日本人はいつからロボットのようになってしまったのか?!ー言われたことはできるけどマニュアル外のことができない人の本当の理由

ベジタリアンのカナダ人の友人と一緒に出かけた時のことです。

ベジタリアンなので、食べる場所を選ばなくてはいけません。

 

カフェメニューで、アボガドサーモン丼というものがあったので、そこからサーモンを除いていただいて、アボガドとサラダだけ出していただくことはできますか?

と聞きました。

 

ご飯の上にそれを盛るだけだから、単純にできそうだと思います。

 

こういう時、お店(店員さん)の対応は見事に二極化します。

キッチンも店員さんも、「できません」というケース。

 

なんとか考えてごめんなさいね、というのではなく、マニュアに書かれたことは出来るけど、そこをちょっとでもずれると自分で考えて対応できない、という態度がくっついています。

 

そして、「今あるものでなんとかしたいと思います」と言ってくれるケース。

 

時には、シェフの方がわざわざ出てきて、今あるのはこういうものですが、こちらは大丈夫ですか?と聞いてくれることもありました。とうぜん、こういうお店の印象はアップ。次回も寄りたいなと思います。

 

けっこう前者が多いのでびっくりします。

 

しかも、ロボットのように「できません!」と言う人が(けっこう)いることに驚きます。

 

ランチ時の忙しい時でもないし、スーパー難しいことを頼んでるわけでもないのに、何がどう「できない」のでしょうか???

 

マニュアル的な決められたことはできるけど、自分で対応できない人が増えてる、とは聞いたことがあるけど、まさにこういうことか!と思いました。

 

できない!とパニクったり、いっぱいいっぱいになってしまうのかもしれません。

 

常に携帯でググれば「答え」がでてくることに慣れてしまって、やり方が一から最後まで書いてあるのをなぞることは出来るけど、

 

自分で判断する機会があまりないのかもしれません。

 

こういう場合に求められているのは、

お客さんは何を求めているのか?ちゃんと聞く・理解すること

キッチンに伝えること

または自分がシェフだったらアボガド(または何が出せるのか判断する)を出す

ということです。

 

 

イレギュラーな件にパニクる人たちは、

極点に失敗を恐れているにも感じます。

 

自分で考える=判断する=間違うのが怖い

 

でも、そもそも、「正解」も「間違い」もないのです。

 

そして、「正しくやること」に価値があるという誤解をしています。

 

「完璧」「ちゃんと」やらないといけない、と思ってます。

 

客が求めているのはそんなことじゃないのに。

 

自分に意識が向いている典型的な守りの姿勢です。

 

お客の立場をして感じたことですが、こちらの要望・言っていることをほとんど聞いていない人さえ多いのです。

ベジタリアンだって人間なんだから、ただご飯が食べたいのに、でも困ってるんだよ、というだけなのに。

 

そのことをただ理解してくれて、もし少しでも共感してくれたなら、お店の印象がどれだけアップすることか!

 

ロボット人間じゃなくて、人間が増えてくれることを願います!

頭脳中心から ハート中心の文明へーメンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

メンターの先生と「ハートメタ」が雑誌で紹介されました!

今月号の特集の一つは、

「頭脳中心からハート中心の文明へ」です。

 

ハート中心の文明へ②

 

ハート中心の文明へ③

 

頭脳中心からハート中心の文明へという意味は、すごく簡単な言い方で言うと、頭で考えることからより感じることへ、という意味だと思っています。

 

または、複雑で分断された世界から、本質をつかみつながる世界へ、みたいな方向性でしょうか。

 

本当に大切なものを豊かにみんなで一緒に味わいましょう、というニュアンスだと思います。

 

以下の記事より引用です。

 

「ハートメタは施術をする人を通して、施術を受ける相手のコアな部分につながっていきます。

 

すると、自分でも気づかない奥深くにあるブロックや制限が浮上し、内なる自分の最も深い部分からいま自分に降りかかっている問題の理由や原因が伝えられるのです。

 

その人自身が、「自分の中にすでに答えがある」という感覚にたどり着くことができるので自分で自分を癒すツールと言えるでしょう。

 

また、すでに科学的にも証明されていることですが、肉体の細胞にもさまざな記憶があります。

 

これらの記憶を変容させることで、感情レベル、メンタルレベル、スピリチュアルレベル、肉体レベルの4つから根本的な変化をもたらすことも「ハートメタ」の特徴です。

 

その人の細胞レベルでの周波数を変えることができるのです。

 

 

。。。

 

中略

 

ハートメタトレーニングは日本から始まりました。

 

香港、アメリカと続いています。

 

日本から始めたのは、あるときそういうメッセージが届いたからです。

 

日本という国はピュアなエネルギーを持っているのです。

 

私は、東日本大震災の直後の2013年に初来日したのですが、その時に受け取ったメッセージは、フェニックス(不死鳥)が灰から起き上がるという内容でした。

 

このメッセージからも、日本は純粋性が高く、力強く、不屈の精神にあふれている国だとわかります。

 

そして、日本という国は感情を解放する準備ができていて、それがすでに始まっています。

 

日本では何世紀も感情というものは内側に隠されてなければいけないという美徳や教育がありました。

 

しかし、今こそさまざまな感情に気づき、外に出していくべきだと気付き始めた人、目覚め始めた人がとても増えてきています。

 

感情を解放するためにも、この「ハートメタ」のツールは非常に役立つものになるでしょう。

 

引用終わり

***

 

ハートメタセッション受付け中です!!!

 

https://chikaonaka.com/ハートインテリジェンス/

 

やる気がない、冷めてる無関心なのはあなたのせいじゃない。「理解されなかった」「傷ついた」から

もし、自分の本来のエネルギーを100%だとすると、今は何パーセント位のエネルギーで「稼働」していると思いますか?

 

先日セッションにいらした方で、無関心というか、やる気も意欲もわかない、ただ、職場へ行き淡々と仕事をしています、という方がいらっしゃいました。

 

もしかしたら、そんな状態が当たり前のようになってしまって、あまり自覚がないかも知れません。

 

私たちは何かしら「傷ついた」体験があると、「過去」に自分のエネルギーを奪われている状態になります。すると、「過去」に75%のエネルギーが使われてしまって、「今」に使われているエネルギーは、たったの20%という場合もあります。

 

その25%で、なんとか日々の仕事や生活をやっているので、毎日ヘトヘト、新しいことに取り組むことも、自分のやりたいことをやるエネルギーも残っていない、そんな人もめずらしくないようです。

 

「傷ついた」といっても、何か「すごい大事件」であったり「いかにも」という出来事が起こったということでもありません。

 

自分の意見が理解されなかった

頑張ったけど思うようにいかなかった

他の人はうまくできるのに自分だけ上手くできなかった

自分の企画が通らなかった

正当に評価されなかった

周りの人は誰も本音を言わない

経営者のやり方が尊敬できない

自分が大変だった時に周りの人に理解されなかった

 

などです。

 

一つ一つだけをみたら、一見小さなことに聞こえるかもしれませんが、そうした体験を放っておくと、それが貯まって大きくなってどんどんエネルギーを消耗していきます。

 

タンクの容量が100だとしたら、毎回じわじわ5~20位が減っていくようなイメージです。

 

ある出来事のことを忘れたつもりでも、どこかで不満や不安があったり、または頭では納得したつもりでいても身体がまだそのことを覚えていたりすることもあります。

 

 

それは、

 

何を学ぶ機会だったのでしょうか?

人に助けを求める

自分の意見を口にする

人に理解してもらえるように伝える

相手のことも理解する

人に相談するけど自分で考えて判断する

自分の感覚を信じる

自分の判断に責任を持つ

自分に正直になる

など何か当てはまりそうですか?

 

このまま同じままでいいですか?というサインだったのかも知れません。

 

 

その一回一回の出来事から、なんらかの学びを得ることが出来ると、プラスのエネルギーに変換されて、成長に変えていくことができます。

 

もし、最近自分は冷めているなあ、と感じるなら、気になる出来事を「完了」することにフォーカスしましょう。

レストランや入った先でうん?と思ったらーいつも我慢しすぎだからこそその一言を言うチャンス

ランチやレストランで入った先での接客で、うん?と思ったことはありませんか?

 

こっちはお金を払う側なのに、なんで?

 

私もつい最近入ったところで、目の前のシェフとウェイターの人が「最近、ぜんぜん休みがないよなー」と文句と言い始め、ため息をつきながら準備を始めました。

 

ため息をつきながら作られるものは食べたくありません。

私たちが取り入れるのはそのエネルギーだからです。

 

うん?なんかおもかしいと思いました。

 

でも、言うのも面倒くさいなという考えも一瞬よぎりました。

 

でも、やっぱり、そんなものをお金を払って自分の体に入れるなんて理由はありません。

 

パスタがすでに茹で始められたのが目に入りましたが、出ることにしました。

 

ウェイターの方を呼んで、「ため息をつきながら作られるものは食べたくありません。ドリンク代は払うのでお会計をお願いします。」と言いました。

 

相手は少し驚いたように、私の顔をじーっとみました。

すぐ側にいた二人組みも私と二人の様子を見ていました。

 

私は例え、ドリンクはまだほとんど飲んでなかったけれども、それでもドリンク代を払ってでも、そんな空間に身を置きたくない、と思いました。

 

自分の体に取り入れるものの方が大切です。しかもそんな振る舞いやエネルギーを受ける必要はありません。

 

私にとってははっきりしていました。

 

そんな様子が伝わったのか、シェフが謝り、ドリンク代はけっこうです、ということになりました。

 

周りのお客さんは、「どうぜ、そんなものだ」と受け入れていたのでしょうか。

もし、そうだとしたら、自分も相手も甘やかしています。

なにより、自分を大切にしていません。

だって、そんな空間もサービスも振る舞いも受ける必要はないのです。

 

私はカザフスタンという旧共産圏で働いたことがありますが、ソ連から独立してまだ10年も経っていない時でしたので、まだサービスという概念もお店の種類もまだまだ限られていました。

 

私たちが住んでいるのは日本です。

私たちには選べる自由があります。

 

それはお金を大切にするということでもあります。

自分がお金と交換に受け取る価値に納得してその使い方に責任をとるということです。

そして、自分を大切にするということです。

 

もし、そんな体験をしたら、自分が自分を大切にする、ということを意思表示するチャンスをもらっています。

 

いつも我慢し過ぎ、または半分あきらめて「どうせそんなものだ」だと思っているのかも知れません。

 

だからこそ、声に出して「やっぱりやめます。」「帰ります。」「やっぱりけっこうです。」と言うのです。

 

不快だった感覚がその一言を口にした途端たった1分で快感になりました。

 

その一言で自分に力を取り戻します。

ギフテッド=頭のいい子ではない。ギフテッドと頭のいい子の違い

ギフテッドとは単に頭がいい子という訳ではありません。まず、その特徴を理解してあげてください。

 

頭のいい子( being bright)は答えを知りたがる

ギフテッド(gifted)の子は質問したがる。

 

頭のいい子は一生懸命勉強する。

ギフテッドの子はそんなに必死の努力がなくてもいい成績がとれる。

 

頭のいい子は注目する。

ギフテッドの子は全身で集中する。

 

頭のいい子は質問に答える。

ギフテッドの子は「答え」に関して質問する。

 

頭のいい子は簡単に学ぶ。

ギフテッドの子はすでに答えを知っている。

 

頭のいい子は相手を聞く。

ギフテッドの子は強い感情や意見を示す。

 

頭のいい子は教えられた情報を取り入れる。

ギフテッドの子は受け取った情報をさらに広い視点、ユニークな方法で発展させる。

 

頭のいい子は簡潔で明確な答えを求める。

ギフテッドの子は複雑さや深みを追求するのが好き。

 

頭のいい子は最後まで終わらせたいと思う。

ギフテッドの子は結果よりも学んでいる過程が楽しいかどうかが大事。

 

頭のいい子は同級生と一緒にいたがる。

ギフテッドの子は少し上の子や大人と一緒にいたがる。

 

頭のいい子は適度に満足する。

ギフテッドの子は自分に厳しい。(完璧主義)

 

The Journey: A Handbook for Parents of Children Who Are Gifted and Talented (complete guide) p.10

Alberta Associations for Bright Children (AABC) アルバータラーニング・カナダアルバータギフテッド協会共同作成より引用