっています。

 

アメリカも北朝鮮も、お互いの発言がエスカレートしていて、ロシアの外相からは「幼稚園児のけんかだ」などと言われる始末です。

 

弱気な態度をみせては「相手になめられてしまう」とばかり、安倍首相まで国連総会の議場で過激な発言を繰り広げています。

 

これまでは、戦争が仮に軍需産業や戦争経済のためであっても、これまでは、「テロの撲滅」など一応表向きの「大義」がかかげられました。

 

ロシア外相の「幼稚園児のけんか」発言に、「ほんとうにその通り」と思った人も多いと思います。本来なら幼稚園児レベルのはずが、破壊兵器を持っているのがやっかいなところです。

 

では、かりに幼稚園児同士がけんかをしているとしましょう。

 

それをやめさせたいとして、相手に罰を与えることはどこまで効果があるのか?

人は批判されたり、なんらかの強制を受け続けるとどうなるのか?

罰は相手の行動を変えることができるのか?

 

いったん、国際政治(「『国際政治』のふりをした大きい体をもっった子どものけんか」という方が正しいかも知れませんが)を脇において、こうした点を親と子どもの関係性を例にとって見てみたいと思います。

 

「従来の『しつけ』では、罰は子どもの攻撃的な行動を防止するものとされてきました。

 

しかし、「きびしく、懲罰的な、力に基づく罰は、実際には子どもの攻撃性を引き起こす」と指摘するのは、心理学者で、親が子どもに対して本当の影響力を持つことを学ぶ「親業」と呼ばれるプログラムを世界各地で何万人もの人たちに教えてきたトマス・ゴードン博士です。

 

親業.jpg

 

ゴードン博士は、子どもに罰を加えることは、何らかの意味で子どもの欲求を満足させないことであり、不満のある時人は攻撃しやすくなる、と続けます。

 

親業では、力で子どもの言うことを聞かせようとすることがもたらす結果について以下の点を指摘しています。

 

この場合の力とは、体罰や罰を与えることといった身体的な力だけでなく、過干渉や言葉による暴力なども含まれ、なんらかの方法で親の望むように動いて欲しいとコントロールしようとすることです。

 

1、暴力の連鎖を引き起こす

暴力は子どもの攻撃的な行動を促進する。「欲しいものが手に入らないときは、そのために闘え」「対立で勝つのは大きくて強いほうだ」という考え方を植え付ける。攻撃を抑するためにさらに力を使うことは当たり前だと考える。子どものときに体罰や暴力を受けて育った人は、配偶者や子どもに暴力をふるう傾向が高い。

 

2、人を力でコントロールするには大きな労力がかかる

人を力でコントロールするには時間もかかるし、カネもかかる。効果を確実にするには細かい監視がいる。おとなの命令や要求に子どもは抵抗するので、その抵抗を取り除くことに時間がかかる。従わない子どもにはなんらかの対処をしなくてはならない。

 

3、おとなの罰はいずれ品切れになる

子どもが青年期になるにしたがって、体格は大人並みになり力も強くなる。大人が罰を使おうとすれば子どもからの仕返しを受ける危険がある。相手が大人になるにしたがって、それまで頼りにしていた力のほとんどを大人はもう持っていないことに気づく。

 

4、強制は困難で時間がかかる。

コントロールされる側は、押し付けられた決定をすすんで実行しようとしない。一方的にルールを作ったり、意思決定するのは最初は時間が少なくて済むように見えるが、命令や決定事項を受け入れさせるには限りなく時間がかかる。

 

5、コントロールしている側が力の限界を知っている

コントロールする側はコントロールされる側におびやかされている。いつ力を失わないかと不安になる。周りの人に猜疑心や不信感がたえず安心できない。強権的な方法で一時的に反対勢力をおさえられても、相手は地下に潜り後で爆発する。どのような力ももともと不安定である。コントロールしている側が、こうした反乱の連鎖と力の限界をあるレベルでわかっているからこそ、不安と不信の「心理的ドロ沼」に陥る。

 

南スーダンでなぜふたたび内戦が起きたのか、一般的には民族紛争と説明がされていますが、その根底にはこの反乱の連鎖がある、と私は思っていますが、その根底にあるのもこうしたメカニズムです。

 

力でコントロールされてきた地域では、力を取り戻した方がさらに強権的になる、という連鎖が起きやすいのです。

 

 

こうした力のダイナミックスは、家庭や会社、組織、政府にそのまま当てはまります。

 

親と子の関係は、会社での上司と部下の関係にも当てはまります。

 

「あまりにも長い間、私たちは力を崇拝し続け、力は効果があるものだと錯覚してきた。その破壊性と大きな限界についてあまりにも知らなすぎた。」

 

ゴードン博士の言葉です。27年前の発行(日本語訳)ですが、今まさに私たちはもうこれ以上見ないふりができない程に「力」の限界を見せつけられています。

 

私たちがすぐに出来ることは、私たちの日常の関係の中における力関係を見直すことでしょう。

 

では、コントロールされた側はどう反応するのでしょうか?

子どもは従順に従うのでしょうか?

もし子どもに不満があったとすると、子どもはどう反応するのでしょうか?

 

ゴードン博士は24の子どもの反応をあげています。

 

力で人に言うことことを聞かせようとするのは可能なのか?親に強制される子どもはどう反応するのか❓」に続く。

「自分が望んでいることを本当はもう知っていると気づきました。」 会社を辞めようと思っていた人がたったの数週間で体験した「そこに向かっているという充実感と自信」

わたしは国連職員と米軍のコンサルタントを経て、コーチングを仕事とするようになりました。

 

日本ではコーチングやカウンセリングを受けに来る人は、メンタルヘルスの問題があったり、なにか「問題ある人」のように思われるかもしれません。

 

でも、アメリカでは企業の幹部の人たちがコーチをつけ、自分の課題を整理したり、スピーチを練習したり、優先順位を確認したり、次のステップをみつけるための「伴走役」としてコーチをつけることは珍しくありません。

 

ニュヨーク時代の私の同僚の中には、自分の使命やミッションステートメントを作成するためにコーチをつけていた人がいましたし、現場に派遣されている国連職員でもストレスも仕事量も大きい環境の中で自分のやるべきことに集中できるように、とコーチをつけていた人もいました。

 

そして、コーチングやカウンセリングは、何かを「解決」するために受けるもの、と思われるかも知れませんが、コーチング(カウンセリングも含む)は短期的な「対処的」な方法だけでなく、より「根源的」な解決をサポートするという目的をもっています。

 

なにが「対処的」でなにが「根源的」かというと、前者は「問題解決」というベース。

 

問題を解決するというパラダイムにいるので、一つの問題があって解決ししてもすぐ次の問題がやってくるので常に忙しいが、何が本当の問題なのか、ということは問われない。

 

根源的というのは、なにが本当の問題なのかと見極めたり、自分で問題を解決していくための力をつけること。

 

この場合の問題を解決するための力とは、自分の状態(感情、気力、身体、モーチベーションなど)を把握し、よりよい状態に保てること、事実と自分の感情を区別できること、何が取り組むべき本当の課題なのかわかるようになること、そのための対処法を自分でみつけ実際に対処でき、その出来事から学ぶことができる、などです。

 

そして、問題を解決するにしろ、人生の方向が「上向き」になっています。

 

自分が本当に望むことも段々とわかるようになっていき、そこに向かっているという充実感や自信を静かにも感じています。

 

前者がいつも雑草とりに追われているようなイメージなのに比べて、後者は土を耕したり、種を植えたり、水をやったりというイメージ。目指すところは「自分というお花」が咲くことです。

 

そして、「何がやりたかったのかわかるようになった」ということが実際におこります。

 

会社を辞めようかと思っている、という方がいらっしゃいました。

 

あるプロジェクトに配置されたのだけど、担当部長は物の言い方も進め方も「強圧的」。

 

他のメンバーもけっしてチームを尊重するやり方でもなく、ある時には「いやがらせじゃないか」と捉えられてもおかしくないような言動もあったそうです。

 

しかも、会社は合併したばかり。

 

合併後は、なんでも紙で報告を求められたり、とくに理由もないのに残業を求めらたりと「旧態依然」とした旧B社の社風が浸透していきました。

 

それもあって、旧A社と旧B社のメンバーには目に見えない「バリア」が存在して、会社の雰囲気はギスギス。。。

 

そんな環境もあってさらにやる氣もそがれ、ついには原因不明の発疹さえできて、自分でも「おかしいな」と思いはじめたそうです。

 

最初の数回のセッションは、会社のそのような状況がいかに自分にとっていかにストレスで身体に負担をかけていたのかを受けとめ、そうした体験によるショックを解放していきました。

 

最初は身体にかなり「緊張」や「怒り」があるのが伝わってきましたが、感情も解放されていくにしたがって、どんどんと顔の表情も明るくなってきました。

 

自分の心や身体にどんな影響があったのかを受けとめ、自分の状態や心境を「理解」できていくと、症状が和らぐことは珍しくありません。

 

幸いに発疹も収まり、3回くらい集中的にセッションを終えた辺りから彼女の表情はまったく変わっていました。

 

肩に力が入っていたような緊張感がなくなり、印象がとてもソフトになりました。

 

そして、彼女はこんなことを伝えてくれました。

 

「今まで何を見てたんだろうと思いました。⭕️⭕️さんがなぜああ言う言い方をするのか、ただ理解して落ち着いて見れるようになりました。こちらの見方も変わったからか、不思議と相手の私に対する対応も変わりました。」

 

それまで会社を辞めようと思うほどのストレスの元だったものが変わってしまったのです。

 

しかもそれだけではありません。

 

今年の8月の夏休みをご両親の田舎のある山のなかで過ごされたとうですが、その時間がとても心地よかったそうです。

 

自然が要らないものをそぎ落としてくれたのか、ある気持ちが自然と湧いてきたそうです。

 

「自分が本当に望んでいることを本当はもう知っている」と。

 

「ずっと長年蓋をしていたこの気持ちをただ受けとめています。」

 

そう伝えてくれた彼女は、とても「すっきり」した顔をされていました。

 

より根源な部分をほんとうに自分が理解できると、無理やり自分にムチを打って自分を駆り立てなくても、ただ「理解」ができ、やるべきことや「解決策」が見え、身体も自然と動きやすくなります。

 

いつでもそんなことが起こるとは限りませんが、

 

「もう無理」「大変」と思ったことでも、その状況になんらかの変化が起こることは十分に可能です。

 

コーチングの目的は、ある問題の解決や「メンタルヘルス」の回復だけではありません。

 

その目的は、より根源的に人間として成長、成熟することです。

 

その一つは、「自己認識力」を体得することです。

 

「自己認識力」とは、ある出来事に対して自分はどう「反応」するのか、自分がなぜこういう行動や言動をしているのか、自分の反応を客観的に観れることです。