「うそっぽいもの」に冷めちゃってるわたしたち。それでいい!だって 「なんかおかしい」と思ったらやっぱりおかしいから

多くの人たちが時代が動いていること、時代が変化しつつあることを感じています。

ではどう時代が変わりつつあるのか?

 

一つは、「うそっぽいもの」に対して、私たちが敏感になっていることです。

 

うそっぽいものに冷めちゃっているのです。

 

「うそっぽいもの」に対して、「うん?どこかおかしい」という違和感を持ち始めたことです。

 

役所に貼ってあるポスターのような「行っていること自体は正しいけどまったく心に響かないもの」にすっかり冷めてしまっているのです。

 

そして、このタイミングでの国会の解散。

 

どんなことをやっても日本の人たちは怒ることも反対もしないとでも思われているのでしょうか?

 

まったく国民もばかにされてるもんです。

 

今ではすっかり内戦状態に戻ってしまった南スーダンですが、南スーダンの人たちが忍耐強く結束が固かったのは、独立前の1~2年間の間でした。

 

「共通の敵」の存在と「独立」という目標が人々をまとめることができたからです。

 

北朝鮮という「共通の敵」を利用して、国民をまとめようとでも思ったのでしょうか?

 

先月の国連総会では、「舐められてはいけない」

 

「アメリカに合わせてこちらも強気な姿勢をみせないといけない」とばかりに、安倍首相を含めて北朝鮮の挑発行為に対する言葉の応酬が続きました。

 

でも、その視線は、かなしいかな、あくまでもアメリカに向いているとも感じてしまいました。。。

 

 

同時期、そんな国際情勢のさなか、日経平均株価は2万円をふたたび突破。

 

アナリストやディーラーは後付け的な説明をもっともらしく言うのが仕事なので、いくらでも言い方はあるのでしょう。

 

でもやっぱり自然の法則に反していると言わざるをえません。

 

もはや市場の原理がもはや自然でないものの影響を受けているとしたら、必ず限界がきます。このまま続くことはないでしょう。

 

こんな時代の変わり目には、いつわりの「レトリック」が使われます。

ヒットラーが発した表面的な言葉だけを見たらもっともらしい言葉が並んでいるのです。

 

幸いなのは、そんな挑発的な言動に対してほとんどの人たちが冷静でいること。

 

私たちはほんとうの力(パワー)とにせものの力(フォース)を見分ける判別力をもたないといけません。

 

私たちは自分自身の判断基準を持たないといけません。

 

でも難しく考える必要はありません。

 

「なんかおかしい」と思ったらやっぱりおかしいのです。嘘っぽいのです。

 

その感覚を信じましょう。

 

そして心に響くかどうか?

 

ほんものや真実は理屈と言葉を超えて、こころに響きます。

 

私たちは動物のような本能的な感覚を呼び起こすときです。

 

全身で真実に対する嗅覚を研ぎすませて、真実を見極めていきましょう。

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同じ本を複数名で読むとどうなるか?ー 「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」を見つける方法

同じ本を数人で読むという読書法があります。

 

とても面白い読書法の一つで、それぞれが自分の興味のある分野で背景を調べたり、下読みをして参加したり、またはその場で一緒に読み進めて、最後に感想を伝え合う形式のものもあります。

 

 

なぜ同じ本を複数名で読むのか?

 

同じ本を複数名で読むとどうなるのか?

 

 

「自分を知る」というテーマとしても大きなヒントがあるので、トマ・ピケティーの『21世紀の資本』を数人で読んだ時の体験をお伝えしたいと思います。

 

トマ・ピケティーは、フランスの経済学者です。代表作『21世紀の資本』は、「格差の拡大の原型がはっきりと示された」として、発行された2015年には日本でも大きな話題になりました。

 

『21世紀の資本』は、2014年4月には英語訳版が発売されるやアマゾンの売上総合1位になるなど大ヒットし、アメリカでは2014年春の発売以降、半年で50万部のベストセラーとなり、2015年1月現在で、世界10数カ国で累計100万部を突破したそうです。

 

定価は5500円で、608ページに及ぶ専門用語をちりばめた大著なので、気になるけど買わなかった、でも内容が知りたい、という人は多かったと思います。

 

トマ・ピケティーの『21世紀の資本』をみんなで読もう、という話しになったのも、難しそうなので、みんなの知恵を持ち寄った方がよさそうだ、と思ったからでした。

 

実際、複数人の人と一緒に同じ本を読むと、とても面白いことに気がつきます。

 

同じ本を読んでいるのですが、それぞれが関心をもった視点、気づいたこと、それを読んでどう思ったのかなど、持ち寄る視点がぜんぜん違うのです。

 

例えば、

ーなぜ彼はこのテーマを書いたのかというトマ・ピケティーのバックグラウンドに興味を持った人

ー彼の家族構成に興味を持った人

ー彼のアメリカでのレビューに興味を持った人

ー彼の著書の後に世界銀行が発表した世界の格差についてに興味をもった人

ー日本のメディアのあり方や考える力について思いが及んだ人

などでした。

 

本当にそれぞれが気づく視点や読んだ後の感想は見事に違いました。

 

しごく当然のことのように聞こえるかも知れませんが、このような体験をすると本当に人の受け取り方は人それぞれに違うのだということが腑に落ちます。

 

これも改めて考えてみるととても面白いことだと思いますが、人は同じ場所にいたり、一見同じ情報を受け取りながら、それぞれの「フィルター」や興味・関心分野に従って情報を処理していくのです。

 

私が南スーダンで働いていた時に実感したことですが、同じ国にいながら、情勢分析の結論がかなり違ったこともありました。

 

では何がその違いを生むのでしょうか?

 

例えば、その人の知識、教育、職業、経験値、考える力、価値観・興味や関心などです。

 

この場合の価値観とはどんなことを大切だと思っているか、といったものです。

 

複数で同じ本を読んでみると面白いのは、なぜその人は、「この点に興味をもったんだろう?」という点その人独自のポイントが見えてくることです。

 

 

ー彼の背景に注目した人は彼の主張や理論だけでなく、人間としてのライフストーリーに興味がある人なのかも知れません。人や社会をより深く理解する能力や洞察力に長けているかも知れません。

 

ーアメリカと日本でのレビューの違いに興味をもった人は、データやより複数の視点を取り入れる客観性を重視する人なのかも知れません。

 

ー格差の是正に注目した人は平等や公平さに興味があるかも知れません。

 

本人にあまり自覚はないかも知れませんが、「なぜか私はこういうことに興味をもつ」という視点やアングルが必ずあるのです。

 

これこそが、「自分にしかできない分野」「自分だからこそできること」「私たち一人一人ができる分野がある」というその人の「存在意義」といったものに近いかも知れません。

 

それは職業でもなく、それを本人が意識していてもいなくても、自然にやっているようなこと(その人がいるだけで周りが落ち着くと感じる人、周りの人を癒す人、聞き上手で人の意見を引き出す人、など)です。

 

「世界は地球上の一人一人を必要としている」という意味が単なる言葉ではなく、その意味がより腑に落ちる体験でした。

 

これは自分一人では分からないことです。

 

他者の存在を通じて、自分の立ち位置がわかるのです。

 

読書会といった形式でなくとも、会社での会議といったフォーマルな場からいったん離れて、利害関係のない、まったくプライベートな場で、自分の意見を自由に表現したり、シェアできる場を体験できることはとてもいい体験だと思います。

 

そんな体験の積み重ねが自分を知ること、そして自信につながることでしょう。

 

ぜひ試してみて下さい。

QUIET REVOLUTION 人口の半分から三分の一は内向型ー社会を変える「静かな革命」!

人口の半分から三分の一は内向型 (introvert)なタイプだそうです。最近、内向的な人の資質が注目されています。

 

有名人としては、ビルゲイツ、オバマ前米国大統領、ウォーレン・バフェット、J・K・ローリング(「ハリー・ポッター」の著者)、ジュリアロバーツ、マハトマ・ガンジー、アインシュタイン、オードリー・ヘップバーン、エイブラハム・リンカーン、などです。

 

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私自身、国際機関で働いていた時、組織の理念には共感するものの、声が強い方がいいみたいな風潮には違和感を感じていました。

 

 

国際会議では193カ国もの加盟国が次から次へと自国の主張を続けるのを何時間も聞き続けながら、

 

果たしてもこの会議はどこかへ向かっているのだろうか?

新しい視点やなんらかの合意を生み出しているだろうか?と思ったこともありました。

 

また、内向型だからこそ発揮できる能力や社会的役割があるのではないか?と感じていました。

 

アメリカでミリオンセラーになった ’Quiet ‒ The Power of Inroverts in a World That Can’t Stop Talking’ 邦題「 内向型人間の時代、社会 を変える静かな人の力」の著者であるスーザンケインは、内向型の人の強みについてこう言っています。

 

内向的な人は、

 

洞察力がある、

創造性が高い

集中力が高い

芯が強い、

聞き上手である、

周りに流されない、

思慮深い、

感受性が豊か

繊細さがある

忍耐力が高い

持続力が高い

富や名声などの誘惑に惹かれることは比較的少ない、

自分の興味のある分野に関してものすごい集中力を発揮する、

芸術分野で成功するのは内向型の人が多い、

等です。 

 

 

ビル・ゲイツは、他人の意見に動じない内向型の強さを持った人の典型だそうです。

 

ウォーレン・バフェットが経済危機の最中でも成果を上げ続けられたのは、市場が荒れ周りの人間が気が動転している時でも慎重に考えられる知的な粘り強さがあったこと、そして、世間の多数意見や社会のプレッシャーから距離をおいて自分の判断基準を持つ内向型の強みを持っていたからだ、と言われています。

 

当然ながら、内向型には内向型の強みがあります。

 

ちなみに、内向型であるというのは、内気とかシャイであるという意味ではなく、内向的か外向的かの違いは、エネルギーの取り込み方のことを言います。

 

 

「外向型」は人と話したり外からの刺激でエネルギーを得るので、より多くの刺激を受けるために広く浅く経験することを好むのに対して、「内向型」は、エネルギーをアイデアや感情など自分の内から得るために、深く感じたり経験することを好む、と言われています。

 

 

そういう私も内向型で(研修の一環で受けたテストでもそういう結果が出て、本人の自覚もあります)、国連のような組織で働きながら、私のようなタイプはどのようなリーダーシップスタイルが合うんだろう?と思ったことがありました。

 

 

そして、自分の体験を振り返ってみると、洞察力がある、創造性が高いはかなりはっきりと強みとして発揮されてきたと思います。

 

改めて腑に落ちたのは、「聞き上手でメンバーの能力を引き出す」という内向型の強みです。

 

そして、内戦をしてきた国の軍人たちが、なぜ私に悩みを打ち明けてくるのか、という私の中の「謎」が解けたような気がしました。

 

彼らは自分の国で内戦をしてきた国の軍人です。

 

それなのに、私が講師を務めた研修で私のところにやってきて、こう言い出すのです。

 

 

「『人間』らしくあることを自分に求めていいんだって思ったんです。実は、軍隊をやめようと思っていて。。。」

 

(ええっ?!この研修そういう研修だったっけ?汗)

 

 

あるレセプションでは、ワイングラスを片手に米軍の高官の一人が「実はこんなことがあってね。。。」と、彼の中の深い体験を語りだしたこともありました。彼は米軍のアジア・大平洋司令部の最高司令官(General)の一人でした。

 

 

最初は、正直私自身が驚いたものでした。

 

そもそも私自身が、外向的に振舞わなければいけない、とも、自己主張をしなければいけないとも思っていないので、誰の中にもある内向型の部分、というか、深い部分を見せてもいいと安心したのかも知れません。

 

今、思えば「聞き上手さ」ということが自然に発揮されていたんだ思います。

 

 

ただ、私自身が自分ではないスタイルで自己主張をしたり、無理に外向型にふるまったとしたら、そのような体験はしなかったかもしれません。

 

 

カルフォルニア大学で行われた実験で、外向型と内向型がお互いを高く評価した、という実験結果があります。

 

内向型は外向型に対して、話題を次から次に提供してくれたので話しやすかった、と言い、外向型は内向型との会話に対して、リラックスできて自分が抱えている問題を話しやすいと感じた、のです。

 

実際以上に元気にふるまわないといけないというプレッシャーを感じなかったからだと指摘されています。

 

 

誰の中にも内向型の部分も外向型の部分もあります。

 

どちらがいいというよりは、大切なことは、

内向型というタイプの特性を理解すること、

そして、内向型としての強みを活かす方法を考えよう、という事だと思います。

 

 

なにより内向型の人は、無理に外向型のように振る舞う必要もなく、

 

ただ自分が自分であればいい!

 

これが一番大切なことだと思います 😊

脳の中身を「書き出す」だけで成果が変わるー『最初の2秒』で人は本当は分かっている「瞬間思考」

『最初の2秒』という言葉があります。

 

世界累計200万部のベストセラー作家、マルコム・グラッドウェルは、34カ国で翻訳された「『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」で、「長時間考えてたどり着いた結論よりも、人は『最初の2秒』でもたらされた直感やひらめきによって、人は物事の本質を見抜いている」と言います。

 

例えば、面接官はたいてい最初の2秒で相手を採用するかどうかを決めていて、その後の質問などのやりとりはそれを「納得させるため」の作業である、例などが挙げられています。

 

私も国連にいた時に面接官を務めたことがありますが、その時の経験を思い出してみても「確かに」と思います。

 

直感能力は、誰にでも産まれながらに備わっている能力です。

 

ただ、私たちは頭の中が騒がしすぎて、直感やインスピレーションに気がつかないのです。

 

というか、それはおそらく「生ぬる過ぎる」表現で、私たちは知らない間に直感やインスピレーションも「シャットアウト」しているのです。

 

心の平安を取り戻すという意味でも、Googleやシリコンバレーで「マインドフルネス」といった瞑想法が見直されていますが、

 

瞑想の効果も味わえながら、クリエイティビティーや発想法を鍛えることもできるのが、「ノート」を使った練習方法です。

 

私は原稿を書く時に、この方法を使っていますが、いったん発想を自由にするプロセスを持つことを原稿のオリジナルティーはもちろん、深みも左右する大事な過程だと感じています。

 

やり方・ルールは簡単です。

 

気になっていること(あの人とどうしたら仲良くできるか)や解決したいこと、例えば、どうしたら今の仕事を通じて成長できるか?(例)といったテーマ(お題)を一文で書く。

 

私の場合、テーマは、例えば「今回の原稿で伝えたいことは何か?」です。

 

・思い浮かんだことをともかく書く

・単語でいい

・なんでもいいーこれは関係ないんじゃないか?など考えない

・疑問が浮かんだらそのまま疑問系で書き出す

・考えずにペンを動かし続ける(絵を描いてもいい、色を変えてもいい)

 

ちなみに、「楽しい」「自分があがる」という単純な理由で私はカラフルなペンを使っています。

 

こんなシンプルなことですが、これはとても重要な「トレーニング」になります。

 

なぜなら、私たちは「考えている」ようでいて、実際のところ頭の中はグルグルと忙しく回り続けているだけで、「考えていない」からです。

 

そして、日常的に、こんなこと言っていいのだろうか?と私たちは、自分の中から湧き上がる感覚や発想を自分が自分で止めているからです。

 

こんなこと書いてなんの役に立つんだろう?」とそんな思考がよぎったとしても、

 

「判断しない」でまず「なんでも」「ともかく」紙に「書き出す」ことが重要になります。

 

慣れてくると、快感にさえなってきます。

 

そうだったんだ!と腑に落ちた時や、全体像がひらめいた時には文字通り「コレだ!」と手を叩きたくなります。瞑想の効果のα波に近い状態でしょう。

 

そんな分かりやすい「成果」がある時もあればない時もありますが、私が感じる一番の効果は、こんなことを言ってはいけないという「内なるセンサー」を外すということ、そして、自分が自分の「内なる声」を尊重する」ということだと思います。

 

どれがただの「思考のおしゃべり」でどれが「直感の声」かわからない、と最初は思われるかも知れませんが、まずは、そもそもこちらから直感に耳を傾けなければわかりません。

 

相手の言い分としたら、「いつも無視するくせに突然話しかけられても困るよ」というわけかも知れないですから。

 

トレーニングを続けていくと、コレ!という腑に落ちる感覚を掴んでいきます。

 

内なる声と対話を続けてみてください。

「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりーAI時代こと自分で職業をつくる時

AI(人口知能)と人間が共存を始める日がすでに始まっているようです。

 

つい数日前のことですが、近くのスーパーでセルフレジが導入されました。自分でお金をマシンに入れてお釣りを受け取り、支払いを済ませました。

 

今まで人がやっていた仕事の多くが、AIに替わられるー

 

こうした流れが数年先でもなく、すでに「進行中」であることを「ま・さ・に」実感しました。

 

そして、これもつい数日前のことですが、google翻訳の機能が格段にアップしていることに驚きました。

 

そういう記事は目にしていて、Youtubeの音声文字化の性能があがっていることにも気づいではいたのですが、そのことを実感したのは、先月、ドバイから来てくれた友人と会った時でした。

 

エミレーツ航空でクルーのトレーナーを務めている彼女の話しが面白しろかったので、その内容を記事にした、と彼女に言ったら、「え~読みたい!」と言うので、google翻訳でよかったら送るよ、と言ったのです。

Google翻訳だから、なんとか読めればいいや位に思っていたら。。。

 

なんと❗️❗️❗️

 

多少の「修正」は必要ではありましたが、十分に意味をなす以上の、これ誰かが書いたんでしょ?というくらいの英文記事ができあがりました。

 

日本語記事はこちら

 

 

Google翻訳の性能がアップしているとは聞いていましたが、ほんとうにそうだと実感した瞬間でした。

 

 

「2011年に小学校に入学した子どもの65%は、いまはまだない職業に就くでしょう。」こう指摘したのは、デューク大学教授のキャシー・デビッドソンの言葉です。

 

だからこそ、そんな時代こそ、むしろ私たち人間のひとりひとりがが本当にやりたいことをやるチャンスなんですよね。

 

 

その人だからこそできるこそ。

 

その人しかできないこと。

 

はっきりとした使命のようなものを持つ人もいれば、より調和的な役割を果たす人もいるようですが、その人の「フレーバー」は誰にも必ずあります。

 

 

「わたしなんて。。。」

一見謙虚のように聞こえる言葉ですが、そうして自分を小さくすることもまたエゴなのです。

 

これからは、一人一人が輝いていくことを自分にゆるす時代です。

 

 

自分が自分を知ること

 

自分が自分を認めること

 

自分の内なる声に耳を傾けることがますます大切になることでしょう。

2017年に「感受性」を強みとして発揮するために知っておく《5つのポイント》

2017年から「新しい流れ」が始まるようです。

 

新しい時代においては、自分の強みや才能を知っていることがより重要になってきますが、その中でも、これまではあまり「強み」として捉えられてこなかったような特性がより重宝されていくように思います。

 

 

その一つは「感受性」です。

 

このシリーズでは、「感受性の高い」人の強みとチャレンジ、そして、そういうタイプの人が自分の特性を強みとして活かすために知っておくべきポイントをお伝えしていきます。

 

私のところにセッションに来られる方の中には、「感受性」が強く、エネルギー的に繊細 (sensitive)なタイプの方が多くいらっしゃいます。

 

ここで言う「繊細な」という意味は、その人の「構造」というか「つくり」というか、特性が繊細であるという意味であって、「ナイーブ」であるとも「弱い」という意味とも違います。

 

別の言い方をすると、感じ取る能力が高い人、共感能力の高い人たちです。

 

「繊細」とだけを聞くと、「競争社会」の基準からすると「弱み」のように聞こえるかも知れませんが、これからの時代、「感受性が高い」ということは「大きな武器」となっていくことでしょう。

 

 

では、「感受性」が高いことの「強み」とは例えばどういうものでしょうか?

 

例えば、相手が伝える1の情報から、その何十倍もの情報を読み取る能力です。または、より大きな全体像をつかむ能力です。

 

これは、「洞察力」(insight)と呼ばれます。

 

例えば、この人は、言葉ではこう言っているけど、その人の本心はいったい何なんだろう?または、「このミーティングで部長はこう言っているけど、どうも他の人たちはしらけてるなあ。みんなの本心はいったい何なんだろう?

 

今、会議で起きていることやこの組織全体で起きていることは何だろう?」といったより深層の部分が「分かる」能力です。

 

 

これは、人と関わる仕事、交渉や仲裁、ファシリテーション、リーダーシップといった分野で大きな力になります。

 

または、一つのニュースからより大きな流れを読む能力です。

 

例えば、私にとっても紛争地の現場でこの力が大きな助けとなりました。

 

例えば、南スーダンのような紛争地では、この先数ヶ月、政情がどうなるのか分からないというような環境に置かれます。

 

そのような環境の中で、国連のスタッフは、いろんな人に会って情報収集をし、分析を加え、あり得るシナリオなどを考えながら、それぞれの場合どう対処したらいいかを決定していきます。

 

私は、そういう地で仕事をする人として、いろいろな人に会って生の情報(感覚)を得て、この先の流れを掴んでおくことは、決定的に大事なことだと本能的に感じていたので、できるだけそういう時間を意識的にとっていました。

 

なので、新しいニュースがあったり、政情的に何かが起こっても、「ああ、これはこれ以上『大事』にはならないな」とか「今回はちょっとヤバい」とか、ある程度流れが読めたり、予測がついたりしました。

 

私にとってはあまりに自然にやっていたことだったのですが、

 

えっ?!、みんな気づいてないの?!!!

 

と逆にびっくりしたこともあって、「ああ、これは知らせなきゃいけない」じゃないけど、正式な職務の一部であるかどうかは関係なく、分析レポートを書いて重宝されたこともありました。

 

そして、私の分析が全体像を掴んでいた、先を見越していた、ということが実際にありました。

 

同じ街にいながら、同じ国にいながら、同じ人に会いながら、同じ情報を耳にしながら、その人が導き出す結論や分析はまったく人それそれでした。

 

断片的な情報から、全体像を「掴んでいく」能力はまさに大きな才能なのです。

 

こういう場合の「分かる」能力は、ロジカルシンキング的に一生懸命考えてたどり着く結論というよりは、感覚的に「わかる」という種類のものです。

 

私の場合、この能力が、今ではどう発揮されているかと言うと、例えば、カウンセラーとしてある方の相談内容について聴いている時に、その方が言わんとしていることの全体像や課題の根っこの部分が「パッと」把握できる能力です。

 

もちろん、いくつか質問をして、課題を探ったり、それを確認してきますが、その能力は高い方だと思います。

 

また、いくつかのニュースの断片を合わせていって、大きな流れやより大きな全体像をつかめることです。

 

私はクーリエジャポンという媒体で連載記事を持っていますが、2016年8月3日付けの記事 Vol.3 大仲千華「答えを求めない勇気」で英国のEU離脱について書いたことが、今回の米国大統領選挙にもそのまま「当てはまる」ので自分でも少しびっくりしました。

 

Beautiful landscape
Beautiful landscape

 

 

また、「感受性が高い」ということは、「エネルギーを伝達できる能力」にも繋がるので、スピーチや文章を書くなどなんらかの表現をする人にとって大きな力になります。

 

その人が感動したことについて伝えようと思うと、その感動のエネルギーが文章なりを通じて相手に伝達されるからです。

 

私はずいぶん長い間スピーチが苦手だと思っていて、自分がスピーチが上手だと思ったことはなかったのですが、南スーダンの紛争地の現場にいる時、私が話し始めると、それまでしらけていた参加者が耳を傾け始めるということを体験することがありました。

 

南スーダン政府との会合で、

南スーダン人民解放軍の人たちと一緒にいる時、

スタッフミーティング等々で、

 

 

相手がこちらに耳を傾けるのが分かり、上司や他の人たちから「Chikaのスピーチすごくよかったよ」と言われることがあると、嬉しいのだけど、

 

 

「えっ??、はて、私はいつからスピーチが上手になったんだっけか??」と、当人としては「狐につままれる」ように感じたこともありました。

 

 

当時の南スーダンの状況は

(今でもそうですが)、紛争が再発する要因もいくらでもある。

独立できるかどうかも分からない状況。

 

 

 

そんな真剣勝負みたいな日々だったので、

 

「たった今私がこの場でここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と、私なりに必死に考え、何かを真剣に伝えようとしていた気持ちが相手に伝わったのだと思います。

 

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⬆️国連のスタッフデー@南スーダンにて。

民族衣装を着て来たエチオピア人の同僚と一緒に

 

多国籍チームのリーダーに抜擢されてからは、政府やNGOとのミーティングでも「国連代表」として一言求められたり、視察とか出張先で一言求められるなど、その状況もよりフォーマルになっていきましたが、

 

私はそんな体験を経て、「かっこよく話す」ことも、「国連職員とはこうあるべき」もやめて、誠意を持ってハートから話すことの方が効果的だということを学んでいったのでした。

 

最近のコミュニケーションに関する研究では、言葉や文字として伝わるのは10%以下(またはもっと低い)ということが言われています。

 

今では、文章を書く時でも、言葉を超えて全体のエネルギーとして何を伝えたいのか、ということに意識を置いています。

 

だとするならば、言葉を超えて、全体のエネルギーを伝えることができる能力とは、まさに「繊細さ」や「感じ取る能力」「感受性」の大きな強みなのです。

 

 

こうした能力が開花すると、

 

人に教えること、講師、執筆、ダンス、デザイン、演劇、絵を描く、歌を歌う、音楽、イラスト、建築、彫刻、織物、アスリートなどー

 

そういうタイプの人たちの、自分の中から「湧きでるもの」を表現する意欲、そしてそのベストを追求する「内なる意欲」はもともと強いので、それが助けとなり、それがどんな分野であっても、自分の表現や作品は自然と高い水準に達していきます。

 

 

「感受性」「繊細さ」や「感じ取る能力」を自分の強みとして成功している有名人としては、例えばこのような人たちが挙げられています。

 

スティーブン・スピルバーグ

メリル・ストリープ

アガサ・クリスティーン

アルバート・アインシュタイン

エリザベス・キュープラ・ロス

デール・カーネギー

などです。

 

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Dan Millman ‘The life you were born to live: A guide to finding your life purpose’ p.242より

邦題 ダン・ミルマン「「魂の目的」ソウルナビゲーション―あなたは何をするために生まれてきたのか」より

 

 

ただ、どんな人にとっても、その人の強みとチャレンジは「表裏一体」であるように、そういうタイプならではチャレンジもあります。

 

では、こういうタイプの人たちが、その「感受性」「繊細さ」や「感じ取る能力」を才能として「開花」するためにはどんな事が役に立つのでしょうか?

 

次回に続く。

ネガティブな感情は才能を教えてくれるサイン?!

ネガティブな感情はあなたの才能を教えてくれるサインの一つですと聞くと少しびっくりしますか?

才能をみつけると言うと、ワクワクするものや好きなものを探そうというアプローチがほとんどですよね。

まったく逆に、ネガティブな感情を通じて才能を発見するアプローチもあります。

例えば「イライラ」する時です。

誰かの文章を読んでる時、レストランに行った時、ホテルの接客を見て、何かのイベントに参加してこんな風に思うことはありませんか?

ー自分だったらもっとこうするのに。。。

ーもっとこうだったらいいのに。

ーオーマイガッド!ああ、もったいない!

などです(笑)。

私の妹は、ある5つ星ホテルのウェディングプランナーなのですが、彼女と一緒にお茶をすると、彼女の目が自動的にホテルウーマンの目になり、接客を研究し始めることに気づきます。

または逆に落ち込んだり、嫉妬を感じる時もあなたの才能のサインです。

例えば、

誰かの素晴らしい演奏を聞いた時

誰かが笑いをとってるのを見る時

すごく美しいデザインをみた時

誰かが感動的なスピーチをしているのに触れる時、

誰かの圧倒的な着想力に落ち込む時などです。

特に、密かに自分がやりたい、またはもっと結果を出したいと思っている分野で、誰かがそれを軽々成し遂げているのを見る(見える)と私たちは嫉妬を感じたりします。自分と同じ分野の人だとその特にその反応が大きくでるものです。

私の友人の話しですが、10歳の時オーケストラの演奏を始めて聴いた時、すごく感動もしたけれどそれ以上に「悔しくて」涙が出て、家に戻って一心不乱にピアノの練習をはじめた、という人がいます。

彼女はその数年後に、人前でピアノを弾いてお金をもらい始めているので、音楽という演奏でお金を得ることが難しい分野で、人から頼まれて弾くようになったのですから、やっぱりそこに大きな才能があったのでしょう。

ネガティブな感情ー特に「嫉妬」を感じる自分自体が嫌だって思いがちですが、ポジティブな感情もネガティブな感情も両方持ち合わせているのが人間です。

グッドニュースは、自分の才能と関係ない分野だとイライラも感じなければ、落ち込むこともないということです。

これからイライラやフラストレーションを感じたら、自分の才能はなんだ?とあなたの才能アンテナを高くはってくださいね。

gaudi04

参考文献:「自分の才能の見つけ方」本田健