やる気がないのはあなたのせいじゃない! 最新スポーツ科学・トラウマケアによる発見ー溜まった緊張や感情が身体を固まらせ、気力を枯渇させる❓❗️

スポーツ科学やコーチ・カウンセラーの間で知られている表現に、「筋肉に感情が宿る」というものがあります。

 

緊張して身体が固まるのではなく、溜まった緊張や感情が身体を固まらせ、気力を枯渇させるという考え方です。

 

燃え尽き症候群やパワハラ・トラウマケアにとって、身体に残ったエネルギー(感情)を解放していくことはとても大切です。

 

そうしたエネルギーが解放されるにしたがって身体は自然と軽くなっていきます。

 

私が身体のアプローチやエネルギーの解放に興味を持ったのは、トラウマケアの手法を学んでいたときでした。

 

その過程で、一流アスリートや音楽家のトレーニング、トラウマケアにはある共通点があることを発見しました。

 

「体が変わると意識も変わる」という心身一致の考え方です。

 

例えば、アスリートや音楽家は、身体を柔らかくしていつでも最大限のパフォーマンスを発揮できるように気を配っています。楽器を鳴らす前に複式呼吸をしたり、ストレッチをしたり、身心がリラックスした状態であることが大切だと経験的に知っています。

 

燃え尽き症候群やトラウマケアにとっても同じことが当てはまります。

 

緊張を強いられるような環境にいたり、なんらかの辛い出来事を体験する時、身体に緊張やトラウマのエネルギー、感情が溜まることがあります。

 

その時、私たちは「身体が重い」と感じます。本来の健康や活力を取り戻すには、なんらかの形でそうしたエネルギーを身体の外に出していく必要があるのです。

 

本来、人間の社会には、共同体での儀式やダンスなど、そうしたものを解放するなんらかの伝統儀式や習慣が存在しました。

 

例えば、気功や呼吸法、ヨガなどもそうした役割を果たしてきました。

 

なぜ身体からのアプローチ(エネルギー解放)が効果的かといえば、頭であれこれ考えるよりも、身体を通じて脳に心地よい「快」情報をたくさんインプットする方が、ネガティブな思考をポジティブなものに速く置き換えられるからです。

 

それによって、新しい脳内の配線(シノプシス)を刺激して、より太くしていくことができます。

 

この身体的なアプローチと共に、エネルギーの解放が起こる現象も、さらに詳しく解明され始めています。

 

そのキーワードは、「同期現象」または、「共鳴」(コヒアランス)です。

 

 

coherent-heart-graph

 

上の図は不安やフラストレーションを感じる人の心臓のリズムです(リズムは乱れています)。

 

左の下の図は、コヒアランスの状態にある人の心臓のリズムで、一定のリズムを保っています。

 

人がコヒアランスの状態にあると、心臓や臓器が互いに影響しあって、神経系、ホルモン系、免疫系が効率的にバランスよく機能し、肉体的・心理的・感情的システムが互いに向上していきくことが知られています。(ハートマス研究所、Heartmath Instituteより)

 

不安やフラストレーションを感じる人がいても、調和した状態にある人のそばにいると落ち着きを取り戻していくことが知られています。

 

また生物界では「同期現象」としてこのような現象が知られています。

 

●心臓をつくっている筋肉(心筋細胞)がリズムをそろえて、心拍数を一定に保つ。

●臓器が互いに影響しあって、起床や就寝時間などの体内リズムを作る。

●何万匹もの蛍がいっせいに発光を始める。

●像の群れは同じリズムで歩く。

●一緒にいる女性の生理周期が同じになる。

 

「同期現象」については、ハーバード大学のサイトでも紹介されています。

 

または、「SYNC: なぜ自然はシンクロしたがるのか (ハヤカワ文庫 NF 403 〈数理を愉しむ〉シリーズ)」をご覧ください。

 

セッションでは、「ハートメタ」メソッドを使って、この『コヒアレンス』(coherence)の状態を創ります。

 

不安やフラストレーションを感じる人がいても、調和した状態にある人のそばにいると、落ち着きを取り戻していきます。バラバラだったものが調和の状態に同期されていきます。

 

これが、コヒアランスを通じたトラウマケア・エネルギー解放の仕組みです。

 

自然治癒力や活力、調和を取り戻すことは人間の本来の本能的な力なのです。

 

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元国連職員でカウンセラー・セラピスト大仲千華

国連勤務を経て、海外でトレーニングを受けた信頼と実績を持つコーチが、安心と効果を直に実感できる「ハートコヒアランス」を使ったメソッドを提供します。

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

info@peaceblossom.net までお気軽にお問い合わせください。

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トラウマケア最前線ートラウマやうつ的な症状を回復のカギは、身体に溜まったエネルギーを解放すること

 

心と体を救う トラウマケア最前線

 

症状がなかなかよくならず薬を飲むのがいいのかどんな治療を受けたらいいのか、悩む人の多いうつやトラウマ、PTSD。

 

最近、トラウマケアが単に「心の病気」ではなく、身体面を含む総合的なアプローチが有効であるという見方がされてきています。

 

例えば、NHKクローズアップ現在でも、「心と体を救う トラウマ治療最前線」として紹介されています。

 

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3445/1.html

 

その背景にあるのは、従来のトラウマケアの中心手法であった認知行動療法よりもより効果的な手法が常に求められてきたからでした。
認知行動療法の遷延暴露(せんえんばくろ)は、トラウマになっている事柄を焦点化して、それを何度も何度も繰り返し言わせたり、聞かせたりする手法ですが、ケアも長期にわたり、受ける方の心理的な負担が大きい割には効果もわかりにくい、とされてきました。

 

トラウマケアやPTSD治療・回復の手法や理論というのは、

 

主にアメリカで進み、ベトナム戦争からの帰還兵が直面する問題に対処するために研究が始まり、さらに、9.11による犠牲者、アフガンとイラク帰還兵による家庭内暴力といった社会的な課題として研究が進んでいきました。

 

また、「知り合いの知り合いには最低一人はアフガンかイラクから帰還した人がいる」と言われる中で、現場のニーズが先行する形で、ソーシャルワーカーやカウンセラー、またはヨガや瞑想のインストラクターといった人たちによって理論よりも臨床面でたくさんの手法が試されてきました。

 

そのような中で、この10年以来、より一般化されてきたのが、身体面からのアプローチです。

 

身体に溜まったトラウマエネルギーが解放されることによって、自律神経や記憶や感情面での安定が回復さえるとされています。

 

なぜ身体面からのアプローチなのかを説明するために、どのようにして「トラウマ」と呼ばれる現象が起こるかを説明したいと思います。

 

私たちが安全を脅かすような出来事に遭遇したり、慢性的に身体の危険を脅かすような危険にさらされる時、私たちの脳の神経系統は大きな影響を受けます。

 

その時に、人間は本能的に闘争/逃走反応 として知られる「戦う」、または「逃げる」行動をとります。戦うことも逃げることもできなかった時には、身体は文字通りフリーズ(fight, flight, freeze )し、竜巻のようなエネルギーが外へ解放されず身体の中に溜まることになります。

 

それはあたかもブレーキを踏みながら、アクセルを全開にしているような極度の緊張状態が続いているような状態で、そのエネルギーが数週間のうちに解放されるか統合されないと、いわゆる「トラウマ」の状態を引き起こすことになります。

 

この時、危険を察知し、全体に信号を送る機能を持つ「扁桃体」は、まだ現在も危険が続いている「非常事態」であると認識するため、危機が去っても安心することができません。また同じ目に遭うかもしれない、という不安や怖れを起こします。

 

そのため、他の人にとっては何でもないことに対しても過度に反応したり、それに結び付いた 感情を引き起こします。

 

闘争/逃走反応を司る「交感神経」が 優位になり、副交感神経系が機能できません。結果、常に身体に緊張や凝りがあったり、眠りが浅い、リラックスできない、と感じます。

 

鹿などの小動物がライオンやチーターなどの肉食動物に追われると、逃げるか死んだふりをしてうまく逃げおおせた時、 追われた動物は、ぶるっぶるっと体を震わせて生体に留まっていたエネルギーや恐怖をふるい落とします。

 

人間の場合、高度に発達した大脳新皮質によって動物のようなエネルギーの解放が自然に超こるわけではありませんが、人間も身体からトラウマのエネルギーを解放することができます。

 

トラウマ業界を変えたStephen Porges博士のポリヴェーガル理論やピーター・リヴァインの「心と身体をつなぐトラウマ・セ ラピー」 など、身体面におけるトラウマエネルギーの解放がより一般的になってきています。

 

より具体的にはどのようなメソッドがあるのでしょうか?

 

コヒアランスを通じた感情・エネルギー解放に続く

 

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元国連職員でカウンセラー・セラピスト

国連勤務を経て、海外でトレーニングを受けた信頼と実績を持つコーチが、安心と効果を直に実感できるメソッドを提供します。

https://peraichi.com/landing_pages/view/krgi1

 

国連ニューヨーク本部、南スーダン、東ティモール等で現地国政府の人材育成や元兵士の社会復帰支援に約10年従事に従事。紛争国での体験から、リーダーシップや仲裁について研鑽を積む。米軍の専門家として、世界的な研修プログラムにおいて唯一の日本人女性として講師を務める。

 

帰国後、PTSD(二次性外傷性ストレス)と燃え尽き症候群になり、起きれなくなる。心理学やカウンセリングを学び始める。海外でトラウマ解放メソッドを習い回復し、直観能力とヒーリング能力が飛躍的に開花。

 

同じ頃、同じような体験を持つ人や人の役に立ちたいという人たちから相談を受けるようになり、もっと自由に生きる人を増やしたいと思いコーチング・カウンセリングを始める。

 

医師、医療従事者、国連職員、ビジネスパーソン(製薬、銀行、製造業など)、政府機関職員、地方公務員、NGO職員、通訳、カウンセラー、ソーシャルワーカー、クリエーター、大学生、中学生など多くの人から支持される。

 

《主な資格》

「ハートメタ」認定プラクティショナー、在米 SQ WorldWide Prema Birthing 認定プラクティショナー、在米国 The Center for Justice and Peace-buildng,  Strategies for Trauma Awareness and Resilience: STAR)トラウマケアトレーニング修了、ビジョン心理学100日プログラム修了、国連ニューヨーク本部仲裁トレーニング (mediation training) 修了、国連本部交渉研修修了等。

日本人はいつからロボットのようになってしまったのか?!ー言われたことはできるけどマニュアル外のことができない人の本当の理由

ベジタリアンのカナダ人の友人と一緒に出かけた時のことです。

ベジタリアンなので、食べる場所を選ばなくてはいけません。

 

カフェメニューで、アボガドサーモン丼というものがあったので、そこからサーモンを除いていただいて、アボガドとサラダだけ出していただくことはできますか?

と聞きました。

 

ご飯の上にそれを盛るだけだから、単純にできそうだと思います。

 

こういう時、お店(店員さん)の対応は見事に二極化します。

キッチンも店員さんも、「できません」というケース。

 

なんとか考えてごめんなさいね、というのではなく、マニュアに書かれたことは出来るけど、そこをちょっとでもずれると自分で考えて対応できない、という態度がくっついています。

 

そして、「今あるものでなんとかしたいと思います」と言ってくれるケース。

 

時には、シェフの方がわざわざ出てきて、今あるのはこういうものですが、こちらは大丈夫ですか?と聞いてくれることもありました。とうぜん、こういうお店の印象はアップ。次回も寄りたいなと思います。

 

けっこう前者が多いのでびっくりします。

 

しかも、ロボットのように「できません!」と言う人が(けっこう)いることに驚きます。

 

ランチ時の忙しい時でもないし、スーパー難しいことを頼んでるわけでもないのに、何がどう「できない」のでしょうか???

 

マニュアル的な決められたことはできるけど、自分で対応できない人が増えてる、とは聞いたことがあるけど、まさにこういうことか!と思いました。

 

できない!とパニクったり、いっぱいいっぱいになってしまうのかもしれません。

 

常に携帯でググれば「答え」がでてくることに慣れてしまって、やり方が一から最後まで書いてあるのをなぞることは出来るけど、

 

自分で判断する機会があまりないのかもしれません。

 

こういう場合に求められているのは、

お客さんは何を求めているのか?ちゃんと聞く・理解すること

キッチンに伝えること

または自分がシェフだったらアボガド(または何が出せるのか判断する)を出す

ということです。

 

 

イレギュラーな件にパニクる人たちは、

極点に失敗を恐れているにも感じます。

 

自分で考える=判断する=間違うのが怖い

 

でも、そもそも、「正解」も「間違い」もないのです。

 

そして、「正しくやること」に価値があるという誤解をしています。

 

「完璧」「ちゃんと」やらないといけない、と思ってます。

 

客が求めているのはそんなことじゃないのに。

 

自分に意識が向いている典型的な守りの姿勢です。

 

お客の立場をして感じたことですが、こちらの要望・言っていることをほとんど聞いていない人さえ多いのです。

ベジタリアンだって人間なんだから、ただご飯が食べたいのに、でも困ってるんだよ、というだけなのに。

 

そのことをただ理解してくれて、もし少しでも共感してくれたなら、お店の印象がどれだけアップすることか!

 

ロボット人間じゃなくて、人間が増えてくれることを願います!

国連での勤務の1年目、苦い体験を通して学んだ本当の議論のためのルール

自分がある出来事についてどう思っているかは、自分が決めればいい、というお話しをしました。

 

でも、みんながそれそれ違う意見を持ったらどうなるの?

という漠然とした疑問というか、不安を持つ人もいるようです。

 

 

それは、

日本では、

議論のルールというものを習ったことがない

議論というものをしたことがない

または、本当に違う意見を交わしてより理解が深まったという体験したことがない、

または意見はトップダウンで決められるものでただ従えばよい、

答えは「上」から与えられるもの

という権威主義的なやり方を当たり前とする文化や経験の問題だと思います。

 

 

でも、自分の意見を言わないことは、

相手を尊重していることにはならないし、

本当の関係を築くことにならないのも事実です。

 

そして自分の意見を持つことを止めるものに、いろんな誤解が理由としてあるようですが、

 

その一つは、人の意見と人格を同一視してしまうというものです。

 

 

私はその誤解を国連での勤務の1年目、苦い体験を通して学びました。

 

国連勤務の1年目初めての赴任地東ティモールでの出来事でした。

 

初めて、オーストラリアのダーウィンから初めて国連機というものに乗って東ティモールの首都、ディリに向かった日のことは今でも覚えています。

 

一緒に働くことになったのは、

チリ生まれのオーストラリア人、パキスタン人、イギリス生まれのパキスタン人、カメルーン生まれのドイツ人、オーストラリア警察から出向中のオーストラリア人の女性と日本人のわたしでした。

 

さて、チリ生まれのオーストラリア人はチリ人っぽいのか、それともオーストラリア人っぽいのか?

国籍を聞いただけではこの人たちはどんな人たちなのかさっぱり分かりません。

 

さて、始めての会議。

 

その中でチームリーダーに選ばれた一回り年上のパキスタン人の同僚の口からは、ショックな言葉が続きました。

「女は仕事ができない。」

そして、男性には挨拶をして、女性は無視するかのような態度。

 

オーストラリア警察から出向していた女性と私は顔を見合わせてまず怒りました。

そして、悩みました。

 

結論から先にいうと、そんな言動が続き、本部からヒアリングと事実確認、調停を担当する人が派遣されてきました。

 

その調停人の方は、まず双方の言い分を聞き、事実確認をするための質問をいくつかしました。

私は事前に書面で伝えていたことと同じことを伝えました。

 

そして、何回かそのようなやり取りが続きた後、

途中「だからこの人は何もわかってない!」と

私の方がカッとなってしまいました。

 

私がよく覚えているのは、その時の調停人の言葉です。

 

彼は落ち着いた口調でこう言いました。

「事実と人格を分けてください。」

「ここで聞いているのは(確認をしている)のは事実関係です。

何があったのかという「事実」だけを述べてください。

相手のパーソナリティーに言及することは慎んでください。」

 

私は、その瞬間にハッ!と気づいて本当にその通りだと思ったのです。

 

「「事実」だけを述べてください」とは、日本人の感覚からするともしかしたら冷たい印象を与えるのかも知れません。

でも、その時に私はすごく解放された気がしたのです。

 

 

この人はイスラム圏で生まれ、おそらくこれまで女性と働いたことがなかったんだろう。

そういう文化背景で、おそらくそういう考え(女性は仕事はできない)を持つようになって、

ただそれだけなのだ、と。

 

 

そういうことを平然と言い続ける人と一緒に働くのは決して心地よかったわけじゃないけど、

私個人に向けられたものではなかった、と。

 

 

私たちは、自分とまったく違う意見と持っている人に会ったり、自分の意見が否定されたりすると、あたかも自分という個人が否定された、と感じがちです。

 

相手の意見と人格をごちゃまぜにしてしまいがちです。

 

でも、その人の意見は世界の72億あるうちのたった一つの意見であって、

 

自分にとって真実でもなければ、同意する必要もないし、

その人の意見個人的に捉える必要はまったくないのです。

 

最近続けて職場でハラスメントを受けている・受けていたという相談を受けていますが、

それを聞く中でも、そこにショックや傷ついた体験がごちゃまぜになっていることが多いのを感じます。

 

まず、事実と感情を分けること、

事実と人格を分けることが大切です。

 

すると、事実関係が自然に整理されていきます。

 

 

《まとめ》

事実と感情をわける

意見と人格を分ける

事実を淡々と整理する

人の意見が自分の意見と違うからといって、それは個人的に嫌われたとか、尊重されていないとは違う

もしそういう感情や感覚があるとしたら、それは本当にそうなのか確認すること。

「千と千尋の神隠し」のモデルの村に行ってきました❗️ー人間の弱さは神さまの強さ

先日、日本三大秘境のひとつに旅行をしてきたお話しをしました。

 

長野県の遠山郷、南アルプスに囲まれた標高1200mの地で日本のチロル(オーストリア)と呼ばれる下栗の里というところです。

 

高速道路を使っても、片道7時間かかりました。

 

さて、この地域は、宮崎駿監督が「千と千尋の神隠し」のインスピレーションを受けた地域だそうです。

 

霜月祭といって、日本中の神様を呼び出してお風呂に入れて元気にするというとても面白いお祭りがあるのです。

 

長野県南部の天竜川流域、南信濃村と天龍村に伝わる霜月祭(地域によっては違う名称で呼ばれる)というもので、宮崎駿監督はテレビでこの祭りの存在を知って強い影響を受けたのだそうです。

 

今は「かぐらの湯」として親しまれている温泉に私も行ってきました。

 

とてもお湯がよくて、お肌がツルツルになりました。

 

場所のエネルギーもとてもよくて、お湯に浸かった瞬間に疲れもふっとんで、これだけでも遠路はるばる来た甲斐があったと思いました。

 

さて、そのお祭りには、「神さまから湯を浴びて穢れを祓い、魂を清める」という儀式があるそうです。

 

冬を迎える前に無事に冬を越せること=「再生」を願う、という意味が含められています。

下栗⑤

 

 

その標高1200mの村は車があってもたどり着くのが難しい険しい山を登っていくところです。

 

少し前だったら、冬はまさに交通が遮断されたところだったのしょう。

 

 

だから、もっとも人間の力が弱くなるこの時期を、どうか無地に生きて冬を越せますように、と神々に祈ったというのです。

 

 

それを聞いて思いました。

 

人間にとって弱い時こそ、謙虚になれる時なのだ、と。

 

 

人間の弱さは神さまの強さなのだと。

 

もし、一人でなんでもできると思ったらそれは傲慢なことなのだ、と。

 

 

下栗①

 

下栗②.jpg

 

下栗④.jpg

 

そう、人間というのは自然のリズムと一緒に生きて来たのですよね。

 

秋には収穫し、豊穣を祝い、感謝して、冬に備える。

そして、冬は人間の活動もゆっくりになり、自らのエネルギーを蓄え、

そして春に活動を再開して、夏にはもっとも活動的になる。

 

 

人間にはそんなリズムがあるのですね。

 

 

都会に住んでいると、一年間をあたかも全速力で疾走するものだと思いがちですが、一年をもう少し自然のリズムと共に身体のペースを持てるといいなと思いました。

レストランや入った先でうん?と思ったらーいつも我慢しすぎだからこそその一言を言うチャンス

ランチやレストランで入った先での接客で、うん?と思ったことはありませんか?

 

こっちはお金を払う側なのに、なんで?

 

私もつい最近入ったところで、目の前のシェフとウェイターの人が「最近、ぜんぜん休みがないよなー」と文句と言い始め、ため息をつきながら準備を始めました。

 

ため息をつきながら作られるものは食べたくありません。

私たちが取り入れるのはそのエネルギーだからです。

 

うん?なんかおもかしいと思いました。

 

でも、言うのも面倒くさいなという考えも一瞬よぎりました。

 

でも、やっぱり、そんなものをお金を払って自分の体に入れるなんて理由はありません。

 

パスタがすでに茹で始められたのが目に入りましたが、出ることにしました。

 

ウェイターの方を呼んで、「ため息をつきながら作られるものは食べたくありません。ドリンク代は払うのでお会計をお願いします。」と言いました。

 

相手は少し驚いたように、私の顔をじーっとみました。

すぐ側にいた二人組みも私と二人の様子を見ていました。

 

私は例え、ドリンクはまだほとんど飲んでなかったけれども、それでもドリンク代を払ってでも、そんな空間に身を置きたくない、と思いました。

 

自分の体に取り入れるものの方が大切です。しかもそんな振る舞いやエネルギーを受ける必要はありません。

 

私にとってははっきりしていました。

 

そんな様子が伝わったのか、シェフが謝り、ドリンク代はけっこうです、ということになりました。

 

周りのお客さんは、「どうぜ、そんなものだ」と受け入れていたのでしょうか。

もし、そうだとしたら、自分も相手も甘やかしています。

なにより、自分を大切にしていません。

だって、そんな空間もサービスも振る舞いも受ける必要はないのです。

 

私はカザフスタンという旧共産圏で働いたことがありますが、ソ連から独立してまだ10年も経っていない時でしたので、まだサービスという概念もお店の種類もまだまだ限られていました。

 

私たちが住んでいるのは日本です。

私たちには選べる自由があります。

 

それはお金を大切にするということでもあります。

自分がお金と交換に受け取る価値に納得してその使い方に責任をとるということです。

そして、自分を大切にするということです。

 

もし、そんな体験をしたら、自分が自分を大切にする、ということを意思表示するチャンスをもらっています。

 

いつも我慢し過ぎ、または半分あきらめて「どうせそんなものだ」だと思っているのかも知れません。

 

だからこそ、声に出して「やっぱりやめます。」「帰ります。」「やっぱりけっこうです。」と言うのです。

 

不快だった感覚がその一言を口にした途端たった1分で快感になりました。

 

その一言で自分に力を取り戻します。

嫌いな仕事に1日15分取り組んで10日たったらー自分が自分の約束を守るとおきた奇跡

今日は奇跡がおきました!

 

 

それは私の苦手で嫌いなことを楽しい!と思えたのです。

 

しかもやりたい!とさえ思ったのです。

 

それは何かと言うと、経理作業についてです。

 

最近はいろんなクラウドソフトがあって、入力作業もバランスシートなどの必要書類の準備もクリック一つで簡単にできます。

 

それでも、私にとっては正直あまり好きではない作業です。

 

なので、こうした作業をつい後回しにしてしまうパターンを繰り返していました。

 

でも、ついに、同じことをやってる自分が嫌になって、

毎日15分でいいからルーティン化することにしました。

 

とはいえ、

 

正直、最初は腰が重いというか「イヤイヤ」やってました。

 

10日間位たった頃でしょうか。

 

楽しい!と思ったのです。朝起きて早くやりたい!とさえ、思ったのです。

 

驚きました😝

 

だって、クリエイティブな作業の方がずっと得意な私みたいなタイプの人にとって、経理作業というのはその逆に位置するものだからです。

 

確かに地味だし、クリエイティブとは真逆的な作業ではあるでしょう。

 

そういう作業が好きな人というのが世の中には存在すると思うので、

きっと誰かにお任せすることになるでしょう。

 

でも、誰かに任せるにしても、この作業に対する漠然とした苦手意識を感じたままじゃ嫌だなと思ったのです。

 

さて、

このプロセスは何だったのかなと考えてみると、

経理作業そのものというよりは、

 

たとえ自分にとって嫌いな分野でも

自分が自分に対して決めたことに対して責任をもつということ、

それを守ったことによる「快感」だったと思います。

 

もし、頭に脳波を測る装置をつけたら、きっとなんらかの脳内分泌が起きていたと思います😇

 

そして、セッションの予約を5件続けていただきました。

 

しかも。お手伝いしますというお申し出までいただきました!(本当です)

 

 

自分が自分に対して決めたことを守ること、

つまり自分が自分を尊重するというのは、

こんなにもパワーをくれるものなんだ!💡と正直驚きました。

 

苦手な分野なだけになおさらですね。

 

つまり、自分の信頼度を貯金しているわけですね。

 

それで予約がすぐに入ったので、宇宙は分かりやすい印をくれるものです。😊

 

逆にいうと、自分の信頼とパワーをそぐものに要注意です。

 

例えば、

誰にでも簡単に約束すること

自分が望まないことにイエスと言うこと

やると言ったのに実行しないこと

 

やりたくないならノーという方が誠実ですし、

 

目標を立てても心の底ではやりたくないのならば、やる気のあるふりをするよりも、その根本原因に取り組む方がよっぽど誠実です。

 

そして、どうしても好きになれない仕事を自分をだましながらやっているのならば、それも自分に正直ではありません。

 

もし、今の段階ではできない事があったら自分を責めるのでもなく、その原因を理解して、どうしたら改善できるのか考えましょう。

 

 

私たちは日々自分に対する信頼貯金を貯めています。

 

もし、今の段階ではできない事があったら自分を責めるのでもなく、その原因を理解して、どうしたら改善できるのか考えましょう。

 

どうしたら上手くできるのか考えましょう。

 

まだまだ、続けていくので、さらなる「脳内反応」?を観察してみたいと思います❗️