人は自分の力では愛することができない

今年の4月から二つの大学で教えることになりました。

毎週授業の準備して、教えることを通じて、これまでの自分の体験をまとめることはよい機会となっています。

同時に、チャレンジは、毎週360人以上(全クラス合計した人数)に教えるということ。

教えるということは、ある情報Aをわかりやすく、伝えること、または、「知識や技能を身につけるように導く」ことだとしたら、それなりにこなせます。

 

ペーパーから、学生のやる気や思索の質の向上が見られることは嬉しいことです。教師冥利につきます。

ただ、360人位いると、やる氣も性格もまったく人それぞれです。

 

知識よりも愛を求めている学生が多いとも感じます。

 

個別のセッションも好きだけど、それをわたしが自分の力でやっていたらおそらく燃え尽きてしまします。

 

そんな時に出会った本、ダニーシルク著「愛し続けなさい」です。

最近読んだ本でとてもよかったものです。

 

そして、この本を読みながら、このような語りかけをいただきました。

「『羊の囲いに門から入らないで 他の所を乗り越えてくるものは盗人で強盗です。』相手が誰であっても、羊の門を通さずにあなたが憩う牧場に勝手に入らせてはいけません。
私が門番をする牧場は、平和で安全で、あなたは私の与える豊かな牧草を食べ完全に守られています。
神の羊たちの牧草や平安や愛を盗もうとする人がいます。自覚がある人もいるし無意識の人もいます。彼らは 門番や牧者から離れ、さまよう羊になっています。帰る場所がわからず、近くの良さそうな牧場に入り込もうとします。
人は本当の愛を神からしか受け取ることができません。神のみが愛を与えることができます。 神の門を通さずに人を愛そうとしてもボロボロになるだけです。
さまよう羊には、門の入り口はあちらですよ、と門を指し示してあげることができます。
あなたは境界線(boundary)というものを学んでいきます。あなたにとって大きな財産になります。」
 『愛し続けなさい』を開く。
以下 『愛し続けなさい』より。
「表面的な会話で終わることが多いのはほとんどの人がそのような会話や関係しか家庭の中で体験して来なかったからです。安心して親密になるためには 互いの欲求を言い表すことのできる安全な環境と信頼のある関係性を持つ必要があります。」
親密さを体験すること、つまり互いにありのままの自分を知ってもらい、受け入れてもらうこと以上に人間にとって満足感をもたらすものはありません。」
安全な場があること、正直であること、受け入れられることがいかに大切なのかが示されています。
授業でもグループで自分の意見をシェアするように言うと、いつものおしゃべりではなく、ある型にあてはめてやると、一言をシェアするのがこんなに難しいとは思わなかったという感想が多々ありました。
話す内容よりも前に愛があって安全に受け入れられる場があって、意見が受け入れられ尊重される場が大事であることを実感します。
ですので、わたしの役目は彼らを究極的には「愛すること」ですね。
とはいえ、人間ですので、難しいと感じるときもあるのですね。。。
「わたしの力」では人さえ愛することはできない。
だから、わたしがまず愛で満たされることを求めます。
そしたら、愛は伝わるのですね。😊😊😊

「自意識過剰」や「自己嫌悪」にとらわれているときには自分を明け渡す時ーGOOD to GREATという法則

Good to Greatという題名の全米ベストセラーの本(邦題「ビジョナリー・カンパニー 2 – 飛躍の法則」)があります。

 

Good to Great

 

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則.jpg

直訳すると、「グッドから素晴らしいへ」「よいから偉大へ」とでも訳することができるでしょうか。

 

人の真似ではなく、なんとなく周りと一緒でもなく、自分が「自分の人生」を生きることは、今の「個の時代」を生きるために土台となるスタンスだと思います。

 

同時に「自分」にばかり焦点をあてていると、「自意識過剰」になったり、「自己嫌悪」や「自己満足」になってしまったり、逆効果となる時もあります。

 

「自分」が苦悩の原因であるという表現さえあります。

 

または、そこそこまでは自分の努力や自分の力でがんばってできるけれども、グッドからその先に行くにはどうしたらいいのか?という問いにも繋がっていきます。

 

モーツアルトはたった数年の間に何百曲も素晴らしい曲を作曲をして天才音楽家と呼ばれました。

 

彼にとっては、音の塊(かたまり)がメロディーがとしてまさに彼の上に降ってきた、というような体験だったそうです。

 

作曲をすることは、もちろん彼の努力を土台にしていますが、彼の能力を超えた、彼に与えられた役割とまさにギフト(贈り物)でした。

 

わたしはクラシック音楽のコンサートに行くのが好きですが、一生懸命に努力して指揮棒を振る指揮者と、自分が導管(conduit)となってその人を通じて音楽が醸し出されていくかのようにオーケストラ全体から音色を引き出す人の両方を体験したことがあります。

 

簡単にいうと、前者の人は力が入っていて、後者の人は軽やかです。

 

前者は「Good」ですが、やはり「Great」にはたどり着けません。

Greatな演奏は、その人個人を超えたより大きな力と一体になったようなものです。

それがまさに「Great」=「偉大な」と呼ばれるゆえんだと思います。

 

「Good to Great」という本のタイトルは、まさにその違いを見事に一言で表現しているなあと思います。

 

自分を超えたより大きな力である「偉大さ」(Greatness)とつながることを意図しましょう。

 

でも、これは大きなことをするという意味ではありません。

 

仮に「大きな仕事」をしていても中途半端な気持ちで取り組んでいたら、まったく偉大さを発揮できません。

 

逆に聞こえるかも知れませんが、自分ができることの「小ささ」を認めて、大きな力に道を譲って働いてもらうのです。

 

掃除でも、料理でも、一見小さな仕事と見えるものでも、そこに自分を通じて今やっていることに「偉大さ」(Greatness)がもたらされるようにと自分を明け渡すのです。

 

そして、より大きな力に道をゆずるときに、私たちは自分を通じて働く大きな秩序を体験し、畏敬の念を感じ、心が満たされ、充足感を感じるのです。

 

心をこめて何かに取り組んでいるとき、またはその人が情熱を感じていることに取り組んでいるときには偉大さが自然に表れています。

 

だから、自分が好きなこと、情熱を感じることをやりましょう、と言われるのですね。

 

それがもし人と関わるときには、自分を通じて相手の人に対してより大きな力によって愛や慈愛、安らぎがもたらされるように意図しましょう。

 

それは自分の力でできることではありません。

 

明け渡しましょう。

 

より大きな力に働いてもらいましょう。

 

自分が努力をするというレベルでは満たすことのできない部分が私たちのDNAの中には組み込まれています。

自分は何がしたいんだろう❓と思ったらー「自分」に焦点をあてすぎると苦しくなってしまうから🎁🎁できることを探そう

ロンドンへ行って「感謝感度」が更にあがりました。

 

年明けに研修でロンドンにいましたが、イギリスはほんとうに毎日曇っていて三日に一回雨が降ります。

 

今回の滞在では幸いに一度も雨に遭わなかったのですが(雨は降りましたが部屋にいた時でした!)、寒い上に空がどんよりで雨が降ってきて濡れたりするとホントに凹みます。

 

そんな日を経て(そんなに長い間ではありませんでしたが)、日本へ帰ってくると、朝起きてカーテンを開けて晴れた青空をみつけ、太陽のポカポカの日差しに当たっていると幸せな気分になります。

 

それから、日本の地下鉄や電車の快適さです。

 

ロンドンの地下鉄は1863年(日本は江戸時代です)に開通した世界最古の地下鉄ですが、とても狭いです。

 

ロンドンの地下鉄は世界一古いとあって、そもそもの形が古く小さく、わたしよりもずっと背の高いイギリス人が頭を曲げてかろうじて乗っていて、窒息しそうな気分になりました。

 

東京の満員電車もかなり大変ですが、ロンドンの地下鉄体験に比べると車両は1.6倍くらい確実に広いし、車両も新しく、ホームもきれいなので、ロンドンに行った後は、電車に乗るたびに感謝しています。

 

当時は限られた掘削機しかなくて、それが標準となってつくられたのがロンドンの地下鉄だそうです。

 

ちなみにヨーロッパでロンドンの次に地下鉄ができたのは、トルコのイスタンブールだそうで、ヨーロッパではパリの地下鉄の方がずっと快適だと言われます。

 

日本の古い地下鉄車両はアルジェンチンのブエノスアイレスで活躍しているそうです。

 

先日、「自分が自分であることに価値がある」、ということを書きましたが、同時に注意しないといけないのは、「自分」ばかりを追っていると、自意識過剰にはまったり、自己嫌悪や疑いや失望にひっぱられてしまうことがよくあります。

 

この場合の「自分が自分であること」とは、誰かの真似ではなく、他人に認められるための人生を生きるのではなく、自分が自分であることをゆるし、自分に与えられたものを受け入れ、自分の役目を生きていく、というニュアンスです。

 

自分よりもはるかに大きな存在が用意してくださっている計画に同意する、ということです。

 

自分は何がしたいんだろう?ー

 

そんな問いを持ったら、これまでに与えられた経験について感謝を書き出すことをお勧めします。

 

自分が自分であることは大切ですが、「自分」に焦点をあてすぎると苦しくなってしまうので、感謝できることを探しましょう。

 

高校

バイト

専門学校・大学

一番初めの仕事

同僚

上司

旅行

人間関係

etc.

 

それらの時期や人間関係を通じて、どんな体験をしましたか?どんな恵みがありましたか?

 

その体験からどんなことを学びましたか?

 

感謝のノートをつくって、感謝できることをノートに書き出しましょう。

 

 

1日の中で感謝することを書き出しましょう。

 

感謝は心をオープンにしてくれ、新しい見方をくれたり、心を柔らかくしたり、新しいスペースをくれます。

 

感謝はトレーニングです。

 

感謝をするから、感謝することに気づけるようになるのです。

 

そして、感謝することがさらに引き寄せられてくるのです。

素晴らしい循環ですね!😍💛🎁

 

感謝するから幸せになるのです。

 

感謝!

 

関連記事→幸せだから感謝するでのはなく、感謝するから幸せになる

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すべての人間関係に使える!愛を伝え、愛を受け取る5つの言語(5 Love Languages)

今日友人たちとランチをしながら、愛の言語(Love Languages)についての話しになりました。

 

人は常に人間関係の中で、常に何らかのメッセージを送り合っていて、人によって愛されていると感じる方法が違うと言われています。

 

それを五つの愛の言語(Love Languages)として分類して説明した本「The Five Love Languages」(邦題「愛を伝える5つの方法」 )は、なんと世界1100万部!だそうです。

 

やはり、豊かな人間関係を築き保つためにはやはり理解や工夫がいるということなのだと改めて思います。

 

5つの愛の言語(人が愛されていると感じる方法)があると言われていますが、「愛を伝える5つの方法」を参考に、5つのタイプを簡単に紹介したいと思います。

 

人それぞれ、愛を感じる点があって、大きく以下の次のタイプに分類されます。

  1. Words of Affirmation(肯定的な言葉)
  2. Quality Time(クオリティータイム)
  3. Receiving Gift(贈り物)
  4. Acts of Service(サービス行為)
  5. Physical Touch(身体的なタッチ)

 

1肯定的な言葉(Words of Affirmation)

思いを言葉にして表すこと。感謝、賞賛、励まし。勇気を与える言葉、優しい言葉をかけること。

相手を尊重する気持ちを言葉にして伝えること。このタイプは、単純な励ましの言葉一つで安心感や絆を感じます。肯定的な言葉を聞くたびに愛を感じ、リラックスします。逆に声のトーンが否定的だったり、批判的だったりすると、不安レベルが上がやすいので、何かを伝える時には必ず愛のある優しい言葉でフィードバックを挟むことが大事です。

 

2クオリティ・タイム(Quality Time)

相手のために時間を作り、いっしょに過ごすこと。いっしょに楽しむ。目の前の相手に関心と注目をそそぐこと。

このタイプの人は、どんな1日を過ごしたか、など、相手の人が自分に関心を向けて聴いてくれると理解され、気遣われていると感じます。

その人のために時間をつくってあげないと、あなたはその人に対して無関心だと捉えられてしまう傾向が高いので、長い時間でなくていいので、5分だけでも完全に相手に関心と興味を向けて会話をしたり、一緒に行動してあげることが大切です。

 

3贈り物(Receiving Gifts)

相手を思っていること、考えていることを表現するプレゼント。品物の金額ではなくて、それが象徴する思いが重要。

贈り物によって愛を感じる人は、贈り物を受け取ることでその人が自分のことを考えていてくれたと感じます。「君を理解しているよ、考えているよ、君のことを研究しているよ」というメッセージを贈り物という象徴に感じます。このタイプの人は誕生日や記念日に贈り物をあげることを好みます。自分がそこに価値を置いているからです。でも、このタイプが期待するプレゼントは必ずしも値のはるものである必要はありません。あなたのことを理解していますよ、あなたのことをわかっていますよ、というメッセージが伝わればいいのです。また、とても高価なものを一回贈るよりも、小さいプレゼントを何度もこまめに贈る方が喜ばれます。

 

4何かをしてくれる・何かをしてあげる行為(Acts of Service)

勉強や仕事を手伝う。猫の世話、花を活ける。料理や掃除など、ほとんどの家事や雑用はAct of Service。

親切な行為や身の回りのことをしてもらうと愛を感じる人がいます。

例えば、家事を手伝ったり、料理を作ってあげたり、文字通り、相手に何かをしてあげる事で愛情を感じるタイプです。

このタイプにとっては、散らかった状態の部屋やキッチンなどは「災いのもと」となります。その人がやって欲しいこと、自分が相手にやって欲しいことをお互い丁寧にコミュニケーションをすることが大切になります。

 

5スキンシップ(Physical Touch)

手をつなぐ、抱きしめる。性的なふれあい。パートナーといっしょにソファでくっついて座るなど、身体的なふれあい。

スキンシップタイプの人は、触れてもらうことで安心感を覚え、気遣われていると感じ、そして、それによって愛されていると感じます。このタイプには、優しい抱擁をされることは100回優しい言葉をかけられるよりも勝ると感じる人もいます。

そっと相手の肩に手をおいたり、さりげないタッチや外を歩く時に手をつなぐこと、触れ合って座ることに安心と愛を感じる人もいます。

ただ、相手に聞かずに自分のやり方で決めつけて相手に触れることは逆の効果となりかねません。

スキンシップは相手の空間に入り込むことでもありますから、相手の人と丁寧にコミュニケーションをとりながら相手によって心地よいスキンシップをみつけましょう。

 

まず、自分のタイプを知ることが大切ですね。

 

さて、自分の言語をみつける診断サイトもみつけたので、ぜひ、やってみてください。

きっと、自分のパターンについて発見があると思います。

 

http://ur2.link/PZuQ

 

ちなみに、これの5 Love Languagesは、世界的に結婚カウンセリングで使われているそうですが、家族のタイプを知ったり、上司のタイプを知ったり、ビジネスやプロジェクトのチームビルディングでも使われているそうです。

 

個人的に面白いと思うのは、これが人間関係に関する愛の「言語」と呼ばれていることです。

 

同僚やチームメートでも国や母国語が違う人とは、お互いに違うことを前提として相手を知ろうとしたり、言葉で伝えようとする努力をもっと意識的にしますが、たとえ同じ日本語を話す人同士であっても、やはり基本的には違う人とコミュニケーションをとると考えて、お互いを理解しようとする姿勢が大切なんだと改めて思います。

 

私たちの人間関係が恵まれ豊かなものでありますように!

イギリスEU離脱の根本にあるもの? 「少し想像してみて。隣の国には国境管理がなくて。。。」やっぱり行ってみて感じないとわからないこと

先月、出張で14年ぶりにロンドンへ行く機会がありましたが、久しぶりの印象がいくつかありました。

第一に、キャッシュレスが浸透していることでした。

一緒にいたある同僚は、そもそも成田空港で両替をするつもりもなく、実際、出張の8日間の間の買い物と食事の全てをクレジットカードのみで通していました。

 

第二に、いろんな国の料理・レストランが増えたことでした。

オフィスと宿泊先のあった「第二の金融街(シティー)」と呼ばれる高層ビルに囲まれた再開発地区だったのですが、繁盛していたレストランはトルコ料理だったり、インド料理だったり、タイ料理でした。

 

第三に、これはレストランが増えたという点とも繋がるのですが、移民というか、いわゆる白人以外の人たちが圧倒的に増えたという印象でした。

 

14年ぶりのロンドンで、その間にオリンピックもあったし、ロンドン市長はすでにパキスタン系イギリス人になって数年経つので、それは「想定内」のことではあったのですが、空港へ行くタクシーのドライバーの人はロシア系の人だったし、スーパーのレジや空港のチェックインカウンターの受付の人や空港で働いている人たちの7割以上が非白人系の人でした。

 

今回はパリ経由だったのですが、パリの空港でも事情はほぼ同じでした。

そして、ロンドンーパリ間のエールフランスの乗客も、7割近くが非白人系の乗客でした。

(旅行客というよりも通勤?住んでいる人のように見えました)

 

20年前もすでに「イギリス料理で一番美味しいのはインドカレーだ」などと言われていて、インド料理はイギリス社会にすでに浸透していていたように、旧植民地のとくにインド系やパキスタン系の二世の人たちが社会の第一線で活躍し始めていましたが、トルコ系の人たちはこの20年の間の新しい移民の人たちなのだと思います。

 

ロンドンでもニューヨークのようにまではいかないけれども、SUSHIやみそ汁やうどんなどが普通のモールの中の小洒落たお店で食べることができるのは私みたいなたまに訪れる人にとっては有難いし、いろんな国の料理を食べられるようになって嬉しいけれども、気になるEU離脱(BREGXIT)に関するイギリス人の本音については、こんな声も耳にしました。

 

「君も、少し想像してみて。隣の国から国境管理もなく大量の人が押し寄せてきて、いつの間にか周りは隣の国の人たちばかりなんだよ。そして自分の国の経済のことなのに、毎回毎回となりの国と一緒に議論しないといけないんだよ。キミ、それ我慢できる?」

 

それを聞いたとき、そういう意見があることもわからなくはないなあ、と思いました。

 

もちろん、意見を聞く相手がロンドンに住む人か、地方に住む人か、または、若い人でEU圏内で働くことができるなどの恩恵を受けているかどうなか相手によって返ってくる意見もまったく違うでしょう。

 

クーリエジャポンに、ちょうどEU離脱が決まったばかりの時期に住民投票を左右したのは、いずれにせよ、イギリス人の「エモーションだった」という趣旨の記事を書いたこともありますが、人間はロジカルなようでも、まったくロジカルではないので、わたしたちは、人間の価値観や安全というものをもっと丁寧に扱っていかなければいけないのだろう、と改めて思います。

 

「今のような変化の時代には、『技術的な課題』ではなく、『適応課題』(Adaptive Challenges)に私たちが向き合うことができるようになることが重要である」、とハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ教授は指摘します。

 

ハイフェッツ教授は、各国の大統領、首相、IBM、マイクロソフト、マッキンゼー、世界銀行、CIAなどのアドバイザーを務め、ハーバード大学ケネディースクールで35年間リーダーシップについて教鞭をとっていますが、さらにこう言います。

 

「わたしたちは問題に対して、技術的に解決しようとするが、この変化の早い時代にわたしたちが直面する多くの課題は、技術的な問題ではなく、人の適応や価値観の転換に関する課題であって、その本質は「適応」に関する課題」だ」と。

 

とくに制度や社会の構造が変わったり、人が不安を感じたり、自分の安全を脅かされたと感じるときには、とくにこの視点が大事とされ、そういう時にこそ、社会や組織の人たちが大切にしている価値観や信念を明らかにし、彼らが変化に適応できるように戦略的、かつ、政治的に対処することが鍵とされ、そうした適応の過程をサポートする働きは「適応型リーダーシップ」(Adoptive Leadership)と呼ばれています。

 

例えば、人はどのようにしたら別のやり方を受けいれやすいのか等を理解し、もしなんらかの不安や障害があるならば、それに気づいて安心を与えること、そして、新しい方向性を示すことです。

 

国連職員として南スーダンで元兵士の職業訓練に関わっていたとき、釘やネジ一つ隣国のウガンダやケニアから輸送しなければいけない中で苦労をして、元兵士の人たちに職業訓練などの技術的な支援を提供することはできましたが、本当に求められていたのは、「適応」に関するサポートだったということは多々ありました。

 

最近のヨーロッパの動きは、どの国でも起こりうることで、日本も無縁ではありません。

 

そして、自分の目で見て感じることを大切にしながら、日本の歴史における鎖国の解禁や、江戸から明治の近代国家への移行、終戦後の国づくりなど、改めて勉強してみたいと思っています。

それを待ち望む体験があるからこそ、それを心から求め、それを祝い感謝することができる

クリスマスが終わりました。

みなさんのクリスマスはいかがだったでしょうか?

 

私の場合、高校生の時にハレルヤコーラスをみんなで歌ったのがとても気持ちよくて、今でもクリスマスシーズンになるとハレルヤコーラスを歌いたくなります。

 

今年は、久しぶりにハレルヤコーラスを聞く機会があって、改めて感じたことがありました。

 

クリスマス(Christ-mas)は、ご存知の通り、イエスキリスト(Christ)の誕生(降臨)を祝う日です。

 

私は特定の宗教をやっていませんが、

 

ハレルヤコーラスとイエスキリストの誕生の場面が描かれた聖書の箇所の朗読を聞きながら、心を静める時を持つと、

 

多くの人がその誕生を何百年も待ち望んでいて、その待ち望む想いがあったがゆえに、その誕生がいかに喜ばしいことなのかが改めて心に沁みて感じられました。

 

そして、こんな気づきが訪れました。

 

もし、これを一つの「比喩」としてとらえるとするならば、求める、待ち望む気持ちがあるからこそ、または、チャレンジや試練があるからこそ、ほんとうに大切なものの価値を受け取り、味わうことができる、ということです。

 

クリスマスの情景に戻ると、聖書には、その時の喜びの様子がこのように描かれています。

 

「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。

すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。

天使は言った。

『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。…

 

あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』

 

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

 

『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』」

 

何百年もの間その誕生が予言され、飢饉などがあり、その誕生を待ち望む人々の心の中で、ある日、天使のお告げによって羊飼い達がイエス・キリストの誕生を知らされます。

 

そして、天使に言われたとおりにその子を探しに行くと、羊飼い達はかいばおけに寝ている子をみつけるのです。

 

また、真実の光がやってきたとも書かれています。

 

The true light that gives light to everyone was coming into the world. (John 1:9)

 

その光は、愛、真理、ゆるし、和解、いのちを象徴していると言われ、その光が世界にもたらされたことの意義は、

 

キリスト誕生の前と後で、イエス・キリストの前を意味する「Before Christ」BCと「イエス・キリストの年に」を意味するAD(アンノドミニ =Anno Dominiの略)と、時代(西暦)の表記が、変わることに示されていることにも見ることができます。

 

そして、その光を待ち望む体験があるからこそ、それを心から求め、それを祝い感謝することができるのです。

 

christmas

 

 

わたしたちは自分が望むものに一直線でたどり着きたいと思います。

 

でも、人生ではいろんなチャレンジや試練を体験します。

それがなかなか叶えられなかったり、道に迷ったり、時に葛藤を体験することもあります。

別の言い方をすると、だからこそ、そのような体験があるからこそ、愛、ゆるし、和解、真理、いのちというものの価値をほんとうに受け取り、味わうことができるとも言えるのです。

 

さて、あなたが待ち望んでいる「誕生」は何でしょうか?

 

あなたが待ち望んでいる光とは何でしょうか?

 

愛も真理もゆるしも和解も真理もいのちもすでに存在し、誰にでももたらされています。

 

The true light that gives light to everyone was coming into the world.

 

光を求めましょう。

 

光を、愛を、ゆるし(和解も真理も)を自分の人生に招き入れましょう。

 

宣言しましょう。

 

「わたしは光を求めます。光よ、わたしの人生に来てください。光をわたしの人生に招き入れます。光を受け入れます。」

 

わたしたちは光と愛に包まれる存在です。

何年働けばどんな仕事を任せてもらえそうかわからないまま自分を劣化させてはいけない❗️就活協定廃止に見る仕事人が今自分に問うべき質問

経団連は2018年10月9日、会長・副会長会議で、現在大学2年生である2021年春入社以降の新卒者を対象とする就職・採用活動のルールを策定しないことを正式に発表しました。

 

これで、1953 年に始まった就職・採用活動にかんする「採用指針」(就職協定)が廃止されることになりました。

 

経団連が採用指針を廃止する背景には、上位大学の優秀な学生が、指針に縛られない外資系の経営コンサルティング会社や投資銀行に流出していることに対する日本企業の危機感があると言われています。

 

成長意欲がある人にとっては、実力が正当に表される環境、学び成長している感覚、「その先の世界」がある程度見えていることが大切ですから、実力が評価されにくい制度や、終身雇用制の社風で学びが止まってしまい、自分意欲が削がれ、灯びが消されてしまうのは大きな苦痛なのです。

 

関連記事:

日本の雇用システムは学びとモーチベーションを失わせるー業界や職場、企業が変わっても通用する「ポータブルスキル」を身につけよ❗️

 

私が就活をしていた時代からすでに外資系企業は人気で、その理由は、高い年収だけでなく、職務内容や求められるスキル・人物像がはっきりしていて、実力とやる気があれば、責任のある仕事を任せてもらえることでした。

 

そもそも、私が国連で働くことを漠然とした夢ではなく具体的な「就職先」として意識し始めたのは、就活スーツを着て説明会や入社試験を受けていた時でした。

 

いずれは海外で働きたい(海外駐在をしたい)を思っていたものの、会社説明会に行って話しを聞いても、とくに女性にとっては、何年働けばどんな仕事を任せてもらえてどんな仕事ができそうなのかイメージできず、せっかちな私は、「それならば大変でも職務内容と応募要件が明確に規定されている国際機関の方が思いっきり働けそうだ」と思ったのです。

 

念のために一言だけ追け加えておくと、国連という組織には競争はあるし、足の引っ張り合いもあって、国連が理想の職場かというとそれはまた別の話しなのですが、

 

それでも、職務内容と求められているスキルが規定され、それに対して毎回自己志願するというプロセスによって、自分がやりたくないことはやないし、自分で応募したので仕事に責任感を持つという点は大きかったと思います。

 

なにより、毎回自分の強みを言語化してアピールしないといけないので、職種や業界がかわっても通用する自分の強みやスキルはなにか?という視点を徹底的に鍛えられました。

 

だれもがそのような働き方があっているとは限りませんが、就職したことに安心してしまって自分の学びがとまってしまう制度ではなく、会社の中での職務を明確化したり、自己志願制にしたりするといった「ハイブリッド」なやり方は十分可能だと思います。

 

100年時代、どんな仕事をしていても、どんな働き方や雇用体系であっても、仕事での経験がしっかりと自分の血となり肉となるためには、自分はこの仕事から何を学んでいて、どんなスキルを身につけているのか、その視点を持ち続けることはとても重要です。

 

それは、その会社独特の仕事のやり方やルーティンを超えて、一段高いレベルで俯瞰できることでもあります。

 

次にとても重要な質問は、

 

「自分は何を与えているのか?」です。

 

自分が「得ること」だけを考えていたらその先に行けません。

 

その意識で目の前の仕事に取り組み、その問いを自分に問い続けていれば、仕事や業界がかわっても、自分のやってきたことに一本の線が見えてくることになります。

 

業種や仕事を超えて、自分は何を与えているのか?ーこの質問こそ、あなたの存在意義やミッションにつながっています。

 

世の中に貢献している人は、その「問い」を自分に問い続け、自分が与えているものを知っているのです。