ほんとうに成功している人は神さまに応援される人ー神さまが味方する人の持っている18の特徴

自分のキャリアを改めて振り返ってみると、「あーよくがんばったなあ」と改めて自分を承認したいのは、国連に入ったことでも、南スーダンで働いたことでも、多国籍チームのリーダーを務めたことでもありません。

 

それは、「自分の中の感覚」を信じることができたことです。

先祖や神さまの応援を受けることができたことです。

数年に一回行われる国連に入る正式な筆記試験(と面接)というのもあって、こちらの倍率は五千倍~一万倍だと言われていました。

 

私はこの試験を20代半ば~30代前半にかけて、計3回、バンコク、ニューヨーク、アディスアベバ@エチオピアで受験をしました(当時の勤務先から一番近いところで受験。渡航費、宿泊費は本人負担)。それらの試験は合格はしなかったものの、私の国連でのキャリアは繋がれていきました。

 

前回、自分にとって100%愛の選択を求めましょう、と言いましたが、

なんの問題もない完璧な職場や仕事が与えられるわけではありません。

100%完璧な同僚や上司、職場や仕事があるわけではありません。

 

でも、この人とはご縁を感じるというような同僚がいたり、魂が満たされるような深い友情を体験したり、魂のファミリーと感じる人に会ったり、最初は大変だったけれどもすごく鍛えられたというような直感的に「ああ、ここには導かれてきたなあ」という職場のことです。

 

すぐにわかる時もあれば、後からわかるようなこともあると思います。

ただ、いつも楽なワケではありません。

 

東ティモールでは平然と女性差別をするリーダーの元でしばらく仕事をしなければいけなくて、電気のない環境でそれは大きなストレスだったのですが、

 

そこで学ばざるをえなかった「アサーティブネス」や「自己主張をするべきときを知ること」は、のちに国連という組織で働くという覚悟と強さを身につけさせてくれました。

 

一番、勇気がいったのはニューヨーク本部のある部署からポストをオファーされたのにもかかわらず、南スーダンへ行くという選択をしたときでした。

 

周りの人には本当にいいの?と何度も聞かれましたが、それでも私のハートはそれを願っていたのです。

 

実際の現場は予想どおり大変な環境で、南スーダンの大変な環境に耐えられず、実際に辞める人もいました。

 

それだけでも大変なのに、足を引っ張られたりハラスメントを受け、最初の数週間はさすがに選択をあやまったかもしれないという思いがよぎったこともありました。

 

そして、そのままふてくされることもできましたが、私は相手を同じように攻撃したら私も同じになってしまうと思いました。

 

そして、南スーダンの環境に対していくらでも文句を言うこともできましたが、私は当時の南スーダンがおかれた状況を思うと、やるべきことはいくらでもあると思ったので、正式な仕事かどうかにかかわらず、自分に与えられた以外のことでも、国や組織に必要だと思うことを淡々とやることにしました。正式な同僚とも助け合って、お互い様だから励ましあっていました。

 

当時の写真をみると、電気もない大変な環境でよくあんなにニコニコ笑っているな、と自分でびっくりします。

 

たぶん、そういう姿勢を神様が見ていてくださるのだと思います。

 

そして、関連プロジェクトのリーダーに抜擢され、上司と同僚に恵まれました。

 

そのプロジェクトが終わったときには、その南スーダンでの体験が評価され、国連特使に国連平和維持活動について教える世界的なプログラムの講師としての仕事をオファーされました。

 

どんな仕事であっても、そのときに自分に与えられた仕事を一生懸命にやるしかないのですが、その時々にさまざまな選択の局面というのが来るのだと思います。

 

その中にはここは大事!という局面もあります。

 

常々、自分がどちらに導かれているのかのサインに敏感になりましょう。

 

そして、神さまに応援される人になりましょう!

 

神さまに応援される人というのは、たとえばこういう特徴を持っていると思います。

自分にも改めて伝える意味も込めて、以下に挙げてみます。

 

ー仕事を通じて人間的に成長したいと願う人

ー自分に正直な人

ー感謝の気持ちを持っている人

ー愛のある言葉を使う人

ー自分を大切にする人

ー素直な心を持つ人

ー心をこめてする人

ー人に親切にする人

ー相手の欠点ではなくいい点をみようとする人

ー自分の情熱(神さまの声)にしたがう人

ー自分の弱さや限界を認める人

ー相手をゆるせる人

ー自分をゆるせる人

ー世間が大切だと思うことではなく神さまが大切だと思うことを大切にする人

ー自分の見方ややり方ではなく新しい見方や機会にオープンになれる人

ー神さまを求める人

ー時間をとって神さまとコミュニケーションを持とうとする人

ーお祈りする人

 

これを全てできなければ、神さまに応援されないという意味ではありません。

 

何か行き詰まっている、自分の力でがんばることなんてたかが知れている、自分を超えたより大きな力のサポートが必要だと思ったら、できるところから始めましょう。

 

神さまはあなたを応援し、祝福したがっています。

 

神さまに味方になってもらうように求めましょう。

 

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75%案件に注意❗️「転職エージェントの勧めにしたがったけれどもまったく幸せになれなかった」ケースー「なに」を選びかよりも⭕️⭕️で選ぶか

転職エージェントの勧め通りにしたがったけれども、まったく幸せになれなかったという方の相談にのったことがあります。彼女はベンチャーと大企業の両方の勤務経験を持つ転職エージェントから誰もが羨ましがるような経歴をお持ちでした。

 

別の方では、30代半ばの女性で、今は子育てに専念したいという方がいらっしゃいました。

 

仕事は好きでバリバリ働いてきましたが、今は定時通りに帰れることを優先基準にしました。

優秀な方なので、できたら自分の興味のある分野だったら嬉しいということでした。

子育てをしながらの転職活動中はたいへんだったのですが、幸い旦那さんの協力も得て、幸いすぐにいくつかの案件があがって、面接も通りました。

 

前の職場から今の職場への移動もズムーズにいったのですが、彼女が今悩まれていることは、定時通りに帰れることを基準に選んだはずなのに、帰れないことが続いているという状態です。

 

日本の会社でそんなことは当たり前だよと言い捨てるのは簡単ですが、今思えばその点についての判断がブレたかもしれない、と振り返ります。

 

数件の中から選ぶことになったのですが、「どこも定時に帰れます」という条件の中で、最終的にポイントとなった点の一つは、その会社が業界で有名だったことです。

いくつもの大会社とのコネクションを持っていることでした。

そういう場に身をおくことで、次の転職に役に立つかもしれないと思ったのです。

その判断自体は、しごくまっとうな理由だと思います。

 

ただ、だからこそ、本当に定刻通りに帰れる職場環境で上の方の理解がありそうなのか、その点について見極めるのが甘かったかもしれないと言います。

 

とくに日本人は、前ほどではないとはいえ、まだまだ大企業主義や権威主義があります。

 

わたし自身、国連をやめようかということが頭によぎってから、実際に辞めるまでに2年半もかかりました。

 

自分のことを振り返ってもよくわかりますが、人は弱いので大きな組織、有名な組織のかさの下にいることで安心したいと思います。

 

自分の中に自信のない部分があったり、なんらかの過去の体験やコンプレックスを持っていると、肩書きや組織など華やかな業界などで「そこで働いているわたし」という外のイメージでそれを埋めようとします。

 

そういう部分は誰にでもある程度あると思いますが、何か重要なことを決めるときの自分の状態に気づいていることがとても重要になるのは、それによって自分の判断がぶれることがあることです。

 

しかも、それは「75%案件」といって、一見ほぼいい案件なのです。

「ほぼいい案件」なので、それが悪いわけではけっしてありません。

 

ただ、残りの25%が思っていたよりもけっこう重要だった、ということがあります。

 

彼女の場合、苦労をして転職活動をしたにもかかわらず、まだ苦労の日々が続いています。

 

人間ですから、そういう選択をすることはあります。

 

実際に体験してみてわかることもたくさんあります。

 

そういうことも含めて、自分で選択することこそ、生きるということを学ぶことなのかも知れません。

 

ただ、なんだか同じようなことを繰り返しているなと思ったら、自分が「なんで」それを選んでいるのか気づきましょう。

 

孫子の兵法には、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉があります。

 

もちろん、 100%完璧な同僚や上司、職場や仕事があるわけではありませんし、問題もない完璧な職場や仕事が存在するわけはありません。

 

でも、この人とはご縁を感じるというような同僚がいたり、魂が満たされるような深い友情を体験したり、魂のファミリーと感じる人に会ったり、最初は大変だったけれどもすごく鍛えられたというような体験があったり、その先につながるようなスキルを身につけさせてもらっているような体験があったりと、直感的に「ああ、ここには導かれてきたなあ」という感覚のある職場のことです。

 

仕事だけではなく、日々「選択」は続きます。

 

転職、仕事、パートナー、マンション買うか買わないか、どこで買うか、どこに住むのか。。。

 

自分の選択がどこから来ているかに気づきましょう。

「愛」か「おそれ」か?

 

「愛」を選びたいですか?「おそれ」を選びたいですか?

 

愛とはワクワクする状態、広がりを感じる状態、穏やかさを感じる状態です。

 

おそれとは「ちゃんとしないといけない」といった義務感や世間像にあわせること、自分の過去やコンプレックスからその選択が生まれている状態です。

 

前者は軽やかでスムーズです。守られているような感じがします。

 

後者は重荷をかつぐような重い感じがします。

一生懸命にやらないといけないというふんばりやがんばらないといけないと感じます。

 

愛からの選択を求めましょう。

 

あなたは愛を受け取るのにふさわしい存在です!

 

愛から選ぶと決めましょう。

世界の荒野でたった一人でもがいているような孤独感におそわれたらー30代から自分らしく幸せに成功するために知っておくこと

数年前ある方に言われたことを思い出します。

「まだまだわたし大丈夫ですって顔してるわね」

 

はい?大丈夫だって顔して何が悪いの?と思うかも知れません。

 

わたしは赴任地の南スーダンはもちろん、リベリアやシエラレオネなどいろんな国へ出張もし、羽田から3回乗り継ぎ(羽田ー関空、関空ードバイ、ドバイーハルツーム、ハルツームージュバ)なんて丸48時間を越す日程を何度も往復しながら、一度も「ロスバゲ」(途中で荷物がなくなること)もしたことがないなどいつも「大きな力」に導かれ、守られている感覚を持っていました。

 

国連でのキャリアにしろ、もちろん本人の努力は前提ですが、点と点がつながり道が拓かれていったのは、けっして自分の力だけではありませんでした。

 

ただ、ある種の成功体験が自分の中でできると、人間はそれを繰り返そうとします。

 

それまで上手くいったやり方を繰り返そうとします。

 

ただ、私の場合、それまで上手くいっていたことがまったく上手くいかなくなってしまいました。

 

自分の努力が足りないのだと思い、さらにがんばろうと思いました。

 

それでも、結果はさんざんで、いくらがんばっても、疲労困憊と達成感のなさと孤独感だけが残りました。

 

そして、ようやく本当に気づき始めました。

 

物事が順調に進んでいる時にはなんでも自分の努力の結果だと錯覚してしまいますが、国連時代の自分の経歴はけっして自分の力だけではなかったこと。

 

自分の情熱・意思と「大きな力」の意思が一致していたからこそ「結果」となったこと

 

いま、自分で正しいと思っている方向へ一生懸命に進もうと思っても、そこに大きな力のサポートがない時、この世界の荒野でたった一人でもがいているような孤独感におそわれているように感じること、でした。

 

ただ、パタリと運がとまってしまったように物事が行き詰まってしまい、今までのやり方がまったく通用しなくなってはじめて、今わたしはどうしたらいいんだろうか?と真剣に求め始めたのです。

 

それにはなんとなく気づきながらも、「がんばればなんとかなる」という考えを変えるのはそれでもしばらく時間がかかりました。

 

このあたりは人の性格にもよると思いますが、わたしはけっこう頑固なタイプだったのだと思います。

 

冒頭のまだまだ「わたし大丈夫ですって顔してるわね」という言葉は、

「まだまだわたし一人でがんばります」、「自分でやります」、「自分の努力でできると思っています」と思っているでしょ、という意味でした。

 

皮肉なのは、能力のある人ほど自分でふんばってがんばってしまうことです。。。

もっと楽なやり方があるのにもかかわらず。。。

 

そのことを本当にわかるまでに私は数年を費やしました。

 

もちろん、10代や20代は、社会で自分の役割を果たすために必要なことを学ぶためにがんばることも努力をすることはおおいに必要です。

 

ただ、「わたし一人でがんばります」、「自分でやります」、「自分の努力でできると思っています」の別の言い方は「自我」です。

 

ただ、人生は自我の果てしない欲求を満たすためにあるのではありません。

 

ある有名なビジネスマンは彼にとってビジネスとは自我をなくすことを学ぶ手段だった、と言っています。自我をなくした時成功は自然についてきたと言います。

 

ある程度の成功者には「自分でがんばって」なれるけど、ほんとうの成功者は自分を超えた力によって与えられた恩恵や祝福にたいする感謝の言葉を語っています。

 

自我があると他力が入ってこれません。

 

聖書には「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである」という箇所があります。

 

わたしはこういう苦労はほんとうにいるのだろうか、と何度も思った末に、ようやく頑固な自分も受け入れて、「ゆだねる」ことの軽やかさを体験しています。これは本当に楽です。

 

今でも「自分でがんばろう」とするくせはまだあって、

 

時々、疲労困憊と達成感のなさと孤独感を感じたら、そんな時は、こっちじゃないなと思ってさっさと方向転換をします。

 

「またやっちゃった」と一瞬思いますが、昔のやり方をやってしまう自分も受け入れて気軽に軌道修正することを学んでいます。(*^-^)ニコ

 

今では、なんでもっと早くこの楽な方法をやってこなかったんだろう、と思っています。

 

なにか悩んでいることがあったら、「この件が宇宙とわたしにとって最善の結果になりますように」とお祈りしてみてください。

 

どうぞお気軽にやってみてくださいね。

 

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「愛がなければすべて虚しい」ー私たちの選択は究極的には二つしかない

先々月、母校(高校)の全学年合同の同窓会に参加する機会がありました。

 

そのときに学園創始者のカナダ人のシスターが残された言葉をまとめた冊子をいただきました。

 

改めて素晴らしい教育をいただいたものだと感謝の気持ちで包まれて帰ってきたのですが、その中でいくつか印象に残った言葉があります。

 

その一つは、「愛がなければすべて虚しい」という言葉でした。

 

その先生は今から50年以上前にカナダから来日され、まったくゼロから日本語を覚え、当時は電車も開通していないジャングルのような土地に校舎を建てられ、これまらゼロから学校設立の審査をやり遂げたそうです。

 

文部省の課す書類や基準には何度も気をくじかれそうになったものの、類まれなリーダーシップを発揮され、彼女の凛とした姿に文部省の官僚も最後はカナダ人を先頭とする新しい学校の設立に協力的になり、学校みんなが一丸となって学校設立にこぎつけたそうです。

 

結果からみたら、50年後、ジャングルだったような土地には立派な校舎はもちろん、1000人以上を収容するホール、温水プール、テニスコート、立派な音楽室ばかりか、なんとホールには昨年イギリスから職人さんたちを呼んで取り付けてもらったというパイプオルガンまでありました。

 

母校の発展ぶりに、なんと祝福された学校であったことかとそこで学べたことに改めて感謝しました。

 

そして、その校舎を見ながら、創設者のカナダ人の先生の言葉を思い出しました。

 

仮にいくら立派な校舎やパイプオルガンがあっても、「もしそこに愛がなければむなしい」と感じるのだろう、と。

 

逆に学校が始まってまもない時、大きな校舎に生徒たった11人で高校が始められた時でも(今は中高合わせて1,000人強います)、今のような設備はまったくなかったけれども先生と生徒の絆は強く、先生たちは情熱に溢れ、学校は愛に満ちていた様子が先生の言葉を綴った冊子から伝わってきました。

 

私は先生から当時愛を教えて貰っていたことの価値を改めて思いました。

 

昨日から、私たちの選択には究極的には「愛」(やすらぎ)か「おそれ」(不安・孤立・無力感の二つしかありません」というお話しをしています。

 

とはいっても、あまりにも不安やおそれに慣れてしまって愛という状態を忘れてしまっているという人も多いかもしれません。愛がわからなくなってしまっているかもしれません。

 

愛を別の言い方で表現すると、

安心、安らぎ、リラックス、広がりや拡大です。

 

自分の選択が愛に沿っているとき、

 

「なぜか大丈夫だろうと感じる」「人生が上向いているように感じる」、「よくわからないけどいい感じがしている」といった安心感のある、広がっていく感じ、開けていく感じを体験します。

 

6回セッションを受けられて、自分でもびっくりする位に予想を超えた新しい体験をされた方がいらっしゃいますが、彼女は、「その期間中まさに自分の力を超えた力があった」とお話しされていました。

 

この体験が貴重なのは、愛についていくら何かを読んで頭で理解しようとしてもそれは難しいことですが、彼女はその感覚をまさに体感したことです。

 

もちろん、人生ではいろいろなことが起こります。

いつも自分の望むように展開するとは限りません。

自分の望みどうりになるわけでもありません。

 

愛を忘れそうになることもおこります。

 

でも、そんな時でさせあなたの身体と魂は愛のある状態を覚えているのです。

 

「愛に戻りたい」というのは人間の魂レベルの本能だと思います。

 

しゃけみたいですね(笑)

 

さあ、みんなで愛に戻りましょう (*^-^)ニコ

 

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「ちゃんとしなさい」「めいわくをかけてはいけない」と生きてきたけど、就活や転職のときに「なにをしたいのか聞かれてもわからない」という人が多い理由

私たちは誰もが次の世代に平和を残したいと思っています。

 

実際、私たちの誰もが平和へ貢献するという「大仕事」を与えられています。

 

それは、親の世代から引き継いだ「ちゃんとしなきゃ」や「めいわくをかけてはいけない」といった「おそれから生まれた人生観」を乗り超えて、「愛から生まれた人生観」に書き換えるということです。

 

平和を残すというと別世界の事かと思うかも知れませんが、

これは私たちに与えられたほんとうに大きな仕事です。

 

私はやさしかった祖母が大好きで、たくさんの思い出がありますが、祖母はともかく「めいわくをかけてはいけない」ということを強く思っていた人でした。

 

どうして祖母がそう思うことになったのか、戦時中に夫を亡くし、戦後の混乱期に子供7人を育て上げた祖母の苦労は私の理解を超えたものだと思います。

 

いろんな理由や状況があって、文字通り生き残るためにそう思うようになったのだと思います。

 

こうしたものは言葉として発しても発しなくても、伝わり受け継がれるものです。

 

その観念を母が受け継ぎ、そして私や妹に受け継がれました。

 

いつからか私も人に頼るのが苦手になりました。

(この数年「リハビリ」をするように人に頼ってもいいということを学んでいます)

 

そうして、私たちは仕事を選ぶとき、何か大事なことを決断するとき、知らぬ間に親(もっと言うと、祖父母、曽祖父母)の価値観の影響を受けています。

 

そして、それは大抵の場合、自分はどんな人生を生きたいのか?自分は何を大切に人生を生きたいのか?といった創造(クリエーション)= 「愛 (love)」に向かうものではなく、「ちゃんとしなきゃ」や「めいわくをかけてはいけない」という「怖れ(fear)」から生まれているものなのです。

 

出発点が「怖れ」(fear)に基づいているかぎり、ダーメージや失敗を避けたり、自己防衛をすることためにはある程度役立つように見えても、自分の能力や可能性を発見したり、外に広がっていくような体験をすることはできません。

 

「ちゃんとしなさい」「めいわくをかけてはいけない」と言われてそう生きてきたけど、就職活動の前に急に「なにをしたいのか聞かれてもわからない」という人が多いのは、まさにこうした背景があるのだと思います。

 

私たちの日常は選択の連続ですが、選択は究極的には「愛」(やすらぎ)か「おそれ」(不安・孤立・無力感の二つしかありません」というお話しをしました。

 

関連記事→ 満たされたと思ってもその満足感があっという間に消えてしまうときー外のもの(学歴、会社、結婚)をいくら求めても満たされないわけ

 

自分の人生を選ぶということは、怖れを出発点としていることを解除して、新しいキャンパスに自分の人生を描き始めることです。

 

あなたはどんな人生を生きたいですか?

どんな人生を望んでいますか?

あなたの絵を自由に描きましょう!

 

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ドイツのツアーガイドから国連へーツアーガイドにも国連の仕事にもどんな仕事にも「一番大切な共通点」があるということ

私の大学卒業後の一番初めの仕事はドイツ、ドレスデンにある旅行会社でツアーガイドでした。

 

ドレスデンは旧東ドイツの街ですが、2時間ほどでチェコのプラハがあり、そしてその先にはハンガリーのブダペストやウィーンがあるなど、東欧一帯を周る周遊が旅慣れた旅行者の注目先になっていた時期でした。アメリカ人旅行者に次いで日本人観光客が多かったので、日本語でツアーガイドが出来る人が欲しいということ、日本人の視点から新しいツアーを企画したりして欲しい、ということでした。

 

当時ドイツの企業を選んだ目的は、国連で働くための「多国籍な環境で働くための資質」を身につけることだったので、「対人的な仕事」を優先順位としていたからです。

 

人と接することに価値をおくのは国連時代も今でも変わっていませんが、今改めて振り返ってみると、このツアーガイドという仕事を通じて「プレゼン能力」がだいぶ鍛えられ、国連時代につながり、今でもプレゼンや表現活動はもちろん、どんな仕事にも関係する仕事のスキル、人間関係のスキルの「一番大切なこと」を実践の中で学ばせてもらったと思います。

 

ドレスデンという街は、ヨーロッパ有数のオペラハウスがあったり、美術館にはラファエロの絵画もあるなど、歴史も芸術もとても豊かなところで、覚えなければいけないことは沢山ありましたが、芸術や音楽、東ドイツの歴史などしゃべる内容に困るということはありませんでした。

 

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とは言え、一番初めのツアーはともかく覚えた内容を伝えるのに必死で、最初から最後まで緊張でドキドキしっ放しでした。

 

つたない日本語で途中つっかえたりもしたのに、初めてのツアーのお客さんから暖かい拍手をいただいたことは、ありがたくて今でも覚えています。たぶん涙がぽろっと浮かんでいたかもしれません。

 

最初の数回はともかく一生懸命で楽しむ余裕もなかったのですが、

 

幸いに「一生懸命でよかった」と言ってくれる優しいお客さんたちに恵まれ、なんとか回を重ねて、最低限のことはそれなりにスラスラと言えるようになりました。

 

ただ、数回のガイドを終えてすぐに気づいたのは、東ヨーロッパ(ドレスデンのような芸術の街)のツアーガイドというのは、「目に見えない価値」を提供する、というなかなか難しい仕事だ、ということでした。

 

行き先は東ヨーロッパですから、お客さんはある程度旅慣れた人たちです。

 

定年退職をしたからゆっくり旅行をしよう、というご夫婦などで、非日常を楽しみたい、きれな街なみの中でカフェでお茶をしたい、ヨーロッパの美術や芸術をじっくり味わいたい、自分の世界を広げたい、ドイツ文学の軌跡を感じたい、ドイツの統一や東欧の歴史について感じたい、などです。

 

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ですから、私が旅行客だったらどういうことを知りたいだろうか?という風に考えて、ただ建物の様式や建築年を伝えるだけではなく、別世界に誘うように話すということを意識しました。

 

例えば、あたかも当時の王様のおもしろエピソードなどを交えながら、18世紀のザクセン王国にタイムトリップしたかのように当時の様子をイメージできるように話しました。

 

ゴシック建築とバロック建築との違いをわかりやすく説明したり、お客さんに質問をしてクイズ風にしたり、ただ一方的に話すだけでなくお互いのやり取りが生まれるようにも心がけました。

 

日本と共通点があることを知るとより親近感もわくだろうと考えて、博物館の伊万里焼について触れたり、戦争からの復興という点でも日本と共通点があるので、戦後のドレスデンと今のドレスデンを一瞬で比較できるように第二次世界大戦後の焼け野原の街の様子を絵ハガキにしたものをお見せすることもありました。

 

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他には、旧東ドイツに実際に住んでみての感想を加えたり、日々反応を見ながら、より分かりやすい言い回しに変えたり、またグループの反応を見ながらエピソードを選んだり、強調するところを変えたりすることもできるようになりました。

 

(相手の反応を見ながら、内容を変えていくのは今のコーチングや軍人に講師を務めた時にも同じです)

 

そんな工夫を続けていると、日本との取引きをほぼ一手に引き受けるスイスの大手旅行会社から連絡をもらいました。

 

帰国されたお客様のアンケートで何度も私のガイドが「とてもよかった」という感想が何件もあったというのです。

 

そんな感想をもらっていたことに私自身がまず驚いて、「何百ものツアーをやっている中で何度も名前が挙がるので、ぜひお会いしたいと思ってやって来ました」とスイスの本社の方が、別々に二人もわざわざスイスから来てくださったことに更にびっくりしました😵

 

「どのようにガイドをされているのですか?」と聞かれて、

当時それをどれだけ体系的にお答えできたかはわかりませんが、人が「旅行」というものに求めるものはなんだろう?ということは常に意識をしていました。

 

わたしの体験から言うと、ツアーガイドという仕事は一見簡単に見えて、いくらでも表面的にもできますが、突き詰めるとなかなか難易度の高い仕事です。

 

なぜなら、人が「旅行」というものに求める「目に見えない価値」を理解し、その場の一人一人が求めるものを細かく察し、それに対して「話すこと」でそれに応える、という仕事だからです。

 

例えば、目に見えない価値とは、「素敵な街並みのカフェに行きたい」とか、「優雅な気分を味わう」「非日常を感じる」などです。

 

なので、数字やデータ、事実だけでは、東欧のヨーロッパ旅行のガイドとしてはちょっと無機質です。

 

ガイドという仕事は、エピソードやたとえ話しを加えたり、「話すこと」でそれに応えるのです。

 

それには、面白い話しを探したり、相手の興味を惹きつけることも含まれます。

 

でも、そもそも相手が何を求めているのか、が分からなければそれに応えられません。

 

同時に、仮に完璧に練り上げれた内容をアナウンサーのようにペラペラと話せたとしても、お客さんが求める欲求には応えられるとも限りません。

 

ですから、聞き手をよく知ること、そのためには聞き手をよく観察することが決定的に重要になるのです。

 

伝える側(とくに伝えたいことがいっぱいある時ほど)やプレゼン・発表する側は、伝える内容に意識をおきがちです。

 

または営業をする側は商品の性能やスペックに注目しがちです。

 

でも、伝える内容を考えるくらいに、相手は何を求めているか、について「より一歩深いレベルでの理解」が重要なのです。

 

これを書きながら「なるほど」と感じるのは、ガイドの時も今のコーチングでもそれは同じだなあということです。

 

相手の方のお話しや相談内容を聞きながら、わたしの方がご本人よりも先に、そして3歩くらい?深いレベルで相手が求めていることを理解することを意図して意識して聞いています。

 

つまり、先に言う事が決まっているわけではなく、

相手はどんな人か?聞く人・読む人はどんな人か?ということがわかってはじめて、

何をどう伝えるかを効果的に考えることができます。

 

そして、相手にわかりやすいエピソードやたとえ話、切り口を選ぶことができます。

コミュニケーションは、発しただけで終わりではなく、相手にどのように受け取られたかという視点を持ってはじめて成立します。

 

そうでないと自分本位の一方通行なものになってしまいますね。

 

これはプレゼンのスキルとして語っていますが、営業やすべてのコミュニケーション、書くといった表現活動にも当てはまります。

 

主役は「受け手」です。

 

物語の主人公は自分ではなく「相手」の人なのです。

 

相手はどんな人か?

相手は何を求めているのか?

どんな言い方をしたらより伝わるのか?

 

これはどんな仕事にも当てはまる共通の大切な仕事のスキル、人間関係のスキルです。

 

この視点を持っているかどうかで結果は大きく変わってくると思います。

 

どんな仕事にしろ、ぜひこの点について学んで欲しいと思います

(*^-^)ニコ

「いい面」だけが才能ではない❗️最初は自分の「強み」のネガティブな面を体験することが多いということについて

人の強みや才能に関しては、たくさんの誤解があるようです。中でも大きな誤解の一つは、「いい面」だけを才能や強みだと思うことです。

 

 

ただ、どんな資質にも両面があって、同じ資質の「いい面」もあれば「チャレンジな面」もあります。いわば、「同じコインの表と裏」のような関係です。

 

例えば、動物を例にすると、きりんは、長い首のおかげで草原を遠くまで見渡し、敵の動きをいち早く察知できます。

 

私はケニアのサファリで目の前で野生のきりんが歩くのを見たことがありますが、

長い足でリズミカルに歩くきりんの姿は優雅でとても感動しました。

 

同時に、もしキリンが人間の言葉をしゃべることがあったら、こう言ったかも知れません。

 

「あのねー、優雅に見えるかもしれまないけど水飲むのは大変なんだよー」

 

なるほど〜

 

まさに、「同じコインの表と裏」です。

 

同じように、誰にも長所と短所の両面があります。

 

そして、自分の持つ資質が幼少期から強みとしてわかりやすく開花しているのは稀で、最初は同じ資質のチャレンジの面の方を体験することの方が多いのです。

 

どういう意味なのか説明していきます。

 

例えば、高い知能、活発である、意思や信念が強い、 共感力、創造性という資質があるとします。

 

これらの資質のポジティブな側面はどんなものでしょうか?

ネガティブな側面はどんなものでしょうか?

 

高い知性=頭がいい?に越したことはないじゃないか?と思うかも知れません。

 

でも、どんな資質にも両面あるのです。

 

以下に例を挙げてみました。

 

《高い知能》

このポジティブな側面:

新しい考え方や概念を素早くつかむことができる

同じ年齢の子供たちよりも深く理解する

複雑な現象の下にあるパターンをみつけることができる

新しい考え方や概念を発見するのが好き

壮大な考えや計画に惹かれる

 

ネガティブな側面:

•すぐに飽きる

•全容がわからないと納得できない

•他の人たちが「遅い」ことに忍耐強くない。

•他人の意見に対して批判的であったり、寛容的でない。

•手が頭についていけないので、手元の作業が雑になる

・細かい数字を確認する作業は得意ではない、などです。

 

 《活発である》

ポジティブな側面:

・新しい体験をすることに意欲的

・一度にいろんなことができる

 

ネガティブな側面:

・常に刺激を必要とする

・動き回る(多動である)

・頭も体も常に忙しい

・簡単にフラストレーションを感じ、それを撒き散らしがちである

・寝付くのが難しい時がある

 

 

《意思や信念が強い》 

 

ポジティブな側面:

・自分でゴールを設定し、それを達成するための努力を厭わない

・課題に対する答えをみつようとしたり、自分の興味をさらに追求する

・粘り強い

 

ネガティブな側面:

・頑固になる

・視野が狭くなる

・自分の興味のないことを忘れたり集中するのは得意ではない

 

《共感力》

 

ポジティブな側面:

・周りの人たちが考えていること、感じていることを察し彼らの視点から理解することができる

・他人の感情に対して敏感であり、他の人たちが気づかない点に気づく

・人の感情の機微を繊細に感じとり、人がなかなか言葉にして表せられない感情的な面を表現する手助けをすることができる

・書くことやアートなどの表現、創作活動を通じて感情の力を表現の力にすることができる

 

ネガティブな側面:

・体験を個人的にとらえる傾向がある

・ある状況にたいして事前に感じたり察してしまうので、自分には対応できないのではないかと心配になる

・不安、悲しい、落ち込むといった体験をしがち

・批判されたり拒否されたりする体験をなかなか処理できない

・周りの人の感情によって自分も影響を受ける

・簡単に泣いたり興奮する

 

《創造性》 

 

ポジティブな側面:

・目の前の現象や題材を新しくユニークな方法で見る

・たくさんアイデアがある

・新しいものを創るのが好き

 

ネガティブな側面:

・ファンタジーに逃避しがち

・拡げたアイデアをまとめるのは得意ではない

・言われたことに従うよりも自分のやり方で進めることがある。

 

つまり、ここでお伝えしたいのは、どんな資質にもポジティブとネガティブの両面がある、ということです。

 

そして、あなたの強みが眠っている分野こそ、最初はチャレンジの側面を体験することが多いということです。

 

私の例で言うと、

私の大きな強みの一つは、

自分の視点と考えから一旦距離をおいて、相手はなぜあのような事を言うのか、と相手の視点で物事を見ることができることです。

 

相手の視点と立場に立ち、相手の思考のフレームワーク、価値観や感情を理解することは「パースペクティブ・テイキング(perspective taking)」と呼ばれます。共感力の大きな要素の一つです。

 

相手と意見が違ったとしても、同意するかは別として、相手の立場から状況を見ることができること、そこから互いの共通点を探っていくは、南スーダン軍との交渉、信頼構築などで大きな力となってくれました。

 

世界で活躍したいと願う人にとってはとくに大切な資質の一つと言えます。

 

またこの共感能力は、アジア中東の軍隊に国連PKOに関してトレーニングをする教官・講師を務めていた時も、こちらが伝えることに対して相手が何を感じているのかをその場で察しながら、同じ講義の内容であっても相手に合わせてエピソードやたとえ話を変えていく対応力になってくれました。

 

また、コーチングをする時には、相手の方が自分の状況や課題をうまく言い現すことができない時でも、その方のほんとうの想いに一緒に想いを寄せることで、目の前の状況を整理して、新しい解決策や眠っていた力を引き出すサポートをしてきました。これも共感力の資質です。

 

同時に、ここでお伝えしたいのは、こうした資質が最初から強みとして発揮されるとは限らず、最初は同じ資質のネガティブな面をより強く体験することが多い、ということです。

 

例えば、私の場合には、「体験を個人的にとらえる傾向がある」「ある状況にたいして事前に感じたり察してしまい自分には対応できないのではないかと心配になる」「不安、悲しい、落ち込むといった体験をしがち」といった共感力のネガティブな側面としてあげられた点をすべて体験しましたし、今でも体験することはあります。

 

「簡単に泣いたり興奮する」というのもほんとうにその通りで、映画を見て感動して涙を流すことはしょっちゅうなので妹からはよく笑われるほどです。

 

前はネガティブな面しかわからずなんで私はこんなに繊細なんだろう?と悩んだこともありましたが、今ではコインの両面を理解しているので、ポジティブな面を尊重しつつ、ネガティブな側面とも上手く付き合えるようになり、大きな影響を受けなくなりました。

 

自分の資質をポジティブに活かすには、自分の普段の行動を観察して、自分の資質をよく知ることです。

 

ネガティブな面ばかり体験するなと思ったら、そのネガティブと同じ分だけポジティブな資質があると考えましょう。

 

「なんで自分だけ不器用なんだろう」、「なんでなんで自分だけ普通にできないんだろう」、「なんで自分はこんなに繊細なんだろう」と思ったら、「普通がいい」という幻想から覚めましょう。

 

「普通」はつくられた幻想でしかありません。

 

これからは普通に生きようと思っても基準を「普通」に合わせていたら、普通にさえ生きることができない時代です。

 

自分の資質をネガティブにしか思えないとしたら、今生での課題の一つは、その「思い込み」からまず自由になることかもしれません。

 

そして、ポジティブな脳の配線(シナプシス)を強化することです。

 

その資質が自分にとってどう役に立つのか、ポジティブな資源として活かす方法を考えましょう。