日本人はいつからロボットのようになってしまったのか?!ー言われたことはできるけどマニュアル外のことができない人の本当の理由

ベジタリアンのカナダ人の友人と一緒に出かけた時のことです。

ベジタリアンなので、食べる場所を選ばなくてはいけません。

 

カフェメニューで、アボガドサーモン丼というものがあったので、そこからサーモンを除いていただいて、アボガドとサラダだけ出していただくことはできますか?

と聞きました。

 

ご飯の上にそれを盛るだけだから、単純にできそうだと思います。

 

こういう時、お店(店員さん)の対応は見事に二極化します。

キッチンも店員さんも、「できません」というケース。

 

なんとか考えてごめんなさいね、というのではなく、マニュアに書かれたことは出来るけど、そこをちょっとでもずれると自分で考えて対応できない、という態度がくっついています。

 

そして、「今あるものでなんとかしたいと思います」と言ってくれるケース。

 

時には、シェフの方がわざわざ出てきて、今あるのはこういうものですが、こちらは大丈夫ですか?と聞いてくれることもありました。とうぜん、こういうお店の印象はアップ。次回も寄りたいなと思います。

 

けっこう前者が多いのでびっくりします。

 

しかも、ロボットのように「できません!」と言う人が(けっこう)いることに驚きます。

 

ランチ時の忙しい時でもないし、スーパー難しいことを頼んでるわけでもないのに、何がどう「できない」のでしょうか???

 

マニュアル的な決められたことはできるけど、自分で対応できない人が増えてる、とは聞いたことがあるけど、まさにこういうことか!と思いました。

 

できない!とパニクったり、いっぱいいっぱいになってしまうのかもしれません。

 

常に携帯でググれば「答え」がでてくることに慣れてしまって、やり方が一から最後まで書いてあるのをなぞることは出来るけど、

 

自分で判断する機会があまりないのかもしれません。

 

こういう場合に求められているのは、

お客さんは何を求めているのか?ちゃんと聞く・理解すること

キッチンに伝えること

または自分がシェフだったらアボガド(または何が出せるのか判断する)を出す

ということです。

 

 

イレギュラーな件にパニクる人たちは、

極点に失敗を恐れているにも感じます。

 

自分で考える=判断する=間違うのが怖い

 

でも、そもそも、「正解」も「間違い」もないのです。

 

そして、「正しくやること」に価値があるという誤解をしています。

 

「完璧」「ちゃんと」やらないといけない、と思ってます。

 

客が求めているのはそんなことじゃないのに。

 

自分に意識が向いている典型的な守りの姿勢です。

 

お客の立場をして感じたことですが、こちらの要望・言っていることをほとんど聞いていない人さえ多いのです。

ベジタリアンだって人間なんだから、ただご飯が食べたいのに、でも困ってるんだよ、というだけなのに。

 

そのことをただ理解してくれて、もし少しでも共感してくれたなら、お店の印象がどれだけアップすることか!

 

ロボット人間じゃなくて、人間が増えてくれることを願います!

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好きなことをやるのに自信はいらないーなぜ日本人は自信がないのか?

自信がないとはやっかいだ。

 

自信がないのがやっかいなのではなく、「自信がない」の本当の理由がわかっていないから。

 

「自信がない」とは不思議だ。

 

人が「自信がない」と言うと、科学的であたかももっともな理由のように聞こえるから。

 

「自信がない」現象はあまりにも漠然としていて、何をしたら自信がつくのか?本人もはっきりと分かってないから。

 

 

そういう私も3月末に突然霧がかかったように、前が見えなくなってしまって、さっぱり書けなくなってしまいました。

 

一文字も。。。。

ぜんぜん。

まったく

 

 

スランプ?という言葉が頭をよぎるものの、原因がよくわからない。。。

 

連載をしている先の編集者さんからは、「大仲さんの記事は安定的なアクセスがありますよ。どんどん書いてください」とも言っていただいたし、書くネタはたくさんあるはずなのに。

 

これはつらいです。

 

そんな状態が1ヶ月以上続いて、もうやだ!こんな状態抜け出したい!、と思った時に、ふとわかった気がしました。

 

「自分ってたいしたことないな」って認めるのが怖かったんだって。

 

なにか新しいことや新しい分野に挑戦しようとする時、私たちは無意識的にいろんな「シュミレーション」をします。

 

もしこうだったらどうしよう?

もしああだったらどうしよう?

 

という「もし~だったら」「もし~だったら」が何個もあります。

 

 

あるレベルにおいては、すでに次のステップややりたいことは先に見えているのに、それがモヤモヤとなって目の前に「きり」をかけてしまうのです。

 

でも、そんな時こそ大抵誰かと比べています。

 

というか、その分野の先駆者や成功者と比べています。

 

その人がどれだけ苦労や努力をしたのかも知らずに、

 

「私はあんな才能がない」と、

 

 

または

 

誰かと比較して、もし~だったらどうしよう?と足をすくめているのです。

 

 

日本人の選手の中にはせっかく銀メダルをとったのに、人によっては顔面蒼白に世界一の失敗者であるかのような顔をしている人がいます。

 

数年前なでしこジャパンがW杯で準優勝した時がそうでした。

 

ブラジル人はオリンピックに出るだけで、踊って大騒ぎしてお祝いします。それだけで町・村中あげてのヒーローでしょう。

 

逆に、オリンピックで計22個ものメダルを獲得する偉業を成し遂げたマイケルフェルプス選手(競泳)は、3回もオリンピックにでて何個もの金メダルをとりながら、ようやく最後(リオ五輪)で心から納得できてもう悔いはない、と言った選手もいます。

 

日本は競争や比較の意識が強い国です。

 

でも、それがオリンピックの決勝だろうが、フルマラソンだろうが、3キロランだろうが、中学生バレー大会だろうが、「負けて」悔しかったけど清々しい顔をしている人もいます。

 

もちろん、勝負はつきますが、本人の中では勝ちだったのでしょう。

 

負けたのは確かに悔しい。でも一生懸命やった。だから、悔いはない。

 

本人は納得して、晴れ晴れしています。

 

一番悔しいのは「スタートライン」に立つことさえもやめてしまった人です。

 

 

誰かの意見や他人の指標で自分の可能性や結果を判断させてはいけません。

 

自分さえ納得すればいいのです。

朝起きた時の最初の10分のモードがその1日の体験を決定する

今朝、朝起きた時の自分の気分を覚えてますか?

 

マインドフルネスに関する研究では、特に意識をしない限り、朝起きた時の最初の10分のモードがその1日の体験を決定する、ということが明らかになっています。

 

朝、自分のために早起きすると気持ちがいい、というのは、物理的に時間を持てるということもそうですが、自分の意思で意識的に早起きをすることによって、余裕や落ち着きを感じられ、しかも自分で人生に向き合っているという「前向き」な気持ちがつくられること、そして、その後の1日もさらに相乗効果のようにスムーズに進む、という面も大きいのではないかと思います。

 

逆に、今日は1日何をやったのか分からないまま終わってしまったと感じる時ほど、その日の意図が明確ではなかったなと私自身気づきます。

 

時間管理や手帳術では、よく最優先事項を先に決めなさい、と言われます。それが決まられていないと、重要でないことに時間を奪われる、のはいとも簡単だからです。

 

「エネルギーは意図に従う」、という表現があります。

 

細かいことを全て計画することはできませんし、全てが計画通りに進むとは限りませんが、「意図」を持って臨むかどうかで大きな違いが出ることは何度も体験しています。

 

意図の力は、打ち合わせや会議に参加する時、特に、日常での人間関係で非常に重要となります。

 

先にお伝えしたように、人間の脳は無意識のうちに他者を分類し、大抵の場合、いったん決められた先入観やステレオタイプ的な見方に従って相手のことを見ているとお伝えしました。

 

これによって、私たちはあまりにも無意識のうちに上司や同僚との関係において、いつもの反応やパターンを自動的に繰り返しているからです。

 

自分の思考と「反応」と実際の行動に意識がない限り、私たちの脳は、「この人は自分の敵か味方か」というレベルにおいて「闘争・逃避反応」(fight or flight)を繰り返しています。

 

こうしたパターンを変えたいと思ったら、その会議や打ち合わせに自分が臨む「意図」、相手との関係における「意図」を先に決めておくことです。

 

例えば、

チーム全体に貢献すること、

相手に与えること

相手のことを本当に理解すること

相手との関係を深めること

チーム全体を勝たせる、

 

といった意図を持つことができます。

 

 

そうした意図とは逆に力にならない欲求があります。

 

自分だけ勝ちたい

かっこいいことを言わなきゃいけない

優秀そうなことを言わなきゃいけない

目立ちたい

賞賛されたい

などです。

 

これらは、守りの姿勢です。

失敗すること、恥をかいて傷つくのを怖れている状態です。

エネルギーが「内」に向いている状態です。

 

 

もちろん、人間ですから誰しもそういう不安や思いはあります。ただ、先にお伝えしたように、その次元にいる限り本当の力は持てません。

 

それを超えた「意図」を持つ時に、本当の力を体験することができます。

 

意図を持つことは、それをどのようにするのか分からなくても、自分のエネルギーを外に向けること、自分が望むことの意思表示をすることになるのです。

神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている

もしオリンピックでメダルが欲しいとしたr、足が長い選手、音感がいい選手、技術の高い選手ーさて誰を選んだらいいのか?

「それはあったらいいけど、なくても大きな問題とは言えないものばかり」と言います。

シンクロ②

リオオリンピックでメダル獲得の瞬間。

 

8回ものオリンピックでメダルをもたらしている奇跡の人、井村雅代シンクロナイズドスイミング女子監督です。

 

実際に彼女が指導した選手の中で、足がとても長い選手がいたそうです。

 

シンクロでは、足が長い方が圧倒的に見栄えがいいです。

でも、その選手は「気が弱い」という側面も持っていた。

 

それについて彼女はこうも言っています。

 

「神様は平等。ちゃんと誰にも長所と短所を作っている。」

 

当たり前だけど、そうなんですよね。

 

だって、足の長さや身長だけが長所となるんだったら、日本はシンクロでもメダルを取り続けることはできなかったのでしょう。

 

だったら、ロシアにはないけど日本にあるのはなんだろう?と彼女は考えます。

 

そして、彼女は、選手たちと一緒に日本しかできない演技を考え、いろんなものにヒントを求め、その分野の人たちから指導を受けます。

 

時には、

阿波踊りを見に行き、

フラメントを見に行き、

シルクドソレイユの指導も受け、

空手の先生から直伝で

武道の精神や空手の型の指導を受けます。

 

 

身体面では足りない点に目を向けたらそれはどうしようもないけれども、彼女は「日本しかないところ」に目を向けるのです。

 

シドニー五輪のチーム演技を私も見ましたが、思わず「すごい!」と叫びたくなるような渾身の演技でした。

 

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彼女の思考の反転もさすがと思いますが、さらに「ああ、この人はほんとうに本物だ」と思ったのは、この発言。

 

「あの時は悔しかった。だって、あんな演技でメダルをとったから。」

 

どういう意味かと言うと、結果的に全部のオリンピックでメダルをもたらしたけれども、彼女はメダルを目指すと同時に、メダルをとったとしても一生懸命やってなかったことに対して「悔しい」と言うのです。

 

メダルも大切だけど、その人がその人のベストを尽くすことなのですね。

あっぱれ!

 

2017年をフレッシュにスタートしたい人のための楽しく実行できる「新年の意図」のやり方

 

2017年はどんな年にしたいですか?

 

 

「新年の抱負」というと、今年こそは~するぞ!というようなイメージですか?

 

効果的な新年の抱負の立て方とは、「やるべきこと」とやめて、先に「想像すること」「感じること」だと聞いたら驚きますか?

 

 

だって、最初の数日は意気込めても、新年の抱負が「やりたいこと」よりも「やるべきこと」になってしまったり、「To do list」のようになってしまったら、楽しくないですね。

 

 

3日間、または一月の終わり位まではなんとか頑張れても、やはり楽しくないと続けるのは限界がありますね。。。

 

 

では、どういう方法が役に立つでしょうか?

 

このヒントをくれるのが音楽家や表現する人たちの体験です。(^^)ニコ

 

さっきまで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを見ていて、昨年、ウィーンフィルのフルート奏者の人と交わした会話が効果的な「新年の意図」の持ち方にも当てはまるなと思ったので、その方法をお伝えしていきたいと思います。

 

Rehearsal of Vienna Philharmonic New Year's Concert 2015
epa04542861 Indian conductor Zubin Mehta (C)attends the rehearsal of the Vienna Philharmonic New Year’s Concert 2015 at the Musikverein concert hall in Vienna, Austria, 30 December 2014. The traditional concert is staged every year on 01 January. EPA/HANS PUNZ

⬆️ ウィーンフィルニューイヤーコンサート最多指揮者の一人

「世界的巨匠」スービンメタ@2015年コンサートより

 

 

ウィーンフィルと言えばいわずも知れた世界最高峰のオーケストラ。

そのニューイヤーコンサートは世界40ヵ国以上に生中継されるそうです。

 

 

昨年の2016年10月の来日公演で来日した団員の何人かに取材・インタビューする機会に恵まれました。

 

取材記事はこちら➡️

「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」②

 

 

何人かの人とはおしゃべりもしたので、テレビの画面を見ながら、

「ああ!フロシャウワーさんだ!」「ブラーデラーさんだ!」などと思わず声が出てしまいました。

 

 

実際に言葉を交わすととても気さくな人たちですが、さすがに観客も最高に着飾ったニューイヤーコンサートという華やかな舞台での演奏を見ると改めて、

 

 

「ああ、あの人たちは本当に第一線で活躍する超一流の演奏者なんだなあ〜」と思いました。

(ハハハ、当たり前ですね)

 

 

ところで、そのインタビューで印象に残った会話の一つは、来日公演でソロ演奏もしたフルート奏者のディータ・フルーリーさんに中学生から向けられたこんな質問でした。

 

 

「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」

 

私はたまたまその場にいたので、「通訳をしますよ」と申し出て、その会話に立ち会うことになったのですが、それに対する彼の答えはこうでした。

 

 

「自分の出したい音を想像するんだよ。」

 

「そしてそれを技術や呼吸、自分の持っている全てを使って表現するんだ。」

 

「その音に近づくために一生練習し続けるんだよ」

 

 

ここでのお伝えしたいポイントは、「自分の出したい音を想像するんだ。」という部分です。

 

 

彼は「Imagine!」 と言っていました。

 

 

つまり、先にイメージが見えている・感じられているという訳です。

 

 

私は彼の言葉を通訳をしながら、彼の中には先に音が聞こえているんだな・見えているんだなと感じたのを覚えています。

 

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⬆️ フルーリーさんに質問をする学生

 

そして、それを聞きながら、私自身も「やっぱりそうなんだ!」と腑に落ちたのは、私も原稿を書く時にまったく同じような過程を体験することです。

 

何かを書きたいと思った時には、これとこれを繋げようみたいな全体像が先に見えています。

 

 

あなたかも大きなエネルギーの塊が頭の斜め上(松果体のあたり)にある感じがします。

 

たぶん、実際にそんな感じなんでしょう。

 

そして、それを言語化するという作業に入る訳ですが、内容(エネルギー)の密度が濃い時には少し時間がかかる時がありますが、集中していればある塊の部分は大抵一気にできます。

 

 

この「インスピレーション」が強い時には、逆にそれを「外に」「出さないと」(表現しないと)気持ち悪いくらいです。

 

 

 

そして、フルーリーさんに、「私は楽器は演奏しませんが、『書く』時にまったく同じようなことを体験します。」と言ったら、彼は「ああ、そっかあ!」と言って、互いに通じ合じあった瞬間がありました。

 

 

絵を描く人、フラワーアレンジメントをする人からも似たような体験を聞いたことがあります。

 

 

表現方法はそれぞれ違えど、「創造性」・「クリエーティビティー」を表現する過程というのは、誰でも似たような体験を経るようです。

 

 

では、これは新年の抱負とどう関係するのでしょうか?

 

この話しのポイントは、人間はこれは頭(思考)で「考えること」は考えたままで終わってしまうことは多いけれども、「感じること」を人間は覚えているということ、その積み重ねが日々の体験を作っていくということ、

 

そして、「決めること」を体験していくということです。

 

 

2013年に2020年オリンピックの誘致プレゼンのコーチを務めたMartin Newmanさん(キャメロン首相やプーチン大統領のコーチもつとめた人)が話していたことですが、

 

 

プレゼンの構成や練習をする前に一番初めに決めたことは、「どんな印象を残したいか」を決めることだったと言っています。

 

 

そして、滝川クリスタルさんを初めとするプレゼンチームは、チーム全体の印象を『Shining』(輝いていること)に決め、イスタンブールやマドリッドを抑えて「TOKYO 2020」を勝ち取ったという訳です。

 

 

さて、2017年どんな体験をしたいですか?

 

 

フレッシュな

自由な

活力溢れる

充実した

輝く

躍動感ある

慈愛あふれる

受け入れている

安らぎのある

平和な

 

???

 

まっさらなキャンパスに一から絵を描いていくような楽しみがありますね。

 

(^_^)ニコニコ

 

 

 

2017年がみなさまにとって素晴らしい年でありますように願っています!!!

スピルバーグもそうだった❗️ー2017年に「感受性」を強みとして発揮するために知っておくこと②

スティーブンスピルバーグ監督、メリル・ストリープ、ハリーポッターの作者 J・K・ローリング、アルバート・アインシュタイン、デール・カーネギー、アガサ・クリスティーンなどは「感受性」を強みとしている人たちです。

 

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2017年から「新しいサイクル」がはじまります。

 

新しいサイクルにおいては、「競争社会」の基準ではあまり強みとは思われてこなかった特質が大きな武器となっていくでしょう。

 

例えば、「感受性が高い」という特質です。

 

このシリーズでは、「感受性の高い」人の強みとチャレンジ、そして、そういうタイプの人が自分の特性を強みとして活かすために知っておくべきポイントをお伝えしています。

 

 

では、「感受性が高い」ことの「強み」とはどういうものでしょうか?

 

前回の記事、「2017年に「感受性」を強みとして発揮するために知っておくこと」では、

 

一の情報かららより大きな全体像を掴む能力、深層の部分を掴む「洞察力」、より深い表現力=エネルギーを伝達する力をお伝えしました。

 

さらに、「感受性が高い」人たちの大きな強みは、相手と感情レベルでつながれること=共感能力が高いこと、別の言い方をするとコミュニケーションをより深いレベルでもてることです。

 

 

例えば、こういう人たちは、誰かと話している時、自然に相手の感情に自分の意識を合わせることができるので、相手側にどれだけ自覚があるかは分からなくても「なんだか気持ちが楽になった」または、相手の人が「理解された」と感じるようなことを体験することがあります。

 

 

人と一緒にいながらも、または、なんらかの言葉が交わされながらも、「理解された」という体験は必ずしも体験できることではないので、この能力が人にもたらすことのできる価値というのは、このSNSの時代において、とくに貴重なものじゃないかと思います。

 

会って間もないのに、相手に相談ごとをされるタイプの人たちは自然にこの能力を発揮しているかも知れません。

 

 

私の例ですが、米軍の専門家をしている時、出張先やレセプションで出会う米軍太平洋司令部 (US Pacific Command)の司令官級の偉い人たちが、

 

「実は3.11の時ね・・・」「僕がアツギにいた時なんだけどね・・・」と、私に向かって個人的な話しを始めるのがとても不思議でした。

 

 

南スーダンにいた時には、ある大臣(政府閣僚)からよく電話がかかってきて、何かと思えば、彼のお悩みを聞いた事もありました。

 

 

人は相手に理解されていると感じると心の中にあることを話したくなるのかも知れません。

 

これもまた共感能力の高い人、感受性の高い人が持つ大きな力の一つです。

 

 

最近では、私のセッションにいらした方で、90分間ほぼ口を開かなかった、というケースがありました。

 

私は普段は聞き役なので、言葉で相手からの反応がないというのはちょっと難しいことです。

 

先に一言だけ相談内容だけは聞いていて、セッションを受けたいという意思は確信していたので、私は自分の周波数を相手の周波数に合わせて、対話をするようにゆっくりと話し続けました。

 

 

相づちを打ってくれたり、顔の表情からもそれなりにサインはありましたが、言葉という反応がないままに、丸々90分間相手に周波数を合わせ、話し続けるのはさすがに集中力がいりました。

 

 

こちらが話している内容は相手にとってあっているんだろうか?と思っても、それを確かめる唯一の頼りとなるのは、自分と相手との感情的なエネルギーのやりとりと自分の直感力のみ。

 

 

最後の方には、ある瞬間に相手の方の顔色もエネルギーも「クリン」と変わったので、私は空を見上げて「Thank you」とつぶやいたのでした。

 

 

これを書きながら、「よく成り立ったものだ」と思いますが、あれはもしかしたら、「共感能力」と「感じ取る能力」(そしてそれを言語化する能力)を証明するための体験だったかも知れません。

 

 

このように、相手とのやりとりを感じながら、自分が話すことを相手に合わせていくことができる力は、特に、人前で話す人、教える人、 講演をする人、教師、スピーカー、コーチ、カウンセラーといった人たちにとっては非常に大きな力と言えます。

 

営業の世界でも成績のいい人は、決して一方的にペラペラと話す人ではなく、相手に合わせて話す人だということが言われてますよね。

 

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実際、最近は、この「感じ取る能力」・「共感能力」のビジネス上の価値が科学的にも証明されつつあります。

 

 

5年連続で全世界での視聴回数ベスト5内にランクインし続け、2016年12月現在で全世界での総視聴数が27,677,409回(!)を超えているTEDがありますが、

 

そのテーマは、まさに、共感の力についてです。

(ブレネーブラウン TED Talk「Power of Vulnerability」)

 

 

世界中の企業や組織が望んでやまない、クリエティビティーやイノベーション。

 

 

それは大事だろうとは思ってはいるけど、誰もどうしたらそれが起こるのか分からない。

 

 

そして、人間はいくら理性的に判断し、行動していると思っていても(そう信じたくても)、実際には感情で動く生き物だということも私たちは知っています。

 

 

クールに装ってみたり、ロジカルシンキング的な武装もしてみるけれども、誰でも傷つくのは怖い。批判されるのも失敗するのも嫌。

 

 

見えないところで直感やイノベーション、クリエイティビティーを潰しているのはこうした「不安」や「恥」の意識だと言われています。

 

 

(ところで、米国大統領選挙でも、人を動かしたある特定の「感情」がいくつかあったのではないかと思っています。)

 

 

そして、その「解毒剤」こそが「共感」であると、このTEDの著者ブレネーブラウンは言っているのです。

 

そして、「共感」が起こる時の大きな要素として、「相手の感情がわかること」(feeling with the other)が挙げられています。

 

このTEDの後、彼女のところには、アメリカ中のCEOや企業からイノベーションを起こす秘訣を教えて欲しいと、講演の依頼が殺到したそうです。

 

 

「共感の力」とビジネスの接点が科学的に証明されつつあること、このテーマが全TEDの中でもベスト4にランクインし続けている事実そのものが興味深い現象だと思います。

 

感受性や共感能力はビジネス上でも大きな価値なのです。

 

 

 

もともと感受性が強い、共感能力の高いタイプの人たちにとって、こういった事はあまりにも「当たり前」すぎて、もしかしたら何か特別なことだとも「強み」だとも感じられないかも知れませんが、自分の特質を理解する客観的な視点を持っていること、特に、自分の強みとその価値を認識していることはとても大事なことです。

 

 

 

ただ、皮肉なことに、こうしたタイプの人たちの多くは、スピーチも自己表現も自己主張も得意ではないと思っていて、しかも「自分にはまだ無理だ」という感覚を持つ人が多いようです。

 

 

こうしたタイプの人は、他の人の評価とはまったく別に、自分の中での「自分にはまだ無理だ」「もっと準備してからでないといけない」という感覚を特に強く持っているため、一生を準備や勉強のために費やすこともありえる、とダン・ミルマンは言っています。

 

 

この「感情的な資源」が強みとして活かされるまでには、表現することの怖れと「まだ無理だ」という自分に対する「疑い」(self-doubt)を癒し、乗り越えることが魂レベルでのチャレンジとして挙げられています。

 

(ダン・ミルマン「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか」より)

 

 

強みとチャレンジは表裏一体であるので、その他にも、このタイプならではチャレンジがあります。

 

例えば、

 

ースポンジのように周りの感情をすってしまう。(エンパスと呼ばれる人もかなり重複するところがあるでしょう)

 

ー疲れやすい(身体的だけでなくエネルギー的に)

 

ー感情に飲み込まれる・あまりにも圧倒されてしまうような感じがするのは耐えられないので無感覚になったり、クールを装う

 

ー「こうあるべき」「こう感じるべき」が強い場合、自分の本当の感情が分からなくなってしまう

 

ー「繊細さ」ゆえに、理解されないと感じることも多い。

 

ーちょっとした批判に対しても人一倍「繊細」である

 

ーもっと準備しないといけないと思っている

 

などです。

 

 

こういうタイプにとって役に立つことは、例えば、自分自身の感情と向き合うことを学ぶこと(ただ全ての出来事において感情を感じ切る必要も何かを追体験する必要はありません)、エネルギーという側面からも自分の特質を知ること、また、自分の境界線=バウンダリー(領域)を健全に持つことを学ぶことです。

 

それはどういうことかと言うと。。。

 

 

次回に続く。

 

 

⬇️ ブレネーブラウン TED Talk「Power of Vulnerability」

 

 

 

 

 

 

ギフテッド=頭のいい子ではない。ギフテッドと頭のいい子の違い

ギフテッドとは単に頭がいい子という訳ではありません。まず、その特徴を理解してあげてください。

 

頭のいい子( being bright)は答えを知りたがる

ギフテッド(gifted)の子は質問したがる。

 

頭のいい子は一生懸命勉強する。

ギフテッドの子はそんなに必死の努力がなくてもいい成績がとれる。

 

頭のいい子は注目する。

ギフテッドの子は全身で集中する。

 

頭のいい子は質問に答える。

ギフテッドの子は「答え」に関して質問する。

 

頭のいい子は簡単に学ぶ。

ギフテッドの子はすでに答えを知っている。

 

頭のいい子は相手を聞く。

ギフテッドの子は強い感情や意見を示す。

 

頭のいい子は教えられた情報を取り入れる。

ギフテッドの子は受け取った情報をさらに広い視点、ユニークな方法で発展させる。

 

頭のいい子は簡潔で明確な答えを求める。

ギフテッドの子は複雑さや深みを追求するのが好き。

 

頭のいい子は最後まで終わらせたいと思う。

ギフテッドの子は結果よりも学んでいる過程が楽しいかどうかが大事。

 

頭のいい子は同級生と一緒にいたがる。

ギフテッドの子は少し上の子や大人と一緒にいたがる。

 

頭のいい子は適度に満足する。

ギフテッドの子は自分に厳しい。(完璧主義)

 

The Journey: A Handbook for Parents of Children Who Are Gifted and Talented (complete guide) p.10

Alberta Associations for Bright Children (AABC) アルバータラーニング・カナダアルバータギフテッド協会共同作成より引用